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「す、すごい……! お二人とも、そんな過去があったんですね……!」
──三十分後。
俺とシャーリーの自己紹介を聞き終えたリュシアが、目をキラキラ輝かせながら言った。
「シャーリーさんは、えっと……《無限神教》の教皇様だったんですね。道理でいろいろなことを知ってるなって……」
「ふふ、そう大層なものでもありませんけどね。お母様から現在の地位を受け継いで、まだ日も浅いですし」
「いえいえ、十分すごいですよ! きっと私よりお強いですし、いろんな知識をお持ちですし……!」
「ありがとうございます♡ そんなふうに言ってもらえると、必死になって勉強し続けてきた甲斐がありますね♪」
シャーリーは手のひらを合わせて喜びを表現すると、ちらりと俺に視線を送ってきた。
「けれど、本当にすごいのはアルフ様ですよ♡ 《∞の神》様の力を受け継いだだけじゃなくて、かのフレイヤ神から世界を救ってみせたんですから♡」
「はいっ! それもすっっっっっっごくすごいと思いました!」
リュシアが一層に目を輝かせ、テーブルを挟んだ向こう側の席で前のめりになる。
「フレイヤ神を倒したのはあの〝映像〟で知ってましたけど、まさか治癒神よりもすごい神様の力を引き継いでたなんて……! それは英雄にもなれますよね!」
「いやいや、大げさだよ」
たしかに《∞チートアビリティ》は強力なスキルだが、言ってしまえばそれだけだ。
俺自身に剣の腕前があるわけではないし、強い魔法を使えるわけでもない。
ヴァルムンド王国ではスキル至上主義の思想が根付いていたが、他国ではそうでもないらしいからな。
この《∞チートアビリティ》の強さに頼りきるのではなく、俺自身もしっかりと強くなっていきたい……。
それが今の俺の目標だった。
仮にスキルが使用不可にでもなってしまったら、俺なんて何もできなくなってしまうからな。
「ふふ……そういう謙虚なところも含めて、アルフ様の魅力ということです♡」
と言って、うっとりした瞳で俺を見つめるシャーリー。
……もちろん、この目つきは思いっきり演技だ。
ほんとにこの女は、ヴァルムンド王国にいてもルズベルト帝国にいても変わらないな。
「こほん」
俺は
「お互いのことがわかったところで、これから何をどうしていこうか。ディスティーダ団長の居場所を突き止めつつ、レシアータの陰謀を食い止めるのが最終目標ではあるが……」
そしてそのためには、レシアータが今どこにいるのかを捜し当てなければならない。おそらくディスティーダ団長もそこにいるだろうしな。
「そうですね……。実を言えば、私たち《無限神教》もすでに動きだしてはいます。今回の襲撃事件が起きる前から、怪しげな挙動が見受けられていましたから」
真っ先にそう答えたのはシャーリー。
「とはいえ、現時点ではレシアータがどこに潜んでいるのか……まるで突き止められておりません。目ぼしい場所は捜しましたが、何一つ」
「《治癒神神聖教団》の元拠点にもいませんでしたか?」
「はい。残念ながら」
「そうですか……」
まあ、さすがにそんなわかりやすい場所にはいないか。
かなり
と。
「…………う〜ん……」
これまでの話を聞いていたリュシアが、顎に片手をあて、何事かを深く考え込んでいた。
「リュシアちゃん? どうしたんです?」
「いえ……。私もパパから聞いた程度なんですが、《治癒神神聖教団》の拠点も、妖術によって見えにくくされていたようなんです。だから帝国政府の制圧が遅れてしまったのだと」
「妖術……」
「はい。その時は帝都近くの廃墟を拠点にしてたらしくて、被害者の多くが
