徐々に高度を上げて、フレースヴェルグに迫る俺たち。かなりの速度で接近する俺たちに、上空の敵は迎撃を図って性懲りもなく刃の雨を降らす。

『天空の覇者! フェニックスですよ!!

 大きく旋回してフェニックスは刃から逃れる。急激な姿勢の変化に俺は自身を風の魔法で包み身を守る。そしていよいよ、フレースヴェルグの姿がはっきりと見える所まで迫った。

『害鳥──っっ!!

 フレースヴェルグが吼え、下から迫る俺たちに向かって急下降してくる。

『──『エア・スラスト』!』

『──『ファイヤー・ボール』!』

 風と炎のマナがぶつかり、爆発する。人間じゃ初級として扱われる魔法が、まるで別次元の威力を発揮する。

 爆風を裂いて、フレースヴェルグが猛禽の足から伸びる爪で剛撃してくる。

「──『フリーズ・ランス』!」

 しかし俺は割り込むように牽制で氷魔法を放つ。『アイシクル・ジャベリン』よりも飛距離と威力に劣る魔法。だが、氷系の魔法は共通して、当たった個所を凍り付かせる特性を持つ。

『くっ! アレス様!』

 空の上で翼の動きが鈍るのは致命的だろう。それを避けるためには魔法を回避する以外の選択肢はない。フレースヴェルグは体を大きく捻って俺たちの横をすり抜けていった。

『アレス。言いたくないけど片方の翼がうまく動かないわ。長時間の戦闘は無理よ』

「問題ない。あいつの動きがほんの少しでも止まれば、勝機はある!」

 俺はフェニックスに状況を打破するための作戦を伝える。彼女は『本気!?』と呆れたような口調だったが、それ以外に今は奴の意表を突く策は思いつかない。

『わかりました。その作戦、乗ってあげましょう。ただし、失敗は許しませんからね!』

「もちろんだ。確実に成功させてみせるさ。協力頼むぜ、フェニックス!」

 さぁ、即席の俺たちがどこまでコンビネーションを見せられるか。いや、たとえ共同戦線が初めてであろうと、俺たちはこれまで一緒に数か月を過ごしてきたんだ。完璧でなくてもいい。今この一時、呼吸が合えば。

『参ります! しっかりと掴まっていて下さい! アレス!』

「おお!」

 大空の戦場。フレースヴェルグとの戦いに決着を着ける!

 大きく迂回してくるフレースヴェルグの姿を俺とフェニックスは捉え、一気に加速する。

 速度を維持したまま、フェニックスは正面に魔法陣を展開。それは、かつて俺との戦いで見せた、大魔法の術式が刻まれた代物。

『通用しない手を何度も! 愚か者が!』

 それを認めたフレースヴェルグも、正面に巨大な魔法陣を展開する。そして、お互いの魔法陣が眩く輝き、

『──『ソル・エクスプロード』!!

『──『ディザスター・ストーム』!!

 フェニックスの正面に出現した太陽に、フレースヴェルグの暴風が炸裂。大気を震わせるほどの大爆発が巻き起こり、辺り一面が真っ白な閃光に覆われた。

 そんな中で、俺はフレースヴェルグ目掛けて、思いっ切り跳躍した。

『大魔法を使っての奇襲ですか! しかしアレス様に空での自由な移動はできますまい! ──『エア・スラスト』─』

 宙に跳んだ俺目掛けて、フレースヴェルグの魔法が迫る。しかし俺は、その一撃に『魔力障壁』は発動せず、

「汝、守護の乙女よ! 『アイギス』!」

 デミウルゴスから託された聖剣『アイギス』の力を使い、フレースヴェルグの発動した魔法からマナを吸収し、無効化する。しかし、その衝撃で剣にはヒビが入った。

 ──ありがとう、デミウルゴス!

『なっ!?

 驚愕の声を上げるフレースヴェルグ。落下する俺から距離を取ろうと斜め下に下降するが、その先には既に、

『っ! 貴様!?

 フェニックスが待ち構えていた。俺が跳躍する直前、彼女に『魔術防壁』が発動されていたのだ。フェニックスは魔法の爆発を突っ切ってフレースヴェルグに接近。更には、ここでダメ押しの!

