「でも、ここは螺旋階段と同じ空間だ。螺旋階段でも、通路でもある。あるいは、そのどちらでもない――」

 マナトはハルを追いかけた。

「ううん……わけわかんないんだけど」

「そうだな。おれも完全に理解しているわけじゃない」

「ま、いっか」

「……いいのか」

「わからないことなんて、いっぱいあるし。そもそも、なんでグリムガルにいるのっていう話じゃない?」

「それは……まったくそのとおりだな」

 ハルは向かって左側の扉をどうにかして開けた。具体的に何をしたのか、マナトには判然としなかったが、ハルが扉の一部をさわったのは間違いない。

 扉の向こうは部屋だった。ハルの部屋も広かったが、あんなものじゃない。でも、ハルの部屋ほど明るくはない。天井に備えつけられたいくつもの丸い照明器具が放つ光は緑色がかっていて、この広間全体を照らすには強さが足りない。

 マナトがハルに続いて部屋に入ると、扉はきしむこともなく勝手に閉まった。しゅっという音はしたが、やけに静かな閉まり方だった。

「何これ……」

 マナトはあつにとられずにはいられなかった。

 広さはともかく、尋常じゃない数の物体が並べ置かれている。丸いものがある。四角いものもある。色々な機械がある。台の上に小さなものがびっしりと並んでいたりもする。棚があって、つぼやら瓶やらで埋まっている。本もある。人間みたいな形をしたものがある。様々な形の容器がある。ところどころ、何も置かれていない空間があって、ハルはそこを歩いてゆく。マナトは慌ててハルのあとを追った。

「何これ。ねえ。ハル。何なの、これ?」

「ほとんどは廃品だ」

「廃品?」

「もとはどれも遺物レリツクだった。でも、エリクシルを抽出されて、すでに力を失っている」

「れり……? えりっく……?」

「ここは倉庫だ。役目を終えたものをここに運んで、とりあえず保管している。ただ、まだ使える品も中にはある」

 ハルは倉庫の一角で足を止めた。床に青い敷物が敷かれている。かなり大きな敷物だ。敷物の上に、ナイフやもっと長い刃物、やり、弓、ボウガンのようなものがずらりと並べられている。そうとうな数だ。十とか二十ではきかない。おそらく百を超えている。

 ハルはマントをめくってみせた。さやに入ったナイフを腰につるしているのが見えた。マナトに見せたのだろう。

「おれは武器を持っている。きみは手ぶらだから、不用心だ。この中に何か扱えそうなものはあるか。よくわからなければ、おれが適当に見つくろう」

「好きなの使っていいってこと?」

「かまわない。おれはきみが着られそうな服をとってくる。選んでいてくれ」

「選ぶ、選ぶ。わぁ。すっご。いっぱいある。どれでもいいのかぁ。悩む……」

 マナトはしゃがんで、まず目についたナイフを手にとった。鞘から抜いてみたら、両刃だった。

「あっ。考えてみたら、ナイフ持ってないんだけど。えぇ? 家の中にいても、だいたい持ってたけどな。おっかしいなぁ。あれ、使い慣れてたのに。ま、いっか。ううん……これもよさそうだなぁ。かなり切れそうだし。両刃だから、突き刺すのにもいいよね。あぁ、でも、長いのもかっこいい。刀? なのかな? ヤクザが持ってたけど。なんか違うかな。ちょっと、これも……」

 マナトは両刃のナイフを鞘に収めていったん敷物に置き、今度は刀を持った。立ち上がってつかを握ると、想像した重さとは違った。

「えぇっ! 何これ。かっるっ。ちょっと抜いてみよ……」

 鞘から抜くと、これまた片刃じゃない。両刃だった。考えてみたら、つばの形もヤクザの刀とは異なっている。ヤクザ刀の鍔はたしか円かったが、この鍔は十字形だ。

 鞘を床に置いて、試しに構えてみた。

「片手でもぜんぜんいけるけど、両手でも使える……」

 長めの柄を両手で握ると、よりいっそう軽く感じられた。

「熊でもやれちゃいそう。おおぐまは厳しいだろうけど――」

 五、六回、素振りして重心や感触を確かめてから、右手から左手に投げ渡したり、その逆をやったり、刃の向きを変えてまた素振りをしたり、前後左右に移動しながら両刃の刀を振ったりしてみた。

「何これ。……何これ。よすぎるんだけど。えぇ? ていうか、他にもよさそうなの、たくさんあるし。弓とかどうなんだろ。使ってみないと、わかんないしなぁ。矢筒と矢もあるんだ。そっか。やっぱりでも、弓はあったほうがいいよね。どれもこれも、手入れしてある……? 状態、いいし。どうしよ。迷う……」

