第二章 射止める瞳

私は朝目覚めると、侍女からアシェル殿下が昼に話をしたいということでそのまま城に留まることとなった。

最初ドレスはどうするのだろうと思っていた私であったが、アシェル殿下が手配し、すでに何着ものドレスが準備されており、私は朝から驚くのであった。

侍女に手伝ってもらい、今日は大人しいけれどもふんわりとした可愛らしい印象の緑のドレスを身に着ける。

いつもは両親から自分の好みと言うよりも、私の印象に合うようなドレスばかりを強要されていたので、可愛らしいデザインのそのドレスに、私は気分が上がる。

髪の毛や化粧も、いつもの派手なものから、あっさりとしたものに変えられ、私は自分の姿にほっと息をついた。

「お嬢様はこうしたメイクも似合いますね」

『かっわいいぃー。これは殿下も惚れ直すわー』

侍女にそう声をかけられ、私は鏡に映る自分を、角度を変えて見つめながら、頬に手を当てた。

「似合いますか?」

思わずそう尋ねてしまう。

すると侍女は優しげに微笑むと言った。

「はい。とてもお似合いです」

『エレノア様は磨きがいがあるわぁ。もっともっと可愛くも出来るし美しくも出来る! あぁ、この方が王宮にいらっしゃる日が待ち遠しいわぁ』

心の中でうきうきと楽しそうな侍女に、エレノアは微笑みを返し、それから城の使用人達はとても優しい人ばかりだなと思った。

執事も、侍女も、皆がエレノアのことを好印象で迎えてくれる。

男性になるとやはりそういう目で見てくる者もいるが、それでも実家よりははるかにましであった。

エレノアは朝食を済ませた後に庭に散策に出たのだが、そこでふと気になる声が聞こえた。

『あれが、公爵家の妖艶姫か。ふん。まぁたしかにそれなりではあるが、あれが第一王子の婚約者か』

どこからか自分を眺めているであろう声の主は、一体何者だろうかと思いながら、私は庭を歩いていく。

『アシェル王子は完璧だともてはやされているが、婚約者はどうか。うちの国としては、利用できればそれでいいが、ここで一度接触しておくべきか……』

妃候補となるということは、なるほどこういうこともこれからあるのだなと思いながらも、私はその声に少しばかり好感を抱いていた。

声は、政治的な利用という点を重視しており、自分自身をいやらしい視線で見つめてこないことがありがたい。

『あー。だが、どうするかな。第二王子派の過激派が第一王子暗殺を企てていると言う話もあると聞くしな』

その言葉に、私は足を止めた。

暗殺?

アシェル殿下が?

私は静かに歩いていた方向を変えると、声がする方へと足を向ける。

あくまでも散歩でこちらへと興味が移り、偶然にという雰囲気をかもしながら。

『ん? こっちに来る……か。うん、まぁ笑顔で好印象でも残しておくか』

庭の生垣を曲がり、私はそこにいた人と目があった。

浅黒い肌に、美しい金色の髪と澄んだ空色の瞳。

隣国アゼビアの王子は、額に王家特有の入れ墨をいれる慣習となっており、私はすぐに頭を下げ、一礼をする。

「ごきげんよう。アゼビア王国第四王子殿下にご挨拶申し上げます」

私は頭の中で名前はなんだっただろうかと思い出す。

ジークフリート・リーゼ・アゼビア。アゼビアの第四王子にして、いずれは国の外交全般を任せられるであろうと言われている男である。

そして、物語の攻略対象者としてアプリゲームのタイトル画面に描かれていた。かなり作画には力を入れられていたのだろう。美しい外見も、身に着けている装飾品も一級品であった。

