レイブンの号令に従い、俺達はその場に伏せた。

 かべてんじようがグラグラと揺れるのを見て、ほうらくしないか心配になってくる。

「……収まってきたな」

 地震が小さくなってきた。

 しかし、部屋の中央にある石台だけは今もガタガタと揺れ続けている。なんだか不自然な揺れかただな。

「ヴェロニカ女史。この石台、どうなってるんです?」

「さぁ……」

 石台はさらに激しく揺れ始めた。どうやらこの石台は、床に開けられた穴にすっぽり収まるような形ではめ込まれているらしい。それが今、内側からし出されるようにせり上がってきている。

 石台がすっぽけ、代わりに穴から現れたのは――

「きゃあああっ!!

 ――表面がヌメヌメしたきよだいな岩のかたまり(?)だった。それが大きな目をカッと開いたので、おれはギョッとした。

「なんだこいつはぁ―――っ!?

 俺が杖を抜こうとしたしゆんかん、目玉のついた岩がばくはつした。

「先手必勝――あやしい存在はそくにぶっ飛ばすのがあたいのやり方だ」

 スターが魔法でこうげきしたのか。彼女の手には、葉巻サイズの小さな杖がにぎられていた。あれが話に聞くシガー型の杖か……一見すると、葉巻と区別がつかない見た目をしている。

「やったの!?

「いや、まだだ。気を付けろ、レイブン!!

 今のいちげきたおせていないのか? 急所っぽい目玉にちよくげきしていたけど……。

 さやから杖を抜いて警戒していると、けむりの中に見えるかげがウネウネと動き始めた。それが煙をき分けて出てきた時、まったくの無傷だとわかった。

 目玉のかいぶつは、さらにどうたいから無数のとつばした――いや、これはしよくしゆだ! 胴体から飛び出した無数の触手が、床や壁をいながら俺達に近づいてくる。

「こいつ、ローパーだ!!

「ローパーだって!? これが……!」

 スターの発したローパーという言葉を聞いて、俺は以前カーラが遊んでいたノリノリローパーというがんを思い出した。あれの元ネタがこんな気色の悪いモンスターだったなんて、を通りしてムカついてきた。

「ローパー種の中でも、こいつは特に大型のグランドローパーだわ! なんでこんなモンスターがDランクダンジョンなんかにかくれていたの!?

「さぁね。でも、あたいは依頼を果たすことができそうだよ!」

「何言ってるの! こいつは野良モンスターじゃないわよ!?

「見ろよ、レイブン。こいつの触手……見ようによっては蛇に見えるだろ?」

「た、たしかに……」

「雇い主は、こいつの触手を蛇のモンスターだと思ったんだ。ここはあたいにやらせてもらうよ。文句ないね、オッサン!?

 スターに睨まれて、俺は思わず頷き返した。

 触手を蛇にちがえるってのは、なくもないか。事前の取り決めもあるし、ここはスターに任せるのが無難だな。

「アイヴィー、教授を連れてダンジョンからだつしゆつ!!

「デュエラ! お前は王国兵の連中に事情を話して外へ連れ出せ!!

 しよう達の命令を受けて、アイヴィーとデュエラがヴェロニカ女史を連れて最奥の間から飛び出していく。

 ここは俺も師匠のカーラにビシッと命令を出してもらいたい。……だが、いつまで経ってもカーラの声は聞こえてこない。

「カーラ、俺はどうする!?

「あわわ……」

 なんとカーラはその場でこしを抜かしてローパーを見上げていた。

「な、何やってんだ!?

「ご、ごめんなさい。実物のローパーを見たの初めてで……。その、あまりにも見た目が気持ち悪くて、腰が……」

「しっかりしてくれぇぇぇ!!

 玩具おもちやのローパーで遊んでいるくせに、いざ実物を見てそりゃないだろ!? たしかにあの玩具はめちゃ可愛かわいくデフォルメされてはいたけどっ!

「ここ、この子はわたしががっ」

 戻ってきたアイヴィーにきかかえられて、カーラが連れ出されていく。

 その時、彼女が俺に残した言葉は――

「カルエル! 二人を援護してあげてっ」

 ――戦闘参加を許可する命令だった。

「俺も手伝うぜ。スター、レイブン!」

「いらねぇよ。ひよっこは引っ込んでな」

「そうね。危ないから下がっていてくれないかしら、カルエル」

 ……スターとレイブンの態度は素っ気ない。そりゃ二人に比べれば俺なんてひよっこもいいところだけど、言い方があんまりだ。

 直後、再びダンジョンが揺れ始める。

 今度は何だと思っていると、なんと床や壁をぶち割って大量の触手が現れ始めた。

「うへぇっ。気持ち悪っ」

「ちょっとこれは目の毒過ぎるわ!」

 スターとレイブンがその光景を目にして顔をしかめている。俺も同じだ。まるで馬鹿でかいミミズが大量にいて、のたうっているかのよう。女性でなくとも、とりはだが立つほど気色の悪い光景だ。

 ……なかなかおそってこないな。

 ものが目の前にいるのに、ローパーは床や壁に触手を這い回らせているだけで、攻撃を仕掛けてくるりは見せない。奴のねらいは何なんだ?

