《∞チートアビリティ》の力を使ってから三十分ほど経過しただろうか。

「お、終わったか……?」

 最期までしぶとく暴れ続けた兵士を制圧し、俺は両膝に手をついて息を整える。

 執行部の一名によれば、この兵士は帝国において《剣王》と呼ばれる人物らしい。およそ四千年前に活躍した人物で、当時は脅威的存在だった〝魔王〟なる敵を単身で討ち倒したのだとか。

 いくら攻撃力を抑えているとはいえ、俺のほうは連戦だったからな。

 さすがに《剣王》ともなると、制圧には時間がかかった形である。

「まさかお一人で剣王を打ち倒すとは……素晴らしいですなA殿。四千年経った今でも、帝国では史上最強と呼ばれる剣士だったと思いますぞ」

「そ、そんなに強かったんですか……?」

「ええ。こちら側の被害の半数は、その剣王によるものだと考えて差し支えないでしょう」

「…………」

 言われて、俺は改めて帝都の様子を見回してみる。

 そこかしこで倒れている人々。半壊している建物。幹の半ばで折れている木々。

 あんなに瀟洒だった町並みが、一瞬にして地獄絵図になり果ててしまった。俺たちも力を尽くしたが、完全には守り切れなかったか……。

「そう気を落とすことはありませんぞ、A殿」

 俺の思考を見抜いたか、執行部の一人がそう声をかけてきた。

「おそらくご存じだとは思いますが、敵側には住民の〝身内〟が多くいた。いくら私たちが避難誘導しようとも、それがあまり功をそうさず……そのまま〝身内〟の手にかかった者が大勢いたのです」

「身内……」

 そうだ。

 最初に助けた女性も、半年前に死別した夫に襲われたと言っていたな。

 大好きだった人が蘇って、前のように自分に近寄ってきたとしたら……誰だって正常な判断力を失うよな。

 そして、このおぞましい事件を引き起こした真犯人こそが──。


『いやぁ……本当だよ。僕としては、腑抜けた帝都民への見せしめに、もっと多くの人に死んでもらいたかったんだけどね。余計な邪魔を入れてくれたもんだよ、まったく♡』


「っ……」

 ゆうしゃくしゃくといった声と共に姿を現したのは、レシアータ・バフェム。

 その身体がやや透けていることを見ると、今回も実体はここにはないんだろう。そうでなければわざわざ俺たちの前に姿を現すわけがないし──捕まえることは不可能だ。

『でもまあ、そこにいるお兄さんたちは無限神教の執行部だよねぇ〜? さすがに《∞の神》の加護を受けている君たちがいたら勝てないか』

「…………」

 なるほど。

 どういうわけか、こいつは無限神教のことも知っているようだな。

 治癒神の名前を出していたことといい……やはりただ者ではなさそうだ。

「くだらぬもうしゅうにとり憑かれし者、レシアータ・バフェム。貴様を生かしていることは、我らが無限神教にとっても最大の汚点よ」

『あっはっはっは!! 光栄だねぇ。天下の無限神教にそこまで言われるな・ん・て♡』

「ふん。貴様の過去を知っている者はみな、同じことを言うだろうよ」

『う〜〜ん、そうかなぁ? 僕としては自由気ままに生きてきただけなんだけどねぇ〜〜♠』

 やはりこのレシアータという人間、相当に頭のネジが外れているようだな。

 こちらが怒れば怒るだけ、そのことに対して喜んでいるような──。

 そんなサディスティックな一面が垣間見える。

「やっぱり、そうだ……」

 と。

 ふいに、今まで押し黙っていたリュシアがぎろりとレシアータを睨みつける。

「あなた……ですよね? 十年前、笑いながら私をいたぶり続けたのは!!

『ン〜〜〜?』

 レシアータはそこで目を細め、リュシアの全身を眺める。

『ごめん、僕がいためつけた子どもなんて無数にいるから、あんまり思い出せないんだけどサ……。もしかして、施設内では307号って呼ばれてたかな?』

「…………っ」

 当たりだったのかもしれないな。

 307号と呼ばれたリュシアが、辛そうに表情を歪め、視線を下に向ける。

『お、お〜〜〜♡ その反応は、もしかして、もしかしてぇ〜〜〜♡ ギャハハハハハハ、嘘でしょ、ここで運命の再会を果たしちゃう!?

「う、うあああああああああっ!!

「ま、待てリュシア!」

 俺が止まるも間に合わず、リュシアはハルバードから無数の銃弾をレシアータに撃ち出す。

 だが思った通り、あいつの実体はここにはない。

 銃弾はすべて奴の身体を通り抜け、その向こう側にある地面に激突していった。

『あはははははははははははは! ひゃっほう♡ いいねいいねぇえええええ! その顔だよ! 僕が憎くて憎くて憎くて、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてたまらないのかい? ン〜〜〜〜?』

 狂気じみた笑い声をあげ、両手を広げて銃弾を受け止めようとするレシアータ。

 絶対に当たらないことがわかっているからこその余裕だろう。

「リュシア、やめろ! 安い挑発に乗るな!」

『うふふふふふ♡ そっかそっかぁ〜、十年前は僕にいたぶられて、ウフフ……今度は、大事な大事なお父さんが……』

「え…………」

 レシアータの言葉を受けて、リュシアが発砲を止める。

「ど、どういうこと……? やっぱり、パパのこと知ってるの……?」

『知ってるも何もないよ! 今回の事件にがっつりと関係してるさ! ってか僕が呼び出したんだし♪ 今、何をされてるかは教えてあげないけどねぇ〜〜〜〜♡ あっはっはっは!』

「やめて……。やめてよ……! うああああああああああああ!」

 再び絶叫し、銃弾を放とうとするリュシア。

「待てリュシア! いったん落ち着け!!