「──『終焉皇デウス・マキーナ』!」

《御意!》

『何っ!? ──がぁ!』

 フェニックスの翼の影に隠れていた『デウス』が飛び出し、フレースヴェルグに奇襲を掛ける。鋼鉄の拳がフレースヴェルグの腹部に突き刺さり、体が折れ曲がる。フレースヴェルグに跳躍しながら、俺はフェニックスの背に『デウス』を召喚しておいたのだ。

「終わりだぁぁぁっ!」

 落下しながら、フレースヴェルグに剣を振り下ろす。

『くぅぅぅ!』

 しかし、フレースヴェルグは強引に体を逸らし、俺の斬撃は奴の右の翼を半ばから絶つに留まった。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、フレースヴェルグの翼が両断されるのと同時に、俺の手に持った剣も砕けてしまった。

「くそっ!」

 思わず毒づく。ここに来てまさか躱されるとは。だが、翼を半分失ったのであれば、こちらが断然有利になった。俺はフェニックスに拾われて、フレースヴェルグに眼を向ける。

『がっ! アレス様……アレス様!!

 その瞳に憎悪を宿し、俺たちを睨みつけてくるフレースヴェルグ。しかし既に飛ぶこともままならない様子だ。だが……

『アレス……こちらも、そろそろ限界です……』

 フェニックスも、いまだに怪我が癒えていない中で無茶をしたため、だいぶふらついていた。

『殺す……敬愛するアレス様をおかしくした魔神を! 貴様のような害鳥を! 全て殺す!』

 怨嗟の声を張り上げて突っ込んで来ようとするフレースヴェルグ。俺はフェニックスの背で、迎撃のための魔法を準備する。

 しかし──そこに鋭利な水弾が迫り、フレースヴェルグの体を貫いた。

『あ、がっ!』

「何だ!?

 水弾が飛んできた方に目を向ければ、そこには空を飛ぶ巨大な蛇……いや、龍の姿があった。

「──まさか、龍神か!?

 龍から絶えず高速で撃ち出される水弾。それは全てフレースヴェルグに向けられており、俺たちには一発も撃ち込まれない。

 更に視界を地上に向けると、そこには見覚えのある巨人の姿と、巨大な四足獣の姿があった。

「あれはティターン……てことは、あの獣は、ベヒーモスか!?

 四強魔が揃った。更に相手は手負い。こうなればもう、フレースヴェルグに勝ち目はない。

『くっ! この状態で、他の害獣どもをまとめて相手にするのは、荷が勝ちすぎるか……』

 しかし、フレースヴェルグは四強魔が揃ったことを見て、身を翻した。逃がすか! まだこいつには訊きたいこと、訊かねばならないことが山ほどあるんだ。

「待て!」

『また、お会いしましょう、我が導き手、アレス様……その時は、必ず、貴方様を……』

 しかし、フレースヴェルグは苦しげにそれだけ言い残すと、強烈な突風が吹き荒れ、思わず目を庇ってしまう。

「──くそ」

 そして次に目を開いた時には、刃の翼を持った大鷲の姿は、どこにもなかった──

「──フェニックス! 旦那様!」

 エルフの森。世界樹の種子がある広場まで戻ると、そこにはデミウルゴスとユグドラシルが待っていた。俺に抱きかかえられたフェニックスを認めるなり、デミウルゴスは瞳に大粒の涙を湛えて駆け寄ってくる。

「デミウルゴス様……ごめんなさい。私、また、負けちゃいまし」

「よい! そのようなことはよいのじゃ! 今は、お前が無事に帰ってきてくれただけで、我は……我は……」

 手を伸ばすデミウルゴスに、俺はフェニックスをそっと託す。すると、彼女は小さな体を優しく抱きしめ、自分の胸のフェニックスの頭を寄せた。

「生きてくれているだけでよい……勝てぬと思ったなら逃げてもよいのじゃ……それを恥などとは思わぬ。勝手に逝くでない……我らを……家族を残して、勝手に死にゆくことは許さぬのじゃ……」

