カーティス・ランマーク
僕は胸を躍らせていた。
第二騎士団の組織力強化を図るため、ファラとアスナの
バルディアの招待に応じてくれたのは、『カーティス・ランマーク』。ファラの専属護衛であるアスナの祖父に当たる人物だ。
カーティスはレナルーテ王国の元軍人で、ファラとアスナの情報だと今は隠居していたらしい。でも、彼の指揮能力と武力は退役後も衰えを知らず、実力は折り紙付きだそうだ。
何故それ程の人物を招待する必要があったのか。その理由は、バルディア領内にある工房が襲撃されたことに起因している。
襲撃犯の撃退には成功して事なきを得たけど、襲撃の裏には大きな悪意があるように感じられた。そして、規模がさらに大きくなっていくバルディアを今後も守っていくため、早急に必要になったのが優秀な指揮官の存在である。
人選で悩んでいたところ、ファラとアスナの推薦で『カーティス・ランマーク』に白羽の矢が立ったというわけだ。
彼が僕とバルディアの未来にどんな影響を与えるのか。見定めるべく、足を急ぐのであった。
◇
本屋敷の来賓室に入室すると、初老だが鋭い眼光をしたダークエルフの男性がソファーに腰かけていた。彼の背後にはダークエルフの
「リッド殿。お会いするのは披露宴以来ですか。お久しぶりでございますな」
「はい。カーティス殿。この度は急な申し出を受けていただき感謝いたします」
傍に近寄り手を差し出すと、彼はその手を力強く握り返して首を横に振った。
「いえいえ。家督は息子のオルトロスに譲って隠居していた身上。おまけに口やかましいと、息子からは疎まれておりましたからな。渡りに船とは、まさにこのことでしょう。あ、それと『殿』はいりませんぞ。『カーティス』で構いませぬ」
カーティスは豪快に笑うと、僕の隣に立つファラに振り向いて
「姫様、お変わりないようで安心しましたぞ。エリアス陛下がファラ様にくれぐれもよろしくと。それから、エルティア様は王女の自覚を忘れることなきようにと仰せでしたぞ」
「ありがとう。貴方もお元気そうで良かったです」
ファラが微笑むと、カーティスはアスナに目をやった。
「久しぶりだな。こちらでも剣術の稽古はちゃんとしていたか」
「無論です、祖父上。むしろ、剣術だけではなく魔法もリッド様から学んでいます」
「ほう、お前が魔法をな。それは頼もしい限りだ。いずれ、ランマーク家は魔武両道で名を馳せるやもしれんな」
カーティスは目を見張ると、また豪快に笑い出した。一方のアスナは眉間に皺を寄せ、彼の背後に立つ二人の青年に目を向ける。
「ところで、祖父上。どうして兄上達が此処におられるのでしょうか」
「そう言うな。これにも事情があるのだ。二人共、早く自己紹介をせぬか」
促された二人のダークエルフは、一歩前に出て会釈する。
「私は、オルトロス・ランマークの息子。長男のシュタイン・ランマークと申します」
「同じく、次男のレイモンド・ランマークでございます」
「オルトロス殿のご子息だったんですね。リッド・バルディアです。改めて、よろしくお願いします」
近寄って手を差し出すと、二人は何やら少し後ろめたそうに「よろしくお願いします」と言って握り返してきた。どうしたんだろう、彼等とは初対面のはずなんだけどな。
「実はな、リッド殿。この二人は、御前試合の時に『ノリス』から依頼を受けて色々と小細工をしておったのだ」
「小細工、ですか」
カーティスの発言に首を傾げると、レイモンドとシュタインは血相を変えた。
「祖父上、わざわざここで言う必要はないでしょう」
「兄上の言う通りです。恥の上塗りではありませんか」
「愚か者。そのような性根では、人の上に立つことはできん。何故、理解できぬ。人は必ず過ちを犯して失敗するものよ。しかし、過ちて改めざる、これを真の過ちというのだ」
三人のやり取りに呆気に取られながら、小細工って何の事だろうかと頭を巡らせてハッとする。
「ひょっとして僕の木刀に
二人はギョッとして顔が真っ青になってしまう。まるでこの世の終わりのようだ。意気消沈した彼等の様子にカーティスは苦笑すると、畏まって頭を下げた。
「さようでございます。ご存じの通り主犯であるノリスは、すでに断罪されております。この二人は関与が浅く、若いということで罪は問われておりません。しかし、リッド殿と直接お会いする機会を得た以上、謝罪させていただくことが筋でございましょう。誠に勝手ながら、二人の謝罪を受け入れていただけませぬか」
「あ、そういうことですね」
カーティスと彼等の言動から大体の事を察した。
以前、アスナがカーティスを『自由奔放で豪快過ぎるため、好き嫌いがはっきりする』と評していたことがある。オルトロスも同様に考え、息子達をお目付役にしたのだろう。
合わせて、カーティスの言うように『性根』を叩き直すというか。この機に様々なことを見せ、反省を促すために連れて来られたのだろう。
オルトロスの息子ならある程度は有能だと思うんだけど、違うのかな? そう考えて二人を横目で
あ、有能なんだけど思い上がりと自信過剰で失敗する性格の人っぽい。そう察した時、服の袖が軽く引っ張られた。
「……どうしたの、ファラ」
「リッド様。あの者達をどうか許していただき、更生する機会を与えてくださいませんか? アスナの兄であり、カーティスの孫であれば本質は優秀なはずです」
「うん、そうだね。あの事件のおかげでノリス派を一掃できて、ファラとの話も結果的にまとまったからさ。ある種、二人には感謝してもいいかもね」
目を細めて笑いかけると、ファラはきょとんしてから「ふふ」と忍び笑った。
「言われると、そうかもしれませんね」
「して、どうだろう。リッド殿、二人の謝罪を受け入れてもらえるだろうか」
「あ、待たせて申し訳ない。わかりました、では二人からの謝罪を受け入れます」
カーティスの顔がパァっと明るくなる。
「おぉ、誠に有り難い。ほら、二人共、さっさと謝罪せぬか」
彼に言われて背中を押されたように僕の前にやって来ると、二人は頭を深く下げて一礼する。
「その節は、誠に申し訳ありませんでした」
「同じく、申し訳ありませんでした」
やらされ感が満載だ。まぁ、この手の人の最初としてはこんなもんだろう。
苦笑しながら、その謝罪を受け入れようとしたその時、「少々、お待ちください」とディアナが二人の前に歩み出た。
「恐れながら申し上げます。あの無礼極まりないレナルーテでの一件。お二人が関わっていたのであれば、このような謝罪では到底納得できません」
「な、なんだと」
シュタインとレイモンドは目を見開いた。
「では、どうすれば良いと言うのだ。この場で土下座でもしろとでも言うつもりか」
「兄上の言う通りです。我らは謝罪しました。その上、さらに恥をかけと仰るのか」
声を荒らげた二人に、カーティスは「はぁ、愚か者が」と漏らして呆れている。今の発言は、自分達が全く悪くないと言っているようなものだ。心で思っていても、口に出してはいけない。それに、あの言い方だと相手を余計に怒らせてしまう。案の定、ディアナはやれやれと首を横に振った。
「上辺だけの謝罪など、リッド様に対する無礼の上塗りでしょう。貴方達には、自らの行いに対する反省が足りていないと申し上げているのです」
「ぐぅ……」
言うなぁ、ディアナ。
二人は鋭い指摘に言い返せないらしく、顔を顰めている。
「リッド様、カーティス様。私に彼等を修正する機会を与えていただけないでしょうか」
ディアナは右手を拳に変えて不敵に笑う。思わず背筋がゾッとするが、カーティスは目を細めて頷いた。