 そんな彼女を、俺は背後から抱き締める。

 年頃の娘に対してやってはいけないことだが、今はそんなことを言っていられる場合ではなかった。

「レシアータ! おまえ、こんな事件まで引き起こして、リュシアまで痛めつけて、いったい何が目的だ!!

『ウフフ、何を今さら。軟弱な帝国民を叩き潰して、敵性国家たるヴァルムンド王国を支配する。最初からそれしか考えてないよ♡』

「ふざけるな! こんなことが、いったいなんでヴァルムンド王国を支配することに繋がるんだ!」

『ふふふ、意外と察しが悪いねぇ。君だってフレイヤ神と戦ったんだ。同格の力を持つ《治癒神》がいったいどれだけ恐ろしいのか、言わなくてもわかるんじゃないかい?』

「なんだって……?」

 俺が目を見開いた、その瞬間。

 レシアータは右手を突き出し、そこから淡い光が放ち出した。

「ぬ…………!」

 無限神教の執行部はいち早く何かに気づいたのだろう。

「A殿、リュシア殿、戦闘の準備を! 恐ろしいことが起きます!」

 瞬間。

「ガガガガガガガガ……」

「ゴゴゴ……ギギギギ……」

「ギャガガガガガガガガガガガガガ……」

「おいおい、嘘だろ……?」

 目の前で引き起こされた現象に、俺もさすがに絶望を禁じえない。

 ──そう。

 ようやく倒し終わった死者たちが、再び奇妙な声をあげて立ち上がり始めたのだ。みな大きなダメージを与えておいたはずだが、その全員の傷が綺麗さっぱり癒えている。

 そしてもちろん、四千年前に魔王を倒したという剣王も同様だ。

「これが……治癒神の力だってのか……?」

『フフフ、そういうこと♪ 問答無用で死者を蘇らせるだけじゃなくて、その傷を癒すこともできる♪ フレイヤ神とはまた違った意味で、恐ろしい力を持ってるよねぇ?』

「おのれ……!」

 無限神教の執行部もまた、苦々しい表情で戦闘の構えを取る。

 レシアータが言うには、治癒神の力はあくまで対象者の傷を癒して蘇らすところまで。その意思を操ることはできないだろうし、俺もそんな話は聞いたことがない。

 だが、俺たちはたしかに昨日見た。

 国教門を守護する兵士たちが、レシアータにいともたやすく意識を操作されているのを。

 治癒神の圧倒的な回復力と、そしてレシアータの悪質な妖術。この二つが悪い意味で噛み合った結果、今回の事件が引き起こされてしまったわけか。

『ま、今回はただ、治癒神の力をうまく発揮できるか実験したかったんだけどね……。でも、これもいい機会だ。君たちは計画の邪魔になりそうだし……ここいらで死んでもらおうか』

 ゴォォォォォォォオオ……と。

 レシアータの右手が再び輝きだすと、周囲の死者たちがさらなる叫び声をあげる。

 全員がどうもうな目つきで、俺たちを痛めつけようとにじり寄ってくる……。

「くっ……」

 俺には《∞チートアビリティ》があるし、この場を切り抜けることはたぶん可能だ。

 だが──問題はレシアータの使う治癒能力。

 死者たちをいくら倒しても、再び再生してしまうのでは意味がない。といってここから逃げ出せば、さらに大勢の人々が犠牲に遭う。

 いったいどうすれば……。


「──すみませんが、邪神の力を行使するのはそこまでになさい」


 と。

 聞き覚えのある声が響き渡ったのと同時、新たな人影がこの場に姿を現した。レシアータの実体はそこにないはずだが、その人影は果敢にも奴に突っ込んでいく。

『な、何……?』

 そしてレシアータが目を見開いた頃には、その右手の輝きは失せていた。

『あははは……! 《∞の神》の力を使って、治癒神の力をそうさいしたか。相変わらずムカつくことをしてくれるじゃないか、シャーリー・ミロライド』

「そうですね。生憎あいにく、私はあなたのような人が大っ嫌いですので♡」

『ふふっ、相変わらず合わないようだねぇ、僕たちは』

 シャーリー・ミロライド。

 無限神教の教皇たる彼女が、このたんで駆けつけてくれたか……!

「遅れてごめんなさいね、Aさん。執行部を呼んでいらっしゃたこと、数分前には気付いてましたが……すぐには駆けつけられず」

 そう言って、いつも通り色気たっぷりにウインクをしてくるシャーリー。

 相変わらず余裕綽々な様子だが、正直今はそれに救われる。

「治癒神の力を抑えつけさせてもらいました。その力がなければ、死者たちの力を維持させることは不可能でしょう。ご安心ください」

 シャーリーがそう説明してくれた通り、今まで少しずつこちらに近寄ってきていたのが、今では全員が地面に伏せている。治癒神の後ろ盾をなくした以上、もう動くことはできないのだろう。

『ふふふ、ちょっと消化不良だけど、まあここらが引き際かな。実験の目的は果たせたわけだし♠』

 レシアータはそう言って不気味な笑みを浮かべると、最後にリュシアに視線を向ける。

『それじゃあね、307号。お父さんが今何をされているのか知りたかったら、ぜひ、最後までいてみるといいよ。徹底的に踊り狂わされて、僕のオモチャにならないことを祈るがいいさ♡』

「うっ…………」

 悔しそうに歯がみするリュシア。

『あっははは、いいねぇその顔だよ。──それじゃあみんな、まったねぇ〜〜〜♪』

 場違いなほどに明るい声を発し、レシアータの幻影はその場から姿を消した。