二章 龍と獣王
ティターンの衝撃発言を受けたあの日から、そろそろ一週間が過ぎようとしていた。その間は実に濃密な時間であったと自信をもって言える。
まず、ティターンがやたらと俺に絡んでくるようになった。しかも俺の呼び方は「てめぇ」「人間」から一気に「ご主人様」へとランクアップ……訳がわからん。
お前の主人はデミウルゴスだろうに。なぜ俺をご主人様などと呼ぶのか。
しかしそのことにデミウルゴスがあまりいい顔をしないのと、俺自身がうっとうしいと思う感情もあり、素っ気なく遠ざけようとするのだが、その度に妙に悶えた表情を見せてくるだけで全く改善が見られない。そればかりか素っ気無い態度を取るたびにティターンはより俺に対して絡んでくるようになる始末だったりする。意味不明すぎて頭を抱えたい気分だ。
まぁそれはそれとして。今回の一件でティターンも世界樹の種子育成に参加することが正式に決定した。
正直、世界樹の種子を取り込もうと企んでいたティターンが、素直に協力してくれるかはかなり疑問だったのだが。ふたを開けてみれば思いのほかすんなりとティターンは俺たちの指示に従い、毎日魔物を狩って世界樹にマナを供給している。
人手が増えたことで以前と比べても回収できるアニマクリスタルの量は確実に増加した。
しかしティターンはその性格ゆえか、白兵戦を非常に好む。おかげでスライムを相手にしてきたときの彼女は
ちなみに、アニマクリスタルとは魔物の魂が結晶化したものだ。しかし基本的に魔物の魂は結晶化することはない。生命活動を停止した魔物の魂は純粋なマナとなって大地に還るだけ。
ただし、デミウルゴスと四強魔だけは、その魂を鉱物のような結晶体に変化させることができる。そしてこの俺も、デミウルゴスと命を共有した結果、彼女たちと同様に魔物の魂をアニマクリスタルとして結晶化させることができるようになった。結晶化したアニマは世界樹に吸収させてその成長を促すことができる。世界樹が順調に育ってくれれば、世界へ放出されるマナの量も増えていくだろう。
更には育った大樹が新しい種子を生み、それが育ってまた種子をつける……それを繰り返すことで、大樹の数を増やし、世界を安定に導く……それがデミウルゴスと俺たちの計画──
『世界樹大増産計画』である。
現在、俺たちが日々回収しているマナは質が劣る物なのだが、それでも世界樹は確実に成長している。そうデミウルゴスも言っていた。この調子でマナを与え続ければ、遠からず種子から芽が出るだろう、とのことだ。
ティターンが先代の世界樹から強奪したマナも、今代の世界樹に受け継がれ、より成長が促進されたそうだ。今では以前と比べて、明らかに種子から放出されるマナの量が増えており、ほんのりと光る程度だった種子の輝きは日増しに強くなっている。最近では発光自体がまるで脈打つように明滅し、ドクドクと鼓動を刻んでいるかのようだ。
以前は見られなかった種子の変化に、俺たちは確かな手応えを感じていた。
当然、俺とデミウルゴスの間にも笑みが生まれる。
種子の成長。それはすなわち、世界の救済に着実に近づいているということなのだから。
なのだが、ティターンの参加にフェニックスはあまりいい顔をしていない。やはりどうしても
そうでなければ、フェニックスは基本的にティターンを無視していることがほとんどである。
しかしティターンはそんなフェニックスのつれない態度に対し、妙に体を震わせて、頬を紅潮させているのをよく目撃する。
正直かなり気持ち悪かったと言わざるを得ない光景だった。息を荒くし、開いた口の端からよだれを垂らすのである。見なければよかったと後悔したのは言うまでもない。
しかも日課である狩りの後、あいつは俺に妙な要求をしてくるようになった。その内容は決まって──「オレを苛めろ! 容赦なく! そうしたら、また狩りでも何でもするから! いや、いっそオレの体に
そんな発言を毎日のように、それこそ頬を染めて瞳に妖しい光を宿しながらぶちかましてくる始末。本当に勘弁してくれ……
とまぁ、俺が過ごした一週間は大体こんな感じだ。
日中はほとんどティターンの相手をしていたような気がする。
しかしそんな騒がしい日常の中……俺は一つだけ気掛かりなことがあった。
何故だか最近、デミウルゴスが以前ほど俺にベタベタとくっついてくることがなくなったのだ。初めての夜以来、彼女と肌を重ねてもいない。
彼女の肌の柔らかさ、温もり、乱れる呼吸など、生々しい姿を目にしただけに、近くにいるとどうしても意識してしまう。
ただ、こちらから誘ってがっついていると思われたりしないかと不安になり、日々の性欲は自分で鎮めている状態だ。
それでも、夜になれば隣で眠る彼女に思わず手を伸ばしてしまいそうになり、それを堪える毎日であった。おかげで、最近は少し寝不足気味だったりする……
まぁ俺の葛藤はさておき。最近のデミウルゴスは一体どうしたというのだろうか?
