会談決裂の事後処理
バルディア家とグランドーク家の会談から一カ月が経過した。
会談が決裂したという情報は、瞬く間にあちこちで大小様々な波紋を起こし、僕と父上は対応に追われる日々が続いている。
この日も、僕は宿舎の執務室で事務仕事に掛かりっきりだ。領内の公共事業関係の書類はファラに任せ、僕は執務机の席で諜報組織である特務機関からの報告書に目を通していた。
「……意図的な誤情報の発信による世論操作。両家の国境地点であからさまな軍事演習。緊張を煽る行為だと抗議すれば、『自領内の活動につき、口出しはご遠慮願いたい』の一点張りか。まったく、グランドーク家はとんでもない奴らだよ」
「はい。しかし、この挑発に乗れば彼等の思うつぼとなるでしょう。ここは耐え忍ぶ時かと存じます」
執務机の前に立つカペラは、畏まって会釈する。なお、報告書を持ってきたのは彼だ。
「うん。それはわかっているけどね。頭が痛くなる隣人だよ」
僕はやれやれと額に手を当てこれまでの事を思い返す。
会談が決裂した日。エルバに私闘を申し込んだノワールとラガードから事情を聞くため、僕と父上はサンドラの治療を受けている二人の元を訪れた。
彼等は訓練場から本屋敷の一室に運ばれており、ラガードは包帯姿でベッドの上で横になっている。そんな彼の隣には、ノワールが付き添っていた。
幸い、二人とも命には別状はなかったようだ。
「怪我をしているところ悪いけど、どうしてあんなことをしたのか。聞かせてもらうよ」
「はい。畏まりました」
ノワールは頷くと、ゆっくりと語り始めた。
曰く、彼女は造反を起こしたグレアス・グランドークに与していた豪族の娘。ラガードは、その豪族に仕えていた戦士の遺子だと教えてくれた。
ラガードの両親は、ノワール達を逃がすために追っ手と戦い命を落とし、ノワールの父親はグレアスの造反に付き添い戦死した。
唯一、生き残ったのがノワールの母親であるマリチェル。彼女が必死に二人を育ててくれたらしい。
しかし、造反組を庇い立てする者が一人でもいれば、村ごと焼き払う。という厳しいお触れが狐人族の領内に出されており、ノワール達は厳しい逃亡生活を強いられる。
数年後、元々体が弱かったマリチェルは病にかかり、そのまま息を引き取った。以降、奴隷売買の頭数として捕まるまで、二人で必死に生き抜いたそうだ。
バルディア家にやってきた二人は、様々な事を学ぶ中、両親達の無念をいつか晴らせるかもしれない。そんな想いから研究開発ではなく、騎士に立候補したそうだ。
驚いたことに、此処にやってきた狐人族のほとんどが造反事件後の厳しい粛正により、親や行き場を亡くした子供達だという。だからこそ、分隊長と副隊長である二人が抜け出してエルバに仇討ちを挑むことに分隊の子供達は賛同、協力したそうだ。
事情は理解したけど、ノワール達の勝手な行動をこのまま許すことはできない。処分をどうするか悩んでいると、執事のガルンが部屋にやってきた。
「どうしたの」
僕が尋ねると、ガルンは畏まった。
「今し方、第二騎士団の分隊長と副隊長の全員が訪ねて参りました。ノワールとラガード両名の処分を軽減してほしいとのことです」
「え?」
呆気に取られてしまった。どうやら、二人が所属する第六分隊の隊員達が、他の分隊長の子達に事情を伝えていたらしい。
第二騎士団の皆は、各部族から奴隷として国から捨てられた子達だ。ノワールとラガードの気持ちが他人事ではなかったのかもしれない。
「第二騎士団の責任者はお前だ。処分は任せよう」
「ありがとうございます。父上」
ゆっくり深呼吸をすると、処分を決めた。
「どんな理由があったにせよ来賓に対して、私怨による身勝手な私闘を申し込み、事態を混乱させたこと。加えて、第二騎士団の規律を乱した君達の行いは看過できない」
「はい。どのような処分も謹んでお受けします」
「俺も、どんな罰も受けます」
二人が畏まって頷くと、僕はあえて微笑んだ。
「でも、事情を聞いた以上、今回の一件は情状酌量の余地はあると思う。第二騎士団の皆からも処分軽減の嘆願がきているからね。よって、第二騎士団に所属する者全員を当分の間は減給処分とする」
「え、第二騎士団の所属者全員ですか!?」
自分達だけが重く罰せられると思っていたのだろう。ノワールとラガードが目を丸くした。
