「はぁぁぁぁぁぁああ……! 緊張したぁぁああああ…………!」

 皇城を出て数分後。

 一気に力が抜けたらしく、リュシアが大きく息を吐いた。

「圧が半端なかったです……。パパとは別の意味で手強そうっていうか……」

「まあ実際、思想通りに帝国を導いているわけだしな。油断ならない相手なのはたしかだと思う」

「はぁああ……」

 リュシアはもう一度ため息を吐くと、改めて皇城に視線を向けた。

「しかもファグスティス皇帝、何も教えてくれなかったですからね……。さすがにもうちょっと収穫が欲しかったです」

「……いや、それほどでもないと思うぞ?」

「え……?」

 俺がかぶりを振ると、リュシアが目をまんまるにした。

「どういうことですか? アル……アールさんは、何か気づいたことがあるんですか?」

「まあ、そこまで確証めいたものじゃないけどな」

 そう言いながら、俺は周囲に視線を巡らせる。

 当然のことながら、兵士はいまだに俺たちに油断ない目線を向けてきているな。通行人の目もあるし、ここでは思いきった話はできないだろう。

「──いったん宿に戻ろう。積もる話はそこで」


 そこから数十分かけて、俺たちは宿に帰ってきた。

 なぜだか都民たちの多くが浮き足立っていたが、いったんそれには首を突っ込まないでおく。

 余計なことをするとまた目をつけられるし、何よりここには大勢の兵士がいるからな。仮に万一のことがあったとて、彼らがどうにかしてくれるだろう。

 ということで、俺たちはひとまず状況の整理を行うことにした。

「──それで、さっきのはいったいどういうことですか?」

 ベッドの端に腰かけたリュシアが、開口一番にそう問いかけてきた。

 やっぱり大事な父親に関する話だからな。気になって仕方ないんだろう。

 俺はソファに腰を下ろすと、帰路で買っておいたアイスティーを飲みながら言った。

「さっきも言ったように、何も確証があるわけじゃない。あくまで推測でしかないんだが……さっきの皇帝の様子は、いくらなんでも変だと思わないか?」

「変……?」

「ああ。たしかにつっけんどんな態度ではあったが、一応、こっちの質問に答えてくれる姿勢は見せてくれていた。──実際に質問をぶつけてみるまでは」

「た、たしかに……」

 ファグスティス皇帝は、まず間違いなくヴァルムンド王国を敵視している。

 だが──そうは言いつつも両国の国力はほぼ拮抗しているからな。十分な準備もなく王国を挑発することはできないし、ここは冷静に立ち回っていくべき局面だ。

 皇帝が俺たちに〝聞く姿勢〟を見せたのは、おそらくそれが理由だろう。

 国外を無用に刺激しないよう、とりあえず話だけは聞きつつ──自国民へのアピールの意味を込めて、ヴァルムンド出身たる者には高圧的な態度で接する。

 まさに政治的思惑が絡みまくった上での謁見だったと言えるだろう。

 だからとりあえず、最低限いくつかの質問には答えてもらえると思っていたんだが……。

 実際に質問をぶつけてみると、皇帝はそれまでの態度を豹変させた。

 それどころか、あまりにも明確な悪意をこちらに見せてきたのである。

「なるほど……。それはたしかに変ですね……」

 そうした考えをリュシアに述べると、彼女は考え込むように唸った。

「実際どうなんだ? 団長は外出前、誰かに呼ばれたとか言ってなかったか?」

「いえ、残念ながらそこまでは……」

 口惜しそうに首を横に振るリュシア。

「けれど、パパのことです。素性の怪しい人の依頼なら受けないと思いますし、自分から出向くこともないと思います」

「ふむ……そうか……」

 まだ断定はできないが、ファグスティス皇帝も何か知っていると考えていいだろう。

 彼は国際情勢への影響を無視してまで、俺たちを真っ向から突き放した。それは当然、そうしたほうが皇帝にとってメリットがあるからだろう。

「う〜ん……」

 とはいえ、現時点でわかるのはここまで。

 これ以上の答えを導き出すには、もうちょっとピースがないと難しいだろう。

「…………」

 そんなふうに考え込んでいるうち、リュシアがしょんぼりと俯いていることに気づいた。

「なんだ? どうした?」

「……いえ。やっぱり異常だと思って」

「異常?」

「はい。パパは──ひいを抜きにしても、かなりの達人なんです。精鋭揃いの《闇夜の黒獅子》メンバーが一斉にかかっても、たぶん、返り討ちにされちゃうくらい」

「そうだな……。団長の強さは、俺の父も度々語っていた」

