というわけで。

 俺はリュシアと共に、ルズベルト帝国に面する国境門に足を運んでいた。

 門の両脇には八名ほどの兵士がいて、周囲に厳しい目を向け続けているな。平時は二名態制だったはずだが、それが八名に増えているとは……。

 やはり王国軍も、かのルズベルト帝国には警戒せざるを得ないんだろう。

 門以外の場所からも同じく、兵士たちの気配が異様に多く感じられる。王国の安全を守るためだし、これもまあ当然の措置だよな。

「な、なんだか物々しい雰囲気なんですけど……。大丈夫なんですか?」

 隣を歩くリュシアが、少し不安そうな表情で俺を見上げてきた。

「ああ。ここにいるのはヴァルムンド王国の兵士だし、しかもこっちにはラミアからの手紙もある。にはされないだろうさ」

 心配なのはむしろ、門をくぐった先にいるルズベルト帝国の兵士だよな。

 さすがにいきなり襲われたりはしないだろうが、この不安定な情勢だ。何をされるかわかったものではない。

「も、もし兵士たちが急に暴れだしても、私が後ろから喉を掻き切ります。なるべく騒ぎにならないようせんめつしてみせますから、どうかご安心を!!

「い、いや……そうはならないから大丈夫だ」

 ここに来るまでの道すがら、俺は念のため彼女の年齢を聞いてみた。

 答えは予想通り十五歳で、本来ならこんな物騒なことを言う年頃じゃないんだけどな。やはり傭兵としての生活が身体に染みついているのだろう。

 もちろん、出自も生き方も人それぞれ。

 これについて口出しするつもりはもうとうないので、よっぽど危なっかしい行動に出ない限り、基本的には放任しようと考えている。

「それじゃあ、行くぞ。そんなに固くならなくても大丈夫だからな」

「は、はいっ……!」

 彼女の返事を確認し、俺は国境門に歩を進めていく。

 俺たちの気配に気づいていたのか、兵士たちはすぐに視線をこちらに向けてきた。有事の可能性がある手前、ここにいるのはみんな精鋭の兵士なのかもしれないな。

「……ふむ。貴殿はアルフ・レイフォート殿か」

 そして最初にそう声をかけてきたのは、兵士たちのリーダーらしき中年の男性だった。片目に深い傷を負っているようで、眼帯をつけているな。

 ……というか、当然のように俺の名前が知られてるんだが。

「ええ、その通りです。……もしかして、フレイヤ神との戦いを見ておられたとか?」

「左様。若者ながらたいした腕前だった。貴殿はまごうことなき英雄よ」

 中年の兵士はそう言ってにかっと笑みを浮かべる。

 たぶん、普段から人のいい上司なんだろうな。

「こほん」

 中年の兵士はそこでせき払いすると、表情を改めて言った。

「……そしてここに足を運んできたということは、隣国たるルズベルト帝国に出向くつもりということかな」

「ええ、そうです。今の世界情勢を打開するためのヒントが、おそらく帝国にありますので」

「ふむ……」

 そう唸りつつ、兵士は自身のあごひげを数秒間さする。その視線が数秒だけリュシアに向けられていたのを、俺は見逃さなかった。

「世界を救った英雄殿の言葉だ。無用な詮索は自重するが……しかし、そのおなは何者だ。無駄が一つもない動き──おそらく一般の者ではなかろう」

「あ、はい、そうです」

 兵士の問いかけに対し、リュシアが純朴そのものの表情でそう答える。

「おっしゃる通り、私は《闇夜の黒獅子》に所属する傭兵で……分隊長を務めてます」

「ぬ…………!」

 さすがに予想外だったのだろう。

 中年の兵士も含め、ここにいる兵士の誰もが、一気に険しい表情を浮かべだした。

「お、おいおいおい……」

 俺もさすがに、これはため息を禁じえなかった。

 たしかにここで嘘をつくことは得策ではないが、あまりにも素直すぎるな。

 純粋なのはいいことではあるものの、今後これが裏目に出てしまったら困る。この辺はうまいこと見守っていくしかないか……。

「……なるほど、《闇夜の黒獅子》か。それならばその身のこなしも納得がいくが──ではなぜ、傭兵がアルフ殿と帝国に行くというのだ」

「さっきも言いましたように、今の世界情勢を打開するためです。もし信用しかねるというのなら、ラミア王女殿下からの通行許可証をお見せすることもできますが」

「何……?」

 中年の兵士が目を見開いている間に、俺は懐から一枚の書面を取り出す。

 言わずもがな、先ほどラミアから貰った手紙のうち一つだ。

「ふむ……、なるほど。簡単には言えぬ事情がおありということか」

 その書面に目を通しながら、中年の兵士がそう呟いた。

「すみません。やましいことがあるわけじゃないですが、王女様も絡んでいる手前、言えないこともありますから……」

「いや、わかっておるよ。足止めしてすまなかったな」

 そう言いながら、中年の兵士は通行許可証を俺に返してきた。

 ここの門番だけじゃなくて、帝国側の門番にも見せたい物だからな。おそらくそのあたりの事情を汲んでくれたのだろう。

「では、アルフ殿一行の通行を許可する。……危険な情勢になりつつあるゆえ、くれぐれも気をつけるのだぞ」

「はい。ありがとうございます」

