「よし、決めた。私、絶対帝都へ行く」

自室で決意を口にすると、『ティア』の姿でベッドに座っているビスケットがやれやれと首を横に振った。

「メルちゃん、それは無理ですよ。皆さんに『延期』と言われたばかりじゃないですか。ねぇ、黒猫さん」

『黒猫さん』と呼ばれた黒い子猫姿のクッキーは、「うにゃ」と頷いた。

「むぅ。行くったら行くんだもん」

頬を膨らませて声を荒らげると、二人は肩を竦めた。

今現在の私はあることで凄く怒っている。クッキーとビスケットが呆れ顔を浮かべているけど、決して彼等のせいじゃない。

事の発端は、つい先日に遡る。

ずっと楽しみにしていた皆で行く『帝都旅行』が、バルディア領と国境が接する狐人族のせいで当面延期になってしまった。

家族の中で、帝都に行ったことが無いのは私だけ。父上と母上、それに兄様や姫姉様に帝都の様子を色々と聞いていたから、どうしても行きたかったのに。

「そもそも、メルちゃんだけでどうやって帝都に行くんですか。リッド様の開発した木炭車は勿論、馬車だって使えませんよ。仮に、ライナー様やナナリー様に相談しても絶対に断られるに決まっています」

「うにゃ」

ビスケットの言葉にクッキーが呆れ顔で首を縦に何度も振った。

「その点なら問題ないもんね。私は完璧な計画があるんだから」

「計画、ですか」

「んにゃ」

二人が顔を見合わせて小首を傾げると、私は笑みを浮かべたまま部屋の机に向かい、大きめの紙に『帝都にお出かけ大作戦』と表題を書き出した。次いで、今まで集めた『情報』を元にした計画を書き記していく。

「……よし、出来た。この計画なら、私が帝都に行けるでしょう」

このやり方は、兄様が良く『企画原案きかくげんあん』というのでやっている方法だ。企画原案の意味はよく分からないけど、紙に計画を書き出すことで考えが整理されること。加えて協力者に自分の考えを伝える時は口頭だけではなく、計画書を書いた上で説明する方が良いと兄様から教えてもらった。実際、兄様とよく商談をしているクリスにも話を聞いたことがある。彼女はその際、商談に限らず『計画書』はとても重要だと語っていた。だから、私も計画を考えるときはこうして大きな紙に書くようにしているわけだ。

「メルちゃん。これ、本当にやるつもりですか」

「勿論でしょ。当然、二人にも協力してもらうからね」

断言すると、ビスケットが激しく頭を振った。

「いやいや、いやいやいや。こんな危険な真似に協力なんて出来ませんよ。それに、この件をライナー様やリッド様が知れば、お二人が激怒するのは目に見えています。ここは大人しく、次の機会を待ちましょう。ね、黒猫さんもそう思いますよね」

「んにゃ、んにゃ」

クッキーが頷くと、私は再び頬を膨らませた。

「むぅ。協力してくれないなら、二人の体調が悪いってご飯を抜いてもらうもん」

「またそれですか。でも、今回は通用しませんよ。私がこの姿になって喋れるようになった以上、リッド様に事情を説明すればいい話ですからね」

ビスケットがため息は吐くと、私はかっとなって言い返した。

「じゃあ、ビスケットとクッキーの秘密をサンドラ先生達に教えちゃうからね」

「サンドラ達に、ですか」

二人の顔色が一瞬で青ざめた。

私は気付いていた。サンドラ先生が、ビスケットとクッキーにとても強い興味を持っていることを。さっき言ったことは本気ではないけど、はったりぐらいにはなるはず。更に畳みかけるため、私は目を潤ませて二人に迫っていく。

