ヨハンは素早く獣化し、鋭利となった爪で母親の首元を切り裂くように手を伸ばす。だが、セクメトスは満面の笑みを浮かべてその手を掴み、彼をそのまま自身の胸の中で抱きしめた。
「さすが、ヨハン。私の可愛い息子だ。お前の年齢で獣化を使いこなし、私の裏をかいて首を切り裂こうなど中々できることではない。本当に将来が楽しみな子だよ」
「むぅうう!? 母様、息ができません。離してください」
胸の中で暴れている事に気付いたセクメトスは、すぐにヨハンを解放した。
「おっと、すまん、すまん。だが、ヨハン。この稽古は私だけにして良いものだからな。いつも言っているが、他の者にしてはならんぞ」
「はい、母様。承知しております」
「ふふ、良い子だな」
セクメトスは優しく目を細めてヨハンの頭を優しく撫でながら、ふいに部屋の窓から外を見つめた。
「狐人族とバルディア家。それぞれに潰し合ってくれたまえ。獣人国の未来、ヨハンの為にもな」
セクメトスがそう呟くと、ヨハンが小首を傾げた。
「母様、バルディア家って何ですか」
「あぁ、帝国のバルディア領を治める辺境伯家さ。帝国の剣と称される程に強いそうだ」
「ふーん」
相槌を打ったヨハンは、ハッとして目を光らせた。
「じゃあ、強くて僕と近い年の女の子がいたらさ。将来のお嫁さんにしてあげようかな」
「それは良い考えだ。その時は、すぐに声をかけてみなさい」
気を良くしたヨハンは、セクメトスにバルディア家のことを根掘り葉掘り、興味津々に尋ねるのであった。