アナザー追憶 偽英雄と王女


『ガルド王国』──

 500年ほど前に建国され、現代まで繁栄し続けてきた大国である。

 左右を勇壮な山脈に挟まれ、長方形の形に街が形成された首都──『ヴォーダン』が存在するほか、『ニブルガルド』、『リーンガルド』、『アースガルド』、『ムースガルド』という四つの広大な領地を有している。

 南大陸──『ヴァーラ』のほぼ中央に位置するこの国だが、始まりは小国が管理する城砦都市でしかなかった。

 国の分布図が今とは異なる時代、国境に築かれた都市『ガルド』は、『アース』という国を他国からの侵攻より守護する役目を担っていた。

 今では逆に、アースはガルド王国の領地となっている。国としての立場は完全に逆転した格好だ。

 そうなった原因は、他国からの侵略よりも魔物の侵攻の方が脅威となったことに端を発する。

 鉱物資源が潤沢であったアースの国を攻め落とそうと画策していた当時の周辺諸国も、デミウルゴスと魔物という脅威を前に国攻めをしている余裕はなくなり、またそれにともなって逆に国同士が連携を取らざるを得なくなった。各国とも小国程度の規模しかなく、自国の力だけでは魔神に対抗することが難しいと悟ったがゆえの決断だ。各国は小規模な小競り合いの一切を停止させて和睦。

 それはアースも例外ではなく、周辺の小国たちと協力してデミウルゴスの侵攻に備えることとなったのである。

 そして当時において最も強固な守りを誇っていたのが、城砦都市ガルドである。

 アース国は周囲を険しい山に囲まれている。しかし切り立った山脈が連なる一角に、比較的整備された街道が一本だけ走っている。山脈を割ったかのように延びるその街道は、山に囲まれたアース国と外界とを繋ぐ唯一の道である。

 ガルドはこの街道を封鎖するように存在していた。

 周囲の山々は年間問わず山頂を美しい雪化粧で彩られ、対して剥き出しの岩肌と眼下に広がる森林地帯はここを訪れる者を次々と飲み込んでいく。

『ニビル連峰』

 この地に住まう人々からは畏れを込めてそう呼ばれていた。人間はもちろんのこと、時には魔物の命すら奪う死の山。

 かつてはアースへ侵攻するためにニビル連峰を攻略しようとした者もいた。だがそのことごとくは失敗に終わり、結局はガルドを攻略せねばアースには辿り着けなかったのである。

 しかしガルドは左右を山に挟まれ、背後は自国で虚を突かれることはほとんどない。警戒すべきは正面のみという、まさしく理想的な防衛拠点であった。

 しかもガルドではニビル連峰の森林地帯を利用した訓練まで行われ、兵士たちの錬度もかなり高かったとされている。

 周囲を天然の要塞に守られ、更には厳しい自然に鍛えられた兵士たちが駐屯するガルドは、まさしくこの当時において最強の防衛ラインたりえたのである。

 しかし、そんな防衛の要所を持つアース国でさえ、魔物の脅威は他国と変わらずに存在した。

 いくら危険なニビル連峰とはいえ、その険しさを乗り越えて攻め入ってくる魔物は存在したのである。むしろ、山の脅威をものともせずにアースを攻めてくる魔物は強力な個体が多く。

 アースの民たちは魔物から逃れるために、こぞってこの城砦都市への移住を希望したのだ。

 更には、その堅牢さを知る他国の民までガルドへと流れてくる始末であった。

 しかし軍事の目的で設計された都市内部には住居を作ることがほとんどできず、必然的に都市の周辺に町が形成され、そこに集まった住人たちをターゲットにした商人たちも往来するようになった。また、そんな商人たちを護衛する目的で冒険者たちもガルドを訪れるようになり、防衛都市の周辺はにわかには信じがたいほどの活気に溢れ始めたのである。

 ガルドはそんな町や集落を囲むように壁を設計。瞬く間に大都市へとその姿を変えていった。

 また、商人による流通も頻繁に行われるといったこともあって経済も発展。人と物が徐々に集まるようになっていく。

 そして当時ガルドを統治していた【ジーク・ガルド】が、城砦都市ガルドの周辺にできた町や集落を巻き込みアースからの独立を宣言。都市は国を名乗るに至ったのである。

 だが、それに対してアースや各国が黙っているはずはない。少なくとも、元々が自分たちの領地であったガルドが独立して国家を名乗るなどアースが許すはずがない。

 そう……許されるはずがなかった。これが平時であれば。

 実際は、アースを始めとして、各国が異を唱えることは、できなかったのである。

 なぜならこの時、魔物の脅威は常にアースや周辺の国々を蝕んでおり、それに対抗するためにはガルドの兵力や堅牢な守りがどうしても必要不可欠だったのである。

 そこに目を付けたガルドは、自身が国を名乗ることを容認させるかわりに、各国へ兵を派遣し魔物を駆逐、更には国の王族たちをガルドで保護することを提案した。

 しかしこれによって代表を失った国々はガルドの管理下に置かれることなり、事実上の領地とならざるをえなかった。

 ちなみに、今もガルドを支えている貴族たちは、この時に吸収された各国の王族や要人たちの子孫である。

 こうして各国のほとんどを吸収してしまった城砦都市ガルドは、名をガルド王国と改め、大陸で最も力を持った国となったのだ。

 ──アレスがデミウルゴスと相打ってから、数日後……。


『ガルド王国』の王都『ヴォーダン』に、魔神が討伐されたという一報が入った。

 魔神討伐の知らせを受けた国王、【フリード・ガルド】は、すぐさま騎士団による大規模な調査を実施。報告の真偽を調べさせた。更には下町の冒険者ギルドにも大々的に調査依頼を出し、魔神討伐が事実であるか否か、他にも様々な調査を行わせた。

