アシェル殿下を庇うようにして立った少女の肩に弓矢がかする。

「きゃぁ!」

護衛達が現れるが、黒い衣装を身にまとい、顔を仮面で隠した集団が現れ乱闘騒ぎとなる。

アシェル殿下も剣を抜き、私をかばいながら戦い始めるが、私は腕を掴まれ、そして路地裏へと引きずり込まれる。

『ばいばい! 悪役令嬢ちゃん! しばらくの間、そっちの男達と楽しんでねー!』

少女がにやりと笑う。

これは、シナリオなのだろうか。

こんなシナリオがあったのだろうか。

こんなことならば、もっと内容を覚えておけばよかった。けれど、元々アプリゲームの内容は曖昧あいまいで、登場人物も目立った人しか覚えていなかった。その上この世界に生まれ変わってからの年月で、記憶は薄れている。

私は、これからどうなるのだろうか。

「エレノア!」

アシェル殿下の声が、遠ざかっていく。

私は、自分の身に何が起こるのか、怖くて怖くて仕方がなかった。

瞼を閉じてはいけないと思うのに、口と鼻に当てられた布に何か薬が交ざっていたのだろう。

意識は一瞬で闇の中へと呑まれていった。


体の痛みと、ざわつく様な心の声で、私は目を開いた。

『あ、起きたぞ……こいつも奴隷か?』

『わぁ~。綺麗な人間だなぁ』

『かわいちょう……』

奴隷と言う言葉に、私はがばりと体を起き上がらせて、そして頭の痛みを感じて手で押さえた。

『馬鹿だな。いきなり飛び起きたらそりゃあ、痛いだろうよ……』

『どんな声なのかなぁ』

『かわいちょう~』

そこは小さな部屋の中であり、三つの檻が並んでいる。そしてその中には、赤色の瞳の、耳と尻尾の生えた獣人の子どもが入れられていた。

私は目を丸くして、じっと檻の中の子ども達を見つめる。

見覚えがあった。

悪役令嬢エレノアが侍らせていた三人の幼い従者と同じ外見であり、悪役令嬢のエレノアは彼らに首輪をはめて楽しそうにしていた。

私は緊張しながら、辺りをきょろきょろと見回し、扉の方へと行くと、開かないか、ドアノブをガチャガチャと鳴らす。

「開かないわよね……」

私はため息をつくと、檻の中の三人へと視線を向ける。

『逃げるつもりなのか?』

『無理だよぉ~』

『かわいちょうな人らなぁ』

何故この三人と同じ部屋に入れられたのだろうかと思っていると、部屋の外から男達の声が聞こえてきた。

頭の中の声は私を性の対象として見て興奮しているようだったので聞こえないふりを決め込む。

「お嬢の命令だが、大丈夫なのか?」

「綺麗な女なのに、俺達が相手が出来ないなんてなぁ」

一体何だろうかと思っていると、続いた言葉に、私はびくりと肩を震わせる。

「獣人の鍵は開けてある。そのままにしていたら獣人に殺されるんじゃないか?」

「凶暴だからなぁ。綺麗な女をそのまま殺すのはもったいないが、命令だから仕方がねーよ」

「獣人の遊び道具ってことか?」

「そういうことだろう? 獣人も血に飢えている頃だろうしな」

私は思わずばっと獣人の方を振り返り、身構える。

男達はため息交じりに部屋の前を通り過ぎて行ってしまった。

この獣人の子ども達はそんな凶暴なのだろうかと思って、襲われないかどうか見定めていると、心の声が聞こえはじめる。

『血に飢えるって……俺達は獣じゃねぇ』

『ふふっ。襲わないよぉ。僕達、野蛮な人間じゃないもん』

『ばからなぁ』

私はほっと胸をなでおろすと、獣人の檻の方へと歩み寄り、檻の中を覗き込んだ。

すると、三人はそれぞれ首輪をはめられており、私は眉間にしわを寄せてしまう。

「あの……大丈夫? けがはない?」

思わずそう尋ねると、三人は驚いたように小首を傾げ、そして一番年長であろう少年が口を開いた。

「俺達にかかわるな」

『可愛そうだけど、俺達には助けてあげることは出来ない。だから、関わらない方がいい』

絶対に自分達は救われない、そんな瞳の色を三人はしており、私は胸が痛くなった。

けれど、ゆっくりはしていられない。

男達の考えがいつかわるかは分からないし、自分達がいつどうなるかなど分からない。一刻でも早く逃げなくてはいけない。

私は意を決すると言った。

「一緒に逃げましょう」

獣人の子ども達は、目を見開くと、私の言葉に固まった。

そして、警戒するようにこちらを睨みつけると、その後窺うように眉をひそめた。

『人間なんて信じるもんか』

『信じれないよぉ』

『きれいなひとでも、しんじられない』

三人の心の声を聴きながら、私は静かに言った。

「私を利用すればいい。外に出たら、私のことは気にせずに逃げていいわ。でも、もし私と一緒に逃げる気があるなら、私は外に逃げた後も、貴方達の助けになれると思う」

その言葉に、三人はしばらく私のことをじっと見つめた後に、三人でこそこそと話しはじめた。

私はその間に、外の男達の心の声を聴き、脱出経路や脱出方法について考えていた。男達は次の計画の為に策を練っているようで、現在地やこれから行く場所などを話し合っている様子であった。