ゲームの中のジークフリートもエレノアに心を奪われた男の一人であった。けれど現在は私とかかわりを持ったことはない。

つまりこのままいけばジークフリートとは何もないままで終わるはずである。

妃教育で隣国アゼビアの情報についても学ぶことがあり、現在は両国の友好関係を築いていくために、我が国へと訪問していると聞いていた。

昨日のこともあったからこそ、後ろで控えている護衛が緊張した面持ちに変わる。

『おいおいおい。やめてくれよー』

『隣国の王子が何でここにいるんだよー』

情けないその声に、私は笑いそうになるのを堪えながら、ジークフリートの返事を待つのであった。

「おはようございます。たしか、アシェル殿の婚約者のエレノア嬢ですよね」

『笑顔振り撒いて、好印象を残しておくかな。女なんて、ちょろいものだしな。愛想を振り撒いて笑ってやればすぐにしっぽを振ってくる』

爽やかな笑顔とは裏腹な心の声に、エレノアは王子という生き物は内面と外面が違うことが多いのだろうかと思った。

ただ、多少性格は悪いなとは思うものの、自分のことを恋愛対象的な異性として見てこないことには安堵した。

「はい」

「どうぞ僕のことはジークフリートと気軽にお呼びください。これからは国同士仲がいいこともあり何かと会う機会も多いでしょうから」

『アシェル殿が生き残れば、の話だけどなぁ』

不吉なことを考えないでほしいと思いつつ、ジークフリート様はどこまで知っているのだろうかと、私は笑みを携えて尋ねる。

「ジークフリート様は、国外の方とのお知り合いも多いのですか?」

「ええ。そうですね。他国との関わりもこれから今以上に深めていけたらと思っております」

『アシェル殿がもし、暗殺された場合、しばらくこの国は荒れるだろうしなぁ』

「そうなのですね。近々、近隣諸国の方を招いた舞踏会も開かれるそうですが、そちらにも参加されるのですか?」

「ええ。そうさせてもらうつもりです」

『ただ、その日に暗殺の企てがありそうなんだよなぁー。もしもの時には体調不良で欠席するかな。ゴタゴタに巻き込まれるのは面倒だ』

「そうなのですね」

ゲーム内で舞踏会は、攻略対象者をダンスに誘って好感度を上げるというイベントであったが、現実は違う。

ジークフリート様から有用な情報を聞けたことに安堵しながらも、暗殺の方法は一体どのような手法で来るのだろうかと考える。

舞踏会での暗殺というならば、毒殺か、もしくは不意を衝いたものか、私は考えながらふと、ジークフリート様の視線を感じて顔を上げた。

「何か考え事ですか?」

『しまった。見てたことがばれたか。近くで見ると予想以上に綺麗だな』

「いえ」

私はそろそろ離れた方がいいかと思っていた時、いつものあの声が聞こえた。

「ジークフリート様、こんにちは。エレノア様、アシェル殿下がお呼びです」

『ぼん、きゅー、ぼーん……と、腹黒王子』

ハリー様は眼鏡をくいっと上げると、私とジークフリートの間に割り込む形で現れた。

私は間に入ってくるのはどういう意味だろうかと考えるが、ハリー様の頭の中は、あまり語ってはくれない。

「ハリー様、呼びに来てくださったのですね」

「ご案内します。では、ジークフリート様、失礼いたします」

私もジークフリート様に一礼をした。

「失礼いたします。お話しできて楽しかったです」

「こちらこそ。では、また」

『アシェル殿の陰険眼鏡側近か。っふ。アシェル殿はエレノア嬢のことを大切にしているのだな。なるほど、僕と二人きりにはさせたくないのかな……意外に束縛するタイプなのだろうかなぁ』