「ね、二人ともお願い。じゃないと私……私……」

「な、なんですか」

「ん、んにゃ」

ビスケットとクッキーがたじろぐと、私はここだと言わんばかりにしゅんとした。

「……泣いちゃうもん」

そう呟くと、私は肩と声を震わせて嗚咽を漏らしていく。

二人は本当に泣くとは思っていなかったらしい、おろおろと困惑している。

「そ、そんなに行きたいんですか」

「……うん」

ビスケットの言葉に頷くと、クッキーが大きい姿になって私の頭に手を置いて撫でてくれる。肉球がふにふにしていて気持ちいい。

「がぅぅ」

「えぇ、黒猫さん。本気ですか」

クッキーが唸ると、ビスケットが目を丸くした。

「もう、黒猫さんは甘いんですから。……まぁ、そういうところが素敵なんですけどね」

「ぐぁ?」

「いえ、何でもありません」

首を傾げたクッキーにビスケットはつんとしながらこちらに振り向いた。

「クッキーはなんて」

「えっと、ですね。『俺が護衛になってやるから、絶対に傍を離れるな。それを約束できるなら、手伝ってやる』だそうですよ。メルちゃん」

「本当、ありがとう。クッキー」

私が首元に抱きつくと、彼は照れくさそうに喉を鳴らした。

「ぐぅう」

「……へぇ、黒猫さん。随分と嬉しそうですね」

「にゃ!?

ビスケットにジト目で睨まれ、クッキーは青ざめる。私は二人のやり取りに噴き出すと、改めて『計画』について二人と一緒に話し合いを始めた。絶対に帝都へ行く、その決意を胸に。

「……上手くいったね」

「んにゃ」

小声でささやくと、黒い子猫姿のクッキーは小さく頷いた。私は今、クリスティ商会が木炭車で牽引する荷台の奥に隠れ潜んでいる。

意識を耳に向ければ、荷台の外からは出発準備を急ぐエレンやアレックス、クリスや兄様。沢山の人の気配が伝わってきた。

今日は、帝都で行う商談のためにクリスティ商会がバルディアを出発する日。そして、クッキーとビスケットの協力を得た上で『帝都にお出かけ大作戦』の決行日だ。

この作戦を私が思いついたのは、先日開かれたお茶会の場で、『ラヴレス公爵家からクリスティ商会を紹介してほしい』という親書が届いたという話を兄様から聞いた時だった。

通常の馬車や荷台に隠れて乗り込むことは、いくら何でも危険過ぎるということぐらいは私にだってわかる。

でも、互いに顔も知っているし、立場も理解してくれているクリスが率いる商団であれば、忍び込んでばれたとしても身に迫る危険性は限りなく低い。

商談の日程を守るため、もし私が潜んでいることが道中でばれたとしてもバルディアに引き返す可能性も低いはずだ。

勿論、皆にはとっても怒られるだろうけど帝都には父上がいるし、クリス達にも父上のところに連れて行ってほしいと言えば、渋々納得してくれるだろう。

ここまでは事前の計画通りに進んでいる。後は、彼女達を誤魔化せるかどうかが問題なんだけどなぁ。

「リッド様」

「……!?

荷台の外から聞こえてきた兄様を呼ぶディアナとダナエの声に、胸がどきりと高鳴った。

「申し訳ありません。メルディ様を見られませんでしたか。木炭車を見たいと仰せになって、あちこち走り回っている間に見失ってしまいまして」

「え、僕は今ここに来たばかりで見ていないけど……誰か見た?」

壁越しにくぐもった兄様とディアナ達のやり取りが聞こえてくると、見つかってしまいそうな気がして胸の鼓動が激しくなる。こんなに胸の音が大きくなったら、外に漏れ聞こえるんじゃないだろうか。不安で背中に冷や汗が流れたその時、「さっき見ましたよ」とエレンの声が聞こえてきた。

「いつものクッキーとビスケットを連れて、宿舎の屋上から木炭車を見てみるって仰っていましたけど」

「屋上、ありがとうございます。すぐに向かってみます」

「もう、メルディ様。勝手にあちこち行っては駄目ですと、いつもあれだけお伝えしておりますのに」

ディアナとダナエの大きな声が聞こえると激しい足音が聞こえ、すぐに遠のいて行った。

「良かった。ばれなかったみたいだね」

「うにゃ」

胸を撫で下ろすと、クッキーが小さく頷いた。

普段ならディアナとダナエを撒くことは難しいけど、今日はクッキーとビスケットが協力してくれたから意外と簡単にできた。後は私が帝都に着いて父上と合流するまで、ビスケットの正体がばれなければ作戦は大成功だ。

