「この程度で怯むようなら、第二騎士団の分隊長が務まるものか。受けろ、猿爪連撃えんそうれんげき

彼女は獣化によって鋭利となった爪と木の短剣による連続攻撃を仕掛けていくが、彼はその動きをことごとく見切りながら左手に黒い魔力を溜めていく。やがて、スキャラの連撃に隙を見たカーティスが不気味な笑みを溢す。

「良い動きだが、まだまだ荒い。耐えて見せよ、この漆黒の魔力に染まった拳をな」

カーティスは前方に勢いよく跳躍し、魔力を纏った左手で掌底を繰り出した。

「な……」

「どけ、スキャラ」

彼女が虚を衝かれたその時、スキャラとカーティスの間にトルーバが割り込んだ。

「受けよ、月華げっか闇滅絶掌牙あんめつぜっしょうが

「トルーバ!?

スキャラが悲鳴のように彼の名を叫んだ。トルーバがカーティスの掌底に対し、両腕を交差させて受け止めると鈍く重い音が響き渡る。

「身を以て仲間を護るとは見事だが、遠慮はせんぞ。このまま吹き飛ばしてやろう」

「ぬ……うぉおおおおおおお!?

まるで怒号のようなトルーバの雄叫びが轟くが、彼はカーティスの勢いを止められない。

「やりおるわ。この一撃をここまで耐えるとはな」

ようやくカーティスの動きが止まると、彼は肩で息をしながらその場で片膝を突いた。地面に目をやれば、トルーバが足で踏ん張った跡が二本の線として残されている。

「はぁ……はぁ……。牛人族の怪力と耐久力は、獣人族随一と言われているからね。だから、第二騎士団で僕が一番打たれ強いというわけさ」

トルーバは、ふっと口元を緩めた。

「ところで、僕にだけかまけていて良いのかい。マスターエルフ」

「なんだと……?」

カーティスが首を傾げたその時、彼の背後からゲディングが素早く迫り、鋭く重そうな回し蹴りを繰り出した。

「くらえぇええ!」

「ほう。次は、おぬしか」

カーティスは振り向きざま、その蹴りを軽々と片腕で防いだ。しかし、ゲディングは怯むことなく、勢いそのままに木剣の斬撃と足技を組み合わせた連続攻撃を次々に繰り出していった。

二人が激戦を繰り広げていると、片膝を突いていたトルーバがゆっくりと立ち上がり、カーティスをギロリと睨む。

「まだだ。まだ、僕は動けるぞぉおおおお」

自身を鼓舞するようにトルーバは雄叫びを上げ、カーティスとゲディングの激しい近接戦に木の戦斧を構えて参戦する。

「トルーバ、俺の動きに合わせろ」

「あぁ、わかった」

ゲディングの指示にトルーバが相槌を打ち、連携攻撃を仕掛けていく。二対一の攻防となるが、カーティスの体勢は崩れない。

「楽しませてくれるわ。ならば、これはどうだ」

カーティスは飛び退いて距離を取ると、独特の構えを見せる。

程なく、彼は漆黒の魔力で全身が覆われていく。その姿はまるで影そのものである。

「いくぞ。闇武あんぶ月華陰影多連撃げっかいんえいたれんげき

彼は目にも止まらぬ速さで、動きの鈍いトルーバに向かって突撃した。

「やらせはせん」

咄嗟にゲディングがカーティスの動きに合わせ、鋭い蹴りを繰り出した。誰もがカウンターが決まったと思ったその瞬間、漆黒に染まったカーティスの姿が消えてしまう。

「残影だと!?

目を瞬くゲディングをよそに、カーティスの本体と思われる影はすでにトルーバの背後に迫っていた。

「主ら、どこを見ておる。ここだ、私はここにおるぞ」

「な……!?

トルーバは背後に振り向き、即座に腕を交差して防御体勢を取る。

「無駄だ」

カーティスは冷徹に言い放つと、防御の上から重く鋭い一撃をお見舞いしてトルーバを吹き飛ばした。

「ぐぁああああああ」

「トルーバ!」

ゲディングが仲間に気を取られたその隙を、カーティスは見逃さない。一瞬で彼の懐に入り込み、そのまま連撃を繰り出した。ゲディングも咄嗟に防御したようだが、受けきれなかったらしく、呻き声を漏らしてその場に倒れてしまう。

「な、何なのあの技……」

一連の動きに驚きを隠せず、僕はアスナに問い掛けた。

「あれは闇属性の魔力で全身を覆い残影を発生させ、身体属性強化・月華による重い連撃を相手に繰り出すという技でございます。本来は『剣』で行う技でございます故、祖父上としては、あれでも加減しているのでしょう」

