五章 英雄は死せず
「何だ、これは……!?」
リーンガルド、シド近隣の街道にて。
一ヶ月ほど前に王都を出立した、騎士団の先行調査隊。人数は五人と少ない。
メンバーは鎧をまとった男性騎士が二人に、女性騎士が二人。そして、荷を積んだ馬車に乗った、ローブを目深に被る小柄な人物が一人。
彼らは、王都騎士団長であるマルティーナからの命を受け、ここ、リーンガルドを訪れていた。
目的はこの地域で消息が途絶えた幻獣の調査、および、町周辺の現状確認である。
数ヶ月前、グレイブ荒野と、東方の小国であるカムイ国で、三体の幻獣が目撃された。しかも三体をそれぞれに追跡したところ、いずれもこの地で姿を消し、行方を眩ませるという、耳を疑うような事態が発生したというのだ。
そもそもここ数十年、長らく目撃されることすらなかった幻獣が、一度に三体も姿を現すなど、かなりの異常事態だ。そこで、王都とカムイ国は幻獣の行方を調査するための合同チームが組まれることになった。
だが、いきなりカムイ国に国境を跨がせるわけにもいかない。国同士が合同で何かやるということは、まずは話し合いなど含めて、各書面でのやりとりなど……面倒な手続きが多い。要するに、合同で調査をしましょう、と言ってすぐに実行に移せるわけではないということだ。
だが、その間に幻獣たちが動き出さないとも限らないし、地元の町が今はどうなっているのかなど、現地の状況を先んじて調べておく必要はある。
そこで派遣されたのが、四人の騎士ともう一人の人物、というわけである。
しかし……五人は街道を利用し、リーンガルドの田舎町、シドに向かっていたのだが、その道中に奇妙なものを発見する。
それは、氷に覆われた大地に、氷付けになった無数のゴーレムたちであった。
基本的には単独で行動し群れることが少ないゴーレムが、一箇所に密集し、それが氷の彫像と化している光景は、かなり不気味である。
すると、不意に一人の男性騎士が、氷の大地に近付こうとした。だが、それを止める声が発せられる。
「……ま、待って下さい。今、あの場所に近づくのは危険です」
キーの高い幼い声。
しかし、騎士はその声に従って動きを止める。
すると、女性騎士の一人、レイア・フレイバーがフードの人物に顔を向け、問いを投げた。
「【ソフィア様】。危険、とはどういうことでしょうか? あれは一体なんなのですか?」
夕焼けのような茜色の長髪が靡き、
レイアからの問い掛けに、小柄な人物はフードを取った。
その下から現れたのは、縦中央の真ん中できっちりと白と黒に分かれた髪を持ち、伸びすぎた前髪で瞳が隠れた少女であった。
彼女の名は、ソフィア・アーク。
二年前、この世界を救ったとされる元勇者パーティーの一人にして、賢者のジョブを持つ魔法のエキスパートである。現在は王都の魔道図書館の司書長を任されている。小柄で、一見すると幼女にすら見えてしまいそうな彼女だが、これでも二十歳を迎えた淑女である。
「……あ、あれはたぶん、設置型の大魔法『ゼロ・フィールド』です。あの空間に入った生物は、問答無用で氷付けにされてしまいます。で、ですから、近づかない方がいいです」
「ゼロ・フィールド……確か、大群用の設置魔法、でしたか?」
「……そ、そうです。主にスタンピードなどが発生した際に、侵攻を阻止したりする目的で使われます。た、ただ、魔法陣の設置にかなりのマナを消費しますので、複数人で準備をしなければいけないのがネックですね」
「なるほど……ちなみになのですが、ソフィア様でしたら個人で設置できますか? あれを」
「……あ、はい。一応は、できますよ」
「そ、そうですか……」
さすがは、世界の脅威であるデミウルゴスを倒した御仁の一人、規格外だな……などと、心の中で畏敬の念を抱くレイア。彼女は視線を氷の大地に移動させ、その異常な光景を観察する。
「しかし、何故このような場所にこれだけのゴーレムが……王都や冒険者ギルドの記録にも、ゴーレムが群れをなした記録はほとんどなかったと思うのだが……」
「げ、厳密には、過去に四回ほど、あります……で、でも、そのいずれの記録にも、自然発生したという記述はなく、『ある存在』の関与が報告されています」
「ある存在、ですか?」
「は、はい」と、ソフィアは首を縦に振り、ついで紡がれた彼女の言葉に、レイアを含めた騎士たちはその身に緊張を走らせた。
「こ、この世界で、デミウルゴスについで最悪の存在……神の巨人の異名を持つ幻獣……ティターンです」
「「「っ!?」」」
「こ、これは、本格的に、この周囲を詳しく調査する必要がありそうです。こ、ここからしばらく歩いたところに、シドの町も見えてくるはずですから、町の人たちからも情報を集めましょう……と、思うのですが。ど、どうですか、隊長さん?」
ソフィアは隊長であるレイアに意見を述べる。するとレイアはすぐに首肯し、ソフィアの提案を受け入れた。
