「うぇ……はぁ……はぁ……」
嘔吐しながらも、僕の中には憤りが渦巻いていた。
許せるものか。人の命を粗末に扱う、こんなやり方は絶対に許せない。
父上は納剣するとリックの側にしゃがみ込み、彼の開いている両目を丁寧に閉じた。
「狐人族の戦士、リック。貴殿のことは生涯覚えておこう」
そう呟いた父上は、僕とアモンに視線を向ける。
「お前達、悲しむのも、吐くのも後にしろ。リッド、お前はディアナとカペラを連れてすぐ新屋敷に行け。お前の妻は、お前が守るんだ」
言われてハッとする。そうだ、リックは新屋敷に狐人族の戦士が二十人向かったと言っていた。それに、新屋敷にはファラだけじゃない。万が一に備えて移動した母上もいる。
カーティスや第二騎士団の子達が警備に就いているから、早々後れをとることはないと思うけど自爆攻撃となれば話は別だ。何が起きるかわからない。
僕は口元を拭い、父上を力強く見やった。
「畏まりました。直ぐに向かいます」
「うむ。私も、ガルンに状況を引き継いですぐに向かう。それから、君達二人は私に付いてきなさい」
「はい……」
父上に声を掛けられたシトリーは、絶望の表情で力なく頷いた。でも、アモンは首を横に振る。
「私も、私も新屋敷に連れて行ってください。私を慕ってくれた戦士を、一人でも説得したいんです。お願いします」
彼の瞳には、強い覚悟と意志が宿っていた。
「父上、僕はアモンと一緒に新屋敷に向かいます。戦士達の中には彼の言葉にまだ耳を傾けるものがいるかもしれません」
戦士達は、エルバに人質を取られて非道な手段に従っているに過ぎない。
厳しいかもしれないけど、アモンが上手く説得できれば無駄な血を流さずに済む可能性は少なからずあるはずだ。
これ以上、奴の……エルバの好きにさせるものか。
「良かろう。お前達、馬を使え。ディアナ、カペラ。頼むぞ」
「承知しました」
二人が父上の言葉に畏まる中、アモンはゆっくり立ち上がる。
「リッド殿。ありがとう」
「気にしなくて良いさ。それに、お礼は事態が落ち着いてからでいいよ」
「……そうだね」
決まり悪そうな顔を浮かべてアモンが目を伏せると、目を潤ませたシトリーが駆け寄った。
「兄様……」
はっとした彼は、安心させるように目を細めると彼女の頭を優しく撫でる。
「シトリー。此処で大人しく、バルディア家の皆さんの言うことを聞いて良い子で待っているんだよ。大丈夫、兄様は必ず帰って来るよ」
「うん」
彼女の返事を合図に、僕達は貴賓室だった場所から移動を開始する。
部屋を出て本屋敷の玄関に向かう途中、あちこちから爆音と
門外にいた戦士達が敷地内に入り込んできたのだろう。
「リッド様。お待ちしておりました」
玄関に辿り着くと、意外な人物が立っていた。
「ガルン。どうしたの」
慌てて駆け寄ると彼は畏まる。
「リッド様が新屋敷に向かうと思いまして、馬を数頭用意しておきました」
「あ、ありがとう。というか、これガルンが一人でやったの」
手配の速さにも驚いたけど、彼の背後には狐人族の戦士達が数名倒れていた。
「えぇ、彼等のことはダイナス殿、ルーベンス殿に伺っております。決死の覚悟で自爆を仕掛けてくると伺いましたので、取りあえず気絶してもらいました」
目尻を下げるガルンをよく見ると、普段は綺麗に整っている服に少し乱れがある。
でも、逆に言えばそれだけだ。それにしても、獣化できる戦士達を彼は一人で相手にしたのか。以前から、ガルンはただ者ではないと思っていたけど、やっぱり元凄腕の騎士とか冒険者かもしれない。
「おっと、これは失礼しました」
視線に気付いたのか、彼は服の乱れを手早く直した。
「お気遣い、ありがとうございます」
床に倒れている戦士達を見たアモンは、どこかほっとしている。戦士達が自爆する前に気絶したことに安堵しているんだろう。
「リッド様。新屋敷に参りましょう」
「あ、そうだね」
ディアナの言葉に頷くと、僕は再びガルンに振り向いた。
「馬の手配ありがとう。父上がガルンに状況を引き継ぐと言っていたから、貴賓室に行ってみて。多分、まだ近くに居ると思う」
「畏まりました。皆様もお気を付けください」