「あれで加減しているんだ……」

呆気に取られていると、漆黒に染まったカーティスが元の状態に戻った。

「この二人も素晴らしい素質を持っておる、将来が楽しみだな。さて、残りはお主だけだな」

スキャラを見やった彼は、目の当たりにした光景に眉を顰めた。

それもそのはず、彼女の右腕が真っ赤なほむらに染まり揺らめいていたからだ。トルーバとゲディングは、この為の時間を稼いでいたらしい。

「よくも二人をやってくれたな、マスターエルフ」

「ほう、ならばどうする。その右腕で私と勝負するつもりか」

「そうだ。この技はリッド様直伝、必ず倒してみせる」

スキャラはそう答えると、こちらを横目で一瞥した。彼女が『直伝』と言った技は、確かに懇願されて僕が教えたものだ。スキャラは深呼吸をすると、正面に立つカーティスを鋭く睨む。

「私のこの手が、焔でともる……あんたを倒せと鳴り響く。必殺、道破どうは灼熱魔槍拳しゃくねつまそうけん。いくぞぉおおお」

「面白い。その右手、私の左手で握りつぶしてくれようぞ。月華・闇滅絶掌牙」

カーティスは左手を漆黒の魔力で染めると、勢いよく向かって来るスキャラの右手に合わせるように左手の掌底を繰り出した。二人の掌底がぶつかり合い、激しい光と魔波が巻き起こる。

「ちょ、ちょっとやり過ぎじゃない!?

ファラを守るように前に出ながらアスナに声をかけると、彼女は首を横に振った。

「いえいえ。祖父上が第二騎士団の指揮官となれば、このような事は日常茶飯事となりましょう。今から慣れておくべきかと存じます」

「日常茶飯事!?

声を上げて聞き返すと、傍にいるファラが微笑んだ。

「はい。ランマーク家の別邸にお邪魔した時、アスナとカーティスの稽古も似たようなものでした」

「えぇ……」

呆気に取られていると、シュタインとレイモンドもため息を吐いた。

「祖父上の武術に対する情熱は凄まじいですからね。日々の稽古が激しすぎて、これはもう騒音である。そう近所から苦情が出た故、レナルーテの王都から離れた場所に別邸を建てた程です」

「兄上の言う通りです。祖父上の行いには、父上がいつも頭を抱えておりましたね」

「そ、そうなんだ」

あれだけ轟音鳴り響く激しい稽古を日々していたら、ご近所から苦情が来るのも当然だ。オルトロスも大変だったんだろうな。

まぁ、バルディアは広い土地があるし、宿舎の周りには民家もないから多分大丈夫だろう。そう思った時、悔しく苦しそうな声が轟き、スキャラがカーティスに右手を押し込まれて片膝を突いた。

「ぐ、あぁああああ」

「ほれ、最初の勢いはどうした。膝を突くなど、敗者のすることよ。さぁ、立て。立って気概を示さんか」

「う、うるさい。そんなこと、あんたに言われなくてもわかってる」

スキャラは苦悶の表情で吐き捨て、必死に立ち上がると左手に焔を灯して灼熱魔槍拳を繰り出した。

「これで、どうだぁあああ」

しかし、カーティスはそれを察していたかの如く、己の右手を漆黒の魔力に染めて受け止めた。

「な、なんだと!?

信じられないと言わんばかりに、スキャラは目を瞬いた。

カーティスは不敵に笑い彼女の両手を握りつぶすように押し込んでいく。程なく、スキャラは再び片膝を突いた。

「く、くそぉおおお」

「なかなかに楽しかったぞ。だが、これで終わりのようだな」

カーティスが勝利を確信したその時、勢いよく白と黒の影が彼に向かって迫っていく。

二つの影は、二人の間に割って入ると白い影が鋭い蹴りを繰り出し、黒い影が爪撃を繰り出した。

「ぬ!?

