第一章 底辺冒険者の陰鬱
「頼む! 金を貸してくれ!!」
俺は額を地面にこすりつけて懇願した。
白昼堂々、王都の繁華街でここまですれば、さすがの金貸し屋も少しは同情してくれるというものだ。
「ラルフさん、勘弁してくださいよ。あんた、金借りれるほど信頼あると思ってるんですか?」
……想定と違う答えが返ってきてしまった。
「頼むよ! あと5000アープあれば負けを取り戻せる! 次の試合は結果が出てるようなもんなんだ!!」
「まぁた賭け試合ですか。あんたも懲りないねぇ」
「確かな筋から八百長試合だって情報を得たんだ! 勝つ方に全額賭ければ大儲け間違いなし!!」
「哀れだねぇ。そんなに簡単に儲けられたら、金貸しの商売あがったりですわ」
突然、後頭部が押さえつけられた。砂利が額に食い込んで痛い。
この野郎、俺の頭を踏みつけてやがるな。
「この町であんたに金を貸すようなお人好しはいやしませんよ。賭博なんてやめて、地道に汗水流したらどうです? 冒険者でしょ」
「少し前にまたパーティーをクビになって、もうどこも雇ってくれないんだ」
「だったら土下座する相手が違うんじゃありやせんか。あっしに頭を下げたって、1アープの金にもなりゃしませんぜ」
「登録してたギルドからは出禁食らっちまって……」
「そりゃ難儀ですなぁ。でも、こっちも商売なんでさぁ。返ってくる当てのない金をどうして貸すことができやすか?」
「そこをなんとか……っ」
「あっしから金を借りたいなら、同業の連中に金返してからまた来てくださいや」
後頭部が軽くなった。
顔を上げると、シルクハットを被った男が繁華街の雑踏を掻き分けて去っていく。交渉失敗だ。
「ぷっ。何あれ、だっさ」
「今のシルクハットの男、王都で悪名高い金貸し屋だぜ。あんなのに土下座してまで金を借りたいかね」
「やぁねぇ。いい歳して情けないったらありゃしない」
「金貸し屋から蹴られるってことは相当切羽詰まってんな、あのオッサン」
周りの雑音がうるさい。ま、後ろ指さされるのは慣れているから、今さら何を言われようと構わないけどな。
俺は何事もなかったかのように立ち上がるや、砂利を払って颯爽と歩き始めた。額からポロポロと砂利が落ちてくる。それが口に入って思わず咳き込んでしまった。
くそっ。砂利にまで馬鹿にされている気分だ。
「腹立たしい。まったくもって腹立たしいっ」
こんな時は賭け事に限る。勝てばムシャクシャした気持ちなんてすっ飛んで、気分爽快ってもんだ。
しかし、今の俺には金がない。明日の飯代どころか、下宿先に家賃を払う金もないのだ。
「う~ん。仕方がない……」
俺は腰に下げている剣を手に取った。冒険者になってから二十年。俺の剣士人生で十代目の愛剣――名前は特につけていない。
「モンスター相手にお前を失いたかったぜ、相棒」
愛剣を持って質屋へ入店。三年来の相棒は700アープへと変わった。さらに俺はその金を持って賭博場へ突撃。モンスターの賭け試合に全額突っ込んだものの、勝つはずだったモンスターが負けてすっからかんになった。
ごめん相棒、無駄死にさせて。
「……死のう」
◇
なーんて思って死ねたら、こんな底辺生活に甘んじてねぇってのな。とは言え、勢いに任せて剣を売ってしまったのは失敗だった。これじゃマジで何もできん。
ギルドもクビになっちまったし、心機一転、よその町に行くか? そこで地道に稼いでいく手もあるが、王都以外だとまともな冒険者パーティーが少ないから、モンスター討伐とかマジで命懸けになるんだよな……。あ。そもそも駅馬車に乗る金もねーや。
そんなことを思っていた矢先、通りの人混みが目に入った。
なんだなんだ? 豪勢な建物の前にずいぶんと人が集まっているな。新しい酒場でもオープンするのか?
「本日より冒険者ギルド〈虹孔雀〉の業務をスタートいたしまぁす! 白金等級魔導士ハーリーン・エンジェル率いる当ギルドをぜひともご利用くださぁい!!」
何かと思えば、冒険者ギルドのオープンイベントか。建物の前にはギルドメンバーらしき女性達が勢揃いしている。ひらひらしたローブにとんがり帽子を被った、いかにも魔女といった風貌の美女が並んでいて、しかもキレキレのダンスを披露している。
集まってきた野次馬――特に男ども――は、そんな彼女達に夢中の様子。かくいう俺も、目を引かれて足を止めてしまった。
「当ギルドは、優秀な魔導士が揃った魔導士オンリーギルドでぇす! 絶賛メンバー募集中ですので、我こそはと思うフリーの魔導士の方はぜひお声がけくださぁい! よそのギルドからの転籍も大歓迎っ!!」
踊る女の子達の前には、拡声石――声を拡大する魔法の石――を持ってマイクパフォーマンスをしている女性の姿が。彼女はテンションアゲアゲな感じで野次馬に訴えている。
「そしてぇ~! 本日は特別にギルド加入審査で使う、魔力測定水晶の体験コーナーをご用意してありまぁす! 魔力量を量る経験なんて滅多にできるものじゃありませんよ!? ギルドの見学ついでにご体験いかがでしょ~!!」
興味深いアトラクションだな。たしかに魔力測定なんて魔導士でもない限りやらないもんな。好奇心旺盛な子どもが喜びそうな仕掛けだ。
男どもには若い娘のダンス。子どもには魔力測定。このギルドのマスターはなかなかの策士だな。
「さぁさぁ、魔力測定を体験したい方はいませんか? 別に恥ずかしがることはありませんよ~」
誰も名乗り出ない。ま、悪い結果が出たらこっ恥ずかしいもんな。
なんとはなしに水晶玉の乗る台に目を向けた時、拡声石の女と目が合ってしまった。とっさに目を逸らしたものの、時すでに遅く――
「そこのしょぼくれた――じゃなくてダンディな殿方! こちらへどうぞ!!」
――俺は半ば強制的に指名されてしまった。しかもこの女、今しょぼくれたって言わなかったか?
目的のためなら平気で土下座する俺だが、意味もなくこんな大勢の前で恥をかくのはごめんだ。無視してその場を離れようとしたら、突然体が引っ張られた。
「うおおっ!?」
なんだこれ? 誰かに引っ張られているわけでもなく、足の裏が滑るようにして女の方に向かっているぞ! もしや魔法で引き寄せられているのか!?
「魔力測定体験者第一号さん、いらっしゃ~い!」
「いや、俺は……」
「こちらの水晶玉に手のひらを乗せてくださぁい! 光らなければ素質なし。青色に光れば素質あり。黄金色に光れば将来有望。早速いってみましょ~!」
「ちょ!?」
女は俺の腕を掴んで、強引に手のひらを水晶玉に触れさせようとしてきた。
パフォーマンスのためにここまでするかよっ!? と思った瞬間、水晶玉が粉々に砕け散った。
「へ?」
俺は呆気にとられてしまった。周りの野次馬は突然の事態にシンと静まり返り、魔導士の女の子達は一様に唖然とした面持ちで俺に見入っている。
ただ触れただけなのに、なんでどうしてこうなった? まさかこの水晶玉、俺が弁償することになるのか?
拡声石の女が引きつった表情で俺に近づいてきた。