翼竜は速い。人が走って追いつけるような速度じゃない。だから大丈夫だとは思うのだが、まあ念のため、ということだろう。ヨリとハル、リヨとマナトを乗せたキャランビットとウーシャスカ、二頭の翼竜は、まっすぐはこぶねに向かわないで、南の方角へと飛んだ。南には天竜山脈がそびえている。翼竜たちと姉妹は、あの山々を越えてはるばるグリムガルにやってきたのだ。今さらだけれど、それってものすごいことなんじゃないかとマナトは思った。だって、天竜山脈は空よりも高い。いや、空はどこまで高く昇っても空だろうし、空より高いということはないか。でも、翼竜たちはかなり高いところを飛んでいるはずなのに、天竜山脈は行く手に立ちはだかっている。あんなもの、どうやったら越えられるのだろう。無理じゃない? けれども翼竜たちと姉妹は実際、あの山を越えてきたのだ。信じられない。信じていないわけじゃないのだが。やばい。やばすぎる。

 翼竜たちは天竜山脈の麓に広がる森の中に着地して、マナトたちを降ろした。そのころにはもうだいぶ暗くなっていた。ヨリとリヨは、キャランビットとウーシャスカをひとしきりかわいがると、翼竜たちを行かせた。姿が見えなくなるまで、何回も何回も振り返ってヨリとリヨを確認する翼竜たちのぐさが、なんとも言えず愛らしかった。マナトも竜を飼ってみたい。ただ、卵をかえすところから世話しないと竜は懐いてくれないという話なので、さすがに難しそうだ。天竜山脈にはそうとうな種類、かなりの数の竜がせいそくしているらしいけれど、人が飼育できる竜はとても少ない。きわめて限られているらしい。

「天竜山脈を越えて連合王国の竜飼いに弟子入りするのが、結局のところ一番の早道なんじゃない?」

 方舟を目指して歩きながら、ヨリがそう助言してくれた。

「早道かぁ。ううん。それ、早道なの?」

「急がば回れという言葉がある」

 リヨが解説してくれた。

「急ぎたいときは、危険な近道をするより、遠回りでも確実な道を選ぶべき。結果的には、そうしたほうが早く目的地に着く」

「そっかぁ。じゃ、ヨリやリヨみたいに竜を飼いたかったら、いつか連合王国に連れてってもらうしかないんだね。けど、キャランビットやウーシャスカは、二人乗りで天竜山脈を越えられる?」

「無理」

 ヨリが即答した。

「えぇ。じゃ、できないってことか。ううん。しょうがないね。あっ。左目、れいへいにぶん殴られて見えなかったんだけど、なんか見えるかも。治ってきたかな?」

「……まったくすごい回復力だな」

 ハルは感心しているというよりもあきれているようだ。マナトは笑った。

「やぁ。ハルには勝てない気がするよ?」

 旧オルタナに帰りついたのは、完全に夜のとばりが下りてからだった。マナトは夜目が利くほうだが、それでもハルの案内なしでは道に迷っていただろう。

 丘を登る途中に何かいるような感じがした。マナト一人じゃなくて、ハルがいて、ヨリとリヨもいる。それ以外に何かいるんじゃないか。でも、具体的にどこかで何かが動いている、物音がした、何かを見た、ということではなかった。だいたい、そこらじゅうで虫が鳴いていて、ちょっとやそっとの物音ではたぶん聞きとれない。こう暗いと、丘の上の方舟や、斜面に散らばっている白い大きな石、前を行くハル、そばにいるヨリやリヨの姿くらいしか見分けられない。

 ハルやヨリ、リヨの様子はとくに変わらない。ということは、何も感じていないのだろう。マナトの気のせいかもしれない。

 だが、丘を登りきっても、えも言われぬ何かがいる感じは消えなかった。

「あのさ」

 マナトが声をかけると、ハルは「ああ」と応じて振り返った。

「わかってる。何かいるな」

「えぇ。わかってたの?」

「そりゃそうでしょ」

 ヨリが言うと、リヨもうなずいた。マナトは笑ってしまった。

「何だ。気づいてたなら言ってよ。誰も言いださないから、気のせいなのかと思った」

「どう思う?」

 ヨリがハルに尋ねた。ハルは丘の斜面をうかがっているみたいだ。

「帰依者や隷属ではなさそうだが。彼らは、何というか、もっと直接的だ」

「直接的……」

 どういう意味だろう。マナトは首をひねった。

 それを見つけたのは偶然だった。なんとなく白い石を適当に見回していたら、たまたま目にとまったのだ。

 白い石から何かが顔を出している。マナトには、何か、としか言えない。暗いせいで、はっきりとは見えない。その輪郭さえもよくわからない。ただ、顔を出している、というふうに思った。つまり、そう小さくはない、生き物だと。