 刀だの弓矢だのをとっかえひっかえ手にしながら考えこんでいると、ハルが衣服らしきものを抱えて戻ってきた。

「おれと体の大きさはそこまで変わらないだろうから、着られると思う。ただ、色がちょっと、どうかな……」

「色?」

 マナトは刀を敷物の上にそっと置いて、ハルから衣服を受けとった。ずっしりとしている。あの刀より重い。布じゃなく、動物のなめし革なのか。染色されている。

「あぁ、オレンジ……」

 広げてみると、上着とズボンがひと続きになっているツナギだった。オレンジ色の部分と黒い部分がある。ハルはツナギ以外の別のものを床に置いた。長靴と手袋だ。それらもツナギに負けず劣らず頑丈そうだった。

「少し派手かな」

 ハルは黒か、黒に近い色のものばかり身につけている。夜や暗がりで見つかりづらいし、森の中でも紛れやすい色だから、いいと思う。マナトも鮮やかな色合いの服や道具を使ったことはない。どうしても目立ってしまうからだ。

「ううん、そうだね……着てみていい?」

「そのために持ってきた」

 ハルはマナトに背を向けた。なぜ後ろを向くのか。マナトにはよくわからなかったが、手早く着ていた服を脱いで下着姿になり、ツナギを着てみた。

「……おぉ! 着ると軽い! すっげ。動きやすいよ。あっ。膝とか肘とかに硬いものが入ってる。靴は……ぴったり! えぇっ。軽いんだけど! 底、こんなに厚いのに! 手袋も、いいよ。指までちゃんと動かせる。わぁ。これで刀使ってみていい?」

「……刀――ああ、それは、刀というか剣だ。もとは報いの魔剣パニツシヤーと呼ばれる遺物レリツクだったけど、エリクシルを抜いたから、もうただの剣でしかない」

「剣? 剣か。剣ね。いい剣だよ、これ。重心がばっちしなんじゃない? 使いやすい。うん。やっぱこれにしよ。あと、あの両刃のナイフと」

「短剣か。それは致命の短剣フアタルシスだ。報いの魔剣パニツシヤー同様、効果は失われてるが」

「それから、弓と、矢筒も借りていい?」

「好きに使ってくれ。おれには必要ないものだ」

「やった! 父さんと母さんがハンターでさ。一緒にハンターしてたから。これだけあれば、ちょっとした獲物なら余裕で狩れそう」

「ハンター……狩人かりゆうどだったのか。きみの両親は」

「いるの? ハンター。グリムガルにも」

「いたよ」

 ハルがわざと、いる、じゃなくて、いた、という言い方をしたことは、マナトにもわかった。昔はいたけれど、もういない、ということだろう。

「おれの大事な友だちが、狩人――ハンターだった。彼女は誰よりも強くて、やさしくて、太陽みたいな人だった」

「へぇ。その人……」

 死んじゃったの?

 マナトはハルにこうとして、思いとどまった。

 人が死ぬのなんてあたりまえのことだし、生きていれば死なない人なんていない。子供も大人も死ぬときは死ぬし、大人になったら人はどんどん弱って死ぬ。マナトはそう考えていた。ニホンでは実際そうだった。

 でも、ハルはだいぶ長く生きているようだ。それに、ハルの口ぶりからすると、グリムガル人と比べて、ニホン人は短命なのかもしれない。人が死ぬということが、何というか、マナトが思うよりも、ハルにとってはあたりまえじゃないのかもしれない。

「昔の話だ」

 ハルは仮面の奥でかすかに笑った。

「おれにとっては、何もかもが……遠い過去だからな。彼女のことを、久しぶりに思いだした。思いださないようにしていたから。それで……懐かしくなったんだ」

「懐かしい、か」

 マナトは剣をくるくる振り回した。手首で回すだけじゃなくて、左右の手の指と指の間で剣の柄を転がすように回転させることもできた。どんどん手にんできて、早くも自分の体の一部のように感じられる。本当にいい剣だ。

「だけど、死んでも、ただ死んだだけだよね」

「……それは――どういう意味なのか、教えてもらえるか?」

「えぇ、と、だから……死んでも、いなくなるわけじゃないっていうか。父さんも母さんも死んじゃったけど、消えた感じはしないし。仲間が何人も死んだけど、まだいるっていうか。あぁ。難しいね。ハルの、友だち? ハンターの。ずっと前に死んじゃったんだよね。死んだとか、言わないほうがいい?」

「いや。気を遣わなくていい。おれは、ただ……この目で彼女の死を確かめたわけじゃない。できなかったんだ。遠くにいて……あとで捜しに行ったが、見つけられなかった。そうはいっても、状況から考えて、生きのびられたとはとうてい思えない」

「そっか。死んじゃったって、思いたくない?」

「……そうだな。そうだった。万が一、彼女が生き残っていたとしても、とうに天寿を全うしているはずだ」

「天寿を全う……」

「彼女が生きているという可能性はない。だから、彼女は死んでしまった。他のみんなと同じだ。でも――」

 ハルは仮面を右手で押さえた。一瞬、仮面を外そうとしているんじゃないかとマナトは思った。違った。ハルは仮面を押さえたまま、深くうなずいた。

「彼女は、いる。おれの中に。マナト。きみの言うとおりだ。おれは、彼女を……仲間たちを、友だちを、完全に失ったわけじゃない。そのことまで、忘れようとしていた。忘れるべきじゃないのに――」