奴は俺達の存在に気付いているのか? 気付いているのなら相手の出方を待ち、いないのならばしゆうをかけるのが良しか。そう思案した矢先、マンティコアが顔を上げてこちらを向いた。

「……っ!!

 奴と目が合った瞬間、俺は思わずもよおした。その顔は、俺が知っている人間とうりふたつだったのだ。

「ビッキー……!?

 異形の体にかんマシマシで張り付いている美女の顔。血色も良く、はだつやも良い――まるで生きている人間の顔そのものだ。そのチグハグな容姿が、あまりにもおぞましい。

「そういうことか。ビッキーは奴に食い殺されたんだな……」

「そうだ。遺体も回収できていない。あのクソ化け物をぶっ殺さない限り、ビッキーの魂は浮かばれないんだ……っ」

 ブルー達がしつようにマンティコア討伐にこだわる理由がわかった。あんな化け物がこいびとと同じ顔をしていた日には、たまったもんじゃない。しかも、その顔で人を食おうとはいかいしているのだ。死者の尊厳を傷つけるなんてレベルじゃない――これ以上ないぼうとくだ。

 その時、ビッキーが――いや、マンティコアが微笑ほほえんだ。普通に笑っているだけに見えるが、俺にはきつじやあくかおにしか見えない。

「クソ化け物……クソがぁぁっ!!

「あっ! ブルー!?

 ブルーが双剣を抜いて飛び出してしまった。さっきまで冷静だった男が、かたきを前にして感情が爆発しちまったか!

「ちっ! カーラさん、援護いくからっ!!

 言うが早いか、ドナがマンティコアに向けて矢を射た。

「ああもうっ! 仕方ない、戦闘開始で!」

 カーラがポーチから杖を取り出し、頭上に構えた。

 俺も続いて杖を抜き、いつでも魔法を放てるように準備を進める。

「うおおおおっ」

 ブルーがマンティコアにりかかろうとした時、奴のしりから何かがびた。あれはしつだ。しかも、せんたんにはかぎ状の針が見られる!

「うわっ!」

 かんいつぱつのところでとつを躱したブルーは、距離を取って身構える。うかつに踏みめば、尾の先についた針につらぬかれること必至。彼に冷静さが残っていて安心した。

 マンティコアの針からはしよくとうめいの液体がしたたっている。蠍は尻尾に毒があると聞くが、蠍そっくりの尻尾を持つ奴にそれがないとは思えない。きっと格別に最悪の毒を持っているだろうと想像がつく。

 その時、カーラが呪文を唱え始めた。

やいばはじき、つぶてを躱し、かいの理を遠ざける無形のたて。カーラのどうはいたる彼の者を守らん――」

 彼女の魔力がいちじるしく高まるのを感じる。

「――〝空気状鋼甲アエラス・アスフイーダ!!

 杖を向けた先――ブルーの体がにわかにかがやきを帯びる。

 直後、マンティコアの毒針がブルーを直撃した。……かと思いきや、毒針は彼の手前で見えないかべに当たったかのようにはじき返され、当人はまったくの無傷。凄いぼうぎよほうだ!

むべきさいやくの徒を見つけたり。の者、負うべきとがを形と成し、カーラの名の下にしゆうを打ち付けんこととする――」

 ばやの魔法。カーラの全身からあふれ出る魔力がうずを巻いている。

「――〝縫い付ける炎の槍フオテイアス・ベロナ!!

 彼女は天に向かってかかげた杖を、マンティコアに向けて振り下ろした。

 すると、奴のどうたいに炎の槍がさった。

「グギャアアアァァッ!!

 まるでだんまつさけびを上げるかのように、ビッキーの顔がみにくゆがんでいる。

 マンティコアは炎の槍によって地面に縫い付けられた。その場から逃げようと激しいていこうを続けているが、まったく身動きが取れない様子。しかも、その炎はじわじわと奴の全身に回り始めている。

「今ですブルーさん! 奴にトドメを!!

 カーラの声が届いたのか、ブルーはそうけんを構えてマンティコアへ突っ込んだ。

 かつての恋人の苦しむ顔と正面から向かい合うブルーの気持ち……俺には察するに余りある。だけど……行け、ブルー! お前のけんでビッキーの尊厳を取り戻せっ!!

「くたばれぇぇぇぇ!!

