奴は俺達の存在に気付いているのか? 気付いているのなら相手の出方を待ち、いないのならば
「……っ!!」
奴と目が合った瞬間、俺は思わず
「ビッキー……!?」
異形の体に
「そういうことか。ビッキーは奴に食い殺されたんだな……」
「そうだ。遺体も回収できていない。あのクソ化け物をぶっ殺さない限り、ビッキーの魂は浮かばれないんだ……っ」
ブルー達が
その時、ビッキーが――いや、マンティコアが
「クソ化け物……クソがぁぁっ!!」
「あっ! ブルー!?」
ブルーが双剣を抜いて飛び出してしまった。さっきまで冷静だった男が、
「ちっ! カーラさん、援護いくからっ!!」
言うが早いか、ドナがマンティコアに向けて矢を射た。
「ああもうっ! 仕方ない、戦闘開始で!」
カーラがポーチから杖を取り出し、頭上に構えた。
俺も続いて杖を抜き、いつでも魔法を放てるように準備を進める。
「うおおおおっ」
ブルーがマンティコアに
「うわっ!」
マンティコアの針からは
その時、カーラが呪文を唱え始めた。
「
彼女の魔力が
「――〝
杖を向けた先――ブルーの体がにわかに
直後、マンティコアの毒針がブルーを直撃した。……かと思いきや、毒針は彼の手前で見えない
「
「――〝
彼女は天に向かって
すると、奴の
「グギャアアアァァッ!!」
まるで
マンティコアは炎の槍によって地面に縫い付けられた。その場から逃げようと激しい
「今ですブルーさん! 奴にトドメを!!」
カーラの声が届いたのか、ブルーは
かつての恋人の苦しむ顔と正面から向かい合うブルーの気持ち……俺には察するに余りある。だけど……行け、ブルー! お前の
「くたばれぇぇぇぇ!!」
マンティコアの
「な、何ぃぃっ!?」
あの化け物、火炎まで吐けるのかよ! しかもその勢いは
「ヤバい! メラ、ブルーに回復魔法を!!」
「ち、近づかないと無理ですぅ~!」
「だったら近付けっ」
「こ、怖すぎて無理ですぅ~!!」
「言ってる場合か!!」
仲間の危機に情けない! このままブルーを見殺しになんてしたら寝覚めが悪過ぎる。俺はもたつくメラの手を引っ張って、ブルーの元へと駆け出した。
その時、
「この地にて
……
「――〝
これはビッキーの声だ。マンティコアの
それはハッタリじゃなかった。奴が魔名を唱えた直後、炎の槍が消失した。
さらに、火だるま状態のブルーを尻尾が薙ぎ
「ぐあっ!!」
ブルーの体は宙を
「嘘でしょ! モンスターがあんな高位魔法……まさかビッキーさんの修めた魔法を使えるの!?」
「カーラ、何が起こった!!」
「すべての魔法を無効化されました!!」
「そんな馬鹿な……っ」
ビッキーの
吹っ飛ばされたブルー。
燃え上がる雑木林。
そして、魔法の無効化。
事態が急速に悪化する中、マンティコアがビッキーの顔で不気味な
……体の中を巡る魔力が
「うえりゃああぁぁぁ~~~っ」
その時、マンティコアの側面からいきなりメラが現れた。彼女はへっぴり
「ギャアアアァッ!!」
マンティコアは悲鳴を上げ、身をひるがえして逃げ出していく。メラの不意打ち――
不意に、体内の魔力が再び巡り始めるのを感じた。今なら魔法が使える!