 最後にそうお礼を述べて、俺はリュシアと共に、国境門をくぐり抜けていくのだった。


 国境門は短い通路に繋がっていた。

 たしかフェルドリア国王が宣戦布告をしていた時、この辺りまでルズベルト帝国の兵力が投入されたんだよな。

 結果的にはユーシア第一王子が治めてくれたものの、一歩間違えば本当に戦争が始まっていた。

 そのせいで現在、ルズベルト帝国の〝反ヴァルムンド感情〟も高まっている頃合いだろう。ここから先は気を引き締めていかないとな。

「あ、着きましたね……!」

 歩くこと数分。

 隣を進むリュシアが、通路の出口を指差した。

「ああ。ここからは油断するなよ」

 そこに足を踏み入れた瞬間、ルズベルト帝国の領地を訪れたことになる。

 ドクドクと胸が高鳴るのを意識しながら、俺はその出口へと進んでいった。

「む…………」

 そして出入口の両脇に立っていた門番兵たちが、当然のごとく厳しい目を向けてくる。

「なんだ。まさか王国民か?」

「ええ。ラミア第三王女からの通行許可証も携帯しています。──こちらを」

 そう言いながら、俺はラミアから貰った書面を兵士たちに提示した。

 ……予想していたことだが、やはり歓迎されていないっぽいな。さすがにいきなり襲いかかってくる気配はないが、それでも悪意や敵対心は明確に伝わってくる。

「なるほど。第三王女からの許可証であれば、我々もおいそれとこばめんな」

 門番兵は小さく頷くと、ぎろりと俺を睨みつけて言った。

「──だが、くれぐれも馬鹿なはするなよ。ここは誇り高きルズベルト帝国の領地だ。いくら王家の許可証を所持していても、その王家の信頼が落ちていることを忘れるな」

「ええ、肝に銘じます」

 喧嘩を売ったのはこっちの元国王だからな。

 信頼が落ちていると言われて言い返せないのが少し歯がゆい。

 だが国際社会的にも、ヴァルムンド王国は悪者のような立場になりつつある。これを忘れてはならないだろう。


「──へぇ、そこで通しちゃうんだ♪ あはははっ、さすがは軟弱国家。いくらなんでも及び腰すぎるんじゃないのぉ?」


「ん……?」

 ふいに何者かの声が聞こえ、俺は眉をひそめた。

 おかしい。

 さっきまで怪しげな気配は感じなかったのに、これはいったいどういうことだ……?

「はぁ〜い♡ こっちだよ、こっちこっち」

 そう言って姿を現したのは、なんともあやしげなふうぼうの男性だった。

 年はだいたい二十代後半あたりだろうか。

 すい色の短髪に、魅惑的に赤く光る瞳。タンクトップに白い上着をり、その胸元を大きく開けている。

 剣も鎧も身に着けていないし、どこからどう見たって兵士ではなさそうだな。

「おい貴様……! どうしてこんな所に……!」

 真っ先に反応したのは門番兵だった。

 どうやら敵対関係にあるのか、突如現れた男性を睨みつけているな。

「どうしたも何もないよ。僕らの国がまだ軟弱な姿勢のままでいるようだからさぁ、さすがに放っておけなくなって……」

「な、なんだと……?」

「ああ、お仲間たちのことは気にしなくていいよ。そのまま殺しちゃってもよかったんだけど……とりあえず、今日はそこで眠ってもらってるからね♡」

 そう言って男性が後ろ手に指差した先には、数名の兵士たちがいた。

 なんらかの術にかけられているのか──その全員が地面に横たわっている。

「あ、あの、これはいったい……?」

 さすがに状況が呑み込めず、俺は門番兵にそう問いかけた。

「……我が国も様々な問題を抱えているということだ。あいつはとあるテロ組織の幹部。本来ならここに立ち入らせるべき人間ではないが……」

 なるほど。

 ここまでのやり取りを経て、だいたいの事情は推察できた。

 先の言動と情報から察するに、あの男はなんらかの過激派組織に属している。おそらくは自国や自国民を重視した組織──右翼政治団体あたりか。

 彼らにとって、今の世界情勢はまったく面白くないだろう。

 愛するルズベルト帝国が宣戦布告されたあげく、帝国は投入した戦力を引き下げているわけだからな。

 過激な思想を持つ者たちにとって、この状況は、まったく許しがたき異常事態なのだと思われる。

 だが、いったいどこで俺が入国しようとしているという情報を掴んだのだろう。

 しかも相当の戦闘力も有しているようだから、警備している兵士たちを無力化するくらいは朝飯前だってことか。

「レシアータ・バフェム。おまえの言いたいことはわかるが、今は安易な行動をすべきではない。とっととそこを去れ」

「あっはっは♪ 本当に軟弱だねぇ今の帝国は。そんなふうにヒヨッてるから、ああやってヴァルムンドに宣戦布告されちゃったんじゃないのぉ?」

 門番兵が懸命に呼びかけるも、レシアータと呼ばれた男はまるで意に介さない。

「──だからさ、僕が代わりに開戦のきっかけを作りにきてあげたんだ♠ そこにいる彼がラミアからの差し金だっていうんなら、ちょうどいいんじゃない?」

「なんだと……?」

 門番兵がそう言ったのも束の間、さっきまで地面に伏せていた兵士たちがゆっくりと起き上がった。しかし意識を取り戻したようではなく、目はうつろで、両手はだらんと不気味に垂れている。

