ハルはしばらく答えなかった。口を開くまで、時間がかかった。

「ない、とは言えない。だが、不死の王ノーライフキングとは違うものだ。……そうか。きみたちはユメから何もかも聞いているんだったな。だとしたら、不死の王ノーライフキングが――その器が、おれたちの仲間だった人だということも、知っているのか」

「そうだね。ひいお祖母ちゃんが把握していたことは、ヨリもだいたいわかってると思ってくれていいよ。あやふやなところもあるって、ひいお祖母ちゃんは言ってたけど、ヨリたちに話すうちに思いだしたり、勘違いしてたことに気づいたりもしてた」

「ユメは……ルオンを連れてグリムガルを脱出しても、忘れはしなかったんだな」

「ずっと帰りたがってた」

「『グリムガルにはなあ』」

 唐突にリヨが口を挟んだ。それがリヨ本人の言葉遣いじゃないことは明らかだった。ただし、抑揚はリヨのそれで、不釣り合いに感じるほど起伏がなかった。

「『忘れ物があるねやんかあ。それをなあ、とりにいかないといけないねん。いつか、ひいお祖母ちゃんの代わりに、とりにいってくれるかあ』」

 ハルは天を仰いだ。

「ユメ……」

「えっ――」

 ヨリが血相を変えてリヨに向き直った。

「ちょ、えっ、なんで!? それって、ひいお祖母ちゃんがヨリと二人きりのときに言ってくれたことだよ!? しかも、けっこう同じ話を繰り返す人だったのに、その言葉はたった一回だけ!」

「わたしも、ひいお祖母ちゃんと二人のとき、一度だけ」

 リヨは斜め下に目を落とした。

「今まで秘密にしていた。ごめんなさい」

「……リヨが謝るのは違うでしょ。ひいお祖母ちゃん! そういうとこ、ある! 根がド天然なんだもん! そこがまたかわいいんだけど!」

「つまり、きみたちは――」

 ハルは黄色い目でヨリとリヨを順々に見た。

「ユメの遺志を継いで、グリムガルに? ユメが言っていた、忘れ物とは……いったい何なんだ?」

 ヨリとリヨが一瞬、顔を見合わせた。この姉妹は背の高さといい、性格といい、かなり違っているけれど、やっぱりどこか似通っている。

「そこが問題っていえば、問題なんだけど」

 ヨリは軽く肩をすくめた。

「ひいお祖母ちゃんは、グリムガルに帰ったらあれがしたいとか、これがしたいとか、具体的なことは言わなかった。おそらく、ヨリに――ヨリたちに、かせめるようなことはしたくなかったんじゃないかと思う。本当なら、自分の代わりに忘れ物をとりにいって欲しいなんて、言うつもりなかったんじゃないかな。それなのに、言っちゃった。言わずにはいられなかったんだよ」

「……そうか。ユメなら……きっとそうだろうな。おれはきみたちほど、ユメのことを知っているわけじゃないが。おれたちと一緒にいたあのころよりもはるかに長い時間を、ユメは、ルオンや、きみたち――家族や仲間たちと、ともに過ごしたんだ……」

「でも、ひいお祖母ちゃんにとって、グリムガルは特別な場所だったんだよ」

 ヨリはあたりを見回して、深く息を吸いこみ、吐きだした。

「ひいお祖母ちゃんの人生は、ここから始まった。だって、一番最初の記憶が、グリムガルで目覚めた日のことなんだから。ここで大好きな人たちと出会って、離ればなれになった。失ってしまった人もいる。だけど、かけがえのないものも、たくさん手に入れた。何より、ひいおちゃんと出会った。そのおかげで今、ヨリたちがいる。ここに。グリムガルに。帰ってきたよ、ひいお祖母ちゃん。忘れ物が何なのか、まだわからないけど、ヨリが見つける。ヨリが見つけだして、これに違いないと確信したものなら、それがひいお祖母ちゃんの忘れ物。ひいお祖母ちゃんなら、必ずそう思ってくれる」

