思わず身構えてしまった俺に、彼女はとうとつに耳打ちしてくる。

「今すぐギルドの中へどうぞ」

 ……なんだかみようなことになってきた。

 ギルドの建物に押し込まれた俺は、人気のないホールでほうに暮れていた。

 窓の外では、ギルドのパフォーマンスが続いている。取りえられた水晶玉は子どもが手を触れた瞬間にまばゆい光を放ち、女の子達と野次馬がせいだいはくしゆを送っていた。……俺の時とはおおちがいじゃないか。

「おい! 誰もいないなら帰るぞ!?

 無人のホールに声がひびわたる。おくに見える部屋のとびらからは誰も出てくる気配がない。

 ……帰るか。

「待って」

 俺がきびすを返した瞬間、女の声が聞こえた。り返ってみると、今さっきまで誰もいなかったホールに女の姿がある。

 宝石のようにきらめいて見える青いひとみむなもとまでびたくろかみ。体の線にぴったりな黒いローブ……エロい。そして、きようべんのような短い棒状のつえが、まるで剣のように腰のさやへと収まっている。ねんれいは二十代なかばあたりといったところか。すっげぇ美人だ。

 もしやこの女がギルドマスター?

「いつの間に……」

「初めからここにいましたよ」

うそつけ!」

「本当です。あなたが扉を開いて入ってくるのも見ていました」

「いやいや! 絶対に誰もいなかったぞ!?

 女はあごに手を当てて、俺の頭頂部からつま先までめるように見入ってくる。

せんざいりよくすさまじいですが、どうやらそれをあつかう術は身につけていないようですね」

「なんだって?」

「あなた、なぜ魔導士ウイザードの道を歩まなかったのですか?」

「へ?」

「見たところ前衛職の経験者とお見受けします。剣士フエンサー……ですね?」

「ちょ」

「よその冒険者ギルドに登録されていますか? 魔法に興味はおあり?」

「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!」

 なんだなんだ? この女、やぶからぼうに一体何を始めたんだ? いきなり質問が矢ぎ早に飛んできたぞ。

「ごめんなさいね。類まれな魔導士ウイザードの卵を目にして、つい興奮してしまって」

 なんてにこやかながおだこと。興奮したとか言っているが、俺には一言一句すべて冷静ちんちやくしやべっているように見えたぞ。

もうおくれました。わたくし、当ギルドのマスター、ハーリーン・エンジェルと申します」

「聞いたことあるよ。王立魔導士機関ロイヤルウイザーズにも所属してたしゆうさいだろ?」

「ご存じとは光栄ですわ」

「貴族のおえらがたにも顔がじよけつが、なんでまたギルドなんて……」

「色々と込み入った事情がありまして」

 ハーリーンはそばにあるに腰かけ、俺を手招きした。

 さそいに乗って対面の椅子にすわった瞬間、テーブルの上に突然ティーポットとティーカップが現れた。一体どこから出てきたんだ? いきなりたくじようからき上がってきたように見えたぞ。

「ポットの中身はエルヴンコーフィーです。お砂糖は入れますか?」

「あ、いや。甘い物は苦手で……」

「そうですか。どうぞおし上がりくださいな」

 ハーリーンが俺にカップをうながした直後、ひとりでにポットが浮いて俺のカップにコーフィーを注ぎ始めた。物体を動かす類の魔法か……便利だな。

 二人分のカップにコーフィーを注ぎ終えると、ポットはテーブルの上に戻った。

 ハーリーンがカップを手に取るのを見て、俺もそれにならう。彼女はニコリと笑ってカップに口をつけた。

 女性と二人きりでコーフィーを飲むなんて久しぶりだな。としもなくドキドキしてきた。

「あなたのお名前を聞いていませんでしたね。ごめんなさい、わたくしったらそそっかしくて」

「俺の名前は……ラルフ・クリプトケントです」

「ラルフ様ですね。単刀直入に申し上げますが、魔導士ウイザードになるつもりはありませんか?」

「俺が……魔導士ウイザードに?」

「ええ。我々〈ニジジヤク〉が全面的にバックアップいたします」

 ……おどろきだ。まさか長年剣士フエンサーとしてやってきた俺を、魔導士ウイザードとしてかんゆうしてくるなんて。

「ちょっと待って。なんで俺なんかを?」

「あなたは魔導士ウイザードとしててんの才があります」

「お、俺がぁっ!?