「逃がすかよ!!」
視界には奴の姿が見えている。凄まじい逃げ足だが、まだ
「大地に吹く風、避けること知らず。カルエルの――」
「ラルフ!!」
詠唱も中ほどに、
「なんだよ!?」
「お願いラルフ! ブルーを……ブルーを助けて!!」
見れば、ブルーは火だるまになったまま暴れていた。メラが回復魔法を使おうにも、そんな状態だからとても近づくことができないでいたのだ。
「くそっ!」
「メラ!!」
「は、はいっ」
俺が視線を戻した時には、すでにマンティコアは視界から消え去っていた。
◇
ブルーは重傷を負ったものの、なんとか一命を取り留めることができた。
メラの回復魔法はなかなかの手並みで、彼女がいなければ
「ちくしょう……っ」
人目をはばからずに
「ブルー。この傷じゃもう
「ダメ、だ……。マンティコアを殺すまで、おれは丘陵から、出ない、ぞ……っ」
「
「ビッキーの顔のまま、あの化け物を……放っておくのか……!?」
ドナの言葉にも耳を貸そうとしない。ブルーのマンティコア討伐の意思はそれほどまでに固いのだ。
「ブルーさん。マンティコア討伐は私とカルエルが引き
「ま、待ってくれ。おれはまだ、やれる……!」
「ダメです。全身には酷い
「あいつは、おれが殺さなきゃ……いけないんだ……」
「では、ハッキリ言います。今のあなたでは足手まとい。パーティーに戦えない者がいては、勝てる戦いも勝てなくなります」
「……っ」
うわ。カーラもキツイこと言うな。
たしかに重傷ではあるが、そんなことを言われたらブルーの自尊心が傷つく。……いや。この
「……わかり、ました……」
「私とカルエルで必ずマンティコアを
「頼みます……」
ブルーはゆっくりと目を閉じて、そのまま意識を失ってしまった。
「ドナさん、彼を町まで連れていってあげてください」
「わかったわ」
「メラさんも同行してください」
「しょ、承知しましたっ」
ドナはブルーを背負い、丘陵を下っていった。その後にはメラも続く。
「マンティコアは俺達で必ずぶっ殺してやる。信じて待ってろよ、ブルー」
去り行く彼らを見送りながら、俺は独り言ちた。
友の無念は俺が晴らす。そう思うと、やる気が
「……ふぅ。弱っている人にあんなことを言うのは気が重いですね」
「だけど効果てきめんだ。ああでも言わなきゃブルーも
「でしょうね。でも、ここからが大変ですよ」
「ああ」
マンティコアを
「マンティコアの
「たしかにあれにはビビった。モンスターが魔法を使えるなんて初めて知ったよ」
「マンティコアの特性は食い殺した相手の顔を
「……と言うと?」
「食い殺した人間の魔力を奪う。だからビッキーさんの習得していた魔法が使えるのだと思います」
「他にも使える魔法があるってことか……」
「二人で来て正解でした」
「え?」
「マンティコアの使った〝
「えぇっ!? カーラでもどうにもならないのか!?」
「残念ですが、魔法の
「じゃあどうするんだよ!? もう前衛が務まる人間はいないんだぞ!」
「大丈夫。私に考えがあります」
ニコリと笑うカーラ。その笑顔は自信に満ちている。
「次にマンティコアと
「お、俺が直接あいつと
「あら。自信ありませんか?」
……
「あるある! 自信ある! やってやるよ!!」
「そうそう。マンティコアくらいサクッとやっつけてくれないと困ります」
「簡単に言ってくれるなぁ」
「当然でしょう。〈
なるほど、そうだったな。魔王を倒そうってギルドに所属する以上、危険度A級程度のモンスターに
どうやら今回の戦いは、俺が〈
「行こう、カーラ。モタモタしてるとマンティコアに追いつけなくなる」
「あ。その点なら問題ありません」
「なんで?」
「前に言ったでしょう、
そう言うなり、カーラは
「天より見下ろし、地より見上げる
「なんだ、この光!?」
「この光の指す先にビッキーさんの魔力があります。つまり――」
「マンティコアがいるってことか!」
◇
糸のような光の道をたどりながら、俺とカーラはマンティコアの追跡を続けた。
丘陵の
「なんて酷い悪路……」
「こんなところで
それから間もなく、ある岩だなに差し
俺達が視線を落としたのは、
「人食い、ここに
「この下からビッキーさんの魔力を感じます」
「……俺には何も感じないけど」
「集中してみてください。魔力の
「むむっ」
感じろと言われても、どうすりゃいいのという感じだが……。とりあえず俺は目を
「あれってもしかして……」
窪地の中央には針葉樹の葉が重ねられていて、その上に赤みを帯びた丸いものが横たわっている。……どこからどう見ても卵だよな。
「げえっ! あいつ、まさか
「巣に卵となれば、そうなんでしょうね」
ビッキー顔のマンティコアが卵を産んだのか。ブルーのことを考えると、ちょっと
「なぁカーラ。マンティコアは一匹じゃない……なんてことあると思う?」
「想定外ですが、そう考えるのが
カーラの口から生殖行為なんて言葉、聞きたくなかった。最近の12
「ここがマンティコアの巣なら、待ってれば
「そうですね。
「まさかつがいとはね。二
その時、俺は背後に気配を感じた。この感じ……メラがぼぅっとたたずんでいるのを思い出す。でも、この場に
「……?」
「かか、カーラッ」
「はい?」
「マンティコアだっ!!」
しかし、奴は俺が切っ先を向けるよりも早く地面を
「うわあああぁっ!」
「〝
「え」
「――〝
カーラが杖を水平に振った瞬間、凄まじい風が発生。
今、呪文詠唱なしに魔法を使わなかったか?