「っ~~~……デミウルゴス、様……私……私は、貴方様の家族で、よいのですか?」

「無論じゃ! 誰が何と言おうと、お前は我の、かけがえのない、大切な家族なのじゃ!」

 デミウルゴスの胸の中で、フェニックスの顔がくしゃりと歪む。瞳からボロボロと大粒の涙が溢れて、仕舞いには鼻水まで零して、フェニックスは嗚咽を漏らし始める。

「デミウルゴス様……うぇ……ふぇぇ~~~~~~~~ん!」

 遂には、声を上げて大泣き。デミウルゴスはそんな彼女をあやすように頭を撫でる。それはまさしく、子を抱擁する母の姿であった。

「旦那様……ほんに、感謝するのじゃ……フェニックスを助けてくれて、ありがとう」

 デミウルゴスからの感謝の言葉に、俺は笑みで返した。

 そして、俺はそっとフェニックスに回復魔法を重ねて掛けると、その場を他のメンツと共に去った。今は、二人きりにしてやるべきだと、そう思ったから。

「アー君。ありがとう。あたしからもお礼を言わせてね」

「ああ。本当に、無事に帰ってこれてよかった……だが……」

 俺とユグドラシル、そしてフェニックスを除いた四強魔と共に家へと入る。最後に入った龍神が扉を閉めたのを確認し、俺は全員に振り返った。

「もうわかっているとは思うが、今回襲撃してきた謎の女……フレースヴェルグは、フェニックスに深手を負わせるほどの実力の持ち主だった」

「はい……とてつもなく巨大なマナの波動を感じました。この場にいる四強魔のいずれかが相手をしたとして、果たして無事でいられたかどうか……」

「……手負いでも、強い気配、感じた……」

 龍神とベヒーモスが、それぞれにフレースヴェルグに抱いた感想を口にする。

 如何に全盛期に比べて弱っているとはいえ、それだけで勝てるほど四強魔は甘くない。それはつまり、単独の力で全盛期の四強魔に匹敵するレベルの何者かが現れたということ。しかも、

「奴は世界樹の種子についても知っているような口ぶりだった。ここで俺たちに合流する前に種子のことを知っていたのはティターンだが、どこかで口を滑らしたりはしてないか?」

 全員の視線がティターンに向く。しかし彼女は首を横に振って否定した。

「あの頃は力の独占を考えてたからな。わざわざ邪魔者を増やすような真似はしねぇよ」

 その言葉をどこまで信じられるかは少し微妙なところではあるが、今は疑っても仕方ない。だがそうなるといよいよどこから種子の情報が漏れたのか……

「現段階ではほとんど何もわからない、か……くそ」

「あたしも、あんな子がいるなんて初めて知ったよ……一体今までどこに隠れてたんだか」

 ユグドラシルでも彼女の正体がわからないのであれば、これはもうお手上げだ。正体不明の強敵。しかも彼女の口ぶりから察するに、背後に何者かの影があることは確かだ。つまり下手をすると、彼女と同等の力を持った存在が複数存在する可能性もある。

「目下のところ、個別に行動するのは避ける必要があるな。最低でも常に二人一組だ」

 仮に四強魔が二人いたとしても、今回のフレースヴェルグと互角か苦戦を強いられることになるだろう。いざという時のための連絡役として誰か一人が動ける体制にしておくのも重要だ。

 今回は本当にギリギリだった。運が良かったとしか言いようない。もし俺が少しでも遅れていたら、フェニックスはどうなっていたかわからないのだ。

「お前たちとしては不本意だと思うが、お互いに生き残るためには打てる策はとことん打っておくべきだ。もし敵が複数だった場合、この場にいる誰が欠けてもこっちは圧倒的な劣勢に立たされる。各自、しばらくは警戒を怠ることのないようにしてくれ」

「それと、もしもあたし自身が狙われるなら、世界樹の成長を急ぐ必要があるかも」

「うん? それはどういうことだ?」

「世界樹が大樹に向けて成長すればするほど、あたし自身の世界に対する干渉力も強くなるの。そうすれば、事前に敵の位置を把握したり、結界を張ってある程度はあたし自身も防衛できる。それに皆のフォローにも回れるよ。ほら、さっきアー君たちに連絡を入れたみたいな」

「なるほど」

 確かに、あの連絡がなければ危なかった。世界樹が育っていけば、ああいったサポートが受けられ、かつ世界樹が自らを守ることもできるようになる。もし敵の攻撃にあって全員が世界樹から離れてしまった場合、時間稼ぎをしてもらう意味でも自己防衛能力は欲しいところだ。

「つまり、今後はより一層世界樹の育成に力を入れていく必要があるわけだな」

「そういうことだね。先のことを考えたら、少し急いだ方がいいかも」

 となると、これはもう本気でこの森に籠っている場合ではなくなった。シドの町から始まって、広域で魔物を狩ってアニマクリスタルを回収する。かつ、謎の襲撃者にも警戒しなくてはならない。頭の痛い問題が増えてしまったが、嘆いている時間はない。

 それに……あのフレースヴェルグの不可思議な態度。

 俺を「様」付けで呼んだかと思えば、殺そうとしてきたりと、言動に一貫性を見出すことができない。世界樹を狙っているような口ぶりも見て取れたが、俺のことを捜しているようなことも口にしていたような気がする。結局はっきりとした目的がわからない気味の悪さが体中を這い回る。

 だが、これだけはわかっている。もしも俺の命を狙う誰かがいたのだとすれば、その時は一切の容赦をしてはならないということ……俺の命は、もう一人のものではない。俺の死は愛する妻の死をも招くのだ。そのことを忘れてはならない。

 しかしまずは、今日の疲れを癒し、フェニックスの回復に俺は尽力することだろう。動くにしても、まずは万全の状態を整える必要があるのだから──