肌を重ねる前は、食事を口移しで食べさせてみようとしたり、体を洗おうとすれば俺の意思などお構いなしに奉仕をさせろと迫ってきたりと、ことあるごとに俺に体をすり寄せてきて甘えてきたというのに……
ただ、別によそよそしくなった、というほどではない。
毎朝キスを求めてくるし、極力俺の近くにいようとはしてくるのだ。
とはいえ、以前はほぼゼロ距離で密着、というのがデミウルゴスからの距離感であった。それが人並みの距離感を取り始めた。常識的な人との距離感を学んでくれたのだとすれば、それはそれで喜ばしいことだと思うのだが、今は俺の方がもっと彼女の近くにいたいという思いが膨らんでいるため、少し不安を覚えてしまう。
何だ? 一体何が彼女にあったというのだ?
考えられる可能性としては、ティターンと俺が最近は妙に(
いや、以前は俺が町で商業ギルドの受付嬢から手を握られただけで嫉妬の感情を爆発させていたデミウルゴスだ。ティターンとのことを嫉妬しているなら、もっと過激に干渉してきそうな気がする。
となると、もうひとつの可能性は……俺との初体験が、思いのほか苦痛を伴うもので、体を求められることを恐れて、俺から距離を取っている?
……これはあまり考えたくなかったが、可能性としてはありえそうだ。
そもそも男性は初体験でほとんど痛みなどない。しかし女性にはかなりの負担を強いる行為なのだ。だが知識としてはあってもそれを明確に想像などできるはずもなく……
一度ネガティブな思考に陥ると、デミウルゴスは俺を気遣って苦痛を我慢していたのでは? という想像が嫌でも膨らむ。
そもそも俺は、先日までセックスの素人……つまりは童貞だったのだ。きちんと相手を気遣えていたかと言えば、かなり疑わしい。初体験の後半など、欲望に突き動かされるように行為に没頭していた気がするし、苦しいのを我慢させていたのかも……それに、その後のケアだって、俺はできていたか? いや、ほとんど何もしてない。全然、気遣いなどできていなかった気がする。
だとすると、デミウルゴスが極端に俺に迫ってこなくなったのって…………
「俺が、下手くそで、体を求められたら困るから……」
うぅぁぁぁ~~~~~~~~~……っ!
自分で口にしておいて、かなり堪える。
やばい。もし実際にそうなのだとしたら、かなり凹む。
というかそれ以前に、女性に我慢を強いていたとか、俺は鬼畜じゃないか!
ど、どうする?
つい一週間ほど前、俺はデミウルゴスの全てを受け入れる、とか豪語したというのに、このままでは関係が気まずくなってしまうのではないか!?
「こ、これは、早急になんとかせねば……」
そのために、まずしなくてはいけないのは、何だ?
決まっている。今からでもデミウルゴスに対して、俺が気遣いのできる男であることをアピールしていくしかない。
俺は誰かと関係を持ったことなどない。こと恋愛に関してはずぶの素人。悲しいことだが、無意識に女性への気遣いができるほど立派な男じゃない。ゆえに、意識して相手を労わる心を持つようにしなければ。
デミウルゴスは日々、世界樹の種子を気にかけ、精神的な疲労だってあるはず。なら、そこを俺は徹底的に慰め、労ってやらねばならない。
そして、デミウルゴスから改めて『できる男』として認められたその時に、また、あの夜のような……デミウルゴスとの蜜月に再度挑戦するのだ。
今度は、お互いに身も心も満たされるように、最大限の努力を惜しまない。お互いが満足できる夜にする!