「そんなパパが、何も言わず消息を絶ってしまうなんて──やっぱり、信じられないなって……」

「…………」

《闇夜の黒獅子》団長、ディスティーダ・エムリオット。

 たぶん俺の父でさえ勝てないだろうし、《∞チートアビリティ》を手に入れた俺だって勝利できるかどうか怪しい。

 そしてそれだけではなく、的確に戦況を見抜く聡明さもあったと聞く。

 このままでは敗北すると悟った時には迅速に降参し、勝てると判断した場合には、正確な指示を部下に下していく。

 そんな団長が、仲間に一報もせず一カ月も姿を消す……。

 団長に近ければ近しいほど、これの疑問は拭えないだろう。

「大丈夫だ、リュシア。そう悲観することはない」

「え…………」

 俺の言葉に対し、リュシアがうっすらと目を見開く。

「俺も何度か、父親からディスティーダ団長の強さを聞いたことがある。リュシアを連れ去った〝組織〟だけじゃなくて、他にも怪しげな武装集団とか、悪事を働き続けている山賊とか……脅威的な集団を何度も蹴散らしてきたんだってな」

「あ、はい……。そうです」

 そう言ってこくりと頷くリュシアの声には、少しだけ誇らしさがにじんでいた。

「もちろん傭兵団ですから、動くのは金額次第になりますけど……。それでも、不当な依頼は絶対断ったり、依頼中に困っている人がいたら手を差し伸べたり……そういう優しさを持っているのがパパでした」

「ああ。だから父は、団長のことを裏剣帝と呼んでたよ。レイフォート家が表立って行えない正義を執行して、その圧倒的実力でもって困っている人々を助ける……。まだ会ったことはないが、俺もひそかに団長のことを尊敬していた」

「…………あ」

「だから、きっと大丈夫だ。仮にトラブルに巻き込まれているとしても、ディスティーダ団長ならきっと、うまいこと切り抜けようとしているだろう」

「はい、そうですね……!」

 リュシアの表情から少しだけ力が抜けた。

 気休め程度でしかないかもしれないが、俺も実際、ディスティーダ団長が〝最悪の事態〟に見舞われているとは信じがたい。

 ここは少しでもリュシアに元気を出してもらったほうが、依頼も達成しやすくなるはず……。


『あ〜あ、ほんと今日も帝都は平和だねぇ。ヴァルムンド王国に滅ぼされかけたばかりだってのに、この腑抜けっぷりにはむしが走るよ!』


「ぬ……!」

 ふいに聞き覚えのある声が大音量で街中に響きわたり、俺は思わず顔をしかめた。

 ──レシアータ・バフェム。

 どんな仕掛けなのかは不明だが、奴の声が広範囲に響きわたっているようだ。

『ははははは、でもどうか安心しておくれねぇ。また王国がクソだるい侵攻をしてくる前に、こっちから特大の兵力増強施策を考えておいたからさぁ? ──今の軟弱な帝国男児とやらに、このピンチを切り抜けられるかな!?

「な、何……? どういうこと?」

 リュシアが急いでベッドから立ち上がった、その瞬間。


「い、いやぁぁああああああ!」

「きゃ────────っ!」

「やめて! やめてよママ!」


 痛々しい悲鳴が耳をつんざき、俺は咄嗟に部屋の窓へと駆け寄った。

「な、なんだ……!?

 そして外の光景を確認した時、俺は思わず言葉を失ってしまった。

 一言でいえば──住民たちの暴走だろうか。

 さっきまで何食わぬ顔で過ごしていたはずの住民たちが、急に瞳を真紅に変え、近隣の人々に襲い掛かっているのである。

 母が子の首を絞めているその光景は、もはや目も当てられない……。

「何これ、いったいどういうこと……?」

 遅れて窓の外を見やったリュシアも、一瞬で青白い顔色になっている。

「昨日の国境門みたいに、あのレシアータって奴に操られてるのかな……?」

「ああ、そうかもしれない。けれど──」

 それにしてはなんだかおかしい。

 眼下の光景を見ると、高齢で足腰が弱っていそうな人たちでさえ、俊敏な動きで住民たちに襲い掛かっている。

 ただ〝操られているだけ〟なら、このような芸当は不可能のはずだが……。

「いや、今は四の五の考えるのはよそう。ひとまず、先にみんなを……!」

「…………」

「リュシア、どうした?」

「あ、すみません。わかりました!」

 リュシアが威勢よく返事するのを確認して、俺は窓から飛び降りる。

 出入口を使わずに、急いで戦場に飛び込んだのには理由があった。

「いや。やめて。やめてよ、あなた……!」

「シャアアアアアッ!!