「では、クリスティ商会はこれより出発します」

「うん、気をつけてね」

外からクリスと兄様の声が聞こえてくると、荷台が揺れ始めて振動が私の体に伝わり始める。木炭車が動き始めたのだ。

やった、これで帝都に行ける。そう思うと同時に、緊張がほぐれたのか私は強い眠気に襲われて目を擦った。

「ごめん、クッキー。私、少し寝るね」

「んにゃ」

彼は黒い子猫姿から少し大きい姿になると、私を守るように体と尻尾で包んでくれた。クッキーの柔らかくて暖かいもふもふの毛並みに抱かれると、体に伝わってくる揺れと振動も心地よいゆりかごのよう感じられる。

「ありがとう、お休み。クッキー」

「……様、メルディ様」

「う、うん……?」

名前を呼ばれて目を覚ますと、クリスとエマの顔がぼんやり見えてきた。

「あ、帝都にもう着いたの」

目を擦りながら聞き返すと、二人はきょとんとして深いため息を吐いた。

「帝都に着いたの……では、ありません。荷台に忍び込むなんて、何を考えておられるのですか」

クリスから心配と怒りの籠もった眼差しを向けられ、私は「う……」とたじろいだ。

「ご、ごめんなさい。でも、私もどうしても帝都に行ってみたかったの。このまま帝都にいる父上のところに連れて行ってくれないかな。それにほら、今からバルディアに戻ればラヴレス公爵家との商談に間に合わなくなるでしょ」

そう言うと、クリスは眉間に皺を寄せてからハッとした。

「ひょっとして、全て計算した上で乗り込んだのですか」

「あ……」

しまった、口を滑らせて余計な事まで言っちゃった。

「あ、あはは。何のことかなぁ」

誤魔化そうと頬を掻くが、クリスはやれやれと首を横に振る。

「さすが、リッド様の妹君と言いますか。計算高く、行動力が凄いですね」

「そ、それほどでもないかな」

「でも、この行為は褒められません。ご自分の立場をちゃんと理解してください」

「ご、ごめんなさい」

頭を下げると、クリスは再び大きなため息を吐いた。

「ともかく木炭車の席に移動しましょう。メルディ様を荷台に乗せたまま帝都にご案内するわけには参りませんからね」

「帝都に連れて行ってくれるの」

「残念ながらメルディ様の仰った通り、バルディアまで戻る時間はありませんからね」

彼女はそう言うと、「ですが……」と続けて微笑んだ。

「今回の件はライナー様やリッド様を始め、皆様に余すこと無くお伝えさせていただきます。相当なお叱りがあると存じますが、その点は覚悟しておいてくださいね」

「う……。わ、わかったよぉ」

クリスの目の奥が笑っておらず、全身から黒いオーラが発せられている。その雰囲気は母上が怒った時とよく似ていた。

「クリス様、大変です」

大きな声にビクッとして目を向ければ、鼠人族のセルビアが血相を変えていた。

「たった今、リッド様から『ラヴレス公爵家の親書は偽物』だったという連絡が入りました。すぐに、バルディアに戻ってくるようにとのことです」

「……!? わかったわ。すぐに引き返しましょう。エマ、皆に指示をお願い」

「はい、畏まりました」

クリスとエマの顔に一瞬で緊張が走った。でも、エマがこの場を後にすると、クリスは優しげに微笑んだ。

「メルディ様、私と一緒に木炭車の席に移動しましょう」

「う、うん」

私は頷きながら、『ラヴレス公爵家の親書が偽物』という言葉が頭から離れなかった。

貴族の名をかたった親書を出すことは、帝国では重罪だ。

帝国貴族でも最高位に近い公爵家を騙ったとなれば、犯人は確実に死罪となるだろう。遊び半分では到底許されない行為であり、あえて行ったとなればそれ相応の『目的』があったはずだ。

木炭車の後部座席に私、クッキー、セルビア。エマが運転席、助手席にクリスが座ると車はすぐに反転して動き始めた。

「エマ、すぐにバルディア領に戻るのよ」

「承知しました」

けたたましい音と共に木炭車が加速していくと、いきなり目の前の道に水色の壁が現れた。いや、違う。これは氷の壁だ。

「メルディ様」

「え……」

隣に座っていたセルビアの胸の中に抱きかかえられた次の瞬間、木炭車が氷の壁と衝突して強烈な衝撃が私達を襲う。あっという間の出来事であり、気付けば木炭車は横に倒れていた。

