修学旅行の日の朝は、午前七時半に静岡駅北口タクシー乗り場付近に集合する。

 前日の夜、グレーのボストンバッグと、この日のために買ってもらったネイビーのショルダーバッグそれぞれに、しおりを見ながら荷物をんでいった。

 チェックのらんにレ点を入れながら、ひとつずつ必要なものを入れていく。

 京都がどれくらい寒いのかは、お天気アプリを見てもよく分からなかったが、お父さんからは冬の京都はとにかく寒いとおどされていた。とりあえず忠告を受け入れて、秋物のコートと厚めのインナーを持っていくことにした。

 夏が来るたび、早く冬になれと思う。冬が来るたび、早く夏になれと思う。半年前の自分を苦しめた気温を、私の脳みそは、とっくにおく彼方かなたに追いやってしまっている。

 おおりのバッグには、内側にも外側にも大量のポケットがついている。どこにティッシュを入れて、ばんそうこうや常備薬を入れたのか、ちゆうから混乱しながらも、私はだんより一時間早めにベッドに入った。結局、ついた時間はいつもと変わらなかった。

 翌日は午前五時三分前、アラームが鳴るより早く目を覚ました。

 私が自力で起きてきたので、お母さんは信じられないという顔をしていた。

 やればできるじゃない、とみようめ方をされながら顔を洗う。私が起きる時間にお母さんたちが家にいるのはめずらしくて、ちょっとしんせんだ。

「そういえば結果は? 届いたの?」

「まだ。旅行中に来るかも」

 あら、そうなのね、と洗面所の後ろに立ったお母さんが、ほおに軽くパフを当てながら言う。費用を出してくれたこともあり、結果が気になっているようだ。

 昨夜コンビニで買っておいたそうざいパンを手早く食べたら、念入りにたくを整える。こういう日に限ってよこがみねていたりして、いらつきながらヘアアイロンでだまらせてやった。時間はおどろくほどの早さで過ぎ去っていき、鏡とにらめっこしているうちに集合時間の一時間前になっていた。

 家からりのもちむねえきまでは、徒歩でちょうど十分。特にえんは発生していないようだが、早めに家を出ることにした。

 私はいったん二階にもどり、いつものようにナオを呼んだ。まばたきのあと出現していたナオは、私とまったく同じ格好をしている。

 よこがみがきちんと直っているのを、私は少しだけうらやましいと思う。

「行ってくるね」

なお、行ってらっしゃい」

 私がそんなことを考えているなんて知らず、ナオは久方ぶりに微笑ほほえむ。そのがおに見とれそうになった私は、必要以上にぶっきらぼうにドアを閉めて部屋を出る。さっそく二つのバッグそれぞれをかべにぶつけて、小さく舌打ちした。

 トイレに寄り、両親に声をかけてから家を出る。

 修学旅行中、私はナオを呼ばないつもりだった。日中、両親は不在だが、もちろん仕事が終われば家に帰ってくる。ナオがどんなに気配を殺そうとしても、食事や手洗いの音などをかんぺきに消すのは不可能だ。

 しかしナオは、私もアキくんと旅行に行くから、と言う。行き先についてはじのみやのほうとだけ聞いていた。

 駅までの道を歩きながら、私は思う。高校二年生の女子が、かれまりの旅行に行くというのは、どうなんだろうと。

 若いとしごろの男女が、二人きりで旅行。何かちがいが起きないとは限らない。でもそれを伝えてきたときのナオは、ここ最近のものげな顔がうそのように楽しげにしていたので、私は頭の固い大人のような苦言をていすることができなかった。

 それにしても私なんて、最後に男子と手をつないだのは小学四年生の遠足が最後である。別にかれがほしいと思ったことはないけれど、ナオばかりが高校生らしくれんあい経験を着実に積んでいるのだと思うと、なんともいえない気分にさせられた。

 あの二人がどこまで進んでいるのかは知らないが、とにかく、アキには節度を守り、にんたいづよくあってもらわねばならない……。

 念じる私のほおと首筋を、おどろくほど冷たい風がでていく。もう、すっかり冬だと思う。

 季節の変化なんて、今までさして気にしていなかった。勝手に春が来て、夏になって、秋が過ぎたら冬になる。私にとっては、そのかえしが四季と呼ぶべきものだった。

 でも、ふと見上げると空が遠かったりする。アスファルトを押し上げて生える雑草の力強さにあつとうされていたら、ずっと工事中だと思っていた新築の一戸建てから、赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえてきたりする。

