第四章 焦燥感

◇◇◇

私が生まれた世界は、私のよく知る世界だった。

そしてこの世界の中心は私だった。

けれど、私が知らないだけで、世界の中心の私にはいろいろな役割があるらしくって、この世界を正しく回すために、私は結構大変な役割を果たさなければならなかった。

だって竜の王国が滅亡しないと、ノアが攻略キャラとして現れないでしょう?

なのに一向に滅亡する気配がないからお父様と結託してサラン王国に罪を擦り付けようと画策しながらようやく滅ぼしたっていうのに、サラン王国は身の潔白を証明するものだから腹立たしいったらなかった。

お父様は竜を売ってかなり儲かったから良いって言っていた。竜の肉や血、それに子竜なんかは高く売れるんですって。禁忌とかなんとか話があったけれど、それはあんまりよくわからなかった。

それに、私としてはあまり納得出来なかった。

でも、まぁいいわ。

だって、ちゃんとノアは捕まえてあるし、いずれ出てくる獣人の子どもたちだって捕獲してある。

ふふふ。

このまま私の手の中に入れたいって思ったけれど、顔を隠していくらしつけをしても、全然いうことを聞くようになりそうにないから、やっぱり、悪役令嬢を間に通さないと無理なのねって思ったわ。

というか、この世界の悪役令嬢は本当に仕事をしない。

さぼりすぎではないだろうかと私は思うのよ。

ちゃんと悪役令嬢が動いて、攻略キャラをそろえてくれないと困るのに、私ばっかりに働かせるのよね。

ゲームの強制力みたいなものが普通ならあるはずなのに、それがないなんてありえない。だから私がこんなに頑張らないといけなくなるのよ。

本当に、嫌になっちゃうわ。

まぁでも、最終的に全員私が手に入れるのだからしょうがないのだけれど。

ちゃんと、新しい計画通り、悪役令嬢とノアと獣人の子どもたちを出会わせたわ。

ノアが地下牢にいれられたのも聞いているし、これできっと大丈夫でしょう。

それに今回から、やっと私も舞台に登場して、いよいよ私の手にみんなが落ちてくるのよ。

そのためにも、頑張って悪役令嬢の魔の手から、私が救い出してあげないとね。

ふふふ。

あぁ楽しみ。

まずは王道、アシェル殿下ともデートとかしたいわよねぇ。

これは同時進行的に好感度を上げられるゲームだし、ハーレムゲームだから、楽しみながらやろっと。

やっと私の物語が始まるわ!