 マンティコアののどもとにブルーの双撃が決まる――そう思ったしゆんかん、ビッキーの口がけるほどに拡がった。なんと奴の口内から炎が溢れ出し、えんの息がブルーへと吹き付けられた。

「な、何ぃぃっ!?

 あの化け物、火炎まで吐けるのかよ! しかもその勢いはすさまじく、ブルーの全身をまたたに炎でおおってしまう。

「ヤバい! メラ、ブルーに回復魔法を!!

「ち、近づかないと無理ですぅ~!」

「だったら近付けっ」

「こ、怖すぎて無理ですぅ~!!

「言ってる場合か!!

 仲間の危機に情けない! このままブルーを見殺しになんてしたら寝覚めが悪過ぎる。俺はもたつくメラの手を引っ張って、ブルーの元へと駆け出した。

 その時、じゆもんえいしようの声が聞こえてきた。カーラがブルーを助けようとしているのか!

「この地にてうたわれ、この風によって運ばれたいんけんげんきよぜつする。ビクトリアの謳う詩を聞きし者は改めよ――」

 ……ちがう。違うぞ。これはカーラの声じゃない。

「――〝魔導拒否権限マギアフオリフシイ・エクソシア〟」

 これはビッキーの声だ。マンティコアのたいしたビッキーの顔が呪文を唱えている。うそだろ? まさかモンスターが魔法を使うのか!?

 それはハッタリじゃなかった。奴が魔名を唱えた直後、炎の槍が消失した。

 さらに、火だるま状態のブルーを尻尾が薙ぎはらう。

「ぐあっ!!

 ブルーの体は宙をい、雑木林の中へと突っ込んだ。それによってかわいた木々に火がつき、周囲へとえんしようしていく。もうめちゃくちゃだ!

「嘘でしょ! モンスターがあんな高位魔法……まさかビッキーさんの修めた魔法を使えるの!?

「カーラ、何が起こった!!

「すべての魔法を無効化されました!!

「そんな馬鹿な……っ」

 ビッキーのこわいろえいしようするマンティコア。

 吹っ飛ばされたブルー。

 燃え上がる雑木林。

 そして、魔法の無効化。

 事態が急速に悪化する中、マンティコアがビッキーの顔で不気味なみをかべながら近づいてくる。

 ……体の中を巡る魔力がていたいしていて、杖に魔力を集中できない。これが魔法無効化のえいきようってことか。魔法を無効化され、前衛もいない今、おれたちは無防備に等しい。まさかこんなところであの化け物に食われるのか……!?

「うえりゃああぁぁぁ~~~っ」

 その時、マンティコアの側面からいきなりメラが現れた。彼女はへっぴりごしながらも、持っていた戦棍メイスを振り回してマンティコアの片目へと突き刺した。

「ギャアアアァッ!!

 マンティコアは悲鳴を上げ、身をひるがえして逃げ出していく。メラの不意打ち――かげうすさを利用した(?)ピンポイント攻撃――が、想像以上の効果を発揮したらしい。というか、俺も直前までメラがいたことに気付かなかった……。

 不意に、体内の魔力が再び巡り始めるのを感じた。今なら魔法が使える!

「逃がすかよ!!

 視界には奴の姿が見えている。凄まじい逃げ足だが、まだねらえるぞ!

「大地に吹く風、避けること知らず。カルエルの――」

「ラルフ!!

 詠唱も中ほどに、とつぜんドナがつかみかかってきたので魔力の集中が乱れてしまった。

「なんだよ!?

「お願いラルフ! ブルーを……ブルーを助けて!!

 見れば、ブルーは火だるまになったまま暴れていた。メラが回復魔法を使おうにも、そんな状態だからとても近づくことができないでいたのだ。

「くそっ!」

 あわててマントをいでブルーに駆け寄った瞬間、カーラがかぜほうで川の水を掻き出して、彼の全身にぶっかけた。おかげでちんできたものの、その傷はひどい。

「メラ!!