 目を向けてよく見つめたなら、世界は確かに少しずつ色を変えている。

 こうようが進んだふじだなの下を通ってもちむねえきに着いた私は、改札外のはんでホットの緑茶を買う。のんびり歩きすぎたと思ったのだが、次の電車が来るまでには時間があった。

 ホームには、これから仕事だろうスーツ姿の社会人、それにかわいらしい指定制服を着た小学生の男の子の姿があった。せまいホームを見回しても、見慣れたスルセイの制服は、私以外に見当たらなかった。

 そもそも、もちむねえきりの生徒の絶対数が少ないだけだろう。そう自分に言い聞かせるものの、不安はぬぐえない。

 こういうとき、もしかして一時間早かったかも、一日ちがえたのかも、なんて、とつぴようもない不安を覚えるのは私だけだろうか。

 しおりを見て、スマホを確かめて、時刻も日付も誤っていないことをかくにんしていると、ホームにアナウンスが流れだした。まもなく三番線に、電車がまいります。危ないですから、黄色い線の内側に、お下がりください……。

 なんとなく列らしいものを形成している、そのいちばん後ろに並んで、私は目の前を通り過ぎていく車窓に目をらした。同じ制服を探そうと思ったのだが、まったく見つけられない。

 開いたドアからこわごわ乗り込むと、同じ車両の中にはいくつか知った顔があったものだから、少しだけほっとした。

 席はほとんど空いていない。といっても静岡駅までここからたった七分である。ぷしゅー、と音をさせながらドアが閉まり、電車がゆっくりと動きだした。ボストンバッグを足の上に置いた私はつりかわつかまりながら、さりげなく車両内を観察する。

 スルセイの制服は、何かとくしゆなペイントでもほどこされているように、私の目にはすぐに見つけられた。集合場所に着く前にそれぞれ待ち合わせをしているのか、二人から三人で固まっている子たちが多い。

 彼らの会話が、旅行前のこうようかんかくしきれていないはずんだこわが、低いてんじようを伝って私のまくらす。

「京都って初めて」

「楽しみだねー」

「お土産みやげなに買う?」

「Switch持ってきちゃった」

「俺、この旅行中に告白するわ!」

 遠足前の小学生のようなうわついた声の波が、頭の上を流れて消えていく。私はつりかわにぎる手に、ぐっと力をめた。

 窓の外をにらんだまま、だいじよう、と自分に言い聞かせる。車窓から入り込む日の光に目の奥側までげきされているうちに、かわえきを発車して、静岡駅に着いていた。

 スマホの画面を見ると、午前七時三分だった。

 開くドアから、かわえきとはかくにならない量の人がきだされていく。私は人波に押し流されるように降車し、同じ制服の生徒のあとを追うようにして北口に向かう。

 集合場所のタクシー乗り場前には、すでに二年生が集結していた。もちむねえきで見たまばらな列とはちがい、男女各二列ずつ、クラスごとの番号順ですわり込んでいる。

 学年集会と同じ並びだ。だからといって格式張った空気が流れているわけはなく、近い同士で好き勝手に話しているものだから、そこだけがやがやとにぎわっている。

 あいかわなお、は二年一組の出席番号いちばんなので、すき身体からだと荷物をすべませる必要はなく、ぽっかり空いている最前列にあっさりとすわれる。

 あいうちさんでもいれば二番になれるはずだが、小学校から今まで、どんなクラスでも二番以下になることはなかった。特技もしゆもない私が、努力せずともゆいいついちばんになれるのが、この出席番号だった。勝ち取ったものではないから、だれからもめられることはない。

 だけどいちばんは、やるべきことが多い。一定の責任だって勝手に付きまとう。そう当番や日直、授業中に当てられる順番は、いちばんからか、あるいはいちばんと最後の出席番号者のじゃんけんで決められたりする。あから始まる名字と、わから始まる名字なんかは、他より少しだけ損することが、学校生活ではあらかじめ定められている。

 女子はスカートがよごれるのをきらって、いわゆるヤンキーずわりをしている子が多かったが、私は気にせず体育ずわりをした。脚を開いてすわると、ひざの裏にあせまって気持ち悪くなるのだ。

