カーティスの実力
「どうした、お前達。もう終わりか」
全身に黒い魔力を纏ったカーティスは、手に持つ布に魔力付与を行って鞭のようにしならせて不敵に笑っている。彼の周りには獣化した分隊長の子達が息も絶え絶えとなり、揃いも揃って片膝を突いている。
獣化して白い毛に覆われたオヴェリアがゆっくり立ち上がり、怨めしそうに彼を見据えた。
「く、くそ。忌々しい布とマスターエルフだぜ」
彼女の言葉に同意するように、分隊長の子達はカーティスを睨みながらそれぞれに立ち上がっていく。その姿を見たカーティスは、満足気に頷いた。
「うむ。その意気や良し」
最初から一部始終を見ていた僕は、感嘆して唸った。
「さすがアスナの祖父、と言うべきなのかな。とんでもない強さだね」
「はい。あれ程の実力者となれば、帝国でもライナー様を含めても少数かと存じます」
「カーティス様は家督をオルトロス様に譲りましたが、その武勇だけは未だにレナルーテで随一である。頭目がそう申しておりましたが、まさかここまでとは。私も驚きました」
ディアナの返事をカペラが補足するように呟くと、アスナがため息を吐いた。
「あんなに活き活きした祖父上を見るのは久しぶりです。余程、楽しんでいるのでしょう」
「そうですね。カーティスはバルディアに来たこと、きっと凄く喜んでいると思います」
ファラが笑みを溢す中、それとなくシュタインとレイモンドに目をやれば、二人は揃って肩を竦めて首を横に振っていた。どうやらアスナ同様、呆れているらしい。
カーティスと第二騎士団の子達に視線を戻すと、僕は今までの一部始終を思い返していった。
◇
第二騎士団の自己紹介が終わると、オヴェリアを皮切りにしてカーティスの実力を確かめたいという声が次々上がった。
カーティスは自身の実力を皆に見せる良い機会であり、渡りに船だとむしろ喜んだ。さすが、アスナの祖父である。
手合わせの形式は、一対一の実戦に近い模擬戦でカペラとディアナが勝敗の審判を行うことが決定。身体強化、獣化、魔力付与、魔障壁、木剣などの武具使用も認められた。
その後、分隊長の子達で一斉にじゃんけんをしてもらい勝ち残った数名。ゲディング、トルーバ、スキャラ、サリア。以上の四名がカーティスと対峙することになった。
「じゃあ、カーティスには木刀を用意しようか」
「いえいえ」
彼は首を軽く横に振ると、服の内側から何の変哲もない長めの布を取り出した。
「まずは、これで十分ですな」
「それが武具になるの。あんまり、あの子達を舐めない方が良いと思うけど」
僕の心配をよそに、彼は豪快に笑い出した。
「この『術』は、アスナより聞き及んでおりませんでしたか。では、これも一つの楽しみになりましょう」
「た、楽しみ?」
意図が分らず首を傾げていると、カーティスは意気揚々と僕達から少し離れた場所に移動する。そして、じゃんけんで勝った四人の子達を見据えた。
「さぁ、お前達の力がどれほどのものか。今後の為にも見せてもらうぞ」
彼の発した声と共に辺りに凄まじい魔力。というよりも闘気のようなものが放たれ、空気が張り詰めた。
父上が僕に施す胆力訓練にとてもよく似ている。普段の訓練では、此程の重圧を浴びることはないはずだけど大丈夫かな。少し不安になり皆の様子を窺うと、獣人族の子達は誰一人としてカーティスから目を背けていない。むしろ、武者震いに震えているようだ。
「まずは、私です」
サリアはそう言うと、自身の身長と同等の木槍を持って前に進み出た。
「うむ、よかろう。何処からでもかかって来い」
カーティスが答えたその時、見守っていた彼女の姉達の声援が響いた。
「最初から本気でやっちゃえ、サリア」
「……うん。最初が最高の見せ場」
「バルディアに来て身に着けた力。この場で披露してください」
アリア、エリア、シリアの声が続いて届くとサリアは静かに頷いた。そして、彼女は目の前にいるカーティスを鋭い目つきで見据える。
「貴方が私達を見るように、私達も貴方を見つめている。だからこそ、最初から全力で挑ませてもらいます。はぁああああ!」
サリアの雄叫びと同時に魔波が巻き起こり、獣化が始まった。
