「ハリー様って、休日はどのように過ごしていらっしゃるのかしら」
私はふと、手に持っていた本から視線をあげると誰もいない部屋に向かって呟いた。
今日は妃教育も休みであり、侍女達も下がらせてゆっくりと一人部屋で図書室から借りてきた本を読んでいたのだけれど、私の頭をその疑問が不意に過っていった。
何故過ったのかと言えば、読んでいた本の中に眼鏡をかけた登場人物が描かれており、そこから脳内で連想していった結果、ハリー様に行きついた。
常日頃からハリー様の頭の中はどうなっているのだろうかという疑問を抱いていたけれど、結局のところその原因も理由もわかっていない。
「思考回路が、おそらく人とは違うのよね」
そう。ハリー様はきっと特殊なのである。
では普通の人とはどう違うのだろうかと私は気になりだしてしまう。
「何か、人とは違うところがあるのかしら?」
私は本にしおりを挟んでから閉じると、机の上へと置き立ち上がった。今日はアシェル殿下と一緒に昼食を取った後、一緒に過ごす予定である。
その時に通常であればハリー様も一緒に来るであろう。
「……聞いてみようかしら」
小さく思い付きを呟き、呟いたことでそうすればハリー様の思考回路が理解できるのではないかという期待が湧き上がる。
「アシェル殿下にも、話をしてみようかしら」
アシェル殿下ならば、一緒に考えてくれるような気がして、私はそうしようと心に決めると昼食が待ち遠しくなるのであった。
そしていつもよりも時計の針が進むのが遅かったように感じつつも昼食の時間となり、部屋がノックされた。
返事を返すと、部屋にアシェル殿下とハリー様が入ってきた。
「エレノア。おまたせ」
『ぼん、きゅー、ぼーーーん』
最初から絶好調のハリー様である。私はアシェル殿下と一緒に昼食をとってから庭の方へと散歩に出た。
いつ話題を振ろうかと思っていると、アシェル殿下がくすりと笑った。
「エレノア。何か言いたいことあるのでしょう? ふふふ。さっきからすごくそわそわしてる」
気づかれていたかと、私は顔をあげると言った。
「はい。実は朝から気になっていることがありまして。ハリー様って、毎日どのように過ごされているのですか? ほら、頭の中がすごく気になりまして」
その言葉にアシェル殿下はふむと顎に手を当てると言った。
「たしかに、僕もハリーがどんな風に過ごしているかって知らないなぁ~。うーん。じゃあ今日はハリーの仕事見学でもしてみようか?」
「え? 仕事見学ですか?」
アシェル殿下は楽しそうに笑うと言った。
「そう。ハリーにはどんな仕事をしているのか見学させてほしいって言えば大丈夫じゃないかな」
本当にそれで見学させてもらえるのだろうかと思ったが、アシェル殿下はハリー様を呼び、それを伝えると、ハリー様は困惑したような表情を浮かべた。
「見学ですか……別にかまいませんが、楽しくはありませんよ?」
「いいよ。いいよ。仕事見学ついでに僕は王城内のことをエレノアに案内するし」
「そうですか」
『ぼん、きゅ、ぼん。……見学?』
それは頭の中でつなげると変な感じになるのでやめてほしい。アシェル殿下は笑顔で私に向かって心の中で呟いた。
『ほら、大丈夫だったでしょう? ね? 今日はせっかくだから王城の色々な所も案内するよ! ハリーは忙しいから、いろんなところに移動するだろうしさ』
私はアシェル殿下とうなずき合って、ハリー様の仕事見学をすることになったのだった。
「では、通常業務をしてもよいとのことなので、動きます」
「あぁ。僕たちは勝手についていくから気にしないで仕事をして」
「わかりました」
その後ハリー様はというと、動く動く動く。
ハリー様は王城内の様々な部署へと確認のための書類を手に持って回っており、的確に仕事をこなしていっているようであった。
ただ、ハリー様の頭の中というか、若干私としては人間性を疑ってしまう。