◇◇◇

ノアとの面会の数日後、私はアシェル殿下と共に王城内で時間を過ごしていた。

久しぶりの二人の時間ということで、私はなんだか一緒にいられることが本当にうれしくて、アシェル殿下の声が心地よくてたまらなかった。

けれど不意にアシェル殿下の心の声に緊張が走る。

なんだろうかと思っていると、アシェル殿下の心の声が意気込んだ。

『よし。やっと渡せる。喜んでくれるかな?』

なんだろうかと思っていると、アシェル殿下が胸ポケットから細長い箱を取り出すと言った。

「エレノア。渡したいものがあるのです」

『わぁぁ! 緊張するよぉ!』

「なんでしょうか」

「プレゼントです。開けてみてください。本当は、出かけた時に一緒にプレゼントしたかったのですが、色々あったので渡すのが遅くなってしまいました」

手渡された箱のリボンを外し、私はゆっくりと開けた。

すると中には可愛らしい花の形のネックレスが入っていた。きらきらと光を反射するネックレスには宝石もあしらわれている。

「……きれい」

私は嬉しくて顔をあげると、アシェル殿下も微笑んでいた。そして、私の首にネックレスをつけてくれる。

「うん。よく似合っています」

『イメージぴったり! 可愛い! うん。本当に渡せてよかったぁぁ。喜んでくれているかな?』

私は本当に嬉しくて言葉を返した。

「ありがとうございます。本当に、本当に嬉しいです」

「よかったです」

『ほっとしたぁぁぁ。よかった。本当に。ふふふ。これからたくさん贈り物もしていきたいな』

私のことを大切にしてくれているのが伝わってきて、嬉しかった。

さりげなくアシェル殿下は手をつないでくれて、手からは温かさが伝わってくる。

人との触れあいがこんなにも心地が良いものだと、私は初めて知った。

「庭も薔薇が見ごろでして、一緒に散歩しましょう」

『ふふふ~。エレノアと久しぶりにのんびりできるぞぉ~。わぁ。なんかうれしいなぁー』

「はい。王城の薔薇は本当に見事ですものね」

「えぇ。あぁ、新種の薔薇も手に入れたのでそれもご紹介します」

『新種の薔薇、エレノアの名前を付けたいとか思っている僕。少し気持ち悪いかな。え、どうしよう。引かれるかな? うーむ。考えものだ』

アシェル殿下と一緒に過ごしていると感じるのが、アシェル殿下が私の外見ばかりを見ないという点である。

ほとんどの人は、私の外見ばかりに目がいって、内面を見ようとしない。

けれどアシェル殿下は違う。

一緒に過ごして、同じ記憶を共有しようとしてくれたり、私のことを考えてくれたりする。

その時間がとても心地が良かった。

しかし、その時間が突然、打ち砕かれることになるなんて、この時の私は思ってもみなかった。

一緒に庭を散歩に行こうとした時であった。

庭の方が騒がしくなったかと思うと、庭の方から走ってくるような足音が聞こえ、アシェル殿下が私をかばうように前に立った。

すると、生垣から一人の少女が飛び出したのである。

「アシェル様!」

ふわりときらめくピンクブロンドの髪と、くりくりの大きな栗色の瞳。

その姿に、私は息をのんだ。

「チェルシー嬢……?」

『なぜここに?』

ヒロインである。

目の前にヒロインが現れた。

私は心臓がバクバクとなるのを感じながら、ヒロインを見つめていると、ヒロインは私の姿を見て、かわいらしく笑っていった。

「こんにちはぁ~。アシェル様のお友達ですかぁ?」

『働かない悪役令嬢が。ふふふん! ここからはやっと私のターンだわぁ。ここまで大変だったけれど、これからはみんなを私のものにしてあげるんだからぁ~』

背中に嫌な汗が伝っていく。

これはあれである。

ヒロイン様も、転生者である。

しかもおそらく自分よりもよく内容などを覚えているであろう雰囲気に、私はこのままではアシェル殿下が取られてしまうと焦燥感にかられる。

取られたくない。

私は思わず、アシェル殿下の腕をぎゅっと抱きしめた。

『え? 何? エレノア、何それ? えぇぇ。かわよ。やばい。なんだろう。僕今幸せすぎる』

『は? 引っ付くなよ悪役令嬢。アシェル様が嫌がってんじゃん。私が完璧王子様キャラのアシェルを絶対に攻略して、甘えてくる姿を拝んでやるんだからぁ~』

アシェル殿下の心の声には、照れてしまうが、ヒロインチェルシー様の声には恐怖してしまう。

アシェル殿下は本当に攻略されてしまうのか、それに私はこれからどうなるのだろうかと不安に思った。

「あの、私も一緒に回ってもいいですかぁ?」

『悪役令嬢、追い払ってやる』

チェルシー様の言葉に、鳥肌を立てていると、アシェル殿下は微笑みを携えて言った。

「申し訳ありませんが、チェルシー嬢、今は婚約者との時間を大切にさせてください」

『あぁー。このご令嬢には、本当に頭が痛いなぁ。というか、エレノアとの時間を邪魔しないでほしい。むぅ』

その言葉に、私はほっと胸をなでおろす。

今のところアシェル殿下はヒロインに好意を寄せていないのだということにほっとした。

しかし、その言葉にチェルシー様は一瞬顔を引きつらせると言った。

「私、女の子のお友達いないので、仲良くなりたいんですー」

『ふふふ。ちゃーんと今から私の方を一番に考えられるようにして、あ、げ、る』

内心でチェルシー様にたいして恐怖を抱き始めていると、アシェル殿下の心の声が耳をつんざくように聞こえてきて、私は思わずびくりとした。

『こーわーいーよぉぉぉぉ! ナニコレ。珍獣かな? あぁぁ。女の子に失礼だとはわかってるんだけど、この前からべたべたしてくるし、裏がありまくりな感じが、怖いよー。はぁぁ。まぁ、いろいろ本当に裏がありそうだからしばらく仲良くしないといけないっていうのはわかるんだけどさぁぁっぁぁ』

