第二章 魔導士カルエルの産声
記念すべき魔導士活動一日目。
俺は魔装と称される魔導士の正装とでも言うべき服を着て、ギルドへと向かった。もちろん師匠のカーラも一緒だ。
「なかなか似合っているじゃないですか」
「そうか?」
「昨日までのくたびれた格好よりずっと素敵ですよ。今後は見た目にも気を使ってくださいね!」
「へいへい」
「はいは一回で!」
「へい」
「はい!」
「……はい」
早速、カーラが小言を言ってくる。
今まで見た目に気を使う余裕のなかった俺には、なかなかにハードルの高い要求だ。だけど、ギルドから支給された服は案外悪くない。
少々窮屈なシャツに、小奇麗なベスト。ポケットが多く機能的で動きやすいズボン。飛んだり跳ねたりしても安定感のある頑丈なブーツ。そして、ギルド〈虹孔雀〉のシンボル――派手な鳥の紋様――が刺繍されたマント。
魔法の修行を始める前から、もうちょっとした魔導士気分だ。
「でも、何か一つ足りない気がするんだが」
「足りない、ですか?」
「杖」
「あー。杖ですか」
俺はまだ杖を貰っていない。実戦向きの魔法を操る魔導士と言えば、杖なくして語れないだろう。現に、カーラもハーリーンも立派な杖を持っている。てっきり魔装と一緒に渡されるものだと思っていたのに……。
「魔導士の杖は特別なんです。剣士の武装と違って、気軽にお店で買えるものじゃありませんから」
「そういえば、魔導士の杖が売られているのは見たことないな」
「杖は基本的に特注品なんです。魔導士の魔力に合わせた素材から作る必要があるので」
「魔力に合わせた素材?」
「人の指紋や馬の鼻紋のように魔力も個人で異なります。そして、魔力によって合う素材、合わない素材というのもあるわけです」
「へぇ~」
「ある程度習熟した魔導士なら、魔力を感じただけで個人を特定できますよ」
シモンとかビモンが何のことだかわからないが、とにかく俺の魔力に合った素材から杖を作る必要があるってことか。つまり杖の製作はこれからということ。どんな杖を作ることになるのか、ちょっと楽しみだな!
「カーラの持ってるような杖でヒュヒュンと魔法を使うのって、格好いいよな。俺も早く魔法を使いたいよ!」
「あなたに適した魔法の杖が私と同じワンド型とは限りませんよ」
「ワンド型?」
「魔導士の使う杖は、大きく分けてワンド型、ロッド型、スタッフ型、シガー型の四つがあります。人によって杖の相性があるんですよ」
「そりゃ知らなかった」
「ワンド型は、私が持っているような30㎝程度の棒状の杖です。軽くて携帯しやすいので、魔導士の多くはこれを使っていますね」
「たしかに一緒に仕事したことのある魔導士は、みんなそのサイズの杖を使ってたな」
「ロッド型は、少々重量感のある片手持ちの杖です。性能はワンド型と大差ないですが、拡張性が高いので魔力補正の素材を組み合わせる人もいますね。あと、緊急時に鈍器として使えなくもないです」
「魔導士が杖で殴るってのはちょっとね……」
「スタッフ型は、重厚感のある両手持ちの杖です。重いです」
「……それだけ?」
「偉い人が権威を示すために持つものという側面が強いので、実用性はあまりないんですよね。私みたいに小柄だと、持ち運ぶだけでも大変ですし」
「軽装の利点がなくなるもんな」
「最後にシガー型ですが、これはちょっと特殊です。葉巻くらいのサイズでとても小さいのですが、高出力に最適化された杖で、威力重視の魔法を連発できる利点があります」
「その特殊な杖じゃないと魔法の連発ってできないの?」
「できないことはないですが、お勧めしません。他の杖だと、あまり負荷を掛け過ぎると杖の方が耐えられずに砕け散ってしまうこともあるんです」
「なるほどねぇ。まさに戦闘向けって感じの杖だな。その杖を作ってもらえば、俺でもギルドのエースになれるかな?」
「高出力の一方で、日常生活ではまったく使えませんよ。戦闘特化の魔導士になるつもりなら良いでしょうけど」
