リッドの不安
レナルーテ王国のダークエルフで、元軍人のカーティス・ランマーク。そして、彼の孫であり、アスナの兄達であるシュタインとレイモンド。彼等がバルディアにやってきて、少しの時が経過した。
第二騎士団の子達はカーティスとの模擬戦以降、隊長格を含めて彼のことを『マスターエルフ』と呼んで慕っている。彼もそう呼ばれることは満更でもないらしく、彼等の関係性は良好だ。模擬戦はあくまで成り行きだったんだけど、やって良かったと思う。
今のカーティスは、第二騎士団の管理を任されている僕の『補佐官』という立場になっている。ただし、『仮決定』だけどね。というのも、父上がまだ帝都から帰って来ていないからだ。父上が戻り次第、彼は第二騎士団での立場が確定するだろう。
当初こそ僕や第二騎士団の子達とカーティスが上手くやっていけるのか、という疑問があったけど、ここ最近のやり取りで問題ないことも確認できた。
この数日、カーティスには母上との面会から始まり、工房の状況、バルディア領内の街を案内。加えて、第一騎士団のダイナスやルーベンス達、第二騎士団の候補生であるティスを含めた子供達にも彼を紹介。子供達や騎士達もカーティスを好意的に受け入れてくれた。
必要と思われる場所の案内や人の紹介が粗方終わると、第二騎士団の分隊長や副隊長の子達を中心としたカーティスの指導を先行で開始する。
授業には僕も立ち会わせてもらったけど、意外にも彼は室内訓練場での『座学』を最初に選んだ。
「世の中には『人は考える
隊長格の子達が首を傾げると、カーティスはこちらに視線を向けた。
「リッド様は、ご存じですか」
「えっと、人は自然の中では葦。つまり、自然という大きな目で見ると、人は水辺に育つ弱く細い草とそんなに変わらない存在である。でも、人は自身の頭で様々なことを考え、状況を打破できる力があります。従って、『思考力』こそ人に与えられた
そう答えると、騎士団の子達から感嘆の声が漏れ聞こえてきた。
「さすが、リッド様。仰せの通りでございます」
カーティスは目尻を下げて微笑むと、騎士団の子達に視線を戻した。
「聞いての通りだ。個々人の戦闘力というのは非常に重要なものである。しかし、それだけでは軍……いや、『強い騎士団』は成り立たん。一人一人が自ら考え、適切な行動ができるようになる。それこそが、真に強い組織力を持った騎士団を造り上げていくのだ」
皆は唸ったり、首を傾げたりと様々な反応を示した。時には、手を挙げて質問をする子もいて、
そして、現在。僕、ファラ、メルはカーティス指導の元、ディアナ達に見守られながら宿舎の野外訓練場でとある術を習っている。
「これは、中々扱うのが難しいね」
僕はカーティスに教わった要領で手に持っていた布に魔力付与を行い、魔布を生み出すと試しに鞭のようにしならせる。感覚がある程度掴めると、魔布を振って少し離れた場所にある的に次々と当てていった。
魔布が当たると、的は鞭で
「よし。こんなものかな」
「素晴らしい。この短期間で『魔布術』をここまで扱えるようになるとは思いませんでしたぞ。流石でございますな」
一部始終を傍で見ていたカーティスが、嬉しそうに目尻を下げた。
「そ、そうかな」
照れ隠して頬を掻いていると、傍にいたファラが頷いた。
「カーティスの言う通りです。私なんて、魔力付与が上手くいかなくてこうなってしまいました」
彼女の手にある布は、魔力付与に耐えきれなかったらしく破れてしまっていた。ファラの隣では、メルが頬を膨らませている。
メルの手にある布はそもそも魔力付与ができていないらしく、これと言った変化は起きていないようだ。
「むぅ。兄様だけ上手にできてズルい」
「あはは。でも、これだけは日々練習するしかないね」
納得できなかったらしく、メルはプイっとそっぽを向くと、カーティスに駆け寄って可愛らしく上目遣いを行う。
「ねぇ、カーティス。魔布術って『特殊魔法』の一種なんだよね。じゃあ、伝授とかもできるの」
