アモン・グランドークとシトリー・グランドークの訪問

グランドーク家の三男アモン、次女シトリーを乗せた馬車が本屋敷の門前に到着する様子を、僕と父上は本屋敷から遠巻きに見つめていた。

「エルバ達が来た時より、護衛の狐人族が多いですね。父上」

「うむ。両家が緊張状態であることを考えれば、当然かもしれんが少し気になるな」

訝しむように馬車を見つめ、父上は頷いた。

エルバとマルバスがやって来た時の護衛は、十名~十五名前後。でも、アモンとシトリーを乗せた馬車の周りには三十名前後の護衛が見て取れた。勿論、本屋敷の敷地内に入る狐人族の武器は、こちらで預かるよう騎士達には指示を出している。

やがて、アモンとシトリーと思われる少年少女が馬車から降りた。彼等の姿を見て、やっぱりね、という確信を得る。眺めていると、騎士団長のダイナスとルーベンスが武器を預かろうと彼等に近寄っていくのが見えた。

狐人族の戦士達は嫌そうな反応をするが、アモンと思われる少年が指示を出したらしく、不承不承ふしょうぶしょうで武器を騎士達に預けてくれたようだ。ちょっと、ヒヤッとしたけど何も無くて良かった。

程なく、ダイナスとルーベンスに先導された少年少女が一部の護衛を引き連れ、僕達の前にやってくる。

「君とこんな形で再会するとは思わなかったよ。アーモンドとリドリー。いや、アモン・グランドーク殿とシトリー・グランドーク殿」

「それは、こちらも同じさ。リッド・バルディア殿」

「お久しぶりです。リッド・バルディア様」

軽い挨拶と握手を交わすと、父上が眉をピクリとさせた。

「リッド。知り合いだったのか」

「え、えぇ。以前、父上に報告した工房襲撃事件の協力者が彼だったんです。尤も、アモン殿はその時、アーモンド。シトリー様はリドリーと名乗っておりました」

「あはは、その節はどうも」

アモンは誤魔化すように頬を掻いた。シトリーは、目を瞑ってペコリと会釈する。

「ほう。まぁ、良い。その辺りのことも、色々と聞かせてもらうぞ。一先ひとまず、貴賓室に案内しよう」

父上が踵を返して先導するように歩き始めたその時、ふとアモンの傍に控える護衛に目が留まった。

「確か、貴方はリックさんでしたね」

「はい。私のような者まで覚えてて下さるとは、光栄でございます」

畏まって一礼する彼の表情は硬い。

以前、会った時はもっと明るい雰囲気だった気がするんだけどな。さすがに緊張しているのかもしれない。

「リッド、何をしている。早く行くぞ」

「はい、父上。じゃあ、また後で話しましょう」

振り向き様に微笑み掛けると、リックは、「ありがとうございます」と表情を綻ばせた。そのやり取りに、アモンとシトリーを護衛する他の狐人族達の表情も柔らかくなった気がする。

護衛の彼等からすれば、ここは敵地のど真ん中だ。やっぱり、彼等なりに緊張していたみたい。なんにせよ、エルバ達よりは有意義な会談になりそうだ。

貴賓室に移動したのは僕と父上の他、ディアナやカペラ、ダイナスとルーベンスを含んだ護衛の騎士が数名。

グランドーク家側もアモンとシトリーの他、リックを含んだ護衛の戦士達が数名控えている。ちなみに、会談の場に武器は持ち込み厳禁のため全員丸腰だ。ディアナとカペラは、暗器を隠し持っているはずだけどね。

皆が会談の席に着くと、父上はこちらに鋭い目をやった。

「さて、本題に移る前に、リッドとアモン殿達がどうして知り合ったのか。聞かせてもらうぞ」

「は、はい。実は……」

僕はゆっくりと語り始めた。

アモンやシトリー達と知り合ったのは、工房襲撃事件の時だ。事件発生の一報が入った際、バルディア領の町中に居た僕は、目に入った狐人族の少年に声を掛ける。それが、彼等だった。

その時、アモンはアーモンド。シトリーはリドリーと名乗り、事件解決に向けて協力してくれたのだ。彼等のおかげで襲撃犯達に追いついた僕達は、犯人達と激闘を演じた末に撤退させる。襲撃犯撃退の混乱に乗じ、アモン達も去ったけど、「また会う機会があれば、その時こそ色々と話そう」と彼は言い残していた。まさか、こんな形で再会するとは思わなかったけど。

