最終章 外れスキル所持者、帝国の命運をも変える



 それから約十分後。

「ここが……《治癒神神聖教団》の拠点……」

 目前に広がっている光景に、俺は思わず息を呑み込んだ。

 ──赤茶色の大理石で形成された、巨大な神殿。

《治癒神神聖教団》の拠点を一言で表すのならば、そうした表現が適切だろうか。

 帝都周辺には本来、強い魔物はうろついていないと聞いたが──この神殿周りに限ってはそうではない。

 人間の頭部に牛の胴体を組み合わせたような半身半獣の悪魔や、球体の中に巨大な一つ目だけが浮かんでいる悪魔など……見るもおぞましい魔物たちがはいかいしていた。

 こんな目立つ場所、普通なら馬車に乗っている最中に気づくはずだ。

 それでもまったく気づけなかったあたり、やはりレシアータの妖術が効いていたんだろう。それが今解除されているということは、もしかしてシャーリーをはじめとする無限神教がうまくやってくれたのか……?

「アルフさん、あの辺りから不気味な気配を感じませんか……?」

「ああ……俺もまったく同じことを思った」

 リュシアが指差した方向には、特に異様な妖気を放つ地下階段がある。

 他の場所からは〝魔物の気配〟しか感じられないため、おそらくはそこに、かのレシアータが待ち受けているんだろう。

「うっ…………」

 ぶるぶるっと。

 地下階段を見つめているうち、リュシアがその身を震わせた。

「その先に、あの男レシアータ がいるんですね……。そしてたぶん、私のパパも……」

「リュシア……」

 小刻みに震える彼女の頭を、俺は優しく撫でてみせる。

「大丈夫だ。いざという時は、俺がリュシアを守る。だからどうか、あまり気負いすぎないでくれ」

「ア、アルフさん……」

 リュシアの頬が赤く染められる。

「はいっ……! 私もまだまだ未熟ですが、精一杯、アルフさんと一緒に戦い抜いてみせます!」

「はは、その意気だ」

 相手は治癒神の力を再現している男──レシアータ・バフェム。

 フレイヤ神もかなりの強敵だったが、今回もまたかなりの苦戦をいられることが予測される。何度でも死者を蘇らせるばかりか、その死者たちの意思を自由に操れるわけだからな。

 フレイヤ神とはまた違った意味で、手強い相手だと言えるだろう。

 それでも──俺は引くつもりはない。

 俺を信じて道を切り開いてくれたルズベルト帝国の兵士や住民たちのためにも、シャーリーを救うためにも、そして何より、ディスティーダ団長を追ってここまで頑張ってきたリュシアのためにも。

「……これが正真正銘の正念場となるだろう。気合を入れていくぞ、リュシア!」

「ヤー!!

 俺の発破に対し、リュシアも威勢の良い返事をするのだった。


 地下階段を降りた先には、なんとも面妖な空間が広がっていた。

 細長い通路が一直線に伸びており、全体的に薄暗くて先が見通しにくい。

 等間隔で壁面に設置されているろうそくの他は、まったくと言っていいほど光源がないからな。

 魔物がそこら中で徘徊しているのも含めて、なかなかとうしにくい迷宮と言えるだろう。

 だが、リュシアとも力を合わせ、迫りくる魔物たちを返り討ちにし、着々と先に進んでいった。

 俺が今まで相対してきた敵と比べれば強敵揃いではあったが、だとしても、こちらには《∞チートアビリティ》というスキルがあるからな。

 かつてフレイヤ神をも倒したこのスキルがあれば、さして苦戦することもない。

「やああああああああああっ!」

 加えてリュシアのほうも気合十分。

 押し寄せてくる魔物たちに怯むことなく、きょうじんたる意思をもって立ち向かっている。

 彼女の力も合わせれば、道中の魔物たちに苦戦を強いられる道理はなかった。

 ゆえに、このまま順調に最下層に到達すると思われたのだが──。

「あれ、お姉ちゃん……?」

 ふいにか細い声に呼び止められ、俺たちは足を止める。

 なんだ。

 どこか少年のような声だったが……。

「あ、ほんとにお姉ちゃんだ。そうだよね、リュシアお姉ちゃんだよネ!」

「え…………?」

 きょとんと立ちすくむリュシアの先には──ヘドロ型の魔物、ドロリューストがいた。

 全身が灰色のヘドロで形成されており、頭部には目と口を思わせる空洞と、あとは両腕と思わしき突起物があるだけ。

 さっき聞こえてきたのは可愛らしい子どもの声だったが……しかし、それを発しているのは紛れもなく魔物だった。

「ま、待って……。その声まさか、ケント?」

「そ、そうそウ! そうだヨ! やった、やっと会えたんだネ!」

「…………」

「リュシア、これは……」

 ぐっと黙りこくる彼女の隣に並び、俺は小声で問いかける。

「……これも、当時から《治癒神神聖教団》が完成させようとしていた実験です。殺した人間の、肉体の一部を再生して──人間だった頃よりもずっと強力な戦闘力を与える。そんなおぞましい実験です」

