思わず身構えてしまった俺に、彼女は
「今すぐギルドの中へどうぞ」
……なんだか
ギルドの建物に押し込まれた俺は、人気のないホールで
窓の外では、ギルドのパフォーマンスが続いている。取り
「おい! 誰もいないなら帰るぞ!?」
無人のホールに声が
……帰るか。
「待って」
俺が
宝石のように
もしやこの女がギルドマスター?
「いつの間に……」
「初めからここにいましたよ」
「
「本当です。あなたが扉を開いて入ってくるのも見ていました」
「いやいや! 絶対に誰もいなかったぞ!?」
女は
「
「なんだって?」
「あなた、なぜ
「へ?」
「見たところ前衛職の経験者とお見受けします。
「ちょ」
「よその冒険者ギルドに登録されていますか? 魔法に興味はおあり?」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!」
なんだなんだ? この女、やぶからぼうに一体何を始めたんだ? いきなり質問が矢
「ごめんなさいね。類まれな
なんてにこやかな
「
「聞いたことあるよ。
「ご存じとは光栄ですわ」
「貴族のお
「色々と込み入った事情がありまして」
ハーリーンは
「ポットの中身はエルヴンコーフィーです。お砂糖は入れますか?」
「あ、いや。甘い物は苦手で……」
「そうですか。どうぞお
ハーリーンが俺にカップを
二人分のカップにコーフィーを注ぎ終えると、ポットはテーブルの上に戻った。
ハーリーンがカップを手に取るのを見て、俺もそれに
女性と二人きりでコーフィーを飲むなんて久しぶりだな。
「あなたのお名前を聞いていませんでしたね。ごめんなさい、わたくしったらそそっかしくて」
「俺の名前は……ラルフ・クリプトケントです」
「ラルフ様ですね。単刀直入に申し上げますが、
「俺が……
「ええ。我々〈
……
「ちょっと待って。なんで俺なんかを?」
「あなたは
「お、俺がぁっ!?」
「はい。魔力測定用の水晶玉を砕いたことがその証左です」
「待て待て待て待て! あれは何かの間違いだろ!?」
「間違いではありませんよ。水晶玉は触れた者の魔力量に反応する仕掛けが
「そ、それが本当なら、俺って
「もちろん。だからスカウトしているのです」
マジかよ。俺、天才
「いや、でも、もう遅いよ! 俺、今年で36だよ? そんな年齢から
「
「マジでか……」
天才ということは、ちょっと本気出せばグングン成長できるってことでいいんだろうか。だったらろくな成果が出せなかった
「俺にとって
「でしょう?」
「美味し過ぎて
そう、美味し過ぎる。もしやこれは新手の
過去、女に
「――ちょっと信用できないな」
「あら。わたくしの勧誘に何か裏があると?」
「俺みたいな底辺冒険者には出来過ぎてるよ。急に魔法の素質があるって言われてもにわかには信じ
「そんなにご自分を
「それは……その通りだけど」
「わたくし達と共に人生をリスタートいたしましょう。〈
なんて
いや、でも、そんな美味しい話がそうそうあるかよ!? 絶対新手の詐欺だろ、これ。
「そこまで言ってもらえて
「借金ですか。おいくらほど?」
「20万アープほど……」
「それはまた大金ですね――」
ハーリーンの表情が変わった。俺から金を引き出せないとわかって、いよいよ
「――ならば、そのお金を〈
「はい?」
ハーリーンが指を鳴らした直後、テーブルの上に突然、札束が落っこちてきた。見れば、なんと1000アープ札の束がいくつも卓上に積み重なっている。
「未来の偉大なる
「投資!? ……こ、これ、マジで
「もちろん。
「マジでぇーっ!?」
「マジですわ」
……。
「
「ふふふ。決断していただいて嬉しいわ」
ニコリと笑うハーリーンの顔に、俺はもうメロメロだ。考えてもみろ。こんな美女に手取り足取り魔法を教えてもらえるなら、絶対に上達するぞ! しかも、
うおおぉ……! クソみたいな俺の人生が、急に
「でも、あなたが師事するのはわたくしではなくてよ」
「あえ? そ、それはどういう……」
「前々から才能ある新人さんが入ってきたら、あの子に指導を任せようと思っていたのです」
「あの子? あの子って……どの子?」
その時、バァンと扉が開く音が聞こえた。入り口の扉は閉まったまま。今のは反対側にある裏口が開かれた音だ。
「ごめんなさい、ハーリーン様! うっかり
「あらあら。仕方のない子ですね。今日は
扉から入ってきたのは、まだあどけない顔つきの女の子だった。
「ごめんなさいごめんなさいっ! クビにしないでくださいっ」
「しませんよ。それよりこちらへいらっしゃい。あなたの
「弟子、ですか?」
ん? 弟子? 誰が弟子? もしかして……俺ぇぇっ!?
