「プライベートだと眼鏡を替えているんだね」

「に、似合ってませんかっ!?

「ううん。似合っているよ。可愛い!」

 三人が並んで歩き始めたので、俺もすかさず後を追った。

 男一人に、女二人。ちょっと想定と違う状況になってきたな。

「もしかしてデートじゃないのか?」

 しばらくカーラ達の様子を見守っていると、三人は公園の屋台を回り始めた。

 途中、迷子になった子どもを親のもとまで届けたり、若者にからまれている老人を助けたり、果てはいんきんばこに寄付まで。

 ……良い子達じゃないか。

 一時間ほどって、俺はあの三人を付け回すことに疑問を覚えてきた。いや、冷静さを取りもどしたと言うべきか……。ギルドの仕事をサボってまで、こんなところで何をしているんだろ、俺。

どろぼう~~!!

 突然、人混みの中からさけび声が聞こえてきた。

 俺だけでなく、カーラ達もその声に向き直っている。

 声がした方から人混みを掻き分けて現れたのは、ひどく傷んだ服を着た男の子だった。ねんれいはカーラと同じくらいか。おそらく外層区画アウターベルトに暮らすだと思うが、どうしてこんな場所に?

「その子どもをつかまえてくれ! ウチの商品をぬすまれた!!

 男の子を追いかけているのは、どうやら商人のようだ。太った体を左右にらしながら、怒りの形相でかれを追いかけている。

「どけよっ! どけどけぇ~~!!

 男の子は必死に商人からげている。彼は腕に荷物を抱えているが、あれが盗んだ商品とやらか。

 俺はさやから杖を抜きかけたが、すぐに納めた。俺がでしゃばるまでもなく、この場はカーラ達に任せればいいとわかったからだ。

 さつそく、カーラがポーチから杖を取り出し、男の子へ向かってほうを放った。かのじよが唱えたのは風の魔法。このざつとうの中にあって、高い精度で男の子の足元だけをすくい上げて転ばせてしまった。

「大人しくしろっ」

 すかさず悪い虫が男の子をさえ込んだ。護身術を学んでいるのか、なかなかぎわよくせたもんだ。やるじゃないか。

「は、放せっ!」

「暴れないで! 大人しくしなさいっ」

「放せぇ~!!

「うわっ」

 男の子が暴れたことで、悪い虫が帽子を落としてしまう。

 直後、俺は奴のがおを見てきようがくした。

「デュエラ!?

 悪い虫は、どこからどう見てもデュエラだった。

「てことは……っ」

 黒ぶち眼鏡の女は、アイヴィーかよ!

 カーラがこっそり会っていたのは、デュエラとアイヴィーだった。その事実をの当たりにして、俺は激しくこんわくしてしまう。

「はぁっ、はぁっ。よく捕まえてくれたな!」

 ようやく商人が追いついた。男の子は必死に逃げ出そうとジタバタするが、デュエラのこうそくからだつしゆつすることはかなわず、あきらめたようにぐったりしてしまった。

「これがあなたのお店の商品ですか?」

「ああ、そうだ!」

 カーラが変な形をしたぬいぐるみを拾って、商人へとわたした。

「このガキ、今まで何度もわしの店から商品を盗みおって。王国兵にき出してやるから覚悟しろ!」

 商人は組み伏せられている男の子の頭をなぐりつけた。

「暴力はやめてください!」

「こいつらはウチの商品を散々盗んで、売り上げに損失をあたえた犯罪者だぞ! しかも、盗んだ商品をやみいちで売りさばいておるという情報もある。かばう必要などあるまい!?

「でも、まだ子どもですよ!」

「関係ないわい。せつとうは、大人も子どももむちちのけいだ! 来い、締め上げて仲間の居場所もかせてやるわっ!!

 商人は男の子をつかみ上げるや、いやがる彼を無理やり引きずっていこうとする。

「待って! 反省しているようだし、許してあげても――」

「反省? 外層区画アウターベルトの悪ガキどもにそんなものあるものかよ! やさしくするとつけあがるのだ、この手のびんぼうにんどもは!!