「せっかく魔法を覚えるのに、戦闘特化に縛っちまうのは勿体ないな」
「何にせよ玄人向けの杖なので、新米魔導士のあなたには使いこなせないと思います。シガー型はギルドの仲間に使っている人がいるので、興味があるなら見せてもらうといいですよ」
「……考えとく」
魔法の杖ってのは思いのほか種類があったんだなぁ。剣士時代にはまったく意識しなかったけど、使う魔法や戦い方で得物に相性ができるってのは、ある意味で剣士にも通じるところがある。
杖の話でカーラと盛り上がるさなか、賭博場の看板が目に留まる。
心惹かれたが、隣を歩くカーラの手前、そんなものに興味があると知られないように振る舞わないと。娘の前だと思えばちゃんと自制心の利く俺、まだまだ捨てたもんじゃない。
「ラルフさ――じゃなかった、カルエルは今日ギルドのメンバーと初顔合わせです。一応、私の弟子なんですから無作法はしないでくださいね!」
「はいはい。わかってますよ、お師匠」
「はいは一回で!」
「……はい」
小言がうるさいところ、やっぱり彼女に似ているな。
◇
ギルド〈虹孔雀〉の建物が見えてきた。オープン間もないからか、それとも女魔導士ばかりのギルドに興味を引かれてか、玄関前は多くの人でごった返していた。
「依頼はもう受け付けてるのか?」
「数を絞ってですけど、一昨日から受け付けているそうです」
「魔導士への依頼ってのは、やっぱりモンスター討伐系が多いのか?」
「そうですね。でも、探し物の探索とか行方不明者の捜索、あとは都で開かれている魔法教室への臨時講師なんかもあったりしますよ」
「俺の知ってるギルドとは大違いだな。基本、モンスター討伐とか要人護衛とかそんなんばっかだったのに」
「魔導士オンリーギルドですから、魔法で出来ることなら何でもやるっていうハーリーン様の方針なんです」
戦闘から日常生活に至るまで、人々の助けになりたいってことか。ハーリーンは俺が想像する以上に出来た人間みたいだな。
「失礼しま~す」
俺達は玄関前の人混みを掻き分けて、ギルドの敷居をまたいだ。ギルドのホールにはすでに何人もの魔導士の姿がある。
「これで全員揃いましたね」
「あの、もしかして私達、遅れちゃいましたか……?」
「いいえ。時間通りですよ」
ニコリと笑うハーリーンは、相変わらず美しい。
ホールの中央に立つハーリーンと、その周りに集まる魔導士達――俺とカーラを含めて、その数は十四人ほど。俺以外に男は一人だけで、メンバーのほとんどが女だ。魔装はそれぞれ個性的だが、共通して俺と同じ〈虹孔雀〉のシンボルが刺繍されたマントを羽織っている。
「なんだ、男かよ。しかもオッサンじゃん」
突然、俺を揶揄するような声が聞こえてきた。
「仕方ないでしょ。別にウチのギルド、男子禁制ってわけじゃないのよ」
「気に入らないなぁ。いきなり野郎が交ざったら士気が乱れない?」
「大丈夫よ。ハーリーン様がお認めになった人だもの」
「ハーリーン様が!? なら……」
俺のことを冷めた目で見つめる赤毛の女と、それをたしなめるような青髪の女。二人ともオープン日にギルド前で見た顔だな。
顔合わせは最初が肝心。舐められないように強気に出ておくか。
「初めまして。新米魔導士のカルエルと申します! 元剣士で、以前は冒険者ギルド〈猿鬼道〉に所属してました。王都での活動期間はそこそこ長いので、酒の美味い店や良心的な質屋など紹介できます!!」
〈猿鬼道〉の名前を出せば、とりあえず舐められることはないだろ。王都にあるギルドの中でもけっこう知られているからな。
「聞いてねぇよ。つーかなんで剣士のオッサンが魔導士に転向したんだ?」
「そんなツンツンしないであげましょ」
「どうせ絡むことねぇし、構わないだろ」
「もうっ」
……すでに舐められている。特に赤毛の女からの敵愾心が凄い。
「カーラの一番弟子として、今後魔導士の道を邁進していく所存です。今は素人同然ですが、すぐに追いつきますのでどうぞよろしく!!」
