4
《∞チートアビリティ》の力を使ってから三十分ほど経過しただろうか。
「お、終わったか……?」
最期までしぶとく暴れ続けた兵士を制圧し、俺は両膝に手をついて息を整える。
執行部の一名によれば、この兵士は帝国において《剣王》と呼ばれる人物らしい。およそ四千年前に活躍した人物で、当時は脅威的存在だった〝魔王〟なる敵を単身で討ち倒したのだとか。
いくら攻撃力を抑えているとはいえ、俺のほうは連戦だったからな。
さすがに《剣王》ともなると、制圧には時間がかかった形である。
「まさかお一人で剣王を打ち倒すとは……素晴らしいですなA殿。四千年経った今でも、帝国では史上最強と呼ばれる剣士だったと思いますぞ」
「そ、そんなに強かったんですか……?」
「ええ。こちら側の被害の半数は、その剣王によるものだと考えて差し支えないでしょう」
「…………」
言われて、俺は改めて帝都の様子を見回してみる。
そこかしこで倒れている人々。半壊している建物。幹の半ばで折れている木々。
あんなに瀟洒だった町並みが、一瞬にして地獄絵図になり果ててしまった。俺たちも力を尽くしたが、完全には守り切れなかったか……。
「そう気を落とすことはありませんぞ、A殿」
俺の思考を見抜いたか、執行部の一人がそう声をかけてきた。
「おそらくご存じだとは思いますが、敵側には住民の〝身内〟が多くいた。いくら私たちが避難誘導しようとも、それがあまり功を
「身内……」
そうだ。
最初に助けた女性も、半年前に死別した夫に襲われたと言っていたな。
大好きだった人が蘇って、前のように自分に近寄ってきたとしたら……誰だって正常な判断力を失うよな。
そして、このおぞましい事件を引き起こした真犯人こそが──。
『いやぁ……本当だよ。僕としては、腑抜けた帝都民への見せしめに、もっと多くの人に死んでもらいたかったんだけどね。余計な邪魔を入れてくれたもんだよ、まったく♡』
「っ……」
その身体がやや透けていることを見ると、今回も実体はここにはないんだろう。そうでなければわざわざ俺たちの前に姿を現すわけがないし──捕まえることは不可能だ。
『でもまあ、そこにいるお兄さんたちは無限神教の執行部だよねぇ〜? さすがに《∞の神》の加護を受けている君たちがいたら勝てないか』
「…………」
なるほど。
どういうわけか、こいつは無限神教のことも知っているようだな。
治癒神の名前を出していたことといい……やはりただ者ではなさそうだ。
「くだらぬ
『あっはっはっは!! 光栄だねぇ。天下の無限神教にそこまで言われるな・ん・て♡』
「ふん。貴様の過去を知っている者はみな、同じことを言うだろうよ」
『う〜〜ん、そうかなぁ? 僕としては自由気ままに生きてきただけなんだけどねぇ〜〜♠』
やはりこのレシアータという人間、相当に頭のネジが外れているようだな。
こちらが怒れば怒るだけ、そのことに対して喜んでいるような──。
そんなサディスティックな一面が垣間見える。
「やっぱり、そうだ……」
と。
ふいに、今まで押し黙っていたリュシアがぎろりとレシアータを睨みつける。
「あなた……ですよね? 十年前、笑いながら私をいたぶり続けたのは!!」
『ン〜〜〜?』
レシアータはそこで目を細め、リュシアの全身を眺める。
『ごめん、僕がいためつけた子どもなんて無数にいるから、あんまり思い出せないんだけどサ……。もしかして、施設内では307号って呼ばれてたかな?』
「…………っ」
当たりだったのかもしれないな。
307号と呼ばれたリュシアが、辛そうに表情を歪め、視線を下に向ける。
『お、お〜〜〜♡ その反応は、もしかして、もしかしてぇ〜〜〜♡ ギャハハハハハハ、嘘でしょ、ここで運命の再会を果たしちゃう!?』
「う、うあああああああああっ!!」
「ま、待てリュシア!」
俺が止まるも間に合わず、リュシアはハルバードから無数の銃弾をレシアータに撃ち出す。
だが思った通り、あいつの実体はここにはない。
銃弾はすべて奴の身体を通り抜け、その向こう側にある地面に激突していった。
『あはははははははははははは! ひゃっほう♡ いいねいいねぇえええええ! その顔だよ! 僕が憎くて憎くて憎くて、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてたまらないのかい? ン〜〜〜〜?』
狂気じみた笑い声をあげ、両手を広げて銃弾を受け止めようとするレシアータ。
絶対に当たらないことがわかっているからこその余裕だろう。
「リュシア、やめろ! 安い挑発に乗るな!」
『うふふふふふ♡ そっかそっかぁ〜、十年前は僕にいたぶられて、ウフフ……今度は、大事な大事なお父さんが……』
「え…………」
レシアータの言葉を受けて、リュシアが発砲を止める。
「ど、どういうこと……? やっぱり、パパのこと知ってるの……?」
『知ってるも何もないよ! 今回の事件にがっつりと関係してるさ! ってか僕が呼び出したんだし♪ 今、何をされてるかは教えてあげないけどねぇ〜〜〜〜♡ あっはっはっは!』