『装飾美人』
『シークレット厚底』
『偏見おやじ』
頭の中ではあだ名なのかなんなのか、変な呼び方で人の事を呼んでいる。
口ではしっかりと本名を呼んでいると言うのに、何故あえてあだ名をつけているのか。
「ハリーは僕とそれぞれの部署とを繋げてくれる役割もしているから、忙しいんだよ。本当にハリーがいてくれてよかったと思っているんだ」
アシェル殿下のその言葉に、確かに見た目と仕事内容だけならばかなり優秀であると感じる。
ただ、心の声が聞こえている私としては、何とも言えない気持ちになる。
そして、確認作業が終わるとまたハリー様は動き始めた。
私は一生懸命についていくのだけれど、私がつく頃にはハリー様は次の場所へと移動をし始めるタイミングであり、アシェル殿下はそれを見て笑っていた。
「エレノア。ハリーって本当に忙しいから、ふふふ。エレノア。可愛いなぁ! ドレスだから移動大変だもんね! ふふふ」
『可愛すぎるよぉ! 一生懸命についていこうってしてるの。かーわーいーい!』
私は一生懸命ついていっているのにと思いながら、次の所でやっとハリー様に追いついた。
王城内にあるものの、林を抜けた先にあるそれは小さな小屋のような場所であった。
林の中には何軒か同じような形の建物が建てられているようだ。
「ここは騎士団の事務所みたいなところかな。備品とかが置かれているんだ。他にもあるでしょう? それぞれの担当の部署は違うけれど、備品や道具なんかが保管してある」
アシェル殿下にそう教えてもらいハリー様の方を見ると、ハリー様はてきぱきと仕事の話をしている。
手に持っていた書類を見ながら話をしており、忙しいのだなと思う。
「どう?」
『ハリー。何考えているの?』
アシェル殿下の言葉に、私は集中してみるけれどハリー様の心の声は通常運転であった。
『剣術バカ六号』
暗号のようだけれど、頭の中で騎士団の方々については番号をつけて呼んでいるという事実に、私は驚いた。
しかも会話をする分にはその人の名前をちゃんと呼んでいるという高等技術。
むしろもう名前で呼んだ方がいいのではないかと思うレベルである。
「……ハリー様は通常運転ですわ」
私がそう口にすると、アシェル殿下はそうなのかぁと少し残念そうな顔をしていた。
その時であった。
『あ……』
私はその声にハリー様の視線を追いかけると、視線の先には二人いた。
一人は、金色の髪と瞳を持った長身の眼鏡をかけた男性。
もう一人は、これまた金色の髪と瞳を持った小柄な眼鏡をかけた女性であった。
二人は顔立ちがとても良く似ていた。
だれだろうかと思っていると、二人がこちらに向かって歩いてくる。
『……』
心の声が静かになったと思った時であった。
『……好きだ』
「え?」
私は呆然とするしかなかった。
ハリー様の心の声が嵐のように頭の中を埋め尽くしていく。
『……好きだ。好き、あー、好き、しんどい。好き』
情報が、好きしかない。私としてはその声の大きさにも多さにも驚いていたのだけれど、頭の中が好きの洪水状態である。
一体何が起こっているのだろうかと思っていると、二人はこちらに向かって頭を下げた。
「「第一王子殿下並びにご婚約者のエレノア様にご挨拶申し上げます」」
アシェル殿下は普通に二人とあいさつを交わし、私も一礼をするのだけれど、頭の中は未だに好きの嵐が続いていた。
私としては大混乱である。
目の前には二人いて、そしてその二人が来たときに、ハリー様は頭の中で好きを連呼し始めた。
つまり、どちらかに思いを寄せていると言うことである。
あの心の機微のない、表情筋もあまり動かないハリー様がこれほどまでに慕っている相手とはいったい何者なのか。
「エレノア。二人はハリーと同期でね、城で働いているんだ」
「レイド・カーンと申します」
『エレノア様。噂に違わずお美しい』
「レイチェル・カーンと申します」