「はい。ソフィア様がそうおっしゃるのであれば、是非もありません。では、町の聞き込みと、この場周辺の調査とで、隊を分けます。私と【キリハ】は町で聞き込みを、【ジェーン】と【テオ】はここ以外に異常が起きたエリアがないかを調べさせます」
「で、ではわたしは、このゼロ・フィールドを調べます。あと、魔法陣を消して、魔法も消滅させておかないと、いけないですから」
「ソフィア様がお一人で、ですか? なんでしたら、キリハを町に行かせ、私はソフィア様の護衛を……」
「い、いえ。この魔法は近づくだけで危険ですし、行動するならわたしだけでの方がいいです。あ! べ、別にレイアちゃんを邪魔だって言ったわけじゃなくてね!」
「いえ、大丈夫ですよ。ソフィア様が非常にお優しい方であることは承知しておりますから。ですが、そうですね。賢者であるソフィア様であれば、お一人でも大丈夫でしょう。ですが、何かありましたら、これをお使い下さい」
そういって、レイアは腰に下げたポーチから一つの石を取り出す。
「私の位置情報を追跡した『転移石』です。いざというときはこれを使って私のもとまで来て下さい」
「わ、わかりました。お気遣い、感謝します」
「いえ。では皆! 話は聞いていたと思う。調査は日没までだ。ジェーンとテオは早めに調査を切り上げ、シドの町へ合流するように。集合は町の衛兵詰め所とする。では早速行動を開始しろ!」
「「「はっ!」」」
レイアの指示を受けて、男性騎士二人が走り去っていく。
その場に残ったレイアとキリハという女性騎士も、シドの町へと再び進路を取る。
「それではソフィア様、我々は先にシドの町へ向かいます。馬車はそのままにしておきますので、調査が終わり次第、ジェーンとテオの両名と共に、町で合流をお願いします」
「は、はい。それじゃレイアちゃん、キリハちゃん。気をつけていってらっしゃい」
「「はっ!」」
姿勢を正し、敬礼をするなり二人の女性騎士は、町へ向かって歩き始めた。

わたしは騎士さんたちを見送ってから、すぐにゼロ・フィールドで氷付けになった大地の調査を始める。
ただ、このままだとわたしも氷付けになっちゃう……
ゼロ・フィールドの内側に漂うマナは、吸い込んでしまうと体を凍らされてしまうのだ。だから、
「囲え……『イグニス・キューブ』」
わたしは自分の周囲に、箱型の結界を展開させた。結界の外側では炎が揺らめき、わたしが立っている周辺の地面が燃えて黒く変色していく。
本来の用途は、相手を中に囲い込んで焼き殺すものだ。普通は結界内部にも炎が出ている。
しかし、マナを操作して内部の炎を消してしまえば、外側だけが燃える防御魔法に変化させることができる。
ただ、それなりにコツがいるので、魔法経験者にもあまりおススメはしない。下手をすると自分の身を危険に晒すことになるから。
それでも、物理的に殴ってくる相手に火傷を負わせたり、自身の身を守ることができる攻防一体の万能盾になるので、わたしはそれなりに重宝したりしているのだが。
まぁ、そんなことはさておき。これならゼロ・フィールド内でも活動できる。体を凍らせるマナも、炎のマナに触れれば、お互いの相性で相殺されてしまうので、私が氷付けになる心配はない。
「え~と、ゴーレムの活動は……止まってる。こ、これなら、ゼロ・フィールドを消しても問題なさそうかな」
ゴーレムは冒険者ギルドで危険度B級に指定されている魔物である。
並みの冒険者や騎士の攻撃程度なら弾いてしまうので、実力のない者であれば、一体を相手にするのも危険な存在だ。そして、さすがに私でも、この数のゴーレムを相手にするのは難しい。正直、全滅しててくれたのは助かった。
それにしても、
「でも、一体誰がこんな大掛かりな魔法を……それにこんな大量のゴーレム、いったい何処から……」
そう。問題はそこだ。この魔法は大群用と呼ばれる規模の大きなものだ。おいそれと発動できるものではない。もし、発動できるとしたら、わたしのような賢者か、大魔道士でもなければ個人での発動などまず無理だ。もしくは、この魔法を一人で発動できるとすれば、それは勇者くらいであろう。
……でも、勇者はもう、この世界にはいない。
新しい勇者が出現したという噂や、報告は聞いたこともないし、この魔法を発動したのは、少なくとも勇者ということはあるまい。ならば大魔道士? ううん。違うと思う。
わたしが知る限り、ゼロ・フィールドの魔法を発動できる人物なんて、勇者とわたしを除けば一人しかいない。しかし『彼女』は王都の研究室に篭り切りで、ろくに外へ出てこないと聞く。
となれば……
「冒険者ギルド、かな……?」
おそらく、このゴーレムの侵攻を予測していたシドの冒険者たちが、複数人で仕掛けた、というのが、可能性としては一番高いだろう。まぁ、それならそれでいい。
ここに魔法を放置していたことに関しては、厳重に注意することになるけど、まぁその程度だ。町からも距離は離れているし、見たところゴーレム以外に被害を受けた生物の姿もない。つまり、人的な被害はなかったということ。それでも……