「やめて……。やめてよ……! うああああああああああああ!」
再び絶叫し、銃弾を放とうとするリュシア。
「待てリュシア! いったん落ち着け!!」
そんな彼女を、俺は背後から抱き締める。
年頃の娘に対してやってはいけないことだが、今はそんなことを言っていられる場合ではなかった。
「レシアータ! おまえ、こんな事件まで引き起こして、リュシアまで痛めつけて、いったい何が目的だ!!」
『ウフフ、何を今さら。軟弱な帝国民を叩き潰して、敵性国家たるヴァルムンド王国を支配する。最初からそれしか考えてないよ♡』
「ふざけるな! こんなことが、いったいなんでヴァルムンド王国を支配することに繋がるんだ!」
『ふふふ、意外と察しが悪いねぇ。君だってフレイヤ神と戦ったんだ。同格の力を持つ《治癒神》がいったいどれだけ恐ろしいのか、言わなくてもわかるんじゃないかい?』
「なんだって……?」
俺が目を見開いた、その瞬間。
レシアータは右手を突き出し、そこから淡い光が放ち出した。
「ぬ…………!」
無限神教の執行部はいち早く何かに気づいたのだろう。
「A殿、リュシア殿、戦闘の準備を! 恐ろしいことが起きます!」
瞬間。
「ガガガガガガガガ……」
「ゴゴゴ……ギギギギ……」
「ギャガガガガガガガガガガガガガ……」
「おいおい、嘘だろ……?」
目の前で引き起こされた現象に、俺もさすがに絶望を禁じえない。
──そう。
ようやく倒し終わった死者たちが、再び奇妙な声をあげて立ち上がり始めたのだ。みな大きなダメージを与えておいたはずだが、その全員の傷が綺麗さっぱり癒えている。
そしてもちろん、四千年前に魔王を倒したという剣王も同様だ。
「これが……治癒神の力だってのか……?」
『フフフ、そういうこと♪ 問答無用で死者を蘇らせるだけじゃなくて、その傷を癒すこともできる♪ フレイヤ神とはまた違った意味で、恐ろしい力を持ってるよねぇ?』
「おのれ……!」
無限神教の執行部もまた、苦々しい表情で戦闘の構えを取る。
レシアータが言うには、治癒神の力はあくまで対象者の傷を癒して蘇らすところまで。その意思を操ることはできないだろうし、俺もそんな話は聞いたことがない。
だが、俺たちはたしかに昨日見た。
国教門を守護する兵士たちが、レシアータにいともたやすく意識を操作されているのを。
治癒神の圧倒的な回復力と、そしてレシアータの悪質な妖術。この二つが悪い意味で噛み合った結果、今回の事件が引き起こされてしまったわけか。
『ま、今回はただ、治癒神の力をうまく発揮できるか実験したかったんだけどね……。でも、これもいい機会だ。君たちは計画の邪魔になりそうだし……ここいらで死んでもらおうか』
ゴォォォォォォォオオ……と。
レシアータの右手が再び輝きだすと、周囲の死者たちがさらなる叫び声をあげる。
全員が
「くっ……」
俺には《∞チートアビリティ》があるし、この場を切り抜けることはたぶん可能だ。
だが──問題はレシアータの使う治癒能力。
死者たちをいくら倒しても、再び再生してしまうのでは意味がない。といってここから逃げ出せば、さらに大勢の人々が犠牲に遭う。
いったいどうすれば……。
「──すみませんが、邪神の力を行使するのはそこまでになさい」
と。
聞き覚えのある声が響き渡ったのと同時、新たな人影がこの場に姿を現した。レシアータの実体はそこにないはずだが、その人影は果敢にも奴に突っ込んでいく。
『な、何……?』
そしてレシアータが目を見開いた頃には、その右手の輝きは失せていた。
『あははは……! 《∞の神》の力を使って、治癒神の力を
「そうですね。
『ふふっ、相変わらず合わないようだねぇ、僕たちは』
シャーリー・ミロライド。
無限神教の教皇たる彼女が、この
「遅れてごめんなさいね、Aさん。執行部を呼んでいらっしゃたこと、数分前には気付いてましたが……すぐには駆けつけられず」
そう言って、いつも通り色気たっぷりにウインクをしてくるシャーリー。
相変わらず余裕綽々な様子だが、正直今はそれに救われる。
「治癒神の力を抑えつけさせてもらいました。その力がなければ、死者たちの力を維持させることは不可能でしょう。ご安心ください」
シャーリーがそう説明してくれた通り、今まで少しずつこちらに近寄ってきていたのが、今では全員が地面に伏せている。治癒神の後ろ盾をなくした以上、もう動くことはできないのだろう。
『ふふふ、ちょっと消化不良だけど、まあここらが引き際かな。実験の目的は果たせたわけだし♠』
レシアータはそう言って不気味な笑みを浮かべると、最後にリュシアに視線を向ける。
『それじゃあね、307号。お父さんが今何をされているのか知りたかったら、ぜひ、最後まで
「うっ…………」
悔しそうに歯がみするリュシア。
『あっははは、いいねぇその顔だよ。──それじゃあみんな、まったねぇ〜〜〜♪』
場違いなほどに明るい声を発し、レシアータの幻影はその場から姿を消した。