馬に僕はディアナと、アモンはカペラと一緒に乗って新屋敷に急いだ。
「見えてきた」
本屋敷から馬で移動して程なく、新屋敷が視界に入ってきた。
遠巻きに魔法と思われる光、爆音、剣戟のような喧騒が微かに聞こえてくる。
「急ぎます」
「うん、お願い」
ディアナにも、魔法の光が見えたのだろう。彼女は足で馬の腹を叩き、走る速度をさらに上げた。カペラとアモンも、遅れずに追走してきている。
新屋敷の敷地内に入ると、はっきりとした魔法の光と剣戟による喧騒が聞こえた。
「あっちだ」
喧騒の発生源に到着すると、獣化した戦士達に囲まれた騎士団員達とダークエルフ達の姿が目に入った。団員達の中心には、遠巻きにレナルーテ様式の服装をした少女がいる。
どうして、ファラが前線に出ているんだ。
僕は目を疑った。でも、何だか敵対する戦士達の方が戦いているというか、困惑しているような気がする。違和感を覚えたその時、ファラが口元を不敵に緩めた。
「聞け、不届き者よ。リッド様と私の愛の巣に、よくも土足で踏み込んでくれたな。罪深い、その罪は断じて罪深い。従って、直々にこの私『ファラ・バルディア』が鉄槌を与えやろう。さぁ、掛かってこい」
右手に打ち刀、左手に脇差しを持ち、紺色の髪を靡かせる赤い瞳の彼女が戦士達を一喝する。辺りをよく見ると、狐人族の戦士達がざっと十名近くが倒れていた。
「姫様。油断は禁物。彼等の目の奥には、並々ならぬ覚悟が宿っております。あまり、前に出てはなりませぬぞ」
彼女を諫めたのは左手に打ち刀、右手に『魔布』を発動しているカーティスだ。
彼の孫であるシュタインとレイモンドも、打ち刀を正眼に構えて傍に控えている。
「祖父上の言うとおり……です」
「ここは、祖父上と我等に任せて、お控えください。ア……ファラ様」
二人は不満げに口を尖らせているが、『ファラ』はとても楽しそうに笑っている。
「うむ。では、『お前達』に任せたぞ。私を守ってみせろ。ランマーク家の名に賭けてな」
ファラが檄を飛ばすが、シュタインとレイモンドは眉間に皺を寄せている。
あの様子だと、舌打ちもしていそうだ。
二刀流のファラの前にはカーティスが立ち、背後をシュタインとレイモンドの二人が固め、空いている場所は第二騎士団の分隊長達が獣化して補助に徹しているようだ。
「な、なんだ。なんなんだ。事前情報では、ダークエルフや子供の騎士達がこんなに強いなんて聞いてない、ぐあぁああ」
「立ち会いの最中、狼狽とは頂けんな。隙だらけだ」
カーティスが魔布で勢いよく鞭打した戦士は、僕の足下まで吹っ飛ばされ「がは……」と呻き声を漏らして気絶した。
「す、凄い。僕の支持者の中でも、彼等は選りすぐりの戦士達なのに……」
端から見ても圧倒的な様子に、アモンが目を丸くしている。カーティス達が強いのは知っていたけど、ここまで圧倒しているとは思わなかった。
「カーティス達は、レナルーテでも有数の武家一族だから特別、かな」
誤魔化すように頬を掻いたその時、僕の存在に気付いたらしい『ファラ』が目を細め、脇差しを持ったままこちらに手を振った。
「おぉ、そこにいるのは愛しの君。リッド様ではありませぬか」
ちょっと……いや、かなりわざとらしい言い方だ。
ぎょっとして、戦士達がこちらに目を注ぐ。
ここは、彼女達の作戦に乗って答えねばなるまい。注目を浴びる中、覚悟を決めて微笑んだ。
「あぁ、僕の愛しい人。最愛の妻、ファラ。君を助けに参上したよ」
「り、リッド殿……?」
言動の意図がわからず、アモンはきょとんと……いや、少し顔が引きつっている。ディアナとカペラは、口元を手で押さえて忍び笑っているようだ。
僕だって、必死に演技しているのに失礼だなぁ。こういう時は、恥ずかしがったら負けだから気にしない、気にしない。でも、忘れないけどね。
「うーむ」
アモンは首を捻って唸ると、こちらに手を振っている『ファラ』を凝視する。
「リッド殿とファラ殿が仲睦まじいという噂は耳にしていましたが、まさかここまで相思相愛とは驚きました。しかし、凜々しい方と伝え聞きましたが、ファラ殿は『武人』に近い方なんですね」