「そうと決まれば、さっそく行動あるのみ!」
俺は種子の様子を見に行っているデミウルゴスのもとへ急ぐのであった。

ティターンの様子が、目に見えて変わってしまった。その、なんというか……異常、の一言に尽きる姿なのじゃ。
しかも旦那様を、いきなり「ご主人様」と呼び……「もっと苛めてくれ!」などと、わけのわからぬことを抜かし始める始末。
正直、ティターンが素直に謝罪をしたことよりも、こちらの方が我にとってはよほど衝撃的な出来事じゃった。
いや、まこと……なぜこうなってしまったのか……さしもの我も、あやつの奇行についてくことはできなんだ。
しかし、時間はあっという間に流れ、あれから一週間ほどが過ぎた。
奇天烈な言動を繰り返すティターンではあるが、旦那様たちと共にアニマクリスタルを集める一員として、今ではしっかりと活動してくれておる。
よほど今回のお仕置きが効いていると見える……色々な意味での。
しかし、それはそれとして……今度は旦那様の様子がおかしくなった。最近になって、旦那様は妙に気合を入れて我のことを気遣ってくるようになったのじゃ……しかし、何故じゃ?
いや、その行為自体は我も非常に嬉しい。嬉しいのじゃが……その、今は困る。
なぜかと言えば、今の我は気を緩めると、どうしようもなく旦那様の温もりが欲しくなって仕方なくなっておるからじゃ。旦那様と結ばれたあの日から、我はずっと……とんでもなく、旦那様に甘えたい欲求に襲われ、隙あらば押し倒してしまいたい衝動に駆られてしまう。
旦那様の顔を見れば、すぐにでも飛びつき、キスの雨を降らせ、思いっきり抱きつきたい!
食事も我が口移しで食べさせるだけではなく、旦那様からも食べさせてもらいたい!
お互いに肌を晒しあって泉で体の洗いっこをしたい!
それに、それに! 夜は旦那様に包まれて、朝まで抱擁を解かないでほしい!
旦那様に触れたい! 旦那様からも、もっと我に触れてほしい!
我はもっともっと、旦那様と甘く蕩けるような蜜月を過ごしたいのじゃ!
全力で旦那様に全てを委ねたいのじゃ! 甘え尽くしたいのじゃ!!
…………じゃが、それはできん。この欲望を全て開放し、旦那様にすがるなど、いくらなんでもはしたないというものじゃろう。
旦那様に我のことをアピールしようとしていた時とは大きく違い、今の我はこのままいくと、あの者に深くおぼれた末に、依存してしまう存在になってしまいそうじゃ。
せっかく旦那様が我のことを受け入れてくれたというのに、あまりにもべたべたと甘えすぎ過ぎた挙句、自制の利かぬ女と思われて嫌われたのでは元も子もない。じゃから、我は旦那様に極力触れてしまわぬように気をつけ、接点はキスのみにとどめておる。それだって、かなりギリギリなのじゃ。
このままでは、ただ体を求め合うだけの、爛れた関係になってしまう。それはさすがに我とてどうかと自然と歯止めがかかる。これからはもっと、自分の性欲をコントロールし、良き妻として振る舞えるように励まねばならんと、自分を律する。
じゃが……じゃが!
ものすごく! ものすっごく! 我は今すぐにでも!
旦那様に甘えたいのじゃ……甘えたいのじゃ~~~~~っ!!
