ヘカテリーナの人生転換期

こんにちは、わたくしはヘカテリーナと申します。このシーヤトナ王国に三つある公爵家の一つ、大陸の南を管理する公爵家の娘ですわ。

わたくしは今は王国の中心地である王都にほど近い、学園都市〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉通称:迷宮学園で寮生活を送っています。

わたくしの家から学園までは馬車で順調に進んで40日というとても遠い場所です。

そんな長旅をしてでも入学する価値が、この本校にはありますの。

国中にある数多くの学園の中でも、本校は随一の職業ジョブ発現の最先端を行きます。そのため国内の有力貴族を始め、多くの出資者で運営しております。

そのおかげもあり、他の学園よりも中位職、高位職、そして上級職の数も多いと評判で、ほとんどの有力貴族は本校に入学します。

わたくしもその例に漏れず、本校に入学いたしました。

ですが、わたくしの学園生活は前途多難でしたわ。

わたくしは指揮や交渉ごとが得意です。そういう教育をたくさん受けてきました。

目的は「公爵」のみ発現することを許されるという職業ジョブ群、その中でも私が就きたい職業ジョブは高位職、高の中である【司令官】でした。高い目標ですわ。

ですが、なんとしても獲得しなければなりません。で、できれば【姫軍師】も素敵ですが、それは高望みしすぎでしょう。【姫軍師】なんて、歴代でも数えられるほどしか発現者がいないのですから、【司令官】が現実的ですわ。

そう考え、【司令官】にふさわしい教養と実力を身につけ、期待とほんの少しの不安と共に足を踏み入れた学園は、わたくしの想像以上に厳しい場所でした。

わたくしのジョブ一覧に【司令官】は無かったのです。あったのは〈標準職〉の【中尉】と、中の上に分類される【大尉】だけ。他、一般職業ジョブはそれなりの数があり、入学式に出ていた学生たちはとても驚嘆しておりましたが、わたくしが求めていた職業ジョブが無いのでは意味がありませんでした。

わたくしはそれからタイムリミットの5月1日まで必死に努力を重ねました。

書物を読み、同じ公爵という方に面会し意見交換したり、お忙しい学園長に相談したりしました。

ですが、どれも【司令官】になるための確実な条件は不明だったのです。

当り前でした。もし知っていればわたくしの家にもとっくに知られているでしょう。わたくしの家でも知らないのですから他家が知っているはずがありません。

それでも僅かな望みに賭け、実際に【司令官】に就いた方からのアドバイスに従い条件クリアに勤しみました。

途中、高位職の発現条件の一部が見つかったと大々的に公開され、その手伝いを研究所が請け負うことに決まったときは、その福音に大きく感謝しました。追い詰められていたこともあり、当初は少し嬉し泣きすらしてしまいましたの。

ですが、学園の言うとおり、モンスターを倒し、倒し、たくさん倒してもわたくしのジョブ一覧には【司令官】は発現しなかったのです。

そしてタイムリミット、5月1日。

わたくしは出来る限りのことをしました。してきたつもりでした。ですが届かなかったのです。

最後の機会であるジョブ一覧にも、【司令官】は無かったからですわ。

これでわたくしの人生は【大尉】で決定したのでした。

わたくしは将来の不安と絶望に項垂れて帰ったのを覚えています。

絶望したはずだったんですの。ですがそんなことを覆してしまった、わたくしをどん底から救い上げてくれた人がいらっしゃったのです。それがゼフィルスさんでしたわ。


ゼフィルスさんは変わった方でした。

そしてとても素晴らしい方でした。

まず職業ジョブが【勇者】なのです。

【勇者】の職業ジョブは伝説に名高く、物語などの題材によく登場はしても実際に発現したのは誰も見たことがありません。その【勇者】になんの気負いも無く、当然のように選んだと聞きます。

さらにそれだけでは終わらず、学園では様々な偉業とも言える、歴代でも初の成果を次々打ち出していった方でした。

わたくしも噂には聞いておりました。そして立派な御方だと、とても尊敬しましたわ。わたくしにはゼフィルスさんは眩しすぎました。

そのためまさか、私に会いたいと言って来られるとは本当に思いもしなかったんですの。

わたくしが慣れない接近戦武器に四苦八苦しながらレベルを上げていた時のことです、ゼフィルスさんの所属するギルド〈エデン〉からスカウトの知らせが来たのです。〈エデン〉と言えば学園に知らない者はいないほどの高名なギルド。1年生最強のギルドですわ。わたくしのような落ちこぼれになんの用でしょうかと、ひょっとすれば〈エデン〉を語った何者かの仕業かとその時はまったく信用出来ず、スルーしてしまったのです。お恥ずかしいことですわ。