「……おいおい。これってもしかして」

 ローパーを観察するうち、俺は触手の這ったしよにマヒカリゴケが再生していることに気が付いた。あそこはさっき俺が大量に削り取った場所だから、苔が残っているのはおかしい。

「こいつ、マヒカリゴケを植え付けてるのか!!

 よくよく見れば、触手が這ったあとにはドロドロとしたこうたくを放つ物質がりつけられていた。それが時間経過と共に、マヒカリゴケへと変化しているのだ。

すごいっ!! マヒカリゴケを生んでいたのは、あの新種のローパーだったのね!!

 とっくになんしたと思っていたヴェロニカ女史が、満面のみをたたえて部屋に戻ってきた。何やってんだ、この人は!?

 とっさにデュエラがめにしてくれたおかげでローパーにとつげきするのはけられたが、あんな怪物を見て顔を輝かせるのは健全とは言えないぞ。

らいな! 〝射手座の矢トクソトス・ヴエロス!!

 スターが杖先から流星のような光をちだした。その光はまたたにローパーへとげきとつし、奴の体の半分ほどをき飛ばしてしまった。

 ……ん? ちょっと待てよ。今、スターはじゆもんえいしようをせずに魔法を使ったぞ!

「スター、今のどうやったんだ!?

「ひよっこには想像もつかない技術が魔法にはあるんだよ!」

 そう言うや、スターは続けざまに別の魔法を放った。やはり無えいしようだ。

 しかし、ローパーは魔法を直撃させてもまったくこたえない。それどころか、欠損部をすぐさま元通りに再生させてしまう。とんでもない生命力だ。

「火属性魔法じゃ効果はうすいわね。あたしにやらせて!!

 スターが飛び退くと、入れわりにレイブンが前に出た。

 彼女はその手にワンド型の真っ黒い杖を握り――

「〝黒爪撃マブラ・オニユクス!!

 ――やはり無詠唱でこうげきほうを放った。

 床に伸びていたローパーの影から、まるでけものの爪のようなものが飛び出してくる。それが触手ごと奴の胴体を引き千切った。

 千切られた胴体の上半分は床にぶちまけられ、急激にしぼんで消えてしまう。下半分の胴体は元気にうごめいており、見る見るうちに再生していく。

 胴体が再生しきると、奴は再び大きな目を開いた。触手も千切れた部分から新たに生えてきて、さっき以上にウネウネと蠢き始める。

「いくらなんでもキモ過ぎるんだけど、こいつ!」

「こういうのはあまり直視したくないわねぇ。ローパーって獲物を殺す時、穴という穴に触手を突っむって言うし……絶対につかまりたくないわね」

 ローパーはマヒカリゴケを生やすのをやめて、おれたちに向かって身を乗り出してきた。先にじやものを消そうって腹か。

「どうやら全身を一息に焼きくすくらいしないと、倒すのは無理みたいね」

「こんなせまい部屋じゃ、あいつを殺しきるりよくの魔法は使えない! いつたん外に出るよっ」

 スターがレイブンの手を引いてきびすを返した。急に置いていかれたものだから、俺はあわてて彼女達の後を追いかける。

 ローパーは床を這いながら、狭い通路を追いかけてきた。二人から引っ込んでいろと言われた俺が、真っ先に狙われる状況になっているのはなつとくがいかない!

「くっ! このままじゃ追いつかれる!!

 思いのほかローパーの足(?)が速い。

 はんげきしたいところだが、俺の習得している攻撃魔法ではとうていローパーを倒すには至らない。奴への攻撃はスター達に任せるとして、とにかくきよを取らないと!

 広間へ出た後、より一層ローパーの速度が増す。奴は無数の触手で床を這って、移動速度を上げているようだ。まるで巨大な馬車に追いかけられている気分になって、生きたここがしない。

 再び通路に入った時、ローパーのきよたいが壁にぶつかっていつしゆんだけ速度が落ちた。

 ここぞとばかりに距離を引きはなしたものの、第二層の広間を通る頃には確実に追いつかれる。ようやく娘と再会できたのに、レイブンが言っていたようなおぞましいさいげるなんて絶対にごめんだぜ!

 俺の安全を確保しつつ、スター達にローパーを攻撃させたいが、どうすればいい!?

「……そうだっ」

 このダンジョンの構造を思い出し、俺はローパーのげき退たい方法をひらめいた。

 しかし、一刻を争う状況でスター達にくわしい説明はできない。けになるが、このまま追いつかれて殺されるよりはマシだ。……やってみるか!