「は、はいっ」

 おおやけを負ったブルーに手を触れたメラが、再び〝治癒セラフエヴオ〟を唱える。

 俺が視線を戻した時には、すでにマンティコアは視界から消え去っていた。



 ブルーは重傷を負ったものの、なんとか一命を取り留めることができた。

 メラの回復魔法はなかなかの手並みで、彼女がいなければあやういところだった。それでも完治とまではいかず……。

「ちくしょう……っ」

 人目をはばからずになみだを流すブルーを見て、俺はいたたまれない気持ちになる。

「ブルー。この傷じゃもうたんさくは続けられないわ」

「ダメ、だ……。マンティコアを殺すまで、おれは丘陵から、出ない、ぞ……っ」

ちや言わないで。すぐに町に戻らないと、あんたが……」

「ビッキーの顔のまま、あの化け物を……放っておくのか……!?

 ドナの言葉にも耳を貸そうとしない。ブルーのマンティコア討伐の意思はそれほどまでに固いのだ。

「ブルーさん。マンティコア討伐は私とカルエルが引きぎます。あなたは町へ戻ってください」

「ま、待ってくれ。おれはまだ、やれる……!」

「ダメです。全身には酷いやけが残っていますし、ろつこつも折れています。すぐに町のりよう院へ向かうのがけんめいです」

「あいつは、おれが殺さなきゃ……いけないんだ……」

「では、ハッキリ言います。今のあなたでは足手まとい。パーティーに戦えない者がいては、勝てる戦いも勝てなくなります」

「……っ」

 うわ。カーラもキツイこと言うな。

 たしかに重傷ではあるが、そんなことを言われたらブルーの自尊心が傷つく。……いや。このしんらつな物言いは、ブルーを助けるためか?

「……わかり、ました……」

「私とカルエルで必ずマンティコアをたおします。約束します」

「頼みます……」

 ブルーはゆっくりと目を閉じて、そのまま意識を失ってしまった。

「ドナさん、彼を町まで連れていってあげてください」

「わかったわ」

「メラさんも同行してください」

「しょ、承知しましたっ」

 ドナはブルーを背負い、丘陵を下っていった。その後にはメラも続く。

「マンティコアは俺達で必ずぶっ殺してやる。信じて待ってろよ、ブルー」

 去り行く彼らを見送りながら、俺は独り言ちた。

 友の無念は俺が晴らす。そう思うと、やる気がみなぎってくるから不思議だ。

「……ふぅ。弱っている人にあんなことを言うのは気が重いですね」

「だけど効果てきめんだ。ああでも言わなきゃブルーもなつとくしなかったよ」

「でしょうね。でも、ここからが大変ですよ」

「ああ」

 マンティコアをついせきし、息の根を止める。ブルー達のためにも絶対に果たさねばならない約束だ。

「マンティコアのせんとうりよくは私の想像を上回っていました。まさか人の声色を使って魔法まで唱えるなんて思いませんでしたから」

「たしかにあれにはビビった。モンスターが魔法を使えるなんて初めて知ったよ」

「マンティコアの特性は食い殺した相手の顔をうばう――そればかりに注目していましたが、その本質はもっと別のところにあったようです」

「……と言うと?」

「食い殺した人間の魔力を奪う。だからビッキーさんの習得していた魔法が使えるのだと思います」

「他にも使える魔法があるってことか……」

 やつかいだな。ビッキーは魔導士ウイザードとしてはちゆうけんだと思うけど、それでもパーティーでは主力になるほどの高いこうげきりよくほこっていた。真っ向から魔法勝負になれば、魔法を覚えて日の浅い俺には荷が重いか……?

「二人で来て正解でした」

「え?」

「マンティコアの使った〝魔導拒否権限マギアフオリフシイ・エクソシア〟という魔法ですが、あれは一時的にその場の魔法を無効化する反魔法アンチマジツクの一種です。あれを使われると、私でも対処できません」

「えぇっ!? カーラでもどうにもならないのか!?

「残念ですが、魔法のことわりくつがえせません。魔法の使えないかんきようでは、私も普通の女の子になっちゃいます」

「じゃあどうするんだよ!? もう前衛が務まる人間はいないんだぞ!」

「大丈夫。私に考えがあります」

 ニコリと笑うカーラ。その笑顔は自信に満ちている。

「次にマンティコアとそうぐうしたら、私がやつの動きをふうじます。なので、あなたの魔法であいつをやっつけてください」

「お、俺が直接あいつとり合うのか……?」

「あら。自信ありませんか?」

 ……むすめの前で、自信ありません、なんて言えないよな。

「あるある! 自信ある! やってやるよ!!

