ガサゴソ、ガサゴソ……。

「ん…………?」

 ふいに妙な物音がして、俺は目を覚ました。

 壁面にかけられた時計に目を向けると、まだ朝の四時。

 朝から活動を開始するつもりではあったが、それにしても早すぎる時間だ。

 いったいなんなんだ……?

 そう思い、寝ぼけまなこをこすりながら音のした方向に目を向けると──。

「ア……ルフ、様……」

「…………っ!?

 ちんにゅうしゃの姿を確認した時、俺は眠気がすべて吹っ飛んだ。

 ──血まみれになった、無限神教の執行部。

 彼が、身体を震わせながらベッドに歩み寄ってきたからだ。

「申し訳、ありません……。私たちでは、無理でした……」

「し、しっかりしてください! 大丈夫ですか!?

「してやられました……。《治癒神神聖教団》と、そしてレシアータ・バフェムに……」

「な、なんだって……!?

「お願いします、アルフ様……。シャーリー様も捕らえられてしまい……。どうか、どうか……」

 そこで執行部は俺に右手を突き出し──意識を失った。

 死んではいないようだが、この重体だ。早く手当てをしないと取り返しのつかないことになる……!

「ん…………?」

 そこで俺は気づいた。

 突き出された執行部の右手に、しわくちゃになった紙が握り締められていることに。


 ハロー、アルフくん♪


 これを読んでるってことは、無限神教の信徒くんが無事に届けてくれたってことだね♡

 よしよし、それでその子はお役めん

 君がこの手紙を読んだ時点で、死ぬように妖術をしかけてあるからね────。



「ぶほぁっ……!」

 俺がそこまで文字を読んだところで、執行部がひときわ苦しそうな呻き声をあげた。

「だ、大丈夫ですか……!?

 急いで執行部の様子を確認すると──心臓の鼓動が完全に止まっていた。

 手紙に記載されてある通り、俺に手紙を渡した時点でお役御免になったんだろう。

「あ、あの野郎……!」

 怒りの炎が全身を駆け巡る。

 ──レシアータ・バフェム。

 こいつはいったい、どれだけのクズ野郎なんだ……!!


 あっはっはっは♪

 もしかして、自分のせいで殺しちゃったのかもって思ってりゅ?

 ピンポーン、正解♡

 君がその執行部を殺したんだ。

 怖いねえ、この人殺しぃ♪


 ────でもまあ、命の危機にひんしているのはその子だけじゃあない。

 愚かにも拠点に潜入してきた、無限神教の教皇、シャーリー・ミロライド。

 彼女は僕のほうで預かってある。

 ……ああ、安心しておくれよ。うっすら気づいてるかもしれないけれど、僕は女にはいっさいの興味がないからねぇ♡

 どっちかっていうと、アルフ君と楽しい夜を送りたいくらいかな♡

 君の可愛らしい顔、僕すっごくそそるんだよねぇ……。


 おっと、話がずれちゃったね。

 僕らが長年かけて行ってきた実験ももうすぐ終わって、そろそろ帝国の政権を握れるかなって段階になってきた。

 でもさあ、な〜んか君たちがまた邪魔してきそうだしねぇ。

 だから最後の最後に、君たちを招待することにしたんだ♪


 ──朝の七時。

 それまでに拠点に来て、僕たちの前に姿を現すこと。

 もしそれができなかったら、シャーリーも殺しちゃうし、帝国もすべて僕のものにしちゃうからね♪

 防ぎたかったら、一刻も早く来るといいよ!

 もちろん、君らがとっても気になっているディスティーダ・エムリオットのことを知る大チャンスでもあるからね!

 それじゃ、待ってるよ♪


P.S.拠点の場所はもうだいたい察していると思うけど、地図に記してあげたからね♪


「ぐ…………!」

 なんということだ。

 あの男レシアータ、まさかシャーリーを人質に取った挙げ句、帝国そのものを支配しようとするとは……!

「あ、あの、アルフさん……?」

 その時、背後からリュシアが声をかけてきた。

 突然の事態に困惑しているのか、ずいぶんとか細い声だ。

「こ、これは、いったい、どういうことですか……?」

「ああ。ちょっと衝撃的な話だが……リュシアには見せないわけにはいかないか」

「え…………?」

 目をぱちくりさせているリュシアに、俺はレシアータからの手紙を見せる。

「こ、これは、酷い……!」

 数秒後、すべての文に目を通したリュシアは、同じく怒りに染まったような声をあげた。

「君らがとっても気になっているディスティーダ・エムリオットって……。ほんと、人を馬鹿にしているとしか思えません……!」

「まったくだ。ある意味じゃ、あのフェルドリア国王よりもさらにたちが悪いと言えるだろうな……」

 シャーリーを殺し、さらに帝国全土を支配する。

 にわかには信じがたい話だが、しかし相手はあのレシアータ・バフェムだ。

 シャーリーを殺すくらいなんとも思わない奴だろうし、治癒神の力を使用すれば、たしかに帝国そのものを手中に収めることも可能だろう。

 レシアータが指定してきた時間まで、もはや一刻の猶予も許されない緊急事態だ。

 手紙の端に目を向けると、たしかに小さく地図が記されているな。帝都の門を出てすぐに洞窟があるらしく、星マークがついていて、そこが拠点なのだと思われる。

 まさか、本当に帝都近くに拠点を構えていたとはな……。

 性格が悪いのを通り越して、もはや薄気味悪ささえ感じる奴だ。

「時間が惜しい。準備が終わり次第、すぐに拠点に向かうぞ」

「ヤー!!

