「ねぇ。そっちの準備はできたかしら?」
「もちろんよ!」
「もう間もなくお二人が到着されるわ!」
「はーい! あ、エレノア様用のひざ掛けはどこかしら?」
「こっちの籠に入れて持ってきてあるわ!」
アシェル殿下とエレノア様が今日は園庭の散歩の後、ガゼボでのティータイムを予定されている。
私達侍女はそれを準備しながら、今日の流れについて打ち合わせていく。
「ティータイムには予定通り三人が付いて、他の侍女達でその後のエレノア様の入浴、お着換えの準備を。あ、今日は日が強かったから、オイルマッサージも念入りにしましょう」
「そうね。確か新しく手に入った香りのいいオイルが届いているはずよ」
「わかったわ」
「もう間もなく到着されます!」
伝令の侍女の声で、私達はあくまでも優雅に見えるように行動を開始する。
ちなみに私は現在エレノア様に仕える侍女の一人として働いているが、その前はローンチェスト家の末端の侍女として働いていた経験がある。
ローンチェスト家ではエレノア様が城に住居を移すという事で人員を減らすことになったため、王城に紹介状を書いてもらい、移動してきたのだ。
だからこそ、今、エレノア様が大切に幸せに暮らしていることが嬉しくてたまらなかった。
「お二人が到着されます!」
伝令の侍女の声に、私達はすんとしたすました表情を張り付けると、お二人が楽し気に会話をしながらやってくるのを見守った。
お二人がティータイムを過ごしている間、私達はお茶の準備が終われば、少し距離の離れたところで待機する。
私はその場に残り、他の侍女達は次の仕事へと移っていく。
立ち去る侍女達からは、うらやましそうな視線を向けられる。
そう。このティータイムの時間は侍女達の中でもかなり人気の仕事の一つであり、侍女達に不平不満が出ないように、順番に回しているのだ。
何故人気かと言えば、ガゼボで楽し気に会話をする二人を見れば明らかである。
美しいの一言に尽きる。
アシェル殿下は元々第一王子という立場から、誰にでも丁寧に、誰にでも笑顔で接する方であった。
けれどやはり特別という物はあるのだなと侍女達は心の中で思う。
凛々しくかっこいい印象の強かったアシェル殿下であったが、エレノア様と一緒に過ごす時間だけは違う。
「あははっ」
「ふふふ」
二人で笑い合う姿に、侍女達は癒される。
エレノア様と一緒にいる時のアシェル殿下は少年らしく可愛らしく笑い、そしてとても愛おしそうにエレノア様を見つめる。
エレノア様も、見た目は
二人でいる時のアシェル殿下とエレノア様は、年相応に見えてそれでいて、素の自分で過ごしている感じがして、尊いのである。
それを皆感じ取っている為、この二人の時間というのを温かな目で見守っていた。
「エレノア様、今日もお美しいわね」
「えぇ。本当に。エレノア様のお茶のお代わりを注ぎに行ってくるわ」
「えぇ、お願い」
小さな声で声を掛け合いながら、私達は仕事をしていく。
私はエレノア様に紅茶のお代わりを注ぎながら、エレノア様が幸せそうに暮らしている姿に、心の中で本当に嬉しく思った。
ローンチェスト家は、良くも悪くも貴族らしい家であった。
旦那様は貴族の男性らしく仕事をし、そして愛人の元へと通う。
奥様も貴族の女性らしく自分を着飾り、社交界を盛り立て、そして愛人という従者を侍らせていた。
仮面夫婦であり、屋敷の中も冷ややかなものであった。
二人ともエレノア様を大切にしているように見せかけるけれど、そんな見せかけの愛情が分からないわけがない。
エレノア様も感じ取っていたのだろう。
ご両親と一緒にいる時にも笑顔はあまり見られず、どこかよそよそしい雰囲気さえあった。
屋敷の中の雰囲気も悪く、侍女達も息がしづらそうに仕事をしていた。
そして奥様が侍女がエレノア様に近づきすぎるのを嫌がったために、屋敷の中ですらエレノア様は孤立していた。
遠目でそれを見つめることしか出来なかった私は、今ではエレノア様付きの侍女になれたことが嬉しくてたまらなかった。
王城内は実力主義であり、頑張った分だけそれが認められて配属も変わる。
エレノア様付きの侍女は現在人気ナンバーワンの配属先であるから、私はこれからも努力を続けてこのエレノア様とアシェル殿下の二人の恋の様子を見守っていきたい。
そんなことを心の中で思いながらエレノア様にお代わりの紅茶を注ぐと、ふと、視線があった。
「ありがとう……」
エレノア様からの一言に、私は心の中では歓喜していた。
だってエレノア様から、ありがとうって言ってもらえてそれで微笑んでもらえるなんて! 喜ばない方が無理よ! あぁぁぁ! エレノア様! こちらこそ笑顔を見せてくださりありがとうございます。
なんて今日は運の良い日なのであろうか!