「ちっ……、そうだったか……」

 なんてむごい話なんだ。

 おそらくルズベルト帝国の国力を強化するのが狙いだと思うが、こんなことして何になる。

 多くの犠牲の上に成り立つ平和なんて──そんなのまやかしでしかないのに。

「エ……。リュシアお姉ちゃん、なんでそんな男の人と一緒にいるの? レシアータが言ってたよ? その男の人を、見つけ次第コロセって……」

「ケ、ケント…………」

「オイ! ソコの男、ソコをドケ! リュシアお姉ちゃんは、僕が守るんダ! オマエなんかの好きにはさせないッ!」

「っ…………」

 ケントの叫び声に対し、リュシアは強く歯がみすると。

「ごめんね、ケント……。君が悪くないのはわかってる。だけど……」

 そう言ってハルバードを握ろうとするも、その身体が震えているのが伝わってきた。

 ──親しい仲だったんだろうな。

 たとえおぞましい魔物の姿になったとて、それでも、簡単には破れない友情があるんだろう。

「……リュシア、無理しなくていい。ここは俺に」

「え…………?」

 リュシアが目を見開いたその瞬間には、俺は勢いよく地面を蹴り。

 ケントと呼ばれる魔物の胸部を、剣で思いっきり突き刺した。

 周囲を徘徊している魔物と比べれば、ドロリューストはそれほど強敵ではない。《∞チートアビリティ》の《無限剣の使用可》を開放せずとも、容易に打ち破れる相手だった。

「ガァ、ガァ……。ソ、ソンナ……」

 胴体に大きな穴を開けられたドロリュースト──改めケント。

 彼はずるずると後方によろめくと、にくにくしげな声を俺に向けて発した。

「許さない……。許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ! 僕の大好きなリュシアお姉ちゃんから、ゼンブを奪い取って……!」

「ごめんな。一つだけ言えることは、君はまったく悪くない。恨むなら……精一杯、俺を恨むといい」

「ヤダ……。死にたくナイ、死にたくナイヨォ。リュシアお姉ちゃん、助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテ助けテヨォォオオオオ…………ァ」

「ケ、ケント…………!」

 リュシアがそう言って右手を差し出した頃には、もう遅かった。

 ケントは最期に悲痛なる雄叫びをあげると、その肉体が少しずつ床に溶けて消えていくのだった。

「う、うぁああああああああ!」

 ケントが消えていくさまを見て、リュシアも大きな泣き声をあげていた。


 ──数分後。

 いくぶんか落ち着きを取り戻した彼女は、奥に進む間にケントとの関係を少しずつ語ってくれた。

「アルフさんのことですから、だいたい察してると思いますけど……。あの子は、施設にいた時に仲良かった男の子でした。私と同じように毎日酷い暴力を受けてたはずなのに、あの子だけは、いつも元気で明るくて……」

 わずかな自由時間で、施設内にあった本を読み合ったり。

 大人たちから貰ったお菓子を、二人で分け合ったり。

 仲良くなった理由は「たまたま同じ部屋に住まわされたから」のようではあるが、だからこそ、ケントと関わる時間も多かった。

 彼と一緒に遊ぶ時間だけが、毎日の楽しみになっていた。

「だから私、パパに聞いたんです。施設に攻撃をしかけた時、私よりちょっと小さいくらいの男のの子がいなかったかって。頬に大きな刀傷があるから、たぶんすぐわかるはずだからって……」

 地下通路を歩きながら、リュシアは弱々しい声で話を続ける。

「でも、後日捜しに行っても見つかんなかったらしくて……。一部の幹部が逃げた時、子どもも連れていったようだから、もしかしたらその子かもって……」

「なるほど。そういうことだったのか……」

 そしてやっと再会を果たせたと思ったら、あのように代わり果てた姿になっていたと……。

 言葉遣いが幼かったので、おそらくだいぶ前に《実験》のじきになっていたんだろうな。そしてあの様子を見るに……ケント自身も、リュシアとの再会を待ち望んでいたんだろう。

「私、本当に許せないです。十年前はこれが当たり前の世界でしたが、あれから《闇夜の黒獅子》に入って、世界の常識を学んで……改めて、レシアータが酷い人なんだって気づきました」

「リュシア……」

 リュシアの話を聞きながら通路を進んだことで、少しずつこの地下通路の全容が掴めてきた。

 ところどころにある鉄格子の部屋や、骸骨化した死体、そして地面のあちこちにこびりついている血痕。

 この場所こそが、かつてリュシアたちが《治癒神神聖教団》から虐待を受けてきた場所である──。

 リュシアの前なので口には出さないが、そう結論づけるのにそう時間はかからなかった。

 だからこそわかる。

 彼女が救出されるまで、どれだけ辛い目に遭ってきたのか。

 そして奥で待ち受けているレシアータ・バフェムが、どれだけ極悪非道な人物なのか。

 俺も《外れスキル》を授かったことで実家から追放され、それなりに理不尽な目に遭ってきたと思っていたが──なんてことはない。

 彼女のほうがよっぽど深い傷を負い、多くのものを背負っている。

 リュシアから父親捜索の依頼を受けた身として、俺こそ頑張っていかないとな。

「一緒に乗り越えていこう、リュシア。どれだけ相手が手強くても、あの男レシアータだけは、絶対に野放しにはできない」

「はい……! 私も、もう怯えません。これから戦うことになる相手が、たとえトラウマの元凶であろうとも……!」

 そう宣言するリュシアの瞳には、強い光が宿っていた。

 ──地下通路に入ってから、およそ一時間。

「あ、あそこ……! アルフさん、あそこです!」

 地下通路の終着点が見えてくるのだった。