 あの男、酷い言い草だな。

 たしかに外層区画アウターベルトは治安が悪く、子どもでも日常的に盗みを働くほどすさんでいるとは聞いている。しかし、それはそんな治安を放置しているこの国が原因だ。捕まえた子どもをいたぶったところで、何も解決なんてしやしない。

「待っ――」

「無駄だよ、カーラ」

 商人に追いすがろうとしたカーラをデュエラが止めた。

「どうして止めるの、デュエラ!? このままじゃあの子、どんな酷いことされるか」

「でも、あの子が犯罪をおかしたことは変わらないよ。罪を犯した者はばつせられなければならないんだ。年齢は関係ないよ」

「でもっ」

「それが法律なんだ。誰か一人を特別あつかいすれば、誰も法を重んじなくなってしまうよ」

「だからって……」

「残念だけど、ぼくたちにできることはない」

「……」

 デュエラの言うことは正論だが、カーラはなつとくしかねている様子。

 俺にはカーラの気持ちがよくわかる。だって、彼女なら――あの子の母親なら、必ずあの男の子を助けるだろうから。国が決めた法よりも、自分の信念をつらぬき通す。その心根を、カーラもまた受けいでいるんだ。

「法なんて関係ないです――」

 落ち着き始めた場に、はらんだ声が聞こえてくる。

「――あの商人は弱者をしいたげる悪。生きてる価値なんてありません」

 今のはアイヴィーの声か?

 俺が視線を戻すと、なんとアイヴィーが杖をかかげて魔法を使おうとしていた。そのねらいは、明らかにあの商人だ。

「ちょ、アイヴィー!? 何をする気!?

 アイヴィーのりよくに気付いたデュエラがおどろいている。それはカーラも同じで、二人は彼女を止めようとアイヴィーに掴みかかった。

「ダメだってば! こんな人の多い場所で魔法を使うなんて、あなたにはまだ早いから!!

「止めないでくださいっ。ああやって法をたてに弱い人達をにじる悪人を、わたしは許せないんです!!

 アイヴィーから杖をうばおうとして、三人は取っ組み合いに発展してしまう。

 しかし、その間にも彼女の杖には魔力が集まっていく。このままだと、魔法が暴走して周りにがいおよぶこともありえるぞ。

「仕方ない!」

 俺は杖を抜いて、最大限までりよくを絞った〝破砕シントリヴイ〟を放った。その光の玉はアイヴィーの指先をはたき、彼女の手から杖をはじき飛ばした。

「痛っ!」

「えっ。今のは〝破砕シントリヴイ〟? 誰が!?

 周りをわたすカーラの視界に入らないように、俺は雑踏へと身をかくした。なんとか見つからずに済んだけど、まさかこんな事態に発展するとは夢にも思わなかったな。公園はもうえらいさわぎだぞ。