 尻餅をつく若い女性に向けて、容赦なく剣を振りかぶる若い男。その瞳が真紅に塗られているのは、他の者と同じだ。

「おおおおおおおおおっ!」

 その男に向けて疾駆しつつ、俺はスキル《∞チートアビリティ》を始動。


 ◎現在使えるチートアビリティ一覧


 ・神聖魔法 全使用可

 ・ヘイト操作

 ・煉獄剣の使用可

 ・無限剣の使用可

 ・管理画面《ステータス》の表示

 ・攻撃力の操作



 今回もひとまずは《無限剣の使用可》を開放することにする。

 二つの新能力も気になるところではあるが、今はそれを試している場合ではないからな。

「す、すごい……!」

 俺の変化を感じ取ったのだろう。

 隣を疾駆するリュシアが感嘆の声をあげた。

「リュシアは別の場所へ。あの女性は俺が助ける!」

「ヤー!」

 リュシアは短く返事すると、右足だけを地面につけ、そのまま左方向へと転換する。

 その方面にも不審者が大勢いるので、彼らをまとめて無力化させに向かったんだろう。

 俺も絶対、あの女性を救わねば……!

「ガァァァァァァァアァアアアア!」

 男が剣を振り下ろした、その寸前。

 カキン! と。

 その刀身が女性に直撃するよりも早く、俺の剣が男の攻撃を阻んだ。

「グヌ……!?

「くたばれ……!」

 レイフォート流。

 撃百閃!

「グォアアアアアアアア……ッ!」

 目にも止まらぬ速度で繰り出される、百もの剣撃。

 それらをまともに喰らい、男はあっけなく地面に伏した。殺害まではしていないが、さりとて手加減もしていない。しばらく起き上がることさえ困難だろう。

 見たところ、帝国軍の甲冑を纏っているようだったが……。

 兵士にしてはあまりにもあっさりと勝ててしまったので、拍子抜けしたのが正直なところだった。こいつからは悪意も敵意も、それどころか生命力さえ感じられない……。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。

「だ、大丈夫ですか?」

 俺は尻餅をついている女性に声をかけつつ、右手を差し伸べた。

「あ、ありがとうございます……。助かりました……」

 素直にお礼を述べ、女性は俺の手を取る。

 一瞬心配したが、俺の素性には気づいていないようだな。たぶん、帝国の冒険者か何かだと思われているんだろう。

「ここは危険です。どこか安全な場所に避難してください」

「え、ええ……。そうですね……」

 だが、対する女性はどこか空虚な表情を浮かべたままだ。

 それどころか──どこか名残惜しそうに、自分に襲い掛かってきていた男を見つめている。

「あの、どうされましたか? ここにいては……」

「い、いえ、それが……」

 女性は数秒だけ言い淀んだあと、意を決したように声を絞り出した。

「信じられないかもしれませんが……。あの男の人、私の夫だったんです」

「へ…………?」

「亡くなる直前は、帝国軍の特殊任務に従事してて……。敵からの銃弾を防ぎきることができず亡くなってしまったというほうが、半年前に帝国軍から届いて……。だから、だから、生きてるはずなんて、ないのに……」

「…………」

「それでも、私を見つけてきてくれたの? あなた……」

「ググググ……ガガガガガ……」

 女性に呼びかけられた男が、地面に伏せながらうめき声をあげた。

 俺の剣を喰らった手前、起き上がることはできなさそうだが──それでも、懸命に何かを伝えたがっているようだった。

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲ。ニゲ……ロ。ガガガガガガガガガ、ココニ、イテハ、イケナイ……。ガガガガガガガ……!!

「…………っ」

 女性は両手で頬を覆うと、うっすらと涙を流し始める。

「あ、あなた……。あなたなのね……?」

「グググググ……。ガガガガガガガガガ……」

 だが、もう駄目だ。

 男はこれ以上言葉を発せないようで、地面にのたうちまわりながら、奇妙な声を発し続けるのみ。

 ──いや、彼だけじゃない。

 周囲の混乱に耳を傾けると、ここ帝都では今、あちこちで死者が蘇り暴れ回っているようだった。

「避難してください。第三者が、あなたたちの事情に口出しすべきではないかもしれませんけど……。どうか、彼が懸命に『逃げろ』と言い残したことを忘れないでください」

「…………っ」

 辛そうな表情を浮かべ、女性はゆっくりと視線を落とす。

「そ、そうですよね。彼が生きてるはずない。もう、とっくに、乗り越えたつもりだったのに……」

「…………」

「すみません。ありがとうございました、助かりました」

 女性はそう言って、数秒だけを見つめると──。

 最後に俺にぺこりと頭を下げ、近くにある冒険者ギルドへと向かっていった。


 この戦場は思った以上に厄介だった。

 元より帝都には大勢の兵士がいたが、それでいうなら、も一般住民の中に紛れていたようだ。

 兵士たちをも圧倒する勢いで、大勢の敵があちこちで破壊を繰り返している。

 何より厄介なのは、敵側にかなりの実力者がいるということか。歴史に語り継がれているような剣豪だったり、かつて多くの戦績を残した戦士だったり、そうした者たちが容赦なく暴れまわっているのだ。