「……ゴブリン?」

 見えたわけじゃないから、なぜその言葉を口にしたのか、マナト自身、見当もつかない。勘と言えばそうなのだろう。

「ゴブリンじゃない? ねえ――」

 マナトが足を踏みだした途端、それは動いた。身をひるがえして、逃げたのだ。なかなかすばしっこい。マナトは走りだそうとしたが、思いとどまった。見れば、ハルも、ヨリも、リヨも、追いかけようとしていない。

「たしかにゴブリンだな」

 ハルは仮面越しにマナトよりも鮮明にその姿をとらえたらしい。確信を持っていそうな口ぶりだ。

「養殖場の?」

 ヨリはゴブリンが逃げていったほうに目をやっている。ハルはうなずいた。

「それしか考えられない。隷属が養殖場を建設しはじめて以来、このあたりでゴブリンを見かけたことはないからな」

「だったら、言い方はあれけど、放っておいても害はないよね」

「何か不都合が生じるとは思えない」

「生き延びてくれるといいけど」

「幸か不幸か、聖者が帰依者の一団を率いてダムローを攻めている。隷属たちには、養殖場から逃げたゴブリンを探す余裕なんてないだろう。それに、おれたちが追いかけたところで、かえって怖がらせてしまうかもしれない」

「ううん……」

 マナトの中には何か割りきれないものがあった。でも、何がどう割りきれないのか。判然としない。

「まあ、せっかく逃げたのに、また追いかけられたら、怖いか。だよね……」



『……ピヨピヨ……ピヨピヨ……』

 聞き覚えのある音だ。

 目が覚めてからそう思ったのか。それとも、そう思ってから目が覚めて、その音が聞こえることに気づいたのか。どちらかはわからない。

 ぱっと目を開けると天井が見えた。カリザの家じゃない。あたりまえか。ここはニホンじゃない。マナトはグリムガルにいる。なんでグリムガルに? 何があったのか。そこがわからない。みんなそうなのだと、ハルが言っていた。だったらしょうがない。とにかくここはグリムガルだ。方舟の中の一室。ハルが用意してくれた。マナトの部屋だ。

『ピヨピヨ……ピヨピヨ……』

「ていうか、この音……」

 変なの、と思いながら起き上がった。ベッドから下りて、ドアのほうへ向かう。ドアを解錠して開けると、通路にヨリとリヨが立っていた。

「わぁ、また裸……!」

 ヨリは顔をそむけたが、リヨは両目をみはってマナトを凝視している。というか、がくぜんとしているのかもしれない。マナトは股間に両手を当てた。

「ごめん。寝てたから」

「なんで裸で寝るの? そういう主義なの……?」

「やぁ。そんなことないけど。何だろ。あぁ、そうだ、シャワー浴びたらすごい気持ちよくて、それで出たあとベッドに寝転がったら、そのまま寝ちゃってた」

「風邪をひくといけないので寝るときは何か着たほうが」

 リヨが低い声で言った。まだマナトを見つめている。リヨの視線はマナトの顔じゃなくてへそのあたりに注がれているみたいだ。なんとなくマナトもそのあたりに目を落とした。体のある部分が両手で覆いきれておらず、ひょこり顔を出していた。

「あ……」

 ただの裸ならともかく、その状態を見られるのはちょっと気恥ずかしい。マナトは後ろを向いた。

「朝はなんか、こうなったりするんだよね。朝だけじゃないけど。ごめん……」



 朝ご飯はハルの部屋で食べた。食事をしながら、これからどうするのか、という話をみんなでした。

 ヨリはとりあえず、ダムローの養殖場をすべて潰してゴブリンを解き放ちたいようだ。リヨはヨリに従う。マナトとしても、養殖場をあのままにしておくのはいいことだと思えないので、とくに異存はない。ハルは、それはそれとして、ダムローの状況を把握するのが先決だという意見だった。その点についてはヨリも反対しなかった。