「ちょ、ハーリーンさん! まさか俺の
「ええ。あの子があなたを指導します」
開いた口が
「ハーリーンさん、あの子……歳は?」
「少し前、12歳になったばかりです。あの歳で
「……嘘だっ!!」
思わずテーブルを
いくらなんでも12歳の子どもがそんな凄い
俺の態度から言いたいことが伝わったのか、彼女はムッとした顔を見せた。
「嘘じゃないです! 私、本当に七門すべての魔法を使えるんですよ!?」
「とても信じられない!」
「あ、あなたこそ、いい歳した大人が今さら
「こ……このガキ!!」
出会いは最悪。それにたぶん
「さて。お二人とも、まずは
「……くっ。俺はラルフってんだ」
「私は教えてあげませんっ」
「おいっ」
「ふんだっ」
なんだこいつ! 目上の人間にこの態度……生意気なガキだなぁ。
「まったくもう。仕方のない子ですね」
「ハーリーンさん、本当にあの子を俺の師匠にするつもりですか?」
「もちろんです。彼女には必要なことですから」
「必要なこと?」
「ええ。彼女は
「
「国家事業に口を出せる程度かしら。主に魔法文化に関わる事業を主導したり、国内の
「そ、それってもしかしてけっこう凄くないですか……?」
「凄いですよ。ちなみに、公に活動している
……どっかの底辺冒険者の二百倍じゃねーか。
「思い知りましたか? 私、こう見えても凄いんですよ! 条件さえ満たせば、
「……その条件が弟子を指導すること、か」
「いいかげんになさい。早く名前を名乗って」
「は、はい……」
ハーリーンに
「私、カーラと申しますっ」
「カーラね」
「な、なんですか!? 何か文句あるんですか!?」
「別に文句なんてないよ……」
12歳――もといカーラは、
「互いの自己紹介は終わりましたし、今後の方針を決めましょう」
「方針ですか」
「ええ。
「効率かぁ……。俺、そういうの苦手なんですよ。なんと言うか、何にも
「そういうわけにも参りません。ラルフ様には、できるだけ早く実戦に参加できるようになっていただかないと」
「なぜそんな急ぐんです?」
「〈
「ま、魔王っ!?」
魔王って、世界
「でも、魔王はよその大陸で活動してるんですよね? こっちの大陸までは進出してこないんじゃ」
「奴は必ずやってきます。その日のために〈
「だったらギルドなんて作るより、
「
この人、本気で魔王と戦うつもりなんだ。ということは、俺もいずれ魔王と戦わされるのか? ……ちょっと勘弁してほしいな。
「いつ魔王が海を
「が、
プレッシャーかけてくれるなぁ。今まで低級モンスターばかり
「カーラ。人を教えることで、自分に足りないものが見えてくることもあります。彼を指導する
「はい……」
「彼を一人前に育てることができた
「はい!」
悲願? この子、何か明確な理由があって
「さて。では、今から二人は
「……」「……」
「仲良くしてくださいね?」
「はいっ」「はい!」
ハーリーンはニコリと笑った後、マントの下から紙切れを取り出した。それを放り投げると、すいーっと空中を滑りながらカーラのもとへ飛んでいく。
「これは?」
「今日からあなたの住む場所です。一年先まで家賃は払ってありますから、すぐにお
「え。でも私、ハーリーン様と
「あなたはもうわたくしの弟子は卒業したでしょう。今度はあなたが師となるのですから、独り立ちしないとね」
「は、はい……」
「個室も二人分ありますし、市場も近くて暮らすのに不便はないでしょう」
「はい。……え? 二人分?」
カーラがハッとして俺を見入った。その表情はすぐに俺を睨みつけるような厳しいものへと変わる。
「
「オジ……って、一緒に暮らす?」
「しかも今日会ったばかりの人とっ」
「ちょ、どういうことです!?」
この二人、さっきから俺を置いてきぼりにして話を進めているけど、一体何の話をしているんだ? 一緒に暮らすって……誰が誰と?
