そうか。こいつらはオレと同じ、人型に擬態した龍神とベヒーモスだったのか。ならこの溢れるマナの量も納得できる。それによく観察すれば、マナの気配には確かに覚えがあった。

 まぁ、言われるまで気付かなかったけどな。オレ、マナの気配を探るとか、そういうチマチマしたことってあまり好きじゃねぇんだよ。いいとこ、マナの量が多いか少ないか、その程度の判断しかしねぇしな。それだけわかりゃ、相手が強いか弱いか、だいたいわかるし。ああ、そう考えると、ご主人様の強さも納得できるな。今更だが、あの方のマナの量は、人間にしては『異常』だ。

「ふふ……久しぶりですね、ティターン。会えてうれしいわ」

「おひさ……」

 おっとりとした態度で、何を考えているのかよくわからねぇ笑みを浮かべる龍神。対して、ベヒーモスは眠たげな瞳でオレを見つめてきた。

「……なんでお前らがここにいる?」

「あら、それはもちろん、我が創造主……お母様にお会いするために決まっております」

「あ? お母様だぁ? デミウルゴスの姉御がか?」

「ええ。あのお方はわたくしたちの生みの親、まさしくお母様ではありませんか。それにしても、貴女はお母様を『姉』と呼ぶのですね」

「ああ、わりぃかよ」

「いいえ。呼び方は自由。お母様も、ご自分がどう呼ばれるかにこだわったりはしないでしょう」

 それは確かにその通りだと思う。現に、ご主人様は姉御を呼び捨てだし、フェニックスはデミウルゴス様。で、オレは姉御。んで龍神はお母様……見事に呼び方はバラバラだ。となると、残りの白毛玉……ベヒーモスも、

「お前はどうなんだベヒーモス。お前も姉御に会いに来たのか?」

「もち……ボクも主様に会いに来たに決まってる。それ以外に理由がある? バカなの……?」

「はうん!」

 数千年ぶりに再会したベヒーモスからの小さな罵倒に、思わず体が反応しちまった。

 くそ…………もっと言ってこいベヒーモス!

「うわ……ビクビクしてる……気持ち悪い……」

「あらあら。ふふふ……」

 くっ、ベヒーモスからの蔑むような視線が心地良すぎる。こいつは逸材だぜ。だが、龍神は上品な仕草で頬に手を当てて微笑んでいる。あいつはダメだ。期待できねぇ。

「はぁ、はぁ、はぁ…………っと、にしてもお前ら、よくここに姉御がいるってわかったな」

 オレはマナの追跡なんて芸当は苦手だ。でなけりゃ、さっさと姉御を見付けて世界樹の種子のありかにもたどり着いていただろうからな。

「いいえ、正確には、ここに目星を付けたのは貴女がいたからですよ、ティターン」

「オレ?」

「ええ。先日、人間の町の近くで、貴女のモノと思われる戦場跡を見つけました。そこに残留していたマナの流れを辿って、この近くまでは目星を付けたのですが」

「そこから正確な位置を探すのに苦労した……でもティターン、最近この辺りで派手に暴れ始めた……おかげで、遠くからでもマナが、感じ取れるようになった……」

「ふふ……貴女のマナの反応、そしてもう一つ……おそらくはフェニックスと思われるマナも感知しました。それを追ってここまで来た次第。貴女方がここにまとまっているということは、近くにお母様もいる可能性が高いと踏んでいましたが……」

「当たり……ティターンの反応を見る限り、ここに主様は、いる……」

 つまり、こいつらは姉御のマナじゃなく、オレとチビ鳥のマナを追跡してここまで来たってわけか。なるほど。

 しかしそうなると、フェニックスは相当マナの感知能力に優れていたってことだな。あいつは何の手掛かりもない状態で、一番にここへたどり着いたって聞いている。あいつの姉御に対する忠義というか妄信は傍目にもかなりのもんだ。そんな奴が最初に姉御を見つけた……もはや執念すら感じさせるな。

「さてティターン。さっそくですが、わたくしとベヒーモスをお母様のもとまで案内していただけるかしら?」

「というか、しろ……」

 ……さて、どうすっかな。

 オレが言えたことじゃねぇが、こいつらを素直に案内してもいいもんか。何か企みなりがあって姉御を探しているんだとすれば、案内をするのは考えてしまう。

「心配はいりません。わたくしたちは、消息が絶えたお母様の身を案じているだけ。貴女にも、フェニックスにも、害意を向けるつもりはありません」

「右に同じく……だからさっさと案内しろ……」

 まるでオレの頭ん中を覗きでもしたかのように、龍神たちはそんなことを言ってきた。

「それを素直に信じろってか」

 普通に考えたら無理がある。そんな言葉を馬鹿正直に真に受ける奴がいたら、そいつは本当のバカである。

「信じる信じないは貴女の自由です……ですが、そうですね……もしも信用が得られないのであれば、わたくしたちは勝手にお母様を探すだけです」

「ちなみに……面倒だけど、邪魔するなら押し通る……」

「ほぉ……オレとやるってのか? 毛玉……」

「必要なら……」

 不意に、ベヒーモスの体からマナの気配が強くなる。明らかな臨戦態勢にオレの口元がつり上がる。

「ベヒーモス、今は同族で争う時ではありません。ティターンも、できれば素直に案内していただくか、そうでなければ大人しくわたくしたちを通していただけないでしょうか?」

 間に割って入ってきた龍神が、オレとベヒーモスを窘める。気勢をそがれたオレは小さく舌打ちするものの、龍神はそれを気にした風でもなく穏やかな笑みを浮かべたままだった。

 そうなるとオレも闘争する気が薄れてきた。後頭部を掻いて小さくため息を吐く。

「はぁ……まぁいいか……付いて来い、姉御んとこに案内してやる」

「あら。ありがとうございますティターン。それでは、お言葉に甘えさせていただくとしましょう。ね、ベヒーモス」

「最初から、素直にそう言えばいい……まったく、めんどくさい……」

「うるせぇよ」

 こいつらが何を考えているのかはわからない。だがそもそも、何かしてくるつもりなのだとしても叩き潰せばいいだけの話だ。ベヒーモスをやっちまうのは(オレの性癖的に)もったいねぇ気もするが、敵対するなら容赦はしねぇ。今のこいつらのマナの量は、オレと比べても大差ない。つまり、オレが負けることはありえないということだ。なら、こいつらを姉御のもとに案内しても問題ないと判断する。

 それに、

「ついて来い。こっちだ」

「はい、よろしくお願いしますね」

「よろ……」

 こいつらを連れて行って、もし何か問題が起きれば、二人を案内したオレにご主人様が罰として何かお仕置きをくれるかもしれん……!

「くくく……」

「あら、ティターンったら、また笑ってるわ」

「気持ち悪い……」

 ホーリーアップルの実る泉のほとり。初体験を迎えたあの日から二週間。俺とデミウルゴスは小さく揺れる水面を前に隣り合って地面に座っている。

「デミウルゴス、今日もお疲れ」

「う、うむ……旦那様もお疲れ様なのじゃ」

 デミウルゴスが日課である世界樹の種子の経過観察を終えた頃。俺は彼女に労いの言葉をかけて、ここに誘った。

 最近、俺は以前よりもデミウルゴスとの間に距離を感じる。露骨ではないのだが、わずかに避けられているような気配がするのだ。以前は事あるごとにくっついてきた彼女が、俺と触れそうになると距離を開ける……うぐっ、割と精神的にクルな。

 それもこれも、俺がデミウルゴスとの初体験で暴走し、気遣いができていなかったからだ(と、本人は思っている)。

 そのせいで、デミウルゴスは俺との接触を避けるようになったに違いない(と、本人は思って……)。

 きっと、彼女の中では俺との行為が苦い思い出になってしまい、体を求められることに拒否感を持ってしまっているのだ(と、以下略)。

 それがゆえの、現在の距離感だとすれば、俺はデミウルゴスに謝罪する意味でも、彼女に対してしっかりとしたフォローをしていかねばならない!