 いんそつの先生たちが声を上げ、おしやべりをやめるように呼びかける。それぞれのクラス委員長が立ち上がり、自クラスの出席番号いちばんのもとへと向かう。

 前列までやって来たとうと、ぱちりと目が合った。

「おはよ、あいかわさん。元気?」

「まぁ」

「それは良かった」

 まぁ、という返事に良かった、と返してくる委員長はとうくらいのものだろう。

「それじゃ、番号!」

 とうの「それじゃ」あたりで、私は息をするどく吸っている。

「いち」

 私はおなかに力を入れて、なるべく大きな声を出す。に、さん、し、とあとは勝手に、ドミノたおしみたいに続いていくだけだから、私は心底ほっとして、こわっていたかたの力をいた。

 クラス全員分の点呼を取ったとうと、健康状態をかくにんして回った副委員長のおおつかが、担任の先生に報告しに向かう。

 各クラスのかくにんが終わったところで、校長があいさつのため前に出てきた。タクシー乗り場前の通行人が、なつかしそうな、どこかうらやましさすら感じられる目つきで、私たちや校長をいちべつして歩き去っていく。

 今年は欠席の生徒がひとりもいないようです、ごろのたまものですねと、校長がみをかべて言う。スルセイの校長のいいところは、こういう行事ごとでのあいさつきよくたんに短いところだ。悪いところは、二、三分のあいさつ上でろうされるひとがら以外のことを知らないので、特に思いつかないけれど。

 最後に学年主任の口から注意こうが伝えられたあとは、五組から順に立ち上がり、新幹線のホームへ移動していく。

 新幹線の座席は出席番号順に決められていて、帰りもまったく同じ号車・座席が用意されているという分かりやすさだ。仲のいい生徒で固まるのはほとんど不可能だが、これは移動中のトラブルをきらった先生たちの策略だろう。

 荷物だなにボストンバッグを押し込んでからしばらく、静岡駅発、新大阪行きのひかりは発車した。ふざけてさけぶ生徒が、さっそく他の乗客のめいわくになると先生に𠮟しかられている。

 進行方向に向かってゆるやかに流れだす景色をぼぅっと見ながら、ああ、修学旅行が始まった、と思った。

 私はなおから二時間近くおくれて、もちむねえきのホームに立っていた。

 両親が仕事に出かけて、他の生徒ともはちわせしないだろう時間帯である。

 空気は冷たいけれど、お天気はまさに修学旅行日和びより。でも山の天気は変わりやすいというから要注意。私は背負ってきたリュックに、折りたたみがさもきっちり入れてきていた。

 券売機でじのみやまでのきつを買う。片道九百九十円。今まで買った中でいちばん高価なきつは、改札に通したあと、なくさないようリュックの内側ポケットにっておいた。

 かんさんとしたホームに、やいえきからやって来た上りの電車が入ってくる。私は一段と気をめて、その車体を見つめていた。

 待ち合わせはもちむね八時五十分発の上り電車、その先頭車両である。私はスマホを持っていないので、アキくんと会えるかどうかは、彼が予定通りの電車と車両に乗っているかにかかっている。

 ちゃんと会えるかな。会えますように。

 果たして、アキくんはすぐに見つかった。

 ドアが開くより早く、私たちの目は合っていた。アキくんはドアのすぐ前に立っていたのだ。ちゃんと合流するための、シンプルで確実な方法だった。

 早く開いて、と念じたしゆんかん、応じるように電車が口を開けてくれた。

「アキくん!」

「おはよ」

 軽く手をる。五日ぶりのアキくんは、短いあいさつだけで私の気持ちを落ち着かせてしまう、不思議な力を持っているようだった。

 通勤時間とずれているためか、車内にはまばらにすわる人の姿があるだけだ。

 私たちはドア横の、二人がけの席にこしかけた。二人して背負っていたリュックをひざの上にせてしまえば、おそろいみたいでうれしくなる。

 私を見て目を細めたアキくんが、「かわいいな」と言う。がんばって、ちゃんと言葉にしてくれていると知っているから、私だって応えたいと思う。

「そちらこそ、かっこいいですよ」

「なんで敬語?」

「ふふふ」

 だって、さらりと言うのはずかしい。

 今回、アキくんからは動きやすい格好でと言われていたので、私は白のタートルネックニットに、カーキのチノパンという服装。足元も底がぺたんとしたスニーカーをいている。寒さ対策は裏起毛のインナーと、使い捨てカイロを持ってきた。カイロ以外はなおが貸してくれたものだ。

