第三章 魔導士達の日常
ギルド〈虹孔雀〉は早くも王都の人々に好評のようで、連日依頼が止むことはなかった。
普通、ギルドには依頼に備えて絶えず数人のメンバーが待機しているものだが、〈虹孔雀〉は前述の事情があって、終日ギルドに誰もいないなんてことも珍しくない。
しかし、それでは依頼者が来た時に困ってしまう。なので、俺とデュエラとアイヴィーの新米魔導士トリオが、修行の片手間に事務作業を対応するのだ。
魔導士としてこのギルドに加入したのに、なんでこんな仕事をしているんだと困惑する日々だが、これも下積みだと思って耐え忍ぶしかない。
ま、デュエラやアイヴィーみたいに窓口で依頼者に直接応対するよりマシか。俺は裏で書類整理の雑務だが、彼女達は慣れない受付業務を半ば強制的にやらされているわけだからな。たまに窓口でナンパしてくる男もいるようで、なかなかのストレスらしい。
ホールにある大時計が十二時を報せる鐘の音を鳴らした。
その瞬間、アイヴィーはカウンター席を飛び越え、大急ぎで入り口の扉に「現在昼休み・受付停止中」の看板を掛けに行った。
「はぁ~。ようやくお昼休みでつ……」
アイヴィーは疲弊した様子でカウンター席に戻ってくるや、机に突っ伏してしまった。
「本当、大繁盛というのも考えものですね……」
デュエラも同様に机へと突っ伏してしまう。
二人とも連日窓口をやらされてヘロヘロだな。
「はぁ。僕はこんなことをするために魔導士になったわけじゃないのに……」
「わわ、わたし、もっとお師匠様との修行の時間を、ふふ、増やしたいですっ」
「二人の気持ちもわかるよ。俺だってこんな紙切れを捌いてないで、修行に集中したいんだから」
ま、そうは言っても、今は俺達以外に手が空いている奴はいないんだけどな。
「早く事務員を雇ってほしいです」
「わたし、うう受付みたいなお仕事、性に合わないでつ」
なんだかここ数日、昼休みにはいつもこの二人の愚痴を聞いている気がする。年長者として何か助言でもしてやりたいとこだけど、俺はそんな大層な経験をしてきたわけでもないし、言葉に詰まるんだよな。若い女の子にうかつなこと言って引かれるのも嫌だし……。
「コーフィーでも淹れてやろうか?」
今日もこの魔法の言葉で、気まずい空気をごまかすとしよう。
「ハーリーンがエルヴンコーフィーを大量に仕入れてるから、高級コーフィーを飲み放題ってのが役得かもな」
「そういう役得はいらないです」
「ですですっ」
本当に二人ともお疲れだな……。
俺は奥にある給湯室へ入り、コーフィーを淹れる準備を始めた。淹れると言っても、俺はまだ他の魔導士みたいに魔法でササッと済ませることはできない。なので、地道に手作業でコーフィーを淹れることになるのだが――
「げっ。コーフィーの粉がもうない!」
――こういう時に困ってしまう。
ウチは魔導士オンリーギルドだけあって、コーフィー豆を挽くことすら魔法で行う。つまり、豆を挽く道具がないのだ。なんだか魔法に依存していくほど一般的な生活からかけ離れていく気もするが、効率の追求とはこういうものなんだろう。
さて。雑貨商にコーフィーミルを買いに行くのは面倒だが、あの二人の手前、コーフィーを出さないってわけにはいかない。こっそり買いに行くとするか……。
裏口へ向かおうとした時、ちょうど玄関側の扉が開いた。
「ただいま~!」
入ってきたのは、カーラとハーリーンだ。依頼を終えて戻ってきたのか。
「おかえり。依頼はどうだった?」
「完璧にこなしてきましたよ! ハーリーン様と一緒なんだから当然でしょう?」
くそぅ。カーラはハーリーンといる時はとにかく元気だ。俺の前ではここまでの笑顔を見せてくれないので、少々妬いてしまう。
「デュエラ、アイヴィー、お疲れ様! 午後からは私も受付を手伝うね!」
「本当? 助かるよ」
「わわ、わたし、午後からは、うう裏方に移っても、よいですかっ!?」
この三人、年が近いからか早くも打ち解けているな。カーラが加わってこの子達の会話が弾むと、年の離れ過ぎている俺にはなかなか辛い時間になるぞ……。