表面上では笑顔を崩さないアシェル殿下のその悲鳴のような心の声に、私はなるほどと納得する。

何かを探るのか。

ならば自分も多少は我慢しなければならないなと思っていると、チェルシー様が私の腕をとり、手をつないできた。

「ねぇ? 仲良くなりましょう?」

『どうやって追い出そうかしらぁ』

チェルシー様に繋がれた手はどこか触り方が気持ち悪くて、女性同士なのに何故だろうなんてことを私は考えつつ、どうしたものかと思っていた。

「チェルシー嬢、この後、傷の具合を診ると医者から連絡を受けています。私が案内しますので、行きましょう」

『ぼん、きゅ、ぼん。すとーん』

ハリー様が後ろからそう声をかけると、チェルシー様はとても悲しそうに顔をゆがませた。

「えー……残念~。わかりました。では、次は絶対チェルシーも一緒に行かせてくださいねぇ~」

『タイミング悪! あー。アシェル様~。でもまぁ、ハリーを攻略するのもいっかぁ。ふふふ側近眼鏡。うふふ。眼福眼福~』

私はハリー様の心の声に聴きなれない音が入ったことになんだろうかと思っていると、チェルシー様を見つめてまたハリー様は呟く。

「では、行きましょう」

『すとーん。行くぞ』

「はぁーい」

『あぁ~。いちゃいちゃしたいわぁ』

私ははっと気づく。

すとーん。まさか、それはチェルシー様のことであろうか。

思わず顔をひきつらせて失礼すぎると思った私とアシェル殿下に向かってハリー様は頭を下げると、チェルシー様を引き連れて行ってしまった。

「では、行きましょうか」

『あー。エレノアにはチェルシー嬢についてなんと説明しようかなぁ~。あんまり近寄ってほしくないから、ちゃんと話しておかないとね』

チェルシー様については私も気になっている。

これまで心の声が聞こえることについて誰にも話したことがなかったけれど、これからもしかしたら聞こえることで防げる何かが起こるかもしれない。

そう考えると、アシェル殿下に話した方がいいのだろうか。

けれど、私にはまだ、アシェル殿下に自分の能力について話をする勇気がなかった。

いつかは、自分の能力についても話さなければならない時がくるかもしれない。

ずっと隠し続けて生きてはいられないだろうから。

それにチェルシー様がこれからどんな風に動くかによっても、伝えた方がいい場面がくるかもしれない。

私は静かに、小さく深呼吸をする。

心臓が煩いくらいに鳴っていた。

緊張している。

アシェル殿下がもしも私の能力を知ったら、どう思うのか。

それを考えただけで、胸が締め付けられる。

もしも拒絶されたらと想像するだけで悲しくて涙があふれそうになる。

ゆっくりと息を吸って、吐いて、私は自分を落ち着ける。

いつか、いつか決意が固まったら話をしよう。だからそれまでは、アシェル殿下から拒絶される自分を想像したくもなかった。

だから、私は先ほど聞こえた心の声の方へと意識を向ける。

すとーん。

先ほどのハリー様の声が頭の中でこだましていた。

そうして考えていると、自分の心が落ち着いてくるのが分かった。

今は悪い方向へと考えるのはやめよう。

ガゼボへと移動すると、私とアシェル殿下は並んで座り、庭の花々を眺めた。

机の上には侍女たちによって菓子と紅茶が用意されており、一見優雅なお茶会のようではあるが、話題はチェルシー様のことである。

アシェル殿下は紅茶を一口飲んでから、静かに言った。

「私の代わりに傷を受けたチェルシー嬢ですが、男爵家の令嬢で、今は私の恩人という形で王城で治療と療養をしてもらっています」

