三章 世界樹の精霊と皆の家
「旦那様、ほれ、あ~ん、じゃ……」
朝食の席(と言っても、地面にベタッと座ってのワイルドな食事風景だが)でのこと。
最近はお決まりになっているホーリーアップルとキルラビットの干し肉という、超高級食材と子供のおやつ価格の食材が並ぶなんともバランスの悪い食事をしている時だった。
傍らでは、デミウルゴスが甲斐甲斐しく俺の口に食べ物を運び、それを口にする度に花が咲いたような笑みを見せていた。
「……何よ、これ?」
俺たちのちょうど真正面で干し肉をかじっていたフェニックスが、目を点にしている。
「夕べのデミウルゴス様、あんなに不機嫌そうだったのに、一晩でいったい何が……」
「さぁな……まぁでも変にギスギスしてるよか、だいぶいいんじゃねぇのか」
「ティターン、あんたって本当に何もかも雑に考えるのね」
「こまけぇことは気にしないってだけだろうがよ」
「それが雑だって言ってんの……それにしても、これは……」
フェニックスが向ける視線の先にいるのは、もちろんデミウルゴスだ。俺に体をすり寄せて、ゼロ距離の密着状態。昨晩の怒り心頭といった様子とは一変している主の姿に、フェニックスは驚愕を隠せないようだった。
俺としても、ここまでデミウルゴスが露骨に甘えたような仕草を見せてきたことに、若干驚いてはいた。
昨夜は半月ぶりにデミウルゴスと肌を重ね、ほぼ一晩中行為に耽っていた。空に太陽が昇り始める頃になって、二人して疲労から眠りについたのだが、ほとんど仮眠に近い睡眠しか取らずに目を覚ましてしまった。それと……夜の間ずっと「そういうこと」をしていたせいか、行為の
「あらあら。お母様、夕べは何かいいことがあったのでしょうか? とてもいい笑顔ですねぇ」
「すんすん……これは……ヤッてる……むぅ~……主様だけ、ずるい……」
「まぁ……では昨晩はお母様とアレス様で……ふふ、仲がよいのはいいことです」
「確かに、仲がいいに越したことはない……でも、独占するのはずるい、と思う……むぅ……」
「あらあら……こちらはこちらでやきもち……困りましたねぇ。ふふ……」
そんな会話を鼓膜で拾い、そちらに目を向ければ、昨日俺たちに合流した龍神とベヒーモスの姿が。
ベヒーモスは鼻をひくひくとさせて、何やらにおいを嗅いでいた。俺は咄嗟に自分の体からデミウルゴスとのにおいが残っていないかを確かめるが、もちろんにおわない。だが、ベヒーモスはどうやら嗅覚が優れているようだ。俺たちが性行為に及んだことに気付かれたらしい。
そのせいか、その眠たげな瞳に不満の色を宿らせていた。
「旦那様よ、夕べはいっぱい動いたのじゃから、しっかりと食べねばダメじゃぞ……ほれ、あ~ん、じゃよ」
だが、デミウルゴスはそんな彼女のことなど気にした様子もなく、尚も俺に「あ~ん」で食事を続けさせた。

「さて、それでは今日も日課を済ませてしまうとしようかの……じゃが今日は、龍神、ベヒーモス……二人を世界樹の種子まで案内するゆえ、付いて参れ」
「はい、お母様」
「りょうか~い……」
食事を終え、少しの腹休めを挟んですぐ、デミウルゴスは龍神とベヒーモスを世界樹の種子まで案内する。むろん、俺、フェニックス、ティターンも一緒に付いて行く。
ないとは思うが、龍神とベヒーモスが世界樹の種子にちょっかいを出す可能性もゼロではない。意図的ではなくとも、偶発的に、ということもある。世界樹はこの世界を救うための要だ。色々と、用心し過ぎる、ということはないのだ。
「着いたぞ。アレが、この世界の希望……世界樹の種子じゃ」
「まぁ、アレが……」
「すごいマナの濃度……ちょっと、びっくり……」
「うむ、確かに純度の高いマナを放出してはおる。じゃが、まだアレはあくまでも種子の状態……あのままではとても世界は支えられぬ」
森の中にぽっかりと口を開けた円形の広場。その中央が小高い丘となっており、その頂点に世界樹の種子は鎮座している。美しい水晶のような見た目をした種子。俺が初めて目にしたときよりも、多少はマナの密度が濃くなっていた。たとえ僅かでも、アニマクリスタルを与えていた成果はあったということなのだろう。
ただ、それでもまだ種子は芽吹いてはいない。やはり、早急にアニマクリスタルを効率的に回収する術を模索した方がいいだろうな。このままでは、いつまでたっても世界樹の成長は遅々として進まない。
「今日は、お前たち二人のマナを、世界樹に向けて注いで欲しい。フェニックスたち同様、あまり体に残っておるマナは多くはないじゃろう……じゃが、それを承知で頼みたい」
「お母様からの頼みとあれば、わたくしのマナを世界樹に与えることに異議などございません。いくらでも、この身のマナをお使い下さい」
「同じく……」