「……違わないけど、ちょっと違うね」
どんな内容の噂が流れているのか興味はあるけど、今は目の前の問題を解決しないといけない。今のやり取りに加え、僕とアモンの姿を見た戦士達には動揺が走ったらしく、明らかに顔色が変わっている。
写真がまだ存在しないこの世界において、一度も会ったことのない人物を拉致するのは相当に難しい。加えて、人にはどうしても先入観というものがある。
ファラと同じ特徴を持ったダークエルフの少女が目の前に現れ、護衛されていれば本物だと思い込んでしまうのは致し方ないことだろう。
訝しんでいたとしても、戦士達には余裕がなく必死だから、今のやり取りで確信に変わったはずだ。必死であればあるほど、人は自分が信じたい情報に流れてしまう。
「さて、それよりもだ。戦士達が動揺した今がその機会だよ、アモン」
「あぁ、わかってる」
彼は一歩前に出て、戦士達を一瞥する。
「君達、事情は全てリックから聞いた。それを承知で言う。兄上の……いや、エルバ達の言葉を鵜呑みにしては駄目だ」
アモンの言葉が辺りに轟くと、戦士達の動きが止まった。
「彼等は『ただで約束』を守るような人じゃない。きっと、この襲撃にも中に裏があるはず。だから、『自爆』なんてしちゃ駄目だ」
「アモン様……!?」
戦士達は彼の姿に目を見開くが、何かを断ち切るように首を横に振った。
「く……我々は、我々の成すべき事を成し遂げます」
戦士の一人がそう言うと、再び『ファラ』達に振り返った。
「獣人族の子供とダークエルフの身体能力では、獣化した我等に敵うはずがない。一斉に掛かるんだ。我等の覚悟と任務を忘れるな」
鼓舞するように「おぉ」と叫んだ戦士達は、アモンの制止を聞かず一斉に『ファラ』達目掛けて襲いかかっていく。
「自爆とはな。なるほど、鬼気迫る気配はそれであったか」
カーティスは合点がいったらしいが、『ファラ』は「ふん」と鼻を鳴らした。
「獣人族特有の高い身体能力に加え、自爆攻撃があるから我等に勝てるつもりか。片腹痛い」
襲い来る戦士達を凄み、吐き捨てた『ファラ』は味方を見回した。
「先程同様、連携を崩すでないぞ。カーティスと私で囲みの正面を突破する。皆はその際に横やりが入らぬよう援護に徹せよ」
「して、姫様。自爆はどう対処されるおつもりか」
「決まっている。発動前に気絶させる」
『ファラ』はカーティスに即答し、こちらに振り向いた。
「それで良いのであろう、リッド様」
「う、うん。それで問題ないよ」
僕の返事を聞き、カーティスが豪快に笑い出した。
「はは、姫様らしいわい」
「我等の目的は撃破ではないはずだがな」
「私も同感です。兄上」
シュタインとレイモンドは呆れ顔で渋々と頷いている。
「ア……じゃなかった。あたし達も姫姐様に続くぜ」
兎人族のオヴェリアが声を上げると、他の分隊長達が各々で了承の反応を示した。
そして、『ファラ』達は襲い来る戦士達を魔法や連係攻撃で次々と捌いていく。第二騎士団の子達が遠距離から槍魔法による牽制攻撃を仕掛け、戦士達の隙を誘発。そこにカーティスが魔布で一撃。もしくは魔布で絡め取った戦士を『ファラ』が二刀流の斬撃を与えて気絶させている。
魔法の牽制攻撃を抜けた戦士には、シュタインとレイモンドが冷静に対応。二人が対応しきれない戦士は、分隊長の中でも近接戦が得意なオヴェリア、シェリル、ミア、カルア達が連携して対応している。
この周辺に倒れている狐人族の戦士達は、あの布陣を崩せずに倒されたに違いない。でも、残っている戦士達もさすがというべきか。『ファラ』達の連携に慣れつつあるようだ。
「皆、止めろ。止めるんだ」
アモンが必死に呼びかけるが、戦士達が攻撃を止める気配はない。
戦士達の人質が日没を過ぎれば命がないという時間制限が有る以上、彼等の取れる道は一つしかないのだろう。
「こうなれば、実力行使だ。戦士達が自爆する前に全員気絶させよう」
「わかった。彼等を救うためなら、僕は何だってやってみせる」
アモンは、言うが否や獣化した。
尻尾の数は四本であり、黒毛に覆われた姿だ。