 アキくんはグレーのスウェットパーカーに、デニムパンツを合わせている。

 おたがいシンプルで、カジュアルなよそおいである。今から牧場に行くぞ、という感じである。

 車窓の先では、住宅街がれない。牧場のえきであるじのみやえきまでは、えをふくめて片道一時間以上かかる。そこからはバスに乗る予定だ。次は清水駅、清水駅……。

「そうだ。アキくん、これどうぞ」

 私はリュックの背中側に入れていたそれを取りだした。

 こう言ってはなんだが、今日まで私はとにかくひまだった。指折り数えながら、今日という日を待った。待ち続けていた。ますます時間を長く感じてしまい、つらくなった。

 そこで思いついたのだ。

「修学旅行のしおり、作ってみたんだ」

「わざわざ?」

「うん。わざわざ」

 お父さんの部屋にはプリンターがあるけれど、せっかくなので手作りしてみた。なんせ、時間だけはたっぷりあったのだ。

 余っているクラフト紙を見つけて、プリンターからはプリント用紙だけこっそり拝借して、私は二人分の手書きのしおりを作成していった。

 タイトルはそのまんま、修学旅行のしおり。左上でハトメにしてあるので、ちょっぴりおしゃれに仕上がったと思う。

 しおりがあると旅行だって実感ががってきて、もっと待ち遠しくなってじゆうたんを何度も転がったのは、アキくんにはないしよだ。

「見てもいい?」

 受け取ったアキくんの声はだんよりはずんでいた。

「もちろん」

 そのために用意したのだ。

 レイアウトは、なおの持つしおりを参考にした。私が作った旅のしおりは、学校で配付された青いそれに比べてずっとうすっぺらい。

 開いて最初のページには、黒マーカーとボールペンを使して、修学旅行の指標となるスローガンが書いてある。

「『はしゃげ』」

 アキくんが読み上げる。私は急にずかしくなり、くちびるをすぼめた。

「他にね、思いつかなかったの……」

「『はしゃげ』」

「次!」

 横から手をばし、無理やりめくっておいた。

 次ページからは今回の旅の目的が書いてある。リョウせんぱいが案内してくれると言ったかいの牧場を知ること。じのみやりよくれること。

 ……そして旅のお供とてきな思い出を作ること、などなど。

「思い出」

「う、うん」

「俺とのてきな思い出ね」

「次!」

 日程については、ほとんどが空白だ。

 書き込んであるのは、アキくんが調べてくれた行きの電車とバスの時間だけ。まだまる宿も決めていないからである。というのも高校生だけでホテルに宿しゆくはくするには、親権者の同意が必要だそうなのだ。

 無論、あいかわなおさなしゆうは修学旅行に向かっているわけだから、両親にたのんで同意書を書いてもらうわけにはいかない。

 このままでは結局、私たちの修学旅行は日帰り旅行になるのかもしれない。残念だけれど、仕方ないとも思う。

 しおりをのんびり読んでいたアキくんが、とあるページできだした。

「ここだけ、文字びっしりだな」

 持ち物チェックのページである。私はおおぎよういきいた。

「本当はこれ、旅行前にわたしたかったの。アキくん、忘れ物だらけかもしれないから」

 私はすみからすみまで事前チェックしてある。おづかいは交通費と宿しゆくはく込みで五万円まで。おやつは荷物になるので、現地調達に限るべし。

「旅行委員さん、チェックしてもらえます?」

「では失礼しまして」

 リュックを受け取ろうとしたところで、アキくんが言う。

「二日分の下着も入ってるけど」

 私は預かりかけた荷物をかえした。

「顔が赤いから、熱があるみたいだな。旅行委員さん、常備薬は持ってきました?」

 もうっ、うるさい。

 旅行でテンションが高まっているのか、調子づくアキくんのうでをつねってやる。残念ながら、厚手の生地にはばまれて、スウェットをむぎゅっとしただけにとどまったが。

 最後のページまで見終わったアキくんが、首をひねっている。

ちがいかもだけど、巻末に感想文のページが四ページもあるような……」

「ぜんぶめて提出するまで、帰れないルールなので」

 居住まいを正した私は、厳格な口調でそう告げた。今回の修学旅行の、ゆいいつにして絶対のルールなのだ。

 マジか、とアキくんが笑う。私もつられて笑ってしまう。

 京都の修学旅行みたいに、数えきれないほどの見学場所を予定しているわけじゃない。とにかくかいの牧場、とりあえずかいの牧場、ってだけの見切り発車で、私たちは出発した。