嬉しすぎて今すぐにでもダンスを踊りたい気分だが、それをしてしまえば配属を異動させられてしまいそうなのでぐっと我慢をする。
ふと視線をあげると、エレノア様の肩がかすかにふるえていた。寒いのかと心配したけれど、大丈夫と言われてしまった。
二人が楽しそうに会話するのを見られるのは本当に眼福である。
その後、アシェル殿下と分かれたのちにエレノア様と一緒に部屋まで下がろうとしたのだけれど、私達は嫌な予感を感じ取る。
「エレノア様、少々お待ちください」
「さ、こちらへ」
現在エレノア様と共に部屋まで移動するためについている侍女は三名である。
私達は頷き合うと、エレノア様に一度木陰まで下がってもらい、一人の侍女が廊下へと先に向かう。
すると先の角からあたかも偶然通りかかったように装った男性が現れ、侍女は笑顔で男性に言った。
「現在こちらは、通行止めがかかっていたかと思いますが、どうされましたか?」
「あ、いえ、その、み、道に迷いまして、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。どちらに行かれるところですか?」
「えーえっと、と、図書館はどちらですか?」
「図書館ですか。では案内いたしますのでついてきてくださいませ」
「え?」
「どうぞ、こちらです」
「あ、はい……」
目配せをし合い、私達は頷き合うと一人の侍女がその場から案内をするために離れる。
何故わざわざ案内するかと言えば、案内をしている最中に相手の情報を聞き出し、それを後ほどアシェル殿下に報告するためである。
エレノア様はその美貌故に、良くも悪くも人の注目を集める。
またアシェル殿下のご婚約者となった為に、彼女を政治的に利用するためにつながりを持とうとする貴族まで現れ始めている。
私達侍女はそうした者達の報告も行っている。
エレノア様自身が対応するべき人もいるであろうが、そうした人はまず間違いなく待ち伏せなどはしない。
「エレノア様、後は侍女が対応しますので、今のうちにいきましょう」
「えぇ。いつもありがとう」
優しい微笑みでそう告げられ、私達侍女は誇らしくなる。
通常の業務と合わせて、エレノア様を守るために行動してきたことで侍女内の連携力は格段に上がっている。
侍女達はお互いに今日も一日エレノア様を守り切ったと、エレノア様を一番身近で守れるのは自分達だけなのだと、不思議な使命感と連帯感が生まれていたのであった。
エレノア様は本当に綺麗でかわいらしい方だ。
見た目は本当に美しくて妖艶で、襲い掛かりたくなる男性達の気持ちも分からなくはない。
女の自分達ですらくらっとくるような色気があるのだから、そりゃあ、免疫のない男性達からしてみれば、心を射抜かれるのは仕方ないだろう。
けれど、エレノア様はダメなのだ。
「ねぇ、今日、私、アシェル殿下と話をしている時おかしくなかったかしら?」
寝る準備まで終えたエレノア様は、ベッドの上でそう呟いた。
「おかしなところ、と申しますと?」
「その、アシェル殿下は本当に、素敵な方でしょう? だから、私も、もっと頑張らなければと思うのだけれど……その、どうやったらもっとアシェル殿下に好きになってもらえるかしら」
はい。可愛い。
部屋にいた私達は、大きくゆっくりと深呼吸をすると、エレノア様の周りに集まってはっきりと告げた。
「いいですか。エレノア様」
「えぇ。どうしたらいいと思う?」