『どこまで、どう話そうかなぁ』

私はうなずきアシェル殿下の言葉を待っていると、言いにくそうに間が空いたのちに、アシェル殿下は言った。

「おそらくですが、何らかの組織にチェルシー嬢は関わっていると思われます。ですから、今後、私がチェルシー嬢と仲良さげに話したとしても勘違いはしないでください。あくまでも、表面上です」

『チェルシー嬢に好意を寄せているとか、勘違いされたら、僕辛すぎる。あー。くそぉ』

アシェル殿下のその心の声に、私は勘違いなどしませんよと少しほほえましく思いながら、ふと気になり、私は尋ねる。

「では、私も仲良くした方がいいですか?」

私が近くにいればチェルシー様のことをもっと探れるかもしれない。そうすればもっと早く今回の一件が解決できるかもしれないと思った。

「いや、エレノアは距離を取ってください。危ないです」

『エレノアを誘拐した事件にも、チェルシー嬢がかかわっていそうだし、出来れば離れていてほしいなぁ』

自分を心配し、気遣ってくれる声に、私はたしかに自分が下手にかかわってアシェル殿下の邪魔をしてはいけないなと、考えを改める。

「わかりました。そういたしますね」

そううなずいて答えると、アシェル殿下はほっとしたようにうなずき返すと言った。

「とにかく、チェルシー嬢には気を付けていてくださいね」

『こちらの情報を得ようとするような動きもあるから、十分に気を付けてほしい……はぁ、というか早くチェルシー嬢を家に帰したい。けど帰せない……くっ』

「気を付けますね」

私は話題を変えようと、アシェル殿下に元々話をしておこうと思っていた事柄について、口を開いた。

「あの、今王城で預かっている獣人の子ども達ですが、獣人の国へと帰したいのです。アシェル殿下、どうにか獣人の国との連絡を取れないものでしょうか」

三人はとても良い子で、一緒に住む分には問題ないのだけれど、どうにか獣人の子たちを家族がいるならば家族の元へと帰してあげたい。

アシェル殿下は少し考えるとうなずいた。

「獣人の国には一応、一報は入れてあります。ただ、獣人の子どもがこちらの国に来るということ自体、かなり珍しいことなので、どうやって来たのかなど、確認しなければならないことがいろいろありますね」

『獣人は元々昔売買などがされていたこともあって、今はかなり規制が厳しいはずなのに、どうやってこの国に来たのかな……』

「そうなのですね……できれば早く帰してあげたくて」

私がそういうと、アシェル殿下もうなずいて言った。

「えぇ。そうですよね。わかっています。できるだけ早く手続きができるようにしますから」

『それに、獣人の子どもたちすごくエレノアにべったりだって聞くし、あんまりべたべたされるのは……ちょっといやだなぁ、あぁ! 僕って本当に器が小さい!』

そう心の中で呟くアシェル殿下に、私は、自分のことを少しは好いてくれているのだろうかと期待してしまう。

できるならば、アシェル殿下との仲をもっと深めていきたい。

私は勇気をもって、それを伝えようと口を開こうとした時であった。

どこからか、獣の鳴くような雄叫びが聞こえて、びくりと肩を震わせた。

何かがこちらに向かってくるのが気配でわかる。

アシェル殿下は私を背にかばい、次の瞬間剣を引き抜くと身構えた。

土を獣が蹴るような、そんな足音が響いて聞こえ、一体何が来るのかと私は息を呑んだ。そして、生垣から飛び出てきた黒い影は、アシェル殿下の目の前で、ゆっくりと体を起き上がらせ、そして真っ赤なルビーのような瞳をぎらつかせながら、鋭い牙のある口を開いた。