「承知した。貴殿の申し出を受けよう」
「祖父上!?」
「正気ですか!?」
「お前達は、自分の行いが過ちであったことを実感できておらん。この機に、その身を持って味わうのもよかろう」
カーティスは二人を諭すと、視線をこちらに向けた。
「誠に勝手ながらそれで手打ちとし、先程の謝罪を受け入れてもらえんだろうか、リッド殿」
「わかりました。僕は大丈夫ですよ」
「おぉ、有り難い。では、シュタイン、レイモンド。お前達も覚悟を決めろ。そもそも、ノリスの小細工を手伝った時点で、お前達も断罪の危機にあったのだ。オルトロスが必死に嘆願した結果、今がある。己のした軽率な過ちを認められなければ、先はないぞ」
シュタインは諦めたようにため息を吐いた。
「承知しました。では、そのメイドの『修正』とやらを受けましょう。リッド殿、それで本当にこの一件は手打ちにしてくださるのですね」
「そうだね。僕はそれで構わないよ」
僕の返事を聞くなり、シュタインは口元を緩めた。
あ、これは、ディアナのことをただのメイドだと舐めているな。
「リッド殿、ありがとうございます。では、ディアナ殿。如何様にもしてください」
彼は、彼女の前に歩み出ると後ろで手を組んだ。レイモンドもやれやれと肩を竦めると、同じ姿勢で横に並ぶ。
「良い覚悟です。ところで、私に見覚えはありませんか?」
「なに? 貴殿のようなメイドは……」
シュタインが何かに気づき、ハッとして青ざめる。
「き、貴殿は御前試合の時に木刀を素手で圧し折った『暴力メイド』ではないか」
それこそ、失言だろう。ディアナはというと、目を細めたままに青筋を走らせている。
「本当に失礼な方々ですね。その減らず口ごと、性根を叩き直してやりましょう」
「ま、待て。早まるな」
決断を後悔したらしく、シュタインは慌てた様子でたじろいだ。
罅の入った木刀だったとはいえ、両端を掴んで圧し折るディアナの
「覚悟を決めたのでしょう? 殴って何故悪いのです。泣き喚けば、許してくれるとでもお思いですか。さぁ、歯を食いしばりなさい」
「な……」
彼女が睨んだ次の瞬間、部屋に
あまりの激しさに皆が呆気に取られる中、彼女の視線は残ったレイモンドに向けられる。
「な、なな……。父上や兄上との稽古でも、あんなに強く打つことなんてありませんよ」
「軟弱者。それが、甘ったれだと言うのです」
吐き捨てたディアナは、容赦なく彼の頬にも平手打ちを行った。部屋の中に再び鈍く激しい音が響き渡ると、例のごとく彼は勢いよく吹っ飛んで、壁際で倒れているシュタインの体にぶつかった。
「ぐは!?」
シュタインとレイモンドは揃って呻き声を発するが、折り重なるように倒れて目を回しているようだ。ディアナは咳払いをすると、部屋の中にいる皆を見回して一礼する。
「お粗末様でございました」
「あー……。ディアナ、少しやり過ぎじゃない?」
一連のやり取りに、この場にいる皆の目は点になっていた。
「リッド様、恐れながら申し上げます。このような方々は、身に染みる痛みを経験しなければなりません。そうでなければ、いつまでも自らの過ちに中々気付けないものでございます」
彼女が首を横に軽く振ると、カーティスが豪快に笑い出した。
「良い良い。ディアナ殿の言う通りだ。この二人には、良い薬になったであろう」
彼は二人の傍に近寄り「ふん」と活を入れる。シュタインとレイモンドは揃って呻き声を上げて意識を取り戻すと、額に手を添えて首を横に振った。二人の様子を見たカーティスは、呆れ顔を浮かべる。
「全く。この機に自分達の軽率な行いを改めて振り返る事だ。そもそも、レナルーテでの一件。お前達が真に理解して反省していれば、このような事は起きておらんのだ」
「……面目次第もございません」
流石に反省したらしく、シュタインとレイモンドは打たれた頬を手で擦りながら項垂れている。僕はあえて咳払いをすると、二人の前に歩み寄った。
「約束通り、これまでのことは手打ちにしてお互いに水に流しましょう。それに、きっとお二人の力も必要になると思うんです。どうか、お力を貸していただけませんか」
手を差し出すと、二人は顔を見合わせてからゆっくり頷いた。
「畏まりました。レナルーテの件、改めて謝罪致します」
「申し訳ありませんでした」
彼等は僕の手を取って立ち上がると、揃って一礼した。
「いえいえ、もう過ぎたことです。先程もお伝えした通り、この件はもう水に流しました。改めて、よろしくお願いします」
目を細めて微笑むと、シュタインが照れくさそうに咳払いをする。
「承知しました。我等でお力になれることがあれば、何なりとお申し付けください」
「うん。じゃあ、改めて本題に移ろうか。皆、そこに掛けて」
皆が机を囲むようにソファーに腰掛けていくなか、ディアナがさりげなく濡れタオルをシュタインとレイモンドに手渡した。彼女はその時、二人に向かって何かを小声で伝えたみたい。励ましてあげたのだろう。
なお、カーティスの両隣にシュタインとレイモンドと座り、彼等と机を挟んだ正面に僕とファラが腰掛けている。ディアナとアスナは壁際で控えている状態だ。
「改めて、カーティス。それに、シュタインさんとレイモンドさん。バルディアに来てくれてありがとう」
場の空気が落ち着いたところで口火を切ると、シュタインがすぐに反応する。
「リッド殿。我ら兄弟のことは祖父上と同様、呼び捨てで構いませんよ」
「わかった。シュタイン、レイモンド」
僕は頷くと、改めて正面に座るカーティスを見据えた。
「親書に記載してた通り、カーティスには僕が率いる第二騎士団の指揮官として管理を手伝ってほしいんです」
「確かに、そのような旨が書いてありましたな。しかし、詳細はバルディアにてということでした故、我らもこうして訪れた次第というわけですが、何が起きたのですかな」
探るような問い掛けに、僕はバルディアでここ最近起きた襲撃事件について丁寧に説明を始めた。
◇
「……という訳なんです」
僕が事件全容について語り終えると、カーティスは眉間に皺を寄せて自身の顎をさすりながら
「それは確かに、何ともきな臭い話ですな。襲撃は本懐に
「はい、父上と私も同じ意見です。従いまして、第二騎士団をより組織的な強化を図ることが決まりました。そして、ファラとアスナより貴殿が経験豊富な『指揮官』として推薦されたという次第です」
「そうでしたか。しかし、アスナだけでなく、姫様からも推薦されたとは大変光栄ですな。姫様、感謝いたします」
カーティスはそう言うと、アスナとファラに視線を向けて会釈する。
「いえいえ。アスナとカーティスの訓練を何度か拝見したこともありましたから。それに、カーティスが文武に長けた優れた武人であることは父上からも聞いたことがありましたので」
ファラが微笑むと、カーティスは「そうでしたか」と目尻を下げて破顔した。
「しかし、祖父上」
シュタインが不可解そうに切り出し、話頭を転じる。
「いくら何でも、『帝国の剣』と称されるバルディアをここまで刺激する必要がどこにあるのでしょうか。我々なら、貿易を活発化させると思います」
「私も兄上の意見に同意します。バルディアの情報を得た上で、貿易交渉を優位に進める。その為の襲撃だったという認識で良いのではありませんか」
二人の指摘に、カーティスは首を横に振った。
「その可能性もあるだろうな。しかし、相手は獣王国ズベーラ。強者が民を率いるという考え方が根強い。貿易という友好策より、奪い取る方が手っ取り早いと考えるであろうな」
「な……!?」