「うかつでした。これほどの
「今のどうやった!?」
「今のマンティコア、ビッキーさんの顔でしたか!?」
「今のどうやったぁっ!?」
「それは後っ! 今のビッキーさんの顔でした!?」
とっさのことで顔をよく見ていなかった。顔以外の見た目はさっき交戦したマンティコアと同じ姿だったけど……。
「わ、わからんっ」
「なら、先手必勝!!」
そう言うと、カーラは再び呪文詠唱なしに魔名を唱えた。
「〝
杖の先から風が吹きつけ、倒れているマンティコアの周りに
「ギイィヤアアァァァッ!!」
マンティコアの断末魔か?
耳をつんざくような悲鳴が聞こえたと思った矢先、奴の
風が
「あ、あっさりとまぁ……」
「すぐに顔を
カーラに
「ビッキーじゃない」
――その顔は、見たこともない
「ということは、つがいの方ということですね」
「たぶんな。オスかメスかもわからねぇけど」
「
「……だな」
カーラと背中合わせに杖を構えてすぐ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「この地にて謳われ、この風によって運ばれた――」
ビッキー顔が呪文を唱えてやがる! しかも、魔法を封じるマギアフォなんとかって魔法だ!!
「出たぞ、ビッキー顔が魔法を唱えてるっ!!」
「位置は!?」
声が聞こえてきたのは、卵のある窪地を
「
俺が奴の位置を指さした瞬間――
「〝
――カーラがビッキー顔へと杖を向けた。
直後、彼女の杖先から赤い
「どうなってる!?」
「私の魔法で動きを封じました! 今のうちに!!」
「わ、わかったっ」
次から次へと反則級の魔法ばかりで理解が追いつかないぞ、
「吹き
俺は剣を振るうように、杖を標的へと向けて振り下ろした。肉を
「ぎゃあっ!!」
悲鳴までビッキーの声かよ……。だが、奴には
「ざまぁみやがれ! やったぞカーラ!!」
「まだです! まだ息があります、すぐにトドメをっ!!」
「もちろんだ!」
続けて魔法を放とうと杖を構えた時、死角からドタバタと足音が聞こえ始める。
ハッとして周囲を
「グルルル」
「グルルゥ……」
「ハァァァ~~~」
「グルォォォ」
いたいけな少女の顔。
醜く肥え太ったオッサンの顔。
顔。顔。顔。右も左も人間の顔ばかり。その数は十数頭――数えるのも嫌になる。
「カーラ、どうする……?」
「これはちょっと――いいえ。かなり想定外なんですけど……どうしましょう?」
カーラの顔が引きつっている。これはガチのマジでヤバい
「あはははは」
「へっへっへっへ」
「うふふふっ」
……!? なんだ、この笑い声は。
「ふはははは」
「けけけっ」
マンティコアどもが笑っている……! 俺達を見つめたまま、
「この化け物ども、勝ち確と思って
「気味が悪い……」
あまりにも異様な光景に、カーラも
「油断してるうちになんとかならないか?」
「……違いますよ、カルエル。奴らは余裕ぶっているように見せて、
「マジでか……」
「前後左右、いずれの個体も私達との
「化け物のくせに
カーラの言う通り、奴らの中に足並みを乱す者はいない。俺達を取り囲んだまま静かに
「うふふふふ」
「けっけっけ」
「ひひひひひひ」
……これは精神にくるな。夢に出そうだ。
「カーラ。強力な魔法を詠唱なしでぶっ放せないか?」
「〝
「それだ。その〝
「〝
「なら、それを使ってこいつらをまとめて――」
「無理です。それほどの