「こんな危険な魔法を放置するなんて、おざなり。お説教確定」
そしてもう一つの疑問。
そもそもここのゴーレムたちは、一体何処から出現したのだろうか? わたしが騎士さんたちに言ったように、本当にティターンが彼らを出現させた? もし、そうなのだとしたら……
「や、やっぱり、無理を言って調査に同行させてもらって、正解だったかもしれない」
かつての仲間であるマルティーナさんとトウカさんから、この地域に幻獣三体が集結したかもしれないという情報を貰ったわたしは、先行調査に向かう騎士たちに同行させてほしいと願い出た。
わたしは賢者だ。知識欲に従ってこれまで生きてきたおかげか、それなりの知識量はあると自負している。まぁ、日がな一日、ずっと本とばっかり向き合っていた、根暗な過去を過ごした結果ではあるのだが。
それでも、今回のような調査においては、それなりに役に立つだろう。
ただ、そもそも幻獣に関する記述は数が少なく、情報がとにかく少ないのだ。ゆえに、今回の調査は難航するのではないかと、わたしは思っている。特に、知識も何もない人たちだけで調査しても、結果が得られるかは怪しい。だからこそ、わたしは司書長の仕事から抜け出して、この地を訪れて調査に参加することにしたのだ。
「え~と、魔法の基盤はどこに……」
わたしは結界の中心にあるはずの魔法陣を探す。しばらく歩くとすぐに見つかった。わたしは足を止めて観察。
──すると、
「え……?」
わたしは思いがけず目を見開き、まじまじと魔法陣を凝視した。青く光るそれから溢れるマナを注意深く感じ取る。
「うそ……何、これ……?」
マナには性質というものがあり、個人ごとにマナに違いが出るものなのだ。特にわたしのような『賢者』といった、魔法を主に使うことが前提のジョブ持ちたちは、このマナの性質というものに敏感である。マナを感じ取れば、それが──知人のものであればだが──誰のものであるかを知ることができる。
そして、わたしが魔法陣から感じ取ったマナは、ひどく覚えのあるもので……
「──ア、【アレス】、さん……?」
その名を呟いた瞬間、わたしの目から一筋の雫が顎に向かって落ちた。このマナの気配は、間違えようもない。
二年前、わたしとマルティーナさん、トウカさんたちと一緒に旅をした、彼の……
「な、何で!? 何でここに、アレスさんのマナが……!?」
わたしはパニックに陥りそうになった。
しかし結界が揺らいだのを感じ取り、慌てて意識を落ち着ける。それでも、目の前に死んだはずの人間のマナが存在していることに、わたしの動揺は増す一方であった。
「──もしかして……もしかしてアレスさんは、生きて……~~~~~~っ!」
その瞬間、わたしは自分の胸をぎゅっと掴んで、その場に膝を突いてしまった。
途端、イグニス・キューブの結界に綻びが出る。
しかしわたしは、目の前の魔法陣を、地面から『土ごと』削り取り、ゼロ・フィールドを停止させた。魔法陣同士の干渉が切れたことにより、氷に覆われた大地はそのままに、空気中を漂う氷結のマナの流出が収まる。本来なら、魔法陣に刻まれた文字式を、手で払うなりして形を崩してしまえば、それだけで魔法を止めることはできたのだが。
わたしには、この魔法陣に手を加えて、形を壊すことなどできなかった。
「ああ……アレスさん……!」
魔法陣からは、微弱ながら、彼のマナをいまだ感じ取ることはできる。
「生きてる……アレスさんは、生きてます……っ!」
確信めいたものを感じて、わたしは地面から切り離した魔法陣を見つめる。トクトクと、心臓の鼓動が自分でもわかるくらいに、高鳴っている。ポロポロと涙が溢れて、顔はもうぐちゃぐちゃだ。
「さ、捜さなきゃ……アレスさんを……! そ、それと、マルティーナさんとトウカさんに、このことを……!」
わたしは魔法陣を異空間収納に大事に収めると、イグニス・キューブが消えて、視界がクリアになる。
わたしはすぐ『異空間収納』から紙とペンを取り出し、マルティーナさんとトウカさん宛に手紙をしたためる。机もない場所で急ぎ書いた手紙であるため、字は汚く、文章の形式もちぐはぐだ。それでもこちらが伝えたい内容は相手に通じるはず。わたしは使い魔を召喚して手紙を括り付けると、空へと放った。
その後、わたしはここに来た本来の目的も忘れて、先ほど感じ取ったマナの残滓を探して、平原を歩き回った。どこまでも、どこまでも……
しかし日が暮れて、騎士団の人たちと合流しなければならない時刻になってしまった。
わたしは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、もしかしたら町でアレスさんの情報を探れるかもしれないという期待を胸に秘め、馬車に戻る。
すると、すでに男性騎士二人、ジェーンさんとテオさんがわたしを待っていた。
わたしはすぐに馬車に乗り込み、彼らとシドの町を目指す。
彼が生きているかもしれない痕跡が、そこにあることを願って──
《了》