二人が目を丸くし、部屋の空気が張り詰める。
『奪い取る方が手っ取り早い』ということは、その先に武力的な行為がある可能性は高い。言葉にすると、改めてその脅威を実感する。
カーティスは、淡々と続けた。
「よいか。国と文化が違えば、それこそ考え方も違うのだ。我々、レナルーテはバルディアの発展を快く思っている。それは帝国との同盟があり、姫様がバルディアと縁を結んだことも大きいだろう。だが、ズベーラと狐人族からすればどうだ」
問い掛けられたシュタインは、俯いて考えを巡らせる。
「……隣国が豊かになるということは、貿易先として自国も潤う機会を得られる、と考えるのではありませんか」
「残念だが、違う」
カーティスは首を振って断言すると、真剣な面持ちを浮かべた。
「その考えであれば、今回の襲撃など起きん。獣人族の思考は、おそらくこうだろう。『国境の領地が大きくなるということは、いずれ自分達を飲み込むはずだ。故に、飲み込まれる前に、飲み込まなければならない』とな。それが、自領を守る最善の方法と考えるのが『弱肉強食』の獣人族だ」
「しかし、それでしたら敵意がない事を伝えれば良いのではありませんか」
レイモンドの指摘に、カーティスは肩を竦めた。
「こちらに敵意がないと言ったとしても、獣人族は信じんよ。それに……」
「何時攻めて来るかもしれない。それも、時が経つ程に大きくなる存在が隣に居ては、枕を高くして寝られない、ということですね」
被せるように僕が口を挟むと、彼は目を見張るがすぐに目尻を下げて頷いた。
「その通りです、リッド様。バルディアは時を経つほど、その存在は大きくなるでしょう。ですが、今ならまだ狐人族にも勝機があるという判断を下した。故に飲み込もうとしているのやも知れませぬな」
部屋に重い沈黙が訪れ、皆は思い思いの表情を浮かべている。だけど、カーティスの話を聞いて工房が無傷で済んだ理由が理解できた気がした。
襲撃犯のクレア達は、バルディアの情報収集と合わせて品定めをしていたのかもしれない。危険を冒してまで、奪う価値があるかどうかの確認だ。それなら、こちらに犠牲者が居なかったことや重要施設に破壊工作が見られなかった点にも辻褄があう。
舐めたことを考えてくれたものだ。怒りを静めるように息を吐くと、正面のカーティスを見据えた。
「改めて本題になるんだけど、第二騎士団の組織力向上の為、カーティスの力を貸してほしいんだ。お願いできるかな」
「そうですな……」
彼が顎をさすりながら思案する仕草を見せると、ファラとアスナが身を乗り出した。
「レナルーテの元王女として、私からもお願いします」
「祖父上、私からもお願いします。どうか、リッド様にそのお力をお貸しください」
二人が頭を下げると、彼は目尻を下げて微笑んだ。
「姫様、お顔を上げてください。貴女は王族でございます。従いまして、家臣にはお願いするのではなく『命じる』べきでしょうな」
カーティスの優しく諭すような言葉に、ファラはハッとしてアスナとこちらを一瞥する。僕が頷くと、ファラは深呼吸をして彼を見据えた。
「わかりました。では、カーティス・ランマークに命じます。私とバルディア家の為、その力を貸してください」
「承知しました。老い先短い身ではありますが、残りの時間は姫様とリッド様に捧げましょうぞ」
深々と彼が頭を下げると、ファラの表情がパァっと明るくなった。
「ありがとうございます。カーティス、どうか頭を上げてください」
カーティスがゆっくりと顔を上げると、僕は手を差し出しながら微笑んだ。
「本当にありがとう。改めてよろしくね」
「こちらこそ、隠居していたにも拘わらず、身に余る大変光栄なお話だと感激しておりますぞ」
「祖父上。差し出がましいようですが、陛下と父上から言われたことをもうお忘れですか」
「そうです。この件、なんとご報告するつもりです」
シュタインとレイモンドが揃って肩を竦めた。
「おぉ、そうだったな。いやいや、すっかり忘れておったわ。まぁ、丁重に断られたとでも手紙を書いておくわい」
カーティスはそう言うと、豪快に笑い始めた。
言動の意図がわからず、彼等以外の面々はきょとんしている。冷静に考えてみれば、エリアス王とオルトロスが彼の協力を条件に交渉してくる可能性は高い。
「どういうことでしょうか?」
探るように問い掛けると、カーティスは笑いながらアスナに目をやった。
「いやいや、儂がリッド様に協力するのであれば、ランマーク家とバルディア家の縁も強くするべきとオルトロスが申してな。それに陛下が乗っかったのよ」
「縁を強くする……ですか」
顔を顰めると、彼は「左様」と頷いた。
「言うてしまえば、将来的にアスナをリッド様の側室にということですな」
「えぇ!?」
「はぁ……」
ファラは目を丸くし、アスナは深いため息を吐いて首を横に振った。
レナルーテで明確に伝えたのに、
「まぁまぁ、リッド様。この件は、先程お伝えした通り『丁重に断られた』ということにしておきます故、ご案じめされるな」
「ご配慮、感謝します」
カーティスに一礼すると、隣で何やらしゅんとしているファラの頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫。僕はファラ以外の人には興味ないからさ」
「え!? あ、ありがとうございます」
彼女がハッとして顔を赤らめると、そのやり取りにカーティスが目尻を下げる。
「お二人は仲睦まじいようでよろしいですな」
「えっと、その……」
ファラが頬を赤く染めて困惑していると、彼は少し真面目な顔を浮かべた。
「姫様、陛下は為政者でございます。故に、バルディアとの縁を少しでも強くしようとするのは当然のこと。姫様はそのお役目を立派に果たしております。気にする必要はありません」
「そ、そうでしょうか」
彼女が首を傾げると、彼は深く頷いた。
「えぇ、左様ですとも。儂はそのようなやり取りが好きではありませんのでな。こうして、此処におるのです。まぁ、それでも気になるようでしたら、ファラ様を如何に大切にしているか、これをリッド様が陛下に一筆書いて送るのがよろしいでしょう」
カーティスは、こちらに含みのある眼差しを向ける。
「え……?」
皆の注目を浴びて呆気に取られていると、アスナがわざとらしく咳払いをした。
「それは良いお考えと存じます。リッド様直筆の手紙を一筆書けば、陛下も改めてご安心されることでしょう。きっと、今後はこのようなお話も無くなるはずでございます」
「な……!?」
顔が急激に火照っていく。
二人が言わんとしていることはわかる。でも、それは
あ、これは、外堀が埋まっているやつだ。観念して前を向くと、カーティスが何やら満足気に笑っていることに気付いてハッとした。
「なるほど。これが御父様の狙いだったんですね」
「はて、何のことでしょう」
彼は笑顔で白を切っている。協力する代わりにアスナとの縁談を切り出しておきながら、本命はエリアス王を納得させるような『手紙』を僕に書かせることだったのだろう。
何度も言っていることなのに、今更になって書面にさせるとはどういう魂胆だろうか。顔を顰めていると、彼が「ふふ」と吹き出した。
「陛下はバルディア家との話し合いで、色々と後手に回っているようですからな。ちょっとした悪戯心でしょう」
「む、だとしても少し大人気ないですね。でも、わかりました。今後、このようなことが無いように御父様には僕から手紙を書きます」
「ご配慮、感謝いたします」