言いながら、ちらりと赤毛の女に視線を送った。すると、視線に気付いた彼女がムッとした顔になる。
「おい! 今のあたいに言ったのか、オッサン!?」
「まぁまぁ。立派な所信表明じゃない」
足手まといにはならないよって意味だったんだが、怒ることかよ……。
「はい、そこまで!」
その時、ハーリーンが手のひらを叩いた。全員の意識が彼女へと向き、ホールはシンと静まり返る。さすがギルドマスターだけあって凄い求心力だな。
「スター。カルエルはこれから共に魔王討伐を目指して切磋琢磨する仲間なのですから、仲良くしてあげてくださいね」
「わ、わかってますって!」
「レイブンも、何かあればスターとカルエルの間を取り持ってあげてください」
「承知しました!」
今の会話でわかったことは、赤毛の女がスターで、青髪の女がレイブンという名前だということ。さらに、二人ともハーリーンからそれなりに信頼されている立場らしいってことだ。
舐められるのは気に入らないが、俺も一応仲良くできるように努力しよう。
「けっ」
……無理かも。
「さて、この度〈虹孔雀〉は王都での活動をスタートさせました。これも結成から今までギルドを支えてくれたみんなのおかげです。当面は王都の主流ギルドを目指して、新たな仲間を募っていきます。今日は新規メンバーである三名の新米魔導士を紹介しますね」
俺以外にも二人、新しく加わった奴がいるのか。しかも同じく新米魔導士とは。
「まずは一人目。先ほど自己紹介いただいたカルエル。彼は元剣士という異色の経歴ですが、素晴らしい素質があったためギルドに加わっていただきました」
「……改めて、どうぞよろしく」
「彼の師匠にはカーラが就きます。頑張ってね」
ハーリーンの励ましの言葉を受けて、カーラが恥ずかしそうに微笑んでいる。
「二人目。彼の隣の子から自己紹介お願いね」
俺の隣……?
顔を傾けてみて初めて気付いたが、いつの間にか俺の隣には人がいた。
それは橙黄色の髪を三つ編みにした物憂げな少女だった。暗い色合いのローブを纏う姿はとにかく地味。丸眼鏡を掛けた大人しげな雰囲気もあって、魔導士のイメージがまったく湧かない子だ。
しかし、解せない点がある。俺と同じ新米のくせに、彼女はしっかり杖を持っているじゃないか。しかも、それは魔導士と聞けば誰もが想像するであろう典型的な樫の杖。ロッド型ってやつだ。
「わ、わわ、わたしは、パメラ・アイズリンと申しまつっ」
……噛んだな。
「落ち着いて、パメラ。魔導名を名乗ってね?」
「あっ! ご、ごご、ごめんなさひっ!」
今の本名だったのか。この子、あがり症なのかずいぶんテンパっているな。
「わた、わたたしは、アイヴィー、と名乗ることに、ししましたっ。ゆ、夢は、悪人のいない平和な国を、つ、作ることですっ。頑張りまつっ」
「ありがとう、アイヴィー。彼女の師匠にはレイブンが就きます」
パメラ――もといアイヴィーは、恥ずかしそうにうつむいてしまった。こんな内気な子が魔導士なんてやっていけるのかねぇ?
「三人目の子。自己紹介お願いね」
ハーリーンが次に視線を向けたのは、俺と同じくベストとズボンの魔装を身に着けた黄緑色の髪の少年。
年齢は若く、まだ十代っぽく見える。中性的で端正な顔立ちをしていることから、さぞや女にモテたんだろうなぁ。……別に嫉妬しているわけじゃねぇけど。
「僕はデュエラ。ハーリーン様のご厚意にあずかり、〈虹孔雀〉に加わることができました。魔王を倒すという大きな目標にぜひ協力させてください。世界平和のために僕の力を必ず役立ててみせます!」
「期待しています、デュエラ。彼女の師匠はスターです」
正義感溢れる好青年ってやつか。一番俺が近寄りたくないタイプの人種だな。とは言え、女ばかりの職場はすこぶる居心地が悪いから、一人でも同性がいてくれて助かった。
……ん? 待てよ。今、彼女って言ったか? 彼女って……まさかこいつ、女なのっ!?
