外伝 獣人国ズベーラの会議

獣人国ズベーラの王都は、獣王戦の勝者となった獣王の姓と同じ名で呼ばれる決まりがある。現在の獣王は猫人族の『セクメトス・ベスティア』であるため、王都は『ベスティア』と呼ばれていた。そして、王都ベスティアでは獣人族の各部族長が集まり、定期的に会議が開催されている。

この日は会議の開催日であり、王都の城にある豪華絢爛な一室で獣王と各部族長達が椅子に腰かけ円卓を囲んでいた。和やかな雰囲気とは程遠く、室内の空気は張り詰めている。

緊張感漂う中で一番豪華な椅子に腰かけているのは、顔の左半分を鉄仮面で覆った大柄で金髪の白い肌をした猫人族の女性だ。彼女は、薄く青い瞳で円卓の面々をゆっくり見回すと、口元を緩めて口火を切った。

「弱肉強食の世界に生きる獣人族。各部族を統べる同志諸君、今日も遠路はるばるよく来てくれた。歓迎しよう」

丁寧な言い回しだが、声は低く威圧的である。しかし、部族長達の顔色に変化は見られなく、鈍い音と共に円卓が揺れた。部族長の一人が、無造作に両足を組みながら円卓上に乗せたのである。

「同志ってのは、『志を同じくする者』ってことだろうよ、セクメトス。俺は、あんたと志を同じくした覚えも、部下になった記憶もねぇぞ」

赤茶の髪を雑に伸ばし、水色の瞳を怪しく光らせる馬人族の男が軽い調子でそう言うと、彼の隣に座っていた黒い髪と黄色い瞳をした狼人族の男が鋭く睨む。

「茶化すな、アステカ。セクメトスの言葉をいちいち噛む必要はない、時間の無駄だ。足を下ろせ」

「へへ、なんだよ。相変わらず冗談の通じねえ奴だな、ジャッカス」

アステカがへらへらと笑いながら足を円卓から下ろすと、猿人族で黄色い髪を後ろで束ねている水色の瞳をした女性が楽しそうに笑い出した。

「うふふ。そうそう、ジャッカスはいつも真面目過ぎるのよ。笑顔で楽しまないと人生損するだけよ」

「ジェティの言う通りだぜ。ほら、ジャッカス。笑ってみろよ」

アステカとジェティが揃って笑い出すと、彼はやれやれと首を横に振った。

「はぁ。だからお前達とは気が合わんのだ」

牛人族で赤い髪と深い青の瞳をした体格の良い男が頷いた。

「……全くだ。ここは、会議をする場だろう。無駄口は不要なはずだ」

「俺もハピスとジャッカスに同意する。アステカ、ジェティ、場を明るくする意図なのかもしれんが、お前達は少しお喋りが過ぎるぞ」

牛人族のハピスに続いたのは、熊人族で赤毛の髪と黒い瞳をした男であり、その体格はこの場にいる誰よりも大きくがっしりしている。

「まぁまぁ。カムイ達が言う事もわかるが、相手がお喋りというのは良い事だぜ。何せ、調子に乗って秘密も必ず漏らすからな。沈黙は金、雄弁は銀というだろう」

灰色の髪でサングラスを掛けている狸人族の男が場を宥めるように言うと、アステカとジェティを見てせせら笑った。当然、二人は彼の仕草に顔をしかめる。

「てめぇ、ギョウブ。馬鹿にしてんのか」

「そうねぇ。少し化けの皮を剥がしてあげましょうか。狸だけにね」

「いやいや。馬人族と猿人族の部族長を馬鹿にするなんてね。そんな大それたことはしませんよ」

狸人族のギョウブは両手を広げておどけてみせる。彼等のやり取りに皆が呆れる中、この場では若いと見られる兎人族。黒髪と茶色の瞳をした女性が、わざとらしく大きなため息を吐いた。

「あんたらさ、此処に居る以上は部族長なんだろ。もっと、まともな会議進行できねえのか」

「そう言うな、ヴェネ」

反応したのは彼女の隣に座る初老の兎人族だ。彼は、彼女と同じ髪色と瞳をしている。

「部族長が集まる機会はこの会議の場しかないのだ。それぞれに、楽しんでいるのだよ。獣王を見据えた将来を考えれば、お前も慣れておくべきだろう」

「ふーん。そんなもんかねぇ」

ヴェネは相槌あいづちを打つが、狐人族で黄色い髪と黒い瞳をした男が顔を顰めた。

「今のは聞き捨てならないな、シア。いくらお前の娘が優秀だろうと、その言葉は我が息子の『エルバ』を倒してから言ってほしいものだ」

「ふん。で、ガレス。お前ご自慢の息子。エルバは、今日も領地で稽古か。それでは、仮に獣王になったとて政治がまとも出来るとは思えんがな。やる気のある無能ほど手に負えぬものはない。その程度では、獣王になったとて愚王として討伐されるのが関の山だぞ」

「な、なんだと!?