 これからの夫婦生活、こんな序盤で躓いていては先が思いやられる。

「なぁ、毎日ずっと世界樹にマナを与え続けてるけど、疲労感とかはないのか?」

 魔法を使うと走った後のように体が重くなる。マナを使いすぎるとぶっ倒れて、最悪の場合は死ぬことだってありえるのだ。デミウルゴスは日常的に膨大なマナを世界樹に提供している。だとすれば、いかに彼女でも肉体的に負荷が掛かっているのではないだろうか?

「そうじゃのう。正直に申せば、確かにマナを世界樹に与えた後は、体がだるくなる。じゃがその程度じゃよ。少し時間が経てば回復するゆえ、心配は無用じゃ」

「そ、そうか……」

 こちらに心配をさせまいと笑みを見せるデミウルゴス。とはいえやはり体に多少なりとも不調は出るようだ。彼女が最強の力を有していた時なら、こんなことにはなっていなかったのかもしれないが……というか彼女の力を削いだのは自分だしな。そのせいで彼女に負担が掛かっていることに、胸の奥がチクチクと刺激される。

「ま、まぁでもさ、体に倦怠感があるなら、少しは休んだほうがいいんじゃないか。ほら、なんなら俺の膝を枕にして横になってもいいぞ」

 と、俺は提案してみる。すると、デミウルゴスはあからさまに体をビクリと震わせ、気まずそうに視線を横にスライドさせた。

 ぐほっ!

 き、きつい……だが、ここは粘りどころだ。絶好の気遣いポイントをアピールするチャンスじゃないか。くじけるな、俺!

「ほ、ほら。そのまま地面に横になるよりはさ、少しは体が楽だと思うぞ」

「じゃ、じゃがの。それでは旦那様の迷惑に」

「迷惑なんかじゃない!」

「っ……だ、旦那様?」

「あ、すまん。つい大声が出ちまった。で、でも、本当に迷惑なんて思わないから。だから、ほら」

 俺は膝をポンポンと叩き、戸惑いの表情を浮かべるデミウルゴスに手を差し出す。俺としても自分から膝枕を言い出すのは勇気が必要だったが、果たして彼女はどんな反応を返してくるだろか。

 できるだけ平静を装いつつも、内心では心臓がうるさいくらい脈打っている。ここで断られたら、なんて想像をするだけで嫌な汗が吹き出てきそうだ。

「う、うむ……旦那様がどうしてもというのであれば……その、寝てやらんこともない」

 なんて、どこかソワソワした様子ながらも、デミウルゴスは俺のそばにゆっくりと近づいてきて、体を横に倒した。後頭部をこちら側に向けて、ふとももに彼女の頭がそっと置かれる。そのことに、俺は心の中で盛大にガッツポーズをとった。

 よっしゃぁ!

 デミウルゴスの癖のない銀髪が、ふとももから流れて地面に広がる。顔をこちらに向けてくれなかったことだけは少し寂しい気もするが、彼女が俺を拒絶しなかったことに心から安堵する。俺は知らず力が入っていた体を弛緩させ、思わずデミウルゴスの髪を指ですくように撫でてしまった。

「ぅ、ん……」

「あ、悪い。嫌だったか?」

 小さく身じろいだデミウルゴスの反応に、俺は咄嗟に謝罪の言葉を口にする。嬉しさのあまり我知らず体が動いてしまったが、あまり触れてきてほしくないと思われているなら、自重するべきだろう。ちょっと寂しいけど。

「い、いや。そうではない。少々くすぐったかっただけなのじゃ」

「……なら、続けても?」

「す、好きにせよ」

 しかし、別に嫌がられているわけではないようだと知り、ほっ、と胸を撫で下ろす。

 さて、許可も頂いたことだし、ではさっそく。

「うにゅ、むぅ……」

 髪を撫でられるたびに、彼女の体から力が抜けていくのがわかる。長い髪のせいで表情はよく見えないのが残念だ。仰向けになってくれないかなぁ、なんて思いつつも、こうして身を預けてくれただけで満足するべきだよな、と欲求を飲み込む。今の俺は彼女を労わっているのだ。自分の欲が全く絡んでいないとは言わんが、自重は大切だ。

 それに、なんだかんだと、彼女に触れているという今この瞬間、俺の中は満ち溢れるような幸福で埋め尽くされている。心から伝播した熱が、体全部を温めてくれているかのようだ。

「ふにゅ~……」

 なんだかよくわからないデミウルゴスの声さえ心地よく、俺はしばらくの間、彼女の頭を撫で続けた。

 我は今、旦那様に膝枕をされておる。しかも、髪をすきながらの撫で撫で付きじゃ! もう顔から体から、全力の勢いで火でも吹き出してしまいそうなほどに熱くなって堪らん。

 旦那様がゆっくりと髪を撫でてくれる度に、我は奇妙な声を漏らして、全身から力が抜けてしまうのじゃ。あまりの幸福感に、心が満たされていくのを感じる。しばらくずっと旦那様に触れないようにと気を使っておったのに、これでは……ズルズルと旦那様に甘えてしまいそうになるではないか!

 しかも底なしに湧いて来る下半身の疼き。これが続いている状態で旦那様に甘えでもしたら、そのまま襲ってしまうやもしれぬ……いや、確実に襲ってしまうじゃろう!

 それはダメじゃ。というか、最初のまぐわいとて我が旦那様を押し倒して及んでしまった。旦那様との関係は体のみでなく、心も繋がっていなければならぬのじゃ。淫乱なだけの女じゃとは思われとうない……じゃが、今の我では体だけを求めるケダモノへと成り果てる。

 それは嫌じゃ。

 その果てに醜態を晒し、旦那様から呆れられ、嫌われるのはとても耐え難い。

 じゃというのに、旦那様は我の気も知らず、こうして積極的に触れてこようとする。今だって、我の髪に触れて慈しみを与えてくれているのがわかる。ゆえに、その行為をに断ることもできなんだ。

 いや、それはただの言い訳で、我自身も旦那様に触れてほしいと願っておる。そもそも、旦那様の好意が嬉しくないはずがないのじゃ。こうして旦那様によって髪を撫でられることの、何と心地好く甘美なことか。

「ふにゅ~……」

 ああ、何とはしたない声を出しておるのじゃ、我は。

 じゃが、じゃが、抗えぬのじゃ~~……っ!

 この膝枕の魅力を突っぱねることなどできはせん。我も自身の体の疼きがおさまったその時は、旦那様へ存分に膝枕をしてやりたいくらいじゃ。

 その時は旦那様、喜んでくれるじゃろうか?

 我に、いっぱいいっぱい、甘えてきてくれるじゃろうか?

 ああ。我がもっと貞淑な妻であれたなら、このように妙な距離を取らずともよいものを……己の未熟さに悶々とすることになるなど……

「うぅ~~……」

 恋とは……愛とは何と不便なものなのじゃ。

 相手を思うからこその触れられぬジレンマが、今はひどく、もどかしい……

 ガサガサ……

 デミウルゴスの柔らかい髪を指ですき、久方ぶりの触れ合いを楽しんでいると、ふいに右側の茂みが揺れた。

「うん?」

 愛らしい銀の後頭部から目線を上げ、鬱蒼と茂る森の奥に目を凝らす。すると、茂みを掻き分けて三人の人物が出て来た。

 一人は狩りに出かけたはずのティターンだ。

 しかし、その後ろから現れた二人の女性は、初対面である。

「お、やっぱりここにいたか」

「ティターン、お前この時間は魔物狩りに行ってたはずじゃ……?」

 俺がティターンに話しかけると、膝の上でデミウルゴスが、ビクッ、と体を震わせて反応。慌てた様子で体を起こすなり、俺の視線を追いかけるように体を同じ方向へと逸らした。

「ティ、ティターンかっ! 戻ったのじゃな! しゅ、首尾はどうじゃった!? アニマクリスタルは集まったかのう!?