彼女の全身は羽毛に覆われていき、心なしか背中の羽が大きくなって尾羽が生えていく。口元にも変化が現れ、可愛らしいクチバシとなった。その姿は、まさに『鳥人』と言えるだろう。
「ほほう、これはまた可愛らしい」
カーティスはサリアの変化を見ても動じず、不敵に笑っている。
アリア達が獣化を扱えるようになったのは、バルディアで訓練を始めて少し経ってからのことだ。
本人達は初めて獣化した時、羽毛に覆われるだけでなく口元に現れた変化に戸惑っていたけどね。とても可愛らしい容姿であることから僕やファラ、メル達を始めとするバルディア家の皆にアリア達の獣化した姿は大好評となる。
アリア達が自分達の獣化に自信を持ち、嬉しそうにはにかんでいた様子は、とても微笑ましい光景だった。
ちなみに、獣化は魔力消費が激しいから普段は滅多に行うことはない。でも、メルやメイドの一部の子達が、アリア達の獣化した姿を見たいとたまにお願いしているそうだ。
獣化が落ち着たサリアは、カーティスを見据えて凄む。
「可愛いだけではありません。油断すると、痛い目みますよ。マスターエルフ」
言うや否や、サリアは目にも止まらぬ速さで正面から飛び込んだ。しかし、カーティスは余裕たっぷりに笑っている。
「この私に真っ向勝負を挑むとは、身の程を知らぬな」
「それは、どうでしょうか」
勢いよく答えた彼女は、持っていた木槍の先端でカーティスの手前の地面を突いた。衝撃で土煙が舞い上がると、サリアは棒高跳びを行うが如く体を捻りながら空に舞う。
「小癪な真似を」
カーティスは至って冷静に吐き捨てると、舞い上がった土煙を手に持っていた布で勢いよく払いのけていく。
「あれって、何だろう」
彼の布をよく見れば、黒い鞭のようなものが伸びている。
「あの技は、祖父上が得意とする『魔布術』という『魔力付与』を用いた武術の一つです」
僕に答えてくれたのは、アスナだ。
「魔力付与を用いた、武術だって!?」
新たな魔法の形態だと察して聞き返すと、アスナが説明を始めてくれた。
魔布術とは『魔力付与』を行う事で何の変哲もない布を鞭、棒、槍のように扱う魔法らしい。媒介となる布が短くても、魔力の使用量によって射程を伸ばすこともできるそうだ。
上手に使いこなせれば、彼がやって見せたように土煙を切り払ったり、相手を拘束、岩を掴んで投げるなど応用範囲が広いらしい。だけど、意外に繊細な魔力の扱いが必要らしく、ランマーク家でも『魔布術』を使いこなせるのはカーティスとオルトロスの二人だけだそうだ。
「へぇ、面白い魔法だね。今度、カーティスに僕も教えてもらおうかな」
「祖父上も喜ぶと存じます。是非、尋ねてみてください」
アスナが嬉しそうに頷いたその時、舞い上がった土煙が無くなりカーティスが空中にいるサリアを視界に捉えた。
「面白い動きをするものよ。だが、空中では身動きが取れず、着地する場所も軌道から予測出来るのも道理ぞ」
カーティスの勝ち誇った声が轟くが、サリアにも動揺は見られない。
「忘れたか、マスターエルフ。私は鳥人族、空こそ私達の領域なんだ」
サリアはそう答えると、空中で背中の羽を思いっきり広げて瞬時に軌道を変えてみせた。そして、鋭く叩きつけるような強烈な蹴りをお見舞いする。
「ぬぅ!?」
予想外の動きに驚いたようだが、カーティスは彼女が繰り出した蹴りは両手でしっかりと防いでいた。
サリアは受け止められるとは思っていなかったらしく、目を丸くする。
「これを止めるとは流石だ。でも、まだ終わらない」
彼女は左手で木槍を持ったまま、右の掌をカーティスに向けた。
「
次の瞬間、カーティスに至近距離で魔槍が放たれて落雷のような轟音が鳴り響き、爆発と爆音。そして、激しい土煙が舞い上がる。
サリアは発生した爆風に利用して空高く飛び上がったらしく、空中からカーティスの居る地上を見つめている。その時、豪快な笑い声と一緒に土煙の中から何かが勢いよく飛び出し、彼女に向かって行った。
「中々に良い魔法であったわ。しかし、あの程度では私は倒せんぞ」
カーティスはとても楽しげだ。彼は持っていた布を魔布術で鞭の如くしならせ、意気揚々に中距離から連続攻撃を繰り出していく。
「ほーれほれ。さっきまでの勢いはどうした」
