「ふうん、面白くない展開だねぇ……。まさか治癒神の力が封じ込まれるなんて、さすがの僕もちょっとイラっときたかなぁ♡」

 倒れたまま動かない死者たちを見て、レシアータ・バフェムが俺にちらりと視線を向ける。

「それで? 傷心中の僕を慰めてくれるのが、君というわけかな」

「ほざけ。誰がおまえなんか慰めるかってんだ」

「あはは……しんらつ♡ そんなこと言われたら興奮しちゃうなあ」

 ちなみに魔王ゼルリアドについてはリュシアが応戦中だ。

 帝国に来てから随分長い時間が経った気がするが、実際のところ、まだ三日くらいしか経過していないからな。

 俺とリュシアでは連携を取るのは難しいと判断し、ここは個々で戦うのが最善の選択だと判断した。

 魔王ゼルリアドと戦うのは、きっとリュシアのほうがいいだろうしな。

 俺も俺で、こいつのことを思いっきり殴らないと気が済まない。

「ふふふ……すっかりやる気か。怖いねぇほんと」

 レシアータはそう言うなり、懐からダガーを取り出した。

「今までは思念体の姿でいろいろと遊ばせてもらったけどさ……。本物の恐ろしさってのを、ここで教えてあげるとするよ」

 レシアータがニヤリと笑みを浮かべたその瞬間、奴の全身からしっこくの妖気がほとばしりはじめた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……! と。

 溢れんばかりのその力が、この部屋そのものを激しく震動させる。

 壁面にかけられているろうそくが激しく揺れ、うち数本が床に落下する。

「はん……。やっぱり今までは力を隠してたってことかよ、レシアータ」

「あはは、そりゃあそうでしょ。せっかく死者の意思を操れるんだ。なのに自分から汗をかくなんて、馬鹿らしいじゃない?」

「…………」

「まあ理解できなくても構わないよ。これからじっくりたっぷりと、君に僕の恐ろしさを教えてあげるからさ♡」

 そう言い終えるなり、レシアータが思い切り地面を蹴った。

 そのままこちらにダガーを振り払ってくるかと思いきや──途中で疾駆を止め、左手をパチンと鳴らす。

「な、なんだ……!」

 目の前で引き起こされる現象に、俺は思わず目を見開く。

 これは──妖術の一種か。

 現実的にはありえるはずないのだが、レシアータが五人に増えているように見えるのだ。

「さあ、混乱と絶望に震えてちるがいいさっ!」

 レシアータは不敵な笑みを浮かべると、そのまま五人で俺に襲い掛かってきた。

「ぐおっ…………!」

 間断なく突き出されてくるダガーたちを、俺はかろうじて受け止め続ける。

 すさまじい攻撃の嵐だ。

 一本のダガーを防いだと思ったら、コンマ数秒後には違う方向からダガーが迫ってくる。

 防御は無理なので避けようとすると、今度はそれを見越したレシアータの分身が、その方向に向けて攻撃を放ってくる──。

 レイフォート家ではかつて一対多の模擬戦を行ったことがあるが、あれとはわけが違う。

「せいやっ……!」

「あっはっは♡ はーずれ♡」

 俺がかろうじて攻撃を行おうとも、それが〝本体〟じゃなかった場合、スカして終わるようだな。

 文字通り斬るべき肉体がそこにないため、剣はむなしく空を斬っていく。

「ちっ……!」

 厄介なのはそれだけじゃない。

 なぜだか向こうの攻撃は分身体のものまで俺に通るようだし、しかもまた、分身のすべてが達人クラスの力を誇っている。

 今の状況は──ただただ純粋に不利だ。

「仕方ない、かくなる上は……!」


 ◎現在使えるチートアビリティ一覧


 ・神聖魔法 全使用可

 ・ヘイト操作

 ・煉獄剣の使用可

 ・無限剣の使用可

 ・管理画面《ステータス》の表示

 ・攻撃力の操作



 スキルを発動すると、見慣れた文字列が視界に浮かび上がる。

 攻撃力を操作してレシアータの攻撃力を落としてもいいが、その場合だと、もっと分身を増やされた時に対処できない。

 今回使うべきは──。

「能力発動! 管理画面《ステータス》の表示!」

 俺がそう唱えた瞬間、思った通りの現象が起きた。

 五人いるレシアータのうち、一人の頭上にだけ横線が表示されたのである。

 ──あれが本物か!