「……という訳なんです」

「なるほどな」

父上は合点がいった様子で相槌を打った。

「お前の報告から聞いていた狐人族の一行というのが、アモン殿達だったというわけか」

「はい。その通りです」

頷いたその時、ふとこの場にいない人物。蠱惑こわく的な彼女の姿が脳裏を過った。

「でも、そうなると、あの時『リーファ』と名乗った彼女は……」

アモンは目を細めて頷いた。

「お察しの通りです。彼女は、私の姉であり、グランドーク家の長女。『ラファ・グランドーク』です」

「やっぱり、そうだったんですね」

そんな気はしていたけど、確信があったわけじゃなかった。でも、そうなるとまた新たな疑問が浮かんでくる。

「つかぬ事をお伺いします。アモン殿はあの時、バルディア領内の街で何をされていたんでしょうか」

「当然の疑問ですね。では、会談の本題に移る前に、その点からご説明させてください」

「待たれよ。その前に一つ尋ねたい」

父上は身を乗り出して凄んだ。

「我が娘、メルディ・バルディア。そして、クリスティ商会の代表である、クリスティ・サフロン。二人を含む多くの者達が貴殿達が主張する『過激派』によって拉致され、グランドーク家が預かったと聞いている。全員、無事であろうな。そうでなければ、貴殿の話を聞く価値はないぞ」

父上から怒気の籠もった殺意が発せられ、室内の空気が一瞬で張り詰めた。その殺気は、僕ですら息を呑むほどである。

正面の二人を見やると、メルと同い年ぐらいに見えるシトリーは殺気に当てられたのだろう。耳と尻尾の毛を逆立て、目を潤ませているが必死に堪えてこちらを見据えている。

アモンは一瞬怯むが、深呼吸をして息を整えてから微笑んだ。

「ライナー殿のお言葉は御尤もです。先にその点をお伝えしますと、メルディ様、クリス様を含めて皆無事であり、可能な限り丁重に扱っております。どうかご安心ください」

「そうか。では、今から貴殿の話すことは本題にも繋がることなのだな」

「はい。その通りです」

彼は頷くと、真っ直ぐに父上を見つめる。

しんとした静寂が少し訪れた後、父上はふっと表情を崩した。

「わかった。では、アモン殿の話を聞かせてくれ」

「ありがとうございます」

ほっとした様子を見せた彼だが、その顔つきはすぐに真面目なものに変わった。

「以前、私がバルディア領を訪れたのは狐人族を救う。いえ、グランドーク家をいずれ改革するため、御家の領地運営を参考にしたいと考えたからです」

「改革、だと」

父上が眉間に皺を寄せて訝しむように聞き返すと、彼は頷いた。

「恥ずかしながら、我が領地に住む狐人族は近い将来その数が激減。部族として立ち行かなくなるかもしれません。その理由が、父のガレスと兄のエルバが推し進める大軍拡に伴う重い税です」

グランドーク家の軍拡政治によって狐人族の領民が困窮している情報は得ていたけど、まさか内情がそこまで逼迫ひっぱくしているとは思わなかった。

父上は「ふむ」と難しい顔を浮かべる。

「続けてくれ」

「はい。それでは……」

アモンは父上に促されるまま、狐人族の置かれている状況。グランドーク家の行っている軍拡政治の問題点を語り始めた。

狐人族が軍拡政治を推し進めるようになったのは、ガレス・グランドークが部族長になった時からだそうだ。エルバ・グランドークが政治へ積極的に関わるようになってからは、その傾向はさらに強くなったらしい。

そして、数年前。軍拡政治を止めようとしていたガレスの実弟グレアス・グランドークが決起するが、逆に反逆者としてエルバに断罪されてしまう。同時期、反逆に加担したとされる豪族達が一斉に処刑されたことにより、軍拡政治を止められる者が居なくなってしまったそうだ。

ドワーフに勝るとも劣らない武具作りの才能を持つと呼ばれた狐人族。

かつては、武具だけに止まらず様々な物を作成。獣人国内だけはなく帝国、教国トーガ、レナルーテ、バルスト等、各国に輸出していて取引量も多かった。でも、今の取引量は当時より大分少なくなっており、見る影もないらしい。

一番の原因は、軍拡政治によって武具製作に全ての生産力をつぎ込んでいるからだそうだ。結果、狐人族の領民は領外から得られる収入が少なくなり、軍拡による重税を強いられているとのこと。

だけど、そうした領地運営を行えば、いずれ立ち行かなくなるのは火を見るより明らかだ。ガレスやエルバでもさすがにわかりそうだけどな。

「父と兄上が軍拡に固執して進めるのには、ある理由があります」

僕の思ったこと察したのか、アモンが切り出した。

「それが、今から約二年後に開催が予定されている獣王戦です」

「獣王戦というと、獣王国を統べる王を決めるための試合ですよね」

「はい、リッド殿の仰る通りです。父と兄上は、次回の獣王戦で獣王になれると考えているようです」

曰く、獣人族の各部族から最も武力と知力を持つ者が選別され、勝抜戦を行う。歴史上、死者が出たこともあるほどに苛烈な争いであり、勝ち残った者が『獣王』となって獣人国を統べる王となる。

エルバが王と成れば、各部族に王命を下すことが可能となり、狐人族が抱える問題を解決出来る算段が付くらしい。彼は語り終えると、首を横に振った。

「確かに、兄上が獣王と成れば現状の問題は解決するかもしれません。ですが、その間に苦しみ、死んでいくのは領民です。そもそも、獣王という成れるかどうかもわからない不確定なものを頼り、領地運営をすべきではありません」