「聖者率いる帰依者の一団と、ダムローの隷属たちが戦闘状態に突入してるとしたら、養殖場の警備が甘くなるかも。付け入る隙があるなら、利用しない手はないし」

 マナトは昨日、かんしやを奇襲したときに剣と短剣をなくしてしまった。あの場所に戻ればまだ落ちているかもしれないが、回収するにせよ手ぶらで行くわけにもいかない。結局、ハルに頼んでまた倉庫に連れていってもらい、太刀とかいう長めの刀とナイフを借りることにした。

 方舟を出る前にコントロールに行って、出入り登録という手続きをした。ハルに言われるまま、機械に手を置いたり、コントロールの誘導に従って声を出したり、しばらくじっとしていたりしただけだが、これでマナト、ヨリ、リヨの三人は、ハルがいなくてもはこぶねに出入りできるらしい。本当は出入り登録じゃなくて、何とかかんとか認証登録みたいな名前があるようだが、わかりづらいので出入り登録と呼んでいるのだとか。

 出入りする具体的な方法もハルが教えてくれた。

 方舟から出るのは簡単だ。通路の突き当たりの扉を開けて、そこから外に出るだけでいい。そうすると、出た者は方舟の前に現れる。

 入るのは、そう難しくはないけれど、少しこつがいる。方舟の外壁の決められた場所に手をついてコントールに呼びかけ、開け門、もしくは、オープンゲート、と言う。これは、コマンド、というらしい。そうすると、外壁の一部がしゅっと開いて、真っ暗な四角い穴が出現する。そこを抜けた先は、方舟の中にある通路の突き当たりの扉の前だ。この、手をつく決められた場所、というのが、よくよく見るとほんの少しへこんでいてそれとわかるのだが、そんなものがあると知っていなければまず気づかない。

 ハルが言うには、出入口をまた別の形式にすることもできる。でも、手をつく場所さえ覚えてしまえば、とりたてて不便はなさそうだ。

 携行食、水なども持ってきたし、準備万端、ダムローに向かおうとしたら、マナトは何かを感じた。何かというか、丘の斜面に散らばる白い石の一つから、ゴブリンが顔を出している。

「あっ。もしかして、昨日の……?」

 念のため、マナトはあまり大きな声を出さなかった。あからさまに指さしたりもせず、目線でハルやヨリ、リヨにゴブリンが隠れている白い石を示した。隠れている、わけでもないか。ゴブリンは白い石から顔全体を飛びださせて、明らかにこっちを見ている。

「昨日と同じ子かどうかまでは、わからないけど」

 ヨリは小首をかしげた。

「一人みたいだし、その可能性は高そう、かな」

 リヨは思案げだが、何も言わない。ハルもなんとなく戸惑っているようだ。

「ううん……」

 マナトがここから動くと、ゴブリンはまた逃げてしまうかもしれない。だから、足の置き場を変えずに、じっくりとゴブリンを観察してみた。

 肌の色は、やはりオークよりも黄色っぽいだろうか。でもまあ、緑色だ。髪の毛は生えていない。眉毛もない。わりとつるんとしている。目はマナトやヨリ、リヨとはけっこう違う。黒目がちというか、白目がほとんどない。鼻から口まで前方にせり出していて、鼻の穴は横向きで細長い。口は大きくて、四本の犬歯がはみ出している。耳がずいぶん大きい。顔の両側に張りだしていて、先がとがり、垂れ耳気味だ。