カーティスはそう言って頭を下げた。こうして彼の協力が確約されたので、第二騎士団の面々を紹介する為、僕達は場所を移動する。
ちなみに後日、エリアス王に向けた『手紙』を執筆する際、僕は羞恥心で悶絶することになるんだけど、それはまた別のお話。
◇
「ほう。これはまた随分と立派な施設ですなぁ。おそらく、どの国の騎士達も見たらさぞ羨むでしょう」
「えぇ、祖父上の言う通りです。野外だけでなく、屋内訓練場まで施設に備えられているとは驚きです」
「兄上、それだけではありません。一階には男女別の温泉に加え、食堂やリネン室。二階と三階には個人が勉強をする為の図書室まで完備しているそうですよ」
カーティス、シュタイン、レイモンドに第二騎士団が過ごしている宿舎を案内すると、三人は目を見張ってあちこちを見回した。
そういえば、来賓をここに案内するのは彼等が初めてだったかもしれない。レイモンドの言葉を補足すると、二階は男の子達が過ごす階となっており、三階は女の子達が過ごす階となっている。
それぞれの階で、好きな時に勉強や読書ができる造りになっているわけだ。男の子と女の子で読む本も多少変わるだろうからね。二階と三階にある図書室は、消灯時間を過ぎるまで自由に行き来できるから、不自由もない。
「しかし、リッド様直属の騎士団とはいえ、ここまでの施設を用意する必要があったのですかな」
カーティスはそう言って首を捻った。
「はい、勿論です。此処で過ごす事自体が第二騎士団の誇りであり、個々の自尊心と責任感を養うことに繋がっております。それに『
シュタインとレイモンドは首を傾げるが、カーティスは
「どのような
「はい。その通りです」
目を細めて微笑んだ。この宿舎には、彼の言う通り文武だけではなく騎士としての心構えを育む役割もある。規則正しい生活もその一つだ。
日々行われる勉強、訓練、第二騎士団の多岐に亘る活動は決して楽なものじゃない。此処での生活は一見すると良いものに見えるかもしれないけど、その分だけ皆に求めることも、背負う責任も大きくなるのは当然だ。
そもそも、『騎士』という職自体が前世で言うところの『エリート』でもある。第二騎士団の過ごす宿舎は、いずれバルディアに魔法や文武を広める教育機関の走りだ。
だからこそ最初はとことん上を
「リッド様は『型破りな神童』と聞いておりましたが、ここまでとは。いえ、そのお考えはもはや
「ありがとうございます。僕も『型破りな神童』よりは、先進的と言ってもらった方が受け取りやすくて良いですね」
そう答えると、彼は肩を竦めて首を横に振った。
「陛下やザック。息子のオルトロスが後手後手になるのもわかる気がしますな」
「ふふ。それは褒め言葉として受け取っておきますね」
カーティスの言動に思わず笑みをこぼしたその時、とある光景が目に入り「ところで……」と僕は話頭を転じた。
「シュタインとレイモンドのお二人は、ディアナによく話しかけているみたいですけど。先程の件が尾を引いているんでしょうか」
「はて、そんな感じはしませんでしたがな」
カーティスはそう言ってディアナに色々と話しかけている二人を見やると、不敵に口元を緩めた。
「ほう。なるほど、なるほど。そういうことか」
「どういうことでしょう」
首を傾げると、彼はそっと耳打ちをする。
「あの二人。おそらく、ディアナ殿に惚れましたな」
「はぁ!?」
驚きのあまりに目を瞬くと、傍に居たファラがきょとんとした。
「どうかされたんですか」
「え、あ、いや……」
どう説明したらいいだろうか。悩んでいると、カーティスが小声で続けた。
「いやいや、大したことではありません。孫共が先程の一件で、どうやらディアナ殿に惚れたようでしてな」
「えぇ!? ほ、本当ですか」
「それは、私も少し気になりますね」
ファラとアスナの瞳に怪しげな光が宿っている。それとなくディアナの様子を窺えば、営業スマイルを浮かべて二人と会話しているようだ。シュタインとレイモンドも来賓にはなるわけだから、彼女も無下には出来ないのだろう。
『平手打ち』の件は、二人が無礼を働いたという大義名分があったことに加え、彼女が僕の従者だから可能だったことだ。ディアナだけの立場で見れば、二人の方が身分も上だから対応に苦慮するのは当然だろう。
「で、でもさ。仮に二人がディアナに好意を抱いたと仮定した場合、なんで『平手打ち』をした相手を好きになるのさ」
同じ疑問を抱いていたのか、アスナとファラも相槌を打ってカーティスを見つめた。
「種族の気質とも言うべきか。ダークエルフの男は、何故か自分の間違いを真っすぐに指摘してくれる女性に惹かれやすいようでしてな」
「そんな気質があるんですか」
国と文化が違えば異性に対する認識も違うだろうけど、ダークエルフの男性が好む性格を意図せず知ることになってしまった。
「はい、嘘は申しません。ディアナ殿のような女性は、ダークエルフの男共にとっては理想の女性やもしれませぬ。いやはや、儂がもう少し若ければ、あの時の凛とした姿に一目惚れしたやもしれませんな」
「そ、そうなんですね」
呆気に取られながら相槌を打った時、ふと義兄レイシスの顔が脳裏によぎる。
そう言えば、彼が『ティア』に惚れていた時、手紙で色々指摘をして嫌われようとしたけど、全部逆効果だったな。あれは、そういうことだったのか。
「で、でも……」
ファラが小声で切り出した。
「ディアナさんには、ルーベンスさんという『恋人』がいます。お二人には、諦めてもらった方が良いのではありませんか」
「私もその方が良いかと存じます」
彼女の言葉にアスナが頷くと、カーティスが顔を顰めた。
「ふむ。ディアナ殿はその相手とすでに『婚約』しておるのか」
「い、いえ。それは、まだしていないと思います」
僕が答えると、カーティスは小さく首を横に振った。
「ならば、あのまま放っておくのがよかろう」
「えぇ!?」
僕達は一様に驚くが、彼はさも当然のように続けた。
「人族における女性の婚期というのは、とても重要と聞いております。言い寄られたとしても、決めるのはディアナ殿ですからな。我等が口を出す事ではないでしょう。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるとも申します故」
うーん、カーティスの言う事にも一理あるかもしれないなぁ。それに、ディアナがルーベンス以外の誰かに
「わかった。この件は、彼等に任せてみよう」
「リッド様、よろしいのですか」
ファラはどこか不安げにこちらを見つめている。だけど、僕は小さく首を横に振った。
「今回はカーティスの言う通り、決めるのはディアナだと思う。勿論、助けを求められた時は、すぐに出るつもりだよ」
「わかりました。リッド様がそう仰るなら様子を見守ります。でも、ルーベンスさんにはお伝えした方が良いのではありませんか」
「そうかもね。じゃあ、ルーベンスには僕から伝えておくよ」
そう答えた時、ディアナ達がこちらにやってきた。彼女の顔は少し疲れている。
「リッド様。皆様で何をお話しされていたのですか」
「この施設について、カーティスの質問に答えていただけだよ。ね」
「えぇ。このような施設はレナルーテには……いえ、大陸中探してもここだけでしょうからな」
彼は相槌を打って目尻を下げる。彼女は首を捻って訝しむが、問い詰めても無駄だと思ったらしく、ため息を吐いて頷いた。
「承知しました」
案内が一通り終わると、宿舎の執務室に移動する。部屋に入ると、僕の代わりに事務作業を進めてくれていたカペラがこちらに気付いて会釈した。
「リッド様、皆様。ようこそいらっしゃいました」