シアが鼻を鳴らし、挑発するような物言いにガレスが額に青筋を走らせる。

「二人共、止めなさい」

鳥人族でオレンジ色の髪と青い瞳に加え、眼鏡を掛けた優しげな男が低い声で呟いた。注目を浴びる中、彼は怪しく目を細めて微笑んだ。

「あまり吼えることは止めましょう。実力が知れます」

「な……!? ホルスト、貴様」

ガレスが声を荒らげたその時、この場で一番小柄かつ少女にも見える鼠人族で灰色の髪と黒い瞳をした女性が円卓を激しく叩いた。

「皆さん。もう少し冷静に、論理的に話しましょう」

彼女の言動で部屋に静寂が訪れると、静観していた獣王のセクメトスが「そうだな……」と切り出した。

「ルヴァの言う通り、茶番はもう良いだろう。私はこの場にいるお前達を『ズベーラを良くしたい』という志だけは、共通してると考えている。従って、同志諸君と呼ばせてもらったまでだ。まぁ、後は好きに解釈してくれれば良い」

最初より柔らかくも威厳ある物言いに、部族長達は各々の表情を浮かべながら席に座り直して姿勢を正した。その姿に、セクメトスは満足げに頷く。

「うむ。では、諸君。会議を始めよう」

各部族長達が落ち着くと、ルヴァが司会進行と書記を受け持ち会議は進み始めた。

獣人国ズベーラの王都であるベスティアで開かれる会議の内容は、主に各部族長が管理する領地の状況と情報共有だ。

各部族が治める領地には、当然それぞれの強みと弱みがある。例えば、海と面した部族の領地は塩が取れるが、内陸にある部族では塩が取れない。その代わり、内陸の部族が治める領地では農業が盛んである。

猫人族と狼人族の領地は教国トーガと隣接しており、小競り合いやいざこざが絶えない。その為、国防費として各領地から物資が支給されている。

獣人族は総じて『弱肉強食』の考えが強く、武を極める者達が優遇される世界だ。従って、農業などの生産率は決して良くない。結果、各部族で子供を奴隷として販売する口減らしが黙認されている状態だ。

獣王のセクメトスは、それらの問題を改善する為にも定期的に会議を開催している。だが、一癖も二癖もある部族長を束ねることはセクメトスとて容易ではない。その上、各領地の決まり……わかりやすく言えば『法律』は領地を治める部族長に委ねられている。

猫人族の領地では問題ないことも、狸人族の領地では問題になってしまう、そんなこともあるのだ。

情報共有の精度も度々問題になっている。他国からの侵入者や犯罪者がどこかの領地で問題を起こしても、情報が他の領地に伝わるまでに時間がどうしても掛かってしまう。

いや、それだけならまだいい。あの部族の連中は嫌いだ、という理由で情報共有されず、後で大問題となったことすらあるのだ。

セクメトスは、いつもと代わり映えのない各部族長達の報告に耳を傾け、眉間に皺を寄せていた。

獣人族は個の戦闘力は高いが組織力が弱い。この部分が、いずれ帝国やトーガとの致命的な国力差に繋がるだろう、彼女はそう危惧していた。

各部族長達の報告がすべて終わると、司会進行をしていたルヴァが咳払いをする。

「では、各領地からの報告は以上になると思いますが、何か特別な情報があれば挙手をお願いします」

しかし、誰も挙手することはない。

「無いのであれば、今回の会議はこれで……」

ルヴァが閉会を告げようとしたその時、さえぎるようにガレスが手を挙げる。

「少々、よろしいですかな」

「何でしょうか」

彼女が眉をひそめて怪訝な視線を向けるが、ガレスは意に介さずに続けた。

「実は各部族の領内で『行方不明』となった一部の子供達が、バルストを経由してマグノリア帝国のバルディア領で奴隷として扱われている。そのような情報を得た故、詳細を現在確認しております」

彼の報告を聞いた部族長達は、何も言わなかった。だが、各々において何を今更、という表情でガレスをいぶかしんでいる。

各部族から口減らしで選ばれたり、奴隷商に捕まった子供がバルストに売られることは良くあることだ。その上、ガレスの息子であるエルバは、各部族に声を掛けて不要な子供を収集し、バルストに奴隷のまとめ売りを定期的に計画している張本人だ。にも関わらず『行方不明』とはよく言ったものである。

しかし、一人だけガレスの報告に眉間に皺を寄せ、目を光らせた人物がいた。セクメトスだ。

「それで、どうするつもりだ」

「どうもこうもありません。同胞が奴隷として扱われている現状を知った以上、解放に向けて行動を起こすまで。そして、この一件。バルディアと国境を接する我等、グランドーク家に任せていただきたい」