「やっぱり絶体絶命ってことだな……」
囲まれてだいぶ
「た、助けて……」
突然聞こえてきたその声は、ビッキー顔が発したものだった。奴は息も絶え絶えで、今にも死にそうなほど弱りきっている。顔も青白くて生気がなく、まるで
「あいつ、虫の息のくせにまだ口を
「助けてとは……
その時、突然マンティコアの群れが分かれて、最初に見渡した時にはいなかった新顔が歩いてきた。思わず身構えてしまったが、そいつは俺達の方ではなく、ビッキー顔の方へと向かっていく。
そいつの顔は
「シルバーバックかよ!」
モンスターの中には、年を
「神に
「助けて……」
「神に慈悲を乞いなさい。祈るのです。悔い改めるのです」
「助けてっ」
隻眼オッサン顔とビッキー顔が見つめ合って、不可解な会話を
「苦痛に
唐突にシルバーバックが呪文の詠唱を始めた。これは回復魔法じゃないか。
しかも今、呪文の中でスレイドって名前を言わなかったか? まさかあの隻眼オッサン顔は、メラの言っていた司祭……!?
「――〝
ビッキー顔の全身を緑色の光が包み込んでいく。瀕死の重傷が見る見るうちに元通りになっていくのを見て、
メラには残念だが、どうやらシルバーバックが司祭の魔力を取り込んだのは間違いないようだ。厄介だな……よりによって司祭級の魔力とは!
「まずいぞ! あいつが回復したら、いよいよ始末に負えねぇ!」
「……カルエル。私が時間を
「は?」
「あなたは私の
「
「冗談じゃありません。
師匠が弟子を助ける義務があるだと? だったら、親が子を助ける義務以上に優先されるものなんてないだろう!
「俺を逃がすためにお前が命を懸けるなんて、絶対に認めねぇぞ!」
「そんなこと言ってる場合ですか! 誰かが生き延びて、この情報を王都に持ち帰らないといけないんですよ!!」
「だったらそれはお前の役目だろがっ。ここは俺が
「なんでそうなるんです!?」
「そりゃ親――お、おお、お、俺だったらきっとなんとかなるからだ!」
危ない危ない。うっかり親の義務だって言いそうになっちまった。
「カルエルは勝手です。師匠を差し置いてそんなことさせませんから!」
「年上の言うことは、たまには聞くもんだぜ!?」
口論のさなか、ビッキー顔が起き上がった。完治とまではいかないが、もう動けるほどに傷が治っていやがる。
「今晩はご
シルバーバックが事務的な声色で
セリフから察するに、あの隻眼オッサン顔は
ビッキー顔が俺達に向かって動き出した。それをきっかけとして、周りの連中も一様に歩を進め始める。
「ふはは」
「あはは」
「けけけ」
不気味に笑う十数匹のマンティコア。奴らが足並み
「……カルエルは私の言うことを聞きませんね」
「そんなこと言ってる場合か!」
「だから、私もカルエルの言うことなんて聞きません」
「はぁ!?」
「
カーラの見せた表情は、一抹の不安も
「やってやろうぜ。プランは何だ!?」
「〝
「一斉解放って……どうなるんだ?」
「例えるなら、小さな箱に詰め込んだ大量の花火にまとめて火をつけるようなもの。私達も無事に済まないかもしれません。それでも――」
「問題ない!!」
俺の返答を受けて間もなく、カーラが魔力を込めた杖を頭上に
「〝
直後、魔法陣がよじれて引き千切れた。周囲に向けて
「うおおおおっ」
「きゃあああっ」
カーラのマントが風にさらわれ、小柄な彼女の体が浮き上がる。俺はとっさにカーラを