 よく見れば、デミウルゴスは頬から耳の先までを朱に染めている。もしかしたら、膝枕をされている姿を見られて恥ずかしがっているのかもしれない。何というか、そんな彼女の姿に思わず口元が緩みそうになってしまう。

「ああ。悪い。狩りはまだだ。成果も出てねぇよ。それよりも、後ろの連中を姉御んとこまで案内してきた」

「む? 後ろの者たちじゃと……? よそ者を安易にこの森へ入れるとは、お前はいったい何を考えて……」

 と、デミウルゴスがティターンに苦言を呈そうとしたその瞬間だった。

「──お母様!」

「むぉっ!?

 突然、ティターンの後ろから一人の女性が勢い良く飛び出してきた。俺とデミウルゴスは咄嗟に身構えるも、相手は疾風のごとき速度で駆けてきた。意識を向けた時には既に目前にまで迫っており、何と彼女は驚愕するデミウルゴスの首に、ひし、と飛びつき抱きついたのだ。女性はそれなりに高身長であるため、背の低いデミウルゴスに抱き着くと地面に半分寝そべった様な状態になっている。俺は膝立ち姿勢のまま、何が起きたのか状況について行けず、唖然としてしまった。

「ああ……お母様……ご無事だったのですね……よかった、本当に、よかった……」

「だ、誰じゃ貴様は!? ええい! 苦しい! 放さぬか無礼者!!

 デミウルゴスに抱きついたのは、見た目二十代前半と思われる美しい女性であった。黒に近い群青色の長い髪。涙を浮かべてる瞳はさながら琥珀石トパーズのようだ。細くしなやかな手足に、きゅっと引き締まった魅惑のラインを描く細い腰と、それとは対照的にひどく発育した豊穣な胸が特徴的である。

 デミウルゴスじゃなくても、誰? と思わず首を傾げてしまう。何の脈絡もなくデミウルゴスに抱きついた謎の女性。どうやら敵意はないようだが……というか「お母様」? 彼女は一体……?

「も、申し訳ありませんお母様! ……わたくしったら、お母様のお姿を拝見できたことに感動してしまって、つい……」

「いや、とか言いながらなぜ離さぬのじゃ!? 大体、我は貴様に母などと呼ばれる筋合いはない!」

「ああ、そのような悲しいことを仰らないで下さいませ……この『龍神』、お母様の気配が感じ取れなくなった二年前から、ずっとその身の無事を案じ、捜していたのですよ?」

「なっ!? りゅ、『龍神』じゃと!?

 デミウルゴスは驚愕の上に更に驚愕を重ねて目を丸くした。

 かくいう俺も、いきなり突進してきた女性が、まさか四強魔の一人である龍神を名乗ったことに驚きを隠せなかった。

「はい……お久しぶりでございます、お母様。貴女様に生み出されてから早数千年……ただいま、御身のもとへ帰還いたしました」

 デミウルゴスから体を離した龍神は、ぴんと背筋を伸ばすと膝を突く姿勢を見せ、恭しく頭を垂れた。

「お疑いでしたら、この身に流れるマナを感じ取ってみて下さい」

「……う、うむ」

 龍神を名乗る彼女をじっと見据えるデミウルゴス。すると、険しかった彼女の瞳が徐々に下がり「ほぅ」と小さく息を吐き出すなり、おもむろに立ち上がった。

「間違いない……このマナの気配は、まぐれもなく我が知る龍神のもの……そうか……我のもとに戻ったのじゃな」

 デミウルゴスは表情を緩めると、膝を突く女性の頭を優しく撫でる。それに反応した龍神は勢いよく顔をあげ、再度瞳を潤ませて自らの主の手を取った。

「ああ、お母様……っ!」

「うむ……よく戻ったのう……嬉しいぞ、龍神」

「っ……!」

 感極まった様子で、再びデミウルゴスに抱きつく龍神。

 しかし、今度はデミウルゴスも彼女を受け入れ、まるで本当の母親のように彼女の髪を優しく撫でる。

 そして、その様子を見つめていた俺の傍目に、もう一人の女性が近づいてくるのが確認できた。

「……主様、久しぶり……」

「む? お前は……いや、龍神と共にここへ現れたということは、もしやお前、『ベヒーモス』かの?」

「……うん、そう……主様、無事だった……本当に、よかった……」

「うむ。どうやらお前たちにも心配を掛けてしまったようじゃな……ベヒーモスよ。もう少しこちらに来て、その顔を見せてはくれまいか?」

「……うん」

 デミウルゴスがベヒーモスと判断した少女は、見た目だいたい一四から一六ほどの少女だった。

 俺はこの場に龍神とあわせて、ベヒーモスまでもが一緒になって現れたということに大きく目を見開きつつ、立ち上がって彼女を観察し始めた。

 肩甲骨まで伸びた乳白色の髪。紅玉石ルビーのように真っ赤な瞳は半分ほど閉じられており、酷く眠たげな印象を抱かせる。だが、特に俺の目を引いたのは、彼女の頭と腰から生えた、『耳と尻尾』の存在である。猫を思わせる尖った耳が頭上でピコピコと揺れ、細くしなやかな長い尻尾がフリフリと揺れている。まさか、獣人ベスティア族の姿に擬態しているとは。見たところ猫人族ワーキャットのようだな。

「……ああ、主様の匂いがする……これ、好きかも……」

「こ、これこれ、鼻を押し付けてくるでないわ。くすぐったいであろうが」

「すりすり……」

 呆然と立ち尽くす俺を尻目に、再会の抱擁を交わすデミウルゴスたち。ティターンは欠伸をしながら、手ごろな木に背中を預けて事の成り行きを見守っている。

 俺は森の外に向かったフェニックスに意識を向け、ついで遠巻きにデミウルゴスたちに視線を向けるティターンを視界に収めると、最後にデミウルゴスたちへ視線を戻した。

 ……この二人がもし本当に龍神とベヒーモスなら、今ここには……デミウルゴスが生み出した最強の魔物……四強魔が全員この森に集結したことになる。

 いずれ、こうなる日が来るんじゃないかと予想してはいたが、まさかここまで早く全員が揃うことになるとは。俺は未だ再会の喜びに暮れる彼女たちを見つめ、微笑ましくも思える一方で、これから先のことに対し、どこか不安を拭えずにもいた。

 なにせ今ここに、世界最強の戦力が完全に集中してしまったのだから。

 感動の再会を果たしたデミウルゴス、龍神、ベヒーモスの三人。そこに、アニマクリスタルを抱えたフェニックスが森の外から戻り、本当にこの場に四強魔が集結した。

「わぁ! 龍神にベヒーモス、久しぶりね!」

「まぁフェニックス。本当に久し振りですね、お元気そうでなによりです」

「おひさ……」

 ティターンの時とは打って変わって、フェニックスは二人のことを歓迎していた。デミウルゴスが二人を龍神、ベヒーモスだと認めていることも、フェニックスが彼女たちを素直に受け入れた要因かもしれない。

 それと余談だが、いくら相手が龍神やベヒーモスだとわかっていたとはいえ、安易にデミウルゴスの前に二人を連れて来たティターンには軽く注意をしておいた。俺からの言葉を聞いている間に、ティターンはなにやらソワソワとした様子で頬を赤らめ、何かを期待するような素振りを見せていた。しかし俺が注意だけで今回のことを終わらせると、ひどくガッカリしたように肩を落としていた……アレは何だったのだろうか……?