「
「えー」
「わたくしとあなたもそうだったでしょう?」
「うぅ~~」
「というわけで、カーラのことをよろしくお願いしますね。ラルフ様」
ハーリーンに急に振られて、俺は返す言葉もない。俺によろしくって何だよ。むしろ俺がよろしくされる側じゃないのか?
カーラの様子をうかがうと、彼女は頬を膨らませてそっぽを向いてしまっている。なんだか不安しかないんだが、こんなことで師弟関係が成立するのか? それ以前に、初対面の大人と子どもを一緒に暮らさせるって……。
「ラルフ様も今の住まいを引き払って、新しい住所に引っ越してくださいな。修行はそれからです。よろしいですね?」
俺、もしかしてとんでもないギルドに入っちまったんじゃ……?
◇
その後、カーラは俺に話しかけることもせずギルドを出て行ってしまった。
俺はと言うと、ハーリーンから貰った高そうな
雑踏に
引っ越しは明日中に終わらせて、明後日にはギルドに集まって他メンバーとの顔合わせ、ということになったわけだが……。それ以前に、30越えた男と12歳の女の子が急に一緒に住むことになるなんて、これ法的に
「いかん。あまりにも急激に
今まで独り身で暮らしてきて、今さら二人暮らしとか
「腹立たしい。まったくもって腹立たしいっ」
そんな折、賭博場の看板が見えた。
「あー……」
こんな時は賭け事に限る。勝てばムシャクシャした気持ちなんてすっ飛んで、気分爽快ってもんだ。
俺は20万アープ分の札束が詰まった鞄を抱えながら、賭博場へ突撃。モンスターの賭け試合で勝負に出たものの、勝利を疑わなかったモンスター達が
ごめん、
「……死のう」
◇
人生をやり直す。そのつもりで頑張っていた時期もあったが、どうも
今日だってそう。せっかく手に入れた20万アープも賭博場の
「痛ぅ。しこたま
ハーリーンと
鞄を
帰路についた時、一つ問題を思い出した。
俺は下宿先の家賃を四ヵ月も
「……この鞄、アルミラージ皮の製品だな。ふわふわした毛並みが
俺はそのまま質屋へ直行。アルミラージ皮の鞄は2000アープに生まれ変わった。
◇
翌日、俺は
鞄を売って得た2000アープは当然のこと、残していた
「はぁ。先が思いやられるぜ……」
快晴の下、地図を
「マジかよ……」
門扉を開くと、
敷石を渡った後、
「はい」
ガチャリと扉を開いたのはカーラだった。彼女は俺を見て早々、
「入ってもいいかい?」
「どうしたんです、その痣」
「大人には色々と複雑な事情があるんだよ」
「……どうぞ」
カーラが扉を開けてくれたので、俺は新居に足を
玄関の先はリビングになっていた。家具が置かれていないせいか、やたらと広く感じる。
「す、凄い家だな」
「二階には
「水洗!? 水洗って、水で流せる仕掛けのやつだよな!?」
「……そんなことで興奮しないでください。
年甲斐もなくはしゃいでしまったせいか、カーラに睨まれた。
会って間もない――しかも親子ほども年の離れた――男女がひとつ屋根の下で暮らすとなると、色々と問題が出てきそうだ。快適そうな反面、非常に
不意に、部屋の
「オジサンの荷物はこれから運び入れるんですか?」
「いや。俺の荷物はこの巾着袋だけだ」
「えっ。
「そんなもんねぇよ」
「……ちゃんと替えの服用意してくださいね。不潔は許しませんから」
またカーラから
