戦士達の結末と始まり

爆音が鳴り止むと辺りには黒い煙が漂い、焦げた匂いが鼻を突き刺してくる。

「皆、大丈夫」

咳き込みながら呼びかけると、あちこちから返事が聞こえてくる。

どうやら、皆は無事なようだ。ほっと胸をなで下ろすが、隣に目をやれば、「うぅ、ぐぅう……」とアモンが嗚咽を漏らしながら何度も地面を殴っている。

黒い煙が少しずつ薄くなる中、改めて周りを見渡した。僕達が気絶させた戦士達の居た場所は、どこも地面がえぐれて黒ずんでいる。

ケイ、カーツ、ユタという戦士達が居た場所は特に酷い。

「死期を悟った彼等は、背中合わせで魔障壁を張ることで爆発を空に逃がしたのでしょう。我々に……いえ、アモン殿に危害が及ばぬようにです」

「あのような事、誰でも簡単にできることではありません。立派な戦士だったと存じます」

カペラが淡々と告げ、ディアナがしみじみ呟く。

「そうだね」

僕は平静を装い相槌を打ったけど、内心では激しい怒りを覚えていた。

人質を取り、有無を言わさず戦士達に魔法を施して自爆攻撃要員とした挙げ句、『日没まで』と制限時間を伝えて決死隊に仕立て上げたのだ。

それでも、アモンに従う戦士が出ることを見越して、『日没』よりもっと早い時刻で彼等を爆発させた、そんなところだろう。

「リッド様。ご無事ですか」

名前を呼ばれて振り向くと、『ファラ』を先頭にカーティス達と第二騎士団の皆がこちらにやってきた。離れた場所から見ていると違和感はなかったけど、明らかに本物のファラより身長が大きいし、目つきが鋭い。

写真が存在していたら、絶対誤魔化せていないだろう。

「うん。『アスナ達』も無事で良かったよ」

「リッド様を始め、姫様をご存じの方々は誤魔化せないですね」

顔を綻ばしたアスナは、肩を竦めてやれやれと首を横に振った。

ファラに変装した彼女の姿を近くで見てみると、かつらで本人と同じ色の髪形にしており、何か特別な薬でも使ったのか瞳の色も合わせているみたい。

服装もファラの普段着であり、彼女の特徴をよく捉えていた。加えて、本人をずっと側で見ているアスナが変装しているせいか所作もよく似ている。

ファラ本人と面識がない相手であれば、見間違えてしまうのも無理はない。身長と二刀流の時点で、知っている人からはバレバレだけど。

「それにしても、良く咄嗟に影武者なんて思いついたね」

「いえ。この策は、エルティア様から遣わされた侍女の『ジェシカ』殿が予め用意されていたものです」

「え、そうなの?」

侍女のジェシカは、ファラがバルディア家に嫁ぐ時にダリアや他のメイド達と一緒にやってきたダークエルフの女性だ。

あれ、ちょっと待って。エルティア母様から遣わされたということは、まさかとカペラに目を向けた。

「お察しの通り、『ジェシカ』はエルティア様の元部下です」

「……なるほどね」

合点がいった。エルティア母様は、ファラの専属護衛をアスナに任せ、有事の対応や危機管理は『ジェシカ』に任せていたのだろう。相変わらず、愛情表現がわかりにくい人だ。

「あ、ところでファラは」

僕の問い掛けに、アスナは決まりが悪そうに頬を掻いた。

「ご安心ください。ファラ様は、『あの部屋』に避難しております。私の影武者にはご立腹でしたがね。最後は、渋々ながら私とジェシカ殿の意見を受け入れてくれました」

ファラの性格上、アスナが自分の身代わりをすると言えば、確かに怒りそうだ。とはいえ、彼女の立場を考えれば、ジェシカの策によるアスナの影武者は正解だけどね。それがわかっているから、ファラも最後は了承したのだろう。