「おおおおおおおおっ!」

 俺は雄叫びをあげ、唯一ステータスの表示されたレシアータに剣撃を見舞った。

「うおわっ……! マジかっ……!」

 果たして、それは正解だったようだな。

 俺の攻撃は今度こそ命中し、レシアータの上半身を斬りつけることに成功した。

 そしてそれと同時に分身も消え、〝本物〟の身体に収束していく。

「くっ…………!」

 レシアータは苦々しい表情を浮かべ、俺とは数メートル離れた位置に着地。

 致命傷には至らないまでも、それなりにはダメージを与えることができたようだな。

「くっ……ふっ、あははははははは♪ まさか僕の妖術が破られるなんて、さすがに驚いたよ。十年前の教団掃討作戦でも、これのおかげでうまく切り抜けられたんだけどなぁ……」

「……けど、その妖術をうまく使うには条件がある。そうじゃないか?」

「へえ……?」

 レシアータの瞳が面白そうに見開かれる。

「簡単な推理だよ。これからおまえが帝国を支配するんだったら、俺たちを殺すメリットなんて一つもない。国境門で意識を乗っ取られた兵士や、帝都を襲ってきた死者たち……。彼らのように、俺たちの意識を奪ったほうがいいだろう?」

「…………」

「だが、おまえはそれをしない。──いや、できないんだ。おおかた、相手にある程度ダメージを与えないといけないんじゃないか?」

 国境門で乗っ取られた兵士だって、当初はレシアータの奇襲にあって気絶していたしな。

 そして死者たちは言わずもがな──治癒神の力によって、一時的に蘇った不確かな存在だ。

 要約すれば、今までレシアータが意識を操っていた相手はまんしんそうに陥っていた人ばかりであり──。

 そうでない人物に関しては、最初から妖術を使用していないのだ。

「フフフ……、あはははははは! 本当にやりづらいなぁ君は! そうやって次から次へと見破られるのは、さすがにあんまり好きじゃないなぁ……」

 そしておそらく、その推測は正解だったんだろう。

 俺の言葉を受けて、レシアータが上半身を大きく後方にずらして高笑いする。

「君の推測は何も間違っちゃいないけど、一つだけ補足させてほしいかなぁ。──たとえ意識を乗っ取ることはできなくても、僕にかかれば、今の軟弱な帝国くらい余裕で蹂躙することができるってね!」

 ドォォォォォォオオオオン!

 叫び声をあげたレシアータから、さらなる力が発せられた。

「うおっ…………!」

 そのあまりの圧力に、周囲の空間さえ歪んでいるように見える。

「なるほど。小手先の技なんかなくても、純粋な力だけで帝国を乗っ取れるか……。たしかにその通りかもな……!」

「あはははははっ、本当はそこに治癒神の力も加わるんだけどねぇ。君にそれを披露できないのは残念だけれど……その分、容赦なく暴れさせてもらうよ?」

「ふん、言っておくがいいさ」


 ◎現在使えるチートアビリティ一覧


 ・神聖魔法 全使用可

 ・ヘイト操作

 ・煉獄剣の使用可

 ・無限剣の使用可

 ・管理画面《ステータス》の表示

 ・攻撃力の操作


 あいつがそのつもりなら、こちらは《無限剣の使用可》で応じる他ないだろう。

 かつてフレイヤ神をほうむった、《∞の神》そのままの力だ。

「能力発動、無限剣の使用可!」

 俺がそう叫んだ途端、今度は俺を起点にしてすさまじい震動が発生した。

 広大な室内に突風が舞う。

 すさまじい熱気が発され、レシアータが片腕で自身の顔を覆う。

 赤黒いオーラを放つレシアータに対して、純白の輝きを放つ俺……。

 正真正銘、次こそが本気と本気のぶつかり合いだろう。

「ふふふ、アハハハハハハハハハハ! そうか、それが治癒神を殺したっていう、憎き《∞の神》の力か! ある意味では、帝国のかたきでもあるねぇ!」

「ふん、言ってろ極悪人が!」

 ドドドドドドドドドドドドドド!

 俺とレシアータの発する圧力がぶつかり合い、室内がまた激しく揺れだす。

 もしこいつを早く倒せた場合には、リュシアと魔王の戦いに合流したいと思っていたが──どうやらそう簡単にはいかなさそうだな。

 ──そっちも頑張れよ、リュシア……!

 そう小声で呟きつつ、俺は一瞬だけ、ちらりとリュシアの戦いに目を向けるのだった。