アルフが《無限剣の使用可》を使用する、少し前──。


「ゴァァァァァァァァァァァァァァアアア!」

「うっ…………!」

 私──リュシア・エムリオットは、魔王ゼルリアド=フェドゼイオンが放つ殺気に呻き声をあげていた。

 アルフさんが言うには、スキル《∞チートアビリティ》によって若干の弱体化をしているらしい。

 でも元の強さが飛びぬけているせいで、私にとっては十分に化け物に思える。まず間違いなく、私が今まで戦ってきたどんな敵よりも強いだろう。

 大好きなパパ……ディスティーダ団長。

 そんな彼がより強化されて襲い掛かってくるわけだから、今までの私なら絶対に勝てるはずのない相手だ。

 そしておそらく、《闇夜の黒獅子》が総員でかかってもまるで敵わないだろう。

「だとしても、私はあなたを諦めません……! ディスティーダ団長……!」

「ガァァァァアアアアアア!」

 私が宣言をしたのと同時に、魔王ゼルリアドがその太い腕を乱暴に振り下ろしてきた。

「…………ッ!」

 速いが、避けられないスピードではない。

 私は咄嗟にサイドステップを敢行し、紙一重で魔王ゼルリアドの攻撃を回避する。

 ズドォォォオオン!

 私が元いた地面は見るも無残に穿うがたれ、その圧倒的な力が否が応でも伝わってきた。

「やぁぁあああああああああ!」

 だが、それに怖気づいている場合ではない。

 私は咄嗟にハルバードを突き出すと、持ち手にあるスイッチを押す。それによって長柄部分のコード接続が起動し、充填されている銃弾が放たれる仕組みだ。

 その重量から使い勝手がいいほうではないが、うまく立ち回れば一方的に戦場を制圧することができる──。

 そんな団長の言葉を受けて、私が特訓に特訓を重ねた武器だった。

「いきます! ヤー!!

 私はれっぱくの気合をもって、ハルバードから銃弾を発射。

 殺傷力はあくまで対人レベルで、戦車などを壊すには至らない。だが魔王ゼルリアドがどんな立ち回りをしてくるかわからない以上、不用意に距離を詰めるわけにもいかない。

 そんな総合的判断をもって、初手で銃攻撃を行うことにした。

 ──が。

「ガァァァァァァァァアア! アマイナ……!」

「えっ……?」

 私が目を見開いたその瞬間には、魔王ゼルリアドは銃弾すべてを手で受け止めていた。

 突出した動体視力で銃弾の軌道を読み、卓越した肉体能力で銃弾を掴み取ったのだろう。

 だが──問題はそこではない。

 この立ち回りは、訓練時にディスティーダ団長が何度も披露してきたものだ。私の撃ち方がいつも単調であることを指導するために、団長みずからが銃弾すべてを受け止めるのである。

 そしてその際には、いつも「甘いな……!」という不敵な笑みがつきものだった。

「団長……。意識、残ってるの……?」

「ガァァァァァァァァァアアア! ゴォォォォオオオ!」

 だが私がそう問いかけた時には、団長の気配はじんも感じられなくなった。

 知性の欠片かけらもない、さっきまでと同じ叫び声をひたすら発し続けるのみだ。


 ──リュシアの強い思いが、俺の《∞チートアビリティ》に作用して……《∞の神》の力を引き出したんだろう──


 アルフさんはさっき、こう言っていた。

 死んだはずの団長が魔王の姿に変えられているのは、まず間違いなく治癒神の力あってこそのはず。

 その治癒神の力が抑えつけられている今だからこそ、団長の意識が少しだけ残っているのだろうか……?

「ボォォォォオオオオオオ……!」

 相変わらず、当の魔王は醜い声を上げ続けているばかりだけれど──。

「まだ、希望があるってことですよね……? ディスティーダ団長」

「ガァァアアアアアアアアア!」

 視界に滲んでくる涙を拭うと、私は改めて意識を戦闘に切り替える。

 もし団長の意識が残っているのであれば、こちらにも戦いようはあるだろう。

 私にだって、もちろん団長の戦い方は身に染みてわかっている。だからその身の振りを見て適切に立ち回っていければ、きっと勝機はあるはずだ……!

「いきますよ、ディスティーダ団長!」

 私は再び大声を張ると、右足で地面を強く蹴り、疾駆を開始する。

「やぁぁぁああああああああああ!」

 そして魔王ゼルリアドのほんの数センチ手前で、私はサイドステップを敢行。

 右、左、前、後ろ……。

 その後も魔王ゼルリアドの周囲を縦横無尽に動き回り、魔王をかく乱する。

 自慢ではないが、私のスピードは《闇夜の黒獅子》の中でも突出していた。

 だから、こうして自慢の速度で相手を翻弄することが多かったのだが……。


 ──ははは、リュシアよ。おまえさんはたしかに素早いが、俺だって傭兵歴が長いんだぜ? 見かけによらねぇと思うが、おまえさんより速く動くくらいは簡単さ──


 しかしディスティーダ団長は、そんな私のスピードさえ上回る。

 私の行き先へ超速度で先回りして、がら空きになっているところに会心の一撃を見舞われる……。

 そうしたことが何度もあった。

 けれど、今の団長は魔王の姿になり果てている。

 最初の一撃もたしかに速かったけれど、団長のそれと違って、避けられない速度ではなかった。

 つまり、団長の身体が入れ替わっている今なら──。

「バァァアアアアアアアアアアアアア!」

 果たして魔王ゼルリアドは、私の狙った通りの行動に出た。

 私の行動を先読みした上で、そこに拳を振り下ろそうとしているが……。

「遅い!」

 魔王ゼルリアドの肉体になってしまった今、団長だった頃の動きを真似しても身体が追い付かない。

 私は魔王ゼルリアドの拳を軽々とかわすと、がら空きになった胴体めがけてハルバードを振った。

「グオオオオオオオオッ!」

 予期せぬ反撃だったのだろう、魔王ゼルリアドが悲鳴と共に後方によろめく。

 手応えあり。クリーンヒットだ。

 だが仮にも団長の意識が残っている相手。

 深追いしては手痛い攻撃をもらってしまう可能性が高いので、ここは追撃をせずバックステップを敢行。

「ガァァァァァァァァァアアア!」

 コンマ数秒後、魔王ゼルリアドは口腔を大きく開き、そこから赤茶色の可視放射を放つ。

 その地点はもちろん、私が元いた場所。

 不用意に深追いしていた場合、あの可視放射の餌食になっていただろう。


 ──いいかリュシア。おまえさんはたしかに速いが、腕力に関していえば、まだいまいち足りてねえのが現状だ──

 ──チャンスがきたら深追いしたくなる気持ちはわかるが、おまえさんが与えた初撃は、自分で思ってるよりダメージを与えられていない可能性がある。それを忘れるな──


 ──じゃあどうすればいいのかって? そうだな……そのスピードを活かして、細かく相手にダメージを与えていくのがいいんじゃねえか?──


 かつてディスティーダ団長に教わった言葉が脳裏に蘇る。

 あの時指導されたおかげで、今の私はまともに戦えている……。

「ありがとう、ディスティーダ団長……」

 だが思い出に浸るのは後回しだ。

 団長の言葉通りなら、今の一撃でもたいしたダメージには繋がっていない。

 引き続き魔王ゼルリアドの動きを注視しながら、持ち前のスピードでなんとか戦い抜くしかないだろう……!

 そこまで思索を巡らせた私は、再び戦闘に全神経を集中させ、次の魔王の出方に備えるのだった。