ジークフリート様の言葉に、私は頬を赤らめると、ジークフリート様は何を勘違いしたのか笑みをこぼす。

『やっぱり女はちょろいな』

私は思わず、ハリー様に向かって言った。

「アシェル殿下にお会いできるのが楽しみです! どちらにいらっしゃるのですか?」

ジークフリート様に好意を寄せているとは思われたくなくてそう声を上げたのだが、一瞬、ジークフリートの眉間にしわがよる。

『何だと? まさかこの女、僕よりアシェル殿の方が良いってことか?』

勘違いされなかったことにほっとしながらも、ジークフリート様はかなり自分に自信を持っているのだなと思うのであった。

たしかにジークフリート様はかなりの美形であり、体つきもさりげなく鍛えているのが分かる。

女性にしてみればジークフリート様のような異国の男性は魅力的であり、自国の男性にはない色気を感じさせられるだろう。

けれど私にとってはあまり興味を抱く対象ではなかった。

私は、アシェル殿下が傍にいてくれればそれでいい。

ハリー様に案内されたのは、アシェル殿下の執務室の隣にある客間であった。

そこにはまだアシェル殿下の姿はなく、しばらくの間、侍女がお菓子やお茶を準備してくれて、それを楽しみながら待つこととなった。

ハリー様は、そんな私にこっそりと言った。

「実のところ、エレノア様がジークフリート様と接触したとの連絡を受け、アシェル殿下が慌てて僕を送り込んだのですよ」

『ぼんきゅーぼーん』

「え?」

私が首を傾げると、ハリー様は楽しそうに笑った。

「殿下のやきもちですかね? ふふっ」

『ぼんきゅぼんが大切なんだなぁ』

私は、嬉しいような、何ともいえない感情を抱くのだが、静かに思う。

もしかしてハリー様は私のことを頭の中でぼんきゅぼんと呼んでいるのだろうかと。

あと、頭の中では意味のない言葉ばかりを考えて、考えを口に出す人だとは思っていたが、頭の中がその単語しかほとんど出てこないのはいかがなものだろう。

ハリー様の頭の中の思考回路がどうなっているのかが気になるのであった。

しばらくした後に、アシェル様は慌てた様子で部屋へと駆けこんでくると、笑顔で言った。

「エレノア嬢、お待たせしました」

『ジークフリート殿に会ったと聞いたけど、大丈夫だったかな? 彼は、見た目はさわやかな好青年だけれど腹黒だからなぁ。エレノア嬢は、どう思ったのだろう』

私はそれを聞いて、アシェル殿下もハリー様も人の心の声は聞こえないのにしっかりと把握されているのだなと尊敬する。

「お仕事お疲れ様です」

「いえ、もう少し早く終わらせられたらよかったのですが。朝は庭に散歩に行ったようですね」

『えー。大丈夫かなぁ。ジークフリート殿の外見に騙されてなんて……ないよね?』

何と答えればいいのだろうかと思いつつ、アシェル殿下を見つめると、不安そうにこちらを見つめる視線に、私は胸がトクリと鳴った。

薄らとではあるけれど、もしかしたらアシェル殿下は嫉妬に似た感情を抱いてくれているのだろうか。

そう思うと、何となく、こそばゆいような、嬉しいような気持ちになる。

そんな姿もまた可愛く感じてしまう。

「朝の散歩は気持ちが良かったです」

「ジークフリート殿に会ったと聞いたけれど、彼は中々のやり手な人間だから、会う時には注意するようにしてくださいね」

『エレノア嬢は可愛いのだから、気を付けないと……男は狼なんだぞ。いや、それは分かってるか? うーん』

「そうなのですね。気を付けます」

私が素直にそう答えると、アシェル殿下はほっとしたようにうなずいた。

アシェル殿下から男は狼なんて言葉が出るとは思わなかったけれど、少しだけ、アシェル殿下をちらっと見て思う。

アシェル殿下も狼なのだろうかと。

そんなことを考えて、私は慌てて火照る顔を振ったのであった。

「え?」

『なぁに? え? 可愛いけど、ちょっと待って。ジークフリート殿のこと、もしかして? え? え?』

「すみません。あの、その、アシェル殿下と会えたことが嬉しくて」

慌てて、嘘ではなくそう思ったことを言うと、アシェル殿下が目を丸くした。

「へ?」

『へ?』

現実の声と心の声が重なり合い、アシェル殿下の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

私も思わず顔がどんどん赤らんでいくのを感じた。

二人でもじもじとしていると、少し離れている場所からこちらを見守っていたハリー様が小さくため息をついたのが見えた。

『ぼん、きゅ、ぼん』

何を考えているのかは分からなかったけれど、何となく気恥ずかしくなったのであった。

「そ、そうだ。エレノア嬢。今度何か贈り物をしたいと思っているのですが、何か欲しいものはありませんか?」

『婚約してから中々プレゼントも渡せていなかったし、今回大変な目にも遭ったから、喜ぶものをプレゼントしたいな』

その言葉に、私はアシェル殿下から贈り物をもらえるなんてと嬉しく思った。何か欲しいものがあるかと聞かれれば、特に思いつきはしなかったけれど、アシェル殿下から贈ってもらうということに特別感を感じた。