 いや、やっぱり深く考えるのはよそう。なんというか、深く追求すると後悔しそうな気がする……アレは突いてはいけない類の藪だ。

 俺たち全員は泉の近くで円を描くように腰を下ろした。

 泉を背に、右からデミウルゴス、俺、ティターン、ベヒーモス、龍神、フェニックスの順に座っている。フェニックスは特に龍神と積極的に言葉を交わし、ベヒーモスはこくんこくんと会話の最中に船を漕いでいた。その隣で、ティターンはどこかいじけた様子で地面に指をずぼずぼと突き立てて、俺に不満そうな目を向けて唇を尖らせていた。が、俺はもちろん彼女の視線を完全に無視。デミウルゴスはそんな四人の姿を愛おしそうに見つめていた。

 しばらく旧交を温めるように談笑を交わしていたフェニックスたちだったが、ふいに龍神とベヒーモスが俺の存在に目をつけ、デミウルゴスへと問い掛けた。

「あの、お母様……ずっと気になっていたのですが、なぜお母様の近くに人間がいるのでしょうか?」

「それ、ボクも気になってた……主様、なんで……?」

「む……それはのう……」

 言いよどむデミウルゴス。さすがに俺がデミウルゴスの力を削いだ存在だと説明するのは、心象的にはよくないことは間違いない。

 とはいえ、何も話さないわけにもいかないだろう。

 俺は姿勢を正し、龍神とベヒーモスから向けられる視線を真っ直ぐに受け止めた。

「初めましてだな。俺はアレス・ブレイブ。二年前は勇者としてデミウルゴスと敵対していた」

 そんな自己紹介を口にすると、二人は大きく目を見開いて、ますます警戒心を露わにして俺を見据えてくる。

「……勇者ですか。聞いたことがあります。愚かにもお母様に戦いを挑もうとしている者がいると……それが確か、人間たちの間では勇者とか呼ばれていましたか……なるほど、貴方が……」

「敵対してたのに、何で今は一緒にいる……?」

「そ、それは、じゃな……~~っ」

 ベヒーモスは純粋な疑問をデミウルゴスにぶつける。お互いに殺し合いを演じた相手と、なぜ今は一緒にいるのか。彼女からすればそれは当然の疑問だろう。

「わ、我はこやつ……アレスを、好きになってしまったのじゃ……それで、今は夫婦として、一緒に生活をしておる」

「まぁ!」

「ほうほう……え? ……何で……?」

「そ、それはのう……実は……」

 表情を羞恥に染めて、デミウルゴスは龍神とベヒーモスに二年前からこんにちに至るまでの経緯をすべて話して聞かせた。俺も、彼女の説明を補足するように要所要所で会話に混ざる。ただ、何故かデミウルゴスは俺からしたという告白の場面の詳細は語ろうとしなかった。俺にはその時の記憶がないから説明は当然できない。

 もしかして、デミウルゴスはまだ俺に当時のことを自然と思い出してほしいという思いがあるのかもしれない。あとでそれとなく真意を訊いてみようか。

 と、あらかた話をしたタイミングで、龍神が小さく呟いた。

「つまり、この方はお母様との戦いで一度は命を落とし、お母様によって命を分け与えられた、と……そして今は、契りを結んで一緒に世界樹を育てている……要はそういうことですね?」

「で、そのオスと交尾、した……?」

「ちょ、直接的な物言いじゃな、ベヒーモスよ……しかし、うむ……そういうことに、なるかのう」

「まぁまぁ! それではお二人は、既に愛の契りを結んで……」

「おる……つい、二週間ほど前のことじゃ」

「あらあらまぁまぁ! それはおめでとうございます! この龍神、心からの祝福を申し上げます!」

「え? いや、というか、その……龍神は俺たちが一緒になることに、反対したりしないのか?」

 龍神からの祝いの言葉に、俺は思わずそう問い掛けてしまう。仮にも俺とデミウルゴスは命のやり取りを行い、その結果としてデミウルゴスは全盛期の力を大きく失っている。普通なら、付き合うことなど許さないと猛反対されてもおかしくはない。最悪、この場で襲われたって不思議ではないだろう。

「確かに思うことがないわけではありません……ですが、お母様おんみずからが選んだ御方ならば、それに反対する理由はわたくしにはありません」

 龍神はそう言ってくれた……しかし隣のベヒーモスは、すぐに頷く様子はなく、

「……一つ、気になることがある……」

 眠たげな瞳が更に細められて、俺を値踏みするように見つめてくる。どこか獲物を狙う猛獣にも似た気配を漂わせるベヒーモスの視線に、俺は緊張感を覚えた。

「お前は本当に、主様たちに勝ったの……?」

「む? ベヒーモスよ。それは我らが嘘を言っているということかの?」

 俺へ向けられた問いにデミウルゴスが眉を顰める。ベヒーモスは首を縦に振ってみせた。

「主様が、その人間をよく見せようと……話を誇張している可能性もある……」

「ちょっとベヒーモス! あんた、デミウルゴス様がそんな御方だって本気で思ってるの!?

 ベヒーモスの発言に、フェニックスが勢いよく立ち上がった。しかしベヒーモスはフェニックスを一瞥しただけですぐに視線をデミウルゴスへと戻した。

「戦ってもいないうちから……完全に信用は、できない……たとえそれが、主様の言葉でも……」

「むう……確かにそれはもっともじゃ……じゃが、であればどうしろというのだ、ベヒーモスよ?」

 顎に指を添えて、デミウルゴスがベヒーモスに問いかける。するとベヒーモスは、俺に再び目線を移動させ、答えを用意していたかのようにすぐさま自分の提案を口にしてきた。

「ねぇ人間……ボクと、手合わせ、しよ……?」

「手合わせ? 戦うってことか?」

「そ……弱い奴がここにいる資格はない……仮に主様が認めてても、ボクは許さない……」

 紅玉のような瞳に確かな闘志を潜ませて、ベヒーモスはゆっくりと立ち上がった。

「ボクたちと家族になりたいなら……その実力、見せて……弱い奴は、いらないから……」

 ベヒーモスが指をコキンと鳴らす。今にも飛び出してきそうな彼女の様子に、俺も自然と体が臨戦態勢となる。

「ちょっと待ちなさいってばベヒーモス! さっきの話を聞いてたでしょ! 今デミウルゴス様は、そこのアレスと命を共有しているわ。そいつを殺しちゃったら、デミウルゴス様も死んじゃう……それは絶対に認められないわ!」

「確かに。お母さまが巻き込まれて命を落とすのを、黙って見ているわけにはいきませんね」

「むぅ……」

 フェニックスと龍神に待ったをかけられて、ベヒーモスが小さく口を尖らせた。しかし、彼女はどうあっても俺と戦いたいようで、

「なら、殺さないよう注意する……」

 なんて、気の抜けることを口にした。フェニックスが半眼になってあきれた様子を見せる。

「注意って、あんたね……」

「やりすぎちゃったら、みんなで止めて……それなら、安心……」

「……ですが、やはり危険が」

「龍神は、主様の隣に相応しくない男がいるの、許せる……?」

「それは……お母様が決めたことなら、異論は……」

「ボクは、イヤだ……それに、見極めたい……主様にも、フェニックスたちも勝った、その実力を……」

「つまり、これは我が旦那様に課す、お前からの試練だというわけかのう?」

「そう取ってもらっていい……」

 デミウルゴスがベヒーモスの意図を要約する。

 力こそが正義、という魔物独特の価値観みたいなものが、四強魔には共通してあるように俺は思う。おっとりした雰囲気の龍神ですら、弱い人間がデミウルゴスの隣にいてもいいのか、と訊ねられて答えに窮していた。つまりはそういうことだろう。