「ささ、みんなであそこの王国民を殺しちゃってよ♪ 君たちが王女からの使者を殺せば、いい感じに開戦の口実になるんじゃない?」

「グググ……ガガガガガ……!」

「リョウカイ、リョウカイ……」

 ──まさか。

 俺が目を見開いたその瞬間、兵士たちがなんと戦闘の構えをとっているではないか。

 合計で二十名ほど。

 その全員が、俺に向けて明らかな敵対心を示している。

 あのレシアータという男は、帝国でも厄介なテロ組織に所属していると言っていた。

 そんな男と兵士たちが協力態勢を組むはずがないし──あの虚ろな様子を鑑みても、意識を操作されていると考えるほうが妥当か。

「くっ、愚かな……! 簡単に呑み込まれおってからに……!!

 唯一正常な意識を保っている門番兵が、にがにがしい表情で剣を抜く。

「王国の人間よ。この場を開戦のきっかけとするわけにはいかん。手を貸すぞ」

「ええ、ありがとうございます」

 俺も油断なく構えつつ、今度はリュシアに目を向けた。

「リュシア。思いがけず戦場に首を突っ込むことになったが──大丈夫そうか?」

「はい、慣れてますから!」

 背負っていた巨大なハルバードを外し、軽々と持ち上げるリュシア。

「それで、今回はどうしましょうか。相手を殺したらまずいですよね?」

「そ、そうだな。気絶くらいに留めておいてくれ」

「ヤー!!

 威勢よく返事するやいなや、リュシアは猛スピードで兵士のれに突っ込んでいく。

「おい待て、あいつらは精鋭だ! そう簡単に勝てる相手では……!」

 門番兵が慌てた様子で引き留めるも、リュシアは立ち止まる様子もない。

 そのまま敵陣に向けて疾走していき──。

「ガァッ!」

「ダァァァアアアアッ!!

 兵士たちが動き出したその瞬間には、リュシアは大きくサイドステップを敢行。

 数秒遅れて兵士たちが剣を振り下ろすも、その場にはもうリュシアはいなかった。

「────遅いです!!

 跳び上がったリュシアは空中でハルバードの切っ先を兵士たちに向けると──なんと銃弾をした

「ガガガガガガガガ…………!」

「グオオオオッ……!」

 しかもその際、足部分だけを狙っているのはさすがというべきか。

 俊敏にして華麗な動きでありながら、正確な狙いで敵を無力化させていく……。世界最強の傭兵団、その団長の娘というのも納得のいく話だ。

 しかもハルバードと銃を両立している武器なんて、少なくとも俺は聞いたことがない。

《闇夜の黒獅子》だけに伝わっている専用の武器ということか。

「な……はっ……!?

 さすがに驚きを隠せないのか、味方をしてくれている門番兵も呆然と立ち尽くしていた。

 ──が。

「グググ……オノレ……」

「ワレラヲ、アマクミルナ……」

 さすがに全員は仕留めきれなかったのか、あと五名ほどの兵士が残っているな。

 リュシアは地面に着地するところ。

 彼女ならうまいこと機転を利かせてくれるかもしれないが、このままだとリュシアにも大きな隙が生じてしまう。

 ここは俺が出るべきだろう。


 ◎現在使えるチートアビリティ一覧


 ・神聖魔法 全使用可

 ・ヘイト操作

 ・れんごく剣の使用可

 ・無限剣の使用可

 ・管理画面《ステータス》の表示

 ・攻撃力の操作


 スキル《∞チートアビリティ》を起動すると、見慣れた文字列が視界に浮かび上がる。

 今回使う能力は──これ一択だろう。

「能力発動! 《無限剣》の使用!」

 そう唱えた瞬間、白銀色の煌めきが俺の全身を包み込んだ。

 通常ではありえないほどの力が身体の底から湧き上がってきて、これこそが《∞の神》の力であると自覚する。

 かつてフレイヤ神とも渡り合った能力だ、眼前の兵士たちにも問題なく勝てるだろう。

「な……なななな……!」

 門番兵は相変わらず驚きっぱなしだが、今はこの能力について説明している場合ではない。

「おおおおおおおっ!」

 俺は残りの兵士たちへと勢いよくしっすると、次の瞬間には一人の兵士の懐に潜り込んでいた。

「ナッ……!」

「馬鹿ナッ……!」

「は、速いっ……!」

 最後の声はリュシアだな。ちょうど彼女が着地したタイミングで懐に飛び込むことができたらしい。

「寝てろ……!!

 俺がひと振るっただけで、

「グオッ……!!

「ヌァァァァァァアアア……!!

 残りの兵士たちは全員が例外なく地面に伏せていった。