「く……!? でも、防ぎきれないほどじゃない」
サリアは持っていた木槍で魔布術の攻撃をいなしつつ、彼に近付いていった。中距離戦では分が悪いと判断したのだろう。
「その攻撃は近距離向きじゃない。これならどうだ」
間を詰めたサリアは、木槍による連続攻撃を近距離で繰り出した。だが、カーティスは余裕の笑みを浮かべ、布を『棒状』にすると連撃を受け流して
「な……!?」
彼女は目を瞬くが、すぐに表情を切り替えて連撃を続けていく。
程なくして、二人は空から地上に降り立った。サリアは肩で息をする程に消耗しているのに、カーティスは呼吸の乱れが全くない。
地上戦は不利と判断したらしく、サリアが空に飛んで距離を取ろうとした。だがその時、彼女は違和感を覚えたらしく、自身の足を見て愕然とする。
「な、足に布が巻き付いてる」
「捕らえたぞ」
口元を緩めたカーティスは、手に持っていた布を回転させるように大きく振り回す。当然、足に布が巻き付いているサリアもその動きに合わせて振り回されてしまう。
「さぁ、これで終わりだ」
彼の言葉と同時に、サリアの足に巻き付いていた魔布術が外れる。激しい勢いのまま、彼女は
「きゃあああああ!?」
サリアが悲鳴を上げて間もなく、彼女の獣化が解けて元の姿に戻っていく。どうやら激しく振り回されたことで意識を失ったらしい。
カーティスは再び魔布術を用いて彼女を捕らえると手元に引き寄せ、両腕に抱きかかえると満足げに頷いた。
「うむ、良い気迫であった。今は可愛い小鳥だが、お主はいずれ大鷲となる器よ」
「うー……ん」
しかし、サリアは目を回して
「今の手合わせで、お主達の実力の見当が大体ついたわ。リッド様、最早遠慮は無用。私の実力を披露する意味でも、ここにいる獣人族を全て相手にしてみせましょう」
「え……。でも、それはいくら何でも無茶し過ぎじゃない」
彼は自信満々に首を横に振った。
「心配ご無用。それに、私も彼等全員を相手するとなれば『闇属性の身体属性強化・
「闇属性の……身体属性強化!?」
身を乗り出して聞き返すと、第二騎士団の皆も色めき立った。
『
火の属性素質と身体強化を合わせた身体属性強化の名称は『烈火』だけど、闇の属性素質と身体強化を合わせた身体属性強化の名称が『月華』というのは初めて聞く。
やっぱり、魔法は奥が深い。そう思った時、木剣を持ったゲディング、木の戦斧を持ったトルーバ、少し短めの木剣を片手にしたスキャラ。三人が眉を顰め、カーティスの前に躍り出た。
「サリアは確かに強い。だが、俺達をあまり舐めない方がいい」
ゲディングが口火を切ると、トルーバが頷いた。
「そうですね。第二騎士団の全員を相手にしたいと言うなら、僕達をまず倒してからにするべきです」
「ゲディングとトルーバの言う通りだぜ。大口は、あたし達を倒してからにしなよ。マスターエルフ」
どうやら自分達を大したことがないと言われたように感じたらしく、三人の言葉には怒気が籠もっている。でも、カーティスはそれを楽しむかのように頷いた。
「ほう、ならばまずはお前達を同時に相手をしてやろうではないか。かかって来るがよい」
「え……!? ちょ、ちょっと待っ……」
勝手に話が進んでしまい、声を掛けようとするが遅かった。
カーティスの挑発するような物言いに、怒りの形相を浮かべたゲディング達が獣化を発動したのだ。
ゲディングは、全身が黒毛に覆われて馬を
「この中で一番身軽なあたしが先駆けで突っ込む。あんた達は、隙を見て重い一撃をマスターエルフに入れな」
スキャラはゲディングとトルーバを一瞥した。
「わかった」
「いいよ、それで行こう」
二人が頷くとスキャラは不敵に、楽しげに笑った。
「勝負だ、マスターエルフ」
「素晴らしい闘争心だ。では、その心意気に答え、少し見せてやろうではないか。『身体属性強化・月華』をな」
悠然と構えているカーティスの発した声に合わせ、強烈な魔波が放たれる。
次の瞬間には黒く揺らめく魔力をカーティスが全身に纏い、この場の空気が張り詰め、異様な緊張と重圧がのしかかってきた。でも、スキャラはカーティスの変化を目の当たりにしても突撃の足を止めない。