 一般の兵士たちでは手に負えないのも、まさに納得のいくことだろう。

 どうにかして活路を見いだせないものか……。

「あ、そうだ」

 そこでふと、俺は懐から透明の宝石を取り出した。


 ──シャ、シャーリーさん……? これは?──

 ──無限神教の〝執行部〟を呼び出す宝石です。彼らも厳しい特訓を受けていますから、いざという時は頼りになりますよ──


 ルズベルト帝国へ出国する前、たしかシャーリーから貰った宝石があったよな。

 彼女が言うには、この宝石を握って念じれば、無限神教の〝執行部〟を呼べるという話だったが……。

「おお……っと」

 言われた通りに念じてみると、宝石から神々しい輝きが放たれた。

 そしてその輝きが、一カ所に集まって門のような形を作り出し──。

「お呼びでしょうか、A殿」

 数名の男たちが、その門から飛び出してきた。

〝A殿〟と通称を使っているのは、たぶん俺の身バレを防止するためだろうな。

「ありがとうございます。見てわかると思いますが、今、帝都が大混乱に陥っています。どうか力を貸してください」

「……御意」

 執行部は互いの顔を見合わせるや、そのまま瞬時に戦場へ散っていった。やはり全員身のこなしが洗練されていて、その際の動きがほとんど見えなかった。彼らが走り出した途端、その軌跡にかろうじて残像だけが見えた形である。

「グオッ……」

「カハッ……!」

 そして彼らの強さは、もちろんスピードだけではない。

 敵に対してそれぞれ的確な一撃を見舞い、瞬時にして気絶へ追い込んでいく。みんな拳だけで戦っているようだから、それがスピードにも反映されているんだろうな。

「ふう……」

 もちろん、俺も黙って戦況を見守っているつもりはない。

 ちょうど有用そうな能力があったので、さっそくそれを使ってみる。


 ◎現在使えるチートアビリティ一覧


 ・神聖魔法 全使用可

 ・ヘイト操作

 ・煉獄剣の使用可

 ・無限剣の使用可

 ・管理画面《ステータス》の表示

 ・攻撃力の操作



「能力発動──《攻撃力の操作》!」

 俺がそう唱えると、続いて次の文章が視界に浮かんできた。


 ◎《攻撃力の操作》が使用されました。


 現状だと次のように攻撃力を操作できます。

 ・四分の一

 ・二分の一

 ・二倍


 なお、現状においては自身の攻撃力操作はまだできません。ご了承ください。


「ふむ……」

 やはり字面の通り、対象の攻撃力に干渉する力だったか。

 自分の攻撃力にはまだ干渉できないらしいが、現在それは大きな問題ではない。

 敵の攻撃力を落とし、その上で味方を強化する──。

 それが果たせれば、それだけでかなり戦況が有利になるだろう。

「《攻撃力の操作》発動──! 味方の攻撃力を二倍に、住民に襲いかかっている敵の攻撃力を四分の一に!」

 俺がそう唱えた途端、まわりの光景に変化が生じた。

「わ、わわわわっ……! 何これ!」

「むっ…………」

 戦闘を繰り広げているリュシアや執行部、兵士たちが透明な光に包まれ始めたのだ。それに反して、敵側に関しては動きがかなり鈍くなっている。

「ア……アールさん、何かやったんですか……?」

「ああ。味方側の攻撃力を二倍にさせてもらった」

「に、二倍っ!?

 こちらに駆け寄り、おそるおそる問いかけてきたリュシアが、俺の回答を聞いて驚きの表情を浮かべる。

「う、嘘でしょ!? どういうことですか!?

「……気にするな。それがあのお方の力だ」

「気にするなって言われても……。って、あなたたちもいったい誰なんですかっ!!

 ごく当たり前のように受け止めている執行部に、元気よくツッコみを入れるリュシア。

 ……うん、これなら問題なさそうだな。

 いくら敵側に凄腕の戦士が紛れ込んでいるといっても、さすがに攻撃力を落とされたらひとたまりもないはず。奇妙な叫び声をひたすら上げ続けているあたり、たぶん生前より知能が劣っているようだしな。

 そのうえで、こちら側の戦闘員は攻撃力二倍──。

 無限神教の執行部も駆けつけてくれた今、戦況は大きくひっくり返ったと言えるだろう。

「さあみんな、勝利は目前だ! 最後の最後まで、油断なく制圧していくぞ!」

「御意」

「ヤー!」

 俺のかけた発破に、リュシアと執行部が威勢よく応じてくれた。