 俺の言葉を受けて、リュシアは元気にそう返事するのだった。

 もちろん執行部の遺体をこのままにするわけにはいかないので、以前もらった宝石で別の執行部のメンバーを呼び、あとの対応は任せることにした。


「な、何これ……!」

 宿を飛び出した途端、リュシアが悲痛な声をあげた。

「くそ……! これもレシアータの仕業か……!」

 俺もやはり、目の前の光景に悪態をつかずにはいられない。

 ──そう。

 宿の前の通りには、なぜだか多くの魔物で溢れ返っていた。

 ブラックウルフやデッドリーゾンビなど、ほとんどは夜間に活発になる魔物ばかり。帝都の外周は厳重な警護が敷かれているはずだから、おそらくはこれも、レシアータの妖術でここに転移してきたということか……。

「グルルルルルルル……」

「バウウウ…………」

 しかも全員、俺たちに明確な敵意を示しているな。

 時間制限がある手前、あまりこいつらに時間をかけたくないんだが……。しかしこのままでは、住民たちにも被害が及んでしまう。

 ここは戦うしかないか……。

 そう判断し、俺とリュシアは武器を手に取ったが──。

「おおおおおおおっ!」

 ふいに背後から声が聞こえ、俺は目を丸くした。

 この声。まさか──!

「くたばれ! ウルゼルダ流、れつえんげき!」

 どこからともなく姿を現した帝国軍の兵士が、俺の代わりに魔物の群れに突っ込んでいく。

 ──ドォォォォォン!

「ギャオオオオオン!?

「グラァァアアアアアア……!」

 炎を纏った兵士の剣が魔物たちに襲いかかり、敵の群れにわずかな穴があく。

「アルフ殿! ここの守りは我らにお任せあれ!」

「え…………?」

「事情は聞かずともわかる! 貴殿らにはやることがあるのだろう! ならば今こそ我らは、最大限、貴殿らに協力するまで!」

 兵士がそう宣言した、次の瞬間。

 次から次へと多くの兵士がこの場に現れ、通りを埋めつくす魔物たちと戦い始めた。

 さすがに帝都を警備しているだけあって、一人一人の練度はかなり高いようだな。

 さして苦戦するまでもなく、魔物たちを一方的に倒し続けている。

「さあ行くのだ! 我々は信じている! 貴殿の進む道が、世界の平和に繋がることを!」

「…………っ」

 その言葉を受けて、俺は右拳を強く握り締める。

 ──俺はしょせん、剣豪になれなかった落ちこぼれ。

 ──世界を救いたいとか、多くの人を助けたいとか、そんな大層なことを考えるつもりはない。

 ──けれど、今この時だけは……!

「わかりました! 必ずこの異変を止めて帰ってきます! 皆さんもどうかご無事で……!」

 ぐいっ、と。

 俺の言葉を受けて、兵士が親指を突き出してきた。

 俺もその兵士に深く頷きかけると、魔物の間をすり抜けて、《治癒神神聖教団》の拠点へと向かうのだった。


 その後にも大勢の魔物が俺たちの前に立ちふさがってきた。

 けれど──。

「ほら行きな! 私たちだってね、多少の修羅場には慣れてるんだよ!」

「大丈夫だ! 俺らはうまいことこの場から避難する! おまえさんたちはとっとと先に行け!」

 俺たちに協力してくれるのは、兵士だけではなかった。

 非戦闘員であるはずの住民たちでさえ、火薬瓶を魔物たちに放り投げたり、自前の武器を用いてなんとか魔物たちと善戦を繰り広げたり、思わぬ活躍を見せてくれていた。

「私にゃわかってるよ! あんたたちは今、この状況を打開するために動いてるんだろう!」

「…………」

「だったら細かいことは気にしなくていいさね! この場は私たちに任せな!」

「み、皆さん……」

 彼らは日頃から戦闘に身を置いている者たちではないだろう。

 ゆえに、さすがに兵士たちほどはうまく戦えていないが──。

「アルフさん! 後方から兵士数名の気配を確認! この場は大丈夫そうです!」

「ああ……。ここはみんなに任せるとしよう」

 俺はリュシアの声に頷きかけると、改めて帝都の住民らに声を投げかけた。

「すみません、この場はお願いします! 俺たちはどうにか、この事件の元凶を倒してきますから……!」

「はっはっは! 頼んだよ、二人とも!」

 住民たちが快活に笑うのに合わせて、俺とリュシアはそのまま帝都の門へと疾駆を開始。

《∞チートアビリティ》を使用すれば魔物たちを倒すことはできたと思うが、しかし、それにしたって数が多すぎる。

 時間は確実に奪われたはずなので、彼らが協力してくれて助かった。

 ──ルズベルト帝国の住民は冷酷でも人でなしでもない。

 ──やみやたらとヴァルムンド王国を敵対視しているわけでもない。

 ヴァルムンド王国の人々と同じように、温かい心を持った人たちで溢れている。

 敵拠点への道のりを駆け抜けながら、俺は一人、そんなことを考えるのだった。