 俺はスター達が第二層の広間を抜けようとしているのを見て、大声でさけんだ。

「スター、レイブン!! 今すぐローパーに魔法を撃ってくれぇぇぇ!!

 俺の声に気付いて振り返るも、二人はげんな顔をしている。

「んなことしたら、てめぇも一緒に吹っ飛ぶだろがっ!」

「反撃は外に出てからよ! 急いで、カルエル!!

 俺をおもんぱかる気持ちがスターにも残っていたようで安心した。でも、今は俺の方に向かって魔法を撃ってほしいんだよ!

「奴が通路から這い出す前に、全力で魔法をブチ込めぇぇっ!!

 背後からは、ローパーが通路の壁と天井を削りながらせまってくる。もう時間がない。

「死にたいのか、あいつ!?

「いえ、待って。そうか――あの人の言いたいことがわかったわ!」

 レイブンには伝わったようで良かった。

 彼女はスターの手を引いて足を止め、俺の方へと向き直る。

「レイブン、マジでやるのか? あいつ死ぬぞ!」

だいじよう、彼を信じましょう。仮にもハーリーン様の選んだ人よ?」

「……わかったよ。それじゃ、久々にやるか?」

「ええ!」

 となり合って並ぶスターとレイブンから、すさまじいりよくの圧を感じる。二人して、一体どんな魔法を放つつもりだ?

 彼女達はたがいのつえ先を合わせ、一気に魔力を解き放った。

「「〝彗星コミテイス!!」」

 目がくらむほどの赤いせんこう――二人の杖先から巨大な火球が撃ち出された。おそらく中位以上の攻撃魔法だと思うが、あの巨大なローパーを倒すにはいささか威力が控えな気がする。

 しかし、今はそんな心配をしている場合じゃない。今度は俺があの火球をかわさなければ、仲間の放った魔法で死んじまう!

 二層の広間へとおどり出た瞬間、杖を足元へ向けて呪文を唱える。

「カルエルの行く先を吹き付けよ――〝風よアネモス!!

 足元へ吹き付けた風が、床にね返って俺の体をあおる。俺は広間の天井へと吹き上げられ、かんいつぱつ――その真下を火球が通り過ぎていった。

「やるじゃん、オッサン!」

「スター、行くわよ!」

 俺は広間の天井にしようとつしながらも、二人の魔力が一気に跳ね上がる様を目にした。

「「〝重奏魔唱シンクロストライク!!!!」」

 杖から放たれる火球の魔力がばくはつてきふくれ上がり、通路へと突っ込んでいく。そして、奥から這ってきたローパーに直撃――

「ギュアアアァァァアアアアァァァッ!!

 ――通路の奥からだんまつのような悲鳴が聞こえてきた。

「「やったぁ!!」」

 ダンジョンにひびわたっていたひびきがんだ。どうやらローパーの全身を焼き尽くすことができたみたいだ。助かった……。

「ちょっとは見直したよ、オッサン!」

「ええ。とっさの機転、大したものだわ」

「……あれ? オッサンどこ行った?」

 二人からお褒めに預かり光栄だ。でも、まずは俺の状況に気付いてほしい。

「お~い。助けてくれぇ~」

 加減せずに〝風よアネモス〟を放ったものだから、俺の体は見事に天井へとめり込んでしまっていた。全身がめちゃ痛いし、とても一人で降りられるような状況じゃない。

「……上にいらしたわね」

「だっさ」

 これだけ体を張ったのに、結局けなされるのか……。



 事件後、ローパーの出現はすぐにおえらいさんの耳へと入り、ダンジョンD-17は直ちにへいされることになった。

 さらに、ヴェロニカ女史の報告で、すべてのダンジョンにローパーがひそんでいる可能性がされたため、他のこうりやく済みのダンジョンものきみ閉鎖されることに。

 彼女からすれば、マヒカリゴケの生態を明らかにする好機と見て報告したんだろうが、結局ローパーが危険視される結果となってしまった。マヒカリゴケの生態が判明するのは、まだまだ先のことになりそうだ。

 ギルド管理局によってあの新種のローパーは危険度B級と指定され、きゆうきよぼうけんしやつのってとうばつ隊が編成されることになった。これにてダン管の立場はなくなり、近々閉局されるといううわさだ。

「あれ? これは……」

 翌日、俺は家のゴミ箱で思いがけない物を見つけた。

 ゴミ箱の近くを横切ったら、突然ウインウインと何かが動きだしたので覗いてみたら、カーラがよく遊んでいたノリノリローパーの魔玩具だったのだ。どうやら俺の魔力に反応して動きだしたらしい。

「ったく、あの子は……」

 俺はまだちゃんと動くその魔玩具を取り上げて、机の上に置いた。

 時計は夜の七時――もうすぐカーラが帰ってくる時間だ。

 物をまつに扱うなんて、あの子の母親だったらきっとしかるに違いない。今夜だけは弟子ということを忘れて、父親として説教の一つでもしてやるかな。