「突然の訪問、申し訳ない。どうか、ご容赦願いたい」

『この女から子どもたちの匂いがする!』

目の前には、二mはありそうなほど体の大きな獣人が立っていた。

筋骨隆々のその体と、その立ち姿は威厳にあふれており、普通の獣人ではないことが空気で感じられる。

アシェル殿下はその獣人を見ると、すぐに構えていた剣を鞘へと戻し、驚いたような口調で言った。

「獣人の国の王弟殿下ではありませんか。獣人の国へ手紙を出してからそんなに日数は経っていないというのに、まさか、単独で来られたのですか!?

『何故王弟殿下が!? どういうことだ』

四方八方から騎士たちが慌てた様子で現れるが、アシェル殿下はそれを制される。

王弟殿下は、息を荒くしながら、その場に膝をつくと懇願するように言った。

「我が子どもたちが、こちらの国で保護されたと、そう聞きました。どうか、どうか会わせていただきたい!」

『生きているのか!? 生きて……あぁ、どうか。神よ。どうか』

頭を下げるその姿に、アシェル殿下は驚く。

私も同様に驚きながらアシェル殿下に言った。

「あの、侍従に伝えてもらって、子どもたちをこちらに連れてきてもらいましょうか?」

その言葉に王弟殿下は顔をあげ、視線を私からアシェル殿下へと移す。

アシェル殿下はうなずき、侍従に指示を出す。そして子ども達が来るまでの間にアシェル殿下は今回の事件について王弟殿下に話をする。

ただ、王弟殿下の子どもである確証はないと伝えるが、その言葉など、耳には入っていない様子であった。

王弟殿下の話によれば、手紙から我が子の匂いがしたとのことである。アシェル殿下は確かにリク、カイ、クウから話を聞き、手紙を書いたとは言うが、獣人の鼻のよさには驚かざるを得ない。