ちなみに、『あの部屋』というのは、有事の時に使用される一部の人だけに教えている新屋敷の避難室のことだ。こんなに早く使うことになるとは、思わなかったけど。

「リッド殿。ところでこの惨状を見る限りだと会談は決裂した、ということですな」

切り出したのはカーティスだ。

彼の顔つきは、普段浮かべている好々爺のものではなく、この場に居る誰よりも険しい。

「うん。それどころか、グランドーク家はバルディア家に領地戦を宣戦布告されたよ」

淡々と告げると、辺りからどよめきが起きる。

疑問が確信に変わったからだろう。カーティスだけは、こちらを静かに見つめていた。

「やはり、そうでしたか。恐れながら、リッド殿。バルディア家は今後、どうされるおつもりですか」

「勿論、決ま……」

答えようとしたその時、『受信機』から「リッド様。至急、応答願います」とサルビアの切羽詰まったような声が発せられた。

「ごめん、ちょっと待ってね」

カーティスに軽く誤りつつ、通信魔法を発動する。

「サルビア。こちら、リッド。どうしたの」

「リッド様。先程、『狭間砦はざまとりで』に駐在中のサリアから緊急の入電がありました。狐人族が国境を越えて侵攻を開始。現在、クロス様の指揮下で交戦中とのことです」

受信機から発せられた彼女の声で、辺りが再びざわめいた。

やっぱり、そういうことか。宣戦布告をしてきた以上、こうなることは想像に難くなかった。今回の会談は陽動であり、アモン達は僕と父上の動きを止める時間稼ぎの完全な捨て駒扱い。よくもまぁ、ここまで馬鹿にしてくれたものだ。

込み上げる怒りを爆発させぬよう深呼吸で抑え、サルビアとの通信を再開する。

「それで、戦況はどうなってるのかな」

「はい。クロス様率いる狭間砦の守備隊は、防戦に努めております。しかし、兵力差が激しく、現状では持って数日が限度。それ故、至急応援を乞うとのことです」

「わかった。父上に指示は確認するけど、すぐ応援に向かうと現地には伝えて。それから、兵力差が激しいということだけど、どれぐらいの規模なの」

「そ、それが……」

サルビアの声が震え、歯切れが悪くなる。

「第四飛行小隊のサリア曰く、空から見る限り、狐人族の軍勢で相手側の陣地は埋め尽くされているそうです。おそらく、数万の軍勢になるかと……」

「数万……!?

思わず声に出してしまった。

辺りから再びざわめきが起きるが、先程よりも雰囲気が暗い。でも、僕にはある閃きが生まれ、「アモン。君に聞きたいことがある」と切り出した。

「重要なことだから、確認したい。聞いての通り、グランドーク家が数万の軍勢を引き連れて越境えっきょう。バルディア家の狭間砦に侵攻を開始した。この動きに、当主である『ガレス・グランドーク』を含め、一族は全員戦場に出ていると思うかい」

「あ、あぁ……」

彼は嗚咽を漏らしながら頷いた。

「父上と兄上の性格上、こうした動きは必ず陣頭で指揮を執ることだろう」

「そうか。でも、それだけじゃ、確証は心許ないな」

「リッド殿……?」

首を傾げてこちらを見つめるアモンに、僕は歩み寄る。

「グランドーク家の部族長しか掲げることのできない御旗とかはないのかな」

「それなら、『四つまさかり』の家紋の御旗を大きく掲げているはずだ。あの御旗は父と兄姉しか掲げることを許されていないから……」

「なるほど。ありがとう」

僕は再び、通信魔法を発動する。

「サルビア。大至急、狭間砦にいるサリアに空から確認してほしいことがある。グランドーク家の一族が戦場に出てきている確証を得たいんだ。四つの斧をかたどった『四つ鉞』の家紋の御旗。これを大きく掲げている陣地があるかどうかを尋ねてほしい」