彼が顔を上げると、カーティスが「おぉ!?」と声を上げた。
「お主は確か、カペラだったな。以前は、ザックのところに
「はい、お久しぶりでございます。カーティス様」
「あれ。二人は知り合いだったの」
首を傾げて尋ねると、カーティスは首を横に振った。
「いえいえ、ザックとは腐れ縁が少々ございましてな。その時に何度か顔を合わせておるのです。こうして、話すのは初めてだな。よろしく頼むぞ」
カーティスが手を差し出すと、カペラは会釈しながらその手を握った。
皆が席に着き、第二騎士団の状況を僕とカペラで改めて説明する。
「武具と技術開発の工房、四人一組の四小隊からなる航空隊、一分隊八人編成による陸上隊が八分隊。加えて特務機関か。いやはや、末恐ろしいものだ」
「祖父上の仰る通りです。特に航空隊で得た情報が騎士団に即共有できる、というのは驚異的です。この仕組みが世に出れば、今までの戦い方が全て過去のものになるでしょう」
「このような先進的な仕組み、聞いた事も考えたこともありません。我等は『井の中の蛙』だったのですね。目から鱗が落ちた気分でございます」
シュタインとレイモンドも何やら衝撃を受けたらしく、当初の鼻持ちならない自信満々だった様子が嘘のようにしおらしくなっている。ディアナの平手打ちによる手打ちも効いているんだろうけどね。
「それにしても、ザックの部下であったカペラが『特務機関』を管理しているとは驚きです。このような人事をするとは、リッド殿も大分肝が据わっておりますな」
カーティスがカペラを意味深に一瞥する。
彼はザックと腐れ縁があると言っていた。つまり、ザックがレナルーテの暗部の頭目であることに加え、どのような人物かよく知っているのだろう。
僕はあえて、目を細めて頷いた。
「お褒めの言葉として受け取っておきます。カペラは、今では僕にとって無くてはならない存在ですよ」
「やれやれ。リッド殿は先駆者でありつつも、人の心に入り込むのもお上手のようですな」
肩を竦めるカーティスに苦笑しつつ、カペラに視線を向けた。
「カーティス達に第二騎士団の皆を紹介したいんだけど、皆の予定はどうかな」
「本日はどの隊も任務で外出しております。明日以降も予定が詰まっております故、まずは隊長格の面々だけ集めてはどうでしょうか。任務自体は、副隊長が居れば問題ないかと存じます」
「そっか。どうしようかな」
第二騎士団の陸上隊は、バルディア領内の土木関係から道路整備のような公共事業全般を主に請け負っている。
カペラやディアナが代行してくれる事務作業は、領民から届く公共事業の依頼と任務達成報告書の確認が主だ。その中で特に優先順位が高いもの、大きな問題が発生したと認められたものが僕の手元にやってくるわけだ。
簡単な書類であればファラでも決済できるようにし、今では事務作業を僕とファラで次々に処理する忙しい日々を送っている。
当然、僕達が忙しいということは、現場を回っている第二騎士団の皆はそれ以上に忙しいというわけだ。色々な問題が落ち着いたら近い将来、第二騎士団の増員も考えないといけないだろう。何にしても、第二騎士団の団員全員を休ませることは現実的じゃない。カペラの意見を採用するべきだな。
「わかった。じゃあ、それで手配をお願い」
「畏まりました。では、明日の朝に各隊の隊長を宿舎の訓練場に集合させます」
「うん。よろしくね」
会釈するカペラにお礼を告げると、視線をカーティス達に戻した。
「申し訳ない。皆を紹介できるのは明日になりそうです」
「お気になさらず。我らが着いたのも今日でしたからな。第二騎士団の皆に会えるのは、明日の楽しみにとっておきましょうぞ」
カーティスはそう言うと、豪快に笑い出す。
しばらく談笑を楽しんだ僕達は、宿舎の執務室を後にして屋敷に戻る。そして、彼等を来賓室に案内した。
◇
翌日、カーティス達と一緒に宿舎の訓練場を朝から訪れた。昨日に続いて、第二騎士団の皆を紹介する為だ。
この場にはディアナ、カペラ、ファラ、アスナという面々も揃っている。メルも同席したいと言っていたけど、他の習い事と時間が重なっていたから、それは叶わなかった。メルは頬を膨らませて僕達を見送っていたけどね。
約束の集合時間にはまだ少し時間がある中、カーティスが満足気に自身の顎を擦った。
「それにしても、バルディアでも米やみそ汁と、レナルーテと変わらぬ朝食が取れるとは思いませんでしたぞ」
「喜んでもらえたなら良かったです」
笑顔で頷くと、シュタインとレイモンドが感慨深げに相槌を打った。
「私は本国と変わらない朝食も驚きましたが、やはり昨日の夕食が衝撃的でした。新鮮な魚を生で食べる刺身に始まり、見たことのない食事の数々は実に美味でした。是非、レナルーテでもあの味を再現したいものです」
「兄上の言う通りです。バルディアに華族や貴族が次々訪れる理由もわかる気がしますね。あの味を知ってしまったら、また食べたいと思うのが人の性でしょう。ある意味、人を虜にする魔性の味やもしれませぬ」
「あはは。気に入っていただき光栄です」
当たらずとも遠からずの言葉を苦笑して受け流していると、ファラとアスナが嬉しそうに微笑んだ。
「私達も、そのおかげでバルディアに早く馴染めましたもの。ね、アスナ」
「はい、姫様の仰せの通りです。国や土地が変わると、食生活の文化に悩むことが多いと聞いておりました。しかし、リッド様のご配慮により私達はレナルーテと変わらない……いえ、食事の楽しみは本国以上かもしれません」
「ほう。食べられればなんでも良いと言っていたアスナですら、そのように言うとは思わなんだ。オルトロスやガーベラが聞いたらさぞ驚くだろうな」
彼女達が熱く語る姿を目の当たりにしたカーティスは、嬉しそうに破顔した。
実は、バルディアで提供している食事を再現したいから、作り方を教えてほしいと言う問い合わせは結構もらっている。でも、邪な考えを持っている人達が多いから基本的にはお断りしているのが現状だ。
ちなみに、シュタインが言っていた『刺身』は前世で馴染みある海魚を使用している。
マグノリア帝国にも海に面した領地が南にあって、そこの領主と帝都の親睦会で縁ができて販路が増えたのだ。僕が父上にお願いして半ば無理やりした部分はあったけどね。
バルディアまで続く道路整備を申し出た上、取引をしたいと伝えたら先方は凄く喜んでくれた。勿論、道路整備と木炭車だけじゃ新鮮な海魚を持って来るのは難しい。そこで、氷の属性魔法の出番というわけだ。
兎人族のオヴェリア達に手伝わせたら、当初は文句を言っていたけど新鮮な海魚の刺身を食べてからは反応が真逆になった。今では、氷の属性魔法を使える子達は率先して海魚の仕入れを手伝いたいと言う子も多い程だ。
なお、仕入れはクリスティ商会が代行している。海産物はバルディアの北にあるバルストの方が距離的には近いんだけど、価格で足元見られる上、クリスのようにエルフや獣人族など、人族以外が出入りするにはリスクが高い。何せ、バルストは人族以外の奴隷を認めている国だ。
それに価格交渉や相談も、同じ帝国出身の貴族の方がやりやすいからね。
「リッド様。皆がやってきたようです」
「あ、本当だ」
カペラの声に反応して宿舎の方に目をやると、狼人族のシェリルを先頭に和気あいあいと獣人族の子達がやってくるのが見えた。
カーティスは第二騎士団の子達の姿を遠目に見ると、「ほほう」と感心したような声を漏らした。
「こちらに歩いて来る姿が自信に溢れております。頼もしそうな子達ですな」