「はい。魔力測定用の水晶玉を砕いたことがその証左です」

「待て待て待て待て! あれは何かの間違いだろ!?

「間違いではありませんよ。水晶玉は触れた者の魔力量に反応する仕掛けがほどこされているのです。触れただけで粉々にするなんて生半可な魔力量の持ち主ではありません」

「そ、それが本当なら、俺ってすご魔導士ウイザードになれる?」

「もちろん。だからスカウトしているのです」

 マジかよ。俺、天才魔導士ウイザードだった? だとしたら、俺の二十年間の剣士フエンサー生活はなんだったんだ……。

「いや、でも、もう遅いよ! 俺、今年で36だよ? そんな年齢から魔導士ウイザードの修行を始めるやつなんていないだろ!?

魔導士ウイザードの修行は剣士フエンサーのそれとは異なります。魔導士ウイザードは人生の大半を知識の吸収と精神のたんれんついやすのです。時間と根気と才能さえあれば、誰もが魔導士ウイザードになれますよ」

「マジでか……」

 天才ということは、ちょっと本気出せばグングン成長できるってことでいいんだろうか。だったらろくな成果が出せなかった剣士フエンサーなんてやめて、魔導士ウイザードを始めた方が断然いい生活ができそうだ。しかも、このギルドが世話してくれるって言うならなおさら

「俺にとってしい話だな」

「でしょう?」

「美味し過ぎてこわいくらいだ――」

 そう、美味し過ぎる。もしやこれは新手のなのでは……?

 過去、女にだまされて有り金全部持っていかれた経験がある身としては、二つ返事でイエスとは言えない。しかも、美女からの誘いとなれば一層けいかいしてしまう。

「――ちょっと信用できないな」

「あら。わたくしの勧誘に何か裏があると?」

「俺みたいな底辺冒険者には出来過ぎてるよ。急に魔法の素質があるって言われてもにわかには信じがたいし、ずっと日の目を見なかったもんだから今さらって感じだし」

「そんなにご自分をなさらないで。人はいつでもやり直せます。暗い過去があったなら、ここから新たなキャリアをスタートさせればよろしいのではなくて?」

「それは……その通りだけど」

「わたくし達と共に人生をリスタートいたしましょう。〈ニジジヤク〉にはあなたをバックアップする人材も準備も十分に整っています。もしもあなたが望み、たゆまぬ努力を続けたならば、必ずやだいなる魔導士ウイザードへの道が開けるでしょう」

 なんてかんな言葉。俺がずっと望んでいて至れなかった栄光のロード(誰もが羨むウハウハ人生)が歩めるっていうのか? それが実現したなら、たしかに人生リスタートだ。

 いや、でも、そんな美味しい話がそうそうあるかよ!? 絶対新手の詐欺だろ、これ。

「そこまで言ってもらえてうれしいけど、俺は方々から借金かかえてて、首が回らないんだよ。素質があったとしても、借金取りに追いかけられてちゃ修行どころじゃない」

「借金ですか。おいくらほど?」

20万アープほど……」

「それはまた大金ですね――」

 ハーリーンの表情が変わった。俺から金を引き出せないとわかって、いよいよほんしようを出してくるか?

「――ならば、そのお金を〈ニジジヤク〉が負担しましょう」

「はい?」

 ハーリーンが指を鳴らした直後、テーブルの上に突然、札束が落っこちてきた。見れば、なんと1000アープ札の束がいくつも卓上に積み重なっている。

「未来の偉大なる魔導士ウイザードへの事前投資です」

「投資!? ……こ、これ、マジでもらっていいの?」

「もちろん。べつ、当面の生活費もえんじよしますわ」

「マジでぇーっ!?

「マジですわ」

 ……。

魔導士ウイザードになります! ギルドにも入ります!! 俺を一流の魔導士ウイザードにしてくださいっ!!

「ふふふ。決断していただいて嬉しいわ」

 ニコリと笑うハーリーンの顔に、俺はもうメロメロだ。考えてもみろ。こんな美女に手取り足取り魔法を教えてもらえるなら、絶対に上達するぞ! しかも、しゆぎようの過程であんなことやこんなことも……?

