「い、今までどうしていたのさ……! ずっとずっと捜し続けて、団のみんなも心配してたのに……」

「はは、こりゃ驚いたな。まさかおまえさんのほうから迎えに来るとは……思いもよらなかったぞ」

「そ、そうだよ……! 私だって成長したんだよ……!」

「ああ、そうだな。おまえさんの成長は──見ただけではっきり伝わってくるさ」

 そう言って人の良い笑みを浮かべるディスティーダ。

 きんこつりゅうりゅうな肉体に、首のあたりで一つに束ねる長髪、刀傷によって塞がれた片目……。

 俺が父から聞かされてきた、ディスティーダ・エムリオットの風貌そのままだ。

 さっきのケントのように、不穏な気配も感じられない。

 いや、それどころか、隙一つない洗練された気配がびんびんに伝わってくるな。

 あのレシアータのことだ、簡単には再会させるはずもないと思っていたが──あの男性は、紛れもなく団長本人だろう。

「なるほど。どうして娘が一人で来られたのかと思えば、あなたの力添えでしたか。アルフ・レイフォート殿」

 そんな思索を巡らせていると、ふいにディスティーダ団長がそう声をかけてきた。

「ははは……。恐れ多いですね。俺の名前もご存じでしたか」

「当然でしょう。俺も含め、団員の奴らも奮起しておりました。フレイヤ神と戦っている映像を見て、いつかアルフ殿と戦ってみたい、けんをふっかけてみたい……とね」

「いや、ちょっとそれは遠慮したいんですが……」

 後頭部を掻き、俺は苦笑を浮かべる。

「──それにしても、いったいどうされたんですか? 《闇夜の黒獅子》の団長ともあろうお方が、こんな所で……」

「ええ、それは俺も不思議に思っているところです」

 そこでふいに、ディスティーダ団長の鋭い視線がレシアータに突き刺さる。

「何しろ帝国に着いた途端、その男が率いる不気味な集団に襲われましてね。幻覚だと信じたいですが、かつて帝国で大活躍していたという剣豪たちが大勢いました」

「…………」

 なるほど、そういうことか。

 昨日の襲撃事件で嫌というほど思い知ったが、レシアータは治癒神の力を再現することができる。つまりは、死者の蘇生をも可能にする。

 そこで過去の偉人を配下にされてしまえば、いかに最強の傭兵といえども苦戦は免れないだろう。それどころか、思わぬ奇襲でうまく力を発揮できなかった可能性も高い。

「そこで不覚にも、俺たちはその男に捕らえられ……。不思議なことですが、そこからの記憶がまったくないのです」

「そうですか……」

 記憶が欠落しているのは気にかかるな。

 いったい何があったのだろうか。

「──そんなことよりも、おい、てめぇ」

 と。

 俺に対しては柔らかかったディスティーダの態度が、レシアータに視線を向けられた途端、野蛮な男のそれに変貌した。

「てめぇの能力や目的は、この際どうでもいい。だが俺に襲撃を仕掛けてきた時、他にも十名の団員がいただろうよ。そいつらはどうした?」

「エッヘッヘ……。アハハハ」

 しかしレシアータはそれには答えず、ただ不気味に笑うのみ。

 ……というか、いったいどうしたのだろうか。

 もとより性悪な男だとは思っていたが、今まであいつが浮かべてきたどんな笑顔よりも、よりしゅうあくな表情だぞ。

「……おい、何ヘラヘラしてやがる。場合によっちゃ、今すぐてめぇの首を掻っ切ってもいいんだぞ?」

「アッヒャッヒャッヒャ! 何を馬鹿言ってるのか、僕にはさっぱりわからないねぇ! 《闇夜の黒獅子》の団員たちは、僕が楽しく悪魔に変えさせてもらってね……。そこにいる二人が、何もわからないまま殺しちゃったんだよぉ?」

「え……?」

「な、なんだって……?」

 思わぬ発言に、俺とリュシアが同時に目を見開く。

「嘘……? 私が、殺したの? 団のみんなを……?」

「ヒャヒャヒャ、そういうことだよ! 特にリュシアは、絶対団長に会うっていう気概がすごかったからねぇ! その気概が実は、自分の仲間たちを殺していたんだよぉ!」

「そ、そんな……」

「おいリュシア、しっかりしろ! 奴の言葉に呑まれるな!」

 その場に崩れ落ちるリュシアを、ディスティーダ団長が力強く抱きとめる。

「アハハハハハハハハハ! アッハッハッハッハッハ!!

 そんな彼女の様子が面白いのか、レシアータはひたすら高笑いを発し続けるのみ。

「アーヒャヒャッヒャッヒャ! これは傑作だ! めちゃくちゃ面白いよぉ! あっはははははははははは!」

「おい、何がおかしいんだクソガキが! 何度もリュシアをいたぶってくれやがって!」

「アヒャヒャヒャ! 違う違う、感心してるんだよ! 真っ先に殺されたのは自分なのに、他の団員と比べて自我が明確に残ってるんだからさ!」

「は……?」

 レシアータの言葉に、ディスティーダが大きく目を見開く。

 ……いや。

 待て。

 ちょっと待て。

 あいつは今、なんと言った?