「エレノア様は、今のままで、本当に、すごく、魅力的で、可愛らしいので、そのままのエレノア様でいいと思います」
「アシェル殿下は元々完璧王子様という印象でしたが、エレノア様の前では本当に幸せそうな男の子という感じに変わっていて、本当にお二人ともお似合いだと思います」
「お二人は本当にお似合いです。エレノア様は今のままで十分魅力的です」
その言葉にエレノア様は何とも言えない笑みを浮かべると、視線を
「でも、アシェル殿下の横にずっと立っていたいから、何か努力できることがあるなら、頑張りたいの」
そうエレノア様が言った時であった。
「ふむふむ。ならこれを二人で食べるといいわ」
「え?」
振り返るとそこには妖精のユグドラシル様が
私達侍女はその瞬間に視線で会話し合うと、連携を取っていく。
一人の侍女はそっと部屋を出て急いでアシェル殿下へと報告に走り、一人の侍女はユグドラシル様専用のお茶会用のテーブルを準備した。
「これを食べればなんと二人はラブラブちゅっちゅの仲に!」
そう言ってユグドラシル様が掲げたのはハート形の不思議な木の実であった。
エレノア様はどうしようかという様子であったけれど、私達侍女からしてみれば、出来るだけエレノア様の安全を最優先したい。
以前のジンジャークッキー事件では、たしかに小さなエレノア様は可愛らしかった。
眼福であった。
至福の時であった。
だがしかし、何が起こるか分からない以上、変なものをエレノア様に食べさせることはしたくない。
私達は連携を取りながらどうやってユグドラシル様の気持ちを他の物へと誘導するかを考えていく。
「えっと、ユグドラシル様。それは、具体的にはどのようになるのですか?」
エレノア様がそう尋ねるとユグドラシル様はふふんと鼻高々に言った。
「これはね、二人で食べると、お互いに引っ付いて離れなくなるのよ。物理的に」
なんという物であろうか。
絶対に阻止しなければならない。
私達は静かに連携を取る。
「ユグドラシル様、こちらにお席を用意いたしました。どうぞ」
「お茶をご用意いたしますね」
「ユグドラシル様、お菓子はどれになさいますか?」
その言葉にユグドラシル様は私達の方を見ると、用意された小さな自分用のティーテーブルに瞳を輝かせた。
「なにこれ。用意してくれたの? わぁぁ。嬉しい。ありがとう!」
「さぁ、どうぞ。あ、ユグドラシル様はどちらのお召し物がよろしいですか? ユグドラシル様が来られた時用にと、ドレスも用意してあるのです」
「え? 何それ!?」
妖精は楽しいものや美味しいもの、綺麗なものが好きらしい。
その上で私達侍女なりに準備できるものは事前にそろえてある。
その後、ユグドラシル様が私達の準備していた物に興味を引かれている間にアシェル殿下が慌てた様子で現れた。
「エレノア!?」
「アシェル殿下!」
お二人は視線を交し合うと、途端に照れたように頬を染め合う。すでにお二人とも寝る前の格好であり、エレノア様は羽織を着ているとはいえ、男性からしてみれば目の毒であろう。
二人がそろったことでユグドラシル様は瞳を輝かせた。
「ほら! せっかく二人がそろったんだからこれを食べて! これで二人は物理的にラブラブ出来るから!」
グイッと差し出された実を見たアシェル殿下は、すぐにエレノア様の肩を抱き寄せるとはっきりとした口調で言った。
「大丈夫です。すでに私達はラブラブなので、それは必要ありません。お気遣いありがとうございます」