「でも、アイヴィーには驚いたな……」

 あの子にあんなこうげきてきな一面があるなんて意外だった。どもらずにつうしやべれていたし、なんだか人が変わったみたいだったな。

 ギルドでの自己しようかいで、悪人のいない平和な国を作りたいとは言っていたけど、今回のはいくらなんでもやり過ぎだろ。さすがに殺しちゃまずいでしょ……。

 騒ぎを聞きつけて、いよいよ王国兵が集まり始めた。カーラ達には悪いけど、俺は一足先に退散しよう。娘に悪い虫がついていないとわかって安心したし、長居は無用だ。

 しかし、カーラには困ったもんだ。友達とイベントに遊びに行くなら、そう言ってくれればよかったのに。

「……」

 公園を出ようとした時、俺は足を止めた。どうにも煮え切らないモヤモヤが残っていたためだ。

「カーラの母親なら、どんな事情であれ、弱い者を見捨てることはしないよな」

 不意に、そばにあった露天商の商品に目がまる。そこには、様々なモンスターを可愛くデフォルメした仮面が並んでいた。

「娘のつらそうな顔なんて、親なら見たくはないもんな」

 俺は露天商からグレムリンのお面をこうにゆうした。



「このガキ、仲間の居所を吐かんかっ」

「ひいぃっ! や、やめてっ」

 公園からやや離れた路地裏では、商人がその取り巻きらしい男達と共に、捕まえた男の子をあしにしていた。

 まったく酷い光景だ。公の場で裁くのならまだしも、こんな人気のない場所に連れ込んで追い込むとは。金貸し連中の取り立ての方がいくぶんマシだぜ。

だん。こんなやり方じゃこのガキ吐きませんぜ」

「そのようだな」

「こういう後先考えないガキは、しっかりと心と体をしつけておく必要がありますぜ」

「うむ。仕方あるまい!」

 取り巻きの一人がポケットからナイフを取り出した。それを見るや、男の子は顔を真っ青にしてしまう。

「大人をめるとどうなるか、しっかり覚えて帰ってくれよ?」

「や、やめて。誰か助けてっ!」

盗人ぬすつとのガキを助けるような聖人がいるかよ、ボケがぁっ!!

 取り巻きがナイフを振り上げた。

 そのしゆんかん、俺は〝破砕シントリヴイ〟を放ってナイフの刀身を打ちくだいた。

「なっ!?

 商人も取り巻きも、とつぜんのことに口を開けている。そこにさつそうと飛び出す俺。もちろん奴らの目はこっちにくぎけとなるが、顔は仮面で隠しているから問題なしだ。

「な、なんだ貴様はっ!?

「いいとしした大人が子ども一人に寄ってたかってとはよぉ。仮にも玩具おもちやを扱うなら、子どもの悪戯いたずらくらい少しは大目に見たらどうだ!?

「悪戯で済むか! こっちは売り物を盗まれとるんだぞ!!

「……ま、そう言われると返す言葉もない」

 がいしやは商人で、加害者は子ども――この構図は厳然たる事実。くつがえることはない。でも、やり方が気に食わねぇんだよ。

「なんなんだ貴様は!? おかしな仮面をつけよってからにっ」

「俺か? 俺は通りすがりの――」

 わざわざなおに名乗る必要もないんだけどな。せっかく名前を聞いてくれたんだし、適当にその場しのぎのめいを名乗っておくか。

「――グレムリン仮面だ!!

 ……ヒュウゥと風がいた気がする。確実にすべったな。

「馬鹿にしおって! お前達、片付けてしまえっ」

 小悪党の定番とも取れるセリフを吐きながら、商人が取り巻きをけしかけてきた。

 俺と奴らまでの距離は実に10メートル以上――この距離を魔導士ウイザード相手にナイフ一本で向かってくるなんて、命知らずもいいところだ。

「風の悪戯。土のぎやくしゆう。カルエルの投石――〝石礫ペトラ!!

 俺はできるだけ小声でじゆもんを唱えて、つぶての魔法を放った。建物のいしかべからいくつも小さなかたまりが欠け落ちて、いつせいに取り巻きへと向かっていく。礫に打ち付けられた奴らは、せいだいにすっ転んでくれた。

「お、お前達っ!?

「さて、どうする旦那。この件をれいに忘れて今まで通りへいおんに暮らすか、ごうじようを張り続けてせっかくの店をつぶすか。好きな方を選んでくださいや」

「待てっ! わかった、この子どもからは手を引く!!

「よろしい。では、解散!」

「ひいいぃぃっ!!

「ま、待ってくれ旦那ぁぁぁっ」

 商人を追いかけて、取り巻き連中もあわただしく逃げ出していく。

 マジで教科書にっていそうなほどの小物ムーブだな。ああはなりたくないもんだ。

「た、助けてくれてありがとう……」

「おう」

 男の子がふるえながら俺を見ている。

 いきなり変なお面をつけた男が乱入して、商人どもを魔法でぶっ飛ばしたんだ。おびえられても仕方ないな。でも、言うべきことは言っておこう。

「おい、ぞう

「はいっ!?

「これから毒にも薬にもならないつまらねぇ正論言うけど、とりあえず聞け」

「はい……」

「盗みはよくない。ああいうこわい目にうからな」

「……」

「とは言え、その日暮らしの子どもに正論言って帰るだけじゃ、ぜんもいいとこだ。だからお前にもできそうな仕事を教えてやる」

「本当!?