減給処分と聞くだけでは、重い罰に感じられないかもしれない。だけど、バルディア家に借金返済をしなければならない第二騎士団の皆にとって、これほどの罰もないだろう。
「その通り。君達の行いは、個人の問題では済まされない。組織全体の問題に繋がる。そのことを今回の件で認識してほしい。まぁ、
「で、でも!?」
ラガードがベッドから体を起こそうとした時、父上がわざとらしく咳払いをした。
「どのような理由があろうとだ。騎士が来賓に私闘を勝手に挑むなど、主の顔に泥を塗る行為に他ならない。本来は『極刑』に値するだろう。それを、寛大な処分で済ませる、と言っているのだ。不服というなら、主の顔に再び泥を塗ることになる。よく考えて発言をすることだ」
「う……」
二人は揃って苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべる。
僕は特に泥を塗られたとか思っていないし、気にもしていない。感情的にはむしろ理解できるけど、彼等の行いを許しては組織として示しがつかなくなってしまう。かといって、二人の個人的な事情だけだと処分軽減の理由には弱い。従って、処分を個人から組織全体にすり替えたという訳だ。
個人の行いに組織全体の処分が及んだ、となれば内外にも筋は通るだろう。
「畏まりました。身勝手な行い、本当に申し訳ありませんでした」
ノワールとラガードは頭にある耳がしゅんと下がり、深く一礼する。
そして、次の日。私闘の一件について処分を発表すると、第二騎士団の皆は安堵の表情を浮かべる子が多かった。
二人が『極刑』になるのでは、という不安があったのだろう。でも、中には意図に気づいて思案顔を浮かべる子も多数いた。
「なぁ、アルマ。リッド様って可愛い顔をしているけど、毎回やることが結構あくどいよな」
「静かにしていなさい、オヴェリア。そういうことは、わかっていても口に出しては駄目。それに、あの二人がやったことに対してかなり寛大な処分であるのは事実よ」
そんな小声の会話が聞こえてきたけど、少し自覚もあるから聞き流した。
ちなみに、カペラ、カーティス、エレン、アレックスも第二騎士団に所属しているから、この一件で減給処分である。僕は監督不十分の責任として、報酬の全額を第二騎士団の活動費に充てることになった。
補足すると、バルディア家の当主は父上であり、僕個人が自由に使える『バルディア家の資金』はほとんどない。
父上に企画立案をして、認められれば予算を出してもらえるのだ。将来の断罪回避に向けた資金確保は、僕個人でも貯めておく必要があるから色々と悩ましい問題でもある。
何はともあれ、ノワールとラガードが起こした私闘問題はこれで落ちついた。だけど、それからすぐに新たな問題が発生する。
会談の翌日、グランドーク家が各国の情報誌で会談決裂の事実を公表したのだ。
グランドーク家が情報誌で公表した内容は、意図的な誤情報。前世で言うところの『フェイクニュース』に近い。『決裂』は事実だけど、そこまでに至る経緯の具体的な記事はなく、都合の良い主張だけでまとめられていたものだ。
これらから察するに、彼等は始めから会談を決裂させる腹積もりだったのだろう。決裂が決定しているのであれば、事前に都合の良い記事を書かせておき、会談翌日に公表することは通信機器のないこの世界も可能だ。
この情報誌の一件により、帝国内外で誤報と憶測が
情報誌が公表されたのが会談翌日であること。加えて、バルディア家の主張や会談内容に記事が一切触れていないなど、よく読み込めば記載情報が信用ならないことはすぐに理解できるだろう。
でも、決裂という事実が組み込まれているせいで、『もしかすると、記事の内容にも少しは信憑性があるのでは』という疑心暗鬼が生まれてしまった。
勿論、情報誌が公開された後、会談決裂をバルディア家は認めて経緯を公表したけど後の祭り。帝国世論は一気に『バルディア家の対応に問題があったのでは』という方向に進んでしまったのだ。
この一件で父上は帝都に呼び出され、火消しに動き回っている。だけど、事態はこれだけでは終わらなかった。
父上が帝都に出向いた同時期に、バルディア家が管理する国境地点にある狭間砦。そのすぐ正面で、グランドーク家が軍事演習と称して軍を配備したのである。