「やぁ……ちょっと……ううん……」

 マナトは腕組みをした。

「どうかしたの?」

 ヨリにかれた。

「うん。どうかっていうか。どうだろ。区別とかはつかないしなぁ」

「区別」

 リヨがつぶやいた。いくらか眉をひそめてゴブリンを見つめている。ゴブリンがひるみはじめた。マナトに見られるのは平気でも、リヨに直視されると気まずいのか。

「よし」

 マナトはうなずいて、背中にさやごと斜めがけしている太刀に手をかけた。途端にゴブリンがびくっとした。マナトは笑って首を横に振ってみせた。

「違う、違う。そうじゃなくて。外すから。外す。言うより、あれか、やってみせたほうがいいよね」

 太刀を外し、かがんで地面に置いてみせる。それから、腰に下げていたナイフも、太刀の隣に並べた。マナトは両手をおおに挙げてみせた。

「武器、持ってない。わかる? 何もしないから。いい? そっち、行くよ? ゆっくり行くから。いやだったら、すぐ言って。言われても、あれだけど……じゃ、行くよ?」

「マナト……?」

 ヨリに声をかけられた。マナトはあえて無視した。

 一歩一歩、慎重に、ゴブリンが隠れている白い石に近づいてゆく。両手は挙げたまま下ろさない。

 ゴブリンの黒い瞳がマナトを見すえている。何を考えているのか。どう思っているのか。マナトにはうかがい知れない。ただ少なくとも、ゴブリンは逃げださない。今のところは。もしマナトが急に駆けだしたら、やはりゴブリンは逃げてしまうだろう。マナトは完全に無害だと、信じてくれているわけじゃない。そんな気がする。

 ようやくあと一歩か二歩で、ぎりぎりゴブリンにさわれそうなところまで来た。

 マナトは地べたに腰を下ろした。もちろん、両手を挙げたままだ。

「何もしない。これだと、できないし。あのさ、たぶんだけど、昨日、助けてくれたよね。あのときのゴブリンでしょ? マジでほんとにありがとう。ありがとう……わかる? ええと、だから……感謝してる。感謝。ううん、どうしたら伝わるかなぁ」

 マナトは頭を下げてみた。

「ありがとう」

 上目遣いでゴブリンの様子をうかがう。何だこいつ、何してるんだ、というふうにマナトを見ている。だめか。それじゃあ、とばかりに、マナトは頭だけじゃなくて上半身を倒した。両手が地面につくまで倒しきった。