「感謝するぞ、二人とも。では、さっそく始めてくれ」
「「はい(お~……)」」
龍神、ベヒーモスは世界樹の種子に近づき、触れた。途端、強力なマナが二人から種子に向かって流れていき、まるで脈動するかのように水晶の中で光が明滅する。
「おお……さすがじゃのう……種子から強力なマナの気配を感じ始めたぞ……これならば、もしかすると……」
急速に膨れ上がっていく種子のマナ。種子は徐々にその光量を増していき、次の瞬間にはあたり一面を覆い尽くすほどの光が溢れた。
「っ!? 何だ!?」
思わず、俺たちは手で目を覆う。
広場を埋め尽くしていた光の奔流は数秒で収まり、ぼやける視界が回復した時、俺たちの目に飛び込んできたのは……
「出た……ついに、出おったぞ……世界樹の種子が、ようやく芽吹いたのじゃ!!」
これまでにないほど歓喜の声を上げるデミウルゴスの視線を追えば、そこには地面に小さく双葉を茂らせた苗が芽吹いていた。薄っすらと苗の周囲にはマナの光が溢れ、苗と同じく新緑に光っている。種子と比べてもまだそこまでマナの濃さに変化はないが、見た目が大きく変化したことに俺も胸にこみ上げてくるものがあった。
「ようやく……これで第一歩じゃ……この苗木が、これから太く、逞しく成長を遂げれば、いずれはこの世界を支える大いなる大樹へとその姿を変えるじゃろう」
デミウルゴスは苗の前に膝を突き、愛おしそうに苗の葉をそっと撫でた。
「おめでとうございます、お母様」
「おめ……」
「おめでとうございます! デミウルゴス様!」
「まぁ、めでてぇんじゃねぇか」
「うむ……これもお前たち全員の協力があってこそじゃ、ほんに感謝しておる。そして、これからも我と一緒に、この世界樹を見守っていってくれ!」
「「「「はい!(お~……)(おう)」」」」
四強魔たちが一斉に頷く。ついこの前は敵対しそうになっていたティターンも、今では世界樹の育成に協力してくれている。更には龍神、ベヒーモスもこれからは一緒に世界樹を育てる仲間になるのだ。頼もしいことこの上ない。
「旦那様! ついに、ついに種子が芽吹いたのじゃ! 一時はこの世界の滅亡も覚悟しておったが、こうして今では希望を持つことができておる。それもこれも、全ては旦那様が我の手を取ってくれたからじゃ、誠に感謝しておる!」
「ああ、俺も世界の希望が新しい成長を遂げたこと、嬉しく思う……これからも、一緒に世界樹を……俺たち全員で大樹まで導くんだ」
「うむうむ! その通りじゃな! ああ……今日はなんとめでたい日じゃ……これは何か、祝いをしたい気分じゃのう」
いつも以上に浮かれている様子のデミウルゴス。やはり世界樹の成長は彼女にとっては何よりも喜ばしいことなのだろう。
ただ、俺にもほとんど見たことがないような満面の笑みを、この小さな苗木が引き出しているのだと考えると、ちょっとだけ嫉妬の感情を覚えてしまう。
「めでたいのじゃ……ふふ……めでたいのう……」
とはいえ、こうまで裏表なく素直に喜んでいる妻の姿を見てる分には、俺のちっぽけな嫉妬心など、どうでもよくなってくる。今は純粋に、世界樹が成長したことを喜ぶことにしよう。
と、そんなことを考えていると、
「む、なんじゃ? 苗からマナが溢れて……」
突然、世界樹の苗木からマナの光が溢れ出したのだ。
「これは、もしや……」
しかし、デミウルゴスはこの現象がなんなのか、見当がついている様子だ。ほとんど慌ててはいなかった。
「デミウルゴス、これは……」
「旦那様……おそらくこの気配は、あやつの……」
「「「「…………」」」」
デミウルゴスと四強魔たちが見守る中、マナは一箇所に集まり、大きさ一メートルほどの卵のような形になったかと思ったら、
「なっ!?」
マナの卵はすぐに割れて、中から小さな女の子が出てきた。
年の見た目は十代になるかならないかくらいか。若草色の長髪はゆるくウェーブが掛かっており、そっと開かれた瞳は瑠璃のごとき神秘的な光を湛えている。幼いながらも将来性を感じさせる愛らしい顔立ち。衣服は一切まとっておらず、未成熟な体つきが全て露になっていた。
ただ、なんとなくだが彼女の容姿は……デミウルゴスに、似てる?
「やはりお主であったか、世界樹の精霊──【ユグドラシル】」
「……久しぶり。デミウルゴス」
「うむ、久しいのう」
デミウルゴスからユグドラシルと呼ばれた少女は、淡く笑みを浮かべながら、そっと地面に降り立った。
……裸だ。
「ふわぁ~……ああ~、現世で目覚めるのって、何年ぶりかしらね~……う~ん……体ガチガチになっちゃってるよ~」
世界樹の種子が、ようやく苗木になったかと思ったら、その感動も覚めぬうちから、いきなり今度は素っ裸の幼女が目の前に現れた……
ええええっ!?
いやちょっと待て! 何だこれ!?
「旦那様」