「協力する……一緒に、逃げる」

『脱出まで利用してやる』

『一緒に逃げたいよぉ。もうここはいやだぁ』

『いく』

私はうなずき、そして計画を口にする。

「外の見張りの男を、私が部屋に誘い込むわ。誘い込んだら、男を倒したいのだけれど、できる?」

「そんなの簡単だ。今は首輪だけだからな」

『首輪の持ち主が来たら……この首輪の仕掛けで痛むだろうが、あいつが来ていなければ大丈夫なはずだ』

その言葉に私はなるほど、首輪はそのためなのかと理解する。

「いいわ。じゃあ作戦を話すわよ」

「あぁ」

獣人の子ども達の名前は、一番の年長者がリク。二番目がカイ。三番目がクウというらしい。

三人に私は作戦を説明し終えると、三人はなんとも言えない表情を浮かべた。

『『『えー……』』』

心の中でブーイングのような言葉を発する三人に、私は今はこれしか方法がないのだとどうにか説明し、どうにか、三人の賛同を得るのであった。

真夜中。男達が静かになり、見張りが一人と為った時間帯に、私達は行動を開始する。

「はぁ……んぅ……ねぇ、そこに誰かいないの?」

扉の外で見張りをしていた男は、部屋の中から聞こえる艶めかしい息遣いに、ごくりと生唾を飲みこみながら、聞き耳を立てる。

「なっ……なんだ」

声の主の少女を思いだし、男はさらに唾を飲み込むと、艶めかしい少女の裸体を想像する。

「ねぇ……こんな獣人の子達じゃ、楽しめないわ。もっと、たくましい男の人じゃないと」

「なっ!?

見張りの男の脳内はすでに言葉には出来ないお花畑である。先ほどから妙に艶めかしい声が聞こえはじめたと思ったらお誘いの言葉である。

「じゅ、獣人の子どもはどうしたんだ!?

「ふふっ……えぇ? どうなってるかって、見てみたらどう? ほら、扉を開けて、一緒に楽しみましょうよ」

男はつばを飲み込み、見張り用の小窓に手を伸ばす。そして小さな小窓を開けて中を見て、目を見開いた。

少女の衣服ははだけ、そんな少女に心酔するように惚けた表情を向けて、両手にキスをする獣人の子ども達の姿がある。

白い肌が艶めかしく、少女の瞳を見れば、飲みこまれる。

見張りの男は生唾をまたごくりと飲み込むと、獣人の子どもは首輪をつけているから大丈夫だと、女一人ならば自分の相手ではないと高をくくると、鍵を使って扉をがちゃりと開けた。

「そうだよな。子どもじゃ、満足できないよな! うんうん。満足させてやっ」

次の瞬間、扉の後ろに隠れていたリクに後ろから首の後ろを手刀で殴られ、男は意識を失った。

あまりに一瞬のことで私は驚いた。そして慌てて衣服を整えると、恥ずかしくて一度両手で顔を覆った。

『女ってこえー』

『心臓がばくばくするよぉ』

『ひゃあぁ』

私は、恥ずかしくってもとにかく脱出する方が優先だと、顔を上げたのであった。

私は三人と協力して近くにあった縄で男を縛り上げ、声を出せないように布で口を巻くと、男から鍵を奪って部屋の扉に鍵をかけて外へと出た。

そして、脱出ルートを頭の中で想像しながら進んで行く。

焦って先に進もうとする三人を制して後ろで控えさせ、出口へと一番近い道順を辿りながらも、人と鉢合わせしないように心の声がしない方向へと進んでいたのだが、そこで、一つの部屋から、真っ黒な地の底から響くような心の声が聞こえた。

『憎い……憎い……憎い……いずれ、国を亡ぼしてやる……』

「え……」

その声に、私の肌は鳥肌が立つ。

頭がずきりと痛むと同時に、男の中の心の声が頭の中を占領するように鳴り響き始めた。

それは、幸福が打ち砕かれた男の、悲痛なこれまでの生き様の、悲鳴のような心の声だった。

渦巻く様な記憶の嵐に、私は思わず蹲ると、涙をポタポタと流す。

それに三人は慌て、私の背中を撫でる。

「大丈夫か!?