「それでバルディア領の運営方法を学び、アモン殿が改革をしていこうと考えた。そういうことか」

父上の問い掛けに、彼はゆっくり頷いた。

「はい。ですが、正直に申しますと、私の考えは狐人族の中では『異端』とされています」

「つまり、アモン殿とガレス殿達では根本的に領地運営に対する考え方が違う。言ってしまえば、狐人族内でも派閥が生まれているという認識でよろしいかな」

「ライナー殿の仰る通り、私の行いに賛同してくれる者は増えております」

アモンはそう言うと、室内にいるリックや護衛の戦士達を見回した。

「今回のバルディア訪問に付いてきてくれた戦士達は全員、私の考えに賛同してくれた者達です。しかし、残念ながら『派閥』と言える程ではありませんでした」

「その言い方だと、何か風向きが変わったのでしょうか」

僕が聞き返すと、アモンは身を乗り出した。

「はい。バルディア家の皆様には大変失礼なお話にはなりますが、我が領内に潜むとされる過激派の起こした前回と今回の襲撃事件。これについて、父と兄達が行った対応に否定的な意見が出て、私の支持者が急激に増えたのです」

彼の言葉に、父上が眉をピクリとさせる。

僕も良い気はしないけど、彼が続けた話はとても興味深いものだった。

アモンは、苦しんでいる領民を救い、領地運営の改善を図るためにサフロン商会と密かに繋がりを持ったらしい。クリスティ商会との繋がりも検討したそうだけど、ガレスやエルバ達の監視も厳しく、あえて遠方のサフロン商会を選んだそうだ。

彼は、自身を支持してくれる領民に様々な日用品や美術品の作成を依頼。サフロン商会に適切な金額で販売をし、食料と交換していたらしい。弱肉強食の思想とかけ離れた草の根活動とも言うべき彼の行為は、すぐに狐人族の中で知れ渡ることになる。

父であるガレスや兄のエルバ達の耳にも入り、嘲笑されたそうだ。でも、呆れられた結果、逆に誰もアモンの行いを咎めなかったらしい。後ろ指を指されても、彼は細々と着実に取引量を増やして少しずつ形にした。

時間と共に実績を積み上げていく内、豪族の支援者も現れ始めたという。更なる発展と取引量増加を目指していた折、姉のラファ、妹のシトリーと共にバルディアの領地運営を学びに行く機会に恵まれる。

意外にも、その機会を与えたのはガレスだったらしい。アモンの行いに支持者が出て来たこともあり、無視できなくなったそうだ。

そして、彼等が訪問中に発生した『工房襲撃事件』から始まる、バルディア家との亀裂。平和的な解決を望む、会談の決裂。

狐人族の過激派による帝国内でのクリスティ商会襲撃誘拐事件。

バルディア家の長女、メルディ・バルディアの拉致。

立て続けに起きた横暴の数々は、ガレスやエルバを支持していた豪族の一部も難色を示したらしく、『バルディア家と争えば争う程、グランドーク家。もとい狐人族全体が将来的に弱体化してしまう可能性がある。ここは、無暗に争わず慎重に事を運ぶべきだ』という主張が強くなった。その結果、皮肉にもアモンの支持者増加に繋がり、バルディア家と再び行われる会談の使者にアモンが選別された、ということらしい。

彼の話を聞くうち、僕の中ではある疑問が生まれていた。

「アモン殿が此処にきた理由は理解しました。ですが、それだと反逆者として断罪された『グレアス・グランドーク』殿と同じ道を辿ってしまうのではありませんか」

ガレスやエルバの軍拡政治に反発を続けたグレアスは、止む無く決起するが力及ばず断罪されたと聞いた。アモンの状況は、それとよく似ている気がする。

「リッド殿が危惧されることも尤もです」

彼は僕の言葉を真摯に受け止め、頷いた。

「しかし、数年前の事件で断罪という名の下に、優秀な豪族達が大勢処刑されました。現状、私の支持者を含めた豪族達も処刑してしまえば、狐人族全体の統治に支障が出てしまいます。それ故、その可能性は限りなく低いと私は考えています。勿論、ご指摘の可能性もゼロではありません」

「なるほど。狐人族の状況、アモン殿の立場は理解したが、本題はどうするつもりだ」

父上は鋭い眼光を光らせた。

「その件は工房襲撃事件から発生した一連の騒動を、狐人族を代表してまず私からお詫び致します。その上で、クリスティ商会の皆様とメルディ・バルディア様を直ぐに解放する所存。勿論、限界はありますが可能な限り賠償金もお支払い致します」

