第二章 父の手がかり



「ここが、帝都ルズベルト……」

 国境門を出発してから数時間後。

 門番兵が手配してくれた乗合馬車に乗り、俺たちは無事、帝都に辿り着くことができた。

 さすがに国境門からはかなりの距離があったようで、もう夜になってしまっているけどな。

 今日は適当な宿に泊まって、明日あたり、皇帝への謁見を申し込むとしよう。

「すごい、めちゃくちゃ大都会ですね……!」

 リュシアは帝都の賑わいっぷりに目を輝かせていた。

 あちこちに並んでいる商店や屋台、そしてどこかあかぬけている住民たち……。また各所には適度に植物も植えられていて、しょうしゃという言葉がぴったりな街並みだった。

 住民たちが若干浮かない顔をしているのは、さすがに致し方ないといったところか。

「ははは……頼むからあんまり目立たないでくれよ。できれば俺の正体を勘付かれたくない」

「あ、はい、そうですね……。大人しくします」

 ヴァルムンド王国とルズベルト帝国。

 これらの国民には外見上の差はないので、とりあえず見た目だけで「ヴァルムンド王国の人間」だと気づかれることはない。

 だがまあ、先のフレイヤ神との戦いで、俺の顔は帝国にも知られることになったからな。

 今は念のため帽子を被って変装しているが、なるべく目立つのは避けたいところだった。

「…………」

 大人しくするとは言っていたものの、リュシアはやっぱり興味深そうに周囲を見渡しているな。規模感は王都ヴァルムンドとさして変わらないんだが、彼女はあまり都会に来たことがないのかもしれない。

「あ、ごめんなさい。もしかして、まだちょっと目立ってます?」

「いや、それくらいなら大丈夫さ。せっかく来たんだし、羽休めに観光するのも悪くないだろう」

「観光……! いいですね、初めて都会来たので楽しみです……!」

 なるほど、やはりそうだったか。

 傭兵事情はあまり詳しくないんだが、普段は自然の中で過ごしているのかもしれないな。

「安いよ安いよ! 今ならチョコバナナがいつもの半額、銅貨一枚っ! 国際情勢なんてぶっ飛ばしていこうや!」

「高級ステーキ売ってるよぉ! みんなで美味いもん食って、元気出していこうや!」

 それからいくつかの商店を巡るうち、俺は気づいたことがあった。

 この不安定な情勢の中でも、懸命に明るく生き抜こうとしている人々の姿だ。

 フレイヤ神によって、自分たちは攻め滅ぼされるかもしれない──その恐怖感は、それこそひつぜつに尽くしがたかったはず。現にあの門番兵だって、王国民というだけで俺たちに厳しく接してきたからな。

 けれど、帝国人たちはその恐怖から立ち直ろうとしている。

 たとえ隣人が浮かない顔をしていたとしても、みんなで元気づけようと支え合っている。

 そんな光景が見て取れた。

「やっぱり、勘違いしちゃいけないよな……」

「へ? どうしたんですか?」

「ああごめん、こっちの話だ」

 ヴァルムンド王国に住んでいると、どうしても敵国たるルズベルト帝国をうがって見てしまう。

 この国は古くから敵対してきた国であり、今後の世界情勢によっては、全面対立もありえると……。

 けれど、ルズベルト帝国の人々は今を懸命に生きている。

 フレイヤ神に植え付けられた恐怖から、なんとか立ち直ろうとしている。

 そんな彼らと衝突する理由は、どこにもないのだと。

 これがわかっただけでも、ルズベルト帝国に来たがあった。

「あ、あそこにもおいしそうなご飯ありますよ! 行きましょう!」

「はは……本当に元気だな」

 その後もリュシアに腕を引っ張られ、俺たちは屋台で食べ物をいくつか購入。

 十分に買い物を終えたところで、近くにあった宿を取ることにした。

 ちなみにこれらの資金はラミアから貰っている。最初は遠慮しようかとも思ったが、今回は素直に援助してもらったほうが、そのぶん早く問題解決に乗り出せるだろうからな。

 申し訳ないと思いつつ、素直にラミアからの援助を受けることにした。

「うわぁ、ふかふかなベッド……!」

 そして部屋に到着するなり、リュシアは思いっきりベッドにダイブした。

 今日はいろいろあったので、さすがの彼女も疲れたんだろうな。

「しかし、本当に一緒の部屋になるとは……」

「? 別にいいじゃないですか」

「いや、リュシアが気にしないなら別にいいんだが……」

 後頭部を掻く俺に対し、リュシアがよくわからないといった顔で首を傾げる。

 今日は空室が一部屋しかなかったということで、やむなく同じ部屋に泊まることになったんだよな。十五歳といえば多感な時期なので、嫌がると思ったんだが……。


 ──じゃあしょうがないですね! 同じ部屋に泊まりましょう!──


 と言われ、そのままなし崩し的に同室になった形である。

「ふむふむ……窓がこの位置なら、敵から狙撃される心配はありませんね……」

「奇襲をかけられた時の退避ルート、念のため確認しておきますね!」

 あまつさえこんなことを言っているわけだから、本当に気にしていないのかもしれないな。

 傭兵としての生活が染みついていて、いろこいにはまったく興味がないんだろう。

 というわけで。

 俺たちは商店で買ってきた食料をすべて平らげると、改めて今後の方針について話し合うことにした。邪神や国際情勢も当然気になるところではあるが、あくまで今回の発端は彼女の依頼だからな。