 いざとなったら牧場についてだけで、四ページ書かなくてはならない。でも実際は、それっぽっちのページじゃ足りないのだと思う。

「でも修学旅行なのに行き先が県内って、あれだったかな?」

「あれ?」

 ごにょごにょと私は続ける。

「ちょっと、その……もったいなかったかなって」

 しおりを作っているとき、ふと思ったのだ。

 私は今、どこにでも行けるきつを一枚だけもらえるとしたら、他のどこでもなくてやっぱりじのみやに行きたい。

 でもアキくんはどうだろう。さなくんたちが過ごしている京都に行ってみたかったんじゃないだろうか。私の意思を尊重して、無理をして付き合ってくれているのではないだろうか。

 古き都、京都。そこはあらゆる観光名所や景勝地が集まっていて、おいしいものもたくさんの、すごいところだという。テレビで見る限り、国内でも一二を争って人気の旅行地といって過言ではないだろう。

「すっごくあれなこと、言っていい?」

 文句を聞くかくはできている。私は大きくうなずいた。

「ナオといつしよなら、わりとどこでもいいよ。俺」

 アキくんは、やわらかくはにかんで続ける。

「それに俺も、リョウせんぱいの故郷に行ってみたかったから」

「……うん」

 本心からの言葉だと分かったから、私はうなずきを返す。

「まー、ナオがリョウせんぱいのこと好きすぎて、ちょっとけるけど」

 アキくんが私のかたに軽くぶつかってくる。強めの当たりで私は返す。

 がたんごとん。車体がれるたび私たちはもたついて、同じ方向にれた。

 ハーフアップのかみおどって、二人用のブランコに乗っているようだった。小学生だってはしゃがないような、他愛ない遊びだった。

 リョウせんぱいへの好きと、アキくんへの好きは、ぜんぜん形がちがう。彼への好きは、他の好きとは重ならないところにあるのに、そんなことにも気づいていないのだろうか。

 そういうところが、どうしようもなく、かわいい、って思っちゃう。

 私は新しいアキくんを知るたび、これからも、ああ、好きだなぁって思うのだろう。このまま好きになりすぎたら、胸がパンクしちゃうかもしれなくて、アキくんにはもうちょっと出力おさえめにしてほしいな、なんてばかなことを考える。

 アキくんは、どうだろう。

 彼にとっての私は、かわいいだろうか。パンクしそうだろうか。してくれたらいいな、なんて、もっとばかなことを考えていたら、アキくんが「あっ」と声を上げる。

 まさか心の声がれていたのでは、とびっくりした。

「次、えきえだ」

「え? もう?」

 リュックを背負い、私たちはあわただしく電車を降りる。

 JRとうかいどうほんせんから、次はのぶせんへ。ホームにはこう行きの始発電車が待ち構えていた。電光けいばんを見上げた私は、首をかしげる。

「ワンマンって書いてあるね」

 いつもならつう、とだけ書かれている種別の部分に、つう[ワンマン]という見たことのない表記がされているのだ。

 ぞくにいうワンマン社長みたいな電車を想像してみる。もしかしたら、降りたいですとお願いしてもじのみやえきで降ろしてくれなかったり……問答無用で終点のこうまで行っちゃったり……。

