断章 ラルフ・クリプトケントの略歴
俺が暮らすグラングレイル王国は、俺の36歳の誕生日にちょうど建国五百年を迎えた。
数週間前からお祭りムードは高まっていたが、五百周年当日はもう凄い騒ぎだった。時計塔の針が零時を指した瞬間、王都中の教会が馬鹿みたいに鐘を鳴らしまくり、大通りでは王国が輩出した歴代の英雄に扮した連中が行進を始めた。行進の列には魔導士も紛れていて、奴らの魔法が周年記念のイベントをド派手に盛り上げた。
夜の通りを照らす街灯には、普段よりもひと際まばゆい光球が灯され。通りを行進する人々の頭上には、まるで彼らを誘導するかのように流星と見紛う光線が飛び交い。極めつけは、夜空で七色の光が花火のように爆発し続ける演出――あの光景は、こんな俺でも頭に焼き付いて離れないほど美しく壮大に思えた。
イベントを演出したのは王立魔導士機関の魔導士らしいが、戦闘以外でも人の役に立つ奴は凄いなと心底思ったもんだ。同時に、モンスターと戦わなくても金が貰えるなんて羨ましいな、とも。
そんな素晴らしい建国五百年目のイベントのさなか、俺はどうしていたか? 冒険者パーティーをクビになってヤケ酒を飲んでいた。魔導士の豪勢な演出は、その時に酒場の窓から見えたってわけだ。
ま、ヤケ酒は初めてのことじゃない。俺がヤケ酒を飲るのは、パーティーをクビになるのとセットみたいなもんだ。
五百周年の数日前、パーティーのリーダーから理不尽な批判をされて、口論の末にクビにされちまった。俺のせいで仲間の魔導士が怪我をしたのが発端だった。たしかに俺がかばい切れなかったのは事実だが、こっちもモンスターとの連戦ですでに疲れ切っていたんだ。とっさに動けなくても仕方ないじゃないか。
似たようなことは過去にもあった。俺が弱いからだとか、才能がないからだとか、誰もが毎回同じことを言って最後には俺をクビにする。そんなこと言われなくてもわかっているんだよ。わかっているけど、他に潰しが利かねぇから冒険者なんて危ない仕事やってんだ。
……過去を思い起こすと愚痴ばかり。
昔はこんなんじゃなかった。こんな俺も、若い頃は夢と希望に満ちていたんだ。
最初に剣を握ったのは12歳の頃。村をゴブリンの集団が襲ってきた時、幼馴染を守るために大人に交じって戦ったんだ。
必至で戦った結果、俺はゴブリンを三匹も仕留めた。
初めて握った剣で――しかも初の実戦でゴブリン三匹討伐はなかなかに凄い。村の大人達が俺を褒めちぎったせいで、俺は自分が天才で、もしや伝説の勇者の生まれ変わりなんじゃないかとすら思った。幼馴染も俺のことを素敵だと言ってキスまでしてくれた。
……その幼馴染は、数年後に別の奴と結婚したけどな。
ゴブリン襲撃後すぐ、俺は村を出て冒険者になった。明らかに増長していたが、最初は上手くいっていたんだ。
難関と言われる冒険者ギルドの審査を合格し、正式に冒険者となった。ライバルと呼べる奴らとも出会い、互いに切磋琢磨して剣術を磨いた。そんなライバル達とパーティーを組んで、モンスター相手に八面六臂の大活躍。……ってのはちょっと盛り過ぎか。
ダンジョン攻略にも挑戦して、最奥の宝をゲットしたことだってある。
でも、いつまでも順風満帆とはいかない。
ある時、俺を除いたパーティーメンバーが全滅した。何年も共に戦った仲間の死に俺は酷く堪えて、しばらく引きこもるほどだった。けど、冒険しなけりゃ食っていけない。
俺は国やギルドを渡り歩きつつ、新しいパーティーにも加入したが、まったく活躍できなかった。周りには過去の全滅体験が原因で調子が出ないと思ってもらえたが、それが原因じゃないことは俺にはわかっていた。魔王の影響からか、日々強くなるモンスターを前に、俺の実力は頭打ちだったんだ。
冒険者なんて成果至上主義だから、次第に俺は役立たずの烙印を押されていった。けど、反骨精神が残っていた俺は折れずに冒険者を続けた。
そんな時、彼女と出会った。
…………。
それから色々あって、俺はすっかりしょぼくれちまった。
危険な仕事は避けるようになり、しょぼいパーティーに入ってはしょぼい結果を残すことで、なんとか冒険者の体を保つだけ。でも、たまに失敗してはクビになり、また別のパーティーに加わる日々の繰り返し。
歳を取って得たのは、富でも名声でもなかった。日増しに酒の量は増え、博打まで覚えて、自分の芯が腐っていく確信。かつて見ていた夢と希望はすっかり悲観と諦念に変わっちまった。
だけど、それから数年経った今、俺は再起のチャンスを得た。
俺に魔導士の才能があるのなら、新たな分野でやり直してやろうじゃないか。もしも大成したなら、今まで俺をあざ笑った連中を見返すこともできる。……思い出したくもない過去とだって向き合う勇気が湧く。
俺は、俺をやり直す。
新たな未来をこの手で開き、失ってしまった夢と希望を取り戻すんだ。そのためにも、越えねばならない最初の難関がある。
カーラと向き合え。もうあの子を生意気なガキだとは思わない。
でもなぁ。今さらどのツラ下げて父親を名乗れる? ただの弟子と師匠としてやっていくしか、俺に選択肢なんてありゃしない。
第二の人生を歩むと決めた矢先にこの様よ……。
このままじゃダメだ。変えよう。変わろう。変わるんだ。ギルド〈虹孔雀〉の魔導士として相応しい男になる。
俺の魔導名はカルエル。
いつか過去を乗り越えるという気持ちを忘れぬために、この名を名乗ろう。