ガレスが会釈すると、セクメトスは「ふむ」と相槌を打った。

「ギョウブ。狸人族の領地もバルディアと隣接しているが、この件はガレスに任せて問題ないか」

「そうですねぇ。まぁ、任せて良いと思いますよ。その代わり、何が起きても狸人族に泣きついて来ないでほしいですがね」

ギョウブが訝しい眼差しをガレスに向けると、彼は鼻を鳴らした。

「当然だ。同胞には、我が狐人族も含まれているのでな。では、この一件はこちらにすべて任せて下さるという認識でよろしいですな。セクメトス」

「良かろう。だが、帝国と事を構えるようなことはするなよ。貴殿達の尻拭いはごめんだ」

セクメトスが自身の鉄仮面を左手で触りながら凄んだ瞬間、会議室が異様な緊張感に包まれた。彼女から発せられる魔圧ともいうべきものであり、部屋の壁と木で造られた円卓から軋む音が響いている。

「この『仮面』を私に付けさせた、ご自慢の息子。エルバにも今言ったことをしっかり伝えておけ。よいな」

「承知しました」

獣王の威圧にガレスは恐れるわけでもなく、淡々と頷いた。

会議が終わると、部族長達は次々と部屋を後にする。やがて、会議室に残ったのはセクメトスとルヴァの二人だけになった。

「セクメトス。まさか、ガレスの言ったことを真に受けてるわけじゃないわよね」

ルヴァが眉間に皺を寄せながら口火を切る。

「そんな訳ないだろう。奴らはな、隣人が大事に育てた果実を横取りするつもりなのさ。まぁ、お手並み拝見というところだな」

「でも、それだと帝国を怒らせることになるんじゃない。帝国の剣とうたわれるバルディア辺境伯家に喧嘩を売るのよ」

「だからこそだよ、ルヴァ」

「……どういうこと」

ルヴァが首を傾げると、セクメトスは椅子の肘掛けで頬杖を突きながら足を組んだ。

「恐らく、この一件。舵を取っているのはエルバだ。奴は大義名分を片手にこれ幸いと、獣人族が帝国にも対抗できる力を持っていることを知らしめたいのさ」

「行方不明の子を助ける、と言うのが大義名分ということかしら。でも、力を知らしめてどうするつもりなの」

「決まっている。奴自身が獣王になった時、今回の一件が成功していれば、部族長達の意見をまとめて大陸に覇を唱える足掛かりになるはずだ。エルバの野望とはそんなとことだろう」

「そ、そんな。やっと、貴女と私でやってきたことで少しずつ獣人国が良くなり始めたのよ。もし、エルバが獣王になってしまったらすべてがお終いだわ」

部族は違えど獣人国ズベーラを良くしたいという思いは一緒であり、ルヴァはセクメトスに協力を申し出た。協力関係となった彼女達は、連携して様々な政策を打ち出してきたのである。

「あ、セクメトス。貴女まさか……」

ルヴァがハッとすると、セクメトスは不敵に笑い出した。

「そうだ。あえて許可したのさ。エルバと帝国の剣で潰しあってもらう。いざとなれば、狐人族ごと切れば良い」

「で、でも、エルバが勝った時はどうするの」

「帝国はそう簡単に倒せる相手じゃない。エルバが勝ったとしても、それ相応の傷を受けるはずだ。その後は政治的に追い込み、必要なら獣王戦で私自ら引導を渡してやるさ。この『仮面』の借りもあるからな」

セクメトスはそう言うと、会議室の開いている扉を見据えた。

「そういうことだ。ギョウブ、ホルスト。お前達も興味があるなら、ガレス達を監視しておいてくれ」

ギョウブが扉の外側から頭を掻きながら顔を見せた。

「そうだな。俺達、狸人族の隣にある領地でいざこざが起きるというなら、様子を少し見ておくよ。とはいえ、あそこには厄介な『ラファ』がいるからな。まぁ、あまり期待しないでくれ」

「あぁ、構わんよ。良い情報を共有してくれた時には礼もしよう。ところで、ホルストも協力してくれるのか」

「私は狐人族や他の部族がどうなろうと知ったことではない。好きにやらせてもらう」

ホルストは顔を少しだけ見せると、背中を向けてその場を去ってしまう。その姿に、ギョウブは呆れ顔で肩をすくめた。

「やれやれ。あの男は何を考えているのか良くわからんねぇ」

「彼はエルバとはまた違う意味で危険です。油断は禁物でしょうね」

「あぁ、わかってる」

ルヴァの言葉にセクメトスは頷き、深いため息を吐くのであった。

会議室を出たセクメトスは、すぐにある部屋に向かって足を進めていく。

「ヨハン。待たせたな、会議が終わったぞ」

彼女が扉を勢いよく開けると、部屋の奥で静かに本を読んでいた少年が顔を上げてパァっと微笑んだ。ヨハンと呼ばれた彼は、セクメトスと同じ薄い青の瞳と金髪であり、とても可愛らしい顔つきをしている。

「母様、寂しかったです」

彼は持っていた本を手身近な場所に置くと、セクメトスに向かっていく。それはまさに、愛らしい光景であった。

しかしその途中、ヨハンはいきなり横に跳躍。次いで、壁を蹴ってセクメトスの背後に回り込んだ。一瞬の出来事であり、常人であれば何が起きたかもわからないだろう。

「母様。寂しかった僕の気持ちです」