「そうそう。マンティコアくらいサクッとやっつけてくれないと困ります」

「簡単に言ってくれるなぁ」

「当然でしょう。〈ニジジヤク〉の最終目標は、おうとうなんですから」

 なるほど、そうだったな。魔王を倒そうってギルドに所属する以上、危険度A級程度のモンスターにつまずくわけにはいかないよな。

 どうやら今回の戦いは、俺が〈ニジジヤク〉の一員に相応ふさわしいかを問うもののようだ。だとしたら……ますます負けられねぇな。

「行こう、カーラ。モタモタしてるとマンティコアに追いつけなくなる」

「あ。その点なら問題ありません」

「なんで?」

「前に言ったでしょう、りよくは個人で異なるって。私はすでにマンティコア――もといビッキーさんの魔力に触れましたから、それを目印に追跡できます」

 そう言うなり、カーラはつえを構えた。

「天より見下ろし、地より見上げるたかの目のせいれいたちよ。カーラの求める魔力のたずびとへ向けて導きの光をともせ――〝光の道の導く先オドス・フオス・オデイゴス!!

 じゆもんを唱え終わると、カーラの杖の先端が輝き始めた。それは丘陵を一筋の光となって伸びていき、雑木林の中を指し示した。

「なんだ、この光!?

「この光の指す先にビッキーさんの魔力があります。つまり――」

「マンティコアがいるってことか!」



 糸のような光の道をたどりながら、俺とカーラはマンティコアの追跡を続けた。

 丘陵のおくへと進むにつれて、周囲にはこけむした岩場が目立ち始める。なんだか雲行きもあやしくなってきたし、まだ日がのぼっているにもかかわらずうすぐらく感じる。いや~なふんだ。

「なんて酷い悪路……」

「こんなところでしゆうげきされるのはかんべんだな」

 それから間もなく、ある岩だなに差しかったところでとうとつに光の道がれた。カーラがほうを解除して岩だなの下を覗いたので、俺もそれにならう。

 俺達が視線を落としたのは、きよだいのようなくぼ。底にはおびただしい数の人骨が地面をくしており、ここがマンティコアの巣だと疑う余地はなかった。

「人食い、ここにきわまれりだな」

「この下からビッキーさんの魔力を感じます」

「……俺には何も感じないけど」

「集中してみてください。魔力のざんただよっているのを感じられるはずです」

「むむっ」

 感じろと言われても、どうすりゃいいのという感じだが……。とりあえず俺は目をらしてみた。すると魔力ではなく、他に気に掛かるものが目にまった。

「あれってもしかして……」

 窪地の中央には針葉樹の葉が重ねられていて、その上に赤みを帯びた丸いものが横たわっている。……どこからどう見ても卵だよな。

「げえっ! あいつ、まさからんせいなのか!?

「巣に卵となれば、そうなんでしょうね」

 ビッキー顔のマンティコアが卵を産んだのか。ブルーのことを考えると、ちょっとゆううつな気持ちになるな。でも、待てよ。モンスターといえども一びきじゃ卵は産めないよな。とすると、もしやお相手がいらっしゃる……?

「なぁカーラ。マンティコアは一匹じゃない……なんてことあると思う?」

「想定外ですが、そう考えるのがとうでしょうね。モンスターも動物ですし、せいしよくこうくらいはするでしょうから」

 カーラの口から生殖行為なんて言葉、聞きたくなかった。最近の12さいはそういう知識はあって当然なのか? って、そんなことを気にしている場合か!

「ここがマンティコアの巣なら、待ってればもどってくるってことだよな」

「そうですね。いんとんほうで姿をかくして、機をうかがいましょうか」

「まさかつがいとはね。二ひき相手にするのはめん――」

 その時、俺は背後に気配を感じた。この感じ……メラがぼぅっとたたずんでいるのを思い出す。でも、この場にかのじよはいない。だったらこの気配はなんだ?

「……?」

 おそる恐る振り返ってみると、俺の視界にゆっくりとせまりくるマンティコアの姿が映った。見上げるほどでかいくせに、なんてすり足だ!

「かか、カーラッ」

「はい?」

「マンティコアだっ!!

 さけぶのと同時に、俺はさやから杖を抜き放った。

 しかし、奴は俺が切っ先を向けるよりも早く地面をって突っ込んできた。

「うわあああぁっ!」

 られる! この間合いでは、とても呪文を唱えるひまがない!!

