さて。

 こうしたやり取りを経て、俺は無限神教の拠点を出ることにした。

 シャーリーは「あら♡ もっといてくださってもいいのに♡」とか言っていたが、もちろんそれはていちょうにお断りしておいた。

 大勢の信者たちにあがめられまくっているあの空間は、率直に言ってめちゃめちゃ居心地が悪かったからな。一刻も早く逃げだしたかった。

「っていうか、本当にムルミア村のそばに出てきたな……」

 周囲を見回すと、なんとも思い出深い光景が視界に入ってくる。

 どこまでも広がる田畑。きゅうしゃから聞こえてくる馬の鳴き声。人の往来はほとんどなく、時おり流れてくる温かな風がどことなく心地良い……。

 今は夜間ということもあり、本当に静かなものだった。

 四六時中騒がしい王都とはまるでうんでいの差だな。

 ──実はここ、ヴァルムンド王国とはまた違った土地でして……。この光のもやくぐれば、ムルミア村のそばに出られるようになっています──

 無限神教の拠点を出る時、シャーリーはそう言いながら〝出口〟まで案内してくれた。

 拠点の場所はヴァルムンド王国じゃない所にあるとか、さらっととんでもないこと言ってくれるよな。もうツッコむのも疲れたので、俺も適当に流してしまったが。

「疲れた……!」

 自宅に到着した俺は、とりあえず寝室のベッドにダイブする。

 ふわり、と。

 ベッドの柔らかな感触が、優しく俺を受け止めてくれた。

「本当に、いろいろあったよな……」

 フレイヤ神との戦い。

 第三王女ラミアとの約束。

 無限神教の拠点来訪。

 ここ一日でとんでもない出来事が続々と引き起こされたものだ。

 頭の整理をする意味でも、ここは一度、たっぷり休んでおきたかった。

「それで……これからどうなるんだっけか……」

 フレイヤ神をよみがえらせたフェルドリア国王は、その圧倒的な力を誇示するために、ヴァレスト帝国を一瞬にして滅ぼした。

「…………」

 そこでヴァレスト帝国が選ばれたであろう理由はおもに三つ。

 ヴァルムンド王国と敵対する国だったから。

 国力はそれほど高くなく、〝試し撃ち〟にちょうどよい相手だったから。

 仮にヴァレスト帝国を仕留め損なったとしても、フレイヤ神に害されて衰えたヴァレスト帝国の国力ではヴァルムンド王国に反撃することができないから。

 フェルドリア国王の当時の言動をかんがみるに、おそらくこのあたりだろうと俺は踏んでいる。

 正直、この時点でも浅はかこの上ないが……。フェルドリア国王のしでかしたばんこうはこれだけに留まらない。

 ──ルズベルト帝国。

 国力がほぼきっこうしているこの隣国にまで、宣戦布告を仕掛けたのである。

 俺たちがフレイヤ神を討ち倒したので、結果的にルズベルト帝国は滅ぼされずに終わったが……ただでさえ犬猿の仲だった隣国とは、さらにみぞが広がる形になった。

 フレイヤ神を倒した後も、ルズベルト帝国はしばらく国境門付近に戦車を配置し続けたんだよな。

 国王の座をぐことになったユーシア第一王子が謝罪を述べ続けなければ、そのまま攻め込まれた可能性さえある。

 さらには周辺諸国も、いきなり隣国にたんを切ったヴァルムンド王国にかいてきな目を向けている状態。

 フレイヤ神は無事倒したものの、ではそれでハッピーエンドかというと……残念ながら到底そうは思えない状態だった。

「…………」

 実家を追放されたばかりの俺なら、この事態に絶望する他なかっただろう。

 ただただ世界の不条理さを呪い、フェルドリア国王を恨み続けるだけで終わったかもしれない。

 けれど──。

 俺の脳裏には、いまだに〝あの時の声〟が残っている。


 ──頑張れー! 頑張れー!──

 ──お願い、私たちの国を守って……!──

 ──そんな奴は神じゃない! 頼むから王の暴走を止めてくれ!──


 かつてフレイヤ神と戦っていた時、ヴァルムンド王国民から届けられた声援だ。

 あの時、俺は全身が熱くなる感覚を覚えた。この危機から世界を守るには、自分が頑張るしかないとさえ思えた。

 もちろん、俺一人の手でこの不安定な国勢を脱却できるとは思っていないが……。

 あの時全力で俺を応援してくれていた人々を思えば、ただ腐っているわけにはいかないと感じた。俺にはこの、《∞チートアビリティ》という固有スキルがあるのだから。

「いや、違うな……」

 そこまで考えて、俺はベッドの上で苦笑を浮かべる。

 ──世界を守りたい。

 ──ヴァルムンド王国の人々を、この危機から救いたい。

 そうした気持ちも少なからずあるだろうが、一番は俺自身がもっと強くなりたいのだ。《外れスキル》を授かったことで一度は諦めた剣帝の境地を、改めて目指してみたいと。

 世界を救うというのは、あくまでそのための過程でしかない。

「はは……。我ながら子どもだな……」

 これを思えば、やっぱりシャーリーはたくえつした観察眼を持っていると思う。

 きっと彼女は、これから俺が危ないことに首を突っ込んでいくのだと気づいていたんだ。だから例の宝石を俺に渡して、いざという時は〝執行部〟のすけが入るようにしたのだと思う。

「はぁ〜あ…………」

 今後の方針が決まったところで眠くなってきた。

 まだ風呂にも入っていないが、今日はもういいだろう。

 とにかく、今日はいろいろありすぎた。

 もう何も考えず、ゆっくり身体からだを休めたい……。

 そう考えた時には、俺は深い眠りに落ちていた。