「はい。これからのバルディアを背負ってくれる子達ですからね」
隊長格の皆は僕達の前にやってくると、ディアナとカペラの指示に従って横並びに整列する。
今回の集合理由はカペラから事前に説明済みだ。でも、そのせいか、この場に集まった皆はカーティス達を好奇心に満ちた瞳で見つめている。僕は咳払いをして「さて……」と呟き口火を切った。
「皆に集まった理由だけど、改めて僕からも伝えさせてもらうね」
カーティスを横目で一瞥すると、第二騎士団の皆に視線を戻して見回した。
「第二騎士団の存在価値は、この場にいない皆も含めて君達の活躍で領内に示されたと言っていい。でも、僕はそれで満足する気はない。むしろ、これからが重要なんだ。既に聞いているだろうけど、第二騎士団をさらに飛躍させる為、優秀で経験豊富な指揮官を迎えることにした。それが、彼ことカーティス・ランマーク殿だ」
「へぇ……」と興味深そうな声が騎士団の皆から漏れ聞こえる中、カーティスは一歩前に踏み出した。
「只今、リッド様にご紹介預かったカーティス・ランマークだ。よろしく頼む」
彼はそう言うと、白い歯を見せて豪快な笑顔を浮かべた。
「リッド様。よろしいでしょうか」
シェリルが畏まって手を挙げた。
「どうしたの」
聞き返すと、彼女はアスナとカーティスを交互に目をやった。
「『ランマーク』という苗字があるということは、カーティス様はアスナ様の
カーティスは目を丸くすると、楽しそうに大声で笑い出した。突然のことに騎士団の子達がギョッとする。
「儂が『父』か。そりゃ傑作だわい。まだまだ、儂も捨てたものではないのう、アスナ」
満面の笑みをカーティスが浮かべると、彼女はやれやれと首を横に振る。
「はぁ。あまり茶化さないでください」
アスナはそう呟くと、騎士団の皆を見渡した。
「カーティス・ランマークは私の祖父であり、剣の師匠でもある。祖父上と比べると、私の剣など未熟そのものだ」
「アスナ様の剣が、未熟ですか」
質問をしたシェリルが目を丸くすると、ファラが補足した。
「ランマーク家はレナルーテ有数の武家なんです。きっと、リッド様や第二騎士団の皆さんの力になってくれるはずですよ」
「それはまた、凄い方が来られたと言うことですね」
シェリルが息を呑むと、皆の視線がカーティスに注がれた。
第二騎士団の皆は、アスナの実力を既によく知っている。騎士団の訓練に、アスナとファラが何度も参加したことがあるからだ。なお、訓練に参加した際のアスナは、第二騎士団の子達を二刀の木刀で容赦無く何度も返り討ちにしている。
加えて言うなら、第二騎士団の中でも身体能力の高い兎人族のオヴェリア、狼人族のシェリル、猫人族のミア、熊人族のカルア。彼等が獣化と身体強化を併用して挑んでも、アスナと一対一で対峙した場合は勝てたことがない。
それだけの実力を持つアスナですら、カーティスの前では未熟であるという。その言葉に反応したのか、皆の目つきと顔色が何だか好戦的なものに変わった気がした。そして間もなく、カペラが咳払いをして耳目を集める。
「リッド様。そろそろ、第二騎士団の皆に自己紹介をさせてもよろしいでしょうか」
「そうだね。じゃあ、皆。陸上の第一分隊から初めて、次いで航空隊、最後に特務機関で行こうか。所属している部隊、種族、名前。それから主な任務内容もお願いね」
「畏まりました」
皆が一礼すると、横並びに整列している中から一人が声を発した。
「陸上隊第一分隊所属、分隊長をしている熊人族のカルアです。主な任務は、土の属性魔法による土木作業と道路整備。部隊は主に熊人族で構成されています。以上でよろしいでしょうか」
「うん、ありがとう。今の感じでどんどんお願い」
そう言うと、カルアは一歩下がった。熊人族で構成された第一分隊の総合力は、第二騎士団でも上位の存在だ。彼の実力も折り紙付きだけど、副隊長を務めている熊人族のアレッドという子も中々の実力を持っている。まぁ、アレッドは戦うより歌や音楽が好きな優しい子だけどね。
「陸上隊第二分隊所属、分隊長、馬人族のゲディング。主な任務は第一分隊と同じですが、第二分隊は馬人族で構成されております。従いまして、馬人族の移動速度を活かして領内でも遠方の任務を受け持つことが多いです」
ゲディングはあまり感情が籠もっていない声で淡々と告げた。彼は薄い褐色の肌に加え、黒い長髪と黒い瞳で鋭い目をしている男の子だ。
バルディアにやって来たばかりの時、彼は病に冒されていたから鉢巻戦には参加していない。そして、病から回復して訓練に参加すると、その頭角を直ぐに現した子だ。最初の頃は無口で暗い子だったんだけどね。
同じ馬人族のマリスという、ちょっとぼんやりした不思議な女の子と接する内、大分明るくなって実力も申し分ないから分隊長に
ちなみに、第二分隊の副隊長はそのマリスが務めている。彼女は不思議な子だけど、意外にも潜在能力だけならバルディアにやってきた馬人族の中で一番高いという評価を受けた子だ。ただ、性格的な問題から副隊長に収まっている。
馬人族の子達は、総じて他の獣人族の子達と比べて足が速く、加えて持久力がある子が多い。瞬発力や加速力だけなら、馬人族に負けない子が他の部族でもちらほらいるんだけどね。
部族全体を通して一定以上の俊足と持久力を兼ね備えているのは、馬人族が群を抜いていた。その為、ゲディングの言う通り、第二分隊の主な任務地は領内の端や領外で受注した道路整備などになるわけだ。やがて、彼が一歩下がると次の子が前に出る。
「陸上隊第三分隊所属、分隊長、牛人族のトルーバです。主な任務は樹の属性魔法による、資材確保、土木作業、農業支援になります。部隊のほとんどが牛人族で構成されております」
トルーバは頭に二本の角、横耳を生やしており、黒い短髪と黒く優しい瞳をした細目の男の子で尻尾も生えている。牛人族の特徴は、熊人族に負けず劣らずの体格と怪力だ。現に彼は、既に人族の小柄な女性ぐらいの身長がある。
彼と同じ第三分隊の副隊長でベルカランという牛人族の女の子がいるんだけど、その子の方がトルーバより身長が高いから驚きだ。その上、牛人族の皆は面白いぐらいに食事量が多い。以前、そのことについて食事中の二人に尋ねたこともある。
「トルーバ達を含め、牛人族の子達はよく食べるね」
「牛人族は胃袋が四つある、なんて言いますからね。でも、そんなことはありませんよ。単純に人族より体格が大きくなりますから、食事量が他種族より多いみたいです。ほら、熊人族のカルア達もよく食べるじゃないですか」
「なるほどね。でも、熊人族は男女で食べる量があんまり変わりらないけど、牛人族は男の子より女の子の方がよく食べている感じがするね」
そう答えると、僕は淡々とモリモリ食べているベルカランに視線を向けた。
彼女は頭に二本の角と横耳を生やしており、赤毛の長髪と青い瞳をしている。加えて目が細く、いつも笑顔が絶えない女の子だ。
ベルカランは食事の手を止めると、にこりと頷いた。
「牛人族の女の子は身長も大きくなるんですけど、胸も大きく育つんですねぇ。だからその分、牛人族の女の子は男の子達より食べる量が多いのが一般的なんですよぉ」
「あぁ、そういうことね」
種族が違う以上、体の造りや仕組みが違うのも当然か。彼女を含め、牛人族の子達の発育は人族や他の獣人族より早い気がする。納得して頷くと、トルーバが微笑みながら低い声で耳打ちしてきた。
「いくらリッド様でも、ベルに手を出すことは絶対に許しませんからね」
「僕がそんなことするわけないでしょ」