アモンは、深く頭を下げた。

彼の動きに合わせて、シトリーや戦士達も一礼する。

今までと方向性が真逆の話であり、僕と父上は思わず顔を見合わせた。エルバ達の言動を目の当たりにしている以上、さすがに彼の言葉を鵜呑みにはできない。

別の目的でもあるのだろうか。こっそりと『電界』を発動して彼等の気配を探ってみるが、特に怪しい部分はない。むしろ、真剣であることが伝わってくる。

これは、どう捉えるべきだろう。考えを巡らせていると、彼がゆっくりと顔を上げた。

「ですが、条件がございます」

アモンの瞳には決意のような光が宿っていた。

「条件、だと」

父上が眉を顰めて聞き返す。

「はい。全面的に非を認める代わりに、我等狐人族に技術提携ぎじゅつていけいをしていただきたいのです」

室内の空気が張り詰め、沈黙が訪れる。

技術提携となると、バルディア家が有する技術を狐人族に提供。研究開発や製品製造を行っていくことになる。

前世の記憶で言えば、企業間で行われる『ライセンス契約』と『共同研究開発契約』などが当てはまるだろう。でも、彼はともかく、『エルバ達』のことを信じることなどできない。

「そのような都合の良いことが、まかり通るわけなかろう」

静寂の中、父上がおもむろに口火を切った。

「そもそも、だ。『非を認める代わり』にと言うがな。我が領地にある工房を襲撃した『過激派』なる者達を、貴家が匿ったことが全ての発端だ。その上、事を荒立てぬようにとする当家を踏みにじる行為を貴家は立て続けに行っている。にも拘わらず条件などと、我等を舐めているのか」

「ライナー殿のお怒りは、御尤もでございましょう。しかし、ここは感情を収めていただき、合理的に考えていただきたい。バルディア家の技術はとても素晴らしいものですが、『生産力』は発展途上とお見受けしております。そこで、我が狐人族に生産関係の仕事を発注していただきたいのです」

アモンの答えに、父上の眉がピクリと動く。

「狐人族がバルディア家の『下請け』になるということですか」

僕が尋ねると、彼は頷いた。

「そう考えて頂いて構いません。恐れながら、バルディア家の工房で働く人員のほとんどは狐人族と伺っております。彼等に出来て、同じ狐人族である我等にできないということはありません。その上、狐人族領内には、大小様々な工房施設があるので初期投資もほとんど掛からないでしょう。将来的に生産力の増強を考えているのであれば、我等に『部品』の生産だけでも発注すれば御家の力に成れると存じます」

僕と父上は、アモンの提案に唸った。

彼の指摘は正しい。バルディア家が、今後更なる飛躍をするに当たっての問題点こそ『生産力』である。

化粧水やリンスは、製造方法さえ理解できればある程度は誰でも作ることが可能だ。でも、『懐中時計』や『木炭車』はそういうわけにはいかない。

前世の記憶にあるような、大小様々な加工機器や優れた電子機器が無い以上、全ては職人による手作業だ。つまり、生産力向上はいずれ直面する問題である。そこに着目した提案を行い、合理的な判断をしてほしいということか。

「ご提案は確かに魅力的ですね」

「それでは……」

「ですが、残念ながら今すぐお受けすることはできません」

彼は身を乗り出したが、僕は首を横に振った。

「アモン殿の言葉に嘘偽りはないかもしれませんが、今までの行いを考えるに『グランドーク家』を信用できません。従って、まずは拉致されたクリスティ商会の面々とメルディ・バルディアの解放。それから当家への謝罪、各国に向けた情報修正、賠償金、過激派の逮捕と引き渡しを確約後、それらを速やかに行っていただきたい。ご提案を受けるか否かの返事は、その全てが終わってからにしましょう」

「……そのご意見も御尤もですね。しかし、私の提案を前向きに検討していただけるかどうか。その点だけ、先にお伺いできないでしょうか」

彼の言葉にはどこか必死さが感じられる。

急激に支持されたと言っても、アモンの行動は異端視されていたそうだから、今回の会談で何かしら結果を出さないと立つ瀬がないのだろう。

でも、見方を変えれば、この状況は好機とも捉えられる。

一連の事件における主犯は、グランドーク家の当主ガレスとエルバ達の可能性が高い。ここで、バルディア家がアモンの後ろ盾になれば、彼の立場は狐人族領内でより強くなるはずだ。そうなれば、バルディア家の意向も結果的に狐人族内に反映されることになるだろう。

バルディアは今後も発展を続けていく。今回の問題を乗り切っても、また同じようなことが起きる可能性は捨てきれない。やるなら、出来る限り平和的かつ根本的な解決策を模索するべきだろう。

現状、グランドーク家の当主と軍拡政治に問題があるのだ。なら、アモンに頑張ってもらうことで、解決の糸口を模索するのが妥当なところかな。

「少し、僕と父上で話したいことがあります。席を外してもよろしいでしょうか」

「え、あぁ、はい。私は構いません」

彼の返事を確認すると、僕は目を細めて微笑んだ。

「では、少し休憩としましょう。父上、よろしいでしょうか」

「良かろう」

席を立ち上がると、僕は意見を聞きたくてカペラにも声を掛けた。そして、部屋を出ると少し離れた廊下に移動。三人で立ち話を始めた。

「……つまり、我等がアモンの後ろ盾となることで、間接的に狐人族の内政に干渉するということか」

「はい、父上。辺境伯家は、帝国の国境を隣国から守る役目があります。ですが、武力だけでは限界があるでしょう。彼を我等の代理とすることで、隣人の意思を誘導。そして、情報を得ることも『守る役目』の範疇はんちゅうになるかと」