 うおおぉ……! クソみたいな俺の人生が、急にかがやいてきたぁ――っ!!

「でも、あなたが師事するのはわたくしではなくてよ」

「あえ? そ、それはどういう……」

「前々から才能ある新人さんが入ってきたら、あの子に指導を任せようと思っていたのです」

「あの子? あの子って……どの子?」

 その時、バァンと扉が開く音が聞こえた。入り口の扉は閉まったまま。今のは反対側にある裏口が開かれた音だ。

「ごめんなさい、ハーリーン様! うっかりぼうしちゃって……っ」

「あらあら。仕方のない子ですね。今日はえあるギルドオープン日だというのに」

 扉から入ってきたのは、まだあどけない顔つきの女の子だった。

 あざやかな緑色の瞳。しんのリボンを結んだうすべに色のかみたけの短めな黄白色のローブに、細いかたから背負ったポーチ。身長から察するに10歳くらいだろうか。ハーリーンに比べれば、色気も何もないあおくさむすめだ。

「ごめんなさいごめんなさいっ! クビにしないでくださいっ」

「しませんよ。それよりこちらへいらっしゃい。あなたのしようかいします」

「弟子、ですか?」

 ん? 弟子? 誰が弟子? もしかして……俺ぇぇっ!?

「ちょ、ハーリーンさん! まさか俺のしようって!?

「ええ。あの子があなたを指導します」

 開いた口がふさがらない。こんな子どもが師匠って……じようだんだろ?

「ハーリーンさん、あの子……歳は?」

「少し前、12歳になったばかりです。あの歳でれいせいほう学を修めていて、七門の属性魔法をすべて扱える天才ですよ」

「……嘘だっ!!

 思わずテーブルをたたいてしまった。

 いくらなんでも12歳の子どもがそんな凄い魔導士ウイザードなわけないだろ! どこからどう見ても魔導士ウイザードの格好をしただけの女の子じゃねーか!!

 俺の態度から言いたいことが伝わったのか、彼女はムッとした顔を見せた。

「嘘じゃないです! 私、本当に七門すべての魔法を使えるんですよ!?

「とても信じられない!」

「あ、あなたこそ、いい歳した大人が今さら魔導士ウイザードになろうなんて正気ですかっ!?

「こ……このガキ!!

 出会いは最悪。それにたぶんあいしようも。こんな師匠の下で、俺は本当に魔導士ウイザードになれるのか?

「さて。お二人とも、まずはたがいに自己しようかいをお願いします」

 にらみ合う俺と12歳の間で、ハーリーンがました顔で言う。

「……くっ。俺はラルフってんだ」

「私は教えてあげませんっ」

「おいっ」

「ふんだっ」

 なんだこいつ! 目上の人間にこの態度……生意気なガキだなぁ。

「まったくもう。仕方のない子ですね」

「ハーリーンさん、本当にあの子を俺の師匠にするつもりですか?」

「もちろんです。彼女には必要なことですから」

「必要なこと?」

「ええ。彼女は金等級魔導士ゴールドウイザードなのですが、次なる段階の白金等級プラチナに上がるためには、弟子を一人前にしなくてはならないのです」

金等級魔導士ゴールドウイザードってどのくらい凄いんです?」

「国家事業に口を出せる程度かしら。主に魔法文化に関わる事業を主導したり、国内の魔導士ウイザード育成指針を提言したり、ある程度の権限をあたえられています」

「そ、それってもしかしてけっこう凄くないですか……?」

「凄いですよ。ちなみに、公に活動している金等級魔導士ゴールドウイザードの平均年収は70万から80万くらいですね」

 ……どっかの底辺冒険者の二百倍じゃねーか。

「思い知りましたか? 私、こう見えても凄いんですよ! 条件さえ満たせば、白金等級プラチナ魔導士ウイザードだって夢じゃないんですからっ」

「……その条件が弟子を指導すること、か」

 まんするのはいいが、まずは名前を名乗れってんだ。こんなれい知らずの人間に育てるなんて、親の顔が見てみたいもんだな!