知らせを受けた僕は、帝都に同行させた鼠人族三姉妹の次女であるシルビア。彼女に通信魔法で連絡を取り、父上と対応を協議した。結果、第一騎士団精鋭の一部を副団長のクロスに率いてもらい、狭間砦に出向と待機を指示。その際、通信魔法が使用可能な鳥人族のサリアと、彼女が率いる第四飛行小隊を同行させる。
当初は、僕が出るつもりだったんだけど、「それが狙いの可能性もある」と父上に止められた。
現地に到着したサリアを介したクロスの通信によると、グランドーク家は挑発行動に止まっていたそうだ。軍事衝突は起きていないという事実にほっとして胸をなで下ろすと、僕は湧き上がる怒りを込めた抗議書をグランドーク家と獣人国ズベーラに送りつけた。
後日、グランドーク家から帰ってきた答えは『他国の行いに口出し無用』というもの。これは予想の範囲内だったけど、驚いたのは獣王セクメトスからの返答だ。
『グランドーク家とバルディア家の関係は、獣王国ズベーラの関知するところではない。両家が両国のために親密であるよう願うばかりである』
今回の一件、獣王は素知らぬふりをして高みの見物を決めたということだ。獣人族はどいつもこいつも食えない奴らばかりだなぁと、さすがに呆れてしまった。
通信魔法で帝都にいる父上にシルビアを介してそのことを報告した際、「あ、いま、ライナー様が深いため息を吐きました。以上」という彼女の声が返ってきた時は思わず吹き出してしまった。
父上曰く、帝都は帝都でかなり厄介なことになっているらしい。
実はここ最近、というより僕が前世の記憶を取り戻してからだけど、バルディア家の存在感が帝国内で徐々に大きくなっている。主な原因は、皇后陛下に献上した化粧水やリンスから始まり、木炭車、懐中時計と上げればきりが無い。まぁ、将来の断罪回避に向けた動きが着実に成功しているという証拠だろう。
しかし、そのことに不満を抱いていた帝国貴族達が、ここぞとばかりに『会談決裂』の件で父上を槍玉にあげているそうだ。普段であれば皇帝、保守派、革新派のいずれかが仲裁に入るらしいけど、今回は違った。
会談翌日に公表された情報誌によって引き起こされた『世論の後押し』に加え、どの派閥にもバルディア家の台頭をよく思っていない帝国貴族達がいたのだ。
彼等の意見によってバルディア家に対する風当たりが強くなり、事実上孤立してしまう。そんな時、ベルルッティ侯爵が不満を抱える帝国貴族達をまとめ上げたらしい。
「まぁ、こうなった以上。万が一のことが起きた時は、バルディア家とグランドーク家の両家で解決していただき、この件に帝国は関与しない。というのがよろしいのではありませんか。以前、ライナー殿もそう仰っていましたからね。勿論、万が一のことが起きるとは、夢にも思っておりませんが」
皇帝やバルディア家を懇意にする貴族達は、この提言に難色を示す。でも、ベルルッティ侯爵に同意する貴族達と世論に押し負ける流れで、皇帝と父上達はこの提言に同意せざるを得なかったらしい。
「……以上が、帝都での状況だ。他にも色々と混乱していてな。まだ暫くこちらにいることになりそうだ。とのことです。以上」
父上の言い方を真似したシルビアの声が通信魔法の受信機から聞こえてくる。ちょっと面白い。くすりと笑ったその時、「あ、まだあるそうです」と彼女の声が再び受信機から響いた。
「決裂した事実を情報誌に掲載して翌日に公表。そして、帝国の世論を誘導して当家を孤立させる。この動き、とてもグランドーク家だけで行ったとは思えん。まるで、
「畏まりました。父上も気をつけてください。以上」
その日以降、僕と父上は定期的に通信魔法で連絡を取り合っている。ちなみに、バルディア領と帝都に距離があるせいか、通信状態はそんなに良くない。
通信魔法に使用する魔力量を多くすれば大分良くはなるけど、僕はともかく、シルビアがそれをするとヘトヘトになってしまい、緊急時の通信に支障が出てしまう。
彼女が帰ってきたら通信魔法が使える子達の体力ならぬ、魔力量鍛錬を強化するべきかもしれない。
「リッド様。お考えのところ申し訳ありません。そろそろ、お時間かと」
「あ、もうそんな時間なんだね」
カペラの声で我に返ると、席を立ち腕を上に掲げて「うー……ん」と体を伸ばした。
「ファラも行けそうかな」
「はい。この書類で今日の分は終わりになります」
彼女は頷くと、手元にある書類に筆を滑らした。その様子を見ながら、ふと父上の言葉を思い出す。
「帝国に潜む
そう呟くと、僕は帝都の方角にある窓から外を見つめた。