「デュエラ。アイヴィー。カルエル。今後ともよろしくお願いしますね」
「はい!」
「は、はひっ」
「……」
「カルエル?」
「……はい」
世の中は広い。男装の令嬢なんて初めて見た。
しかし困った。女だらけのギルドで立ち振る舞いをミスったら、速攻で孤立するぞ俺。
「むぅ~。アイヴィーもデュエラも素質ありそう。他の新人さんに負けないでくださいね、カルエル!」
「……はい」
師匠の視線が痛い。
◇
新人紹介の後、既存メンバーの紹介が行われた。
ハーリーンとカーラとはすでに面識があるが、他の連中は実質、初顔合わせだ。そんな中、特に印象に残ったのは次の二人。
まずは赤毛の女、スター。
なぜか俺に敵意を剥き出しにしていて、メンバー紹介の間ずっと睨まれていた。まだまともに話すらしていないのに、早くも嫌われたらしい。
服装の方も一癖あって、魔導士とは思えないほど露出した姿に嫌でも視線が誘われてしまう。マントを羽織っているとは言え、身に着けたベストは胸元が際どく開いており、太ももを露わにしたホットパンツ姿。こんなけしからん魔導士がいるとは……。
「見てんじゃねぇよ、オッサン」
次に青髪の女、レイブン。
スターとは親しい仲らしく、俺に対して毒づく彼女をなだめていた。ギルドのオープン日、拡声石でマイクパフォーマンスをしていたのはこの女だ。
スターほどじゃないが、彼女も他の魔導士に比べるとやはり露出度が高い。ローブの丈は膝より高い位置にあり、短いスカートのように見える。膝上まで伸びたソックスと相まって、露わになった太もも――俗に言う絶対領域――が悩ましい。しかも、胸はテントのように張っていることもあって……でっかい。
「カーラちゃんとは上手くやれている? 年頃の女の子は扱い注意よ」
スターとレイブンは揃って新人二人の師匠でもある。カーラは彼女達に対抗してか、その弟子に負けないように俺を焚きつけてきたが、正直張り合うつもりはない。
そもそも俺は、アイヴィーやデュエラと違って、真っ当な動機でギルドに加入したわけじゃない。非常に個人的な理由で加入を決めた俺には、平和な国を作りたいとか、世界平和のためとか、高尚な目標を掲げる彼女達が眩し過ぎてまともに向き合えないのだ。
既存メンバーの紹介を終えた後、俺達はいったん解散となった。
初日から予想を上回る依頼件数だったため、メンバーの大半が事務作業に追われているらしい。近々、事務員を雇うとのことだが、ギルドにとっては嬉しい誤算ってやつか。
そんな忙しない中、ハーリーンから初めての指示を受けた。
「カルエルとデュエラはまだ杖を持っていませんね。二人とも杖職人のお店に行ってきてください」
「杖職人? そこで杖を作ってもらえるのか!」
……いかん。年甲斐もなく興奮してしまった。そのせいでギルドメンバーから変な目で見られてしまっている。
「あ。し、しかしですねハーリーン。俺、今ちょっと持ち合わせが……」
「杖の購入費はギルドが負担します。すでに何度かお世話になっているお店ですから、わたくしの名前を出せばツケてもらえますよ」
「それは……よかった」
マジでよかった。ハーリーンに先日受け取った20万アープのことを突っ込まれたら、どうしようかと思った。
「カーラ、スター。弟子達をお店に案内なさい」
「あたいもですか?」
「当然でしょう。あなた達の弟子の杖なのですよ」
「了解しました」
スターは不満げな顔をしている。その不満は十中八九この俺に対してのものだろうが、こっちだってお前と一緒に行動なんてしたくないっつーの。
「行きましょう、カルエル!」
「ああ」
カーラに先導され、俺は裏口からギルドを出た。後にはデュエラとスターが続く。
杖の製作を依頼しに行くだけだから揉めることはないだろうが、スターには要注意だな。こういう男勝りな女は、下手に刺激せずに放っておくのが賢明だ。悪態をつかれても極力無視することにしよう。
「カーラやデュエラの体に不用意に触れたら、その腕へし折るからなオッサン!」
「触れるかよっ」
……無理かも。これからのギルド生活、忍耐力が付きそうだ。
◇
カーラとスターに案内された店は、裏通りの一角にあった。
玄関先から灯りが漏れているので人はいるようだが、本当に開店しているのか怪しいほどに古びた建物だな。華のある若い女魔導士達が、こんなじめじめとしたカビ臭い店を重宝しているなんて信じ難い……。
「入るよ、ゴード」
スターが入り口の扉を開くと、鈴の音がカラカラと鳴り響いた。
「……なんだここ」
俺は思わず口に出してしまった。
天井からは小さなランプが吊り下げられており、狭い室内を照らし出している。床にはそこかしこに箱が散乱し、ほとんど足の踏み場もない。カウンターの奥には隣の部屋に通じる扉が見えるが、客が訪ねてきても店員が一向に姿を現さないなんてどうなってんだ?