「ふむ」と父上が難しい顔を浮かべる中、僕は視線を変える。

「元暗部のカペラはどう思う」

「恐れながら申し上げますと、現状では一番有効になると存じます。しかし、危険な一手にもなり得るかと」

「と、いうと?」

僕が聞き返すと、彼は畏まりつつ凄んだ。

「最悪、狐人族で内乱が起きるでしょう。下手をすれば、反逆者として断罪されたというグレアス殿と同じ運命をアモン殿が辿る可能性があります」

「それは、勿論承知の上さ」

あえて、目を細めて微笑んだ。

「グランドーク家は、いや、ガレスとエルバはバルディア家に手を出した。その事を、許すつもりはない。彼等がアモンを殺そうとするなら、支援をするバルディアにも大義名分が生まれる。二度目はないさ」

カペラと父上の顔が少し引きつった。

「リッドとカペラの意見はわかった。だが、グランドーク家の動向には怪しさが残る。彼に、約束を違えないと一筆いっぴつもらった上で『最後通牒さいごつうちょう』を出す。メルディとクリスティ商会は、何としても救い出さねばならん」

「畏まりました」

部屋に戻り会談を再開すると、父上は単刀直入に廊下でまとめた話を告げた。

「アモン殿の提案を前向きに検討することは約束しよう。だが、今までの経緯から申し出を鵜呑みにすることは出来ん。従って、貴殿には約束を違えないと一筆書いてもらい、バルディア家からは貴家に『最後通牒』を出させていただく。それで、よろしいかな」

「承知しました」

彼は頷くと、リックに視線を向けた。

「約束を違えないという一筆は、我が父ガレスから既に親書を預かってきております」

アモンがそう言うと、リックが懐からグランドーク家の『四本の斧で円を描いた紋章』が入った封筒を取り出して彼に手渡した。

「親書の内容は、先程に私がお伝えした謝罪、解放、賠償金について書かれております。どうか、こちらをこの場にてご確認ください」

「うむ。では、拝見させてもらおう」

封筒を受け取った父上は、丁寧に封を開けて中の書類に目を通す。だが、父上は顔を曇らせハッとすると叫んだ。

「お前達、リッドを守れ」

「え……」

アモン、シトリーは意図がわからず呆気に取られてしまう。

まさか、と狐人族の戦士達を見据えた次の瞬間、彼等は殺気を発して獣化した。

「ライナー・バルディア。その命、我が主、ガレス・グランドークの命にて頂戴する」

室内にいた戦士四人の内、三人が怒号を上げてこちらに襲いかかる。彼等の動きとほぼ同時に、ディアナとカペラが暗器を取り出して僕達を守るように前に出た。

「ぐがぁ!?

戦士三人の攻撃が僕達に届くことはなかった。ダイナスが両腕でラリアットを繰り出し、そのまま戦士二人を首から抱きかかえて拘束。残った戦士は、ルーベンスが喉元を片手で押さえて瞬時に拘束したからだ。

「残念だったな。その程度じゃ、俺を抜けてライナー様は倒せんぞ。ルーベンス、そっちは問題ないか」

「はい。しかし、団長。『もう一人』はどうしますか」

二人の会話で唯一襲いかからなかった戦士、リックに場の視線が注がれた。

「き、君達。これは、どういうことなんだ」

目を見開いたアモンが戦士達を見渡すと、彼等は意味深に笑った。

「後は任せたぞ」

戦士三人がリックに目配せをすると、彼は静かに頷いた。

「何をする気か知らんが、どうにもならんぞ。無闇に命を捨てることはあるまい」

ダイナスが優しく語りかけるが、目は本気であり冷徹だ。

彼がその気なら、いつでも両腕に抱えた戦士達の首を折って絶命させられるのだろう。ルーベンスも同様だけど、戦士達は不気味な笑みを崩さない。

「や、やめろ。君達、止めるんだ。これは、命令だ」

何かを察したらしく、アモンが青ざめた。

「アモン様。残念ながら、すでにおさより『命令』を受けております。どうか、ご自身の『信念』を貫いてください」

ルーベンスに首元を抑えられた戦士がそう答えた時、全身に悪寒が走った。なんだろう、この嫌な気配。彼等から発せられる気配に覚えがあるような気がする。

考えを巡らせ、正体を思い出すと同時に身の毛がよだつ。この気配は、魔力が体内で暴走した時のものだ。

「彼等は『自爆』するつもりだ」

察した瞬間、僕は叫んでいた。

「な……!?

この場の全員が目を見張った瞬間、ダイナスの両脇に抱えられた戦士達からとんでもない魔力を感じて戦慄が走る。

「させんよ」

ダイナスが腕に力を入れて、両脇に抱えていた二人の首を絞めた。

「……!?

鈍い音が鳴り、戦士二人は音にならない声を発して力なく項垂れた。

「ぐぁ!?