「…………」
かなり胸糞悪い話だが、たしかに
何も見えない親が素通りしていくさまを、その子どもと共に喜んで眺めていそうな──そんなおぞましい光景が目に浮かんでくる。
「いや、待ってください」
ふいに脳裏にある予感がひらめき、俺はシャーリーを見つめて言う。
「多くの人が悔しがる場所を拠点にしてるっていうなら、またその〝帝都近くの廃墟〟を拠点にしている可能性はありませんか? また妖術か何かで、見えないようにしているとか……」
「そうですね……。一応、目ぼしい場所はすべて妖術を解いたはずですが……あの男のことです。他の手で〝見えなくしている〟可能性もありますので、念のためその線で当たってみましょうか」
「はい。ぜひお願いします」
今回の襲撃においても、死者たちはいつのまにかそこにいた。
あれほど大勢の敵が襲い掛かってくるのなら、転移でもしてこない限り、事前に気づけるはずなんだよな。
しかし帝都の人間は誰も勘付いてさえいなかった。
それどころか、突如現れた死者たちにいいように
このことを鑑みても、帝都近くの拠点から一気に突撃をしかけてきた可能性は非常に高いだろう。
「場所が場所ですから、結果はすぐわかると思います。また追ってご報告しますので、すみませんがもうちょっとお待ちくださいね」
それから少しだけ雑談に花を咲かせたあと、シャーリーは部屋から出ていった。
やはり、さっきの〝帝都近くの拠点〟が気にかかるらしいな。こちらの調査は早いに越したことはないので、ひとまずは彼女に本件を任せることにした。
「え……っと、そしたら、私たちはどうしましょうか?」
しん、と。
静かになった室内で、シャーリーがそんなふうに話を切りだしてきた。
「そうだな……。むやみに動いても仕方ないし、今はゆっくり休んでおいたほうがいいと思う」
「や、休む……」
「そう。国境門での戦闘に、さっきの襲撃事件……。自覚はなくても、きっと気づかないところで疲労が蓄積してるだろうしな。ここは無理に動かず、しっかりと身体を休める……。これが大事だと思う」
まあ、ぶっちゃけると、全部誰かの受け売りだけどな。
剣帝候補として注目されていた頃は、連日のように多くの〝師匠〟が家にやってきた。メンタルの保ち方を指導する教師だったり、別流派の剣豪だったり、果ては高名な魔術師に至るまで……。
俺が立派なスキルを授かることを信じて、幼少期から父がたくさんの教育を施してくれたんだよな。
しかしながら──俺が授かったのは《外れスキル》。
結果的にはレイフォート家を追い出されてしまったが、しかし、あの時たくさんの教育を受けさせてくれたこと自体は感謝している。
招かれた〝師匠〟たちは、皆その筋では一流の人たちばかりだったからな。
指導を受けることはおろか、普通なら会うことさえ難しいレベルだっただろう。
「え、でも……アルフさん。休むってことは……」
しかしながらリュシアは、まだこの話に納得がいっていないようだった。
「それはつまり、アルフさんと私が、同じ部屋で寝るってことですよね……?」
「うん? そ、そうだけど……それがどうした?」
「い、いえ、なんでもないんですけど……えっと……」
なんだ。
いったいどういうことだろうか。
昨日は同室になることをなんとも思っていなかったはずだが、やっぱり男と同じ空間になるのは嫌になったのか?
「気になるっていうんだったら、やっぱり別の部屋にするか? この宿は無理でも、別々の宿に泊まれば……」
「い、いえ、違うんです! そうじゃなくて……」
「? なんだ? 別に遠慮しなくても、普通に出ていくが……」
「〜〜〜〜〜〜〜っ! アルフさんの馬鹿! わからずや!」
ドドドドドドドドドドドドド!!