王弟殿下は、子ども達が早く来ないかと視線を侍従が向かった方向へと何度も向け、そして、ガバリと耳をぴくぴくとさせて立ちあがった。

「神よ……」

『ああっぁっぁ』

遠吠えのような声が聞こえたかと思うと、三人の獣人の子どもたちがすごい勢いでかけてきたのである。

王弟殿下も駆け出した。

風を切るように速いその動きに私は驚きながらも、リク、カイ、クウが顔を歪めて、泣きそうな顔になりながら抱きしめられる瞬間を見た。

王弟殿下は子どもたち三人をぎゅっと抱きしめた。

おいおいと泣く姿に、屋敷の使用人たちは驚いている。

私とアシェル殿下は本当に王弟殿下の子どもだったのだと、その様子をしばらくの間、見守ることとなった。

『父上!』

『お父様!』

『ととさまぁぁぁ』

子どもたちは泣きながら王弟殿下に泣きつき、そして王弟殿下もワンワンと泣き続ける。

「よかった……お前たちが、無事で、本当に、本当に!」

『奇跡だ……死んだと思っていた子どもたちに会えるとは、神よ! 感謝いたします!』

まさか獣人の国の王弟殿下の子どもたちだとは、思いもよらなかった。

それはアシェル殿下も同様の様子であり、私と顔を見合わせながら驚いた表情を浮かべている。

『まさか獣人の王族の子どもだったとは……この子どもたちも正直に教えてくれたらいいのにぃ。まぁ、人間のことを信じられないってことだよなぁ』

アシェル殿下の心の声に、確かにそうだなと思いながらも、これで人間と獣人の関係が悪くならなければいいがと私は不安に感じる。

人間が獣人を誘拐し、捕らえていたという状況はかなりまずい状況である。

それでも、獣人の親子が無事に再会できたことを私はとてもうれしく思った。

感動的な獣人の親子の再会の後、場所を移して私とアシェル殿下、そして獣人の国の王弟カザン様、リク、カイ、クウが客間にて向かいあって座る。

カザン様の目元は涙で赤くなっており、子どもたちも同様である。

カザン様と再会を果たし、子どもたちは正直に自分たちが攫われた時のことを話し始めた。

それを聞いた時、私はぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。

獣人の国では、王族も街に遊びに行くことが珍しいことではない。だからこそ、三人もいつものように護衛はついてはいたが、街で遊んでいたのだという。

しかし、突然護衛の姿が見えなくなり、そして気が付けば目の前に見知らぬ少女が立っていたという。

顔は隠していたのでわからなかったが、少女が持っていた笛を吹いた瞬間三人は意識を奪われ、なんと操られるように自分から少女の言いなりになり檻に入ったという。

私は、それを聞いた瞬間に悪役令嬢であるエレノアもまた、その笛を持っていたことを思い出す。

「それは……おそらく服従の笛だろう。獣人にしか聞こえない音を出すその笛の音を聞けば、獣人は操られるという。だが、かなり昔に作り方は失われ、今では幻とまで言われているものだな……」

『なんということだ。そんなものがあれば、獣人の国はどうなる!?