「ほほう。『伝授』についてご存じとは、メルディ様も魔法に詳しいようですな。やったことはありませんが、出来るやもしれませぬ」
「じゃあ、それならさ」
メルの顔が明るくなるが、カーティスは首を横に振り遮るように言った。
「ですが、もし仮に伝授が可能だとしても、私はするつもりはありません」
「えぇ!?」
目を丸くするメルに、彼は諭すように続けた。
「昔から『
「むぅ」
メルは再び頬を膨らませるが、カーティスには通じない。
「魔布術に限った話ではございません。今後、様々な魔法を扱えるようになりたいのであれば尚更です。メルディ様が先程仰ったように『ズル』はせず、コツコツと技術を学ぶことですな」
「う……」
優しい物言いではあるが、正論で諭されたメルは決まりの悪い顔を浮かべている。
「カーティスに一本取られたね、メル」
「メルちゃん。私も魔力付与はまだまだですから、一緒に頑張りましょう」
僕とファラが優しく語り掛けると、メルは頷いてこちらに振り向いた。
「姫姉様と一緒に頑張る。それで、兄様より魔布術は絶対に上手くなってみせるもん」
メルはそう言って布の端を片手で掴むと、クルクルと可愛らしく踊り始める。その姿を見て、ふと前世の記憶にある新体操の動きを思い出した。魔布術と新体操の動きを組み合わせれば、意外と凄い武術になるかもしれない。
「リッド様、よろしいでしょうか」
近くで控えていたディアナが畏まった声を発した。
「うん、どうしたの」
「先程、本屋敷にライナー様がお戻りになったと通信魔法で連絡が入りました。また、ライナー様が出来るだけ早く話したいことがあるとのことです」
「わかった。じゃあ、今からすぐに向かおう。父上に紹介したいから、カーティスも一緒にいいかな」
「承知しました。では、シュタインとレイモンドを呼んで参ります」
彼は会釈してこの場を後にすると、ファラとカペラに第二騎士団関係で残っていた事務作業をお願いした。
工房襲撃事件の一件、帝都で流れているというバルディアに対する不穏な噂。父上は帝都でどんな話をしてきたのだろうか。何にしても、あまり良い予感はしないな。皆に悟られないよう、僕は不安を胸に秘めた。
◇
カーティス達とディアナを引き連れて本屋敷に移動した僕は、父上が待つ執務室に辿り着くと、扉を丁寧に叩いた。
「父上、リッドです。入ってもよろしいでしょうか」
「うむ、構わんぞ」
皆と一緒に入室すると騎士団長のダイナス、副団長のクロス、ルーベンスの三人が父上の座る執務机の前に並んで立っていた。
「えっと、少しお時間を改めましょうか?」
室内に漂う少し重い雰囲気を感じて尋ねると、父上は首を横に振った。
「いや、大事な話は粗方終わったところだ。問題ない」
「はい。では、ライナー様、リッド様。私共はこれにて失礼します」
ダイナスがそう言うと、三人は会釈して執務室を後にする。その様子を見届けると、父上は席を立ってこちらにやってきた。
「カーティス殿。レナルーテより遠路はるばる来ていただいたのに、ご挨拶が遅れて申し訳ない。改めて、バルディア領を預かる、辺境伯のライナー・バルディアです」
「こちらこそ、隠居していた身に今回のご連絡は身に余る光栄でしたぞ」
二人が挨拶を交わして握手を行うと、カーティスの背後に控えていたシュタインとレイモンドも父上と挨拶を交わした。
「二人は私の孫です。若いうちに見聞を広げさせようと思いましてな。折角の機会故、バルディア領に連れて来たのです」
「なるほど」
カーティスの補足に相槌を打つと、父上は二人に視線を向ける。
「お二人共さえ良ければ、気が済むまでバルディアに滞在を許可しましょう」
「ライナー様、お心遣いありがとうございます」
シュタインとレイモンドは畏まって頭を下げた。彼等の言動は、初めて僕と会った時とは全然違う謙虚な姿勢だ。ここ数日の間に色々あったから、思うところがあったのかもしれない。
「立ち話もなんですから、どうぞ座ってください」