心の内なる叫びを外に漏らすことなく、我は腹の底に力を入れて、平静を装うのじゃった。

「さ~て。面倒だが今日も魔物狩りに行くとすっか」
世界樹の種子がある森から出たオレは、指をコキコキと鳴らして、眼前に広がる草原へと目を向けた。
ご主人様……もとい、アレスに打ち負かされてから二週間以上。オレは毎日の日課として魔物を狩り、アニマクリスタルを集めていた。
人間の雌に擬態している状態だと、獲物を探すにもちまちまと移動しなきゃいけないのが面倒だが、マナの消費を抑えて活動するにはこの姿でいるほうが都合がいい。本来の姿に戻ると、急激にマナを消費して疲労感を覚えるのだ。
しかしこの擬態、何故かは知らんが精神もその姿に引っ張られる。オレの本来の姿は男性体だ……だが今オレは自身のことを、しっかり女と認識している。これはオレだけに言えることじゃなく、他の四強魔であるフェニックスにも当て嵌まる。あいつの場合は、人間のガキと同じように、精神が若干だが幼くなるようだ。フェニックスは姉御に対して妙に依存心が強く、オレが人間社会で目にしてきた、親に甘えるガキそのままである。
そしてオレ自身、最近になって自分の女としての部分を強く意識する機会があった。
そう。ご主人様との戦いにオレは敗れ、捕まり、最後には全てを蹂躙されたあの時から、俺の中に強いオスに征服されたい、という欲求が生まれてしまったのだ。
最初はあまりの屈辱に自害さえも考えたが、時間が経つごとに、虐げられることに深い愉悦を覚えるようになってしまい、いやがうえにも自分の女を意識させられてしまう。
時折、オレが以前のように強気に出て、姉御にちょっかいをかけようものなら、容赦なく脳天に拳を落とされる。それがまた心地好くて、つい何度も繰り返してしまう。それだけではなく、最近ではそっけない態度で無視されたりするだけでも下半身は濡れ、全身が喜びに震えてしまうくらいだ。オレの中にある巨人としてのプライドを踏みにじられているというのに、興奮を覚えて止まらない。オレはもう、全く自分が制御できずにいた。
そんなわけで、オレは狩りから帰ってきたら、
今だから思うことだが、オレの中には自分より強い者に屈服させられたい欲求が元からあったのかもしれない。
姉御が自分よりも弱くなったと知ったとき、オレは心のどこかで落胆していたのだ。姉御ほど、自分にとって絶対的強者は存在しなかったからな。つまりは、そういうことなんだろう。
「まぁ、今となってはその代わりがちゃんといるから問題ねぇんだけどな」
アレス・ブレイブ……オレのご主人様。
オレがこんなめんどくさい魔物狩りなんて作業を毎日こなしているのは、ご主人様からのご褒美があるからに他ならない。
「くく……今日の狩りが終わったら、その時は……」
オレは狩りの後のご褒美に思いを馳せる。今日はどんな風にゾクゾクさせてくれるのだろうか。下腹部が疼いて仕方ねぇぜ。オレの中の期待がどんどん膨らんでいく。
「ああ、ご主人様……」
と、呟いたその時だった。
「──随分と楽しそうですね」
「というより、気持ち悪い……」
「っ!?」
不意に、オレの背後から強烈な気配が二つ感じられた。オレは振り向きつつ、気配から遠ざかるように大きく後方へと跳んだ。
「あらあら、随分と警戒されてしまいましたね」
「動き、大げさ……」
目の前に立つ二人の女。
一人は限りなく黒に近い群青色の髪をケツまで伸ばした女。瞳はまるで
そしてもう一人、その隣にはデミウルゴスの姉御と同じ程度の身長を持ったガキ。眠たげに瞳が半分ほど閉じており、そこから覗く瞳はさながら
こいつ、『獣人』か?
その特徴はまさしく、この世界に存在する人間以外の人型種族、獣人のものであった。
「……誰だ、てめぇら?」
オレはいつでも飛び出せるように身構えつつ、問いを投げた。
「あらあら、『同じ創造主』から生み出された存在なのに、お気づきにならないんですか、ティターン」
「鈍感……」
「っ…………」
こいつら、オレのことを知ってるのか? というか、牛みてぇな乳した女が言った言葉……
「同じ創造主……てめぇら、まさか【龍神】と【ベヒーモス】か?」
「ふふ……その通りです。わたくしが龍神で」
「ボクがベヒーモス……」