 騎士団が主に魔神討伐の真偽を調べたのに対し、冒険者は国内における魔物たちの動向や生態に変化がないかを重点的に調べていた。

 その結果、世界中で広く活発に活動していた魔物たちは明らかに数を減らし、大きく勢力が衰えていることが判明。

 デミウルゴスの居城があるとされていたグレイブ荒野も、騎士団とB級以上の冒険者たちでしらみつぶしに調査を行ったが、そこに人類を脅かした魔神の影は欠片も見つけることはできず……

 フリード王は、国内に向けて一つの発表を行った。


「──数千年に渡った魔神デミウルゴスによる、人間殺戮がようやくの収束を迎えた」と。


 その発表に人々から歓声が沸いた。ようやく世界に平和が訪れたのだと、国民たちは大いに賑わい、城下の町は毎日がお祭り騒ぎ状態となった。

 そんな中、魔神討伐という偉業を成し遂げた者たちの名が、市民たちの耳に届く。

【マルティーナ・セイバー】、【ソフィア・アーク】、【トウカ・ムラサメ】

 彼女たちは世界を救った英雄として王家から正式に発表され、人々から称賛の声を集めた。三人は華々しく迎えられ、王都へと凱旋を果たしたのだ。

 しかし、魔神を討伐し国に凱旋してきた英雄たちの表情には、誇らしさも笑みもなく、むしろ険しさが滲み出ている様子であった……

 それもそのはずであろう。なにせ彼女たちは魔神を討伐などしていないのだから……いや、そもそも戦ってすらいないのである。

 一人の男の思惑により最後の戦場から遠ざけられた彼女たち三人は、その胸中に苦いものを含ませながら、居心地悪く首都の大通りを進んでいった。


 ──ガルド王国王宮内。

 シンプルな調度品が必要最低限置かれただけの部屋。実務をこなすためだけに宛がわれた空間ではあるが、ここに並ぶ地味な見た目の調度品たちは、その一つで下町の民が数年は遊んで暮らせるだけの価値があるものばかり。ここはガルド王国第一王女の執務室だ。

 そんな、国にとって一、二を争うほどの重要人物のために宛がわれた室内で、一人の少女の怒声が響き渡った。

「──こんなの納得いかないわ!」

 室内の調度品たちが、彼女の怒気に当てられたかのようにビリビリと震えた。声の主の名は『マルティーナ・セイバー』。金糸のような美しいプラチナブロンドの長髪に、蒼玉サファイアのような瞳をした、『聖騎士』のジョブを持つ少女である。

 マルティーナの後ろには他にも二人の少女が控えている。

 真ん中で白と黒との二色に分かれた髪が地面すれすれまで伸ばされ、これまた左右で色の違う瞳をした彼女の名は『ソフィア・アーク』。『賢者』のジョブを持つ少女だ。長い前髪で表情はよく見えないが、隙間から覗く紅玉ルビー翠玉エメラルドの瞳は険しい。

 更にソフィアの隣。そこに立つのは異国の衣装を纏った少女だ。名は、『トウカ・ムラサメ』。『サムライ』というジョブを持つ彼女は、長い髪をポニーテールにまとめて背中に流し、さながら黒曜石のような瞳をしている。他の少女たち同様、その表情は固く険しい。

 そしてこの部屋には最後に一人……この部屋の主であり、ガルド王国の第一王女である、【アリーチェ・スフィア・ガルド】が、彼女たちから向けられる厳しい視線を真っ向から受け止めて、執務机に腰掛けていた。

 青みがかった銀の長髪に、ピンクダイヤを彷彿とさせる瞳を持った彼女は、凛とした空気をその身に纏わせ、机を挟んだ向こう側で顔を赤くする腐れ縁の幼馴染を見つめ返した。

「貴女が納得できなくとも、既にこれは決まったことなのです……マルティーナ・セイバー」

「決まったことって……何もしてないあたしたちが、魔神討伐の勲章を授与されるなんて、どう考えてもおかしいじゃない!」

「国民には『勇者』ではなく、貴女方が魔神を討ったと既に正式に発表してあります……今更これをくつがえすことはできません」

「それがそもそもおかしいって言ってるの! 魔神を倒したのは勇者だってキチンとあたしたちは報告したはずよ!? それでなんで! あたしたちが魔神を倒したことになってるのよ!?