ルーベンスの呻き声が響き、場の視線がそちらに注がれる。リックが隙を突き、戦士を拘束していたルーベンスを吹き飛ばしたのだ。

「我等の覚悟。刮目かつもくしろ」

戦士はそう吐き捨て、魔力暴走をさせてこちらに向かってきていた。

もう、自爆は止められない。

「全員、全力で魔障壁を張れ」

父上の声が室内に轟いたその時、シトリーが怯え戦いている姿が目に入った。戦士がこのまま自爆すれば、彼女も犠牲になってしまう。

「二人とも、伏せるんだ」

意図したわけじゃない。

気付けば、僕はシトリーとアモンを守るように躍り出て『魔障壁』を全力で展開していた。

「……ありがとうございます」

目の前に迫った獣化した戦士は、小声でそう呟くと叫んだ。

火人爆かじんばく

戦士が全身発光したかと思うと爆音が鳴り響き、爆発による爆炎と衝撃が展開した魔障壁に襲いかかる。でもそれは一瞬であり、気付けば爆発は過ぎ去っていた。

「はぁ……はぁ……」

自分が生きていることを実感すると、肩で息をしながらその場に片膝を突いた。

息をするたび、自爆した戦士の顔が頭に浮かび、辺りから独特の焦げた匂いが鼻をついてくる。最悪の気分で反吐が出そうだ。

周りを見渡すと室内は黒い爆煙に包まれており、来賓用に装飾された内装は見る影もない。

「う、うぇ……」

気持ちが少し落ち着いたせいか、人が自爆した事実を理解して吐き気に襲われて咳き込んだ。でも、すぐにとある感情がその吐き気を止める……怒りだ。

僕は口元を袖で拭うと、胸に手を当て目を瞑る。

狐人族がこの会談で何か事を起こす可能性は考えていた。だからこそ、相手の気配を察知できる電界を常時発動していたし、騎士団長のダイナス、副団長と同等のルーベンスにも同席してもらったんだ。だけど、まさか戦士が自爆を仕掛けてくるとは想像もしていなかった。

でも、何個か疑問がある。自爆した戦士が言い残した言葉と爆発の威力だ。

戦士達が獣化した姿は尻尾が三本あったから、以前アモンが獣化した時と同等の力を持っていたはずだ。目を開けて、傍にいる二人を見やった。

あれだけの力を暴走させたにも拘わらず、至近距離にいた僕、傍で震えているシトリー、呆然としているアモンは生きている。

魔障壁を全力で展開したから防げたのか、それとも……。

「リッド、無事か」

考えを巡らせていると、背後から父上の声が聞こえた。

「はい。問題ありません」

返事をすると、僕は傍で目を潤ませ、震えているシトリーに優しく微笑んだ。

「もう、大丈夫だよ」

「うぅ、あり……がとう」

彼女は消えそうな声を発して、目を伏せた。

安否確認をする父上の声に、あちこちから次々と返事が聞こえる。良かった、どうやら皆無事らしい。

胸をなで下ろした時、立ち込める黒煙の中からディアナとカペラがと現れて僕の前に出た。二人とも、黒い煤で服や顔が汚れている。

「リッド様。お気持ちは理解できますが、あのような危険な真似はおやめください」

「ディアナさんに同感です。私も肝が冷えました」

二人は、後ろにいる僕をジト目で睨む。

気持ちはわかるけど、しょうがないじゃないか。気付いたら体が動いていたんだからさ。

「心配かけて、ごめんね」

誤魔化すように頬を掻いていると、項垂れて両膝を突いていたアモンがふらふらと立ち上がった。

「どうしてだ。どうして、こんなことを」

彼は黒煙の中、無表情に佇む狐人族の戦士を睨んだ。

「お前は知っているんだろう。どうして……どうして、こんなことをしたんだ」

アモンの慟哭どうこくに答えるように、リックは獣化する。その姿は襲撃犯のクレアと同じ、尻尾の数が五本の白狐びゃっこだ。

「全ては、ガレス様とエルバ様のご指示です」

「な……」

アモンは絶望の表情を浮かべた。

「やはり、そうか」

リックに答えたのは、前に出てきた父上だった。その手には、アモンから渡されたグランドーク家の親書がある。

「これには、こう記されている。『バルディア家は、再三にわたり要求した獣人族の解放を断固として受け入れない。そればかりか、使者である『アモン・グランドーク』を殺害したこと。許しがたい事実である。従って、グランドーク家は三男アモン・グランドークの仇討ちと奴隷解放を目的とし、バルディア家に領地戦りょうちせんを布告する』、とな」