「〝魔導処解放マジツクバンク・リリース〟――」

「え」

「――〝強風フルトウナ!!

 カーラが杖を水平に振った瞬間、凄まじい風が発生。とつしんしてくるマンティコアのきよたいき飛ばした。

 今、呪文詠唱なしに魔法を使わなかったか?

「うかつでした。これほどのおんぎよう術を持っていたなんて……」

「今のどうやった!?

「今のマンティコア、ビッキーさんの顔でしたか!?

「今のどうやったぁっ!?

「それは後っ! 今のビッキーさんの顔でした!?

 とっさのことで顔をよく見ていなかった。顔以外の見た目はさっき交戦したマンティコアと同じ姿だったけど……。

「わ、わからんっ」

「なら、先手必勝!!

 そう言うと、カーラは再び呪文詠唱なしに魔名を唱えた。

「〝大嵐バリア・シエラ!!

 杖の先から風が吹きつけ、倒れているマンティコアの周りにあらしのような暴風がうずき始める。

「ギイィヤアアァァァッ!!

 マンティコアの断末魔か?

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえたと思った矢先、奴のじ切れ、胴体がひしゃげて、口から大量の血を吐き出した。

 風がむと、マンティコアの巨体が地面に落下し、血だまりを作っていく。

「あ、あっさりとまぁ……」

「すぐに顔をかくにんしてっ」

 カーラにかされ、倒れているマンティコアの顔をのぞき込んでみると――

「ビッキーじゃない」

 ――その顔は、見たこともないろうの顔だった。

「ということは、つがいの方ということですね」

「たぶんな。オスかメスかもわからねぇけど」

けいかいおこたらずに。ビッキーさんの方もすでに戻ってきているかも」

「……だな」

 カーラと背中合わせに杖を構えてすぐ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「この地にて謳われ、この風によって運ばれた――」

 ビッキー顔が呪文を唱えてやがる! しかも、魔法を封じるマギアフォなんとかって魔法だ!!

「出たぞ、ビッキー顔が魔法を唱えてるっ!!

「位置は!?

 声が聞こえてきたのは、卵のある窪地をはさんだ対面の岩だなの方だ。そっちへ視線を移した時には、ビッキー顔が呪文詠唱を終えようとしているところだった。

対面あそこ!!

 俺が奴の位置を指さした瞬間――

「〝鼓動停滞カルデイ・スタシス!!

 ――カーラがビッキー顔へと杖を向けた。

 直後、彼女の杖先から赤いいなずまのようなものが走り、瞬く間に対面のビッキー顔へと当たった。稲妻を浴びた瞬間、奴は詠唱のちゆうで口を開けたままこうちよくした。

「どうなってる!?

「私の魔法で動きを封じました! 今のうちに!!

「わ、わかったっ」

 次から次へと反則級の魔法ばかりで理解が追いつかないぞ、が娘よ。ま、それはそれとして、約束を果たす時がきた! 友人の顔を返してもらうぜ!!

「吹きすさぶ風、渦巻く風、四方をく風の流れを束ね、今ここにカルエルの剣と成す――〝斬撃ドリミス!!

 俺は剣を振るうように、杖を標的へと向けて振り下ろした。肉をつ時に似た反発を覚えた瞬間、対面の岩だなに居たビッキー顔の体がばっくりと斬り裂かれた。

「ぎゃあっ!!

 悲鳴までビッキーの声かよ……。だが、奴にはちがいなくひんのダメージを負わせることができた。

「ざまぁみやがれ! やったぞカーラ!!

「まだです! まだ息があります、すぐにトドメをっ!!

「もちろんだ!」

 続けて魔法を放とうと杖を構えた時、死角からドタバタと足音が聞こえ始める。

 ハッとして周囲をわたした俺は……息が止まった。

「グルルル」

「グルルゥ……」

「ハァァァ~~~」

「グルォォォ」

 きばき出しにしたマンティコアどもが、俺達を取り囲んでいたのだ。

 こわもての戦士の顔。

 いたいけな少女の顔。

 醜く肥え太ったオッサンの顔。

 顔。顔。顔。右も左も人間の顔ばかり。その数は十数頭――数えるのも嫌になる。

「カーラ、どうする……?」

「これはちょっと――いいえ。かなり想定外なんですけど……どうしましょう?」

 カーラの顔が引きつっている。これはガチのマジでヤバいじようきようだ。果たして俺の命をけて、娘を生き延びさせることができるか……?