カザン様の心の呟きに、私も内心で同意する。

そんなものがあれば、獣人の国はいともたやすく操られてしまう。

私は、笛について記憶を思い出そうとどうにか意識を集中させると、かすかに思い出せたことは、笛が世界に一つだけしかない代物であるということだけであった。

悪役令嬢のエレノアがどうやって手に入れたのかはわからないが、エレノアが手に入れるべきだったものを誰かが手に入れた。

そう考えた時、私が一番に思いついたのは、ヒロインである。

まさかチェルシー様が笛を持っている? となると、獣人を攫った人達にやはりチェルシー様もかかわっているのだろうかと、私は混乱してしまう。

アシェル殿下はカザン様に言った。

「とにかく、笛についてはわが国でも調査します」

『獣人の国との関係悪化は防ぎたい』

「ありがとうございます。我が子たちを国に連れて帰ってもかまいませんか?」

『できれば戦にはしたくないが……笛については情報を集めなければならないな』

アシェル殿下がうなずくと、リク、カイ、クウが私の方へと視線を向けて言った。

「エレノア様、ありがとう。本当に……お世話になりました」

『この人がいなかったら、どうなっていたかわからない』

「ありがとうございます」

『寂しいなぁ……』

「ありがとう」

『エレノアさまもいっしょがいいなぁ』

子どもたちの心の声に、私は微笑みを浮かべ、そして両手を伸ばす。

三人は私にぎゅっと抱き着き、すりすりと顔を寄せた。

その様子に、なぜかカザン様は驚いたように目を丸くし、そして苦笑を浮かべた。

「我が子が、人間の、しかも女性にこんなに心を許すとは、驚きです」

『アシェル殿の婚約者でなければ、わが国に連れて帰りたいほどだが……まぁ仕方ないか』

思いがけない言葉に驚きながら、私は、冗談だろうと思いつつ、三人の頭を撫でてカザン様の方へと送り出す。

『まぁ、そうだな……もし何かしら人間の国ともめた時には、うむ。彼女をこちらの国へと招いて、リク、カイ、クウの誰かの嫁に据えての和平でも、いいか』

よくない。いったい何がどうなればその考えに至るのかと思いながらも、私は顔に張り付けた笑みを崩さないようにする。

アシェル殿下は何かをかぎ取ったのか、笑みを浮かべながらも言った。

「今回の件に関してはしっかりと対処していきますので、今後とも、国同士も仲良くしていきたいものです」

『関係性は保ちたいけれど、エレノアへのその視線はやめてよぉ』

「もちろんです」

『まぁまずは笛の件をどうにか解決せねばな。エレノア嬢のことについては一時保留だな』

カザン様を追って後から来た獣人の国の従者たちと合流を果たしたのちに、リク、カイ、クウは馬車に乗って獣人の国へと帰っていった。

アシェル殿下は宿泊し歓迎会を開くことを提案したのだが、カザン様の奥様が三人の帰りを寝ずに待っているということだったので、仕方のないことだった。

短い間だったけれど、三人と過ごした時間は楽しかったなと私は思う。

ただ、馬車が出る前、リク、カイ、クウが私の頬にキスをし、内緒だとにやりと笑いながら言った一言はなかなかに衝撃的だった。

「また会いに来る。もしエレノア様が不幸せだった時にはいつでも嫁に攫いに来るから」

「僕でもいいよ?」

「ぼくもー!」

アシェル殿下には見えていなかったかと思いきや、見えていたようだった。

『子どもだからって、むぅ。エレノアは可愛いから仕方ないけど、むぅ。っく……子どもがうらやましい』

私は思わず噴き出しそうになった。

◇◇◇

せっかく。

せっかく、せっかく、せっかく。

あぁぁっぁぁぁっぁぁぁ。

部屋の中で一人の少女が苛立ちの声を押し殺し、ベッドの上でうなり声をあげる。

この世界のヒロインは私よ! 私、チェルシーなのよ! それなのに、それなのに。

ベッドの上の枕を拳で何度も叩きつけながら、チェルシーは唇をかみ、いら立ちをあらわにする。

これまで準備してきたものを、全て悪役令嬢であるエレノアがぶち壊していく。

せっかく国を亡ぼして手に入れた竜の王子も、獣人の国で誘拐して捕らえた三人の可愛いショタも。

全て土台を準備してやったというのに。

「エレノア……っ!」

悔しさをぶつけるように枕を何度も叩きつけ、チェルシーはふーふーと荒い息をあげる。

自分がせっかくつくり上げてきた、ハーレムに向けての、ヒロイン中心の世界を、エレノアがことごとく潰してくるのである。

「なんなの、あの女……悪役令嬢失格でしょう……せっかく、私が準備したのに、なんなの?」

ぶつぶつと小声でつぶやきながら、チェルシーは唇をかみ、そしてギラリとした瞳を輝かせると、口を開いた。

「まぁいいわ。別に。この世界にはまだまだたくさんのキャラがいるもの……でも、悪役令嬢にはお仕置きが必要よねぇ」

チェルシーはそう呟くと、にやりと笑みを浮かべた。

「そうだわ。あれを開けちゃおう。そうすれば、ふふふ」

王城内はチェルシーにとっては庭も同然である。

ゲームで何度も、何度も、王城内を探索したことがある。

故に彼女の知らないルートはない。

「ふふふっ。まぁ、大変かもしれないけれど、きっとエレノアは困るわよねぇ~。ふふふ~」

このゲームはお楽しみが多い。

攻略キャラクターも多いし、その他のイベントも多い。

まぁ、略奪ゲームのはずがエレノアのせいでうまく略奪はできないが、それでもヒロインである自分はすべてを手に入れる権利がある。

チェルシーはにっこりとかわいらしい微笑みを浮かべると、立ち上がった。

「さぁ、行きましょうかねぇ」

王族しか知らない隠し通路を、チェルシーはいとも容易く使うことができる。

彼女の頭の中にはすべてのルートが記憶されている。

「ふふふ。私、本当に有能よねぇ~」

自画自賛しながら彼女は進んでいく。

暗い道を抜け、そして王族でも数名しか知ることのない隠し扉を彼女は開いた。

そこに置かれているのは一つのまがまがしい壺。

「さぁ、お楽しみといきましょうか」

チェルシーの微笑みは、ヒロインとは大きくかけ離れた笑顔であった。