「ワンマン電車とは、しやしようが乗車せず運転士だけで運行する電車のこと、だって」

 立ち止まってスマホにれていたアキくんが教えてくれる。ぜんぜんちがったけれど、良かった。

「駅によっては、ドアも横にあるボタンを押さないと開かないらしい」

「任せて。私、ちゃんと押しますから」

 胸をたたいて電車に乗ると、あさいろのボックスシートがむかえてくれた。

 もちむねえきからついてきたさんは、ここに来てさらに大きくなって存在感を増していた。山頂にかかる雲ややまはだまで、くっきりと見えて美しい。

 さすがえきかんする地域から見えるさんは一味ちがうのだ。

 聞き覚えのない駅に何度か停車しながら、じのみやえきには二十分後にとうちやくした。

 ちなみに降車時は他の人が慣れた様子でボタンを押してくれたので、すんなりとドアが開いた。

「ナオの出番、回ってこなかったな」

「か、帰りこそは押しますから」

 うでをぐるっと回して、やる気をアピールしておいた。

 バスの本数の関係で、降車駅はしんではなくじのみや。アキくんによると季節がら、牧場に向かうバスはかなり少なくなってしまうそうだ。

 じのみやえき二階の北口をけ、直通の陸橋を歩く。案内板によると、左側の階段下にバス乗り場があるようだ。

 十五分後に来る予定のバスの姿は、当然ながらまだなかった。

 れんいろの通路を進み、何気なく運行路線図を見た私は、そこで立ち止まる。まかいの牧場、という見慣れない表記を目にしたからだ。

「……かいの牧場がひらがなになってる」

 これはいったいどういうことだろう。

 漢字にしなかったのは、何か意図があるのか。それともしろうとだますためのたくみなわななのか。あごに手を当てて疑わしげにながめていると、アキくんが種明かしをした。

「実はかいさんがオーナーの牧場だから、まかいの牧場らしい。馬を飼う野って書いて、かい

 私は解説を聞いてひようけした。

かいにある牧場じゃなかったんだ……」

 てっきりじのみやに、異界に通じる門が開いているのかとどぎまぎしていたのに。

 まかいの牧場、と心の中でつぶやいてみる。あっという間に暗黒の門はざされて、うそのようにおだやかな高原の風をほおに感じられるのだから、自分でもなぞである。

「というかリョウせんぱい、そうならそうって言ってくれれば」

「反応いいから、わざとせてたんだろ」

「アキくんだって、気づいたなら早く言ってくれれば」

「反応いいから、わざとせてたんだよ」

 なんて意地悪な人たちだろう。まったくもう、と私はほおふくらませる。いじけたりをしてみても、顔のだいたいは笑ってしまっていた。

 リョウせんぱいのことを考えて、その名前を口にすると、むねの奥に痛みが走る。ともすれば泣きたくなるしゆんかんがある。たぶんどんなに時間がっても、それは変わらないのだろう。彼女のことを思うとき、安らぎだけに包まれることは、もう二度とない。

 それでも私は、毎日じゃなくても、だれかとこんなふうにリョウせんぱいの話がしたいと思った。彼女がどんなことを言って、どんな表情をかべていたのか、のうに呼び起こしたいと思う。何年後も、何十年後でも、そうしていたかった。

 バスを待つ他の人たちみたいに、待合室でのんびりしても良かったけれど、せっかくだからと各路線図を見て回ってみる。

 私たちが乗る予定のきゆうバスはまかいの牧場だけでなく、白糸のたき、もちや遊園地、きゆうハイランドなどに行くにも便利なバスのようだ。どこにも行ったことはないが、きゆうから反射的にはいびよういんのことを連想してしまい、全身にぶわぶわとりはだが立ってしまった。

 別の路線では関西行きの夜行バスも出ているようでおどろいた。行き先には京都や大阪の文字がある。たった一本のバスで修学旅行中のなおのもとに辿たどけてしまうのかと思うと、不思議でならなかった。

 いまごろなおはどうしているだろう。そろそろ京都に着いたころだろうか。体調を崩していないだろうか。忘れ物は、していないだろうか。

 しばらく意図的に遠ざけていたなおおくさぐってみる。修学旅行の班はさなくん、よしくん、とうさんといつしよ。見学先についてみんなで調べて、じゆうじつした毎日を送っているようだった。

 せいりようさいの準備をした日々は、今やげんそうのように遠い。

 でも私は心のどこかで、なおがまた私をたよってくるのを待っている。おなかが痛くなったなおが、全部だるくなってしまったなおが、今までと同じように私に任せてくれるのを……。

「ナオ?」

 私がしばらくだまっていたからか、名前を呼ばれる。

 ままやつかいな自分に苦笑いしてから、私は指さした。

「アキくん。バス、来たよ!」

 一分一秒。まかいの牧場は、どんどん近づいてきている。

 今はただ、二人きりの修学旅行を精いっぱい楽しんでいたい。