「嬉しいです。欲しいものは、あの、特に思いつかないのですが……」

そういうと、アシェル殿下は少し考えるように顎に手を当てるとそれから視線をあげて言った。

「なら、今回は私が選びましょう。楽しみにしていてくださいね」

『わぁぁぁ。悩むなぁぁ。何がいいかな。ふふふっ。婚約者の為にプレゼントを選ぶなんて楽しすぎる。エレノア嬢に似合うものをプレゼントしたいなぁ』

プレゼントのお返しは何にしようかと、私はプレゼントをもらえることも嬉しいけれどそのお返しを考えるのも楽しいなと思ったのだった。


アシェル殿下とはそれからずいぶんと仲良くなってきた。

お互いに贈り物をしあったり、手紙をやりとりしたり、私はこんなにも幸せでいいのだろうかと思っていたのだけれど、ジークフリート様から聞いた暗殺者という言葉が何度も頭をよぎっていく。

だからこそ、このまま、のんびりと過ごすわけにはいかない。私はアシェル殿下の命を守るために、今まではこの心の声を使って何かをしてきたことはなかったけれど、社交界に出たり、お茶会の度に様々な人の心の声を聴いたり、情報収集をするようになった。

その結果、分かったことは意外と人の心の中は様々な情報で溢れているということである。

そして、平和に見えるようで、案外平和でない部分も見え始めて、私はアシェル殿下とのお茶会の席で、思わずそわそわとしながら言った。

「アシェル殿下……あの、今度開かれる舞踏会、楽しみですね」

アシェル殿下は優雅にお茶を一口飲んだのちに顔を上げると頷いた。

「えぇ。そうですね。エレノア嬢と一緒に過ごせる舞踏会は楽しみでなりません」

『エレノア嬢、今度は何色のドレスをプレゼントしようかなぁ。楽しみだなぁ』

うきうきとするアシェル殿下の心に、私は恥ずかしくなりながらも本題に迫るように尋ねていく。

「そういえば、舞踏会には、隣国諸国の方以外に、第二王子殿下も参加されるのですよね?」

第二王子であるルーベルト殿下はアシェル殿下より三つ年下であり十三歳である。アプリゲームの中ではショタとして大人気であったことは覚えている。

出来れば一度ルーベルト殿下に会って、暗殺を企てているのがルーベルト殿下の本意なのかを把握しておきたい。

現状は、過激派の一部が盛り上がっているように感じるのだ。

「ん? そうですね。ルーも参加しますが……そう言えば、今日は城にいると言っていました……」

『ルーにも紹介しておかないとだなぁ。いや、伝えてはあるけどさ、ちゃんと牽制けんせいしておかないと、あいつ、綺麗な人好きだからなぁ……会わせずにいるのは無理だしなぁ……』

予想外の心の声に驚いていた時であった。

ふと視線を感じて城の方を見上げると、二階の窓からこちらを見て、にやついている人物が目に入った。

『うっは! 超美人~! うはぁぁぁ。兄上うらやましいなぁ~』

話題のルーベルト殿下がまさかこちらを見ているとは思わなかった。

兄弟というだけあって、アシェル殿下とルーベルト殿下はよく似ている。ただ、ルーベルト殿下の髪色はアシェル殿下よりも色素が薄く感じた。瞳の色も、アシェル殿下の菫色よりも桃色に近い色あいだ。

私の視線を追ってルーベルト殿下を見つけたアシェル殿下は少しだけ嫌そうに呟いた。

「噂をすれば影がさすですね」

『あいつ、僕達がここでお茶会することを嗅ぎつけて、覗きに来たなぁ。見るなよー! エレノア嬢が減る!』

何が減るのだろうかと思いながら、こちらに楽しげにひらひらと手を振るルーベルト殿下の心の声は賑やかであった。

『兄上、焦っているな。あの顔。ふっふっふ~。からかいに行こう。ふふふ! まぁそれにしても、本当に綺麗な人だなぁ。妖艶姫っていう異名もうなずけるー! あー。うらやましい! うらやましい! ふむ……子どものふりして、ぎゅってしてもらえないかな? いけるか?』