 ──真っ先に殺されたのは自分なのに、他の団員と比べて自我が明確に残ってるんだからさ!


 まさか。

 嘘だろ?

 こんなにリュシアが頑張ってきたのに、こんなやるせない結末があるのか?

「けれどまあ、そろそろ限界なんじゃない? 君に仕掛けたのは特大の精神汚染魔法。他の団員たちとは比べ物にならないくらい、美しく、かっこよく、頼もしい魔王に変身するんだからさぁ!」

「ふざけてんじゃねえ! 俺がてめぇなんかに……がっ……!」

 途端、ディスティーダが自身の頭を抱え始める。

 さっきまではあんなに強気だった態度が、一転、苦しそうに悶絶し始める。

「ぐあ……ぐあああ……! てめぇ、いったい、何をしやがった……!」

「あはははははははは! そんなこと、君が知る必要なんてないよ! だってもう、君は死んでいるんだから♡」

「え……、え? パパ、どうしたの?」

 悶え続けるディスティーダ団長に、リュシアはすがるように抱き着こうとする。

「いやだ! だってパパは強いもん! あいつに何されたって、パパなら負けるわけないって……信じてるもんっ!!

「だ、駄目だリュシア……。俺から、俺から離れろ……。殺されるぞ…………」

「やだやだやだやだ! パパ、パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

「すまねえ。世界最強の傭兵と言われた俺が、俺が、くっそぉぉおおお……!」

 瞬間、ディスティーダ団長から眩いばかりの光が放たれた。

「リュシア!」

 俺は咄嗟に駆け出し、リュシアを抱きかかえる。

 そしてその場でバックステップをし、そのまま元いた位置に戻った。

 ここはなんとしても彼女をディスティーダ団長から遠ざけないと、彼女まで危険な目に遭ってしまう……。そんな直感が働いての行動だった。

 果たしてそれは正しかったようだ。

「う、そ、でしょ……?」

 光が収まった頃には、ディスティーダ団長は見るもおぞましい姿に変わり果てていた。

 まず特筆すべきはその大きさか。

 かつてのフレイヤ神ほどではないにしても、俺たちを軽く踏み潰せそうなほどの巨体に変身している。

 髪にあたる部分には濃緑の蛇がひしめきあい、目にもまるで生気がない。

 錆付いたような赤茶色の胴体に、八本もの太い腕……。

 レシアータはさっき《魔王に変身する》と言っていたが、さながらそれも間違っていない。それこそ人の身では絶対に勝てない圧倒的存在が、目の前にいた。

「はいは〜〜い、注目ぅ〜〜♡」

 呆気に取られる俺たちに対し、唯一、レシアータだけが楽しそうに拍手をしていた。

「あれは魔王ゼルリアド=フェドゼイオン。四千年前に帝国を恐怖に陥れた、最強最悪の魔王さ。 しかもそのよりしろになっているのが、世界最強クラスのディスティーダ団長だからねぇ……。もしかしなくても、当時より強くなってるんじゃないの?」

「ちっ……!」

 レシアータの言葉に同意するのはしゃくだが、実際その通りだ。

 四千年前、魔王は剣王を名乗る勇者に殺されたらしいが……。今、目の前にいるゼルリアド=フェドゼイオンは、昨日戦った剣王よりも数段強い。

 その理由もきっと、ディスティーダ団長が依代になっているからだろう。

「うっ……うっ……パパ、パパぁ……」

 そして彼の娘たるリュシアは、俺の腕の中で泣いていた。

 無理もないだろう。

 ──およそ十年前、残虐的な教団からディスティーダ団長に救われて。

 ──急にいなくなったディスティーダ団長に会うために、わざわざ俺の家まで訪れて。

 ──その団長が実は亡くなっていたというだけでなく、こんな化け物にさせられて……。

 あまりにも残酷な結末だ。

 さすがに俺もかける言葉が見つからない。

「ガァァアアアアアアア!!

