時計が六時を回ると、大時計の鐘の音がホールに鳴り
「みんな、今日もご苦労様でした」
窓から赤い夕日が差し込む中、ホールでハーリーンからの
いくつになっても美女に褒められるのは嬉しい。もっと褒めてくれ、
「カルエル」
「はいっ!?」
いきなり名前を呼ばれて驚いた。
「明日、事務員候補の女性が何名か面接に来ます。早ければ、数日中には魔法の修行に集中できるようになりますから、安心してください」
「そ、それは……助かります」
今日はことごとくハーリーンに考えを読まれてしまっているな。俺ってそんなに思ったことが顔に出るタイプだったっけ?
「デュエラもアイヴィーも、ありがとう。助かりました」
「いいえ。実に興味深い経験をさせていただきました!」
「わわ、わたしも、いろんな人とお話ができてその、良かったでつっ」
その
今日の夜番はハーリーンなので、それ以外のギルドメンバーはこれで上がりだ。でも、今ホールを見渡してみると、カーラの姿がない。どこ行った?
「カーラなら今日はすでに上がっていますよ」
「えっ。そうなんすか?」
「聞いていないのですか?」
「はい……」
時間があるなら、俺の修行に付き合ってくれればいいのに。ここ数日は一緒にいることも少ないし、父親としては寂しい限りだ。……父親だとは明かしていないけど。
「では、僕はお
「わわ、わたしもっ! お師匠様のところへ行ってきますっ」
デュエラとアイヴィーは
他の
「あれ?」
気付けば、ハーリーンもすでにホールから姿を消していた。
奥にある応接室へ向き直ると、扉の
「ごくり」
なんだか緊張してきたな。
夜の応接室……ギルドメンバーは他にいない……男女二人きりの密室……これはもしや大人の展開的なものでは……!? 心労のたたるギルド生活を経て、俺もついに理想の
「さぁ、ソファーに
「はい!」
俺は自分でも驚くほど
「定時過ぎに呼び立ててしまってごめんなさいね」
「いえいえっ!」
ハーリーンがテーブルを
ローブの際どいスリットから覗く
「カルエル――」
ハーリーンの
「――まずはこれを見ていただきたいの」
彼女が机の上を指先で叩くと、綺麗な羊皮紙がその場に
「なんです、これは?」
「裁判所からの出頭
「はい?」
慣れない事務仕事のし過ぎで耳がおかしくなったのかな。裁判所からの出頭要請って聞こえたような気がするけど。
「裁判所からの出頭要請よ」
「……」
「裁判所からの出頭要請よ」
「なんでだよっ!?」
ハーリーンに三度も言われて、俺は目の前の書類が裁判所からの出頭要請だと
よくよく見れば、マジで法務局と王都裁判所の
「なな、な、なんすかこれぇっ!?」
大人の展開を期待するドキドキ感から一転、ひりつく現実に戻された。なんで俺が裁判所に出頭しなきゃならないんだ? 俺が何かしたか? ……色々と心当たりがあるから、原因が
「あなた、
「うっ!」
……
「今朝、ギルド管理局から通達がありました。借金の
「うぐぐ……っ」
まさか借金の件での呼び出しだったとは。アホなことを考えていた一分前までの俺が馬鹿みたいだ。いや、20万アープも借金している時点で馬鹿なんだが。しかも、ほとんど
どうする? というか、どうなる? もしかして、借金を滞納し続けるような不届き者はギルドに置けない、みたいな話なんじゃ。となるとクビ? やべぇ、どうしよう。嫌な
「ごご、ごめ、ごめん、ハーリーン。ちょっと色々と複雑な事情があってこないだ貰った20万アープはえっとその――」
「落ち着いて、カルエル」
ハーリーンが笑っている。
「いや、でも、これ……っ」
「出頭要請については、わたくしの権限で
「はい?」
「20万アープの借金も、わたくしが
「えぇっ!?」
「ここにお呼びしたのは、もう
「~~~~っ!!」
「ふふっ」
ハーリーンの悪戯っぽい
「ひ、人が悪いぜ、ハーリーン……」
「各所に筋を通して裁判に
「いやいや! むしろ感謝してます。ありがとうございます!!」
「以前にも申し上げた通り、我々の最終目的は
「それはそう。まったくその通り!」
彼女の魔王討伐への
「これからも困った時は、何なりとわたくしに相談してくださいね。あなたには期待しているのですから」
「……」
「どうしました?」
ハーリーンは俺が相談を持ち掛ければ、本当に何でも解決してくれるだろう。でも、それでいいのか? 俺は自分を変えようと心に決めたのに、彼女の
「……決めた。今回の20万アープは貸しにしといてくれませんかね。甘やかされてばかりじゃ、立派な
「あら。気になさることないのに」
「格好つけさせてもらいますよ。
「わかりました。その道を歩き続けるあなたの背中を、わたくしも見守らせてもらいます」
ちょっと勢いで言っちゃったところもあるけど、なんとかなるよな? 20万アープは相当な額だけど、このギルドで大成できれば返済が難しい額じゃない。俺ならきっとなんとかなるさ! やってやるぞ!!