「食うに困ってんなら、えんとつそう人にでもなれ。王都はえんとつのある家も多いから、小柄な体格の奴は案外重宝される」

「ぼくにもできる?」

「たぶんな。とりあえずギルドを探して、親方に入りするところからかな。きついだろうが、金をもらいながら絶景をながめる仕事も悪くないと思うぜ」

「オジサンもやったことあるの?」

「ん? まぁごくひん時代に少しな。便所のみ取り人よりはマシだったなぁ」

「……ありがとう」

 男の子が笑った。良い顔で笑うじゃないか。俺はついついその表情にカーラを重ねてしまった。

「じゃあな、小僧」

 格好つけてきびすを返した直後――

「ありがとう、グレムリン仮面!!

 ――そう呼ばれて、思わずコケるところだった。とっさに名乗ったとは言え、もう少しマシな名前にすればよかった。



 その後、ギルドに戻ったおれにはかみなりが落ちた。

 書類整理の仕事をサボったと思われて――事実そうなのだが――、スターとレイブンに激詰めされた後――主にスターからだけど――、俺は心身ともにヘロヘロになって家路につくことになった。

 すぐにでもベッドにたおれ込みたい――そう思って家に入ったところで、事件は起こった。

「お帰りなさい、カルエル」

「あえっ!? た、ただいま……」

 腕を組んで頬を膨らませているカーラを見て、俺はまた何か彼女をおこらせるようなことをしたのかと思った。

「今日、どこにいたの?」

「どこにって……今までずっとギルドだよ」

「本当?」

 カーラがいぶかしそうな視線を送ってくる。俺がギルドをサボってしぼられたことは、この子はまだ知らないはず。どうしてこんなに怒っているんだ?

「今日、王立公園でちょっとした事件があったんです」

 その話を聞いて、俺はギクリとした。こうはカーラに気付かれないようにしんちようを期したはずだが、バレていたのか!?

「カルエル、私と同じ時間に公園にいたでしょ!?

 うわぁ! バレてる!!

「そ、そんなわけないだろ。ずっとギルドで書類整理だよっ」

うそ! あの時、あなたの魔力を感じたんだから間違いないです!!

 ……しまった。魔力は個人で異なるから、知っている相手の魔力だとすぐにわかっちまうんだった。基本的なことを忘れていた……。

「もしかして私のことを尾行していたんですか!?

「ち、違うよっ」

「じゃあどうして公園にいたんです。しかも、こっそり私達を助けるようなまでして」

「それは……っ」

 男ができたのかと思って、心配になって後をつけていました――なんて口がけても言えるわけがない。どうする? どうやってこの危機を乗り切る!?

「説明してもらいましょうか、カルエル」

 カーラが怖い顔でめ寄ってくる。今のこの子にうかつなことを言おうものなら、家から追い出されかねないぞ!

「……っ」

 かくなる上は……!

「これを買うためにギルドを抜け出してたんだよっ!!

 言いながら、俺はグレムリンのお面をカーラに差し出した。

「えっ。これを?」

「あの公園の露天商でしか売ってないしろものらしいから! キモ可愛い物が好きなカーラが気に入ると思って!! そしたらあんな場にそうぐうして……あそこで顔を合わせたら、ギルドから抜け出したことがバレて角が立つかなと……っ」

 ……苦しいかな? 苦しいよな。言い訳ミスったよなぁ!?

「あ、ありがと」

「えっ」

「私が買おうとした時には、もう売り切れていたやつです。……貰っておきます」

 そう言うと、カーラは俺からお面を取り上げた。

 せき! カーラのしゆぐうぜんハマったおかげで助かった!!

「善行した人を怒ったりなんてしませんよ。助けてくれてありがとう、カルエル」

 カーラはずかしいのか、お面を被りながら礼を伝えてくれた。

 ありがとう――たったそれだけの一言で、俺はこの数日の苦労がむくわれた気がした。まさに魔法の言葉だ。

 おれたち、少しはきよが近づいたかな……?