その話が事実だったと知ったのはゼフィルスさんの従者と名乗るセレスタンさんが直接アポイントを取りに来た時でした。

まさかわたくしを真剣にスカウトしたくて声を掛けてきたのだなんて思いもしませんでしたから、当時はとても慌ててしまいましたわ。

そして、あっと言う間に面会の場がセッティングされてしまいました。セレスタンさん、あの若さでとても有能ですわね。うちの家にもほしいくらいですわ。

それは一旦置いておき、こうして私は初めてゼフィルスさんと出会ったのです。

そこからは驚きの連続でした。

まさかわたくしの職業ジョブも、落ちこぼれていることも知らずに真剣にスカウトをしに来たのだなんて思いませんでしたもの。彼が欲しかったのはきっと【司令官】に就くわたくしだったのでしょう。

そう思うと、今まで我慢していた感情が溢れてしまい、とても失礼な事を口走ってしまいました。ああ、八つ当たりなんて、なんてみっともないと自己嫌悪し、そしてわたくしが〈エデン〉に加わる可能性は万に一つも無くなったのだと思いました。

ですが、真剣にギルドにお誘いしてくださった事はとても嬉しかったですわ。一時でも、勘違いでもわたくしを必要と思ってくださったのだもの。

そう諦めていたのですが、ゼフィルスさんの反応はまったく違うものだったのです。

「ヘカテリーナさん、ここに〈下級転職チケット〉がある。俺はあなたを〈転職〉させ、理想の職業ジョブに就かせる用意がある。君にその気があるのなら俺の手を取ってほしい。〈エデン〉にはあなたの新しい力が必要だ」

彼は、ゼフィルスさんはわたくしのことを知ってもなお、わたくしが必要だと、本気で言ってくださったのです。その時のセリフは今でも鮮明に覚えていますわ。


そこからは急展開でしたわ。あまりに急展開過ぎて理解が追いつかないほどでした。

ゼフィルスさんに説得され、あれよあれよといううちに何かをすることになり、わたくしの考えが追い付かないうちに何か重要な事が決定してしまいましたわ。それはわたくしが〈転職〉して〈エデン〉に加入して、共にSランクギルドを目指すというものでした。え、どういうことですの?

おかしいですわ。わたくし、オーケーの返事をした覚えはありませんのよ?

なのにいつの間にか決定されましたの。

ゼフィルスさんって、思ったより押しの強い方だったんですのね。

ですが、そんな押しの強い方がわたくしにはちょうど良かったのかもしれません。

そこからは怒濤の展開でしたわ。

わたくし、転職可能レベルであるLv15まで一気にレベルを上げ、そして面談したその日のうちに〈転職〉してしまっていたのです。

おかしいですわね。〈転職〉とはもっとこう、とても覚悟のいる人生を一変させる儀式に近いものだった気がしましたのに、わたくしが【大尉】に就いてしまったときのあの絶望と覚悟は何だったんですのと言いたくなるような、もう清々しい〈転職〉までの流れでしたわ。

しかもです。ゼフィルスさんが〈転職〉に選んだ職業ジョブは【姫軍師】。

そう、高位職の頂点、高の上に位置する最高峰の職業ジョブだったのですわ。

【姫軍師】になれば明るい将来は約束されたようなものです。家にとっても国にとってもわたくしはなくてはならない重要人物になることでしょう。

本当に驚きましたわよ。天地がひっくり返った気分でしたわ。いえ、本当に【姫軍師】に就けるとは夢にも思わなかったので、ゼフィルスさんに言われてやった変な行動も、少しすっぽ抜けてしまったくらいですの。ですが聞けばゼフィルスさんは教えてくださいましたわ。なんでそんな公爵ですら知らない秘伝を知っているのかという疑問よりも、それを躊躇無く伝授してくれる高潔さに心を奪われてしまいました。

はい。わたくしはゼフィルスさんにとても惹かれるのを自覚しました。

ゼフィルスさんはわたくしがどん底で希望を見いだせない中現れた救世主であり、わたくしを救ってくれただけではなく、それ以上の恩恵をもたらしてくださった方。

そんな素敵な男性に惹かれない女の子がいるでしょうか?

少なくともわたくしはもう心に決めてしまいました。

ゼフィルスさんに付いていこうと。

どんな困難が待ち受けていてもゼフィルスさんと一緒なら乗り越えられると、Sランクギルドにもなれるでしょうと、そう思ったのです。


ですが〈エデン〉に来て思いました。ライバルがたくさんいますね。

良いでしょう。わたくし、ギルドの活動も恋も頑張りますわよ!