??? とある教会にて
理路整然と、等間隔で左右に並んだ長椅子たち。月光が差し込むステンドグラスの下には祭壇。アーチ状の天井には、天使と聖母の絵画が見て取れる。ここは王都の郊外に建設された教会であり、親を亡くして行き場を失った子供たちを受け入れる孤児院でもある。
「ぐっ……!」
闇夜が支配する教会の中で、片腕の肘から先が欠損した女性が一人、夥しい血を流して身廊を祭壇に向かって足を引き摺っていた。
「──ヴェル……失敗したのですね」
祭壇の上から、修道服を纏った女性が、大海を思わせる青い瞳で手負いのフレースヴェルグを見下ろしていた。ベールの隙間から覗く金糸のような髪が月光に照らされて僅かに揺れる。
「申し訳、ありません……主よ……」
額から脂汗を流して、激痛に耐えて膝を突くフレースヴェルグ。
主と呼ばれた女性は、そんな彼女を静かに見つめていた。
「──情けないね、ヴェル。主に使える聖獣がなんて様だ。それでアタシの同胞とは情けない」
するとそこに、祭壇の女性とも、フレースヴェルグとも違う声質を持った、第三の人物が悪態と共に現れた。
「……【ニーズ】、貴様……」
「あら、ニーズ。こんばんは」
ニーズと呼ばれた女性は、祭壇の女性に恭しく頭を垂れる。闇を溶かしたかのような濃い紫の髪を無造作に伸ばし、長い前髪の奥から覗く瞳は赤銅のような色をしていた。非常に起伏に富んだ女性らしい体付き。まるで『蛇』のように絡みつく視線をフレースヴェルグに向けると、ニーズはゆっくりと近づいた。
「しかし本当に惨めな姿にされたねぇ……如何に勇者様を相手にしてきたとはいえ、やられすぎなんじゃないかい?」
上から揶揄するように言葉を浴びせるニーズ。しかしフレースヴェルグが眉を寄せるも売り言葉に買い言葉では応じなかった。代わりに、痛みを堪えた自嘲を口にする。
「……言い訳は、すまい。この身の未熟は、痛いほどに痛感した。もしも、罰があるならば、甘んじて受けよう」
そんな潔いフレースヴェルグの態度が面白くなかったのか、ニーズは小さく舌打ちをして適当な椅子に腰かけた。と、不意に祭壇の女性がフレースヴェルグに問い掛けた。
「ヴェル……アレスは、どうでしたか?」
「はい……どうやら、ひどく魔神の魂に、精神を汚染されている、様子でした……あれは、一刻も早く、解放して差し上げなくては、ならないでしょう」
「そうですか……ああ、やはり心が苦しくなりますね……」
「申し訳、ございません」と、フレースヴェルグはより深く頭を下げた。
「致し方ありません。今回の失敗は次の教訓といたしましょう。それはそうと……痛かったでしょう? 今、その傷を治してあげますからね」
祭壇から降りた修道服姿の女性は、フレースヴェルグの前に膝を突き、次いでニーズへと視線を向けた。ニーズはすくっと立ち上がり、姿勢を正す。
「ニーズ。あなたにお願いがあるの。いいかしら?」
「なんなりと……それで、この【ニーズヘッグ】はいかがすればいいのでしょうか、主よ?」
「ふふ、ありがとう。それじゃ……」
祭壇の女性がひと通りこれからの動きに関しての指図を終えると、
「かしこまりました。我らの主よ。必ずやご期待に沿える働きをして御覧に入れましょう」
「はい。行ってらっしゃい」
その言葉を最後に、ニーズは闇に溶けるように姿を消し、教会はしばし静寂に包まれた。
と、祭壇の女性はゆっくりとフレースヴェルグのもとに歩み寄る。
「主よ、どうか、この身に、罰を……」
「いいのですよ、ヴェル。失敗は誰にでもあります。必要なのは次に生かすこと。あなたが自ら反省しているなら、罰など必要ありません。それより、傷の手当てをしなくては」
修道服姿の女性から掛けられた慈悲に、ヴェルの瞳に涙が滲む。感動か、悔しさか、はたまた両方か……しかしヴェルはそれ以上、体を支えることはできず、その場に崩れ落ちる。眼前の女性はそれをすんでのところで受け止めた。血で衣服が汚れるのも厭わず、意識を失ったヴェルの頭を膝に乗せると、その髪をそっと撫で始めた。
「お疲れ様……今はゆっくりと、お休みなさい」
慈しむようにヴェルを見下ろす修道服の女性。しかし不意にその表情が歪み、彼女は頭上を仰ぎ見た。
「ああ、アレス……愛しいワタクシの勇者様……もう少しだけ待っていて下さい。すぐに、忌々しいデミウルゴスの呪縛から、その魂を解放してあげますから……」