『可愛らしい方だわ。ふふふ』
「ちなみに二人は双子なんだよ」
「そうなのですね。よろしくお願いいたします」
私は二人に表では優雅にあいさつを交わしながらも、なんと判断が難しいのだろうかと思う。
二人はハリー様に話があるようで、仕事の話を始めた。
見た目も名前も似通っている二人である。冷静に考えれば女性の方が片思いの相手かと考えるが、だがしかし、ハリー様の心の声は、レイド様と話をしている時にも、レイチェル様と話をしている時にも聞こえてくるのである。
どちらが好きなのか。
それとも二人とも好きなのか。
しかもさらに難題なのはこの二人である。
『『ハリー頑張っているなぁ。えらいえらい。あー。もう本当に可愛いわぁ。撫で回してあげたいけど、がまんがまん』』
非常に難しい。
双子だからなのか、心の声までシンクロしている。
というか、判断が非常に難しい。
その後も双子はハリー様の事を心の中で可愛い可愛いと愛でており、ハリー様はハリー様で無表情なのに好きのオンパレードである。
『『仕事ちゃんとしてる。はぁぁ。本当に優秀なんだから。誇らしいなぁ。っていうか本当に可愛い。ハリー。ハリー。かーわーいーいーハリー』』
シンクロするレイド様とレイチェル様の声は最後の方は歌っているようだ。
『すきー』
無表情のハリー様は、心の声は甘々である。
いつも心の中がよくわからないハリー様のその甘々な声に若干引いてしまう。
意味が分からない状況に、私は心をスンと静めると、小さく深呼吸をする。
「アシェル様、ハリー様もお忙しそうですし、行きましょうか」
「え? エレノア、もういいの?」
『どうしたんだろう? 顔が、スンってなってる。何それ可愛い』
私はアシェル殿下に向かって頷いた。
「はい。行きましょう」
「う、うん。ハリー。僕達もう行くよ! 後で仕事の確認等はまとめてするからよろしくね」
『え? 何? え?』
三人はこちらに向かって一礼し、また仕事の話へと戻った。
外見から見れば問題なく仕事をしている様子なのだけれど、三人の心の声は三人ともに仕事をしている人の声ではなかった。
これほどまでに外面と内面が違う三人も珍しい。
私達はその後、ゆっくり話が出来るようにとガゼボへと移動し、侍女達がお茶を準備するとそこで向かい合って座った。
私は先ほどの事を思い出しながら、アシェル殿下に尋ねた。
「ハリー様は、あのお二人と仲がいいのですか?」
その言葉にアシェル殿下は頷く。
「そうだね。二人は親戚にも当たるらしくてね、幼い頃から仲良くしていると聞いているよ」
『え? 何? 何があったの?』
私の言葉を待ってくれるアシェル殿下に、私は何とも言えない気持ちになる。
これは、どう伝えればいいのか。
というか、判断が非常に難しい。
「……そうですか」
私は紅茶をゆっくりと飲む。
アシェル殿下も、合わせるように紅茶を飲む。
私は見てはいけないものを見てしまったような、ばつの悪さを感じた。
「え? 何? もしかして心の中では仲が悪いの? あの三人」
その言葉に私は首を横に振る。
「いえ……とても……とても仲が良いようです」
言えなかった。
というか、個人的なことでもあるし、それに何よりも、三人のあの状況をどう自分でも判断すればいいのかが分からなかった。
ただ、仲がいいのは確かだろう。
「ハリー様。あのお二人の事はとても大事に思っているのですね」
これが精一杯であった。
アシェル殿下は頷くと言った。
「そうだね。そういえばこの前三人でランチに行ったって話していたよ。今度エレノアと一緒に行ってみてはどうかって教えてもらったんだ」
「そうなのですか。ぜひご一緒させてください」
そう答えながら、三人がランチをしている姿が頭をよぎる。
私は、首を横に振ると詮索しないことを決めた。
ただ。
「今度こそ下町デート、成功させようね」