「いいかげんになさい。早く名前を名乗って」

「は、はい……」

 ハーリーンにおこられて、12歳はしゅんとしてしまった。やっぱりまだ子どもだな。

「私、カーラと申しますっ」

「カーラね」

「な、なんですか!? 何か文句あるんですか!?

「別に文句なんてないよ……」

 12歳――もといカーラは、ほおふくらませて怒っている。なんだかやりにくいなぁ。

「互いの自己紹介は終わりましたし、今後の方針を決めましょう」

「方針ですか」

「ええ。やみくもに修行を始めても時のです。効率よくいきましょう」

「効率かぁ……。俺、そういうの苦手なんですよ。なんと言うか、何にもしばられずに自由にやりたいっていうか」

「そういうわけにも参りません。ラルフ様には、できるだけ早く実戦に参加できるようになっていただかないと」

「なぜそんな急ぐんです?」

「〈ニジジヤク〉は来る未来、おうの討伐を果たすために結成したギルドですから」

「ま、魔王っ!?

 魔王って、世界せいふくたくらんでいるっていうあの魔王のことだよな? いかにもとぎばなしから出てきましたってくらい、わかりやすい悪の親玉……。たしか今はとなりの大陸でもうを振るっていると聞いたことがある。ハーリーンはそんな大物をねらっているのかよ!

「でも、魔王はよその大陸で活動してるんですよね? こっちの大陸までは進出してこないんじゃ」

「奴は必ずやってきます。その日のために〈ニジジヤク〉では多くの魔導士ウイザードを育てておきたいのです」

「だったらギルドなんて作るより、王立魔導士機関ロイヤルウイザーズに居た方が人材も豊富なんじゃ?」

王立魔導士機関ロイヤルウイザーズへいてきかんきようで、民間の魔導士ウイザードを育てたがらないのです。それでは魔王率いる悪の軍勢にたいこうするだけの戦力が育たない。わたくしは広く深く魔導士ウイザードを育てたいという理念のもと、かれらとたもとを分かったのです」

 この人、本気で魔王と戦うつもりなんだ。ということは、俺もいずれ魔王と戦わされるのか? ……ちょっと勘弁してほしいな。

「いつ魔王が海をえてこちらの大陸にしんこうしてくるかわかりません。ですので、ラルフ様にも可能な限り早く魔導士ウイザードとして大成してほしいのです」

「が、がんります……」

 プレッシャーかけてくれるなぁ。今まで低級モンスターばかりってきた俺には、魔王なんて別世界の存在だよ。

「カーラ。人を教えることで、自分に足りないものが見えてくることもあります。彼を指導するかたわら、自らの短所や不足を改めていきなさい」

「はい……」

「彼を一人前に育てることができたあかつきには、あなたは晴れて白金等級魔導士プラチナウイザードとして認められることでしょう。あなたの悲願のためにも、しようじんなさい」

「はい!」

 悲願? この子、何か明確な理由があって白金等級プラチナを目指しているのか。若者のじようしよう志向は凄いな。

「さて。では、今から二人はてい同士。仲良くしてくださいね」

「……」「……」

「仲良くしてくださいね?」

「はいっ」「はい!」

 ハーリーンはニコリと笑った後、マントの下から紙切れを取り出した。それを放り投げると、すいーっと空中を滑りながらカーラのもとへ飛んでいく。

「これは?」

「今日からあなたの住む場所です。一年先まで家賃は払ってありますから、すぐにおひつしなさい」

「え。でも私、ハーリーン様といつしよがいいです」

「あなたはもうわたくしの弟子は卒業したでしょう。今度はあなたが師となるのですから、独り立ちしないとね」

「は、はい……」

「個室も二人分ありますし、市場も近くて暮らすのに不便はないでしょう」

「はい。……え? 二人分?」

 カーラがハッとして俺を見入った。その表情はすぐに俺を睨みつけるような厳しいものへと変わる。

いやですっ! どうしてこんなオジサンと一緒に暮らさないといけないんですか!?

「オジ……って、一緒に暮らす?」

「しかも今日会ったばかりの人とっ」

「ちょ、どういうことです!?

 この二人、さっきから俺を置いてきぼりにして話を進めているけど、一体何の話をしているんだ? 一緒に暮らすって……誰が誰と?