「おいっ! ゴード!!」
スターの声が店内に響き渡る。ゴード、というのがこの店の主の名前のようだが……。
「もしかして留守なんじゃないか?」
「話しかけんな。あの引きこもりが店から出るわけねぇんだよ」
もう少し言い方ってもんがあるだろうがっ。俺、口の悪い女嫌い……。
「ちっ。あの野郎、仕事に集中してて気付いてないか、面倒くさがってスルーしてやがるな」
スターは苛立ちを隠そうともせず、足元に散乱する箱を蹴飛ばしながらカウンターへと向かった。なんて荒々しい性格……そんなんじゃ嫁の貰い手が見つからないぞ。
「おいっ! さっさと顔出しな、ゴードッ!!」
彼女はカウンターの天板を叩きながら、さらに大きな声で店主を呼びつけ始めた。そんな態度で店主に追い出されたらどうするんだよ……。
少しして奥から物音が聞こえてきた。俺が視線を向けるのと同時に、ドアノブが回って扉が開く。中から出てきたのは――
「やっぱりてめぇかっ! ちったぁ静かにできねぇのか、赤毛!!」
――ずんぐりと太った、背の小さな髭もじゃオヤジだった。
もしかしてこいつ、ドワーフじゃないか? 体型に似つかわしくない筋骨隆々の体をしているし、目つきも悪い。伝え聞く典型的なドワーフの容姿だ。
ドワーフと言えば、好んで山岳やら渓谷やらで暮らしているらしいが、そんな種族が人里に――しかもこんな都会にいるなんて驚きだな。
「あんたがさっさと出てこないからだろ」
「わしゃ、礼儀を知らねぇ奴ぁ嫌いなんだ! 特に騒がしい女はなぁ!!」
「差別してんじゃねぇよ! どんな客も平等に扱いなっ」
「ハーリーンならまだしも、おめぇのような小娘が客だぁ~? 売る方も相手を選ぶ権利あるわいっ!!」
「んだとぉ~~!!」
おいおい。顔を合わせて早々に喧嘩をおっぱじめるとか、勘弁してくれよ。
「ちっ。あんたと言い合うのは時の無駄だね。さっさと用件を伝えるよ」
「ふんっ」
スターは後ろで唖然とするデュエラの肩に手を回し、カウンターの前へと引っ張り出した。言動だけでなく、弟子への扱いもなかなかに雑。俺、カーラが師匠でよかった。
「あたいの弟子のデュエラだ。よろしくしてやってよ!」
「ふん。お前さん、こんなのが師匠になっちまって運が悪いな」
「おいっ!!」
「やかましい。そっちのもさっさと紹介しな」
髭もじゃオヤジはデュエラから視線を切るや、今度は俺に睨みを利かせてきた。
強面だけあって、なかなかに威圧感のある眼力だ。ま、賭博場の用心棒どもでこういう圧には慣れているけどな。
「俺は――」
「この人は私の弟子のカルエルです。ぜひとも素敵な杖を作ってあげてくださいね、ゴードさん!」
自己紹介しようと思ったら、カーラに遮られてしまった。
「お前さんもハーリーンとこの新人かい」
「あー。カルエルです。どうぞよろしく」
目が合ったので軽く挨拶をしてみたけど、オヤジの俺を見る目は鋭くなる一方。初対面でこんなに睨まれたのは初めてじゃないか?