異様な彼の迫力に背筋がゾッとするが、呆れ顔で否定した。
「ふふ、良かったです」
彼は満面の笑みを浮かべるが、目が笑っていない。この瞬間、僕は察した。トルーバって独占愛というか偏愛が凄い子なんだと。そんな以前のやり取りを思い返していると、次の子が一歩前に出た。
「えっと、陸上隊第四部隊所属、分隊長をしております、猿人族のスキャラです。第三分隊と同じく、樹の属性魔法を用いた任務が主になりますね。それから第四分隊の隊員は、私を含め樹の属性魔法が使える部族で混合編成されております」
彼女はそう言って頭を下げると、元の位置に戻った。
スキャラは黄色い髪と水色の瞳を持つ猿人族の女の子で、少し目つきが鋭い。彼女は第二騎士団の部隊編成時、工房入りを断って分隊所属を希望した猿人族の一人だ。理由を尋ねると、彼女は照れくさそうに教えてくれた。
「鉢巻戦で、リッド様の強さに感動したからです。だから、私も同じように強くなりたいと思ったんですが、ダメでしょうか」
しゅんとするスキャラに、僕は慌てて首を横に振った。
「いやいや、そんなことないよ。むしろ、そう言ってもらえるなんて光栄さ。わかった、じゃあ分隊所属で手続きは進めるけど、もし工房に行きたくなったら教えてね」
「はい、ありがとうございます」
彼女は表情をパァっと明るくして一礼した。
分隊所属を希望するだけあってスキャラの上達ぶりは凄まじく、あっという間に分隊長までのし上がったのだ。ただ、普段はおとなしめで普通の子なのに、戦闘訓練の時は口調が荒くなるという少し不思議な性格をしている。
人伝に聞いた話だと、彼女は引っ込み思案の性格を変える為、訓練当初は鉢巻戦時の『悪ぶっていた僕』を参考にしていたらしい。いつの間にか、それが当たり前になってしまったそうだ。まぁ、実力は間違いないから、特に気にしないことにしている。
第四分隊の副隊長はスキャラと同じく、分隊所属を申し出た猿人族のエンドラという男の子だ。彼は特筆することはないけど、何でもそつなくこなす子であり、分隊長のスキャラを支えてくれている。
「陸上隊第五分隊所属、分隊長で猫人族のミアだ。第五分隊に任されているのは、領内の治安維持に伴う巡回。それに、第一から第四分隊が行う任務の補佐と護衛だな。隊員は俺と同じ猫人族がほとんど……です」
ディアナが鋭い目つきで睨むと、ミアは借りてきた猫のように最後の語尾が丁寧になった。彼女にとって、ディアナは相当に怖いらしく頭が上がらないらしい。ミアだけでなく、獣人族の女の子達全員に言えることでもあるけどね。
補足すると第五分隊の副隊長は猫人族のレディという、ちょっとやる気の見えない黒紫の髪と緑色の瞳をした女の子だ。とは言っても任務はしっかりこなす上、猪突猛進のミアを
他にも猫人族の隊員には、エルムやロールという真面目な男の子達が彼女達の足りない部分を補っている感じかな。
「少しよろしいかな」
カーティスが手を上げて呟いた。何か気になることがあったらしい。
「はい、何でしょう」
「今しがた、ミアという少女の言葉に『第一から第四分隊の任務の補佐と護衛』とありましたが、これは具体的にはどういう内容ですかな」
「あ、それはですね」
第一から第四分隊は、皆が自己紹介の時に説明したように土木作業や公共事業が主な任務だ。現場には一般市民が多いから、作業が滞りないように市民誘導や現場管理を行い、補佐する役割が第五から第八分隊だ。
でも、たま~に悪意を持って現場に近づいてくる輩もいたりする。その時は輩を蹴散らし、公務執行妨害で逮捕したりするのも彼等の役目だ。
第一から第四分隊の皆でも余程のことが無い限りは返り討ちには出来るだろうけど、その役割は効率を良くするため戦闘特化の分隊に任せる仕組みにしている。
「なるほど。役割分担を明確にすることで、業務の効率化を図っているわけですな」
「はい、その認識で良いと思います」
そう答えると、カーティスは合点がいった様子で相槌を打った。
「承知した。自己紹介を止めてしまって申し訳ない」
「いえいえ、構いませんよ。じゃあ、次は第六分隊だね」
第二騎士団に視線を向けると、黒髪の男の子が前に出る。
「陸上隊第六分隊所属、分隊長、狐人族のラガードです。主な任務は第五分隊と同じですが、隊員は種族混合です」
ラガードは鉢巻戦の時、同じ狐人族の女の子であるノワールと一緒に僕に挑んできた子だ。
狐人族のほとんどは工房に所属になったけど、一部の子は陸上隊を希望した。ラガードとノワールは、その中でも特に実力が突出している。この場には居ないけど、ノワールも実力を評価されて第六分隊の副隊長になっているほどだ。そして、彼女は『
焔譲燐火とは、術者の魔力を『特別な燐火』に変換し対象者の身体能力を強化するという補助魔法だ。この魔法で強化された現在のラガードは、短時間であれば第二騎士団の中だと一番強いかもしれない。
蛇足になるけど、僕とサンドラ達で『焔譲燐火』の仕組みも研究しているから、将来的に疑似的な強化魔法を創造できるかもと期待している。
ラガードが自信ありげに会釈して一歩下がると、白い髪を靡かせた女の子が前に出た。
「陸上隊第七分隊所属、分隊長、狼人族のシェリルです。主な任務は第五、第六と同じであります。隊員は狼人族が中心となっております。以上、失礼します」
シェリルは第二騎士団の中で一番真面目であり、バルディアに対する忠誠心が強い女の子だ。その理由の一つは、彼女の弟である狼人族のラストという男の子の事があるのだろう。
彼はバルディアに来た時、僕の母上と同じ『魔力枯渇症』を患っている状態だった。僕は彼を治療する代わりに忠誠を誓い、治験に協力してほしいと持ち掛けたのである。
弱みに付け込むようだけど、『魔力枯渇症』の治療研究目的は母上を救うことだ。研究も一部の人しか知らない極秘事項である。従って、忠誠を誓えない人には、教えることもできなければ、治療を施すこともできないという理由があった。厳しい条件の申し出にも拘わらず、二人は快く頷いてくれたのだ。
その後、シェリルは実力を示して第七分隊の分隊長まで上り詰め、ラストはレナルーテの研究所で『魔力枯渇症』と『魔力回復薬』の実験……ではなく、治験に協力してくれている。
僕が身体属性強化を会得する為、訓練に用いている『新しい魔力回復薬』。これも、ラストの協力があったからこそ出来たものだ。彼の犠牲……いや、違う。協力は非常に有り難い。
なお、第七分隊の副隊長は狼人族のベルジアという少し怖い目つきの男の子だ。彼はぶっきらぼうだけど実は仲間を大切にする意識が強い子で、野生的というか勘が鋭いところもあるんだよね。
シェリルが一礼して下がると、白くて長い耳をピンと立てた兎人族の女の子が意気揚々と前に出る。
「陸上隊第八分隊所属、分隊長のオヴェリアだ。主な任務は、第五、第六、第七と同じだぜ。んで、あたしんとこの隊員は、ほぼ兎人族で構成されてるな。以上だ」
彼女はそう言うと、自信満々に白い歯を見せる。
「はぁ、何度言っても言葉遣いが直りませんね」
ディアナが呆れ顔で首を横に振った。
オヴェリアが率いる第八分隊は、第二騎士団で最も攻撃的な戦闘特化部隊と言っていいかもしれない。
兎人族自体の身体能力が優れていることもあるけど、オヴェリア達はバルディアに来る前から
第八分隊の副隊長を務める兎人族のアルマという女の子も、オヴェリアに負けず劣らずの実力者でありながら冷静でもある。隊長と副隊長の調和も取れているから、部隊としての完成度も高い。オヴェリアがさっき見せた表情も、そこから来る自信の表れなのだろう。