魔導士ウイザードせんとうから日常生活に至るまで、見て聞いて話して感じて学ぶものです。ですから師弟は共同生活が基本。ひとつ屋根の下でしんしよく共にすることで、お互いを理解し、真に心通じ合う師弟関係を築きなさい」

「えー」

「わたくしとあなたもそうだったでしょう?」

「うぅ~~」

「というわけで、カーラのことをよろしくお願いしますね。ラルフ様」

 ハーリーンに急に振られて、俺は返す言葉もない。俺によろしくって何だよ。むしろ俺がよろしくされる側じゃないのか?

 カーラの様子をうかがうと、彼女は頬を膨らませてそっぽを向いてしまっている。なんだか不安しかないんだが、こんなことで師弟関係が成立するのか? それ以前に、初対面の大人と子どもを一緒に暮らさせるって……。

「ラルフ様も今の住まいを引き払って、新しい住所に引っ越してくださいな。修行はそれからです。よろしいですね?」

 俺、もしかしてとんでもないギルドに入っちまったんじゃ……?



 その後、カーラは俺に話しかけることもせずギルドを出て行ってしまった。

 俺はと言うと、ハーリーンから貰った高そうなかばんに1000アープ札の束をめ込んで、笑顔の彼女に裏口から送り出された。

 雑踏にまぎれて通りを歩くさなか、ごちゃごちゃと考えてしまう。

 引っ越しは明日中に終わらせて、明後日にはギルドに集まって他メンバーとの顔合わせ、ということになったわけだが……。それ以前に、30越えた男と12歳の女の子が急に一緒に住むことになるなんて、これ法的にだいじようなのか? しかも、12歳に手取り足取り魔法を教わるって……クソダサくないか?

「いかん。あまりにも急激にじようきようが動いて、頭の整理が追いつかん」

 今まで独り身で暮らしてきて、今さら二人暮らしとかめんどう過ぎる。しかも、それが二回りも年下の女の子……とても話が合うとは思えない。それにカーラのあの態度、すっげぇムカつく。

「腹立たしい。まったくもって腹立たしいっ」

 そんな折、賭博場の看板が見えた。

「あー……」

 こんな時は賭け事に限る。勝てばムシャクシャした気持ちなんてすっ飛んで、気分爽快ってもんだ。

 俺は20万アープ分の札束が詰まった鞄を抱えながら、賭博場へ突撃。モンスターの賭け試合で勝負に出たものの、勝利を疑わなかったモンスター達がのきみ負けてすっからかんになった。

 ごめん、たのむから誰か時間を巻きもどして。

「……死のう」



 人生をやり直す。そのつもりで頑張っていた時期もあったが、どうもおれは何事もくいかない。

 今日だってそう。せっかく手に入れた20万アープも賭博場のどうもとふところへと消えた。ヤケになって不正だ詐欺だとり散らしたところで、ごっつい用心棒にボコボコにされて路上へと放り出される始末。だっせぇなぁ、俺。

「痛ぅ。しこたまなぐりやがって」

 くちびるは切ったし、鼻血は出ているし、顔面あちこちズキズキする。こりゃひどあざができていそうだな。

 ハーリーンとせきのような出会いを果たして、救われたと思ったのもつか。俺の腕の中には空っぽの鞄だけが残った。

 鞄をいて立ち上がった時、あまりの軽さに罪悪感が込み上げてくる。あんなに重かった鞄がたった数時間で空っぽとは……。せっかくハーリーンが俺に投資してくれたのに、なんだこの様は。自制心の弱さに、マジで死にたくなってくる。……ガチで死のうとは思わないけど。

 帰路についた時、一つ問題を思い出した。

 俺は下宿先の家賃を四ヵ月もたいのうしている。このまま無一文で帰っても、部屋の前で待ち構えているであろう大家にどんな目にわされるかわかったもんじゃない。少しずつでも返済するという体面でなんとか部屋を貸してもらっているのだ。1アープも返せないとなれば、下手したら裁判所に訴えられちまう。