 実力を見ていない内から、俺を完全に認めることはできない。そう思う彼女たちの意思を尊重するなら、ここは逃げずにベヒーモスの提案を受けるべき場面。更に言えば、俺がデミウルゴスの良人おっととしてふさわしいことをこいつらに証明する機会でもある。無駄な争いは避けるのが肝要だが、力比べで相手を納得させるやり方はむしろシンプルでわかり易いかもしれない。ここでこの提案を断って、変にしこりを残すよりはマシだと考えることもできる。

「……それに、もしその人間の実力が本物なら……ボクの……が…に……」

 と、急にベヒーモスは小さく下を向いて、最後に何か呟いた。だが、それはあまりにも小さい声で、誰の耳にも届かなかったようだ。

「? ベヒーモス? まだ何かあるのかの?」

「ううん……これは、後でいい……」

 ベヒーモスは顔を上げると、両の拳を腰の位置で握って真っ直ぐ俺を見据えてきた。

「それじゃ人間……さっそく、やろ……?」

 ベヒーモスの闘気を受け止めて、俺も相手を見返す。一見すると小柄で華奢な少女に見える彼女だが、その内に宿る膨大なマナは、こいつが並みの相手ではないことを俺に伝えてくる。これで全盛期と比べて弱体化しているというのだから、笑えない冗談である。しかし先日対峙した時のティターンと比べればまだ感じられるマナの圧は弱い。初めて出会った時のフェニックスに感じたマナと同程度か……それでも油断などできる相手ではない。全盛期のデミウルゴスやティターンに勝ったからと自惚れれば、その瞬間に寝首をかかれることになるだろう。

「わかった。ベヒーモス、お前との試合、喜んで受けよう」

「旦那様……」

 心配そうに見上げてくるデミウルゴス。俺は彼女の頭に手を置いて、笑いかける。

「大丈夫。俺に任せとけ。何の心配もいらねぇよ」

 妻の不安を払しょくするように、力強く答える。そんな俺を見て、デミウルゴスが小さく笑みを浮かべてくれる。彼女のこの表情を曇らせることのないよう、俺は全力を尽くすだけだ。

 しかし、この状況は……

「……何というか、デジャヴュを感じるな……」

 緊張感が漂う場面だというのに、俺は思わずフェニックスを見やった。

「何よ?」

「いや、なんでも……」

 そういやこいつも、初めて会ったときは、俺を認めない、と言って勝負を挑んで来たんだったか……あれからもう一か月以上も経つのかと思うと、時間の流れの早さを実感する。

 そして、俺たちは揃って森の外へ移動した。戦いの余波で世界樹の種子に害が及ばない様にするための配慮だ。ここも、かつてフェニックスを相手にした時と同じだ。ますますデジャヴュだな……

 森の外に広がる平原。遮蔽物などほとんどないだだっ広い空間で、俺はベヒーモスと対峙した。立会人として、デミウルゴスが戦いのルールを説明し始める。

「──では、今回の取り決めは以下の通りじゃ。まず、相手の命を奪う行為を行ってはならぬ。もしもの際は立会人である他の四強魔が止めに入るのじゃ。勝敗の決着は相手を戦闘不能にするか、敗北を認めさせるかの二つ。それでよいな、二人とも?」

「ああ。問題ない」

「大丈夫……」

 俺とベヒーモスの周囲で。フェニックス、ティターン、龍神の三人が、最悪の事態に備えて囲みを作る。これで、よほどのことでも起きない限りは不慮の事故はないだろう。

 各人の準備が整ったのを見て取ったデミウルゴスが、片手を頭上に上げて、

「うむ。では各々、存分にその力を振るわれよ………………始め!」

 試合開始の合図とともに、腕を振り下ろした。

 途端!

「っ!?

 強烈なマナの気配を感じて、俺は慌てて地面に伏せるほど姿勢を低くした。すると、俺の髪を数本巻き込んで、強烈な風圧が頭上を通り抜けていった。

 目にも止まらぬほどの速度で接近してきたベヒーモスが、俺の腹部目掛けて鋭い蹴りを放ってきたのだ。

「……へぇ……」

 蹴りの姿勢のまま、ベヒーモスが感心した、とでも言うような声を出す。

「不意打ちのつもりだったんだけど……なかなか、いい眼してるね……」

「そりゃ、どうも……!」

 俺は腕の力だけで体を跳ね上げて、空中で縦に回転しながらブーツの踵をベヒーモス目掛けて落とす。しかしこちらの攻撃は右に躱され、地面に足を付いた俺にベヒーモスは再び足技を繰り出してきた。咄嗟に腕の筋力と防御力をマナで強化して受け止める。

「速い……!」

「まだまだ序の口……次、行くよ……!」

 ベヒーモスと一瞬だけ視線が交差する。腕から伝わる痺れをまともに感じる暇もなく、ベヒーモスは蹴り上げた脚を一気に引き戻すと飛び上がり、先ほど俺がしてみたのと同じようにその場で飛び上がって踵を真っ直ぐに落としてくる。

 動作を切り替えるまでの速度が尋常でなく、俺はベヒーモスが繰り出す常人離れした動きに翻弄されてしまう。

 迫る一撃を俺は体を後方に引いてギリギリ躱す。鼻先を掠めて通り過ぎる足を見送り、代わりにマナを高密度に集めた右手の手刀打ちをベヒーモスの首元目掛けて放った。

 しかし彼女はなんと攻撃に視線を向けることもなく体を自然を後ろに倒れこませる。空を切る俺の一撃。ベヒーモスは背中が地面に触れる直前に両手で地面を捉え、そのまま脚を振り上げながら体を後方に一回転。

 こちらを牽制しつつ距離を取られた。

「ふ~ん……主様たちに勝ったって話……あながち嘘でもないのかも……」

 ベヒーモスは眠たげな瞳のまま、その口元にうっすらと笑みを浮かべた。

「これは、嬉しい誤算かも……」

 彼女の頭部の耳が揺れて、尻尾が真っ直ぐに伸びる。

 ベヒーモスが嬉しそうな表情を浮かべるのに対し、俺は今の短い応酬だけで彼女の実力の高さを嫌でも痛感していた。

 拳や蹴りの威力は弱体化したティターンと比べれば若干劣るだろう。しかしそれを補って余りあるスピードを彼女は持っている。なによりもこれまでの四強魔との戦いとは決定的に違うのは、彼女は決して俺を侮ってはいないということ。

 フェニックスもティターンも、果てはデミウルゴスとて、戦いの序盤は俺を人間だと甘く見てきた。そこに隙を見出して付け入ってきたからこそ、俺は勝利を収めてこられたというのも事実だ。

 しかしこと今回の戦闘において、彼女は事前情報として俺がデミウルゴスたちに勝利したことを耳にしている。

 先ほどの一幕……彼女は様子見のつもりで仕掛けてきていた。しかしそれは油断によるものではない。鋭く放ってきた一撃はその全てが俺の急所を狙ってきたものだ。即死するような事態にはならないよう配慮されてはいたが、それでもまともに入れば意識を刈り取るには十分。殺し合いという場面でなければ彼女の繰り出した攻撃はかぎりなく正解に近い。

「うん……ごめんね……君相手なら本気になっても大丈夫そうだ……」

「っ!?