「……話は以上です。お帰りいただいて結構ですよ」
「あ、はい」
あまりにもあっさり退室を
「……」
「どうしました、カルエル?」
考えてみたら、この人は長らくカーラと
でも、そんなセンシティブなことを当人の
「カーラのことが気になりますか?」
「えっ」
またこの人は、俺の心を読んだみたいに考えを言い当ててくる。でも、向こうから切り出してくれるのならありがたい。
「そりゃまぁ、気になりますよ。師匠ですから」
「彼女のことを知りたいですか?」
「そうっすね。あの子のことを知られれば、少しは
「わたくしがカーラと出会ったのは、今から四年ほど前。
四年前? アークカリヴァで? ひょんなことから? そのひょんなことを聞きたい。
「ハーリーンと出会う前のカーラってどんな感じだったんです? いや、ただなんとなく聞いただけですよ? 別に他意はないですよ?」
「普通の女の子でしたよ。ただ、複雑なご家庭だったようで、ちょっとしたゴタゴタもありましたけれど」
ちょっとしたゴタゴタ? なんだそりゃっ!?
「気になるなぁ。何ですそれ?」
「あの子の家系はとある貴族の
「? どうしたんすか?」
「これ以上はやめておきましょう。あまり人の過去を
「う……」
ま、そうだよな。ハーリーンからすれば、
「あの子のことをより知りたければ、あなた自身で
「俺が聞いたところで教えてくれますかね?」
「
「はぁ」
何を
「不安かしら?」
「それは……そうでしょ。俺とあの子で、一体いくつ歳が離れてると思ってるんです」
「日常生活で話だってするでしょう?」
「そうだけど、魔法の指導以外では俺のことは空気のように扱うというか……いつも素っ気ない態度なんすよね。向こうから話しかけてくれることもほとんどないし」
「あなたの方からもコミュニケーションを取ろうとしているのではなくて?」
「それはまぁ。事務や
「どんなことを?」
「魔法学の論文の
「プライベートでも勤勉なのはよろしいけれど、あなたはそれで良いのかしら」
「……良くないっすね」
今思い返してみると、俺は
「一息つく時間なのだし、もう少し軽めのお話をするのはいかが?」
「ぐ、具体的には!?」
「例えば、ご自分のことについてお話するのは? 経験豊富な大人の男性から得られる知識は、あの子にとっても
「俺のこと……」
あの子に興味を持ってもらえる俺の話って……何だ!? 賭博場での
「……ダメそうですね」
「そ、そうっすね」
あっ。今
「では、まずはあの子がどんなことに心を動かすのか、どんなものに興味があるのか、生活の中で観察するといいでしょう。何か
「あぁ、なるほど!」
「もうお行きなさい。少しでも一緒にいる時間を増やすことで、変わるものもきっとあります」
「ありがとう、ハーリーン」
俺はハーリーンの笑顔に見送られながら、応接室を後にした。
なんだか複雑な気持ちだな。俺なんかより、ハーリーンの方がよっぽどカーラのことをわかっているみたいだ。彼女はカーラにとって母親代わりの存在なのだろうか? そう考えると……すっげぇ複雑だ。
◇
俺がギルドを出て家に帰ったのは七時過ぎ。
家の中は真っ暗で、二階の部屋にもカーラは戻っていないようだった。
「今日は帰りが
帰宅後、俺はリビングでそわそわしながらカーラの帰りを待った。
まさか
もしや人さらいに? あの子をさらえたら普通の人間じゃないな。
よもや恋人……なんてことはないか。……ないよな?