「……この鞄、アルミラージ皮の製品だな。ふわふわした毛並みがさわごこいい。高く売れそう」

 俺はそのまま質屋へ直行。アルミラージ皮の鞄は2000アープに生まれ変わった。



 翌日、俺はきんちやくぶくろに収まるだけの荷物を持って下宿先を出た。

 鞄を売って得た2000アープは当然のこと、残していたよろいたても借金のカタに大家にぼつしゆうされてしまった。今日の飯を食う金すら手元にない。

「はぁ。先が思いやられるぜ……」

 快晴の下、地図をたよりに王都を歩き続けて三十分。俺はようやく新しい住所へとたどり着いた。

 ちゆう、やけに歩きやすいいしだたみかれた通りに出たと思ったら、なんとびっくり――そこはゆうふく層も暮らす中央区画セントラル。来る前はせいぜい中流級ミドルクラスのアパートだろうと思っていた新居は、なんと二階建てのれいいつけんだった。しかも、もんが備えられた庭までついているじゃないか。

「マジかよ……」

 門扉を開くと、げんかんまでしきいしが続いていた。

 敷石を渡った後、げんかんとびらについている無駄に豪勢なノッカーを叩く。なんて良い音のするノッカーなんだ……!

「はい」

 ガチャリと扉を開いたのはカーラだった。彼女は俺を見て早々、こつに不満げな顔を見せた。……このクソガキがっ。

「入ってもいいかい?」

「どうしたんです、その痣」

「大人には色々と複雑な事情があるんだよ」

「……どうぞ」

 カーラが扉を開けてくれたので、俺は新居に足をみ入れた。

 玄関の先はリビングになっていた。家具が置かれていないせいか、やたらと広く感じる。ゆかを踏んでもギシギシときしむことはないし、かべにはれつ一つない。奥には台所まで用意されていて、その隣には二階への階段も見られた。

「す、凄い家だな」

「二階にはろうへだてて私とオジサンの部屋があります。家具はまだ何もないので、あとで市場に行って買ってこないといけません。おトイレは水洗式のものがそこの扉の向こうに。おはないので、近くの公衆浴場を使ってください」

「水洗!? 水洗って、水で流せる仕掛けのやつだよな!?

「……そんなことで興奮しないでください。れいに使わないと追い出しますからね?」

 年甲斐もなくはしゃいでしまったせいか、カーラに睨まれた。

 会って間もない――しかも親子ほども年の離れた――男女がひとつ屋根の下で暮らすとなると、色々と問題が出てきそうだ。快適そうな反面、非常にめんどうくさい状況だな……。

 不意に、部屋のすみに積み上げられている木箱に気が付いた。上段の箱からは何やらほう道具っぽい物がはみ出しているが、カーラの荷物だろうか。

「オジサンの荷物はこれから運び入れるんですか?」

「いや。俺の荷物はこの巾着袋だけだ」

「えっ。えの服とかどうするんです?」

「そんなもんねぇよ」

「……ちゃんと替えの服用意してくださいね。不潔は許しませんから」

 またカーラからすような視線が飛んできた。こんな視線をこれからも受け続けるのはさすがに気がる。少しでもげんを取るために、しんしつに荷物を運ぶくらいのことはしてやるか。

「荷物運んでやろうか?」

「いいです」

えんりよするなよ。力仕事は女の子には向かないだろ」

「いいですってば!」

 そんな露骨にきよぜつしなくてもいいのに……。

「人力で物を運ぶなんて時の無駄ですよ」

「へ?」

 カーラは肩に背負っていたポーチから短めの杖を取り出すと、それを木箱に向かって振ってみせた。すると、いきなり木箱が浮き上がって階段へと動き始める。

「な、なんだありゃ!?

「物質移動の魔法です。さっき始点と終点を結んでおいたので、あとはりよくを注げば自動的に部屋まで運んでくれます」

「……便利なことで」

 何を言っているのかさっぱりだが、魔法って日常生活でもマジで使えるな。こんな魔法を俺も使えるようになるのかと思うと、わくわくしてくる。

「あー。それでカーラ、魔法の修行っていつからするんだ?」

「明後日からですね。明日はギルドに顔出さなきゃですし、準備も色々あるから」

「何か今のうちに準備しておくものってあるか?」

「特には。替えの服でも買ってきておいてください」

「……あそう」

 なんだか俺との温度差が凄い。こんな子どもが何のまどいもなく新居での暮らしにんでいるのに、三倍も年のはなれた俺がそわそわしているのってどうよ……?