「カルエル。どこかへ出かけるつもりだったのですか?」
ハーリーンが話しかけてきた。
彼女みたいな絶世の美女から親しげに話しかけられると、今でもちょっと緊張してしまう。20万アープをふいにした件で負い目があるし。
「ちょっとコーフィーミルを買いに商店へ」
「コーフィーミルを? なぜです?」
「なぜって……」
ハーリーンのキョトンとした顔を見て、俺は魔導士としてまずい発言をしようとしている気がしてきた。魔導士の思考だと、コーフィー豆くらい魔法を使って挽けばいいじゃない、となるのが普通なわけで、今の俺の発想は異端なんだよな……。
「……な、なぜでしょう」
ギルドにスカウトしてくれた恩人を落胆させるようなことを言えるはずもなく、俺は不審な返答をしてしまった。すると、ハーリーンはニコリと微笑んでカーラを呼びつける。
「カーラ。コーフィーの粉が切れてしまったようです。豆を挽いてあげなさい」
「は~い」
足早に給湯室へと駆けていくカーラ。
俺が彼女を追いかけて給湯室に入った時には、コーフィー豆が空中に浮いて渦を作り、バラバラになっていくところだった。極小規模の風魔法を衝突させて豆を挽いているのか。しかも、挽かれた豆はサラサラと真下の容器へと落ちている。凄い緻密な魔力コントロールだ。今の俺がやったら、あれほど均等なサイズにはならないし、周囲に粉を撒き散らしてしまうに違いない。
「私がやると細挽きになっちゃうんですけど、別にいいですよね?」
「あ、はい」
カーラからコーフィー粉の詰まった容器を渡されて、俺は師匠という立場の重みを改めて実感した。マジで凄いな、我が娘は!
彼女は驚く俺をよそに、さっさとデュエラ達のもとへと戻ってしまう。……寂しい。
「カルエル」
「うわっ!」
突然、背後からハーリーンが話しかけてきた。
この人、いつの間に俺の背後に回ったんだ? まったく気付かなかった。
「心配せずとも、あなたもすぐに魔法でコーフィーを淹れることができるようになりますよ」
「さすが、ギルドマスターにはバレバレだったか……」
「気に病む必要はありません。日常生活で使う魔法は、戦闘で使う魔法よりもずっと緻密な魔力コントロールを要求されます。攻撃魔法に重点を置く魔導士ほど会得が難しくなるものですよ」
「そういうものなんすね」
「そういうものです。スターなんて、コーフィー豆を挽こうとして塵にしてしまうくらいですから。得手不得手というものは誰にでもあるものなのです」
「スターが……!?」
熟練魔導士のスターでもコーフィー豆は挽けないのか。俺が目の前でコーフィーを淹れてやったら、悔しい顔をしそうだな。
「でも、スターの前であまり自慢げにコーフィーを淹れるのは好ましくないわね?」
「ですよね……」
俺が何を考えているかなんて、ハーリーンにはお見通しか。
「魔力のコントロールはとても奥が深いものです。極めれば、他者の魔法に干渉できるほどの影響力を持つほどに」
「そんなに!?」
「そしてカーラと同様、あなたには優れた魔力コントロールの素養があるはず。魔力を自在に操作できるようになれば、あなたの秘める膨大な魔力量が一層強力な武器となるでしょう。精進なさい」
「は、はいっ!」
やっぱり俺はハーリーンに期待されているんだな。でも、カーラと同様って……まるでわかっていたみたいに言うなぁ。彼女くらいの魔導士になると、俺とカーラが同等の素養を持っていることなんてすぐにわかってしまうもんなのかな。
ハーリーンが艶っぽい笑みを浮かべている。……うん、惚れそう。
「そうそう――」
彼女は給湯室を立ち去ろうとした際、不意に耳打ちをしてきた。
「――ギルドの受付を閉じた後、応接室にいらしてください」
「え? え? な、なぜっ!?」
「たまには殿方と二人きりでお話したいのです。ダメかしら?」
「いいえ! ぜひともっ! お願いいたしますっ!!」
「では、その時にまた」
ハーリーンは俺にウインクするや、給湯室から出ていった。
正直言って、とても良い匂いだった。
◇