 ハルはうつむいた。それから、マナトの肩に手を置いて小声で言った。

「ありがとう、マナト。助かった。もう平気だ。本当に」

 マナトはうなずいて、ハルの背中に添えていた手を引っこめた。

 どうやら、ハルはずいぶん長い間、とんでもなく重い物を背負っていたようだ。そして、まだ肩の荷が下りたわけじゃない。ハルはその重みに押し潰されまいとして、なんとかあらがっている。

「ヨリ。リヨ。もう一つ、話しておかないといけないことがある――」

 ハルは仮面を地面に置いた。

「ユメが産んだ、ルオンの父親……きみたちの曽祖父にあたる、ランタの命を奪ったのは、おれだ。おれがこの手で、ランタを殺した」

「――ん……?」

 マナトは首をひねった。

 ヨリとリヨの母親がリンカで、その父親がルオン。

 ルオンの父親が、ランタ。

 そのランタを、ハルが殺した。

 ランタはヨリとリヨの曽祖父で、ユメは曽祖母だ。マナトの両親のような関係、ということだろう。たしか、夫婦だか何だか。夫婦が愛しあうと、子供が生まれるとか何とか。

 ようは、繁殖期の動物が交尾して雌が妊娠するのと同じだ。両親が交尾すると、その結果、子が生まれる。愛しあう、というのは、言葉として知っているだけで、マナトにはちょっとよくわからないが、交尾の言い換えなのかもしれない。もしくは、交尾するような間柄で、仲がいい、ということなのか。マナトの両親はとても仲よしだった。

 ハルとユメは仲間だったらしい。

 ユメとランタは夫婦だった。

 ハルがそのランタを殺してしまった。

 ヨリとリヨは押し黙っている。驚いているというよりも、理解しかねていて、どうにも受けれられないようだ。マナトも同じだった。

「ええ、と……だから、ハルとランタは――敵同士? だったの? あれ……?」

「いや」

 ハルはマナトのほうを見ないで、かすかに首を横に振った。

「ランタも、ユメやおれと同じ日にグリムガルで目覚めた。あいつとは色々あったが、仲間だった」

「なのに、殺しちゃった?」

「殺してしまったんじゃない。おれはランタを殺すつもりで、殺したんだ」

「なんで?」

「……理由は、ある。でも、その件について、言い訳はしたくない。おれがランタを殺した。これは、動かしがたい事実だ」

 ヨリが短くもそう長くもない髪の毛をかき分けて何か言いかけたが、声にならない小さな音がこぼれただけだった。

「ハルくんさん」

 リヨがヨリの前に進みでてきた。ハルもろとも、自然とマナトもリヨに見下ろされるかつこうになった。

「わたしと果たし合いをしてください。お願いします」

「……は――たしあい?」

 ハルは一度、目を閉じて、すぐに開けた。

「きみは、何を言っている? というか、ハルくん、さん……さん、はいらない」

「あなたをハルくんとは呼べません」

「……そうか。いや、どう呼んでくれてもかまわないんだが……おれからきみに何か要求できる筋合いじゃ……何? 果たし合い? きみと……決闘しろと言っているのか?」

「はい。わたしはそう言いました。ハルさん」

「どうして、おれがきみと……ああ、かたきちか。もちろん、きみにはその権利がある。ただ、それは――」

「仇討ちではないです。わたしと果たし合いをしてください」

「おれは……しかし……」

 ハルはリヨの顔から視線をそらして、何かを探した。もしかすると、ハルはヨリの表情をうかがおうとしたのかもしれない。けれども、ヨリはリヨの後ろにいる。リヨがヨリの姿をほぼ完全に覆い隠してしまっている。

「ハルさん。わたしと果たし合いをしてください」

 リヨは何回、同じことを、同じ口調で言うつもりだろう。

 マナトが思うに、ハルが首を縦に振るまで、リヨは繰り返すのではないか。

「わかった」

 ハルはうなずいた。一度じゃない。顎を震わせるように、三度、うなずいた。

「きみが望むなら、拒むことはできない。果たし合いをしよう」