「お前、何をどうしたらそうなったんだ」

 そんな第一声をかけたのはアルヘル伯爵家の嫡男であり兄のキースだった。

「何って言われても……。説明した通りよ、婚約者と顔合わせ予定だったのに婚約破棄された、あの夜会で出会ったの」

「出会ったのって言われてもなぁ」

 愕然とした様子の兄は、純白のドレスに身を包んだ私を見ながら少し離れたソファに座りそんなことを呟いていた。

(嘘じゃないんだけど)

 確かに父が見繕った伯爵令息の婚約者との顔合わせをしに行った妹が、公爵家嫡男と婚約を結び、今まさに結婚しようとしていればそんな反応になっても仕方ないのかもしれない。


 お茶会に乗り込み、フェルナン様からのプロポーズを受けたあの日から早半年。

 あの日はふたりして再び寝落ちしてしまったことで深夜近くに帰宅し、想像通り一緒に謝罪へ来てくれたフェルナン様と共に父から大目玉をくらってしまった。一通り説教をされた後、互いに結婚の意思があることを伝えた私たち。流石にこんな時間に戻って来たのだ、色々察することはあったらしく反対などされなかったことは幸いだった。しかし本来は婚約者との顔合わせだけの予定だったため、このまま結婚するという訳にもいかず、私は一度領地へ帰ることになった。

 アルヘル領は田舎で、片道約一か月もかかる。会いたいと思ってすぐに会える距離ではなく離れることが少し不安だったが、彼が頻繁に手紙や贈り物を贈ってくれたので遠距離だというのにすぐに私の不安は溶けたのだが――彼の方が我慢出来なかったらしい。

(気付いたら結婚の準備が全部整っていたなんてね)

 ウエディングドレスや結婚式に必要なありとあらゆる飾りに食材。それだけでなく神父様まで連れて王都からやってきたフェルナン様を思い出し、私は思わず吹き出してしまった。

 もちろん事前に両親には伝え、打ち合わせをしてくれていたらしくそこの混乱こそなかったが、驚いたのは兄だった。私の説明を半信半疑で聞いていたらしい兄は、まさか本当に公爵家へ嫁ぐことになったと知り慌てたのだ。しかも結婚式の会場は王都の教会ではなくアルヘル領の小さな教会で執り行われる。この場所を選んだ理由は、もちろん王都へ嫁ぐ私に少しでも多く領地での思い出を作るということと、忙しくてなかなか領地から出られない兄のためでもあった。まさか格上の公爵家が、田舎の伯爵家のためにここまで配慮してくれるとは思っていなかったのだろう。

「でもなぁ」と結婚式当日になってまで何故か疑っている兄に苦笑していると、ノックと共に母が控え室へと入って来た。その後ろには父もいる。

「もう準備は出来てるわね? あら、ジュリア。とってもドレスが似合っているわ。サイズが寸分たがわずぴったりな理由が気になるところだけれど」

「! ち、違います、フェルナン様に王都を案内していただいた時に、オーダーメイドのドレスをプレゼントしていただいて! だから私のサイズはその時に」

「あらあらまぁまぁ、ジュリアってば。私は気になると言っただけよ、何が違うのかしら?」

「そ、れはっ」

 おかしそうにクスクスと笑う母にやられたと思いつつ、頬が一気に赤くなる。そんな私の頬をそっと撫でた母は、化粧が落ちないよう注意を払いながら抱きしめた。

「辛いことがあったらいつでも帰ってきていいんだからね」

「……はい」

「でも、貴女が選んだ相手なんだもの。目一杯幸せにして貰ってきなさいね」

「はい!」

 私も自身の化粧が落ちないように熱くなる目頭に力を入れ、泣かないようにと精一杯堪えながら母に抱き着いた。

 幸せになるし、幸せにもするんだ。そんなことを心の中で思う。

「ジュリアには迷惑をかけてしまったね」

 申し訳なさそうに俯きがちにそう口にした父。自分が見繕った婚約者が、私を裏切りあまつさえ罵倒して来るという光景を目の当たりにしたのだ。きっとその時のことを引け目に感じているのだろう。田舎者だと馬鹿にされ、釣り合わないと宣言された。私という婚約者がいるのに堂々と他の令嬢と関係を持ち、子供を作ったのだと人目のある場所で告げられた私は、その場で婚約破棄までされてしまった。父がそれを気に病んでいてもおかしくはない。だが、もしオビディオ様が人目のあるあの夜会で婚約破棄を告げてこなければ、私はフェルナン様と出会うことも、会話を交わすこともなかったはずだ。

「あの日のことは確かに驚きました。けれどそれだけです。むしろあの日あんなことが起きなかったら結婚なんてしていなかったですよ」

 ふふ、と笑うと少しだけ父の表情も軽くなる。そんな父の手を私はぎゅっと両手で握った。

「彼と出会わせてくれたのは間違いなくお父様です。私が最愛の人に嫁げるのもお父様のお陰なんです」

 そうハッキリと口にすると、やっと父からも安堵したような笑みが溢れた。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 そっと腕を差し出した父に自身の腕を絡める。きっとこれが父にしてもらう最後のエスコートだろう。


 ゆっくり一歩一歩を噛みしめるように父と歩く。教会へ続く扉が開かれると、眩い七色の光が差し込み敷かれた石畳を彩っていた。

 アルヘル領の教会は王都のものとは比べ物にならないくらい小さいが、それでも一面のステンドグラスは素晴らしいもので、この場を神聖な場所だと強調しているようである。そしてそんな神聖な場所にふさわしい、白い婚礼服に身を包んだフェルナン様が教会の中央で待っていた。彼の元へ父と歩き、そしてエスコート相手が父からフェルナン様へと変わる。これから新婦を庇護する相手が父親から夫に変わったことを示す儀式だった。

 フェルナン様と共に祭壇へと向かう。どうやら緊張のピークらしいフェルナン様の表情が強張っていて、私はこっそりと笑ってしまった。そのお陰で私の緊張が解けたので内心彼に感謝する。客席には王都からわざわざ叔母も来てくれており、私からはまた笑顔が溢れた。

 祭壇まで来た私たちがまっすぐ神父様を見つめると、大きく頷いた神父様がゆっくり口を開いた。

「フェルナン・フローレンス。あなたはジュリア・アルヘルを妻とし、病める時も健やかなる時も常にこの者を愛し、支え合うことを誓いますか?」

「誓います」

「ジュリア・アルヘル。あなたはフェルナン・フローレンスを夫とし、富める時も貧しき時も常にこの者を愛し、支え合うことを誓いますか?」

「誓います」

「今、神の代理人として汝らの誓いを聞き届けました。では、誓いの口づけを」

 神父様のその言葉を合図に互いに向かい合った私たち。そっと私のヴェールを外したまでは良かったのだが、相変わらず緊張している彼がそこにいた。必死に落ち着こうと深呼吸を繰り返すフェルナン様は、相変わらずその耳を赤く染めている。

(本当に可愛いんだから)

 そんな彼にふっと頬を緩めた私は、覚悟を決めたような顔をした彼が動くより一歩早く彼の首に腕を回し、顔を引き寄せ口づけた。

「支え合うって、誓いましたから」

 くすりと笑って見せると、きょとんとした彼はやっとその強張った表情を崩し笑顔を見せる。

「本当にジュリアには敵わないな」

 彼の右手が私の頬に触れ、今度は彼からも口づけられた。少しだけ深くなった口づけと、ステンドグラス越しに差し込む日の光が温かくて幸せを実感した私は、これから彼と過ごす未来へと想いを馳せたのだった。