『エレノアと一緒は楽しいだろうな』
「はい。楽しみです」
三人の今後の展開がどうなっていくのか見守ってもいいだろうかと、ちょっとだけ考えた。
それからハリー様を見かける度に、レイド様とレイチェル様はいないかなと捜してしまうようになってしまった。
中々三人でそろっているところを見ることは難しい。
三人は本当にどういう関係なのだろうか。幼馴染で旧友で遠い親戚。
あの関係性からするにかなり仲が良いことは確かである。
それから数日後、約束をしていたカフェへと一緒に行こうと誘われ、私はアシェル殿下と共に馬車で向かった。
本日のカフェは貸し切りにしてあると聞いている。ただ、前回のようなことがあってはいけないので、今回はカフェのみのお出かけとなっている。
馬車を降りると、素敵なカフェの外観が見えた。
看板の周りには可愛らしい花々が植えられており、その横には小さな水鉢が置かれていた。中をのぞくと、可愛らしい小魚が泳いでいる。
「可愛らしいですね」
そう呟くと、アシェル殿下も頷いた。
「そうだね。綺麗だ。なんていう種類だろうね? 珍しい」
アシェル殿下にエスコートされて中に入ると、中は広々としている。天井が高いつくりとなっており、見上げると、建物の梁がむき出しになった造りになっていた。
私達は席に案内され、本日のおすすめの紅茶が並べられていく。
不意に、私は一角に小さなスペースが造られていることに気が付いた。
一緒に来ていたハリー様や侍女はそこで待機するらしいのだが、なんとそこへレイド様とレイチェル様が現れた。
心の声を聴いていると、どうやらレイド様とレイチェル様の知り合いの方がカフェのオーナーのようであった。
アシェル様とのデートだと楽しみにしていたというのに、ハリー様達のことが気になってしまい集中できない。
不意に視線をあげると、アシェル殿下が楽しそうにこちらを見つめていた。
「エレノア。三人のことが気になるんだ?」
「あ、も、申し訳ありません」
怒られるのだろうかと思うとアシェル殿下は首を横に振って言った。
「謝る必要はないよ~。ふふ。ハリーはもう僕の中では考えていることが謎の一言に尽きるからね。気になるのは仕方ないよ。あ、でもエレノア。ケーキ来たみたいだよ?」
カートに載せて運んできたのは一人の男性であり、机の上へとアフタヌーンティーのケーキスタンドを載せた。
のっているのは可愛らしいケーキであり、私はその可愛らしさに瞳を輝かせた。
「可愛らしいですね」
アシェル殿下にそう伝えると、アシェル殿下も微笑んでいった。
「そうだね。とっても可愛いし、おいしそうだね」
『あー。最高。好き』
「え?」
間にハリー様の心の声が交ざった。
ちらりとハリー様達の方を見ると、机の上に何種類ものケーキがのせられており、心の声から窺うに、カフェのオーナーから試食を頼まれたらしい。
『あー。好き。しんどい、あー』
私は分からなくなった。
ここに来て新キャラ登場だろうか。もはやハリー様が好きなのは誰なのか、迷宮入りしそうである。
レイド様なのか、レイチェル様なのか、はたまたカフェのオーナーなのか。
頭の中で疑問が渦巻いた時であった。
「あ、そういえば、ハリーってさ、大の甘党なんだよ」
「え?」
「ケーキ大好きなんだ。ほら、前にマフィン作っていたっての覚えているかな? ハリー。実はケーキ作りも上手なんだ」
「え?……」
私はハリー様の方を見る。
ハリー様の視線は、ケーキへと向いていた。
分からない。
もはや分からない。
ハリー様が好きなのは。
「アシェル殿下」
「ん? どうしたのエレノア?」
私はケーキを一口食べて、その甘さに微笑んだ。
「ケーキとっても美味しいです」
「ん? うん。美味しいねぇ」
「はい」
私は考えることを放棄した。そして、ケーキの美味しさを大好きなアシェル殿下と一緒に共有することに専念したのであった。