「どうしたの?」

「だいじょうぶ~?」

何故彼がここにいるのだろうか。

顔を上げ、彼がゲームの攻略対象者であることを思いだす。

亡国の竜の王子。ノア。

彼の記憶を共有する様な心の声によって、私の彼に対する記憶も思い出された。

悪役令嬢エレノアが、地下で極秘に飼いならしていた竜の王子。

私は、頭の中で混乱してしまう。

獣人の子どもに、亡国の竜の王子。

ゲームの中のキャラクターたちに、何故ここで出会うのか。

一体何が起こっているのかが分からない。ただ、彼をここに一人残しておけるはずがなかった。

私は三人に言った。

「もう一人、助けたい人がいるの。いい? それとも、先に逃げる?」

後は出口に向かう道を進むだけである。彼らを先に逃がした方がいいかもしれないと私がそう提案すると、三人は首を横に振り、一緒に行くと言った。

「一緒に行こう」

『もし見つかればひどい目にあう』

「一人よりは、一緒の方がいいよ」

『残してはいけないよ』

「いこう~」

『ひとりにできないよ~』

知り合ったばかりの私を心配してくれている心の声が聞こえ、優しいなと私は三人の頭を撫でると、男から奪った鍵の束を使って、ノアの閉じ込められている部屋を開けた。

拷問されていたのか、体中にけがをしたノアが壁を背に座っていた。

部屋の中は血の臭いが充満していて、部屋の中に置かれた血の付いた布や鞭から、ノアがどれだけの苦痛をこの部屋で与えられたのか目に見えて分かった。

その腕には手錠が、首には首輪がはめられている。

黒い髪と瞳のノアは、こちらを睨みつけてくる。その瞳孔は開ききっており、私をおぞましい生き物を見るかのような目つきで睨みつけた。

「何だお前ら」

『人間を皆殺しにしてやる……全部亡ぼしてやる』

ノアの頭の中は、憎しみの言葉ばかりが渦巻いており、心の声はあまり役に立たなさそうであった。

私はノアから視線を逸らさずに言った。

「私達はここから逃げる途中なのですが、貴方も一緒に行きますか?」

その言葉に、ノアはにやりと笑みを浮かべた。

「ははっ。女と子どもが三匹、ここから逃げ出せると? それに逃げ出せたところで、この首輪を外さなければ俺達に待っているのは死だ。逃げて三日以内にこの首輪を外さなければ、電流が流れ、死ぬ仕掛けだからな」

私はそんな仕掛けがあるのかと驚きながらも、それはそこまで問題ではないなと思い至る。

公爵家の力をもってすれば、外すことは可能だろう。

私はノアに向かって手を伸ばす。

「必ず外す手立ては見つけます。だから一緒に行きましょう」

ノアは苦笑を浮かべると、私の手を取ることなく、一人でひょいと立ち上がった。

「いいだろう。付き合ってやるよ」

『失敗しても、捕まって拷問されるくらいだろう。なら試してもいいか』

呟かれた言葉の殺伐とした雰囲気に、私は、アシェル殿下のふわふわとした優しい心の声が恋しくてたまらなかった。

会いたい。

アシェル殿下の優しい声のする場所へと戻りたい。

逃げるのだって上手くいくかは分からない。もし捕まればどうなるかなんて容易くわかる。

怖い。

けれど、何もせずにいることなどできない。

「行きましょう」

私は手をぎゅっと握りしめ、どうにか足に力を入れ、前へと進み始めた。

私は皆で慎重に建物を、ゆっくりと進み、そしてついに外へと窓から出ることに成功した。

外は林のようであり、霧が立ち込めている。地面がぬかるんでいて足を取られる。ただ良かったのは靴がいつものようにヒールではないということ。

デートの為に、長く歩いても靴ずれしない靴を選んだというのに、林の中を走ることになるとは思わなかった。

はっきりいって前も後ろも、道が分からない。

「おい。どうするんだ?」

『っは。どうせ計画なんてないんだろうが』

『道は分かるのか?』

『外に出られたぁ!』

『はしりたいなぁ』

私は四人に笑顔を向けると、ゆっくりと目を閉じて集中する。

こんな使い方は初めてではあるが、やるしかないと自分を奮い立たせて、一本の糸を見つけるような感覚で意識を収縮させていく。

声を捜す。

大丈夫。私ならばできる。

だって、あの優しい声を、私は早く聞きたいと思っているのだから。

私は目を見開いた。

「来てくれた」

目頭が熱くなる。

「……来てくれたのね……」

けれどここで泣き崩れるわけにはいかない。先ほどまでいた屋敷からも、男たちの心の声が聞こえてくる。

罵声が聞こえ、騒ぎがこちらにまで実際に響いて聞こえてきた。

「おい。ばれたみたいだぞ」

『一人で……逃げるか?』

ノアの声に、私は笑みを向けると、林の奥を指差した。

「付いて来てください。こっちです」

後ろから、男達の声が聞こえる。どたばたとした足音と、馬の声が響いて聞こえてきた。

四人は私の後ろをついてきながらも、不安げな心の声を響かせていた。

そして私が遅いと思ったのだろう、ノアが言った。

「おい。追いつかれる。本当にこっちでいいんだな? かつぐぞ」