「……なるほど。面白い逸材を見つけたな」
「え?」
「お前さんに合う素材を探すのは骨が折れそうだ」
「俺に合う素材? それって杖の素材のことだよな?」
「そうだ」
カーラが魔導士の杖は魔力に合わせた素材で作るって言っていたな。俺が天才魔導士だから、素材も希少品でなけりゃならないってことか。なんだか特別感があっていいじゃないか!
「別件も立て込んでんだ。さっさと素材選びを済ましちまうぞ!」
オヤジが唐突にカウンターの天板を叩いた。何かと思ったら、一部の天板が落ちてカウンターを通れる道ができた。
「素材選びは奥の部屋でやる。ついてきな!」
「わかったよ。狭い部屋でそんなにがなりたてないでくれ……」
「黄緑! おめぇもだよ、さっさときやがれってんだ!!」
「は、はいっ!!」
黄緑って、デュエラのことか? 名前を紹介されたのに髪の毛の色で呼ぶって……。
「カルエル! 素直に自分に合った素材を選べばいいんですからねっ。頑張って!」
カーラ……礼儀正しく育ってよかった。
「デュエラ! オッサンに何かされそうになったら大声で叫ぶんだよ!」
スター……俺をなんだと思ってやがる。
奥の部屋に案内されて、早速驚いた。どうせさっきの部屋のように散らかっているんだろうと思っていたら、まったくの逆――何もない。
「素材選びって、何もないじゃないか」
「ですね。とっても綺麗な部屋」
率直な意見を口にした俺とデュエラを、ゴードが睨んでくる。
「新米にはわからんだろうが、わしも魔導士の端くれだ。この部屋には隠遁の魔法が施されてんだよ」
「隠遁の魔法?」
「物品や書物なんかを侵入者の目からごまかすためのもんだ。単純に隠してあるだけだが、魔法を知らない奴には効果大よ」
「なるほど。泥棒対策ってわけか」
俺は手探りで部屋の中を歩いてみた。
「……? 何もないぞ」
窓際まで何かにぶつかることなく行けてしまった。てっきり家具なんかが透明になっているものと思ったが、違うのか?
「ふんっ。お前さん、まったく魔法の知識がないようだな」
「わ、悪かったな」
ゴードは部屋の中心まで行くと、急に地団太を踏み始めた。すると、床板にまるで波紋のような波が起こった。その波は部屋の四隅まで行き渡り、突如として何もなかったところに工具の置かれた机や書物の並んだ棚が現れ始める。
「うおおっ。す、すげぇ!」
「そこまで驚いてくれると、こっちも気分がいいな」
ギルドでもハーリーンが何もないところからポットやカップを出していたが、こんな魔法は序の口ってことか。
「お前さん、誕生月は?」
「俺?」
「そうだ」
「……えぇと、鼠の月だったかな」
「うろ覚えか。確かなんだろうな?」
「誰も祝ってくれないもんでね。たぶん間違いないよ」
ゴードは本棚から小汚い冊子を一冊取り出した。
「黄緑! お前の誕生月は?」
「僕は牛の月です。牛の月の14の日」
「鼠に牛か。お前ら相性悪そうだな」
「はは……」
次に、ゴードはまた別の冊子を取り出した。
「なんだいそりゃ?」
「十二使の文献だ。魔導士の性質は生まれた月によって傾向が異なるからな。まずは先人の知恵から当たりをつけて、より相性の良い素材に絞る」
「ふぅん」
生まれた月によって性質が違うってことは、特に優れた魔導士が生まれる月ってのもあるのかねぇ。何も知らなきゃ鼠の月なんてしょぼい月としか思わないけど。
それからすぐにゴードは文献と睨めっこを始めた。
こういう堅物そうな男に途中で突っ込むと、怒鳴り散らしてくるのが経験則。当人が本を閉じるまでは声を掛けないのが賢明だな。
どうやらデュエラもそのことは察しているようだ。
「なんだか緊張しますね」
「そうか?」
「カルエルさん、図太いですね」
「年の功かな」
三十数年も生きると、酸いも甘いも堪能しているからな。デュエラはまだ十代っぽいし、そういう点では俺の方が断然先輩だ。