「はっ。ないない。あるわけないって。あの子はまだ12だぞ。どこの世界に12やそこらで男遊びするような子がいるってんだ。……いないよな!?」
独りぶつぶつと
「きゃっ! ……びっくりしたぁ。
カーラが帰ってきた。彼女は大きな荷物を
「今日は帰りが遅かったな」
「は? 別にカルエルには関係ないでしょう」
「関係あるでしょ。俺、カーラの弟子だぞ? 一緒に魔法の修行とか――」
「私、依頼が
「む。それは……そうなんだけど」
「順調じゃないんですか?」
「魔法の習得の方は今のところ問題ないよ」
「なら引き続き習得に
「……なぁ、門限決めない?」
「はぁ? 仕事で
「そ、それもそうか」
「私、明日早いから先に休みますね。おやすみなさいっ」
そう言うと、カーラはそそくさと階段へと向かってしまう。
その時、彼女が抱えていた荷物が
「ああ、もうっ」
「カーラ!」
「はい?」
「その服は……!?」
「これですか? 私の私服ですけど」
「私服!? お前、そんな服着るのか!?」
「私も女の子なんですけど。こういう服着ちゃいけないんですか!?」
「いや、そういうつもりで言ったわけじゃ」
「私がどんな服を着ようが、カルエルには関係ないでしょ! おやすみなさいっ!!」
カーラはワンピースを拾い上げると、
あの
「明日、カーラは非番でギルドは休み。その前日にあんな服を買ってくるのは、どういう理由だ? まさか……!?」
女の子があんな服でめかし込むということは……いや。娘を信じよう。あの子に限って、ふしだらな生活を送るなんてことはあり得ない。
◇
次の日の朝。
俺がリビングに降りてきた頃には、カーラが
「あっ。カルエル、おはようございます!」
「お、おはよう」
この子が俺より早く下に降りているなんて
「カーラ、その服……」
見れば、カーラは昨夜のワンピースを身に着けていた。首には同じ
めちゃめかし込んでいるじゃないか!! これはデートか? デートなのか!?
「似合います? こういう格好、あまりしたことがないんですけど」
カーラが
似合っているよ。もちろん似合っている! だけど、悪い虫のためにそんな格好をしたのだと思うと、俺は
「それじゃ行ってきます。夕方には戻りますから、
「どこ行くんだ?」
「どこって……別にどこでもいいじゃないですか。私、今日は非番ですよ。プライベートをどう使おうとも自由ですよね?」
「ぐぬ……」
「お、俺との修行はどうするんだっ」
「昨日も言ったでしょう。魔導書で新しい魔法の習得を進めてください! 今のカルエルは、色々な魔法に
カーラは
独りぽつんと残された俺は、激しい
「悪い虫め……許さんっ」
◇
俺は王都の通りを歩いていた。
なぜこんな格好をしているのかと言えば、10
「カーラ、早まるな。12で交際はまだ早い。俺の故郷でも異性交遊なんて15を過ぎたあたりからだ。認めるわけにはいかんぞ!!」
庶民に
……それにしても、ずいぶん人の多い通りを歩いていくんだな。どこへ向かうのかと思っていると、道沿いに大きな公園が見えてきた。
公園では朝っぱらから花火が打ち上げられていて、
公園の入り口には、「建国五百周年記念・
しかし、こんなイベントに参加するためなら、あんな
人混みをすり
「悪い虫は許さん。事と
俺が
「おまたせー。おはよ!」
「おはよう。凄く可愛いコーデだね、カーラ」
あいつだ! 悪い虫発見! 俺は杖の
「こんなに人がいっぱいいるなんて思わなかった。びっくりしちゃった」
「
何がしてね~だ、この
カーラと親しそうに話す少年――もとい悪い虫は、生意気にも良質な
「――はまだ来てないの?」
「場所と時間は伝えたけど、まだ来てないね。どうする、まだ待つ?」
「あの子、人混みは苦手だって言っていたからね。通りの方にいるのかも」
「行ってみようか」
カーラは悪い虫と連れ立って公園を歩き始めた。
二人が手なんて
二人は屋台を
その時、二人に声を掛けてくる人物が現れた。
「ごご、ごめんなさいっ。人が多過ぎて、なかなか公園に入れなくてっ」
「もうっ。しっかりしてよ~」
「仕方ないよ。王都では一番大きな見本市だしね」
新しく合流したのは黒ぶち眼鏡を掛けた女の子だ。安物のチュニックを着て、
悪い虫とは違って、