「あはははは」

「へっへっへっへ」

「うふふふっ」

 ……!? なんだ、この笑い声は。

「ふはははは」

「けけけっ」

 マンティコアどもが笑っている……! 俺達を見つめたまま、おそいかかるどころかあざ笑っていやがるんだ!!

「この化け物ども、勝ち確と思ってゆうこいてやがるのか!」

「気味が悪い……」

 あまりにも異様な光景に、カーラもまゆをひそめている。

「油断してるうちになんとかならないか?」

「……違いますよ、カルエル。奴らは余裕ぶっているように見せて、いちまつの油断もしていません。今も私たちの一挙手一投足をかんしています」

「マジでか……」

「前後左右、いずれの個体も私達とのきよを一定に保っていますから。統制が取れているんです」

「化け物のくせにぎようのいいこったっ」

 カーラの言う通り、奴らの中に足並みを乱す者はいない。俺達を取り囲んだまま静かにちようしようするのみだ。これは、いつでも殺せるという意思表示のつもりなのか?

「うふふふふ」

「けっけっけ」

「ひひひひひひ」

 ……これは精神にくるな。夢に出そうだ。

「カーラ。強力な魔法を詠唱なしでぶっ放せないか?」

「〝魔導処マジツクバンク〟はそんなごろなものじゃないですよ」

「それだ。その〝魔導処マジツクバンク〟って一体なんなんだよ。魔導書にはそんなこうもくなかったぞ」

「〝魔導処マジツクバンク〟は、れいてきじよう次元に魔法を一時保留しておく貯蔵庫のようなものです。事前に詠唱を済ませた魔法を収めることで、いつでもその魔法を顕現できるんです」

「なら、それを使ってこいつらをまとめて――」

「無理です。それほどのりよくの魔法は〝魔導処マジツクバンク〟に収めていません」

「やっぱり絶体絶命ってことだな……」

 囲まれてだいぶっているのに、いまだにマンティコアは襲ってこない。まるで何かを待っているようだ。

「た、助けて……」

 突然聞こえてきたその声は、ビッキー顔が発したものだった。奴は息も絶え絶えで、今にも死にそうなほど弱りきっている。顔も青白くて生気がなく、まるで死面デスマスクのよう。

「あいつ、虫の息のくせにまだ口をけるのか!」

「助けてとは……だれに言ったんでしょう?」

 その時、突然マンティコアの群れが分かれて、最初に見渡した時にはいなかった新顔が歩いてきた。思わず身構えてしまったが、そいつは俺達の方ではなく、ビッキー顔の方へと向かっていく。

 そいつの顔はせきがんのオッサンに擬態していて、とてもおだやかな表情をしていた。他のマンティコアに比べて体も大きく、背部に生えわたる体毛には白いしよが目立つ。

「シルバーバックかよ!」

 モンスターの中には、年をて背中を中心に体毛が白くなるものがいる。通常、それらはシルバーバックと呼ばれ、群れを率いる場合が多い。マンティコアにもその習性があるとしたら、こいつが群れのリーダーか?

「神にいなさい。いのるのです。あらためるのです」

「助けて……」

「神に慈悲を乞いなさい。祈るのです。悔い改めるのです」

「助けてっ」

 隻眼オッサン顔とビッキー顔が見つめ合って、不可解な会話をり返している。これがマンティコア同士の会話なのか? ただ同じ言葉を繰り返し口にしているだけじゃないか。

「苦痛にさいなむ血と肉と骨に安らぎを。けがれなきたましいに父と子とせいれいの祝福を。スレイドよりなんじに伝えたもうせきの言――」

 唐突にシルバーバックが呪文の詠唱を始めた。これは回復魔法じゃないか。

 しかも今、呪文の中でスレイドって名前を言わなかったか? まさかあの隻眼オッサン顔は、メラの言っていた司祭……!?

「――〝治癒セラフエヴオ〟」

 ビッキー顔の全身を緑色の光が包み込んでいく。瀕死の重傷が見る見るうちに元通りになっていくのを見て、おれは目を丸くした。メラの回復魔法よりもはるかにりよくが高い。

 メラには残念だが、どうやらシルバーバックが司祭の魔力を取り込んだのは間違いないようだ。厄介だな……よりによって司祭級の魔力とは!