父上に促されて机を皆で囲むようにソファーに腰掛けると、カーティスがバルディアにやって来てから起きた一連の出来事を父上に説明。加えて、彼が第二騎士団の補佐官を引き受けてくれたことを伝えた。
「うむ。それぞれが納得しているのであれば、問題はあるまい。カーティス殿、これからよろしく頼みます」
「はい、お任せくだされ。レナルーテで隠居しているより、リッド様と居ります方がよっぽど楽しいですわい」
カーティスは笑顔で頷くと、「さて……」と切り出した。
「我等はこれで下がりましょう。ライナー様とリッド様。親子水入らずで話すこともあるでしょうからな。行くぞ、シュタイン、レイモンド」
彼はそう言うと、スッと立ち上がり一礼する。そして、部屋の扉に向かって足を進めた。
「お、お待ちください、祖父上。そ、それでは、これにて失礼します」
シュタインとレイモンドは慌てて立ち上がり会釈すると、追いかけるように退室した。
父上と僕だけで話すことがあると察して、カーティスが気を遣ってくれたのだろう。扉の閉まる音が響くと、父上がこちらに視線を向けた。
「個性的とは聞いていたが、良い御仁ではないか」
「はい。ファラとアスナのおかげで、良いご縁に巡り合えたと思っています。それで、父上。帝都はどうでしたか」
「うむ、その件だがな……」
難しい顔を浮かべた父上は、帝都での出来事を教えてくれた。
バルディア襲撃事件は、貴族達と国内の混乱を避けるため皇帝のアーウィン陛下と皇后のマチルダ陛下に父上が密かに報告したそうだ。
組織的な犯行であることは明確であり、襲撃犯の背後にはどこかしらの国が絡んでいる可能性が高いことも説明。その際、両陛下は驚愕すると共にとても憤慨していたらしい。
「バルディア領に手を出すとはな。随分と大それたことをしてくれたものだ」
「陛下の仰るとおりです。この一件、革新派の貴族達はこれ幸いと軍拡を言い出すでしょう。保守派と革新派の対立が激化するのが目に浮かびます。ですが、今後のことを考えれば秘密にしておくことも危険ですね」
両陛下と父上は貴族達にどう説明すべきか打ち合わせた後、革新派と保守派の有力者達を集めて伝えることにしたそうだ。
革新派の有力者には、ベルルッティ侯爵。
保守派の有力者には、バーンズ公爵。
帝国の
革新派は予想通りというべきか、襲撃事件は近年における帝国の威信が揺らいでいる証拠であるとして軍拡を進め、国力を国内外に示す軍事行進『観兵式』を行うべきだという主張を繰りだしたそうだ。
一方の保守派は、バルディア領を襲撃した犯人の正体が確定していない状況で、軍拡や観兵式を行うことは近隣諸国の緊張を高め、近隣諸国に軍備拡大の口実を与えてしまう。
『遺憾の意を表明』するに程度に留めるか、もしくは事件自体を公にするべきではないという主張で対抗したらしい。
しかし、革新派は遺憾の意を表明したところで事態は何も変わらない。むしろ、帝国が何もしないことを国内外に発信することになる。他国を増長させ、国民を不安にさせる結果に繋がるだけであり、消極的過ぎて論外だと反論。
保守派と革新派、それぞれの主張により会議が過熱する中、皇帝が決断を下した。
「バルディアを襲撃した実行犯と計画犯の正体がわからない以上、むやみに軍拡を進めることはできぬ。だが、事件が起きた以上、帝国内の領地において警戒態勢を取れ。それと、ライナー。お主は、襲撃事件の実行犯と計画犯を見つけ出すように努めよ。裏が取れるまで、襲撃事件を公にはせぬ」
鶴の一声により、会議がそのまま終わるかと思われたその時、一人の男性が挙手をしたそうだ。
「アシェン・ロードピス男爵、ですか」
貴族の名前を聞き、胸が騒めいた。
「うむ。奴が最後に、とある親書を取り出して読み上げたのだ」
父上は忌々しげにその時の様子を語った。
アシェン・ロードピス男爵は茶髪のオールバックに青い瞳の鋭い目をしており、雰囲気は貴族と言うよりは商人という感じらしい。というのも、彼は自身が運営する商会の功績が認められ、数年前に男爵位を叙爵した新興貴族だということだ。