「わかったよ。あとで一緒に市場へでも行くか?」

「私は自室の整理に時間がかるので、オジサンだけでどうぞ」

「……」

 なんだろうな、この見えない壁を感じさせる受け応えは。さっきから俺に背を向けて、本を読みながら話しているし……。もはや俺のことなど眼中にない感じだ。

 そもそも俺の名前を知っているくせにオジサン呼ばわりって何だよ。師匠と弟子なんだから、名前で呼ばないのはおかしいだろ!

「なぁ、カーラ。俺の名前はラルフだ。名前で呼んでくれよ」

「そうでした、ラルフさんでしたね。次からそう呼びます」

 カーラはいつしゆんだけ俺に向き直って答えるや、すぐに本へと視線を戻した。この態度はさすがにムカついてもいいよな?

「あっ! そうだ。忘れてたっ」

 思い出したようにカーラが独り言ちた。

 かのじよは俺に向き直ると、ポーチから何かを取り出して差し出してきた。これは……筆と羊皮紙?

「こんな物どうしろってんだ?」

「明日までに名前を決めておいてください」

「……カーラ先生さぁ。俺の名前はラルフってんだけど、そんなに覚えにくい名前かな?」

「何を言っているんですか。魔導士ウイザードとしての名前のことですよ」

「はぁ?」

 魔導士ウイザードとしての名前ってどういうことだ? 二つ名とかそういうことか?

魔導士ウイザードは、魔法の修行に入る際に必ずどうめいを自らにつけるんです」

「魔導名?」

魔導士ウイザードとしての別名です。くわしくは後日教えますが、魔法はせいれいの力を借りてその事象をけんげんします。でも、精霊にしんめい――つまり自分の本名ですね――を知られてしまうと、日常生活でも付きまとわれてれいしように遭いかねないので、それをけるために必要なんです」

「精霊に付きまとわれるって……なんだそりゃ」

「詳しくは後日っ! 魔導名は今日中に決めておいてくださいね。ギルドでは通常、そっちで呼び合いますから」

「あー……りようかい

 適当に決めた別名があれば霊障に遭わないとか、よくわからんな。ま、そこらへんもぼちぼち教えてもらえるんだろうが……。

「そうだ。ってことは、カーラってのもめいなのか?」

「偽名じゃありません。魔導名です!」

「本名は何て言うんだ?」

「なんで知りたがるんですか……」

 カーラがげんそうな目で俺を見ている。そんなに俺に本名を知られるのが嫌なのか?

「嫌ならいいよ」

「まぁ、別にかくしているわけじゃないし……教えてあげますよ。ふんっ」

 えらそうだな、おい。

「私のしんめいは、ゾフィ・リリンダ・ダンバースといいます。でも、だんはカーラと呼んでくださいね!」

「ダンバース?」

 ……うそだろ。ダンバースって、ダンバースはくしやくのダンバースか? それにファーストネームのゾフィって……。

「? どうしたんです、オジ――じゃなかった、ラルフさん」

「あ、いや……」

「変な人っ」

 カーラは階段を移動していく木箱の後について、二階へと上がって行ってしまった。

「……まさか……まさかだよな……」

 ダンバース――その名を聞くのは何年ぶりだろうか。

 俺ののうに、かつてダンバース家の女と話したおくせんめいに思い起こされる。


『もしも生まれてくる子が男の子だったら――』

 カルエルって名前にしよう。

『それじゃ、女の子だったら――』

 ゾフィって名前はどうかな。

『楽しみね。どちらであっても、わたしたちは幸せ者よ』


 鮮やかな緑色のひとみに、薄紅色の髪。じつねんれいより下に見られる幼い顔つき。怒ると膨れる悪いくせ

 カーラは、あまりにも彼女おもかげいつする。

「信じられない……っ」

 こんな俺でも、けつこんを考えたことがある。心の底から一人の女性を愛したことがある。幸せだった時期がある。もうずっと昔に全部こわれちまったけど、今になってこんな奇跡が起こるなんて。

「ハーリーンじゃない。奇跡のような出会いは、ゾフィ・リリンダ・ダンバース――あの子だったんだ」

 信じられないことだが、俺の師匠は他人じゃなかった。十二年ぶりに再会した俺のむすめだったのだ。