自分の欲望に素直なお子様だなと思いつつ、自分の婚約者がアシェル殿下で良かったと思う。兄弟でもこんなにも性格が違うのだなと感じた。

『いけるか? や、いってみせる! 男の子だもん! 綺麗なお姉様にぎゅってしてもらいたい!』

どう仕掛けてくるのだろうかと一抹の不安を感じつつ、それでも見た目はアシェル殿下を小さくしたように可愛らしいので、何とも言えない。

傍に控えていたハリー様が言った。

「アシェル殿下、ルーベルト殿下は朝の勉強の時間をずらしたという情報が入っています。おそらくこちらにいらっしゃるかと」

『ぼん、きゅ、ぼーん見学だろーな』

私はその言葉に、少しずつハリー様の心の声がぼん、きゅ、ぼーん以外も聞こえるようになってきたぞと、驚いたのであった。

それからこちらへとルーベルト殿下が来られるとの連絡があり、侍女たちはすぐにルーベルト殿下の席も用意をした。

『よし! 行ってみせる! 男の子だもん!』

そんな心の声が聞こえたかと思うと、笑顔をきらきらと振り撒きながら、ルーベルト殿下がこちらに向かって走ってきた。

アシェル殿下と私はルーベルト殿下を出迎えるために立ち上がり、アシェル殿下はルーベルト殿下に片手をあげた。

「ルー。よく来たね」

『見学かぁ? もう。本当にルーってば可愛い外見最大限に利用してくるから油断できないぞ! さぁ来い! エレノア嬢は僕が守る!』

勢いよくこちらへと走ってくるルーベルト殿下は、本当に外見は可愛らしい。

「兄上ぇ~!」

『よし! 勢いだ! 勢いで押し切る!』

アシェル殿下を小さくしたような可愛らしい見た目でそんなこと考えないでと思ってしまう。

けれど勢いで押し切るとはどういうことだろうかと思っていると、私に向かって両手を伸ばして走ってきた。

「え?」

「エレノア義姉様! お会いできるのを楽しみにしていました!」

『よし!』

そして見た目は可愛らしい少年のきらきらとした眩しい笑顔で、私の胸へと飛び込んでこようとした。

こういう事か、これはよけられないなと思っていると、すっとアシェル殿下が私の前へと出て、飛び込んできたルーベルト殿下を抱き上げ、その場でくるくると回した。

「はっはっは。可愛い弟だなぁ」

『魂胆は見え見えだよ。むぅ。僕にお前の可愛らしい姿が通用すると思うなよ! エレノア嬢に抱き着く気満々だったな! こいつめ!』

「わぁ~。たのしいなぁ~。兄上ぇぇぇ」

『っくそぉ。見破られたか! ぎゅってしてもらいたかったのになぁ! くっそぉ』

見た目とても清らかな印象の仲の良い兄弟のやりとりなのだけれど、内心では別の意味で仲のよさそうな兄弟のやりとりだなと私は思った。

本当に仲がいいのだなと思いくすりと笑うと、二人は目を丸くしてこちらを見た。

『エレノア嬢! もう! 可愛い笑顔をなんでこいつにも振り撒くかな!? だめだよ! 減るよ! 減っちゃうよ!』

『か、かわいい。え? 何それ。反則技だよね? えぇぇ。かわいい。兄上すごくうらやましいのですけれど!? え。あぁぁぁ。うらやましい!』

私は二人の言葉がくすぐったくて、笑いが止まらなくなってしまった。すると二人も一緒になって笑ってくれて、それがとても幸せに感じられた。

その後、お茶会の席が整えられ、私とアシェル殿下の間にルーベルト殿下は座った。

「兄上の婚約者であるエレノア義姉様と一緒に過ごせて嬉しいです。あ、そのうち義姉様になるので、この呼び方でもいいですか?」

『うっは~。やっぱり超美人~! ってか、美しすぎる! っはぁ~。本当にうらやましすぎる』

頭の中でこんなことを考えているのかと、私は思いながら、やはり人とは外面だけでは分からないのだなと、思いつつ笑顔を返す。

「殿下がいいのであれば。私のことは好きにお呼びください」

ちらりとアシェル殿下に視線をやると、微笑を携えて言った。

「そうですね。いずれ結婚するのですし、いいのではないですか」