「今回の事件と関係があるかわかりませんが、少し気になることがあります。陛下、よろしいでしょうか」
「うむ。気になることがあるなら申してみよ」
皇帝の許可を得ると、彼は懐から手紙を取り出した。
「ここに居られる皆様はご存じと思いますが、私は商いを生業としており商会を運営している身です。その取引先の一つ、獣人国ズベーラのとある部族よりこのような手紙が届きましてな」
アシェン男爵は、咳払いをしてその手紙を声に出して読み上げた。
「『近年、獣人国ズベーラの各領内にて、獣人族の子供が行方不明になっている。そして、その子供達の一部が、帝国のバルディア領に行き着いたという噂がある故、可能であれば調査してほしい』……とのことです。私も半信半疑だったのですが、ふと今回の襲撃事件と関わりがあるのではと思いましてな」
「どういう意味でしょう」
会場に騒めきが起きる中、父上が睨むと彼は肩を竦めておどけた。
「はは、そう怖い顔をしないでください、ライナー殿。私は貴殿のように剣を握ったことなど無い故、そのように睨まれると足が震えてしまいます」
「アシェン、茶化すな。簡潔に申せ」
「これは、失礼しました」
皇帝の指摘に会釈すると、彼は言葉を続けた。
「つまり、バルディア領にいる保護された獣人族の子供達。彼等を取り戻そうとした、獣人国に属する一部の過激派が今回の襲撃事件を起こした可能性もあるのではないか。そう思った次第でございます」
「ほほう。それは確かに気になりますな」
アシェン男爵の発言にここぞとばかりに相乗りしてきたのは、ベルルッティ侯爵の息子のベルガモット卿である。彼は会議場にいる貴族達にも聞こえるよう、わざとらしい物言いで演説するように言葉を続けた。
「しかし、そうなるとですよ。ライナー殿は以前、『領内で起きた問題は、自身の責任で解決するのは当然のことである』と仰っておられた。では、今回の件。もしも、獣人族の保護が事件の根本にあるのであれば、帝国ではなく『バルディア家の落ち度』となりませんかねぇ」
「お二人共、推測や憶測で随分な物言いをされますな。当家に落ち度などありません。そもそも、アシェン男爵にその手紙を送った部族が何者なのかお伺いしてもよろしいかな」
「えぇ、勿論。鳥人族の部族長、『ホルスト・パドグリー』殿です。よければ、手紙の筆跡も見られますかな」
父上、アシェン男爵、ベルガモット卿。三人を中心に、その場の空気が重々しく張り詰める。だがその時、「もうよい、止めんか」と皇帝の声が轟いた。
「二人の懸念は理解できる。だが、ライナーの言う通り、推測や憶測で言うべきことではない。今すべきことは、警戒態勢の強化。そして、今回の襲撃事件を起こした実行犯と計画犯を突き止める事だ。良いな」
再び鶴の一声が響き、今度こそ会議は終わりを告げたという。語り終えた父上の顔には、珍しく疲れの色が浮かんでいた。
「お疲れ様でした、父上」
「うむ。だが、帝都ではバルディア家の悪評が想像以上に噂されている。真に受ける貴族はおらんようだが、火のない所に煙は立たぬと訝しんでいる者達は多数いるようだな。厄介なことだ」
父上は首を横に振ると、懐から一通の手紙を取り出して机の上に置いた。
「そして、私がバルディアに帰って来る日を見越したかのようにこれが届いた。読んでみろ」
「……拝見します」
手紙に目を通すと、内容と差出人の名を見て思わず目を瞬いた。
「狐人族、部族長の嫡男、エルバ・グランドーク。次男、マルバス・グランドークがバルディアを訪問したいとありますが、これは本気なのでしょうか」
「あぁ、おそらくな。どういうつもりかは知らんが、襲撃犯が逃げ込んだのは狐人族の領地だ。こちらも聞きたいことは山ほどある故、良い機会になるだろう。お前もその場には出席してもらうつもりだ。心しておけ」
「畏まりました」
工房を襲撃した実行犯は、『クレア』と名乗る女性で狐人族の強者だった。もしかすると、来訪の狐人族と彼女は何か繋がりがあるのかもしれない。何にしても、油断できない相手になるだろう。僕は会釈しながら、気を引き締めた。