 今まで「お前」呼びしていた彼女が、途端に「君」と俺を呼ばわってくる。更には彼女の体から濃いマナが溢れ出て陽炎のように立ち上った。

 すると、

「ちゃんと、ついてきてね……でないと……」

「死んじゃうよ……」そう呟いた彼女の手足がゆっくりと膨れ上がり、さながら肉食獣のそれに変化する。真っ白な体毛に覆われた屈強な四肢。そこから覗く漆黒の爪が鋭く光を反射させている。内側のピンクの肉球がまるで皮肉のような可愛さを覗かせていた。

「──『獣化』」

 見る人によっては愛らしさすら感じられる手足の変化。しかしその実、あの姿は獣人族にとっての戦闘形態なのだ。人と比べて身体能力が高いのが獣人族の特徴だ。それだけでも大きなアドバンテージなのだが、彼らには『獣化』とよばれる身体強化の術を持っており、ただでさえ高い身体能力を更に高めることができるのだ。

 俺が予想するに、彼女の変化は攻撃力を底上げする類のものだろう。

 先ほどは彼女の蹴りを腕で受けたりもしたが、同じことをすれば確実に千切れ飛ぶ。そしてそのまま入った一撃で俺の命は確実に狩られる。

 もう、安易に彼女の攻撃を受け止めるなんて真似はできない。

「シッ……!」

 思考も纏まらないまま、ベヒーモスが動き出す。先ほどとはまるで比べ物にならないほどに速度の乗った駆け出し。俺の体は考えるよりも先に反射で右に傾き、そのまま地面を転がった。

 すると、今まで俺が立っていた位置にベヒーモスの拳が突き出されている。

 彼女の眼はすでに俺を捉えていた。それを受けて俺の背筋に強烈な悪寒が突き抜ける。

 悠長に転がっている暇などない。ここで動きを止めたが最後、勝利の芽は確実に潰える。

 俺は転がりながら左手に力を入れて跳ね起きた。

 だがこちらが体勢を整える前に、ベヒーモスは突き出した拳を握りこんで裏拳を放ってくる。側頭部に迫った一撃をすんでのところで回避。

 そこから、ベヒーモスによる怒涛の連撃が繰り出された。

 裏拳が空ぶってもその勢いを乗せたまま脚を振り上げて回し蹴りを放ち、それを身を屈めて躱せばこちらの顎を狙って蹴り上げてくる。喉を仰け反らせた俺に振り上げた脚をそのまま下ろしての踵落とし。

 まるで息つく暇もない。

 流れるように繰り出される一撃一撃はすべて必殺の威力を秘めており、まともに受ければ無事では済まない。しかも一連の動作はまるでダンスのように途切れることなどなく、さながら一連の流れを沿っているかのような自然さだ。

 連撃の最中にも俺は牽制の一撃を割り込ませるが、状況の打開にはいたらずジリ貧だ。

 俺は確信する。こと体術を用いた白兵戦においてなら、ベヒーモスは間違いなく過去に戦った誰よりも巧みで力強い。

 だが、

「ふっ!」

 俺は空間をも切り裂くようなベヒーモスの正拳突きを、ほぼ真横から横槍を入れるように払い除けて大きく後方に跳んだ。

 流れを強制的に遮られたベヒーモスの体がほんの少し傾く。その隙に俺は彼女と距離を取った。

「すごい……ここまでボクの攻撃を単独で凌いだのは、君が初めてだ……」

 ベヒーモスが俺を見据えて獰猛な笑みを浮かべた。それと同時に彼女の体から更にマナの奔流が大気で荒れ狂った。

「風よ……加護となりてはべれ……『ゲイル・フォース』……!」

 魔術詠唱!

 ベヒーモスの四肢を包むように風の幕が覆う。吹き荒れる風で平原の草が千切れて舞い上がり、彼女の手足に触れた途端に細切れになってしまった。

『ゲイル・フォース』……風の渦を体に纏わせる攻防一体型の魔法。渦巻く風に触れれば人間の肉など容易く挽き肉にされてしまう。向こうがこちらを一方的に攻められるのに対して、こちらは相手の魔法に触れないように立ち回らなければならない。非常に厄介な魔法だ。

「一人の人間相手に、この魔法を使ったことはない……」

 ベヒーモスが姿勢を低くして突進の構えを見せる。

「素直に認める……君はボクが出会ってきた人間の中で、一番──強い!」

「っ──!」

 彼女は最後の言葉を口にするのとほぼ同時に、平原の地面を抉りながら駆けてくる。

 まるで巨大な暴風が形をもって向かってくるかのような凄まじい突進!

 わずかに開いていた距離などまるで意味がなく、ほとんど一瞬の内に埋まってしまった。

 ベヒーモスの拳が俺の胸目掛けて突き出される。俺はなんとかそれを回避できたものの、彼女の纏う風で胸が切り裂かれて鮮血が舞った。

「旦那様!?

 途端、遠くからデミウルゴスの悲痛な声が上がる。しかし今の俺にはその声に応えている余裕も、胸の痛みに気をする暇だってない。

 意識の全てをベヒーモスに集中せねば、俺の体は次の瞬間にはミンチに早変わりだ。

 これまでの四強魔との戦いでまともな傷を付けられたのは今回が初めて。やはり侮りなく向かってくる手合いは付け入る隙を見つけるのが難しい。

 加速度的に増していくベヒーモスの連撃。トウカが持つジョブ──『サムライ』のスキルである『心眼』を用いて、なんとか迫る拳、蹴りの位置を把握して致命打を避ける。

 それでも彼女がまとう風の鎧が体を掠める度に皮膚が裂けて血潮が飛ぶ。

 下手に手出しすれば肉が抉られてしまうため、先程のように牽制するための行動に出れないこともまた、こちらが追い込まれている要因の一つであった。

「どうしたの……? 防戦一方だよ……」

「くっ!」

 こちらの気も知らず、ベヒーモスがのたまう。しかし俺は彼女の挑発にノッテやるつもりはなかった。如何に怒涛の連撃も、生物が繰り出す以上は必ずどこかで流れが途切れるタイミングがある。

 デミウルゴスの猛攻にも耐えきったんだ。全盛期よりも力の衰えたベヒーモスの攻撃を耐え切れなくてどうするよ。

 ほんの一瞬でいい。僅かにでも魔法発動の隙が生まれれば、それだけでこの状況は覆る。

 俺の見立てだが、ベヒーモスはおそらく……

「この……ちょこまかと……!」

 ベヒーモスも痺れを切らし始めた。どれだけ油断なく挑んで来ようと、己が優勢であればあるほど、決め手に欠けるこの状況はジレンマだろう。

 なまじ最強の座を欲しいままにしてきた四強魔なら、堪え性はそこまで高くないはず。

「──ッ!」

 ベヒーモスが半歩身を引いて、右足が地面を深く抉るほどに突き刺さる。そのまま体を一本の軸に見立てて大きく脚を振り上げた。俺の脇腹目掛けて放たれた回し蹴り。動作も大きく、魔法の掛かっていない胴体が大きく空く。更に言えば彼女の脚の内一本は、地面を深く噛んでいる状態だ。この挙動から次の動作に移るまでにはどうしたって無駄なワンアクションを入れざるを得ない。

 俺はあえて身を前に乗り出す。

「──っ!?

 途端、ベヒーモスが大きく目を見開く。彼女の回し蹴りが俺の腕を捉えるが、もっとも威力ある足先ではなく、当たったのは彼女の太ももだ。焼けるような熱が一撃を箇所から伝わってくる。マルティーナから得た『聖騎士』のジョブは守りを強化してくれる。おそらく骨までは響いてない。

 であれば、今はこの痛みは無視していい!