「く……。メルディ様、無事ですか」

「う、うん。ありがとう。でも、セルビアは血が……」

私を胸に抱きかかえてくれた彼女の額からは血が流れていた。

「あぁ、この程度はかすり傷ですから大丈夫ですよ」

セルビアが笑みを浮かべたその時、木炭車の扉が開かれる。

「良かった。二人とも無事ですね」

クリスとエマの手を借りて車内から這いずり出ると、いつの間に外に出ていたのか。クッキーが私達を守るように、大きな姿でうなっている。彼が睨み付けるその先を見やれば獣化したと思われる獣人族の一団が立っていた。そして、一団の中で一番妖艶ようえんで白く綺麗な獣人が私達に向かって微笑んだ。

「手荒な真似をしてごめんなさいねぇ。少し、やり過ぎちゃったかしら」

「いえ、理由は分かりませんが、あの木炭車は間違いなくバルディアに戻ろうとしておりました。あの場でクレア様が止めなければ、逃げられていたことでしょう」

白い獣人をクレアと呼んだのは、凜とした女性の獣人だ。

「ピアニーの言うとおり。さすがだよ、クレア姉さん。ね、リーリエ姉ちゃん」

「そうね、ローゼンもたまには良いこと言うじゃない」

四人の獣人は楽しそうに和気藹々わきあいあいとしているけど、漂ってくる気配から彼等が只者でないことは私でも察せられる。横目で見れば、皆の表情もかなり厳しい。

「あ、あいつら、バルディアの工房を襲った襲撃犯と同じ奴らです」

セルビアが指差すと、彼等は不敵に笑い出した。

私の背中にぞくりと悪寒が走る中、クリスはセルビアに何か耳打ちしてから一歩前に出る。

「一応、尋ねます。私達がクリスティ商会と知っての狼藉ろうぜきでしょうか」

クリスが睨み付けると、クレアはにこりと頷いた。

「えぇ、勿論。我等の同胞を誘拐して奴隷に落とした『クリスティ商会』を狙ってのことよ。大人しく投降すれば危害は加えない。身の安全は保障しましょう。でも、抵抗すれば少し痛い目に遭ってもらうことになるわねぇ」

「なら、答えは決まっています」

クリスがそう告げると、彼女を中心に魔波が吹き荒れた。

「貴女達を倒し、私達はバルディアに帰らせていただきます」

「そう、それは残念。交渉は決裂ね」

クレアが笑った次の瞬間、クッキーが咆吼ほうこうしてときの声を上げながら突進。エマも獣化して雄叫びを上げる。こうして、私の目の前でクリスティ商会と襲撃犯の戦いが始まった。

「ふふ、楽しかったけど。どうやらここまでのようね」

「ぐ……」

クレアがこちらに笑いかけると、満身創痍まんしんそういのクリスやエマが苦悶の表情を浮かべ、全身傷だらけのクッキーは私を守るように唸った。セルビアは彼等の攻撃で気を失ってしまい、私の傍で倒れている。

クレアと名乗る女性が頭と思われる襲撃犯達の強さは、想像以上だった。当初こそ、クッキー、エマ、クリスでクレア以外の三人を相手に押していたけど、クレアが参戦すると戦況は一変。あっという間に、形勢は逆転されてしまった。

兄様なら、兄様ならこんな時どうするんだろう。必死、考えを巡らせていたその時、ふと『ラヴレス公爵家』の親書のことが脳裏に蘇る。

バルディア家やクリスティ商会をあざむける巧妙な『公爵家の親書』を、果たして目の前にいる襲撃犯達に造ることが可能だろうか。

いや、彼等だけじゃない。公爵家の巧妙な親書の偽物なんてものは、誰でも簡単に用意できるものじゃないはず。そう、同じ帝国貴族でない限り。

「あ……」

私はハッとした。彼等の背後には、帝国貴族かそれに相当する者が絡んでいるじゃないだろうか。だとすれば、『ラヴレス公爵家の名を騙った親書』は彼等にとって絶対に回収したい存在のはず。それに私が彼等に捕えられたとしても、情報を届けられれば兄様と父上が絶対に助けに来てくれる。