「荷物運んでやろうか?」
「いいです」
「
「いいですってば!」
そんな露骨に
「人力で物を運ぶなんて時の無駄ですよ」
「へ?」
カーラは肩に背負っていたポーチから短めの杖を取り出すと、それを木箱に向かって振ってみせた。すると、いきなり木箱が浮き上がって階段へと動き始める。
「な、なんだありゃ!?」
「物質移動の魔法です。さっき始点と終点を結んでおいたので、あとは
「……便利なことで」
何を言っているのかさっぱりだが、魔法って日常生活でもマジで使えるな。こんな魔法を俺も使えるようになるのかと思うと、わくわくしてくる。
「あー。それでカーラ、魔法の修行っていつからするんだ?」
「明後日からですね。明日はギルドに顔出さなきゃですし、準備も色々あるから」
「何か今のうちに準備しておくものってあるか?」
「特には。替えの服でも買ってきておいてください」
「……あそう」
なんだか俺との温度差が凄い。こんな子どもが何の
「わかったよ。あとで一緒に市場へでも行くか?」
「私は自室の整理に時間が
「……」
なんだろうな、この見えない壁を感じさせる受け応えは。さっきから俺に背を向けて、本を読みながら話しているし……。もはや俺のことなど眼中にない感じだ。
そもそも俺の名前を知っているくせにオジサン呼ばわりって何だよ。師匠と弟子なんだから、名前で呼ばないのはおかしいだろ!
「なぁ、カーラ。俺の名前はラルフだ。名前で呼んでくれよ」
「そうでした、ラルフさんでしたね。次からそう呼びます」
カーラは
「あっ! そうだ。忘れてたっ」
思い出したようにカーラが独り言ちた。
「こんな物どうしろってんだ?」
「明日までに名前を決めておいてください」
「……カーラ先生さぁ。俺の名前はラルフってんだけど、そんなに覚えにくい名前かな?」
「何を言っているんですか。
「はぁ?」
「
「魔導名?」
「
「精霊に付きまとわれるって……なんだそりゃ」
「詳しくは後日っ! 魔導名は今日中に決めておいてくださいね。ギルドでは通常、そっちで呼び合いますから」
「あー……
適当に決めた別名があれば霊障に遭わないとか、よくわからんな。ま、そこらへんもぼちぼち教えてもらえるんだろうが……。
「そうだ。ってことは、カーラってのも
「偽名じゃありません。魔導名です!」
「本名は何て言うんだ?」
「なんで知りたがるんですか……」
カーラが
「嫌ならいいよ」
「まぁ、別に
「私の
「ダンバース?」
……
「? どうしたんです、オジ――じゃなかった、ラルフさん」
「あ、いや……」
「変な人っ」
カーラは階段を移動していく木箱の後について、二階へと上がって行ってしまった。
「……まさか……まさかだよな……」
ダンバース――その名を聞くのは何年ぶりだろうか。
俺の
『もしも生まれてくる子が男の子だったら――』
カルエルって名前にしよう。
『それじゃ、女の子だったら――』
ゾフィって名前はどうかな。
『楽しみね。どちらであっても、わたし
鮮やかな緑色の
カーラは、あまりにも彼女と
「信じられない……っ」
こんな俺でも、
「ハーリーンじゃない。奇跡のような出会いは、ゾフィ・リリンダ・ダンバース――あの子だったんだ」
信じられないことだが、俺の師匠は他人じゃなかった。十二年ぶりに再会した俺の