父上は読み上げるとアモン、シトリー、リックを順番に見やった。

「アモン殿とシトリー殿の様子を見る限り、この事は知らされていなかったようだな。全く、舐めた真似をしてくれる」

やっぱり、そういうことか。

つまり、この会談は最初から茶番だったというわけだ。帝国に宣戦布告ではなく、両家だけが行う領地戦を布告というのも小賢しい。

狙いはバルディア家のみと公言し、帝国全体を敵に回さぬよう政治的な配慮。逃げ道を確保する目的だろう。

「そ、そんな」

アモンが力なく歩き出し、父上に駆け寄った。

「そんなはずはありません。私は、父のガレスから預かった親書に目を通しました。確かに、お伝えした内容が記載してあったんです」

「では、ご自分の目で確認してみなさい」

必死の形相で縋ってくるアモンを憐れに思ったのか、父上は優しく諭すように親書を渡した。彼は即座に目を通すが愕然とし真っ青になると、両膝から崩れ落ちて項垂れる。

「く、うぐ……」

アモンの悔しさを噛み殺すような、震えた声が漏れ聞こえる。

「アモン様。貴方は、捨て駒にされたのです」

獣化したリックが淡々と告げるが、僕は彼に視線を向けて凄んだ。

「リック。君を含め、戦士達はアモンを支持していたんじゃないのかい。どうしてこんなことをしたんだ。襲撃事件の時を振り返ってみても、君の彼に対する忠誠心が嘘とは思えない」

一連の自爆攻撃に、違和感を覚えていた。

父上がアモンから受け取った親書を見た時点で、即座に攻撃を仕掛ければ良かったはずだ。わざわざ怒号を上げて襲いかかるなんて、奇襲の機会を自ら潰している。それが有効な時もあるけど、こちら側の護衛がいる状況下では合理的じゃない。

僕の目の前で自爆したあの戦士。彼は死の直前、『ありがとうございます』と言っていた。あれは、僕がシトリーとアモンを守った事に対する言葉としか思えない。

「リッド様の言う通りです。私を含め、戦士達は皆、アモン様の理想を今も支持しております」

リックはそう言うと、「ですが……」と首を横に振った。

「我等の『主君』は、狐人族の部族長であるガレス様です。グランドーク家に仕える戦士である以上、主君の命令は『絶対』です。此処に居る皆様も、それはご理解してくれるでしょう」

「そうか。でも、本当にそれだけなのかい。君の本心がそれだけとは、思えないんだよ」

電界を通じて彼から感じる気配は、強い意志。決意や覚悟と言えるものだ。でも、わずかに焦りのような、不安も伝わってくる。

「ガレス達に、何か弱みでも握られているんじゃないのかい」

リックは無言だが、眉をピクリと動かした。

どうやら、図星らしい。アモンが青ざめたままふらふらと立ち上がり、彼を見つめた。

「まさか、ディジェと子供達に何かあったのか」

「アモン様、その『まさか』でございます。私の妻と子供達の命は、ガレス様とエルバ様の手の内にあります。しかし、私だけではありません。今回、アモン様に同行した戦士達全員、家族、恋人、一族郎党。それぞれに大切な者の命が握られております」

「父上と兄上はそこまで、そこまでするのか」

アモンが顔を顰めて歯を食い縛る。

リックを含め、戦士達の言動に合点がいった。

彼等はアモンを支持していたけど、それを目障りと感じていたエルバやガレスにこれ幸いと捨て駒として使われたわけだ。

「なるほどね」

僕は相槌を打つと、ディアナとカペラを押しのけて前に出る。

「アモンとシトリーには計画を伝えず、嘘の方針を伝える。そして、事前に計画を伝える戦士達には裏切れないよう、大切な人を人質としたわけか。敵を欺くにはまず味方から、ね。素晴らしいよ。実に素晴らしいかつ確実性も高い、合理的なやり方だ」

「その通りです」

リックは淡々と頷いた。込み上げてくる感情を抑えるため、僕はあえて微笑んだ。

「だけど、気に入らないな。そのやり方は、実に気に入らない。どうだろう、リック。君、いや君達全員。こちら側に寝返らないか」

「残念ですが、それはできません」

「どうしてかな」

リックは僕の誘いをにべもなく断ったけど、彼の眉はピクリと動き、電界を通じて僅かな感情の機微きびを感じる。

彼は死ぬ覚悟をしているけど、敵意はない。発している殺意も表面上だけであり、内心は違うようだ。もう少し、探ってみるか。

「どうやら、人質以外にも何かあるみたいだね」

「我等は此処に来る前、エルバ様の特別な魔法が施されております」

「特別な、魔法」

首を捻って聞き返すと、リックは「こちらをご覧ください」と自らの服の襟を少しずらした。露わになった彼の胸には、星形のような印が付いている。丁度、心臓がある場所だろうか。

「魔法の仕組みや詳細は知りません。しかし、この魔法が施された者は、位置と生死が遠くからでもエルバ様にわかるそうです」

彼は襟を正すと、苦々しげに顔を顰めた。

「今日の日没までに我等が一人でも生きていた場合、人質は皆殺されます」

「な……!?