「ありがとう。昨日、きみが助けてくれなかったら、死んでたかも。きみのおかげで生きてる。ありがとう」

 顔を上げる。どうだろう。ゴブリンは少し首をひねって、面食らっているのか。これもだめか。

「ええっとぉ、だからね……」

 マナトは体を起こし、胸に両手を当ててから、ゴブリンに向けた。

「心から、ありがとう! 心の底から! マジ感謝!」

「……ゥォ?」

 ゴブリンは何か小さな声を出した。おそらくだが、理解した、という声の出し方じゃない。むしろ、少々動揺しているようでもある。

「……うう。意味不明かぁ。そっかぁ。そりゃそうだよね。あっ、そうだ!」

 名案を思いついた。言葉が通じない。頭を下げるような身振りもいまいちだ。それなら、昨日の模様を再現してみてはどうか。

 マナトはあおけになって、頭をわしづかみにされるふりをした。というか、実際に自分の両手で頭を鷲摑みにした。

「ああぁぁぁぁあああぁぁぁ……!」

 痛い顔をして、悲鳴を上げてみせる。

「で――」

 マナトは素早くゴブリンを指差した。それから、マナトにのしかかっているもの、まあ、そんなものはいないのだが、いると仮定して、それを指し示した。

「こいつね。れいへい。こいつを、きみがこう、がっ――って」

 やや難しいが、なんとかマナトにのしかかっているものにゴブリンが組みついている状況を手振りで説明しようとする。

「これが隷兵で、その後ろからきみが、ね? それで、きみが隷兵を、ガブッ――っと」

 マナトは上の歯と下の歯をみあわせた。嚙むふりをしたつもりだ。すかさず自分の首筋をたたいてみせる。

「あいつの首に、ね。嚙みついて。ガブッて。やってくれたでしょ?」

「アァ」

 ゴブリンはこくこくとうなずいた。わかってくれたみたいだ。マナトは跳び起きて、あらためて頭を下げた。

「ありがとう! すっごい、ほんとにマジで助かった!」

 両手を合わせて、さらに深々と頭を下げる。

「めっちゃありがとう! いぇーい!」

 マナトが右手の親指を立てて片目をつぶってみせたら、ゴブリンもおそるおそるという感じではありながら、同じように右手の親指を立てた。

「おぉ、通じた! やった! うれしい! あれ……?」

 いつの間にか、ハル、ヨリ、リヨが近くにいた。三人とも地べたに腰を下ろしている。

「何してるの、みんな?」

「まあ、見物?」

 ヨリは答えてから、ゴブリンに向かって手を振った。

 ゴブリンがおずおずと手を振り返すと、ヨリはにっこりした。

「とりあえずマナトのおかげで、警戒心は解いてもらえたみたい」

 ハルがあたりを見回した。

「どうやら今朝も彼一人のようだな」

 マナトはゴブリンに直接確かめてみることにした。なんとなくだが、今なら身振り手振りを交えればいけそうな気がする。

「ええと、きみは、一人? きみだけ? 他には? 仲間。いる? 仲間。わかるかな。きみ以外の、ゴブリン。仲間。いる? どう?」

 ゴブリンはゆっくりと、大きく、首を横に振った。そうしてから北西を、続いて、方舟を指した。さらに自分の胸を、とんとん、と叩いてみせた。

「あぁ。ダムローからここまで、きみ一人で来たんだ? そっか。ううん。あれかな。ばらばら? 散り散りになっちゃったのかな。大変だったもんね。あの、何だっけ。聖者か。そうだ。ただりえもん? だっけ」

「……タイダリエルだ」

 ハルが言った。

「人間だったころは、タダさん――タダという名だった」

「そうなんだ。なんか、ハル、呼ばれてたもんね。ハルヒロォォ、みたいに。あんなふうになっても、わかるものなんだ?」

「記憶や知性は保持しているらしい。それでいて、別人だ。別物、と言うべきか」

「話は通じるけど、話しあうのは無理みたいな感じ?」

 ヨリが訊くと、ハルは首を縦に振ってみせた。

「そうだな。もしおれがルミアリスに帰依すると誓えば、また話が変わってくるのかもしれないが」

 マナトには思いあたる節があった。

「言われた、言われた。光に帰依しなさい、とかって。いやだったから断ったけど。そしたら、死ねだって。断らなかったら、どうなってたのかな?」

「おれも、その場面を見たことはない。帰依を望む者には、何らかの方法でろくぼうこうかくを埋めこむのか、出現させるのか。とにかく、脳内に一度、六芒光核を宿してしまったら、自分の意思で光明神ルミアリスへの信仰を捨てることはできないだろう」

「みんな、ああなっちゃうんだ。うっわ。やだなぁ、それ。断ってよかった。……あっ」

 ゴブリンをほったらかしにしていた。慌てて視線を戻すと、ゴブリンと目が合った。

「ごめんごめん。話がれちゃって。えっと、きみは、あれだよね。一人で、行くところもない? 養殖場で生まれたのかな。あそこに戻ってもね。ただりえる……じゃないや、タイダリエルか、聖者に壊されちゃってたし。あんなとこにいてもなぁ。ていうか、裸だね。何も着てなくて平気? 服。わかる? この、体に着てる……こういうの。ずっと裸だろうし、大丈夫なのかな」

「おれが何か適当に見つくろって持ってこよう」

 ハルは立ち上がってマントを脱ぐと、マナトにそれを手渡した。

「羽織るだけでも少しは違うはずだ」

「これ、あげていいの?」

「かまわない。同じものをいくつか持っている。というか、自分で作ったんだが」

「わぁ。じゃ、ハルとおそろいってことだ!」

 ハルはいったんはこぶねに戻った。マナトはハルのマントを広げて持ち、ゴブリンにそっと近づいた。

「着せるね? これ。ちょっと大きいかな。引きずらないといいけど。どうかな」

 ゴブリンはいくらか緊張しているようだ。背中にマントをかけると、ゴブリンは一瞬、身を硬くした。それから、振り返ってマナトを見た。

「こうやって」

 マナトは胸のあたりでマントをかき合わせるぐさをしてみせた。ゴブリンはすぐにマナトのをした。

「そうそう。あったかくない? まあ、べつに寒いってこともないけど。どう?」

 ゴブリンはマントを引っぱったり緩めたりした。ハルのマントにはフードがついているので、それをかぶってみたり、外してみたり。丈は、ゴブリンが立っても余ってしまう。やはり大きすぎるようだが、脱ごうとはしない。

 ヨリが、ふふっ、と笑った。

「意外と気に入ってるんじゃない?」



 ハルは白い肌着と短いズボン、それと袖のない上着を持ってきた。サイズが小さいものだと、これくらいしかなかったらしい。ただ、時間さえあれば、たいていのものはハルが作れるという。