 そして当のディスティーダ団長──否、魔王ゼルリアドは、我を忘れておぞましい雄叫びをあげるのみ。

「あはははははははははは! いいねいいねぇ! 最高だよディスティーダ団長♡ 君が僕に従ってさえくれれば、帝国どころか、世界をも手中に収められるだろうねぇ! あははははははははははははは!♠」

「ぐっ…………!」

 悔しいが、実際その通りだろう。

 レシアータ本人も突出した強さを誇っているし、数え尽くせないほどの死者の軍勢や、当時よりも強くなった魔王ゼルリアド──。

 これだけの戦力があるならば、そのしゅを世界全土にまで広げていけるはず。


 ──かくして、英雄の手によりフレイヤ神は打ち倒されることになる──

 ──しかしながらその一方で、世界の崩壊は着々と近づきゆく──

 ──歴史の強制力は揺るがない。たとえ迷路の中途にて行き先を変えたとて、辿りつく未来はしょせん同様のもの──

 ──世界を支配せし邪神たちが再び猛威をふるい、世界を混沌の闇に包むだろう──

 ──人々は己の無力さに打ちひしがれ、絶望に呑み込まれることとなろう──


 かつてラミアが見せてくれた《エストリア大陸の詩》の中に、このような記述があった。

 たしかにフレイヤ神を倒したことで一件落着はしたが、それはかりめの平和でしかなかった。ルズベルト帝国において、こんなにも恐ろしい陰謀をくわだてている人物がいるのだから。

 そして──。

「グォアアアアアアアアア……!」

「ブルルルルルルルルルルルルル……!」

「ギュオオオオオオオ……!」

 おそらく、レシアータによって召喚されたんだろう。

 奇妙な声をあげながら、今度は大勢の死者たちが姿を現した。

 昨日の襲撃事件にて、彼らは深い傷を負ったはずだが──やはり治癒神の力によって完全回復したのだろう。彼らの身体に傷はなく、むしろ元気そうにしている。

「ははは……。まずいな、これは……」

 状況はかなり絶望的だ。

 レシアータ、魔王ゼルリアド、そして無数の死者たち……。

 これほど厄介な敵たちに囲まれてしまったとなると、《∞チートアビリティ》をもってしても、無事には切り抜けられないだろう。

 だったらせめて、リュシアだけでも無事に帰すしかないか……。

「……せないでください」

「ん…………?」

 その時だった。

 リュシアがゆっくり地面に足をつけたかと思うと、なんとハルバードを構え、その切っ先を魔王ゼルリアドに向けるではないか。

「笑わせないでください! パパ……ディスティーダ団長っ!!

「グオ…………?」

 啖呵を切られた魔王ゼルリアドが、その目をリュシアに向ける。

「私にとって、あなたは誰よりも強かった! 世界最強の傭兵で、一番怖かった人から私を助けてくれて……。そんな人が、簡単に呑み込まれるわけないじゃないですかっ!!

「リ、リュシア……」

 これは驚いた。

 この絶望的状況に打ちひしがられるのではなく、まさかディスティーダ団長に立ち向かっていくつもりなのか。

「だから今回は、私があなたを救ってみせます! その温かい腕で私を救ってくれて、この世は悪いものじゃないって教えてくれたあなたを……なんとしても救いだします!!

 リュシアが大声をあげた、その瞬間だった。

 俺の全身が淡い光を放ちだし、続いて視界に次の文字列が浮かんだ。


 ◎《∞チートアビリティ》の力を受けて、一時的に《∞の神》の力が一部覚醒しました。


 かつて世界征服を目論んだ邪神の一柱、治癒神の力を一時抑えます。


 ────どうかお願いします。邪神の目論んだ世界の筋道を、阻止してください────


「こ、これは……」

 俺が目を見開いたのも束の間、目前で驚くべきことが起きた。

「ギュウアアア……」

「カァアアアアア……ッ」

「バァアアアアアアアア……」

 さっきまでにじり寄ってきていた死者たちが、なんと一斉にその場で崩れおちていくではないか。

「グォォオオオオオオオ……!! アアアアア、オノレ、オノレェエ……!」

 魔王ゼルリアドについても同様だ。

 さっきまでたじろいでしまうほどの威容を誇っていたその巨体から、心なしか、少しだけ力が抜けていっているような気がする。

「な、何……? どうしたの?」

 リュシアも驚いたのか、戦闘体勢を取りながらも困惑している。

「ア、アルフさん……。もしかして、あなたが……?」

「ああ、たぶんそうだと思う。リュシアの強い思いが、俺の《∞チートアビリティ》に作用して……《∞の神》の力を引き出したんだろう」

「む、《∞の神》の力……」

 フレイヤ神の時もそうだった。

 圧倒的な力を誇り、ヴァルムンドの国民ほぼ全員にスキルを与えていた絶対神。

 本来であれば、人の身では絶対に勝てるはずのない圧倒的強者。

 それでもかろうじて打ちつことができたのは、ひとえにこの《∞チートアビリティ》があったから。

 世界を創造した神の力があったからこそ、フレイヤ神の圧倒的なパワーさえも上回り、なんとか勝利を収めることができた。

 そして今回もまた──この土壇場で、俺たちを助けようとしてくれている。

「とにもかくにも、これは千載一遇のチャンスだ! 治癒神の力が抑え込まれている今のうちに、魔王ゼルリアドとレシアータを倒しにかかるぞ!」

「ヤー!」

 かくして、帝国での最終決戦が幕を降ろすのだった。