『こいつ~。っくそぉ。邪魔しに来たのはエレノア嬢が減るから嫌だけど、うん。義姉様か。うん。あー。結婚かぁ。エレノア嬢となら本当に、幸せになれそうだなぁ~』

アシェル殿下の心の声が照れくさくなりながらも、結婚を楽しみにしてくれているのだなと嬉しくなった。

そんな私達の様子を見たルーベルト殿下は、にやにやとした笑みを浮かべながら目の前の紅茶を一口飲む。

『結構いい雰囲気じゃん。ふ~ん。うらやましいなぁ~』

私はその声に、心がうきうきとしだしたのだが、ここではっと思い直して気合をいれた。

せっかくのチャンスである。ここでルーベルト殿下がアシェル殿下の事を暗殺しようとしているのか、それを見定めておきたい。

「ルーベルト殿下も、今度の舞踏会に参加されるのですよね? 楽しみですね」

「ん? あー。そうですね! 義姉様も参加するのですよね。きっと綺麗でしょうねぇ」

『あー。舞踏会面倒だなぁ。兄上と一緒に、一掃する計画もあるし……あぁ、面倒。でも、義姉様のドレスは楽しみだなぁ』

「ふふ。褒めていただけるように頑張ります」

私の心の中は動揺の嵐である。

一掃する計画とはなんだろうかと思っていると、アシェル殿下の心の声が聞こえてくる。

『僕、その舞踏会で毒を盛られる予定なんだよなぁ。あー、面倒くさいなぁ。けど、過激派を一掃しないと、後々面倒くさいしねぇ~。頑張ろう!』

それにまるで連動するようにルーベルト殿下も心の中で呟く。

『っていうか、本人認めてないのに、勝手に過激になって僕を支持するってやめてほしいよねぇ。僕はいずれハーレムつくってウハウハに暮らすのが夢なのにさぁ~』

私は目の前の紅茶の湯気を見つめ、そしてカップに手を伸ばすとゆっくりと口をつけた。

自分は心の声が聞こえると言うのに、聞こえない殿下たちのほうが何枚も上手な様子である。

何となく、自分の役立たず感を感じながら、私は自分にできることを探すしかないなぁと、思うのであった。

『ぼん、きゅ、ぼーん』

ハリー様だけは、いつものように、頭の中が絶好調であった。


今日、私の着ているドレスは、青色を基調としたものでありカラフルな花々がちりばめられている。ふんわりと広がるそのドレスの後ろには大きな羽のようなリボンが広がり、まるで蝶のようである。

今までこういったドレスはあまり着たことが無かったのだが、アシェル殿下が今回の一押しのドレスはこれだととても楽しげな様子でプレゼントしてくれたのである。

「……毒を盛られる予定の舞踏会だっていうのに、アシェル殿下は余裕ね……」

部屋の中で私は思わずそう呟き、そして、気合を入れる。

アシェル殿下達は私の一枚も二枚も上手だけれど、もしかしたら、私にもできることがあるかもしれない。

だからこそ、気合を入れる。

「私に出来ることを見つけましょう!」

私はその後アシェル殿下と共に舞踏会へと参加する。

アシェル殿下は藍色で私のドレスと色を合わせており、私は一瞬見惚れる。

「エレノア嬢は、何でも似合いますね」

『今回のドレスもよく似合っているー。うん、僕ってセンスがあるな。エレノア嬢が可愛すぎるよー。でもいつも思う。可愛いエレノア嬢を独り占め出来ないのが……あ、僕って本当に器が小さい。むぅぅ』

「ありがとうございます。アシェル殿下も素敵です」

「本当に? ふふ、ありがとうございます」

『わぁぁぁぁ。かっわいい。ふんわり笑ったら妖精さんかな? ここに、妖精さんがいるよ? あぁ、今日は気合を入れないといけないっていうのに、気合が抜けちゃうよ』

それは困ると思いながらも、アシェル殿下の声はとても心地の良いものだった。

そこへルーベルト殿下も現れ、挨拶を交わしたのだけれど、相変わらずの心の声であった。

「エレノア義姉様! わぁぁ。今日は一段とお美しいですねぇ~」

『っすごいなぁ! わぁぁぁ。綺麗だ。……うらやましい。けど、兄上って結構肌の露出少ないドレスが多いんだよなぁ。こう、もっと似合うドレスを着てほしい。もっとこう、エレノア義姉様のスタイルの良さを際立たせるようなさぁ』