「そうよね。だって、私もバルディア家の一員だもん」

自身を鼓舞するように呟くと、私はクリス、エマ、クッキーにだけ聞こえるように小声で考えを伝えた。

「な……!? だ、駄目です。そんなことできません」

「そうです。メルディ様がするべきです」

二人は目を丸くしたけど、私は冷静に首を横に振った。

「駄目だよ。私じゃなきゃ、あの人達の動きを止められないもん。それに、兄様が言ってたの。時に、情報は何よりも価値が高くなるって。きっと、その時が今なんだよ」

私はそう言うと、深呼吸をして二人を見つめた。

「これは、バルディア家の長女であるメルディ・バルディアの『命令』です。皆、従ってください」

「メルディ様」

「ぐぅう」

クッキーが悔しそうに唸ると、クリスが「畏まりました」と頷いた。

「エマ。メルディ様の言うとおりにしてください」

「そんな!? 本気ですか、クリス様」

「えぇ。残念だけど、私達じゃ彼等に敵わない。なら、次に考えることは情報をリッド様達へ伝えることよ。お願いね」

クリスは懐から『親書』を取り出して、エマに手渡した。

「承知、しました」

その様子を見ると、私はクッキーを見やった。

「じゃあ、兄様によろしくね」

「がぅぅ」

喉を鳴らすクッキーに微笑み掛けると、私はセルビアが持っていた短剣を手に皆の前に出た。

「あら、貴女は……」

クレアが品定めするようにこちらを見つめたその時、私は深呼吸をして声を張り上げた。

「私は、私の名はメルディ・バルディア。バルディア領を治める辺境伯、ライナー・バルディアの長女です」

私の声に、襲撃犯達の動きが止まった。

「へぇ、面白いこともあるものねぇ。まさか、クリスティ商会がバルディア家の長女を誘拐しているなんて想像もしていなかったわ」

「それは違います。私が帝都に行きたくて、自ら忍び込みました。残念ながら、貴女達のせいで結局は行けそうにありませんけどね」

そう言ってクレアを睨むが、彼女に悪びれる様子はない。

「あっはは。そうなの、それはごめんなさいねぇ。でも、そんな短剣で何をするつもりなのかしら。まさか、それで戦うつもりなの」

「いいえ。こんな短剣では、貴女達に勝てるなんて思っていません。ですが、これならどうでしょうか」

私の行った行動に、クレアが眉間に皺を寄せた。

「あらあら、なんのつもりかしら」

「決まっています。言うとおりにしてくれないと、私はこの場で首を切って自害します」

そう、私は自分の手に持つ短剣の刃を首筋に当てていた。

「エマ、クッキー。今のうちに、この場から去ってください」

「申し訳ありません、メルディ様」

大きくなったクッキーがエマを背中に乗せて走り出すと、即座にクレアの取り巻き達が動こうとする。

「追っては駄目です。もし、二人を追えば、私はこの場で自害します」

「……!? この小娘が」

短剣を当てている私の首筋から血が流れ出るのを見て、取り巻き達の動きが止まった。

「はったりという訳でもなさそうねぇ。良いわ。貴女の言うとおりにしてあげましょう」

「クレア様、よろしいのですか」

取り巻き達が目を丸くするなか、クレアは私に近寄ってきた。

「えぇ、幼い少女が決死の覚悟を見せてくれたのよ。私も、それに応じる度量を見せてあげないとね。でも、この後はこちらに従ってもらうわよ」

「畏まりました。貴女達に投降しましょう。でも、私とこの場にいる皆の安全を保証してください」

「ふふ、良いわよ。ラファ・グランドークの名に賭けて、貴女達の安全を保証しましょう。その代わり、この短剣は渡してもらうわ」

「わかりました。どうぞ」

ラファと名乗った彼女は短剣を丁寧に受け取ると、私の切れた首筋をそっと舐めてきた。

「な、何のつもりですか」

「貴女の可愛い肌に傷が残ったら大変だもの。これで、大丈夫よ」

「え……」

言われて触ると、首の筋の傷は消えていた。

狐につままれたような気分の中、私は心の中で兄様と父上。そして、母上に会いたいと願うと同時にごめんなさいと呟いていた。