「わわわわっ!」
いきなりハルバードから銃弾を撃ち込まれ、俺は思わずその場で両足をばたつかせる。
「ば、馬鹿! なんでいきなり撃ちだすんだよ!」
当たらないように照準はずらされていたが、いきなり銃をぶっ放す奴がいるか。
しかもさっき、死者たちによる襲撃があったばかりだというのに……。
「あの〜、すみません、いかがなさいましたか……?」
銃声を聞きつけた宿のスタッフが、扉越しに声をかけてきてしまった。
さっきの銃声はかなり音が大きいので、無理もないだろう。
「はははは、すみません。もう一人の子がなんだか暴れ出しちゃって……。はははははは」
「はぁ、なるほど。そうでしたか……」
パラパラ、と扉の向こう側で紙のめくれる音がする。
あくまで予測でしかないが、この部屋の宿泊者情報を照会しているんだろうと思われる。
つまりは、男女の泊まっている部屋だと理解したんだろう。
「すみません、一応、さっき外で事件がありましたので……。念のため、部屋の中を確認させていただいてもよろしいですか?」
「は、はい、もちろんです」
俺の返事を確認して、扉を開けてスタッフが入ってきた。
「ふむ……」
スタッフは部屋を見回すと、最後に俺を見つめて言った。
「……わかりました。他のお客様のご迷惑になるようでしたら、場合によっては宿泊をお断りさせていただく場合もありますので……。何卒ご理解くださいませ」
「ははは……。すみません、ははは……」
「それでは、私は失礼いたします」
それだけ言うと静かに扉を閉めて、スタッフは部屋から出ていった。
宿泊者が男女であることが功を奏したようだな。
どんな仕様になっているのかは不明だが、リュシアの撃った銃弾についても、部屋を傷つけてはいないようだからな。
「はぁ……」
俺は後頭部を掻いて身を
「す、すみません……。なんだか、よくわかんないですけど、ついカッとなっちゃって……」
「そ、そうか……。気に
「はい……。ごめんなさい……」
急に恥ずかしがったり、激昂したり、かと思えばしおらしくなったり……。
本当、年頃の女の子は何を考えてるのかまったくわからんな。
嫌がられてはいなさそうなので、ひとまずは同じ部屋に泊まろうと思うが……。
と。そんな会話を繰り広げているうち、窓の外から威勢の良い声が届いてきた。
「君はあっちからお医者さん呼んできて〜! まだまだ助かりそうな人いるから」
「ここらへんで、いったん仮説テントを建てようか。怪我人を受け入れる場所が必要だ」
「したら、俺たちは建物の修復してようかね〜。さあ、おまえら俺についてこい〜」
気になって外を覗いてみたが、住民たちが帝都の復興に協力しているようだな。
帝国軍やギルドももちろん動いてはいるものの、彼らに任せきりにはせず、独自に動いているようだった。
医療を得意とする者、建築を得意とする者、調理を得意とする者、それらをとりまとめることを得意とする者……。
それぞれの得意分野を
「すごいですね……。あんな事件があったばかりなのに、みんな前向きで……」
いつの間にか隣に歩み寄ってきていたリュシアが、外の様子を眺めながらそう言った。
「ああ、そうだな……。身近な人が生き返って襲いかかってくるなんて、相当ショックなはずなのに」
「はい。私だったら、たぶん数日は落ち込んじゃってると思います」
そしてきっと──これこそが帝国民の強さなんだろう。
たとえ
そんなしたたかさが、帝国の人々からは感じられた。
「ヴァルムンド国内では、帝国に住む人を〝恐ろしい集団〟だと信じてる人も多い。けれど……やっぱり、みんなも俺たちと同じなんだよな」
「はい。自分だけの都合を考えるんじゃなくて、身近な人たちのことも考えて、その上で自分に何ができるか考える……。そんな強さがあると思います」
「ああ、その通りだ」
このあたりは、俺たちヴァルムンド王国民も見習うところだよな。
不安定な世界情勢に対して、得体の知れない恐怖感を抱いている者は本当に多い。
かのフレイヤ神が残した恐怖心は、やはり全世界の人々の心に根付いているからな。
それでも明るい未来を信じて、みんなで力を合わせて乗り越えていく……。
全世界の人々がその姿勢を持てれば、きっとこの情勢も打開していけるんじゃないか。俺はそう思い始めていた。
「そうだリュシア。一ついいこと思いついたんだが……」
「いいこと? なんでしょうか?」
「街の復興、俺たちも手伝わないか? 帝国民じゃなくても、きっとできることはあると思う」