「まずいぞ! あいつが回復したら、いよいよ始末に負えねぇ!」

「……カルエル。私が時間をかせぎますから、あなたはその間にげてください」

「は?」

「あなたは私のです。しようたる者、弟子の身は体を張って守るものです」

じようだん言うな!」

「冗談じゃありません。ていおきて――師匠の義務です!」

 師匠が弟子を助ける義務があるだと? だったら、親が子を助ける義務以上に優先されるものなんてないだろう!

「俺を逃がすためにお前が命を懸けるなんて、絶対に認めねぇぞ!」

「そんなこと言ってる場合ですか! 誰かが生き延びて、この情報を王都に持ち帰らないといけないんですよ!!

「だったらそれはお前の役目だろがっ。ここは俺がおとりになる!」

「なんでそうなるんです!?

「そりゃ親――お、おお、お、俺だったらきっとなんとかなるからだ!」

 危ない危ない。うっかり親の義務だって言いそうになっちまった。

 いまの際を言い訳に、そんな重い事実を告白したくない。仮に俺の口から事実を告げることがあるとしても、それは魔導士ウイザードとして大成し、父親だと胸を張って言えるような自信を得てからだ。

「カルエルは勝手です。師匠を差し置いてそんなことさせませんから!」

「年上の言うことは、たまには聞くもんだぜ!?

 口論のさなか、ビッキー顔が起き上がった。完治とまではいかないが、もう動けるほどに傷が治っていやがる。

「今晩はごそうです。神に感謝を込めて、しよくたくの料理をいただきましょう」

 シルバーバックが事務的な声色でちがいなセリフをいた。いや、あながち間違ってはいないのか。

 セリフから察するに、あの隻眼オッサン顔はきつすいの聖職者らしい。マンティコアは食い殺した人間の知識――おく?――も少なからず奪えるわけか。でなきゃ、あんなりゆうちように喋れるわけがない。

 ビッキー顔が俺達に向かって動き出した。それをきっかけとして、周りの連中も一様に歩を進め始める。

「ふはは」

「あはは」

「けけけ」

 不気味に笑う十数匹のマンティコア。奴らが足並みそろえて距離をめてくる光景は、悪夢としか言いようがない。

「……カルエルは私の言うことを聞きませんね」

「そんなこと言ってる場合か!」

「だから、私もカルエルの言うことなんて聞きません」

「はぁ!?

いつしよに戦いましょう。師弟として、さいまで」

 カーラの見せた表情は、一抹の不安もしようそうも感じさせない力強いがおだった。このりんとした態度――まさに彼女の生き写し。昔を思い出して、俺は胸に熱いものがみ上げてくる。

「やってやろうぜ。プランは何だ!?

「〝魔導処マジツクバンク〟に収めている魔法をいつせい解放します」

「一斉解放って……どうなるんだ?」

「例えるなら、小さな箱に詰め込んだ大量の花火にまとめて火をつけるようなもの。私達も無事に済まないかもしれません。それでも――」

「問題ない!!

 俺の返答を受けて間もなく、カーラが魔力を込めた杖を頭上にかかげる。杖のせんたんには、いつしゆんにしてふくざつかいほうじんげんえいが浮かび上がった。

「〝魔導処・閉鎖次元解錠マジツクバンク・アンロツク!!

 直後、魔法陣がよじれて引き千切れた。周囲に向けてしようげきが発生し、同時に大量の魔力が暴風雨のように吹き荒ぶ。

「うおおおおっ」

「きゃあああっ」

 カーラのマントが風にさらわれ、小柄な彼女の体が浮き上がる。俺はとっさにカーラをきしめ、互いをマントで覆い隠した。かろうじて足の踏ん張りが利いているが、気をけば吹き飛ばされかねないほどのきようれつな風が巻いている。だが、周りはもっと酷い有り様だ。

 ほのおやらたつまきやら稲妻やら――いつせいけんげんされた魔法は入り混じってこんとんと化し、ばくはつてきかいいていく。マンティコアの群れはもろにそれに巻き込まれた。コントロールの利かない魔法を浴びた奴らはかたぱしからめいてきなダメージを受け、れつしよう、欠損、丸げ、爆散……次々とざんな最期をげている。