『ぼん、きゅー、ぼーん』

この人が側近で、アシェル殿下は大丈夫だろうかと思い、怖かったという感情が一瞬遠のくのであった。

暖かな毛布を肩から掛けられ、手には甘いココア。

私は、アシェル殿下と向き合って座りながら、窺うように、視線を向けた。

先程から不思議なことに、アシェル殿下から一切心の声が聞こえない。その代わりなのか、側近であるハリー様の方からは煩いくらいに聞こえてきていた。

『ぼん、きゅ、ぼーん』

「殿下、エレノア嬢が待っていますよ」

顔は平然としているのにもかかわらず、頭の中はそればかりなのかと私は思う。

たまにハリー様のように、頭の中では意味のないことばかりを考えて、ちゃんと考えるべきことは口に出す人間がいる。

ハリー様はその最たる人である。

その時、アシェル殿下がゆっくりと口を開いた。

「エレノア嬢」

『あぁぁーーー。はぁ、きっとエレノア嬢の方が大変なのに、僕の方が落ち込んじゃったよ。これじゃあダメだ』

「はい」

アシェル殿下と私はしばらく見つめあい、そして、アシェル殿下は言った。

「ここは、安全です。エレノア嬢のご両親には、私の方から連絡しておきます。今日はここに泊まり、ゆっくりして行ってください」

『今の状態で家に帰すのは心配だし、とりあえず、今日はもうゆっくりしてもらおう』

「え? ですが、ご迷惑では」

私は驚いてそう言うと、アシェル殿下は困ったように微笑みを浮かべた。

「私が、心配なのです。エレノア嬢。恐ろしかったでしょう。あのようなものがいたとは……」

『こんなことがあっても、甘えてくれないのかぁ……僕はまだ頼りないのだろうな。うん。よし! 気合をいれて、エレノア嬢に頼ってもらえる男にならなきゃ!』

その言葉に、私は手をぎゅっと握り、そして気になっていたことを口にした。

「殿下は……私が、男性を誘惑したとか、思わないのですか?」

胸の中で気になっていたことを尋ねてはみたものの、口にしてから後悔した。

もしこれでアシェル殿下が内心でどう思っているのか、私を淫乱だと思っているとしたら、私はそれが急に怖くなった。

「……エレノア嬢、私はそのような事は思いません」

『もしかして、エレノア嬢はそんなふうに、よく言われるのかなー。なんだそれ、誰が言ったのだろう。女性のエレノア嬢が、男性の力に勝てるわけがないのに……そんなこと……言われて、どれだけ辛かっただろう』

アシェル殿下は静かに私の隣へと移動すると、私の手を優しく握った。

「エレノア嬢。私には貴方が可愛らしい女性にしか見えません。とても男性を誘惑する様な、そのような女性だとは思っていませんよ」

『僕はそんな風に思わない。ちゃんと、伝わるといいのだけれど。僕にとってエレノア嬢はとても可愛らしい人だし、どう言ったら、伝わるかなぁ』

私は顔まで真っ赤になるのを自分で感じながら、視線を泳がせた。

「あ、えっと、その」

何と返せばいいのだろう。

『わぁぁぁ。顔真っ赤。こんなに可愛らしい人が誘惑したとか、ふふっ。なんだろうなぁ。でも、こんな可愛いエレノア嬢が見られるのは僕だけって思うと、得した気分だなぁ。やったねぇ』

私は初めて、心の声が聞こえて、こんなにも恥ずかしく感じた。

直接的な男性の性的な視線にさらされることはあっても、こんな風に純粋に言われることはないために、免疫がない。

「えっと、あの……」

「エレノア嬢? ふふ。本当に可愛い人ですね」

『可愛いなぁ。うん。この可愛いエレノア嬢を守るためにも、ちゃーんと、僕がしっかりしないとね!』

「い、いえ」

私は、可愛いのはアシェル殿下の方なのにと、内心思いながら、何となく、釈然としない思いをしたのであった。

「私はその他の手配をしてまいりますので。では、失礼いたします」

『ぼん、きゅー、ぼーん』

最後まで、ハリー様の頭の中が変わらなかったことに、私は内心苦笑を浮かべた。