 今後とも一緒に戦う仲間になるので、彼女のことをもっと知っておきたかった。

「…………? 急に静かになっちゃって、どうしたんですか?」

 いつの間に難しい顔をしていたのかもしれないな。

 思考を巡らせている俺に対して、リュシアが不思議そうな表情で訊ねてきた。

「いや、なんでもないんだ。ちょっとさっきのことを思い出しててね」

「さっき……?」

「ああ。テロ組織の幹部──たしかレシアータ・バフェムだったか。あいつはリュシアの父についても何か知ってそうだった。まだ詳しいことはわかっていないが、今後調査を続けていくうえで、今日みたいに危険な目に遭う可能性もあるだろう」

「あ…………」

「だから思ったんだよ。このままリュシアについてきてもらっても大丈夫なのか、って」

「も、もちろんです!」

 俺の問いかけに対し、リュシアは決然とそう言い放った。

「頼りないかもしれませんけど、私だってそれなりに戦闘経験を積んできました! だからどうか、私もご一緒させてください!」

「リュシア……」

 なんともきょうじんな熱意だ。

 だからこそ気にかかる。

 彼女はどうして、団を一時的に抜けてでも父親を捜しだそうとするのか。

 もちろん〝父親だから〟だとは思うが、俺にはどうしても、それ以外の理由がある気がしてならなかった。

 沈黙する俺に対し、リュシアはその思考を悟ったのだろう。

「……実は私、パパの実の娘ではないんです」

 と、自身の話を語り始めた。

「《闇夜の黒獅子》に所属する前は、私はある施設に収容されていて。その時まだ五歳くらいだったんですけど、その施設には私みたいに小さい子がいっぱいいて、毎日のように大人たちから暴力を受け続けてて……」

「何…………?」

 俺が目を見開いている間に、リュシアがおもむろにソファから立ち上がった。

「お、おい、何を……」

 そして俺が止める間もなく、自身の服を脱ぎ始める。

「見てください。これが私の受けた傷です」

「…………っ」

 それは──あまりに痛々しい有様だった。

 彼女が脱いだのは上半身のみだったが、そこだけでも相当の傷が見られる。しかも各所に火傷やけどのような痕もあって、壮絶な経験をしてきたのが嫌でも伝わってきた。

「あはは……。さすがに見せられませんけど、下着の内側も傷がすごいんですよ。施設の大人たちはとにかく容赦がなくて……私が謝っても泣きじゃくっても、それを喜びに感じているようでした」

「ごめん……。まさかそれほどの過去を背負ってるとは……」

 さすがにこれは予想だにしなかった。

 彼女の人となりを知りたい気持ちはあったものの……それ以上に大切にすべきものがあった。

 俺もまだまだ未熟だな。

 今後とも精進していかねばならないだろう。

「いえいえ、いいんですよ。いつかはお話しする時がきたでしょうから」

 リュシアはそう言って苦笑すると、上半身の服を羽織った。

「──そんなある日、私を救ってくれたのが、パパを始めとする《闇夜の黒獅子》の団員でした。本当は偉い人に頼まれて施設を襲撃しただけみたいなんですけど、パパたちは……私たちのような子どもも守ってくれたんです」

「なるほど……そうだったのか……」

 最強の傭兵団たる《闇夜の黒獅子》。

 活動内容や名前だけを聞くと恐ろしい集団に思えるが、その実、人としての器の大きい団員が多いと聞いたことがある。

 たとえ一度は刃を交わした相手であろうとも、戦場を離れればまた別。街中でばったり出会った日には、その敵をも巻き込んで、夜通し酒を飲みかわす……。

 たとえ自身の片目を奪った相手であろうとも、「戦場で起きたことの恨み合いはなし」だと言って豪快に笑い飛ばす……。

 一般人の俺にはあまり想像がつかないが、そうした世界に住んでるんだよな。

 だからそんな《闇世の黒獅子》がリュシアを含めた子どもたちを助けたといっても、なんら不思議な話ではないと思う。

「あの時、施設の大人たちから守ってくれたパパの腕は……とても温かかった。『大丈夫か?』って優しく話しかけられた瞬間、意味もわからず泣き出しちゃったくらいで」

「…………」

「それがきっかけで《闇夜の黒獅子》に入って……。家族がいない私を心配して、パパが私のことを娘だと言ってくれて……。だから大きくなったら、パパのように強くなりたいって思ったんです。私みたいに苦しんでる人を、パパみたいに助けられるようにって……」

 ──だが、その団長はこつぜんと姿を消してしまったわけだ。

 身寄りのないリュシアにとって、団長は唯一の家族であり、大切な心の拠り所であるはず。そんな彼が一カ月も戻ってこないとなれば、たしかに不安にもなるか……。

「だから……アルフさん。私はもう、覚悟はできています」

 と。

 りんとしたリュシアの瞳が、ふいに俺を捉えた。

「もしパパが危険な目に遭っているのなら、今度は私が助けたい。まだまだ未熟な私ですが、それでも、パパのためにできることがあるのならって……」

「ああ、もちろんだよ。リュシア」

 俺はそんな彼女の言葉を受け止める。

「まだまだ俺も未熟者で、至らないところもたくさんあるけど……。でも、リュシアの力があれば一緒に乗り越えていけると思う。改めて、これからよろしく頼むよ」

「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」

 威勢のいい返事と共に、リュシアは深々と頭を下げる。

 ここまで首を突っ込んだからには、なんとしてでも団長の居場所を突き止める必要があるだろう。そしてもちろん、邪神にまつわる情報収集も忘れてはならない。

 明日から忙しくなりそうだが、一つ一つ、目の前の課題に取り組んでいくとするか──。

 俺は一人、そう決意するのだった。