私達侍女は内心でぎょっとした。いや、ラブラブはラブラブなのだが、アシェル殿下の口からまさかそのような言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「えぇ~? 本当に?」
つまらなそうに唇を尖らせるユグドラシル様に、アシェル殿下はちらりとエレノア様へと視線を向けた。
エレノア様はうなずくと、アシェル殿下の体に頭をもたれさせて、ぴったりと引っ付き、顔を真っ赤にしながら言った。
「アシェル殿下、嬉しいです。私達……ら、ラブラブですね」
あっまぁぁぁぁぁぁい! 心の中でおそらく皆が叫んだであろう。
唇をぐっと噛んで皆が声を漏らすのを堪えた。
これも全てユグドラシル様に何事もなく帰っていただくためである。
「そっかぁ。ラブラブかぁ。えー。でも人間のラブラブはちゅっちゅするって聞いたのだけどなぁ~?」
ユグドラシル様! お願いです。もう帰ってください。
うちのエレノア様は
口を必死に閉じていると、エレノア様が勢いよくアシェル殿下の服を引っ張り、頬にキスをした。
皆がその場で崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、声を上げたい気持ちを抑えた。
恐らく一番叫び出したいのはアシェル殿下なのではないだろうか。
「ほ、ほら、ラブラブなんです」
「え、えぇ。ら、ラブラブなんです」
二人とも顔が真っ赤である。
ユグドラシル様はにやにやと笑みを浮かべると、お茶を一気に飲み干し、それからクッキーを手に持つとエレノア様の目の前をくるりと回っていった。
「ふふふ! 真っ赤ねぇ! うふふ。かーわーいーい! あー。面白かったぁ。じゃあまたいい物が手に入ったら来るわね! じゃあねぇ~!」
そういうと、ユグドラシル様は飛んで行ってしまった。
私達はやっと口を開くと大きく深呼吸をする。今はまだ叫んではいけない。
今すぐにでもエレノア様の可愛らしさを全力で叫びたいが、今はそんなことをしてはいけない。
私達は視線を交わしてどうにか気力を奮い立たせると、すんと、表情を整えて何もなかったかのように行動を始める。
「アシェル殿下、エレノア様、お茶をお持ちしましょうか?」
二人は首を横に振った。
「い、いや、エレノア……ゆ、ユグドラシル様が、とりあえず、帰ってくれてよかった。ぼ、僕も、部屋に帰るよ。おやすみ」
「ひゃ、はい。そ、そうですね。えぇ、本当に、何事も、なく? はい。はい。おやすみなさいませ!」
二人とも顔を真っ赤にしながら視線を泳がせ、そしてアシェル殿下はブリキの人形のように動きにくそうに部屋を出て行った。
アシェル殿下が外に出ると同時に、エレノア様が声をあげた。
「わ、わわわわ、私、なんてはしたないことを!? だ、大丈夫かしら? 私、あぁぁぁ」
可愛かったので大丈夫です! エレノア様の可愛らしさにアシェル殿下もおそらくイチコロだったと思います!
悶絶するエレノア様を見つめながら私達侍女は内心そんなことを叫ぶ。
本当にエレノア様とアシェル殿下はお似合いである。
見た目は完璧な二人がこれほどまでに初心で可愛らしいなんて、知っているのはきっと一番身近にいる私達使用人一同だけである。
出来れば二人が末永く幸せに、出来ればお子様の面倒までずっと見守っていきたいな、何てことを想像してしまう。
「……お子……」
エレノア様が何か想像したのか、顔をまた更に赤く染めているのを見て、本当に可愛らしい方だなぁと私達侍女は和やかな雰囲気に包まれたのであった。