「……なぁ、デュエラ」
「なんですか?」
「さっきゴードが言ってた俺達の相性が悪いってどういう意味だかわかるか?」
「ああ、そのことですか。きっと十二使の伝承のことだと思います」
「十二使の伝承って?」
「鼠の天使が牛の天使を騙して、神様の席次一位になったという話です。ご存じありません?」
「初めて聞いたよ」
「グラングレイル王国の北部に伝わる古い言い伝えです」
「ふぅん。……もしかしてそれって常識?」
「どうかなぁ。マイナーと言えばマイナーなお話ですけど」
雑談で時間を潰していると、突然、ゴードが本を閉じた。
「よし。行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「素材選びだ!」
ゴードが部屋の隅で屈み込んだ。そして、おもむろに床板を叩く。渦のような勢いのある波紋が見えた直後、なんとその場に地下への階段が現れた。
「まだ隠してるものがあったのかよ」
「覚えておきな。魔導士は、二手も三手も先を見据えて準備しておくもんだ。いかなる時も隙を見せないのが真の魔導士なんだよ」
そう言って早々、ゴードは地下へと降りて行ってしまった。
「勉強になるよ」
「……ですね」
◇
階段を下りて行くと、鍛冶道具らしい物が並べられた地下室に出た。
机の上には酒瓶と一緒に火のついたランプが置かれており、室内はにわかに明るい。ゴードはさっきまで地下にいたから店頭に出てくるのが遅れたんだな。
「何も触るなよ」
「はいはい」
ゴードは隅に並んだ宝箱の一つを開いた。大柄な男がすっぽり入りそうなくらいでかい箱の中に、様々な素材が詰め込まれている。
彼は俺とデュエラを手招きし、机の上にいくつか素材を並べた。デュエラの前には、黄土色の木片や赤色の石の欠片、緑色の古木のような物が。俺の前には、ガラス瓶の破片や水晶玉の欠片、それに明らかに鉄や青銅とわかる金属片ばかりが置かれている。
「これって本当に杖の素材なのか?」
「そうだ」
「俺、魔導士の杖って木材で出来てるもんだとばかり思ってたけど」
「例外はある」
「俺の杖は例外ってことか?」
「さぁな」
「さぁなって……」
心配になってきたぞ。このオヤジ、もしかして素材の余り物をあてがっているんじゃないだろうな?
「二人とも並べた素材から適当に選びな」
この中から選んだ物が素材になるわけか。一見、ゴミにすら見えるが――うん。やっぱりゴミにしか見えない。こんな中から選んで、本当に良い杖なんて出来るのかよ?
「あの、では、僕はこれを……」
デュエラが選んだのは緑色の古木だった。彼女はその古木を指先でつまんで、まじまじと見つめている。
「トネリコの枝を選んだか。魔法適性は高いようだな」
「本当ですか!?」
「スターの下で修行すれば、いい魔導士になれるだろう。あいつは粗暴に見えて、根は真面目で教育熱心だからな」
「ありがとうございます! 頑張りますっ!!」
上昇志向の強い若者は熱量も高いなぁ。
さて、俺の方は一体どれを選ぶのが正解なんだか。
「……」
「早く選べ」
「……」
「さっさと選べ」
「……」
「もたもたするな」
「うるせぇな!!」
真面目に悩んでいるのにゴードが水を差してくる。素材選びは重要だろうに、なんで考えさせてくれないんだ!?
「考えるな、感じろ。素直にこれだと思った方を選べばいい」
「んなこと言ったって、ガラス片に金属片……こう言うのもなんだけど、どれもゴミじゃねぇか!」
「あくまで素材だ。杖を製作する過程でどうにでもなる」
「そうかもしれんけどさぁ」
「肝心なのは選ぶこと。適当とは言ったが、魔導士の選択は己や世界の運命に関わるほど重要なものになり得る。しっかり勘で選べ!」
「わかったよ……」
しっかり勘で選べってなんだよ。そこはしっかり考えて選べじゃないのか? ……もういい、わかった。マジで適当に選んでやるよ!