「──『エアー・ボム』!」

 ベヒーモスの開いた胴体……その脇腹に、風を圧縮した空気爆弾を押し当てる。ベヒーモスは僅かにでも俺の一撃から逃れようと身じろぐ。しかし炸裂した圧縮弾はベヒーモスの体を吹き飛ばした。

「ぐっ、があああ!」

 遂に、ベヒーモスの体に俺からの一撃がまともに入った。

 しかし、さすがの身体能力だ。無様に転がったりするようなことはなく、ベヒーモスは脇腹を押さえつつも受け身を取って俺を睨み付けてくる。

 状況的には痛み分けだ。俺は片腕を、ベヒーモスは脇腹を負傷した。だが、ベヒーモスの傷は決して浅くない。俺もそれは同じだと言えるが……

「こっからは俺のターンだ──『ロック・グレイブ』!」

 俺はベヒーモスの足元に魔法を発動させる。鋭利な先端の石柱が交差するように伸びて、ベヒーモスを襲う。

「無駄……!」

 しかしベヒーモスがその程度で捉えられるはずもなく、その場から飛び退いて躱されてしまう。

 しかし、彼女の着地点に俺は立て続けに魔法を発動させた。

「──『アイス・ウェーブ』! 『アクア・ショット』!」

 マナを練る時間がほぼない小出しの魔法。もちろんこの程度の魔法がベヒーモスに対する決定打にはなりえない。

 しかし、

「うわっ……!」

 彼女の着地した地面は『アイス・ウェーブ』によって既に氷漬け。しかも『アクア・ショット』で盛大に濡れている。如何に肉球という滑り止めがあろうが完全に姿勢を維持はできまい。

 案の定、ベヒーモスは体勢を崩した。しかも変な体のひねり方をしたのか、表情に苦悶が生まれる。俺は彼女に向けて再度の魔法を放った。

「──『ライトニング・スフィア』!」

「っ! ぐぅぅぅぅ!」

 雷系統の初級魔法だ。仮に決まっても相手を軽く痺れさせる程度だ。

 だが、彼女の場合はそれが致命的……状態異常を起こして動きが明らかに鈍った。

「ぐう……この、程度……!」

 やはり、ティターンと比べると彼女の防御力はそこまで高くない。速さに重きをおいた彼女の戦闘スタイルでは攻撃はまず受けないことが前提となる。あれだけ優れた身体能力であれば、その動体視力もかなりのもののはず。おそらく後方から放たれた魔法も彼女であれば容易に回避できるのだろう。一般的な魔導士が魔法を発動するまでの時間ではベヒーモスの接近を許すことになる。白兵戦が多少できる程度ではベヒーモスの相手にはならない。一方的に蹂躙される結果に終わるだろう。

 しかし彼女は遠距離攻撃としての魔法をほぼ使ってこなかった。使えないのか苦手なのかはわからないが。いずれにしろ、遠距離攻撃の可能性が限りなく低いなら、距離を置いての魔法戦闘に切り替えるだけの話だ。

 俺は腕を前に突き出す。

「──雷鳴轟け──『サンダー・ヴォルト』!!

 俺が詠唱を終えると、ベヒーモス目掛けて落雷が落ちた。

「あああぁぁぁぁ~~っ!!

 万全の状態であれば、俺の魔法がベヒーモスに直撃することはなかっただろう。そもそも詠唱すら許されなかった。だが負傷に加えて体を痺れさせられた状態の彼女は、最初のころの精細な動きもできず、俺の魔法を受ける結果となった。

 ベヒーモスは声を上げて地面に膝を突く。白かった彼女の綺麗な毛並みも所々が黒く焦げていた。俺は彼女が動けない状態であるところへ一気に肉迫。

「っ!?

 痺れて動けない彼女の肩を右手で掴み地面に押し付け、空いた左手を真っ直ぐに伸ばして彼女の顔に突き付けた。

「「…………」」

 お互いの間に沈黙が流れる。周りを囲んでいるデミウルゴスも他の四強魔たちも声を上げない。

 しばらく無言が続いた後、ベヒーモスがポツリと、

「ボク……敗けたの……?」

「……もしもこれが命を懸けた戦いなら、俺は今頃お前の頭を貫いてる」

「そっか……そうだよね……うん……」

 ベヒーモスは目を瞑り、体から完全に力を抜くと、

「それじゃ、これは確かに……ボクの負けだ……」

 と、宣言した……俺はベヒーモスからの試練に無事、合格したのだ──

 ベヒーモスとの試合が終わった俺は、

「旦那様~~~~!」

 デミウルゴスに思いっきり抱き着かれていた。

「心配させおってからに! 血が噴き出た時は卒倒するかと思ったのじゃ!」

「悪かった。悪かったって」

 えぐえぐと涙を零すデミウルゴスを慰める。彼女が言う傷はすでに回復魔法の使用とホーリーアップルを食べることでほぼ完治している。雷撃を受けたベヒーモスも同様だ。

 あの後、俺の実力はベヒーモスに認められ、「主様、アレス……疑って、ごめん……」と頭を下げられた。しかし彼女の気持ちはわからないでもなかったし、今回の戦いでベヒーモスの戦い方も知ることができたのだ。俺としても収穫であったと言える。デミウルゴスも特に気にしている様子ではなかった。

 で、俺たちは再び泉に集まり、戦う前にしていた俺とデミウルゴスの馴れ初めが再度話題として挙がっていた。

「──それにしても、魂の共有ですか……そのようなことまでできてしまうなんて、さすがはお母様です。わたくしたちではそのような真似はできません」

「うむ。一度死を迎えた旦那様を救うにはそうするしかなかったからのう。本来であれば死者蘇生は禁忌じゃが、我の命を代用することでなんとかなった」

「で、今はまさしく一心同体ってわけだな」

 こう口にするのは少し恥ずかしい気もするが、ある意味では究極の夫婦関係を築いているとも言えるだろう。むしろ、俺としては誇らしい気分になるな。

「ふ~ん……じゃあ、アレスってもう、純粋な人間ってわけじゃないんだ……」

「え?」

 だが、なんともなしに言われたベヒーモスの言葉に、俺は間の抜けた声を漏らしてしまった。

「ああ、でも確かにその通りですね。そもそも魂は生命の質を決める基部ですから、それがお母様と同じ魂を宿したということは、既にこの方は人間という存在とは呼べない……そういうことですね?」

「うん……」

「デミウルゴス、そうなのか?」

 ここにきて、まさかの衝撃的発言が出てきた。俺は内心の動揺を極力外に漏らさないよう努めながら、龍神たちの発言が事実であるかをデミウルゴスに問い掛けた。

「う、うむ……確かに命を語る上で魂は重要なものじゃ、たとえばじゃが、人間の魂と、魔物や動植物では、魂の性質自体が全く異なっておる。旦那様が我の力の一部を使うことができるようになっておるのも、我の魂が体に入り、性質の一部が変化したからじゃしな」

「そう、なのか……」

 俺はもう人間じゃない……いや確かに一度死んだ命をこうして繋いでいるなんて荒唐無稽な奇跡が起きているのだ。であれば。俺が人間とは別の存在になってしまったということも、十分にありえる話なのだろう。俺が納得できるかはさておいて……

 そして、魂が生命としての質を決めるというのなら、俺という存在はデミウルゴスに近いということになるのだろう。彼女の種族的なものをあえて分類するなら『神』ということになるのだろうか。だとすれば俺も、それに近い存在になった? いや、まぁさすがに自分が神だとか名乗るのはおこがましいとは思うが。

「へぇ、ご主人様が姉御と近い存在になってるねぇ……ああ、だからあの時、機械人形デウスを使役できてたのか。なるほど、納得した」

 ティターンが腕を組んでうんうん頷いていた。

「なぁ、もしかしてフェニックスも、俺が人間じゃなくなってることに気付いてたのか?」

 俺は純粋に疑問に思ったことをフェニックスに訊ねてみた。

「……まぁね。出会い頭に感じたのはちょっとした違和感程度だったけど、そのあとデミウルゴス様から話を聞いて、アレスの気配を探ったらすぐにわかったわ」

「え? オレは全然気付かなかったぜ?」

「あんたは色々と大雑把過ぎるのよ。マナの感知とかほとんどできてないじゃないの」

「ちまちましたこととか嫌いなんだよ、オレは」

 俺とフェニックスの会話にティターンが割り込んで、そんなことを口にする。それにしても、フェニックスは一番初めにデミウルゴスがいるこの森に気付いたくらいだから、もしかしたらマナの感知や、そういった魂の性質を見抜く力に優れた能力を持っているのかもしれないな。

「はぁ~、ほんとにあんたは……まぁ。だからこそすぐにここがわからなかったんでしょうけどね……わかってたら、わざわざデミウルゴス様たちを襲ったりしないで、直にここへ乗り込んできてたでしょうから、ある意味では、そのずぼらさに助けられたのかしら……」

「おう! 感謝しろよ!」

「何でそこで偉そうにふんぞり返れるのよ!? バカなの!?