彼女が一歩下がると、僕は視線を鳥人族のアリア達に向けた。
「陸上隊は以上だから、次はアリア達『航空隊』だね」
「はーい、えっとね。第二騎士団航空隊、第一飛行小隊所属、鳥人族のアリアです。航空隊の主な任務は領内の巡回、情報収集だね。それと、航空隊の隊員は全員鳥人族だよ」
「……航空隊第二飛行小隊所属、鳥人族のエリア」
「第三飛行小隊所属、鳥人族のシリアです」
三人が一歩前に出て口上を述べると、彼女達と同じ色の髪を後ろで纏めた細く鋭い目つきで青い瞳をした子が前に出た。
「第四飛行小隊、鳥人族のサリアです。よろしくお願いします」
彼女こと、サリアは長女のアリアから数えて十一番目の妹だ。彼女も鉢巻戦以降、体調が良くなってから頭角を現した子の一人である。
高い飛翔能力と身体能力を活かした身軽かつ独特の動きで、アリア達に勝るとも劣らない実力を示し、第四飛行小隊の隊長となった訳だ。
飛行小隊は四人一組で構成されており、バルディアにやってきたアリア達姉妹全員が所属している。彼女達が一礼して下がると、カーティスが「ふむ」と相槌を打った。
「リッド様。恐れながら、彼女達は皆似た顔つきをしておりますが姉妹ということでしょうか」
「うん、そうなんだ。実はね……」
そう言って頷くと、小声で彼の質問に答えた。
アリア達姉妹は、獣人族にある『強化血統』の考えの基に生まれた姉妹だ。強化血統とは、獣王を目指す為に優れた者同士で子を成していくことらしい。
前世で言うところの『競走馬』を人で行っている、と言えばわかりやすいだろう。その点を簡単に説明すると、合点がいったらしく彼は頷いた。
「仔細、承知しました」
「あんまり驚かないね。カーティスは、強化血統の事を知ってたの」
「大分長く生きておりますからな。獣人族の獣化、強化血統についても聞き及んでおります」
「そうなんだ。じゃあ、別の機会に知っている事を教えてもらってもいいかな」
「畏まりました」
彼が会釈すると、僕達は視線を第二騎士団の子達に戻した。
「じゃあ、最後は特務機関の皆だね」
そう言うと、陸上隊の隣に並んでいた子達が畏まった。
「辺境特務機関、特務実行第一分隊所属、分隊長。兎人族のラムルです。主な任務は、指示と情報に基づいた特殊任務の実行ですね。隊員は部族混合です」
「同じく、特務実行第二分隊、分隊長。馬人族のアリスです。任務内容、隊員構成も第一分隊と同様です」
二人が一礼して下がると、今までの皆と比べて少し小柄な男の子と女の子が前に出た。
「特務諜報分隊所属、狸人族のダンです。主な任務は、様々な情報収集ですね。隊員は、ほぼ狸人族です。よろしくお願いします」
「特務機関情報局所属、鼠人族のサルビアです。主な任務は、諜報分隊を始めとする様々な部隊から集まった情報精査と伝達となります。役割は第二騎士団の後方支援となりますので、現場に出ることはほとんどありません」
ダンとサルビアは会釈すると、すぐに元の位置に戻った。
辺境特務機関は、レナルーテの暗部に所属していたカペラに管理を任せているバルディア独自の諜報機関だ。
化術を扱える狸人族の子達が街中や怪しげな人物達に混ざって情報収集を行い、集まった情報を情報局の鼠人族の子達が精査して第一と第二騎士団に通信魔法を用いて情報を共有。必要に応じて臨機応変かつ迅速に動き、取り締まりを行うのが特務実行部隊という訳だ。
第二騎士団に所属する分隊長達の口上が終わると、カーティスは感心したように頷いた。
「中々に個性的な面々で実によろしいですな」
「でも、個性的だけじゃないよ。バルディア騎士団が扱う帝国式、カペラから教わったレナルーテ式を統合した独自の武術も開発して彼等に学んでもらっているんだ」
相槌を打つと彼は、目尻を下げて不敵に笑った。
「それはつまり、『流派バルディア』を創設したと言ったところですかな」
「まぁ、そんな大袈裟ものではないけど。でも、いずれそう呼ばれる可能性も皆の活躍次第ではあるかもしれないね」
そう答えて第二騎士団の皆に微笑み掛けると、皆の瞳が何やら途端に輝き出した。
ふとディアナとカペラに視線を向けると、二人も何やら感慨深げな表情で口元に手を当てている。そんな皆の様子を見て、カーティスは豪快に笑い出した。
「これは良い。組織だけはなく、武術の流派すら創設されたという訳ですな。いや、リッド様の場合は魔法もあります故、流派バルディアは唯一無二の魔武両道。実績を積み上げ、名声が上がれば、それこそ学びに来る者が後を絶たないでしょうな」
「そ、そうかな。でも、名声が上がれば学びに来る者が後を絶たない、か」
魔法が一般的ではないこの世界において、魔武両道である第二騎士団の武術は唯一無二の存在だろう。
第二騎士団の活躍で魔法の理解を広めてもらい、騎士の子供達にまず
カーティスの言葉を参考にして『流派バルディア』を立ち上げ、名声を上げることで領外から優秀な人材を呼び寄せるのも一つの手かもしれないな。
「……父上に流派創設を打診してみようかな」
そう呟くと、カーティスが首を傾げた。
「何か仰いましたか」
「あ、いやいや。言われてみると、第二騎士団の皆が学んでいる武術体系に名称が無いのもどうかと思ってね。今度、父上に『流派バルディア』で聞いてみるよ」
分隊長の子達が色めき立ち、カーティスは目尻を下げて微笑んだ。
「それは良いお考えですな。是非、正式な流派の名が決まりましたら教えてくだされ」
「まぁ、どうなるかわからないけどね」
「リッド様、質問してもよろしいですか」
兎人族のオヴェリアがと手を上げた。彼女の質問内容は、ある程度察しがつくけど。
「どうしたのかな」
「バルディアに来てから力だけが全てではない、ということは学びました。しかし、カーティス殿はあたし達の上に立つお方。やはり実力を知っておきたいというのが獣人族の性でございます」
彼女は不敵に口元を緩めた。想像通りの答えに、やれやれと首を横に振る。
「オヴェリア、君が闘い好きなのはよく知っているけどさ。カーティスは、アスナの祖父で彼女より実力がある。それだけで十分じゃない」
「良いではありませんか」
僕の言葉に反応したのはカーティスだった。
「実力を示すことに異存はありませんぞ。私の武をリッド様にお見せする良い機会にもなりましょう。こう見えても、レナルーテでは生涯に負けなしでございます。彼等のような可愛らしい小童には、まだまだ遅れは取りませぬ」
「そ、そう。まぁ、カーティスがいいって言うなら止めはしないけど」
オヴェリアが嬉しそうに白い歯を見せる。
「よし、それなら早速始めましょう。ちなみに、レナルーテは大陸の一番東でしたよね」
「うん。レナルーテは、大陸で一番東にあるダークエルフの国だよ」
問い掛けに答えると、彼女は何やら口元に手を当て思案する。
「つまり、東大陸不敗の
「は……?」
オヴェリアがドヤ顔で発した言葉に、この場にいる皆の目が点となる。程なく、カーティスの豪快な笑い声が響いた。
「面白い、『マスターエルフ』か。なるほど、良い呼び名だ。構わん、マスターエルフでも何でもお前達の好きなように呼ぶがよい」
「え、いいの!?」
驚く僕をよそに、オヴェリアは嬉しそうに彼の前に躍り出た。
「あんた、話がわかる人だな。よろしく頼むぜ、マスターエルフ」
何やらカーティスとオヴェリアは意気投合したらしく、握手を交わすと二人で笑い始めた。第二騎士団の子達は彼等に釣られたのか噴き出して笑い始める。でも、ディアナだけはそんなオヴェリアの様子にやれやれと首を横に振っていた。