「は、はい。少々お待ちください」

通信魔法を切ると、アモンを始めとして皆は首を傾げて不思議そうにしている。

カーティスだけは、顔色が険しいままだ。彼はレナルーテの元軍人だから、僕の考えに想像が付いているのかもしれない。

「リッド様、お待たせしました」

受信機からサルビアの声が響いた。

「こちら、リッド。サリアは確認に少し時間がかかりそうかな」

「いえ、グランドーク家の侵攻を開始と同時に、クロス様の指示でサリアが敵陣地を確認しておりました」

さすが、クロス。バルディア騎士団で副団長をしているのは伊達じゃない。

有事が起きた時、いち早く情報収集を行うのは基本中の基本だ。でも、浮き足立つようなことがあれば、そんな基本も出来なくなってしまう。

彼が情報収集の指示をサリアにすぐ出したということは、それだけ落ち着いて戦況を見ている証拠だ。相当な場数を踏んでいるということだろう。

「そっか。それで、どうだった」

「はい。ありました。上空からサリアの『望遠鏡』により確認済みです。敵陣地の奥に……えっと、四つの斧をかたどった家紋と思われる『四つ鉞』ですね。こちらの御旗を掲げた陣地が全部で四カ所確認しております。手前に二つ。奥に二つあったそうです」

「わかった。それは値千金の情報だよ。大変だとは思うけど、僕と父上が行くまで何とか耐えてほしいと、クロスとサリアに改めて伝えてほしい」

「畏まりました」

サルビアとの通信が終わると、辺りに静寂が訪れる。深呼吸をして考えをまとめると、僕は両手両膝を地面に付き、すすり泣くアモンの正面に立った。そして、彼の両肩を鼓舞するように強く叩く。

「アモン。悲しいだろうけど、これは千載一遇の好機。君が部族長になれる絶好の機会でもある。後は、君にその覚悟があるかだ」

「リッド殿、それはどういうことでしょうか」

「アモン。君ができることは二つある」

切り出すと、彼は首を捻った。

「二つ、ですか」

「まず一つは、このまま戦士達の死を嘆き、ガレスとエルバを恨み、恐れ、隠れてひっそりと生き延びるか。もしくは……」

煽るような言い方だけど、今後のために『ある決心』してもらわないといけない。

もったいぶるように告げたことで、彼は息を呑み食い入るようにこちらを見つめている。

「もしくは、なんでしょう」

待ちきれなかったのか、アモンは身を乗り出した。

「ガレスとエルバに宣戦布告し、部族長の座を君が勝ち取るかだ」

「それは本気で言っているのか」

「あぁ、僕は本気だよ」

二つ返事で頷くと、アモンは「し、しかし……」とためらうように首を横に振った。

「グランドーク家の総力は数万だ。そう易々とは……」

「アモン。勝てるかどうかじゃないだろ」

あえて彼の言葉を遮った。

「君を慕い、理想を信じ、死んでいったリックと戦士達。彼等の覚悟と遺志に応え、狐人族の未来を背負う覚悟が君にあるかだよ」

「……!?

今の言葉は、自分でもずるいと思う。でも、グランドーク家が侵攻してきた大軍と正面からぶつかっては争うだけじゃ、この戦いを本当の意味で終わらせることはできない。

現状のグランドーク家を根本から変えない限り、両家間で起きた問題は解決せず、今後も続いていく。

アモンの理想はここで終わらせず、実現させなくてはいけない。結果、バルディアの明るい未来にも繋がっていくはずだ。

「君が立つというなら、僕も父上を必ず説得してみせる。そして、バルディア家が後ろ盾になると約束するよ。でも、選ぶのはあくまで君だ。さぁ、どうする」

答えは決まっているだろうけど、あえて彼に決断を迫った。

今から、アモンが進む道は親兄弟と骨肉の争いを行う修羅道だ。彼が自分の意志で進むという覚悟を持たなければ、やり遂げることはできないだろう。

静寂が流れた後、アモンは震えながら深く息を吐いた。

「そうか、そうだな。わかった、リッド殿。僕……いや、私こと『アモン・グランドーク』は親兄弟と今を持って決別し、部族長の座を勝ち取ってみせる。どうか、バルディア家の力を貸してほしい」

「わかった。改めてよろしく、アモン」