彼はスキャラを解放すると、バク宙で蹴りを躱しつつ距離を取った。

「今のを避けるか。さすがだな、マスターエルフ」

「あぁ、スキャラ達を手玉に取ったことはあるよな。次は俺達の相手をしてくれよ」

「ほう。お主達は、オヴェリアとミアだったな。それと、後ろに居るのはシェリルだったか」

カーティスはそう言うと、オヴェリアとミアの背後でスキャラに寄り添ってしゃがんでいるシェリルに視線を向けた。

スキャラの意識を確認したシェリルは、安堵した表情を浮かべる。そして、その場を立ち上がるとミアとオヴェリアの横に並んだ。なお、彼女達は全員獣化している。

「スキャラは少し休めば大丈夫よ」

「そうか、そいつは良かった」

オヴェリアは笑みを浮かべて頷くと、目つきが鋭くなった。

「シェリル、ミア。準備はいいか」

「やっても良いけどよ。俺に指図すんなよな」

ミアの悪態をオヴェリアは気にも留めず、カーティスに向かって突撃する。

「じゃあ、あたしが突っ込むから勝手に合わせな」

「だから、指図すんなって」

ミアは吐き捨てるが、彼女と並走するように駆けだした。そんな二人の後をシェリルが呆れ顔で追走する。

「はぁ、貴女達。こんな時までいがみ合うんじゃないの。連係攻撃でしょ」

三人が正面から襲い来る姿に、カーティスは楽しげだ。

「部族違いの連係攻撃。さしずめ、獣人殺法じゅうじんさっぽうと言ったところか。良いだろう。あえて、受けてやろうではないか」

彼が受けの構えを取って迫りくる三人を見据えると、先駆けのオヴェリアが懐に入り込む。

「言ったな、マスターエルフ。じゃあ、これを受けてみやがれ。うらぁあああ」

オヴェリアは雄叫びを上げ、彼を防御の上から蹴り上げて空に吹き飛ばした。かなりの衝撃があったらしく、さすがのカーティスも空で唸っているようだ。

オヴェリアとミアが跳躍して彼を追いかけると、カーティスが空中で身動きが取れないようにシェリルが小さい氷の槍を無数に放って追撃を援護する。

氷槍ひょうそう弐式にしき。はぁああああ」

「この程度、防げぬと思うてか」

空に打ち上げられたカーティスは、魔障壁を張ってシェリルの魔法を防ぐ。しかしその時、彼の背後に白い影が現れる。飛び上がったオヴェリアだ。

「背中、がら空きだぜ」

彼女の蹴りを振り向きざまに何とか防いだカーティスがだったが、蹴り飛ばされた先にはミアが構えていた。

「おいでませ、マスターエルフ」

「ぬぅ!?

ミアの爪撃も振り向きざまにカーティスは防いだが、吹き飛ばされた先にはまたもやオヴェリアが構えていたのだ。

彼女達の連係攻撃はオヴェリアが初撃で相手を空中に飛ばし、シェリルが相手を逃げられように追撃。その後、オヴェリアとミアで追い打ちをかけるという連続攻撃だったのだ。

彼女達の攻撃が数度続いたその時、カーティスが魔波を放ってオヴェリアとミアを吹き飛ばした。

「小賢しいわぁああ」

「ぐぁ!?

「がぁ!?

魔波の衝撃をまともに空中で受けた彼女達は、地面に叩きつけられてしまう。

連係攻撃もこれで終わった。誰もがそう思った時、地上から空に向かって雪が舞う。

「これで、終わりです。氷狼咬ひょうろうこう

地上に居たシェリルが素早く跳躍したのだ。カーティスの間近に迫った彼女は、両手を合わせて勢いよく掌底を繰り出した。

だが、彼は腕を交差して防いでしまう。しかしその時、二人を中心に何かが凍り付くような冷たい音が鳴り響く。何事かと目を凝らせば、シェリルの攻撃を防いだカーティスの両腕が凍っているのが遠目にもはっきり見えた。

「こ、これは……」

「掛かりましたね。今の掌底と同時に氷槍を放ったのです。腕が凍っては、こちらの攻撃を防ぐことはできないでしょう」

シェリルは、勢いそのままに強烈な蹴りを彼の腹部にお見舞いした。

「ぐぅ!?

呻き声が響くとカーティスが空から地面に激しく叩きつけられ、凄まじい土煙が舞い上がる。

「うわぁ。カーティス、大丈夫かな」

想像以上に激しいやり取りに、流石に心配になってきた。だけど、アスナとファラは笑みを溢している。

「リッド様。恐れながら、祖父上にはそのような心配はご無用です」

「アスナの言う通りです。それに、カーティスはきっと喜んでいると思いますよ」

「喜んでる?」

首を傾げると、アスナが頷いた。

「手加減しているとはいえ、初対面の祖父上に土を付けたのです。今にきっと……」

彼女が言葉を続けようとしたその時、土煙が黒い鞭のようなもので吹き飛び豪快な笑い声が木霊した。

「愉快、愉快。これ程、楽しいのは久しぶりだ。いいだろう。もう少しだけ、本気をだしてやる。残っているやつらも、まとめてかかって来い。はぁあああ」

雄叫びと共に、再び強烈な魔波が吹き荒れるとカーティスが纏っていた揺らめく漆黒の魔力量が多くなる。第二騎士団の子達は武者震いをしながらも果敢に次々と彼に突撃していった。

それから少しの時間が経過、第二騎士団の子達がボロボロとなった現在に至る訳だ。

「リッド様。恐れながら、そろそろ終わりにした方がよろしいかと。カーティス様とあの子達を放置すれば延々戦い続けそうです」

「ディアナさんの仰る通りです。このままでは、どちらかが限界になるまで止めないでしょう」

「あ、それもそうだね」

ディアナとカペラに言われて我に返ると、模擬戦を止めるように皆へ声を掛けた。