俺は目をつむって、目の前の素材を混ぜ合わせた。そして、人差し指で適当に机の上を突く。指先が素材に触れた瞬間、それを弾き飛ばしてしまう感覚があった。ハッとして目を開いてみると、少し離れたところで金属同士がぶつかるような音が聞こえた。
「あ、あれ……?」
俺の指先は机をつついていた。うっかり素材を弾いてどこかに飛ばしちまったみたいだ。
……ヤバい。こういった粗相をすると、ゴードみたいなオヤジは理不尽に怒るもんだ。
「なるほどな」
「え?」
「この偶然も、あるいは必然なのかもな」
ゴードは金細工が並べられた棚に向き直っている。よくよく見てみると、棚に並ぶ金細工のうち一つだけが不自然に倒れているのが目についた。
もしかして、あれって俺の指が弾いた素材が当たって倒れたのか?
「没落した貴族から代金代わりに巻き上げたもんだが、使うことはないと思っていた。だが、お前がこいつを選んだのなら、素材として使わないわけにゃいかんわな」
「ど、どういうこと? それってゴールドなのか?」
「これはオリハルコンだ。持ち主の魔力が100%の純度で伝わる、魔法の杖としては最高峰の素材だな」
「そんな良い物で俺の杖を作ってくれるのか?」
「そうだ」
「マジで!?」
「二度言わせる気か」
机の上にあるしょぼい素材を見た時はどうしようかと思ったが、なんだかんだ俺の運も馬鹿にできないな! ハーリーンの目に留まるし、娘には再会できるし、俺はマジで栄光のロードを歩み始めたのかもしれない。うひょーっ!
「……」
デュエラの視線を感じる。さては俺の選んだ素材を見て嫉妬しているな?
「悪く思うなよ、デュエラ。これも運命ってやつだ」
「はぁ」
なんだかデュエラのトーンが低い。
「あの……オリハルコンってとても希少で、王都にもなかなか流通しない素材だと聞いたことがあります。そこにある分で、杖の素材に足りるのでしょうか……?」
「なんだとぉっ!?」
たしかに棚にあるオリハルコン細工は、子どもの手のひらに載る程度の分量しかない。
「ゴード、まさか素材が足りなくて杖が作れないなんてオチはないよな!?」
「わしはプロだぞ。しっかりお前に合った杖を作ってやるわ! ……たぶんな」
「たぶん!? 今、たぶんって言ったっ!?」
いきなり先行きが不安になった。
◇
杖の素材選びから一週間が経った。
杖がなければ魔導士として活動もできないので、俺はギルドで雑用をこなしている。討伐系、指導系、探索系など、依頼内容によって依頼書を仕分けする作業だ。この一週間、そればかりでカーラに魔法の指導などまったくしてもらっていない。
『杖が出来るまでは初心者向けの魔導書を読んで、魔法の基礎を学んでください。何事もまずは理論から!』
それがカーラ先生からのありがたいお言葉。
しかし、剣も魔法も、基礎が退屈でつまらないのは同じだな。さっさと座学は終えて、実際に魔法を使う訓練に入りたいもんだ。
そう思って日々を過ごしていた時、スターから声を掛けられた。実に一週間ぶりに彼女の声を聞いたな。
「ゴードが、杖が出来たから取りに来いってよ。たしかに伝えたからな」
「わかった」
「ちっ」
……うわ。舌打ちされた。むしろ舌打ちしたいのはこっちだってぇの! だけど、これでようやく本格的な修行に入れそうだ。
俺は依頼書のチェックをしていたカーラに断りを入れて、ゴードの店へと向かった。店に入って早々、ゴードから布に巻かれた細長い品物を投げ渡される。
「お前の杖だ」
「これが!? 思ったより長い杖になったんだな」
「それがお前の個性をもっとも引き出せる魔法の杖だと判断した」
「へへっ。長くたって構いやしないさ! これで俺も魔導士の第一歩を……」
布を剥ぎ取ってみると驚いた。俺が受け取ったのは、魔法の杖というよりも――
「ただのロングソードじゃねぇか!!」
――どう見ても鉄製の剣にしか見えない代物だった。
鍔こそないが、しっかりとした握りのある柄。刃渡り70㎝程度の両刃の剣身。俺の目がおかしくなけりゃ、これは間違いなく剣だ。しかも、オリハルコンはどこに使われているんだ? 見た目も重さも、そこらの武器屋で売っている安物の剣と変わらないぞ!?
「なぁゴード。これ、どこからどう見ても剣だよな?」
「そう見えるが、それは魔法の杖だ」
「ん? 刃引きしてあるのか?」