それは嫌だなぁと思いながら微笑みを携えていると、ルーベルト殿下が少し表情を柔らかくして微笑みを返された。

『やっぱり僕に見せる笑顔と兄上に向ける笑顔って違うんだぁ。ふ~ん。兄上、よかったね。一途に思われてうらやましいよ』

その言葉に、そんなに違うだろうかと自分では分からないために思う。

「それじゃあエレノア嬢。行きましょう」

『よし! がんばるぞぉ~』

「はい」

アシェル殿下と手を取り合い会場へと入っていく。私はたくさんの視線を浴び、それと同時にたくさんの声が聞こえ始めた。

いつものように舞踏会場の中は様々な声で溢れかえっており、気分が悪くなる。

けれど、慣れてくれば、誰が何を言っているのか、心の声に集中すれば聞こえてくる。

私達はファーストダンスを踊り終えると、それに次いでルーベルト殿下が令嬢と踊る。そして、他の者達が踊り始める。

ダンスホールは令嬢達という美しい花で色とりどりに煌めく。

アシェル殿下と私は一緒に会場内を回り、貴族らへと挨拶をしていく。

私はそんな中で、アシェル殿下への皆の期待や、不満に思っている者達の心を読み取りながら、頭の中に記憶していっていた。

その時である、執事が持ってきたワインを、アシェル殿下が受け取った。

『飲め、飲め! さぁ早く! それを飲んで死んでしまえ!』

悪意のこもったその声に、私はごくりと息を呑みながら、声の主を見つける。

第二王子過激派に属するロラン伯爵、エージアン男爵、ジャルド子爵などなどがさりげなく視線をワインへと向けにやりと笑う。

私は大丈夫だろうかとアシェル殿下へと視線を向けると、アシェル殿下は飄々とした顔でワインを飲み干した。

『きたきた~。あぁ、よかった。ちゃんと動いてくれて。これで一掃できるなぁ。ちゃんと今回かかわった者達は調べてあるし、僕に毒を盛った罪で咎められるし、うんうん。いい感じー』

私は目を丸くした。

今、アシェル殿下は毒を飲んだのだ。

「アシェル殿下?」

思わず声をかけると、アシェル殿下は小首を傾げた。

「どうしました?」

『不味かったな。まぁ、多少の毒は平気だし、潜入させていた仲間に毒はすり替えてもらっているし、念のために解毒薬も飲んでいるから大丈夫なのだけどさぁ~』

その言葉に、私は静かに息を呑んだ。

王族とは、命を狙われることもある。だからこそ、毒に幼い頃から慣れさせるとは聞いたことがある。

けれど、それを平然と受け止めるアシェル殿下に、私は胸が痛くなった。

「アシェ」

名前を呼ぼうとした時であった。私の耳に、心の声が響く。

『くそっ、何故死なない。あぁっ! くそ、もしやばれていたのか。くそくそくそ。どうにか逃げる方法は!? そうだ、騒ぎを起こせばいい!』

私は思わず後ろを振り返る。

視線の先にいたロラン伯爵が、近くにいた執事の持っていたワイングラスに何かを入れるのが見える。

そしてそれは運ばれていくのだが、それがジークフリート様の手に渡るのが見えた。

『あー、どうやら王子様達はちゃんと把握していたみたいだな。後は主犯が後から捕まるっていう算段かな』

私はアシェル殿下に言った。

「すみません、少し化粧を直してまいります」

「ん? あぁ、わかりました。お気をつけて」

『どうしたんだろう? 焦っている?』

私はあくまでも優雅に見えるように会場内を移動し、そしてジークフリート様の横を偶然にも通り過ぎようとした体を装う。

そして、ふと、視線が重なるように顔を上げる。

ジークフリート様と視線があい、私は、もっとも男性が好む、美しい微笑を携えた。

エレノアに生まれ変わって、男性達から逃げる方法を学んだ。そしてそれと同じように父や母に教育の一環として愛想の振り撒き方を教え込まれた。お前は見た目がいいのだからと、それを利用しろと言われたこともあった。

今までそんな機会はなかったけれど、この外見を生かすならば今だと思った。

『なっ!?

ジークフリート様の心は荒れ、そしてワイングラスを手から落とした。