リックの告白に、この場にいた皆が目を丸くした。

彼等こと狐人族の戦士達が家族、恋人、子供。大切な人達を救うためには、ここで命を捨てるしかない。戦士が一人でも生き残れば、連帯責任で人質は全員殺される。

エルバ達にとって、今後の邪魔になるであろうアモンと彼を慕う戦士達。彼等を捨て駒かつ死兵として、バルディアに送り込んできたわけか。

ふと自爆した戦士の顔が頭を過る。彼は、戦士達は、大切な人達を人質に取られ、慕うアモンを止むなく裏切り、敵地で命を捨てる任務に就いたのか。

その心中、察するに余り有る。

「何とか、何とかならないのか。君達がアモンを裏切り、自爆したとして人質が絶対助かるとは限らない。奴は、エルバは信じるに値するのか」

僕達とリック達が戦っても、喜ぶのはエルバ達だけだ。

彼等を何とかしてあげたい。人は死んだら生き返らない、二度と語らうことはできないんだ。生き残った家族だって、自分達のせいで大切な人が亡くなったと思い悩むことになる。そうした想いから言葉を必死に発するが、彼は嬉しそうに笑って首を横に振る。

「リッド様。貴方は優しい方です。ですが、エルバ様は約束を守る冷酷な方であり、我等がどんな形であれ生き残れば人質は容赦無く全員殺されるでしょう」

リックはそう答えると、悔しそうに泣き崩れているアモンに視線を向ける。

「アモン様。人は、己が成ろうとした人物にしかなれません。ですが、必ずしも環境が良い条件に恵まれるわけでもありません。しかし、成ろうという強い覚悟と意志がなければ、その人物には決してなれないでしょう」

「君は、まだ僕が何かを成すと信じてくれているのか」

問い掛けに、彼は目を細めて頷いた。

「はい。我等は、エルバ様の捨て駒ではありません。アモン様に道を示す、灯火と成るのです。どうか我等の覚悟と意志を引き継ぎ、部族長と成って狐人族の未来をお導きくださいませ」

「リック……」

アモンが彼の名を呟いたその時、本屋敷の別の場所で爆音が連続で響いた。

「どうやら、他の戦士達も動き出したようですね」

「く……」

父上は顔を顰めると、部屋に隠し置いてあった剣を取り抜剣した。

「ダイナス、ルーベンス。この者の相手は私がする。お前達は、直ぐに状況を他の騎士達に伝達。狐人族の戦士達は、自爆すら厭わない死兵だ。全員討ち取れ」

「父上!?

指示を出された二人は、「畏まりました」とこの場を後にする。

くそ、本当にどうにもならないのか。

「父上。彼等は、人質を取られているだけです。何か、何かできることがあるはずです」

「お前の気持ちはわかる。だが、リックを含めた戦士達。いや、エルバの狙いが何か考えろ」

父上がそう言うと、リックが微笑んだ。

「さすがです、ライナー様。そう、エルバ様が我等に指示したのは自爆攻撃だけではありません。ナナリー・バルディアとファラ・バルディアの拉致です」

「な……!?

絶句するが、彼は淡々と言葉を続けた。

「本屋敷に奇襲を仕掛けたのは、我等を含めて十五名。新屋敷には、二十名の戦士が向かっております。早くしないと、大変なことになるでしょう」

「そうか。ならば容赦はせん」

冷淡な眼差しを浮かべた父上は、リックを凄む。

「帝国の剣と名高い、ライナー・バルディア殿。貴殿とこうして相まみえること、戦士として光栄でございます。ですが、手加減はいたしません」

「良かろう。ディアナ、カペラ、お前達は手を出すな」

「承知しました」

二人は父上の指示に頷くと僕、アモン、シトリーを守るように構えた。

「参ります」

声を荒らげたリックは、両腕の爪を露わにして目にも留まらぬ速度で突進する。

父上はその場を動くことなく、剣を振った。

次の瞬間、辺りに血が吹き荒れる。父上が、リックの両腕を斬り落としたのだ。

「まだまだぁああああ」

彼は怯まず、呻き声すら上げずに咆吼ほうこうし、足技を繰り出して父上に再び襲いかかる。

「リック、止めろ。もう止めてくれ」

アモンが必死に叫ぶが、彼は止まらずに笑った。

「夢なき者に理想なく、理想なき者に計画なし、計画なき者は実行せず、実行なき者に成功はあり得ず。故に、夢なき者に成功はありません」

リックがそう叫ぶと、彼の体が発光する。

「アモン様。どうか夢を、理想を捨てずに信念を貫いてください」

僕の目の前で自爆したさっきの戦士と同じだ。

リックの実力であれば、威力は先程の爆発とは比較にならないだろう。

「父上。彼は自爆する気です」

僕が咄嗟に叫んだ瞬間、リックの心臓を父上の剣が貫いた。

「リック殿。やはり、貴殿は最初から……」

父上が剣を抜くと、彼は力なく両膝を突いて吐血した。

「どうか、アモン様のことを……」

リックは笑顔を浮かべると、その場で前のめりに倒れ込む。そして、彼を中心として血だまりが出来ていった。

「うぁあああ。リック、ごめんよ。僕が、僕が不甲斐ないばっかりに……」

アモンは、彼にすがりつき慟哭する。でも、何も答えは返ってこない。

「こんな、こんなことって……う!?

惨劇さんげきと人の死を目の当たりにしたせいか、強烈な吐き気に襲われる。