襲撃犯の時に共闘した時は、三尾の濃い黄色の姿だったはず。アモンも、あの時より強くなっているということだろう。
「皆、行くよ」
「承知しました」
ディアナとカペラが畏まり、どこからともなく武具を取り出した。いつも思うけど、どこに隠しているんだろうか。
僕達も参戦したことで、戦士達は『ファラ』と僕達に挟撃される形となり、次々と倒されていった。中には自爆を試みようとした者もいたけど、魔法発動前に若干の溜めを要することが判明。その隙さえ突けば、発動前に気絶させることができた。
やがて、戦士は男性が二人と黄色い髪を後ろでまとめた女性だけとなる。
「後は、君達三人だけだ」
「く……!?」
僕の言葉で戦士達が顔を顰めると、アモンが獣化を解いて彼等の前に歩み寄る。
「君達は、僕の活動をいち早く支持してくれた豪族。ジン族のカーツ、ユタ。それに、ケイだろう。もう、こんなことは止めるんだ」
「そういうわけには参りません。我等の一族郎党が人質となっております故、ここで引くわけにはいかないのです」
代表するようにケイという女性の狐人族が淡々と答えたけど、彼女を含めた三人の表情はとても悔しげだ。きっと、本当はアモンに付き従いたかったのだろう。
エルバの卑劣なやり方には、改めて虫唾が走る。奴の筋書き通りに、事を進めさせてやるものか。
「ちょっと提案があるんだけどね。少し聞いてもらえないかな」
僕はアモンの横に並び立った。
「なんでしょう」
戦士達は、訝しむようにこちらを見つめている。
「実は僕……じゃなかった。バルディア家は『魔法研究』にとても力を入れているのさ。だから、君達がエルバに施されたという魔法を見せてほしい。もしかすると、解除できるかもしれない」
「な……!?」
戦士達が目を瞬いた。
「勿論、絶対とは言えないよ。だけど、この状況下で君達が任務を達成して帰ることはできないと言っていい。なら、日没までの時間を僕にくれないかな」
「し、しかし、そんなことが可能とは思えません」
「あぁ」
「そうだな……」
三人は狼狽した様子を見せるけど、瞳には希望の光が小さく灯った。
よし、もう一押しだ。
「可能がどうかこそ、やってみないとわからないさ。日没まで、まだ時間はある。どうせ死ぬ命だと言うなら、その命を僕に預けてほしい」
「リッド殿の言うとおりだ。僕からもお願いする。兄、いや、エルバ達の好きにさせたくない。君達の命をどうか預けてほしい。この通りだ」
アモンはその場に跪くと、彼等に向かって頭を下げた。
戦士達は、目を丸くして顔を見合わせる。
「どうか頭を上げてください」
彼の側に、ケイが駆け寄った。
「いや、君達が頷いてくれるまで僕は頭を上げるつもりはない」
アモンが首を横に振ると、戦士達は気が抜けた様子でやれやれと肩を竦めた。
「承知しました。お二人の言うとおりにいたします故、どうか頭を上げてください」
「……!? 本当かい」
「はい」
ケイが目を細めて頷き、アモンが嬉しそうに顔を上げた。
しかしその時、カーツ、ユタ、ケイがハッとして苦悶の表情を浮かべてよろめき、胸を押さえながら後ずさりを始める。
「が……!? こ、これは、エルバ様の……」
「み、皆どうしたんだ」
アモンが心配そうに呟いたその時、ケイが目を見開く。
「わ、私達から、離れてくだ……さい」
彼女の只事ではない様子に、最悪のことを察した。
「アモン、こっちだ」
「そ、そんな!? カーツ、ユタ、ケイ」
彼の手を引き、ディアナとカペラの居る場所まで急いで走り抜く。ふとその時、倒れている戦士達が白く発光しているのが目に入り愕然とした。
「皆、魔障壁を全方位に展開するんだ。気絶している戦士達も爆発するぞ」
「……!?」
僕が咄嗟に叫んだことで、この場にいる皆に緊張が走る。
戦士三人に目をやると、ケイと目が合った。彼女は目を細めて微笑むが、すぐに苦悶の表情を浮かべ、「カー……ツ、ユタ!」と必死に呼びかける。
「集まっ……背中合わせ、正面……魔障壁を」
「ぐぅ、あ……あぁ」
「ぬぅ……わか……た」
次の瞬間、辺りから爆音が連続で鳴り響き、カーツ、ユタ、ケイが集まった場所には空高く火柱が立ち上がっていた。