「はうん! あぁ、いい……その罵倒……もっとくれ……」

「気持ち悪いわよ! くねくねすんな!」

「あぁん!」

 なにやら二人で楽しそうにじゃれあい始めた。

 俺は視線をデミウルゴスに移動させて、脱線した話を戻しにかかった。

「デミウルゴス、俺はもう人間じゃない……そういうことでいいんだな?」

「そう、じゃな……確かに生物的な分類で言えば旦那様はもう純粋な人間とは呼べんじゃろう……その、黙っていて、すまなかったのじゃ」

「いや……お前は俺を助けてくれたんだ。それを感謝こそすれ、恨むなんてことはない」

 俺のことを思って、言えなかったのだということはいくら鈍感な俺でもわかる。それに、どうせ俺は一度死んだ身だ。そこをデミウルゴスに救われた。その結果として、確かに俺は人間という存在ではなくなった──だが、それで俺の心まで変化したわけじゃない。

 体は人間でなくとも、俺がアレスという存在であり続けられるのであれば、俺が人間かそうでないかなど、瑣末な問題なのかもしれない……って、さすがにまだそこまで開き直るのは無理だが……

「それに、俺はデミウルゴスと近い存在になれたってことだろ? それはつまり、夫婦としては最高の状態ってことじゃないか」

 これは、俺の嘘偽りない思いだ。体が人間でなくなったショックは大きいが、それよりもデミウルゴスに近づけたことは何にも代えがたい。そう考えることで、前向きな気持ちにもなれるというものだ。

「はぅ! ……だ、旦那様、その真っ直ぐな言い方はずるいのじゃ…………濡れてしまうじゃろうが(ぼそぼそ)……」

「いや、俺は別に本当にそう思ったから言っただけで」

「ああ、もうよい! 主の気持ちはようわかったわ! …………これ以上言われたら、この場で旦那様を押し倒してしまいそうじゃ(ぼそぼそ)……」

「え? 何て? さっきから後半部分がよく聞き取れないんだが……」

「な、何でもない! 気にするでない!」

「そ、そうか?」

 何でもない、ってこともないだろうに。そんなに顔を真っ赤にしておいて。まぁ、別に俺の言葉を疑ったりとか、そういう反応が返ってこなかっただけいいか。様子を見るに、何か恥ずかしがっているだけのような気もするしな。

 というか、俺も今更ながらクサイ台詞を吐いてしまったことに、ちょっと恥ずかしくなってきた。

「主様、顔、真っ赤……」

「はい。まさかお母様が、このようなお顔をされるなんて……本当に、お二人は夫婦になっているのですね」

 俺とデミウルゴスが二人して顔を赤くしていると、龍神とベヒーモスの会話が聞こえてきた。

「アレス、強かった……主様が認めたの、納得……」

「ええ、そうですね……わたくしもあの方の戦闘は見ておりましたが、確かな実力を見せていただきました。戦ってみなければハッキリとは言えませんが、わたくしでも勝てるかどうか……」

「うん……強いオスなら、大歓迎……」

 な、何だか妙に褒められているような気がするな。少しくすぐったさを感じる。

「うむ。我が伴侶がこうして二人にも認められたと思うと、我も誇らしい気分じゃ」

 デミウルゴスも二人の会話を聞いていたらしい。俺を見上げてきて、嬉しそうに微笑んでくれる。思わずドキリと心臓が高鳴ってしまった。くそっ、抱きしめたくなっちまうだろうが。

「ボクにとって、人間はただ殺すだけの相手だった……けど……あのオスはそもそも、もう人間じゃない……しかも、ボクより確実に強い……うん……」

「? ベヒーモス、どうかしたのですか?」

「うん……ちょっと……」

 と、不意にベヒーモスが立ち上がると、俺の前まで移動してきた。すると何を思ったのか、ぺたんと正面に座り込んで、

「えい……」

 俺の腰に抱きついてきた。

「え……?」

「なっ!? 何をしておるのじゃベヒーモス!?

「主様だけ、強いオス、独占するの、ずるい……ボクも、この男と交尾、する……」

「なぁ!?

 は? コウビ? こうび……交尾? ………………………………交尾!?

「はぁっ!?

 ベヒーモスの耳を疑うような発言に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。デミウルゴスも大きく目を見開き、口がぽかんと開いている。

「あ、あらあら……」

「おっ、なんだなんだ?」

「ちょ、ベヒーモス!? こ、交尾って!?

 龍神、ティターン、フェニックスも、三者三様の反応を見せる。

「ま、待たれよベヒーモス! お前は一体何を申しておるのだ!? こ、交尾じゃと!? だ、誰と誰がじゃ!?

「ボクと、アレス……優秀なオスの子種は独占すべきじゃない……むしろ……」

 ちょ、ちょっと待て! 何だ? 何がどうしていきなりこんな……というか、いきなり交尾とか言われても困るんだが!?

「自然界で優秀なオスはハーレムを作る……子供いっぱい……むふぅ……」

「むふぅ、ではない! ダメじゃダメじゃ! いかにお前といえど、我の良人おっとに手を出すことは許さんぞ!」

「これは主様のためにもなる……ボクとこのオスとの間に強い子供が産まれる……人間、今よりいっぱい殺せる……」

「今は人間を無理に根絶やしにする必要はない! 世界樹さえ育てば、世界は安定へと向かうのじゃ! 何もそこまでして強い固体を生み出さずともよい!」

「それでも……優秀な子供を後世に残そうと思うのは、生物の本能……」

「だからといって、旦那様とのエッチなど許せるわけがないであろうが!!

 腰に抱きついて離れないベヒーモスを、デミウルゴスは眉を逆立てて引き剥がそうとする。しかし、がっしりと腰にしがみついたベヒーモスの力はすさまじく、全然離れる様子がない。と言うか……

「いだだだだだだだっ!!

 折れる! 俺の腰が小枝みたいにぽっきりと折れる!! ギリギリと万力のごとき力で腰を締め付けるベヒーモス。デミウルゴスも強引に引き剥がそうとしてくるため彼女も余計に力が入っているようだ。もはや俺の腰はベアハッグを決められている状態である。

「ええい! 離さぬかベヒーモス! 旦那様が痛がっておるじゃろうが!」

「嫌……強いオスとの交尾はメスの悲願……主様に傷を負わせるだけの力をもった個体なら、なおのこと共有財産にすべき……!」

「そんなことは許さぬ! というか、その者は我の物じゃ! 誰にも渡さぬのじゃ!」

「……主様、わがまま……独占欲、強すぎ……」

「いきなり帰ってきて人の良人を食おうとしておるお前が何を言うか!」

 やいのやいのと、俺を巡って獣耳の白髪少女と銀髪美少女が言い争いを繰り広げる。

 世間的に見れば今の俺の状況は羨ましがられるものに違いない。

 だが、どう考えてもこのまま行くと、俺はあと数秒で落ちる……!